○
加藤正人君
質疑に入る前に、
一言各
大臣に要望したいのであります。
それは、従来、
政府の
施策はいわゆる行詰らねば手が打たれなか
つたということに対する反省であります。私は、昨年或いは一昨年前から、
予算委員会その他を通じて、
世界各国の
軍備拡張が一応達成せられた暁に見舞われるであろう
反動期に備えて、思い切
つた貿易政策の確立の急務を主張し焼けて来たのであるが、残念ながら主として
財政上の理由で、極めて微温的なその
場凌ぎの対策しか講ぜられなか
つたのである。ところが今や我々は予想よりも早くその
反動に見舞われようとするに至り、漸く
政府においても真剣に輸出第一
主義に徹するに至らざるを得なくな
つたのである。この
原因は、各
大臣が
政策の
立案を多く官僚任せにしておるためである。悪く言えば、受けて立
つてそのまま鵜呑みにしておるのが従来の実際ではなか
つたかと思うのである。かくは
言つても、私は何も一概に官僚々々と悪口を言う意図は毛頭ない。むしろ
行政事務のエキスパートとしてその実力を
認むるにやぶさかでないのである。併し
官吏はその
性格上、所詮、
事務に携わるものであるから、
考え方も自然極めて
事務的になり、又悪く言えば事なかれ
主義であるのも又止むを得ないのである、
従つて、各
大臣がこのような
性格を持つ
官吏に大事な
政策の
立案を委ね切
つておるような状況では、勢い行詰らねば手が打てなか
つたのも、けだし当然のことと申さねばならんのであります。そうしてこのことは、
吉田政府の
内閣改造が余りにも頻繁であ
つて、殆んど席の温まるいとまもない有様では、おのずからそうならざるを得なか
つたところに根本的な
原因があ
つたと
考えられるのであります。併しながら、今や事態はまさに重大であ
つて、もはや今までのような安易な
行き方は到底許されないと思うのであります。かかる重大な時期に国政を担当されることとな
つた大臣諸君は、十分その
責任を認識せられ、積極果敢な
施策を断行して頂きたい。又
吉田総理におかれても、今後は軽々に
大臣の
更迭等を行わず、じつくりと腰を下した
政治がなされるように望んでやまないのであります。
そこで質問の第一は、
MSAの
援助に関連して、
政府の
態度について
総理にお伺いいたしたいのであります。
MSAの問題は、言うまでもなく、
政治的にも経済的にも非常に重大な問題であり、これを受けるかどうかについてもいろいろ慎重に検討すべき事柄を含んでおるが、そのうち特に重要なことは、若し
我が国がこの
援助を受けない場合には
我が国の防衛問題は一体どういうことになるかという点であると私は思うのであります。休会前の衆議院においては、若し今この
援助を受けなければ、今後はこの種の
援助は望めないという旨の
答弁が外務省の
欧米局長からなされておるが、
新聞紙の報道によると、
アメリカでは新年度から
政府機構を改めて、
海外援助は一本化するという
方針のようであるから、多分
欧米局長の
答弁のようになるであろうことは常識的にも
考えておかねばならないことである。そうなると、今後の
我が国の
防衛力の
強化はすべて自力で賄わねばならないわけであるが、この場合、
経済力がこれに耐え得るかどうかということがおのずから明らかであるとすれば、そうして又
防衛力の
強化は絶対的なものであるとすれば、
結論も又おのずから明らかであろうと思われるし、又
MSAの持つ経済的な意義も現在の
日本経済にと
つては決して小さいものでないと
考えられるのである。このように、
MSAについては慎重に検討すべき
幾多の問題をはらんでおるものの、併し
結論は明らかであるはずである。いわんや
アメリカ政府の
代弁者とも言うべき
アリソン大使の過般の講演は、
国民の杞憂を一掃するに足るものと申さねばならんにもかかわらず、而も
政府は
新木駐米大使の
報告により、この
程度のことはすでに十分
承知しておるはずであ
つたにもかかわらず、
政府の
態度は何故か、極めて慎重と言うよりも、何かびくびくと腫れものにでもさわるような感じを受けるのであります。(「ごまかしているんだ」「闇取引だ」と呼ぶ者あり)
新聞紙上を通じて報道されたように、
外務次官の言明をわざわざ
外務大臣が取消したり、或いは旅先で行な
つた保安庁長官の談話に周章狼狽したり等々、恐らく
国民の多くも何か不明朗なものを感じるに違いないと想像されるである。(「
八百長八百長」と呼ぶ者あり)これは畢竟、
保安隊の
性格、再
軍備の問題に直接つながる
性質のものである限り
政府としてはできれば従来の
通り頬かむりで通したいであろうと思われるのであるが、若し仮にこのような重要な問題を頬かむり通し得たとしても、それは決して
政治に
国民の信を繋ぐゆえんではなく、(「そうだ」と呼ぶ者あり)
国民を欺くものであると言わねばならないのである。現在の
保安隊を軍隊でないと信じているのは、或いはみずから称しているのは、
政府だけであ
つて、(「その
通り」と呼ぶ者あり、
拍手)恐らく
国民の多くはそう信じていないと思うのである。
政府はもつと率直にこの事実を認識し、
国民の判定に従うべきであろうと思うのである。而も今回の
MSAの
性格は、従来の単なる武器の貸与と
違つて、
相互安全保障法の
精神は明らかに軍事的な
相互防衛の趣旨に外ならないのである。たとえ
アメリカ側の
政治的な考慮によ
つて我が国に軍事的な
義務を課さないという例外が認められたとしても、その
精神には何ら異なるところがないのである。
従つて政府としては、この際、従来の
態度を改めるべきであ
つて、若しこれを改めないとすれば、それは
民主政治を破壊するものであり、多くの危険をはらむものであると言わねばならんのである。
吉田総理が常に言われるように、
経済力が許さないから再
軍備はしないということ、或いは
経済力が充実し而も
国民が希望するならば、そのとき初めて再
軍備を
考えるということは、我々にもその
気持はよくわかるのである。而してその
通りでなければならんと又思うのである。併し、今や
MSAの問題を
契機として、
経済力と睨み合せつつ
防衛力の
強化を図るべき段階に来ているのである。こういう意味において、
MSAの内容がたとえ法律的には
国会の承認を必要としない
程度のものであ
つたとしても、事の
性質上、
政府はよろしくこれを
国会に諮るべきであるし、又この機会に
政府は
国土防衛に関するはつきりした
方針と
計画とを明らかにすべきであると思うのである。今や
MSAの問題は日々の
新聞紙上に大々的に報道され、巷間の立ち話にもその話題となり、
我が国民の異常なる関心事とな
つておるにもかかわらず、昨日の
施政演説では、従来の
方針を毫も変更する必要を認めずとし、この問題には
一言も言及されず、
外相も又何ら具体的な問題に触るるところのなか
つたことは、誠に驚き入
つた次第であります。(「そうだ」と呼ぶ者あり)大多数の
国民は、恐らく
MSAの
性格につきできる限りの
説明がなされ、これに対する
政府の
方針が闡明せられることと期待してお
つたであろうと思うにもかかわらず、あえてこれをなさなか
つたことは実に遺憾千万であります。(「そうだ」と呼ぶ者あり)我々は従来防衛問題に関する
吉田政府の
態度には一応の同情を持
つていたが、今度の
MSA提案を
契機として、改めて
防衛計画の具体的の表明がなされるものと期待してお
つた我々は、甚だ失望を禁ぜざるを得ないのであります。
MSAは率直にこれを受入れ、この際こそ
防衛計画の
具体案を表明すべき時期であると確信する。従来の
方針は毫も変更の要なしとは、
国民の認識から余りにもかけ離れた一人よがりの言葉ではなかろうか。
総理はこの点について如何なる御
意見を持
つておられるか承わりたいのであります。
次に
予算案についてただ一点だけ
大蔵大臣にお伺いしたい。
今回提案された二十八年度
予算案は過去四カ月に亘る
暫定予算の弊害を除くために拙速を尊び、先の
不成立予算の
方針をそのまま踏襲したということであるが、成るほど公債の発行、或いは前年度に比較して実質的には一千億円に達する
財政規模の拡大、及び恐らく一千億以上に及ぶ
財政資金の
撒布超過等々、その
不健全性はそのまま受け継がれておるのである。かかる
予算の
不健全性は、
我が国の
商品コストを引下げなければならないという現下の
至上命題に真つ向から矛盾するものであるということについては、私は前の
国会においても指摘した
通りであるが、その後の情勢の変化によ
つてコストの引下げは一層切実な問題となりつりあるに反し、
予算の
不健全性は本年の下半期に集中的に現われることとなり、
政策の矛盾は一層致命的となりつつあるのであります。拙速を尊ばなければならんという現在の事情はよくわかるけれども、拙速の故を以てかかる致命的な
政策の矛盾をそのまま踏襲するということは、私はどうも納得ができないのである。直ちにインフレを招来するとまでは断定しないにしても、少くともインフレを抑えることが精一杯の状態で、どうして物価引下げをなし得るか。この意味において
政策の矛盾はないかどうかということを伺いたい。
次に、経済的な外交問題について
外務大臣或いは通産
大臣に質問したい。
情勢の変化と共に、
政府においても特需依存の弊を改めて、正常な貿易による輸出の振興と国内の自給度の向上によ
つて経済の自立を図ることにな
つたが、貿易面について言えば、コスト対策の根本問題であるところの石炭及び鉄鋼価格の引下げ策にはなお多くの不安が残
つており、又ポンド諸国の輸入制限の緩和も、国際貿易の規模の縮小化が必至と見られるだけに殆んど多くの期待がかけられず、東南
アジア市場との提携も賠償問題とからんで早急な進展は望めないとすれば、前途なかなか楽観が許されない情勢にあるが、貿易
政策については、前にも言
つたように、もはや論議の段階でなく、如何に強力に実施するかという段階にあるので、我々は暫らく岡野通産
大臣の果敢な実行力に期待し注目しておるほかはないのであるが、我々はこの際、丁度機械に対する潤滑油の役割をなすべき経済外交の果すべき役割を重視せねばならんと思うのであります。
岡崎外相は昨日の
演説でこの点にお触れになり、東南
アジア諸国の経済開発に我が方としては謙虚な
気持でこれに協力し、将来の提携に資したい旨の希望を明らかにされました。
日本経済の自立の達成のためにも、東南
アジアとの経済協力の必要なことは申すまでもない。併し現実の姿は、まだまだそれどころか、フイリピン、
インドネシア、ビルマ、
インドシナ各国においては、
日本の商社の入国はおろか、
日本人の入国そのものも個人的には殆んど禁止の状態に近いのである。かかる状態において経済協力を云々するのはいささか現実遊離のきらいがあり、まだまだその前提をなす地ならし
程度の域を出ることはできないと思うのである。
政府はもつとこういう点に注目し、又現にその
努力をなされていると思うが、現実にどのような
努力が払われているか、又その成果は果して期待し得るかどうかということを伺いたい。
次に、
世界経済のブロツク化の傾向について伺いたいのであります。共産圏を除いて、自由
国家間においても、特恵関税によ
つて結ばれているポンド・ブロツク、EPUブロツク、或いはシユーマンプランによる一つのブロツク等、
世界経済は相当にブロツク化されており、而もこの傾向は今後
世界の貿易規模の縮小化と共に、ますます
強化をされる方向に向うのではないかと憂慮に堪えないのであります。而して
アメリカの経済自体も、まぐろの関税或いは最近のスカーフに対する関税問題においても見られるように、今後の経済の推移によ
つては、高い関税の障壁が張りめぐらされるかもわからないような情勢にあるのであります。このような国際経済に取り巻かれて一人ぼつちの
我が国の立場は、今までは動乱ブームのお蔭で余りに表面化しなか
つたその圧力が、今後は痛切に我々の上にのしかか
つて来るに違いないと思うのである。
外務大臣も昨日の
演説において、このような傾向を慨歎せられたのであるが、併し我々は手を供いて傍視しているわけには行かないと思うのである。余り発言力のない現在の
我が国の立場であるけれども、何らかの対策は是非必要であると思うが、
外務大臣の所見は如何か。
次に、独占禁止法の
改正について公正取引委員長に伺いたい。
独禁法の
改正の急務については、今更これを指摘するまでもなく、現行法が公益擁護に急なるの余り、
日本経済の実体を余りにもこれを無視し、その結果、
却つて真の公益を阻害するという矛盾を内包しているためであ
つて、それ故にこそ先般来の
改正案提案の運びとな
つたわけであるが、併し最も重要なるポイントであるところのいわゆるカルテル禁止の条項の緩和は甚だ微温的であ
つて、これでは折角の
改正も、その運用によ
つては、何ら実効を収め得ないと思うので、今
国会に提案せられるに当
つては、左記の要望を是非とも考慮されたいのである。一つは、カルテルを認める場合として、不況に対処する場合と、合理化の必要ある場合とを条件としておるが、問題は不況の場合である。前の
改正案によれば、不況によ
つて企業が赤字となり、且つ相当数の企業が倒産の危機に瀕しなければ、カルテルを認めない建前にな
つているが、企業のかかる状態は、いわば瀕死の重態であ
つて、かくな
つてしま
つては、薬の効果も殆んど期待し得ないのであるが、こういう状態にならなければ薬を飲ませないということは、結果的に見て全然薬を与えないと同様である。これは畢竟、
政府においては、公共の利益というものを極めて狭義に
考えて、観念的に理解し、消費者の利益、即、安ければ安いほどよいという
解釈であ
つて、産業の立場を全然無視し、この結果、
我が国の産業が必要以上に細分化され、その基盤が極めて脆弱な状態にあるにかかわらず、徒らに無用の競争を強要し、或いは景気の変動に共同して対処すべき機能を奪い去り、やがてこのことが、産業の萎靡、経済の混乱を招来して、これが悪循環的に公益そのものを阻害する結果となることを理解し得ないことに基くものである。この点十分に御研究を願いたい。次に、カルテルは認可を必要とされておるが、これは言うまでもなく、カルテルを罪悪視しておるためにほかならない。成ほどカルテルは弊害を伴いやすい。併し伴いやすいということは、すべてカルテルは悪だということにはならないと思うのである。例えば諸外国の非難を防ぐためにダンピング防止を申合せようとするようなことは、決してこれは悪ではない。然るにこれも禁じておる。要はその結果において判断すべき
性質の問題であ
つて、カルテル行為の結果に行き過ぎがあれば、それを是正すれば足りるのである。この意味において、余りに予防的にも認可制度をとることによ
つて、変転常なき経済情勢の変化に即応すべき機能を麻痺封殺してしまうというようなことは、特に底の浅い
我が国の経済事情に鑑みて、厳に戒しむべきであることを
考えるものであります。この二点から、私は、カルテルは
国民経済的な立場における公益に反しない限りこれを自由にすべきであり、届出制度にすることが妥当であると思うのであります。特に
我が国の経済の実態が諸外国以上にそれを必要とする事情にあるにかかわらず、法律は反対に諸外国にもその例を見ないほど厳格にそれを制約しておる事実を思うと、ひとしお、この感が深いのである。公正取引委員長の
意見を承わりたい。
次に、第三次資産再評価の問題について
大蔵大臣に伺いたい。
再評価を完全に実施して適正な減価償却を行い、資本の食い潰し状態から一日も早く脱却するということは、現下の急務であ
つて、これがためには、第三次の再評価の実施に当
つては、再評価税を免税にすべきであるという
意見が各方面から主張されておる。理論的に
言つても、資産の再評価はいわば帳簿上の操作であ
つて、何ら実質的な利益をもたらすものでないから、再評価益と称して課税すること自体が甚だおかしいのである。然るに大蔵省においては、今回もこれに課税する
方針をとり、その理由として今回だけ若し免税すれば、過去二回に亘る再評価との均衡、この過去二回は税を取
つておる、それとの均衡を失するからという点が挙げられておるのである。如何にも官僚らしい
考え方であると思う。一度間違
つたことをしたから、この次も是非間違
つたことをしなければならんというのは甚だ馬鹿げている。経営者が再評価をしぶるのは、単に税金ばかりのためでないことは勿論であるが、併しこれも大きな一因である以上、こんなことで再評価を阻み、その結果、適正な償却ができず、ために本来減価償却に廻るべき相当の
部分が利益金として計上され、そうしてこの擬装利益に対して
国家は重税を課し、又その企業はそのうちから社外配当を行な
つて、共に共に資本の食い潰しを行な
つておる。この
国家的損失を果して何と見るか。而も日米通商航海
条約によ
つて、厳格に言えば、ここ三年後には蓄積円による旧株の取得が認められるという切迫した事情にある今日、二のことも
考えなければならん、決して忘れてはならんのであります。経済の見通しの極めて悪い今日、けちな
考え方はやめて、第三次再評価を実効あらしめるよう
国家的な判断をなすべきときではなかろうかと思うのであります。又特に中小企業の圧倒的に多い
我が国の特殊事情から見て、真に再評価を徹底せしめるためにこれを強制することも一考の価値ありと思うが、その点について御見解を伺いたいのである。
最後に、労働行政について労働
大臣に伺いたい。
戦後
我が国の労働運動は、丁度
子供に刃物を持たしたように、いろいろの行き過ぎがあ
つたことは否めない事実であろうと思う。(「その
通り」「知
つているのか」と呼ぶ者あり、
笑声)柿の実がまだ青いうちからこれをもぎ取ろうとして、常に経営者と争い、西ドイツのように、先ず柿の実を真赤にみのらせるために労使が互いに協力し合おうというふうが全然見られないことは、誠に情ない。言うまでもなく、まだまだ大人になりき
つていない、まだまだ
子供の
程度だ、この段階にあ
つたことを現わすのであります。又昨年の電産、炭労の大争議は行き過ぎの典型であ
つた。(「誰がそうさせたか」と呼ぶ者あり)かかる段階にある
我が国の労働運動のあり方を指導すべき労働行政が、従来殆んど見るべき業績もなく、労働問題は行政官庁の介入すべきものでなく、労使の自主的に解決すべきものとして、(「その
通り」と呼ぶ者あり)いわば無為無策であ
つたわけである。行政官庁が直接介入すべきでないことは言うまでもないが、だからと
言つて無為無策では甚だ困
つたものである。年端の行かない
子供であれば、必要な指導、又危険な刃物には適当な鞘を冠することが必要である。今や
我が国の経済は死活の関頭に立
つており、これに伴
つて労働行政のあり方についても思い切
つた改革が要望せられるのである。一つは賃金対策についてである。賃上げは年中行事と
言つてもよい状況である。(「賃金の状態を見てみろ」と呼ぶ者あり)実質賃金は戦前を上廻
つており、企業の支払能力はぎりぎりの線まで来ておる(「誰のためか」と呼ぶ者あり)ということは周知の事実である。又仮に余力があ
つても、コスト高を招来するような賃上げは
日本産業の自殺を意味するものであるから到底認められないところである。然るに他面、労働者の
生活は、賃金こそ戦前を上廻
つたものの、
戦争による過去の蓄積の喪失或いは税金の過重等のために、未だ戦前の
生活水準に達していないのである。(「その
通り」と呼ぶ者あり)
従つて賃上げの要求は現に見られるように
あとを絶たないのであるが、これらの間を如何に調整するか、賃金問題は非常に重要な労働行政の今後の課題であると思う。(「今の課題だ」と呼ぶ者あり)勿論、第一義的には労働者の自覚と経営者の
態度にあるということには違いないが、労働省としてもなさねばならんことが非常に多いと思う。例えば減税であるが、税率の引下げが当面困難であるとすれば、少くとも超過勤務的なものから来る収入は免税にするとか、或いは賞与等の普通一般の賃金とは若干
性格を異にするようなものについては、これを一般の所得とは切り離して課税の軽減を図り、少しでも賃金問題の環境をよくすると共に、勤労意欲を向上せしむるよう、労働省が主体とな
つてその実現を図るのも一つの方法であるし、又、中労委の裁定
態度を指導し、従来の労使の主張を足して二で割る式の調停を改め、真に
国民経済的の視野の上に立
つた調停がなされるように指導することも必要である。或いは又賃金体系の合理化を指導することも必要なことであろうと思う。こういう意味において、賃金問題についての労働
大臣の
政策を承わりたい。
次に、例のスト規制法については、取りあえず当面の対策として前回
程度のものは至急提案すべきであると思うが、昨日の
総理の
演説においてこの点に言及されたことは甚だ満足である。(「満足である、それが言いたか
つたのだろう」と呼ぶ者あり)企業内に潜入した産業破壊分子の活動、或いは最近再び活溌とな
つた労働運動の
政治闘争化を防止するためには、現行法の整備が必要であろうと思うが、これが対策を
考えているかどうか。
各種の社会保険が、或いは労働省或いは厚生省とばらばらに運用され、又保険
財政もそれぞれ独立して運用されているために、単に煩雑であるばかりでなく、不要の経費が嵩み、或いは保険
財政的には、厚生年金のように五百億にも及ぶ厖大な財源がむざむざと眠
つているものがある半面に、健康保険のように赤字のものがあり、このことからも種々の弊害があることは周知の事実である。
従つて、このばらばらの社会保険を整理統合し、一本で運用するようになれば、利用者も便利であるばかりでなく、人件費その他の不要な経費も節約でき、その結果、保険料或いは支給率も若干でも改善できるのではないか。更に保険
財政もプールして運用すれば―層効果的になるはずである。併しながら、このことは理想であ
つて現実には殆んど不可能に近いとされていたのであるが、
国家のこういう重大時期に際会し、徒らに官庁の繩張り争いをやめ、大悟一番、真に労働者の福祉増進のためにその実現を如何に
努力するかという熱意が果してあるかどうか。
最後に、基準法の問題であるが、年来、同法が
日本経済の実態に対し甚だ行き過ぎであり、海外にも比を見ない
程度のものであ
つたため、その
改正が痛感されていながら、歴代の労相は、何に気兼ねしてか、これを敢えてし得なか
つたことは、甚だ遺憾千万である。現労相は果してこれをなし得るの
勇気ありや、この点を伺いたい。(「女工哀史」と呼ぶ者あり)それは昔の話である。(
拍手)
〔
国務大臣吉田茂君
登壇、
拍手〕