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1953-11-26 第17回国会 参議院 内閣委員会行政機構の整備等に関する小委員会 閉会後第3号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十八年十一月二十六日(木曜 日)    午前十時四十七分開会   —————————————  出席者は左の通り。    委員長     小酒井義男君    委員            竹下 豐次君            天田 勝正君            松原 一彦君            野本 品吉君   事務局側    常任委員会専門    員       杉田正三郎君    常任委員会専門    員       藤田 友作君   説明員    日本電信電話公    社副総裁    靱   勉君   —————————————   本日の会議に付した事件 ○公社制度に関する件   —————————————
  2. 小酒井義男

    委員長小酒井義男君) それでは只今より内閣委員会行政機構整備等に関する小委員会を開会いたします。  本日は公社制度に関する調査を議題といたします。  日本電信電話公社は、昭和二十七年の機構改革によりまして電気通信省が廃止せられました結果、従来の官業から独立採算制による公共企業形態に変更されたのであります。日本軍公社が昨年業務を始められてから今日までの経験によつて、現在の公社制度官業と比較して経理、能率等の面において特に有利と認められる点はどういう点であるか、又不利と認められる点はどういう点であるか、なお他の公共企業体におきましても、従来の官業時代に比し、国の監督監察の力が弱くなつておるので、業務の上においては、ルーズな面が随所に現われて来たという世上の噂も聞いておるのでありますが、これらの点について本日は当委員会におきまして、靱副総裁等より説明を承わることにいたします。
  3. 靱勉

    説明員(靱勉君) 只今の問題につきまして簡単ではございますが、私から御説明申上げたいと思います。  日本電信電話公社は、発足前におきまして、実は昔の逓信省戦争中に運輸通信省となり、更に内閣逓信院というものが設けられ、終戦後におきまして又逓信省が復活いたしたのでありますけれども、二十三年のマツカーサー書簡によりまして、専売国鉄等公共企業体が適当であろう、電気通信につきましては更に能率的な経営をするために、政府機関として逓信省を二つに割るべきではないだろうかというような書簡が出ましたので、二十四年の六月一日には電気通信省というものが初めて設定されたわけでございます。ところが二十四年当時におきましては、電信電話施設サービスというものは非常に悪かつたのでございまして、御承知の通り戦争中におきまして殆んど施設拡張整備ができなかつた。又施設の保守というものが十分にできなかつた。そこへ持つて参りまして終戦間際におきまして全国的に大爆撃を受けました結果、電話電信も殆んど半分以下になつてしまつたというような事態から、終戦を迎えまして、一方におきまして我が国の産業経済復興という方面から非常に通信に対する需要が増大した。もともと電信におきましては八十年の歴史を持ち、電話におきましては六十年あまりの歴史を持つておりましたが、特に電話につきましては、もう戦前から常に需要に対して供給が応じ得ない。この八月一日に実施されました公衆電気通信法、もとの電信法を根本的に改正いたしましたものでございますが、そのときにおいて初めて明治時代に申込んだ電話の整理までしなければならんというような次第でありまして、電話国民需要に対しましては、官業といたしまして常にその需要に対応できなかつた。これがあるが故に常に官営の一つの非能率的な事業としてしばしば過去におきましても非難を受けた事業でございます。これは一に国の財政に左右されまして、戦争中におきましては勿論施設拡張ができない。戦後におきましては非常に施設需要が増加するにかかわらず、これに対する施設資金が調達できない。公債によつた場合もございますが、なかなかかかる生産的な公債につきましても、国の公債としましては同じ色に塗られまして、公債の発行も十分できない。勢い電話希望されるかたに負担金を頂戴する、まあ甚だしいときにおきましては、当時の昔の金で千五百円も負担金をお出しにならなければ電話がつかない。電話というものは全く資力の非常に高いかたしか利用できないというような状態になつてつた。そこで先ほど申したような戦後の事態に対しまして、これでは到底どうも電気通信の役が立たんという非難がごうごうと起りまして、二十四年には国会におきまして、両院とも電信電話復興決議が行われまして、政府はそれに基きまして内閣電信電話復興審議会というものを設けまして、ここにおきまして、自由に一体どうしたら日本電話はよくできるか、経営形態につきましても十分自由な立場審議してもらいたいというような御趣旨のようで、政府としましては、そういう審議会内閣に設置された。その答申が出まして、初めて公共企業体に持つて行くのが適当である。即ちこの事業は非常に公共性があり、又技術的統一性を保たにやならんし、更に事業としては自然的独占性を有するものであるということと、なお、この事業に対しましては、租税その他相当保護を与えて行かなければ、料金というものについて非常に割高になつて行くというような事態、更に又当時の民間経済力自主性という、この三点から民営への移行は好ましくない。即ち公共企業体によりまして経営自主性を与え、更に経営能率的にやつて行くという形態が一番いいのであるという結論でこれが答申されたわけでございます。政府といたしましては、この趣旨に則りまして、公共企業体移行案を総司令部に当時提出したのでございますが、当時におきましては、今直ちに賛成できないというような回答があつたわけであります。ところが平和条約の締結も間近になりまして、政府におきましては、政令諮問委員会内閣に設置いたしまして、行政機構簡素化を中心といたしまして、電気通信事業経営形態につきましても御審議がなされまして、その結論は二十六年の八月に国営及び公営事業のうち、電気通信事業は将来民営に移管することを前提とし、差当り公共企業体事業とすること云々ということにきまつたわけでございますが、政府といたしましては、二十七年の四月に至りまして、電気通信省を解体いたしまして、国内電信電話事業は、これを公共企業体とすると、国際電気通信事業民営に移すという方針を決定しまして、その法律案を整えまして、国会に提出されたということでございます。国会におきまして、非常な時間を掛けられまして御審議された結果、現在のように日本電信電話公社法が通過しますし、又国際電信電話株式会社法も成立いたしまして、公社としましては昨年の八月一日に初めて発足したと、こういう状態になつておるのであります。  何故公共企業体にされたかという点につきましては、戦前からの電話事業の状況につきまして、先ほど極く簡単に申上げたのでございますが、公社法の法案の政府説明としましては、その要点を申上げますと、電信電話事業は、創業以来国営形態経営されていたが、事業国営に伴う諸制約に縛られ、設備拡充資金も、その時々の国家財政の枠に左右されて十分且つ安定した資金が得られず、更に企業経営の基本である財務会計人事管理についても、一般行政官庁と同一の規律を受けているため、活溌な企業活動が阻害されて来た点が少くない、政府公衆電気通信事業の合理的且つ能率的な経営体制を確立し、公衆電気通信設備整備及び拡充を促進し、並びに電気通信による国民の利便を確保することによつて公共の福祉を増進するためには、国会及び政府から必要な監督を受けることによつて公共性を確保すると共に、一方事業経営上、財務会計人事管理等の面における一般行政官庁制約を脱し、民営能率的経営技術を採入れた自主的な企業活動を行い得る企業としての公社形態に当事業経営を行わしめることが、最も適当と考えるという趣旨説明されておるのでございます。  以上が公社設立までの経緯でございますが、この間におきまして、電気通信省内部一般観念といたしましては、どうも電気通信省としまして、電気通信専門行政機関が設定されたが、どうしても一般行政官庁規律する諸法規によつて制約をされては、企業的な活動に非常な支障を来す、勿論これに対しましては政府機関におきましても、現業機関、或いは又電話事業のごとく非常に企業性を有し、而も施設整備拡充のために巨額な資金を要する事業においては、政府機関としましても、直接立法によつてそれが可能であるようにすることは、可能であるけれども、容易に過去においてもこの問題は解決されず、殊に占領下におきまして、かなり統一的な規律を受けておつたというような諸点からしまして、国鉄専売はこれは或る意味においては外部の力によつて設定されたものであるが、電気通信事業におきましては、電気通信省内部人たちも本当に事業を遂行する場合におきまして、やはり何としましても国営形態を脱して行つたほうが事業の発展のためにいいというような観念と申しますか、思想が一般的に承認されておつたのであります。即ち一方的に非常な外部の力によつて、これが公共企業体に移された、或いは民営に移されたというようなものではなくしまして、公共企業体に持つて行く点につきましては、これに従事していく職員も、これに賛成しておつたという事実を附加えさして頂きたいのでございます。  そこで先ほど委員長から御指摘になりました或いは財務会計その他人事管理能率的な経営にどういうふうになつてつたかという点でございますが、只今申上げました通りに、電信電話事業経営国営から公共企業体移行せしめられた主な目的というものは、経営自主性を与える、経営合理化能率化によりまして、サービス改善が行われるということにあつたのでありまして、これに対しましてどういうふうな実績があり、又改革されたかという点を申上げますと、先ず公共企業体性質につきましては、これはまだいろいろの形態がございまして議論があるのでございますが、電信電話公社におきましてとられたところの公共企業体観念といたしましては、所有はやはり公共、国といいますか公共所有である。それから公共がやはり支配する、この原則を以ちまして経営には自主性を与えるということでございます。即ち公社資本政府全額出資でありまして、この点におきましては誰の所有でもないのでありまして、これは国が所有し、国民が持つておる。それからこれにつきましては、株主総会等が支配するのじやなくして、公共支配でありまして、国会及び政府監督下にある。経営自由性につきましては、独立法人として認めて行く、その意思決定機閥としましては、経営委員会というのを設けまして、いわゆる事業執行者が独善的に経営方針を決定されるようなことがないようにする。この三点にあるわけであります。  で、公共所有公共支配原則は、これはまあ後ほど若干出て参りますから、特に申上げる必要はないのでありますが、経営委員会につきましては、当時の国鉄管理委員会のごとく、監督的な機能を持つておるのではなくしまして、公社経営といいますか、経営に関する意思決定機関である。勿論公共支配というものがありますので、政府乃至国会の大きな意思決定というものは別になされるわけでありますが、独立法人としての意思決定は、これは経常委員会がやるということで、豊富な企業経営に関する知識経験を有する人を選任いたしまして、これは国会の承認を得ましたところの経営委員政府が任命いたしまして、この経営委員会が構成されておる。で、なお日本電信電話公社としましては、執行機関の役員である総裁及び副総裁経営委員会特別委員となりまして、一般経営委員五名に対しましてこの二名が附加わりまして、七名を以て経営委員会を構成しておる。これが公社意思決定機関でありまして、それと執行機関との間に円滑な関係が設定されるようにいたしておるわけであります。  次に先ほども申上げましたが、日本電信電話公社公共企業体に持つて行くことにつきましては、当時の電気通信省の内部からの要望もあつた次第でありますので、いよいよ公共企業体に移りましてからは、一般から見ますれば、どうも電話というものは国営なるが故にやはりうまく行かないのた、今度は公社になつたのだから何とかよくなるだろうという一つ国民の期待も強かつたと私ども考えておりおすし、又公社におきましては、日本電信電話公社におきましては、完全な独立採算制がとられたのであります。鉄道公社におきましては、剰余金があれば、これを政府に納め、足りなければ一般会計から補填を受けるという形になつておりましたが、日本電信電話公社におきましては、剰余金があればこれは積立てておく。欠損があれば積立を崩して行く。どうしてもできない場合は、財産を落して行く。資本を落して行く。こういうような形になりまして、完全な独立採算制がとられていて、従いまして職員全体の企業意欲と申しますか、事業に対する熱意が非常に高まつたのでありまして、当時勿論一朝にして頭の切替え、仕事のやりかた、すべてがいわゆる官庁といいますか、いわゆる役人の弊というものを一切抹殺できたとは申上げられませんが、ともかくこれを一つ改めて行こうという意欲職員一般に強く出て来た事実は、これは確認できるのでございます。なお、労働組合のほうにおきましては、民営というものを非常に嫌つておる。これは何と言いましても、いわゆる資本家の餌になるんだという観念で、まあ公共企業体なら我々も一つ大いにやつて行きたいと、こういうようなことで、事業再建意欲に対しましても、労働組合も積極的に同じように同調して来た。こういうような実態があつたわけでございます。  で次に、さて実際的には法律的にどうなつたかと申しますと、御案内のように公社になりますと、国家公務員法給与定員に関する法律適用がなくなりまして、そこで人事管理というものを、事業の特質と経営実態に合うように行うことができるようにされたわけであります。例えば国家公務員法適用排除によりまして、公務員試験に合格したものを、まあ当時の実際から申しますと、成績順或いは希望によりまして、各機関に配属されたというようなことで、まあ何と申しますか、電信電話事業現業機関大学出がなかなか来たがらんというような形があつたのでありますが、これは公社みずから公社仕事に対して適した人を採用できるような、昨年におきまする就職希望者実態を見ますと、まだこの観念が徹底されておりませんでしたが、本年の就職希望者の数は非常に数が多く、而もまあ過去におきまして非常に長い歴史を持つた大学等出身者希望して来るというような形になりまして、単なる民営ではいやだが、公共企業として公益事業を営んでおる事業経営をやつてみたいという気持が、学生諸君にも認識されて来たという事態もある次第であります。それから公務員のように固定的な職階、職級制度によらないで、別途の制度をとり得るようになる。即ち官庁的な上下観念からする窮屈な職務の格付から解放されまして、下部機関管理者も有能な高給者を配置し得るようになり、現場のほうに相当重点的に優秀なる人物を配置されるようになつた。爾来、電信電話事業、或いは郵便事業においても同様でございますが、現業第一線と言われておるのでございますが、やはりどうも本省とか或いは本社というものに人が集りたがりまして、現業第一線に働くのは何となくいやだと、人に聞かれても、現業に勤めておるというよりも電々公社本社に勤めているというほうが恰好がいいのだという観念があるわけであります。これは企業としては非常に困つたことでありまして、現場はやはり何といたしましてもサービスの最尖端でありまして、ここにやはり能率のいい人を配置して行かなければならん。これを実際にできるためには、やはり国家公務員法制約ですと、形式的に、なかなか理屈はそうであつても、実行できない。公社なつたからには、今度は本社とか現場とかの上下観念はない、一番大事なところに一番優秀なる人を置いて行く。又おのおのその人の性質、能力によりまして適材適所に配置して行くというようなことになる。これは結局ポスト給与関係が一体的でなければ不可能なんでありまして、どうも現場で非常に優秀な人でも、課長にしなければ十級にできないとか、そういうような制度があつたのでは、どうにもできないわけなんであります。それから一番私どもとしまして困りましたのは、定員法関係でございまして、何人という率まで法律できめられてしまう。如何に事業量が殖えても増員ができないというようなことであつては困るのでありますし、又企業としましては、積極的に人の配置を適正にしまして、無駄な人員を成るべくなくして行くということが必要であるのでありますが、この諸法例の廃止によりまして、勿論予算総則によりまして給与総額が定められておりますけれども、その範囲内におきましては定員というものは制限されていない。要するに安く余計雇つても、少く高く雇つてもいいというような形に一応なつておるわけであります。  次に国家行政組織法各省設置法等適用がなくなりましたので、公社組織は、公社事業経営実態に応じてみずから定めることができた。即ち機構につきましても、これは政府機関としては当然の要請かと思います。が、法律によつて定められておる。そこで公社としましては、先ほど申したように、独自の立場ポスト待遇分離が可能になりますので、機構簡素化が比較的容易くできるようになつた。これは、何と申しましても、終戦後非常に各行政機関機構というものが複雑になり厖大になつた事実は否定できないかと思います。これを廃止する場合に、只今まで課長であつた、或いは係長であつたものを潰すということは、これはななか、理窟はともかくとして、実際上は困難な問題でありますが、公社としましては、昨年八月発足いたしますと共に、前々から準備していたものを更に仕上げしまして、十一月に機構の大改革を行なつたのでありますが、その結果、ポストとしてなくなつたものは、係長以上のポストというものが一万二千あつたのでありますが、これを九千に減らしたのであります。その他段階としましては、当時連合軍司令部指示等もございまして、本省それから地方通信局地方通信部、それから更にその下に地方管理所というのがございまして、その一番最尖端が各取扱機関電話局電報局というものがあつたのでございますが、この五段階になつておりましたのを、管理所を廃止してしまう。それから電報局電話局には局長を置かない。三つの一つのラインと申しますか、そういう形になつておりましたのを、これを一本にしまして、外部に対しまして責任者を明確にしようということで、全国的にこれは非常に大機構の変革でございましたが、これを実施しまして、更にその後におきましても一層集中したほうが能率的であり又経済的である。機構につきましてはこれを集中し、分割によりまして却つて一般利用者に対するサービスがよくなるものについては分離するというような方向で、なお小さな機構改革等は十分検討しまして、更に試験施行、試験的に行なつてみまして、いいという点は改革している。こういう形を現在とつている次第であります。  次に職員給与の問題でございますが、これは公社法におきまして、国家公務員及び民間事業従業者給与その他の事情を考慮して定めるということに、公社法に規定されておるのでありまして、この職務の内容と責任に応じた給与であり、更に職員は発揮した能率が考慮されるようになりましたので、このことは何と申しましても職員勤労意欲それから経費合理化というものに対する意欲を強めた。と申しますのは、公務員であつて特に電信電話現場職員というものは過去におきましても非常に給与が少い。又特別な、何と言いますか、厚生施設と言いますか、その施設を利用する何らの利益もないということで、よくその他の機関と比較されまして責められておつたのでございますが、公社になりますと、すぐこれは問題になりまして、公共企業体中央調停委員会に提訴されまして、昨年の十一月には、その調停案に基きまして、公務員違つた給与をともかく実施できたのでございます。更に能率給的なものを考慮するという点におきまして、生産奨励費と申しますか、私どもとしましては能率向上に対する報経費というものを現金を以て支給できるように、法律におきましても予算総則におきましてそれが可能になりましたので、或いは専売公社その他と同じように生産奨励金というものが出せるようになつた。その前におきましては、これは認められなかつたのであります。結果、この能率向上費というものは、単に収入予算以上に増加した、或る工程を早めたために、それだけ早く収入が入つて来るということに重きを置くのほか、必要経費を節約できれば、やはりこれによつて従業員に若干のリターンがあるという形にいたしまして、非常に経営経済化或いは勤労意欲向上ということについて役立つておるものと信じております。  次に公共企業体等労働関係法労働基準法等適用されました結果、公社職員労働組合を結成し、団体交渉権を有することになつて組合員経営者労働条件改善に対して熱意を持つようになつた。これは政府機関におきましては、在来におきましては人事院がありまして、ここにおいて給与改善等につきましては専門的にやつておられた。各省におきましては、これに従つて行くという形でありますために、経営者のほうにおきましても、政府機関におきましては管理者におきましても、かなりその点につきましては他人委せという実態が生じておつたのでありますが、公社になりまして、ともかく経営者組合と直接この問題について取つ組んで行くという形になりましたし、組合としましても、独立採算制立場から、企業実態からできないことを無理に要求して行くというような形はどうにもならないのだという、観念がはつきりといたしまして、公労法の規定の精神によりまして、できるだけ円満に事態を解決して行くというふうに、両者がこれに努力するという傾向になつていると考える次第であります。  次に財政法会計法等適用を排除し、公社の債務及び会計について発生主義会計原則に基く決算会計制度を確立し、又予算電信電話事業企業的に経営することができるように、需要の急激な増加、経済事情の変動その他予測することができない事態に応ずることができるように、公社法において規定されたのであります。公社予算は、一般行政官庁の消費を目的とする予算と異なりまして、通信需要に対応して、最低の経費と最良のサービスを提供することを目的とする、いわゆる事業予算でありますので、従つて弾力性が与られなければ活溌な企業経営はできないのであります。この弾力性の問題につきましては、公社法にはつきりと謳われたのでありまして、この点は従来の形からは非常な進歩であつたと思います。そこで予算流用原則として重視されまして、予算を最も合理的に使用ができるようになり、一方におきましては、勝手に使うだろうと、こういう御懸念もあろうかと思いますが、過去の例におきまして、予算がきまると、要つても要らなくともと言つては語弊がありますが、その通り使つて行く必要予算というものは、飽くまで見積りでございまして、こういう事業におきましては、やはり決算的に見て、本当にそれを有効に使えたか、又、事業経営の最大の目的である通信事業に対して、よいサービスが与えられるようにされたかということが問題であるのであります。この公社法におきまして、予算流用原則として重視された、併しながら絶対に流用できない項目もございます。それから会計制度ができまして、会計事務処理が簡素になつて、迅速になつた。この結果、企業として一番大事なものは月々の、やはり月次決算が的確に早く入つて来るということでございますが、会計事務規定の処理が迅速になり、又割合に人もそうかけないでできるように会計制度を、勿論会計制度につきましては、監督官庁の承認を得なければ勝手にきめられるものではございませんが、そういうような状態がある。それから損益勘定、予算の繰越も認められるようになりましたので、年度末支出膨脹を抑制することができ、支出の抑制と経費の節約が行われるようになつた。私ども会計予算におきましては、経常費的なものを損益勘定としまして、電信電話施設拡張整備費につきましては、建設勘定ということになつておりますが、この経常的経費につきまして、年度末に在来余計出るというのが大体実態であります。こういうものは要するに予算があつて余しても、結局来年度予算を削られる原因になるのだと、これは甚だけしからん観念でございまして、すべてがそうだとは申上げられませんが、とかくそういうような傾向になり易い。ところが公社になりましてからは、それは余つたら翌年度に繰越して行けということになりました結果、そんなことは絶対にできないようにいたしまして、必要経費を必要な時期に支出して行くというような態勢になるのであります。  以上が財務会計の主な問題でございますが、次に資金の問題でございまして、公社は、政府及び民間に対して電信電話債券を発行し、又借入金ができることになつたのでありまして、資金調達の範囲が拡大された。従いまして、安定した長期の電信電話建設改良計画の設定が可能になつた。これは先般電信電話料金の値上げが国会の御承認を得たわけでございますが、これと併せまして、一般公募の電信電話債券の発行ができるようになりまして、この結果、政府資金に余り頼らないで拡張、改良計画ができる。政府資金に非常に依存するということは、この財政計画の変動によりまして、常に計画が変動して行く。我々の事業におきましては、少くとも五カ年くらいの長期の見通しを立て計画をして行きませんと、施設の建設につきましても不経済にならざるを得ない。一年で作つてもすぐに一杯になつてしまう。又同じような工事をやつて行くということでは絶対に経済性は保てない、やはり長期の需要予測をいたしまして、それに合つた計画を遂行して行く、継続的に遂行して行くことが一番理想であります。戦後勿論我が国の経済事情の非常な異常事態におきまして、こういうことを望むことは困難であつたのでありますが、漸く経済事情も安定の時期に入つて参りましたので、併せて公社法におきまして入る資金の範囲が拡大されました結果、只今のところ本年度を第一年度としまして、五カ年計画の設定ができるようになつた次第であります。  以上が公社になつてよくなつたろうと思われる点を申上げたのでありますが、これによりまする成果というものにつきましては、時間が長くなりますので、極く項目だけ申上げますれば、先ほど申したように、機構簡素化して行く。それと同時に要員を合理化いたしまして、増員をできるだけ抑えております。むしろ積極的に減員をやつております。併しこれは労働強化を強いるのでもありませんし、徒らに首切りをするのではないのでありまして、結局最も能率的に人員を配置するということでありまして、更に職員能率向上も図り、無駄を省くという点にあるのであります。或いは在庫品の活用がより成績が上つて来た。それから一方におきまして、職員の労働生産性と申しますか、それが二十四年度から見ますれば、大体五割ぐらい上つて来た。今回の仲裁裁定におきましても、非常に問題になつた点でございますが、大体戦前復帰の点において、どうかという点につきまては、いろいろサービスの点等から考えてみまして、繁閑の割合等非常に困難な問題もありますし、なお又電信電話事業郵便事業と一体になつて経営されておりましたので、過去の分析というものが、現在においては非常に困難でありますので、的確な資料がないのでございますが、毎年この労働生産性というものは向上して参つております。それからサービス改善、これは一時のような電話状態では何とも申訳ない次第でございますが、漸くにして加入者の数も七年間に終戦直後の三倍以上になつた、市外回線も倍以上になつた、電信サービス戦前状態を凌駕している、こういうような状態になつておりますか、何と申しましても、今一番の大きな問題は、電話需要に対して供給が応じ得ない。これは五カ年計画によりまして、大体五割程度加入者を増加する。現在百五十万程度の加入者でございまして、戦前の百八万に較べまして、戦前を勿論凌駕いたしておりますが、大体現在の倍程度に直ちにいたしましても、なお本当の需要には応じ切れない状態でありますが、やはり非常に多額の資金を要します関係上、五カ年間に約二千六百億程度の建設資金を投じまして、加入電話としましては現在の五割程度、併しこれは重点的に施行いたしますので、大都市におきましては九割近く増すという形になりまして、事務所等の電話につきましては、勿論申込んだらすぐつくような形に持つて行きたい。市外回線につきましても、待つような電話では役に立たないのでありまして、目的地に非常に迅速に繋ぐというような形にいたすために、市外回線を五年間に倍以上に殖やして行くという計画になつているわけであります。  そこで事業の収支の関係におきましても、二十七年度におきましては、全体としまして四十二億余りの剰余金を出しております。公社に八月移行いたしましたのですが、公社移行後におきまして、二十四億の剰余金を得ましたし、電気通信省時代に十九億ばかりの剰余金を持つて公社に移つたという形に相成つております。  そこで先ほど委員長からもお話がありました監督がルーズになつたのじやないかという点でございますが、これにつきましては、経営自主性を与える、事業経営につきまして、要するに能率的に、単に形式的な恰好じやなく、本当に事業の変動に応じた活動ができるようにいたして行くという意味におきましては、できるだけ経営を担当しているものに責任を持たして、事業をやつて行くという態勢をとらざるを得ない。これは電信電話復興委員会におきましては、この点が特に強調されたわけであります。併しながら一方におきましては、ともかく独占企業でございますし、国民の利害に非常に関係の深い企業でございますので、これはやはり政府監督政府監督と申しますと、公社法におきましては郵政大臣が監督大臣でございます。これは郵政大臣が法人としての監督権を持ちますと同時に、我々の事業におきましては独占事業でおりますので、料金につきましても、サービスにつきましても、法律によつてきめられております。これは公衆電気通信法というものが八月一日から施行になりましたが、それにかなり詳しく記述されておる次第であります。一方公社法におきましても、財務会計等につきましても或いは人事権につきましても、国会の承認或いは政府の任命、又政府の許可、承認というような条項があるのでありまして、公社国会及び監督官庁の認可、承認、同意を得なければならない事項は、予算の議決を除きまして、公社法において十二件、公衆電気通信法において三十一件の項目につきまして監督を受けておる次第であります。同時に会計監査につきましては、国の機関である会計検査院の監査を受けておりまして、予算は勿論国会の議決、又決算も国会に提出されて、きめられて承認を受けるという形になつておるわけであります。大体公社監督関係につきましては、郵政省におきまして大きな機構は持つておりません。電気通信監理官を郵政大臣官房に二名おきまして、その下に参事官を若干名おいておる、規模としましては極めて小さな規模であります。  今後の問題につきましては、行政管理庁の行政監察も受けたのでございますが、これは郵政大臣を通じましていろいろ注意事項が示されておるような次第であります。今後の課題としましては、私ども過去におきまして、非常に電気通信事業経営機関機構の変更というものが、殆んど毎年行われて来た、先ほど申したように、運輸通信省になり、通信院となつて、更に逓信院になり、逓信省になり、電気通信省となり、公社なつたということで、年々機構改革をやられては、これはもう能率は絶対に挙らんのでございまして、昨年度私ども事業の建設工事が相当遅れたのでございますが、これはやはり先ほど申した機構改革によりまして、非常な影響を受けております。そこでいろいろと公社法設定の際、私ども第一案として考えましたのは、もつと財務会計につきまして、いわゆる企業性が発揮できるような状態を考えたのでございますけれども、それはなかなか御承認を得られないで、而も国鉄等の当時の公社法よりも弾力性を認められ、進歩した法律と言われたのでございますけれども、なお公社法自体につきまして、更に改善を要する点が少くないというふうに私ども考えております。併しながら、ともかく昨年八月一日漸く発足したのでありまして、我々の大きな仕事としましては、五カ年計画を完全に遂行いたしまして、サービス改善をよくして、経営合理化を、ともかく現在の与えられたる公社の性格、法律の範囲内で最大限にやつて行かなければならん、こういうような点から機構の改革その他については、第二次的に考えまして、ともかく公社の実績を挙げて行くということに目下努力し、又公社の重点をそこにおいておりますので、本日公社法のこれこれについて、一々改正の御意見を申上げるのは差控えたいと思うのでございますが、なお考えられることは、私ども予算制度につきまして、もう少し考えて行かなければならんじやないかという点を特に考えておりますし、又人事管理の面につきましても、現在の公社法国家公務員法と同じように、いろいろの要するに保護規定がありますと同時に、又非常に一方においては、給与総額等において縛られておる。ここにおいて今度の仲裁裁定をめぐりまして、公社になつて、結局公務員と同じじや何にもならんという、一つのいろいろ意見がある議論かも知れませんが、そういうような関連も生じて来ておるのであります。現在の我が国の一般的な情勢と申しますか、世界各国におきまする情勢としましても、こういう事業公共化という観念から見ますれば、民営に持つて行くということについては、私ども考えんられないと思うのでありますが、公社としまして、更にこれを本当に、成るほど国家機関から離れて、各方面これでいいのだという実績を挙げるようにするために、更に公社法のあり方につきまして、私どもは検討いたして行きたい、こういうふうに思つておる次第でございます。  非常に簡単でございますが、以上を以て終ります。
  4. 小酒井義男

    委員長小酒井義男君) 御質疑はありませんか。
  5. 天田勝正

    ○天田勝正君 私どもから見ましても、確かにこの電々公社関係ではサービスがよくなつて来ておる。そのことは私ども認めておりまして、その根本の考え方というものが、靱総裁が言われました公共性、その観念が徹底されておるからだろうと思いまして、私ども感服したわけなんですが、この考え方はどうぞますます末端にまでよくしみ通るように御努力願いたいと思うのです。  お伺いいたしたいことは、職員全体の企業意欲というものが非常に挙つた。これはまさにさようだろうと思いますが、更に私考えるのに、従来電々の関係等については、官業当時から極めて学力が低いと言いますか、小学校を出たような人であつても、長年その業務に専念しておると課長になつております。地方の局ですけれども、こういうのもよく見受ける。ですから昔でも交換手などでも要するに昇進の途があつた。こういうことの伝統が一つ然らしめておるのだろうと思いますけれども、お話のうちに、近頃は大学出もどんどん現場に行つておる、こういうことを申されておつて、この点については大学出者がどんどん参られても、なお且つそうした労力の低いと言いますか、いわゆる学校教育が低いのであつて、学力が低いとは言いがたいが、そういう者の昇進の途、いわゆる励み、張り合いと言いますか、そういうものを特段に何か現在やつておられるのでありましようか、又はやろうとなさつておるのでありましようか、この点……。
  6. 靱勉

    説明員(靱勉君) お答えを申上げます。御指摘の通り、在来逓信事業全般と申しましても間違いないかと思いますが、昔で申しますれば、小学出の人もかなりたくさんに職業に入つて来られる。なお電気通信といたしましては、電信のオペレーターと申しますか、これは講習所というものがありまして、小学校を出た人を一年なり、二年なり訓練、教育しまして、電信の運用に従事して頂いて、更にその上に自己の勉強によりまして、官吏練習所というのもありまして、この中からは或いは当時の高等文官試験に合格するような人も多々出たわけでありますが、そういう教育機関を持ちまして、就職した当時の学歴だけでなく、昇進の途は相当開いておる。又永年勤続いたしまして、この電話なり電信の作業に熟練した人を、昔の制度で判任官にするという制度もやつておるわけでありますが、その数は必ずしも多くはなかつたと思います。公社になりまして、先ほど申したように、殊に終戦後、学閥打破、或いは単に学歴だけでやるというような弊はなくなつてつたのでありますが、公務員法としまして困つたことにおきましては、先ほど申したような職階とか格付というようなことに災いされて、どうしても課長とか或いは管理者にしなければ給与を余計出せなかつたというような事態つたが、公社になつて、それはそういう形式にはとらわれないで行けるようになつた。で、管理者になるか、現場において作業しておるほうがいいか、これは給与の問題におきましては、私ども差別しない方針で参つておりますので、その能率が挙り、技能が向上して参りますれば、勿論昇格の途は講ぜられる。なお、併しながら若い人としましては、やはり向学心というものが非常に強いのでありまして、内部におきましても、これは占領下におきましては、ともかく訓練と教育とは峻別しなければいかんということで、一般教育を授けることは厳禁されたわけでありますが、現在全国に十八の電気通信学園というのを持つておりますが、これは主として仕事の訓練でございます。併しながらどうしても若い人たち、殊に戦争から戦後にかけての必ずしも十分教育を受けられなかつた若い人たちの向学心というものは、非常に強いのでありまして、本年から二年間の長期訓練教育をするような機関を、現在の学園の中に設けまして実施いたしましたが、これは非常に若い人たちに大きな希望を与えたと信じております。なお一般教育機関の利用につきましては、大学の委託制度、こういうものについても四、五十名くらいは出しておりますし、そういう機会も与えておるわけでございますが、私どもとしましては、何としましてもあちこち職場を変えて行くということでなく、この電信電話公社の職場が、本当に自己の生命を賭けていい職場であるというふうにして行かなければ、いい人は集つて来ない。又教育の機会を恵まれなかつたかたでも、自分の努力によつて与えられるというふうにして行かなければならんといつて、その方向には私ども相当重点をおいてやつておる考えでございますが、今御指摘のようなあらゆる機会を与えて行くということにつきましては、私どもその方向でやつておる次第であります。
  7. 天田勝正

    ○天田勝正君 まあ大変進歩されて、私ども喜んでおるわけですが、大体諸外国の例などを見ますと、アメリカ等でまあ世界に聞こえた大会社の社長、重役クラスというものは、大方は大学は出ておりますけれども、その昇進の途を皆んな職工から上つておる。これは御承知だと思う。ところが日本では、はなからその最高幹部になる途と、それから職工の途とは全く別々である。それだからこそ、やたらホワイト・カラーにばかりなりたがる、こういうことなんです。この日本式の悪い面を破つたのは後藤新平さん、又純民間では小林一三さん、その話をすると長くなりますけれども、どんな大学を出ようとも、満鉄では切符売りから全部始めて行くのです。だから戦時中東京の鉄道省関係等の会議に来ても、到底内地の鉄道官吏は太刀打ちにならん、実際を知らんのですから……。片方はどういう立場の人が来てもすぐ列車のダイヤが組める。遊んでおる貨車を一つも遊ばせずに、要するに運行するようにその場でダイヤが組める。まあ一つの例を挙げればさようなわけで、私ども希望いたしますことは、公社に折角なつて御苦労なさつておられるんですから、やはりこういう制度一つ現場の、大学出がどんどん一番下から上るということを不断に一つ御努力願いたいということ、これは希望でございます。  第二の点は、これは電々公社のみでないから容易でないと思いますけれども、御指摘のように官庁でないために、これは公社等でやり得ることですから申上げるのですが、それは誰だつて末端の機関、田舎落ちをするということは、これはいやがるのです。単に虚栄でいやがるのでなくして、都会のほうが、住宅こそ困難であるけれども、その他のものは一切安いのですよ。ここに人事委員会等にいろいろ陳情が来ておるのを持つておりますが、要するに東京と同じくらいの支出があるのだということをデーターを持つて来ておりますが、東京よりは余計だというものは出て来ますけれども、少いというものは出て来ないのです。同じ生活をしようとすれば、衣服一つ買うにしても必ず東京のほうが安い。吊しの洋服は東京では三十七種類のものが何百とある。ところが田舎へ行けば一つの店で全部だつて二十くらいしか洋服がないのに、三十七種類というものがあるはずがない。こういうことで、まあとても生活がしにくいということが一つと、長じて子供を学校にやるということになりますと、これは同じ給与で、自分の家から通わせるのと、要するに遠くへ下宿をさせるというのとでは、これは話にならん。不可能と言つてもいいくらいである。このことのためにどうしても都市に集中したがる。だから私は、要するに給与体系というもの、地域給というのは全く逆立ちさせなければ解決できないのだということを常に言いまして、事例を挙げて労働委員の時分に主張しますと、二十四対一で、私のほうが一で破れましたが、議論はこつちが勝つ、こういうことなんですね。  横道で大変長くなりましたが、こういう根本的な改変をすれば、さきに希望いたしましたような、成るべく末端にどんどん行くということが、私は実現すると思うのですが、この点について将来おやりになるつもりがあるのかどうか、一つお伺いいたしておきたいと思います。
  8. 靱勉

    説明員(靱勉君) 先ず第一点の御希望でございますが、まさに我々そう考えておりまして、学校を出た者も、今後本社に来る人は全部現場経験を積み、現場において優秀でなければ、本社へは法学士であろうと工学士であろうと採らんと、こういう形にいたしております。現在地方局としましては十一ございますが、そのうち四つは完全に大学出でない人が局長でございます。地方の通信局長、それから本社の幹部、部局長におきましても大学出でない人が三名かおるわけであります、八つかのポストにおきまして……、これは高文を通つたとか或いは大学を出たとかという人でなくても、局長になれる、こういう形を現在採つております。それから現場の長におきましては勿論当然そういう形であります。  更に私どもとしましては、教育につきまして我々更に一番大きな問題として考えておりますのは、東京の中央電報局に入つておる人は若い人が多い。これはやはり向学心で夜学へ通う。そうすると夜食も十分取らないで学校へ行つている。その結果、抵抗力が少くなつて、非常に不名誉な話ですが、電電公社職員の結核の罹病率というものは一番高い。職業病じやないかと言われているのですが、実は職業病とは私ども考えていないので、そういうところに無理がある。何とか我々としては、それらは十分休養を取り、勉強できるようにしたい。これはまあ一つの別途の考え方を持つております。  それから地方落ちが非常にまああれだという御意見でございますが、今おつしやつた点、私ども同感される点が非常に多いのであります。私ども住居の関係さえなければ、全面的に都会等と入れ替えをするということはやつております。この点は一番問題は住宅の問題でございまして、まあずつと見て参りますと、戦争から食糧事情の悪いときには、むしろその地方に居着いちやいまして、ともかく片方に人が余つているので移そうとしても容易に承知しない。この頃は都会に集つて来たい。学校の点とかいろいろな関係からそういうふうになつて来ている。これらの方々の希望と、私ども事業経営が、本当に先ほど申したように適材適所で、而も要員の配置を非常に適正化するという意味合におきましては、住宅が非常に足りないものですから、これを設備しまして、都会と地方と交流ができるように手を打ちつつある次第であります。
  9. 松原一彦

    ○松原一彦君 養成機関についてちよつともう少し具体的に説明して頂きたいと思います。
  10. 靱勉

    説明員(靱勉君) 養成機関といたしましては、先ほど簡単に申上げましたが、もとは講習所というのが、普通講習所と、高等講習所とございまして、普通講習所は大体一年で、小学校卒業のかたたち、高等講習所というのは、普通講習所を出たもの、又は高等小学校乃至中学の中途くらいの人が入つている。それから官吏練習所……。
  11. 松原一彦

    ○松原一彦君 これは何年。
  12. 靱勉

    説明員(靱勉君) これは二年でございます。それから官吏練習所というのが更にそのまあ上と言つちや……教育の段階から言いますれば、上にございまして、これは全国に一つしかなかつたのでございます。これはまあ非常に永い歴史を持つているのでありますが、これが二年間でございまして、大体中学校、高等学校を出たような人、これはそういうような学歴じやなくても、試験をやりまして、先ほど申した高等講習所を出た人でも相当官吏練習所へ入つております。それから外部からの卒業生でも久つて来て、非常に競争試験で秀才が集つたところでございますが、そこは二年で大体高文を受けるような資格もできる、実力でございますね、そういうふうな形になつてつたのでございます。それが教育は電気通信省においてやつちやいかん、これは国の教育機関というものは統一して文部省がやるのだということで、終戦後におきまして非常に改革されたのでありますが、併しながらアメリカにおきましても、学校を出たものを先ず訓練する。仕事の訓練、ジヨブ・トレーニングと言つておりますが、仕事の訓練をして、それから現場で以て本当に優秀な人がだんだん上へ上つて行くという制度を取るべしということで、これは確かにそういう主張が我々の自分のところにあるのでございます。これは全国に十三の学園がありまして、これは大体高等学校卒業生が最近は多くなりまして、新制高校の卒業生が非常に多くなつて参りましたが、主として電信仕事に従事する人が多いのでございますけれども、これは外から入つて参ります。内部からも勿論入れますし、内部からは相当幹部になる訓練もいたしております。幹部になる訓練と申しますのは、事業全体の知識を与え、又同じ本当の技術官、本当の技術屋でありましても、高等の技術を授けるというような仕組みになつておりますし、これは長いのは只今までは一、二年が最高でございまして、場合によつては三カ月のものもありますし、九カ月のものもそれぞれの訓練の目的に従つてつたわけでございます。三重県の鈴鹿と東京の神代村でございますか、そこの二つには全国的な大きな学園ができております。鈴鹿のを鈴鹿学園といいまして、東京にあるのを中央学園と申しておりますが、この内容設備はけだし外国に対しても劣らないような通信技術の訓練機関としてありますし、又これは単に技術の訓練だけではなく、事務処理、経営上の経理の面にしましても、すべての問題につきまして訓練を実施しております。先ほど申しましたのは、それだけではなかなか若い人なり、先ほど申したような戦争中、戦後の教育に恵まれなかつた人たちは満足しませんので、ここに長期の二年の期間を置きまして、これは部内の人だけで、例えば部内に何年以上、必らず四年在職した者のうちで、その競争試験に勝つた人を訓練いたしますが、これは一般教育もやることにいたしております。即ち法律、経済或いは社会科学、そういうものについても訓練することになつております。これが昔のまあ官吏練習所のような形態になつておる、こういう次第でございます。
  13. 松原一彦

    ○松原一彦君 目黒にある無線電信学校ですか、あれとはどういう関係があるのでございますか。
  14. 靱勉

    説明員(靱勉君) 目黒は全く民間の公益法人がおやりになつてつたのでございまして、当時逓信省とは直接の関係はなかつた、そこで主として船舶に乗り込む無線通信士の養成を主体としまして、まあその後航空や何かも出て参りましたが、あれがたしか今度電気通信大学になりまして、これは文部省所管になつております。これは今度ずつと体制を変えまして、無線のオペレーターを養成するということでなく、電気通信一般につきましての大学教養を授ける、それから各大学においても、技術関係におきましては電気通信部と言いますか、学科を設けておるところが多かつたのでございます。中には若干これを減らそうというような傾向もなきにしもあらずでありまして、これらにつきましては、私ども電気通信事業立場としては、技術の大学におきましてそういう専門の学科を設けるということは非常に大事なことである、又今後の無線通信の発達というものは、これは非常に大きな問題でありまして、そういうふうに考えて、何とかこれもできるだけ存置し、発展さしてもらつたらばという考えをいたしております。
  15. 松原一彦

    ○松原一彦君 中野に高等無線通信学校なるものがあつて、その校長は小沢前郵政大臣、その職員は現職の郵政省関係及びあなたのほうの関係のかたがたくさん名前を並べておられるよりに思うのですが、そういう事実はありますか。
  16. 靱勉

    説明員(靱勉君) 中野の話は、昔は私承知いたしておりますが、その後どうなりましたか、実はまあ主として無線でございまして、やはりオペレーターの養成をしておるのですかどうですか、電波法の規定によりますと、無線通信士にはやはり資格認定がございますから、民間でやる可能性はあると思いますが、詳細は私非常に申訳ないのですが、承知いたしておりません。若しも公社の人がなるとしますれば、それは講師としまして、公社の承認を得てならできると思います。講師としてですね。公社法によりますと、一般職員、役員は兼職は絶対にできないのでございますが、職員につきましては他のそういう機関の講師になつたり或いは他の職業をやれるようには、一応法律の建前は承認を受けてできることにはなつておりますが、どの程度、今中野でやつておりまして、そこに公社職員が行つておりますか、主としてあれは無線で、郵政省の電波監理局関係ではないかと私は考えます。
  17. 松原一彦

    ○松原一彦君 地方の昔の電報局電信局、今日は独立しておられます、郵便局の中にあるのが通常でございますか。それとも独立の庁舎を持つているのでございますか、地方では……。
  18. 靱勉

    説明員(靱勉君) 大体地方におきましては、郵便局と同じ建物を使用させて頂いております。或いは郵便局が他に移るとか或いは電話局ができるときには、電報電話局として別になつておるのもございます。大きな電報局におきましては独立電報局になつております。
  19. 松原一彦

    ○松原一彦君 その局長とかその経営関係はどうなつておりますか。
  20. 靱勉

    説明員(靱勉君) 現場におきまする経理というものにつきましては、勿論局長の下に経理担当者がおる次第であります。
  21. 松原一彦

    ○松原一彦君 郵便局長が兼ねておりますか、兼ねておりませんか。
  22. 靱勉

    説明員(靱勉君) 大体郵政省のほうにおきましては、特定局と普通局と御承知のようにございまして……。
  23. 松原一彦

    ○松原一彦君 私の聞いているのは普通局です。
  24. 靱勉

    説明員(靱勉君) 普通局の場合におきましては、郵便局長が電報局長を兼ねている局はございません。それからただ電報にしましても電話にしましても、特定局には随分と電々公社からその業務を委託しておりますので、郵便局長が電報も電話も郵便も一切管理している、こういうのが特定局の建前でございます。
  25. 竹下豐次

    ○竹下豐次君 簡単なことをお尋ねしたいのですが、電報局の無電の取扱いの指導監督はどこでしているのですか。
  26. 靱勉

    説明員(靱勉君) 現在私どものほうとしましては、無線の利明というものは、国内におきましては非常に少いのでございまして、非常災害等の場合を考えまして無線を使つている局はございますが、それは勿論公社でみずからやつております。それからただ公社におきまして、無線の施設をする場合においては、その波長の割当、その検査、すべて郵政省の電波監理局がやつておる次第であります。
  27. 小酒井義男

    委員長小酒井義男君) ちよつと速記をとめて。    〔速記中止〕
  28. 小酒井義男

    委員長小酒井義男君) 速記を始めて下さい。
  29. 野本品吉

    ○野本品吉君 先ほど来いろいろお話を承わつて、だんだん公社の本来の機能を発揮されているようですが、今公社の皆さんの立場から考えて、理想的に公社の機能を発揮するという点から見て、いろいろ法律の拘束その他で、これはこうしたらいいといつたような点がありますですか。ありましたら一つ伺いたい。
  30. 靱勉

    説明員(靱勉君) これにつきましては、まあ私ども実は経験が浅いのでして、国鉄はもう大分前から発足しておりまので、いろいろ意見があるわけであります。ときどき公社が集まりまして、公社改革等も話合つておるわけでありますけれども、まあ先ほどちよつと申上げましたが、予算につきまして、もう少しその弾力性といいますか、実は今郵政大臣が予算の調整権をお持ちになつておるのです。で、大蔵大臣に協議してきめる、こういうことになつておりますが、実際におきましては、郵政省ではどうも解決つきませんで、大蔵省と両方に予算の細かい点を説明しなければならん。併し政府機関当時に比べますれば、非常に改善されております。その事実はまあ申上げんで、大蔵省が悪いという意味じやないのでございまして、いろいろ細かく検討されております。これはまあ私ども先ほどから申すように、公社有という点から、監督は幾ら厳重に受けてもいいのでございますけれども、これは一つ決算的な監督、或いは業績調査というようなところに非常に重点を置いて頂いて、それから年々やつている計画の大綱というものは、国会に提出して御承認を得なければいかんとは思いますけれども、細かい、まあどつちかというと、人が何人要るか、これだけ機械ができてどうしてもこれだけ人が要るというのに、頭数これだけ切れと、こういうふうにやられちやつては、まあ経営者として本当の責任を負えない。何となく初めにもうがんがん抑えられちやいますと、誰が経営しているのかわからんという点が、根本的な一つの問題ではないかと思つております。そういう枠から見て来ますと、私はまだ予算制度について研究して行かなければならんじやないかというふうに考えております。一方監督につきましては、私ども決算なり或いは業務監察的なことは、公社経営能率を上げるという意味におきましては、私ども鉄道と比較し、専売と比較し、その他或いは民間の会社と比較されてもいいのであつて、そういうような頭脳のかたがこれを比較して頂くと、非常に結構なんです。まあ重箱の隅つこをつつつくような監督を受けていたのでは、これは何のために独立機関になつたのかわからない。監督のあり方については非常におこがましい話ですが、又僭越ですが、そういうような点も少し考えて行かなければならんのじやないかというようなふうに考えております。  それからまあ公社になつて、一方からいいますと、企業的に大いに能率的にやれと言われておりながら、今度はその職員を配置転換したりなんかする場合、これらについても、非常に保護規定が一方から言えば篤いという点もあるのです。その代り一方においては今度のように、そういうふうにはつきりしているかどうかわかりませんが、公務員給与が飽くまでもバランスをとるのだというと、必ずしも職員としても、一体どつちなのだと言いたくなるところなんでございますね。やはり非常に企業能率を挙げたら、臨時的な賞与でも余計出してやるのだ、会社なら当然やることなんですね。そつちは抑えてしまつて、余りぎゆうぎゆうやられると、むしろ勤労意欲向上しない。だからどこを一つ抑えておけば、公共所有であり社有である公共性を失わない、これだけの範囲はお前たち経営責任者に任せる、悪かつたらお前を首切るのだ、こういうくらいのことを根本的な観念としてやつて頂いて、やはり能率に応じて働き甲斐のあるようにしてくれ。能率を上げようが休もうが同じだというふうではやれん。そうかといつて、余りソヴイエトのノルマ式に搾取的に金で釣つて働かせるということも悪い。職場の環境と言いましても、人のことを言つて申訳けないのですが、専売公社の職場の環境にしても、国鉄の職場にしても、我々よりかいい。現場の職場を見れば、ひどいところもある。ですから、今剰余金があるとおつしやいますが、局舎をよくするだけでも、全国的にはもう白蟻が食つて倒れそうな局舎もあるのですね。便所も少ない、休憩室もない、宿直するのもひどいところです。こういうものを直すために七十億くらい修繕費だけで要る。ですから、料金は法律で抑えられて結構です。料金を抑えれば、こつちでうんと物件費を食つてやろうということはできないのですね。だから収入増加ができれば、或る程度給与も増してやる、或いは賞与で結構ですから、ベースなんというまでは言わんから、そういう方向がとれる。こういうようなことで、会社と全く同じには到底なりませんが、どうしても不合理な点だけは今後解決して行きたいと思つておりますが、公社になるまでに私ども電気通信省法律案としては、かなり理想案を、これは学者のかたにも聞き、それから前の先輩格である公社のかたにも聞いて、かなり理想案を作つたのですけれども、まあそこまでゆるめるわけに行かんというので、だあつとやられまして、更に国会で少し元に戻して頂いたとこういう恰好に私ども公社法はなつておる。今後まあ国鉄も大体この間の改正で、大体電信電話公社法と同じようになつておる。私どものほうはもう一歩進めて頂ければもう一歩進めたい、こういうような話をしておるくらいで、改善すべき点は基本的に申しますと、そういうことでございます。
  31. 野本品吉

    ○野本品吉君 もう一ツ。今の問題は、公社問題を検討する上においての根本的な、極めて微妙であり、而も重要な問題であると思うので、又改めて別の機会にでも総裁の意見を新たに承わりたいと思います。  もう一つは駐留軍の通信と国内通信関係はどうなつておりますか。
  32. 靱勉

    説明員(靱勉君) 駐留軍の通信は、まさにサービスの提供でございまして、一般の、例えば会社等がお使いになるように専用線を使われれば、それの料金はむしろ少し高目になつておりますが、頂戴いたしておる。大体現在市外回線としまして、全体の一割程度が実は駐留軍に使われておる形になつておる。それから加入電話等につきましては勿論有償主義でございまして、私どものほうで特別の料金を設定いたしまして徴収いたしております。それから工事につきましては、行政協定から申しますれば、向うの施設区域内におきましては勝手にやれるわけでございますけれども、公衆通信と極めて緊密な連携のある施設におきましては、私どもが請負いまして、その請負金額を頂戴しておる、或いは又向うの施設を私どものほうの職員が保守いたしまして保守費を頂いておる、こういう形になつております。
  33. 野本品吉

    ○野本品吉君 今の点は有線施設、有線通話といつたようなことになつておるのですか。
  34. 靱勉

    説明員(靱勉君) 現在一般公衆通信としてはそういうことはございません。それで結局駐留軍としてはもう専用線を持つてしまう、一般公衆通信に割込んで来ない、こういう形になつておるのでございます。併しながら駐留軍の使う通信におきまして、市外通話におきましては、只今申したように殆んど大部分は専用線で行つておりますがこちらが専用線を提供できないという場所があるわけです。そういうところは特別のAFコールと申しておりますが、これは特急通話より優先いたしますが、五倍の料金を頂戴いたしております。特急通話は御承知のように三倍でございますが、五倍の料金をもらつて最優先で繋いでおる制度もございます。
  35. 野本品吉

    ○野本品吉君 駐留軍の通話の需要に応ずるために、こちらの施設その他が非常に制約されるといつたようなことはありませんか。
  36. 靱勉

    説明員(靱勉君) まあこの点は実は全体として日本電話施設というものは、もう需要に対して少いのでございますから、それだけ提供すれば圧迫されるじやないかとおつしやれば、まさにその通りでございます。ただ私どもとしまして、勝手に向うに施設されるということは、又国の通信施設の統一と申しますか、通信政策からいつても、必らずしも好ましいことじやないと思います。できるだけ我々のほうで必要なものは提供して行くということが却つていいのではないかということで、そういう例えば大阪から以西のような問題におきまして、現在かなり市外回線は少いのでございます。そこへ専用線等が入ります関係上、一般公衆通信の待合い時間と申しますか、申込んでからなかなか相手方に通じないという時間は相当長くなつておりますが、そういう影響はございます。ただこれはできるだけ施設をそちらのほうは増強いたしまして、公衆通信サービスを余り落さないでやつて行くという、まあ努力をいたしまして、できるだけ駐留軍に提供する結果、公衆通信が余り悪化しないような方針施設し、又非常に悪いところにつきましては、駐留軍とも相談しまして、できるだけ向うの回線を抑えて頂くというようなこともいたしておりますし、駐留軍自体としまして超短波によるところの市外電話回線をみずからも施設もしてもらつております。その点はこちらの施設の状況を考えまして、公衆通信に非常に悪い影響を与えるものにつきましては、先方としましても、特別の施設をするというような考えかたもいたしておりますので、私ども公社立場一般の国内の利用者立場を考えましても、大体まあいいところに落ちついているんではないか、併し全体としましては、先ほど申したように飽くまで施設全体が足りないのでございます。
  37. 松原一彦

    ○松原一彦君 副総裁に伺いますが、公社の営造物、公共の建築物の管理については責任をお持ちだろうと思うのですけれども、私ども昨日も専売公社を見、これから今日も見に伺うんですが、労働組合国鉄などでは非常に大きな貼札を至る所にやつておる、公共の営造物に対してああいう貼札を無制限にやることをどう御覧でございましようか、お聞きいたしたい。
  38. 靱勉

    説明員(靱勉君) これは組合とも話はちやんととりきめておるのでございまして、組合の掲示というものは管理者が認めた場所以外に掲示してはならんと、承知いたしましたという形になつておる、従いましてその所定外に出したものにつきましては、勿論組合責任を問い、撤去しなければ実力を以てでも撤去するということにいたしておるのでございまして、ただ場合によつて絶対的にそういう状態に常になつておるかと申しますと、もうすでに現在は実力鬪争の第二回目に入つておりまして、なかなか現場の管理機関との間に話がつかない、要するに前からの約束通りやらんで勝手によそへも貼るというような事態が起りつつあるのは事実であります。併しこれにつきましては勿論管理者としましては抗議を申込み、それを撤去せしめるということが当然の措置でございまして、公社としましても管理者につきましては、それは厳重に通達しておりますが、どうも闘争期間に入りますと、これは率直なことを申上げますと、めちやくちやに貼るのは、これは以てのほかですから、絶対にこれは厳禁しますし、直ちにこれは措置いたしますが、平素より若干殖えて出ているという場合において、どうも見逃すというような事態が間々あるという状態であります。併し飽くまでこれは公社管理者のものでもありませんし、又職員のものでも、組合のものでも営造物はないのでございますから、無断に勝手なことをするということは、もう飽くまで正しいことではございません。
  39. 松原一彦

    ○松原一彦君 その点の原則一つ明らかにして、態度のお示しを願つておきたい。私ども選挙のときには、さつきも例に引きましたが、私は帯広に、電信柱にビラが貼つてつたというので、撤去に来いという命令を受けた、又野本氏は舞鶴までわざわざ事務長が取りのけに行つたという事実もある。これは選挙法にもちやんと明記してあるのでありますが、選挙法に明記してあるように、公共の営造物に対してはビラを貼ることも許されておらんし、又貼る場合においてはそれぞれの所定の料金を徴収する鉄道等の事実もある。それが如何にも組合等が私有物のように、これを濫用するということに対しては、目に余るものがある場合がある。これは管理の責任をお持ちになる側で、原則としては厳重に管理して頂きたいという希望を持つ、如何でしようか。
  40. 靱勉

    説明員(靱勉君) もう原則は先ほど申したように、組合とも勿論これは見解の相違があるわけではないのでありまして、管理者の許可を得たところ以外には、組合の掲示なり、組合が勝手に使用することはできないということになつております。で、もうそこで現実の問題はどうかということになりますと、これはもう正面切つて、それで以て無断にやつた場合には、抗議してそれを撤去せしめる、まあ組合も私どものほうの組合関係を見ますと、それは飽くまで私有物という観念じやなく、又サービス改善をしようという意欲に燃えて折る、伴し一方なかなか組合の内部におきましては、いろいろな抵抗もあつて組合幹部としても、又実にやりにくい場合もあるかと思うのでございます。そこで今度のように一部においてやられておるようなことになると、これは国民からそういう批判を厳しく受けることは私は当然だと思います。場所々々によりまして、まあ正式に言えば、臨時に或る程度の場所を、掲示板では足りないので、臨時に許すということをすればいいわけでしようが、御質問の趣旨は、そういうことは勝手にやつて管理者自身でもいかんじやないが、公の建物の使用については相当、自分の所有物であるという観念じやいかんという御趣旨かと思いますが、平素その点については十分厳重にやつておりますが、実力闘争になりますと、そこを踏越えて非常に行過ぎる場合と、まあ若干踏越えちやつたという事態がある。私ども非常に行過ぎるものについては仮借なくやるのでございますが、若干の踏越しについて、組合現場管理者ができるだけまあ早く撤去させるというような措置をとる、程度の差というものが非常にあるのでございまして、もう理窟から申しますれば絶対にまかりならん、所定以外は絶対にまかりならんということで、それを行うのが管理者なんだと、こう言われても止むを得ないかと思つております。
  41. 松原一彦

    ○松原一彦君 もう時間がありませんから、これより申上げませんが、常識を逸脱せぬように、フエア・プレイで、我々は労働組合を圧迫する意思は毛頭ありません。ただそれが常規を逸すると、双方共に利益にならない、マイナスになる場合が往々にしてある。又組合員個人の意見を聞くと、我々もこれは程度が過ぎると思うという反省のあるもののほうがむしろ多い。或る少数過激な人によつて埓を越えたるものが強引に行われる。それを先ず、誰もそれに引ずられるという場合があるように思われますので、これは今後のやはり習慣としても、労働組合の運動はどこまでも重んずるけれども、合法的にやつて行く、埓を越えないように、国鉄の実例に対して、実は相当今、目に余るものがあると思う。念のためにお願いしておきたいと思います。
  42. 小酒井義男

    委員長小酒井義男君) それでは大体質問も終つたようでございますので、午後は電々公社施設を視察することにいたしまして、会議はこれで散会いたします。    午後零時三十六分散会