運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login

1953-09-28 第16回国会 参議院 農林委員会農業災害補償制度に関する小委員会 閉会後第3号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十八年九月二十八日(月曜日)    午後二時二十三分開会   —————————————  出席者は左の通り。    委員長     松浦 定義君    委員            佐藤清一郎君            関根 久藏君            河野 謙三君            白井  勇君   担当委員外委員            清澤 俊英君   事務局側    常任委員会専門    員       安樂城敏男君   説明員    農林省農林経済   局農業保険課長  久宗  高君   —————————————   本日の会議に付した事件 ○農林政策に関する調査の件  (農業災害補償制度に関する件) ○本委員会運営に関する件 ○参考人の出頭に関する件   —————————————
  2. 松浦定義

    委員長松浦定義君) それでは只今から小委員会を開きます。  当初の予定といたしましては、今回の小委員会は九月二十八日及び二十九日の両日開く予定でありましたが、農林委員会の都合によりまして本日だけとすることに変更いたしたいと思いますから、御了承願います。  先ず、本日は最初去る九月一日の小委員会の結果に基いて農林当局におけるその後の作業の状況について説明を伺い、続いて審議に入りたいと存じます。
  3. 久宗高

    説明員久宗高君) 本日は経済局長が伺いましてその後の審議経過につきまして御説明する予定であつたのでありますが、会合がずれまして、ちよつと遅れて参りますので、担当課長のほうからその後の作業経過につきまして一応御説明申上げたいと思います。  この前の会合の際に、農林省といたしまして保険制度の各項目に亘りましていろいろ各方面で御議論のありました点を一応整理いたしまして、現状とその個々の対策についての可否を整理したものを御説明申上げたわけでございます。そのあとお話合の際に、分析だけではなしに、何か結論的なものについて話せというお話があつたわけでございます。私どもこの検討を進めて参りました過程におきまして、なおまだ決定的な案と申しますか、考え方を割切れないでいるわけでございます。非常に問題がむずかしいことと、他の保険制度だけではないほかの条件も絡み合いますので、実はまだここで幾つかの案にまとめまして御批判を頂くようなところまで作業が進まなかつたわけでございます。そこで、この前の作業を御説明いたしました際に、その前提といたしまして、農業災害特殊性なり、農家経済との関連につきまして詳細に局長から申上げましたのと同時に、本制度昭和二十二年以来辿つて参りました過程につきまして、現在根本本問題が出ておりますことと関連いたしまして、いろいろ事務上の改正に整わなかつた点でございますとか、法律の趣旨がそのまま実行できなかつた事情を申上げたのでございます。その後委員会におきまして、二、三の委員のかたから御意見の開陳があつたわけでございます。ただ率直に申しまして、私ども作業いたしますにつきまして、もう少し広範囲に各委員かお考えの点をお漏らし願いまして、それも織込みながら検討して参りたいと実は考えておつたわけでございますが、その機会を得ないままに今日に至つたわけでございます。そこで、本日は先ほど申上げましたように、この前の分析に基きまして、それの幾つかの案にまとめたものを決定的に提示することはできないのでございますが、ただその間私ども事務的に問題を整理しました過程幾つかの新らしい問題が出ておりますので、それを御説明申しまして、そういう考え方について又御批判を得たい、それによりまして更に検討を進めて参りたいと思うわけでございます。担当者といたしまして率直に申上げますと、できますならば現行制度の全般的な御説明を体系的にいたしたいと思うのでございますが、実は本委員会でも取上げられております問題はそういうことではなくて、現行制度がその通りに実行されていない、結論として農家が必ずしも満足していないし、そのような事態をこのまま放置しておくことはできない、従つて根本的に検討する必要があるというお話だと思います。そこで、私どももそういう御意見を拝聴いたしまして、私どもがいたしました分析をもう一回詳細に読み直して、又その後公述人のかたからお話のありました点その他も検討いたしまして、二、三気の付いた問題があるわけでございます。又その方向によつて今実は作業を進めておりますので、そういう点を更に附加えて御説明して御批判を頂きたいと思います。この前私どもが御説明いたしましたものは、制度全体の問題の組立てができませんでしたので、その個々につきまして、例えば引受についてはどう、損害評価についてはどうということで分析したお話をしたのでありますが、あとでよく考えてみますと、非常に大事な点が抜けておつたように思うわけでございます。又その点を直ちに委員のほうから御指摘のあつたように思うのでございます。その主な点を拾つて考えますと、この制度自体強制的な方法で行われている、そこに非常に大きな問題があるという点、これはいろんな意味を含んでおると思うのでありますが、そういう点と、又別の面から非常に複雑過ぎてよくない、もつと簡素化した単純な形において、農民がわかるような形でやる必要があるという点。それから第三の点といたしましては、そういうもの或いは複合した結果かも知れないのでありますが、それを運用しております機構につきまして、団体なり或いは行政官庁監督なりにつきまして非常に欠けるところがある。そういう三点に問題が絞られるように思うわけでございます。  そこで、そういう点から振返つてみますと、第一に気が付きました点は、この制度が他の補助金と違いまして、個々農民権利として災害補償を受けられる、つまり個々農民に直結しておるというのがこの制度の一番強みであり、又いいところであるはずでありますが、突込んで現状分析してみますと、そこが欠けておる、ここに一番問題があるように思うわけでございます。そこでその点を更に突き進めて考えたわけでございますが、この前現行制度個々の問題についてお話しましたときに、或いは一部触れたのでありますが、ぎりぎりにつめてみまして、どういうところから農家不満が出て来るかという点を絞つてみますと、結局現行制度法律考えておりますことを事実その通りつておらなかつたというところに非常に大きな問題があると思うのであります。具体的に申しますと、第一に、共済金額の問題でございます。この前現行制度について若干申上げた際に、共済金額、つまり自分災害を受けました際にどれだけもらえるのか、その点につきましては、現在のところは村単位にとどまつておるわけでございます。或る村がございますと、その村全体が、例えば二石以上の収量のある村と限定いたしまして、その村におきましては、その中のどういうかたも皆一律に共済金額はきまつて来るわけでございます。あとは経営の規模の大きさによるところの違いがそこに出て来るわけであります。従つて個々農民のかたの要求とか、そういつたものが村単位にくくられてしまつておるというわけでございます。そこで実際問題としては一個々農民と直接的な繋りが村の段階で切れておるわけであります。これは掛金の率につきましても同様でございまして、村単位までの危険率の算定によりまして、その村の掛金率もきまつておりますが、個々のかたの掛金というところまでは個別化できていない、ここに問題があるように思うのでございます。これはこの制度におきましては、法律を御覧になつて頂きますとわかりますように、本来の立て方は最高と最低をきめておりまして、その中で個々農家のかたが自由に選択できるのが法律の本来の建前になつておるわけでございますが、実際問題としては、そういうふうに運用しておらなかつたわけでございます。この点最初局長から申上げましたように、本制度最初スタートいたしました際に、昭和二十二年でございますが、夏頃からいろいろ準備を進めておりまして、司令部とのいろんな交渉の結果、それが長引きまして、実際に施行されましたのは昭和二十二年十二月でございます。すでに災害が発生してきまつておりますものを、あとから遡つて適用しなければならんという事情になりましたために、ここで共済金額を自由に選ばすということをいたしましたときには逆選択と申しますか、被害がきまつてから、それから選ぶということになりますので、そういう問題が一つ。もう一つは、これもこの前申上げましたように、非常に厖大な制度でございますにもかかわらず、末端組合事務組織というような点について十分な人が得られませんで、末端組合についてはただ一名の職員だけが置かれるといつたよう事情下スタートを切つたわけでございます。従いましまして、やむを得ず、いわば平均的にその程度事務でこなせるということと、今の逆選択を一応防止して遜つて適用して行くといつたようなことで、いわば個々農家のかたが具体的な自分危険率なり、経営能力なり、負担能力というものでお考えになるのではなくて、平均的にその村の共済金額幾ら、村の掛金幾らというような形で、村の段階ではしよつて、いわば平均的なところで押えて一応その事務に乗せて行つたということをやつてしまつたのであります。これは今から考えてみますと、この制度スタートとしては非常にまずいスタートでございまして、突つ込んで申しますならば、一年休んでも十分な態勢を整えて、本来あるべき形を打出すべきであつたと思うのでありますが、この点が欠けましたので、その後も必ずしも事務態勢が整わないままにこの共済金額個々に選ばせるという方法がとれずに参りました点、つい最近になりまして、昭和二十八年度におきまして、やつと村の危険率に応じまして或る程度選択制をそこに加えたというような方法をとつたわけでございます。そこで今申しましたような、一番大事な個々農家の具体的な要求なり、危険度合なり、負担能力といつたものがそこで村の段階で切れてしまつて、実質的に個々農民との繋りが付いていないというところに、この制度が本来民主的な運用ということを言いながら、実際問題としては全部上からきまつて来るという形で下へ下へと下りて参りまして、結局村の段階でとまつてしまう、個々農家のかたが結局自分幾ら掛けて幾らもらえるのかといつたような点についてお考えになる余地のない形で運用され、而も結果におきましては、掛金その他につきましても、なかなかそういうことで御納得が得られないために十分なる徴収ができない、従つて保険期が参ります場合に相殺というような形で運用せざるを得なくなる、この点はこの前三重の課長から一部の実情を申上げましたような点で、相当広範囲相殺といつたような形をとられざるを得ない形で運用されて参つたわけでございます。従いまして実際本制度の一番大事な点が或る意味では従来までの過程におきましては現われていない、そこに個々農家のかたがこの制度について何と申しますか、直接に関連して密接な利害関係というものをお感じにならなという問題が出て参つたと思うのであります。そこでそういうようなことから、結局個々農家のかたが組合とそういう意味で実質的な繋りが切れてしまう、従つて制度全体との結び付きも形の上では付いておりますが、本当の意味の実質的な繋りが付いておらなかつたように思うわけでございます。この点が更に組合と離れます結果、組合運営その他につきましても事業をいたします団体農民から浮き上るような要素がそこに出て参つたと思いますし、そういうことがたび重なるにつれて全体の業務運営も正常でない行き方をとつて来る、又そこにいろいろな、問題になりましたような不正の問題も起り得る余地ができて参つたというように考えられるわけでございます。この段階考えますと、私どもといたしましては、やはり個々農家のかたが不満を持つておられるという点を、単に掛金の率とか、そういうことだけではなくして、一番具体的に農家のかたが最終的に幾ら掛けて幾らもらえるのだということがはつきりわかるような形で運用されることにいたしますと、この制度行き方というものは非常に変つて来る可能性があるという点に、今申しました強制の中におきまして任意要素を強く織込むベき問題があるだろう、そこから問題が初めて具体的に出て来るというふうに考えておるわけでございます。つまり組合強制加入させておるということ自体が相当問題なんでございますが、全体の大きな金の見通しを立てる設計の必要がございますので、一応組合に入る形におきましては、強制ということがとられましても、実際に組合員のかたの個々利害関係が自由に組合員の意思に従つて運用できるような内容を盛込むことが必要なんじやないか、つまり加入の形よりも、むしろ加入された場合の農家のかたの実際的な利害関係個々農家のかたの必要に応じてきめられるような運営、こういうことをはつきりとるべきであろうというふうに思うわけでございます。この点が欠けておりましたので、よく御批判が出ますように、例えば組合で総会をいたしましても殆んど問題が出ない、私どもも二、三立会つてみたわけでございますが、上からきまつて来ることだからということで簡単に済んでしまう、結局その場合に個々農家のかたが自分の必要に従つた選択ができない、形は自主的になつておりますが、そこで何か自主的に決定をするような意味が実質上ないような形で運用されておつたところに、本制度農民から浮き上る、その結果農家不満が出て来るというふうに考えられるわけでございます。それと関連いたしましてもう一つお話は、非常に複雑であつてわかりにくい、これをもつと徹底的に簡素化すべきであるというお話が出たわけであります。この点もそういう角度から検討してみますと、やはり一応のこういうような災害をとらえまして、或る計画で金を動かさなければならんのでございますから、必ずしも保険方式にとらわれるわけではございませんが、やはり相当複雑なものにならざるを得ないと思うのであります。そこで他の行政といろいろ比較してみたわけでございます。例えば金融なら金融というものをとりました場合に、現在の複雑な金融組織から申しますと、勿論保険ほどの複雑でないといたしましても、個々農家のかたの金融なり、上から下までの機構なり、運営を詳細に御説明いたしました場合に、やはり非常にわかりにくいという問題はあると思うのであります。ただ比較的そこで問題が起りませんのは、最終的な形が個々農家のかたに結び付いており、自分幾ら出して幾ら利子負担をしているかということが個々農家のかたの能力なり、必要に従つてきめられるという形をとつておりますので、そういう意味で機構なり、仕組なりが複雑でありましても、最後農民との結び付きのところが極めて簡単に、みずからの権利義務関係が明らかになつておるからというふうに思われるわけであります。そういう点から申しますと、先ほど申しましたこの保険におきましては、末端の最終的な個人との結び付きのところが非常にぼやけておりまして、村段階でいろいろなことがきまつてしまいます結果、討議をしてもその通り実行できないということで組合余り興味を持たない、そこに不満だけが出て来るというふうに考えられるわけであります。そういう意味から申しまして、国庫負担農家負担計画的にきめます場合に、現在のいろいろの保険そのものが複雑でございますが、若しあれを、最終的な農家との結び付きのところを明確に、個々農家のかたが自分補償を受けたいが、この程度受けたい、掛けるのはこの程度にしたいということを自由に選べるような形をとりますれば、保険そのもの複雑性は相当ありましても、今のような形で複雑さということが業務全体の運営の支障にはならないのじやないだろうか。結局要するに最終的な個人との、個々農家との結び付きのところを村単位ではしよつてしまつている、ここに非常に問題があるのじやないかというふうに考えたわけであります。そういう意味から申しまして、現行制度にとらわれるわけではありませんが、いわば率直に申しますと、現行制度そのものが実行できていない、その実行できていない結果をただ繰返しますと、今日のような問題が起つて来ると思いますので、この一番大事な制度の一点を貫きまして、保険の設定につきまして、今のような個々農家のかたが選択するということになりますと、事務的には却つて厄介な問題が起ります。この一点をはずすと、この制度の本来の意味がなくなつてしまう、つまり災害が起りました場合に、一定の計画に基いて個々農家のかたに直接に金が行くとかいう一番大事な点を貫くのが大事でございます。その点を貫くことによつて、他の問題もおのずから解消して来る可能性があるのじやないか、そういうふうに考えまして、現在一番その問題を徹底的に突こうと考えておるわけであります。  なお第三の問題といたしましては、この前三重の課長からつぶさに実情を申上げましたように、実際の末端事務がこなせておらないのです。これはいろいろな事情もあると思うのでありますが、この制度を打出しました場合に、制度の骨格のほうに非常に重点が置かれまして、現実末端農家に接しますところの一番最後のぎりぎりのところの職員能力を、運営能力というたところを十分検討しておらなかつたわけであります。そういうところへ持つて来まして、今申しましたような共済金額、その他の選択の問題とか、大事な点をはしつておりまして結果、個々農家との結び付きが付かない、結局掛金も集まらないといつたような形で、最後の二名の職員のところに全部の矛盾が集中いたしまして、そこで問題が空廻りをしておつたというふうに考えられるわけであります。こういうような点も行政の実際といたしましては非常に問題でございまして、私ども常々この点につきましては何とかしたいと考えながら、結局上からはこの制度の規定に従いまして、こうやれ、ああやれということを流しながら、末端では実行が恐らくできないだろうという感じを持ちながら運営して参つたわけでございまして、まさにその通り事務は下で停滞してしまいまして、末端組合のところでとまつてしまつているというのが実情でございます。こういうような点も、このまま繰返しておりましたのでは悪循環になることは明確でございますので、今申しましたような点に重点を置きまして、現実に下でこなし得る事務、これに内容をもつとはつきり絞つてみる必要があるのじやないか、結局二名の職員が何もかもやるということが誠にこれはできにくい問題でございますので、これはやはり団体の系統的な体系から申しまして、末端組合で必ずしもやらなければならない事務が全部であるとは言えないのでございますから、末端でこなせる事務と、もつと上級団体で統一的に処理すべきような問題、こういつたよう事務的な観点におきましては、多々整理すべき問題があると考えますので、そういう面を追及してみたいと考えておるわけでございます。  最後にそういつた問題全体を運営しております団体の問題でございますが、今申しましたように、本来自主的な組織だということと、団体自主性といつたようなことを必ずしも明確に仕分けをいたしませんで運営して来たように思うわけでございます。その結果、この前にも申上げましたように、本来共済なり、保険なりの事業主体としての団体性格という点と、農民のほうの利益の代表という点が混同いたしまして、それが損害評価の面或いは事業運営の面で非常にあいまいなものを残して来たと思うのであります。そういう点から申しまして、やはりこの事業性格から見まして、本来農民自主的に災害に対応する仕組であるといたしましても、その団体共済責任者或いは保険責任者としての団体性格ということを考えますと、これにもつと明確なる法的な性格はつきり行政的にもとる必要があるだろう、そのことは決して農民自主性或いは団体自主という問題と本質的に相反するものではないというふうに考えるわけでございます。この点の仕分け制度の上においてもはつきり付いておりませんのでありまして、我々が行政指導監督いたします点におきましても、この点があいまいであつたと思いますし、又従つて団体関係者におきましても、この点が非常に明確を欠いておつたというふうに思うのであります。そういつた点から、事業運営上のいろいろな難点が出て来たように思いますので、今申しました農民自主性という点につきましては、団体の単なる自主性ということではなくて、やはりこの制度の一番大事などのような補償を受けるか、そのためにどのくらいの掛金をかけてこれはやるのかという点を、個々農家のかたが或る幅の中で自由に選べるという点を、その一番大事な点を貫くことが、本制度自主性というものを、いわば本質的に貫く形でもありましようし、そういうことによつて個々農家の具体的な関心がこの制度に盛上げられました場合に、団体運営につきましても、おのずからその自主性と、又その責任範囲ということもきまつて来るだろう、こういうふうに考えたわけでございます。  以上お話しました点は、この前ここで御指摘を受けました点をもう一度現行制度実情に鑑みまして検討いたしました結果でございまして、要約して申しますと、いろいろな事務上の準備の不足なり、或いは条件の揃わなかつた欠陥もございますが、一番本制度として貫くべき個々農家との結び付きという点をいわば平均的な数字或いは村の段階ということで絞つてしまつた、ここに問題があつたわけでございますので、ここまでやつて参りますと、もう一度相当大胆に、この一番本制度で狙つております個々農家のかたの自主的な参加ということを、それができますように運用してみたいということなんでございます。それとの関連におきまして、事業をどの程度簡素化し得るか、又強制の中にいわゆる任意という問題をどの程度自主的に織込み得るか、又それとの関連におきまして、事務簡素化、又団体性格というものを明らかにして参りまして、その総括といたしまして行政官庁指導監督のあり方というものを徹底的に考え直してみたいというふうに思うわけでございます。非常に現行制度にとらわれた考え方でございますかも知れませんが、実務者といたしまして、いろろ検討いたして参りますと、確かに今申しましたような点が非常に大きく欠けております。この点一度この問題を根本的にお考えになる委員会におきまして、実情をもう一度詳しく申上げたいと思いまして特に申上げた点でございます。ただ、今申しましたのは、そういうことで現行制度のいわば一番基本的な難点というものを、この前の説明ではやや省略しておりましたので、くどいようでございますが、申上げたわけでございます。  更にこれに関連いたしまして、別の意味から検討しております問題が一つでございます。それは、一つ損害評価の問題でござまして、いろいろ申しましても、この損害評価の客観的な見通しということが別の意味で非常な重要な問題となるわけでございます。その行き方としまして、現在のようなやり方で、一筆の損害評価というものを或るほかの客観的な数字で査定して行くということが現在とられておるわけでございますが、これに若し現在行政的な限界があるといたしますと、別の角度から個々農家との関係は一応そこで切りまして、例えば行政的に可能な市町村単位一つ減収率というものを見極める、これは客観的な数字で出得るといたしましても、それに対しまして、国が或る補償をして行きまして、それと個々農家との結び付きを、それに繋がる任意組織共済によりまして補つて行こうという考え方であります。こういう考え方をとりますと、損害の絶対額を行政的に責任の負える範囲で食いとめ得るという問題はあるのでありますが、いろいろ検討してみますと、これはなかなか、例えば村単位に一割の減収、二割の減収と申しましても、その個々農家のかたとの結び付きが必ずしも一定しておりません。そういうことから、どうもまだ十分それで踏み切れるかどうかの問題が残つておるわけであります。今数字的にその点を検討しておりますが、村単位の客観的な数字個々のかたの被害というものを結び付けるところに非常に技術的な難点があるように考えらそるのであります。ただ、これと関連いたしまして、多数の委員のかたが或いは誤解を生じておられるのではないかという点をちよつと申上げておきますと、これは私どものほうの言葉が不十分でございまして、例えば通常の被害とか、異常の被害とか、超異常の被害ということを申し上げておるわけでございます。どうも委員のかたのいろいろな御発言を見ました場合に、それが個々の、例えば私が田を耕しておるといたしますと、九割、十割の被害を受けたと、こういうものは勿論私自身にとつては超異常の災害でございまして、非常に甚大な災害を受けたわけでございますが、現在の私のほうの保険制度でやつております超異常或いは異常と申しますのは、そういう個々のかたのものが集計されまして、例えば県単位に見て或る予定した数字をオーバーする、従つてこれは異常である、超異常であるというふうになつておるわけでございます。従いまして具体的な例を申上げますと、或る県で或る一部のかたが非常な災害を受けた。そこは十割被害を受けられたという場合でも、県単位に出て参ります数字は通常であるということもあるわけでありまして、そういう意味で通常、異常、超異常ということを、むしろ保険者の立場から見まして計算をしておるわけであります。そういう行き方がいいかどうかという問題が、今申しました市町村単位数字を見るといつたようなこととも関連すると思うのであります。そういうことではなくて、やはり個々災害内容によりまして、非常に個々農家にとつてひどい災害については国が見る、或いは中間的なものについては別途な措置をとりまして、通常の災害は成るべく自分たちで片付ける、こういうふうな若し考え方をいたしますというと、今の体系は全部変るわけでございます、つまり今のは主として保険者というような立場から集計したものについて、異常、超異常、通常というふうに分けまして、それについての農家負担国庫負担というようなことを考えておりますが、そういうことではなくて、個々農家について、これは非常に大きな災害で、その農家自分では絶対に見られないものについて国が直接見るというふうな立て方にいたしますれば、この災害内容によりましては、これは国が見る、これは県が見る、これは農家自分でやるというような、こういうような立て方になるわけでございますし、そういうような考え方もありまして、そういう立て方に直すということも研究はいたしておりますが、併しこれは損害評価を非常にもつと詳細な分類をいたしませんと、そういう負担のきめ方なり、払い方なりができませんので、機構はもつと非常な複雑なものにならざるを得ないのではないかというふうに思うわけでございます。  それから第三の問題といたしましては、この前ここでもお話が出ましたし、又公述人のほうからのお話も出ましたが、社会保障制度的なる行き方をとるべきではないか、つまりもつと農家所得といつたよう考え方をとつて個々の農作物の面から見ないような行き行で行く方法はないか、そういう点の御指摘がございました。特にそれは最近のように、同じ農家と申しましても、非常に階層が分れまして、非常に富裕な農家から全く零細な農家に至りますので、各段階ができております場合には、地域的にも又階層別にも、それぞれの経済内容が違いますので、そういう点から申しますと、もつといわゆる社会保障制度的な考え方農家所得をカバーするような行き方はとれんかというお話でございます。これは確かに現行制度が農作物というものの面からだけ見ておりますので、各階層の利害に必らずしも一致しないという点がございますので、非常に新らしい研究問題だと考えるわけでございます。私ども今まで検討しました段階におきましては、農家所得というものが捕捉できませんので、この点が非常な技術上の難点になろうと思います。そういう点で、アイデアとしては非常に面白いと思いますし、更に検討を続けたいと思いますが、現在まで検討しました結果から見ますと、やはり農家所得というものの掴み方のところで行き詰るのではないだろうか、そういう点で若干技術的に相当大きな難点があるのではないかというふうに考えております。  以上申上げました点で、本来ならば、本日あたりには一応の案にまとめまして幾つかの案を御批判願うべき筋合だと思うのでありますが、非常に問題がむつかしくて、全体系にまとめ上げるところまでようやり切れませんで、中途半端な話になつたのでありますが、最初に申上げました通り、即ち現行制度につきまして、我々もこれに勿論とらわれる気持はないのでございます。正直に申して、一番最初のときから大きなつまずきをいたしまして、そのために現行制度もあるべき形というものを貫いていなかつたという点、これは関係者といたしましても非常に残念なところでございますし、又制度としては、法律上もそれができるようになつておりながら、いろいろ諸般の準備が整わないためにそれができなかつた。而もそれが非常に現在に至りまして大きなひずみになつておりますので、できるならば、その点を相当大胆に割切りまして、やはり個々農家のかたが積極的に個々の利害を直接反映できるような形をとることによりまして、これ関連いたしますいろいろな難点が相当大幅に直せるのではないか、そうして或る意味では、いろいろ抽象的に問題になりますこの制度が要るとか要らんとか、或いは不満であるというような点が相当具体的に出て来るだろう、いわば今強制的な方法をとつておりますのでわかりませんが、農家の需要でございます。この保険に対する需要の強力性というものを一回大胆に弾いてみる必要があるだろう、それが浮び上りますと、おのずから次に打つ手がはつきり浮び出て来るのではないかというふうに考えますので、全体の業務運営の公正と申しますか、適正化という点とも関連いたしまして、そういう点をもう一回突つ込んで検討いたしたい。現在はそこまでのところを考えておるわけでございます。  以上申上げましたところまでしか実はできておりませんので、そういつた考え方につきまして、更にいろいろ御教示を得られれば幸いだと思うわけであります。
  4. 松浦定義

    委員長松浦定義君) それでは今の保険課長の御説明に対しまして御質疑のあるかたは順次御発言を願います。
  5. 河野謙三

    ○河野謙三君 本制度が取りきめられた通りに実行されていないというところに問題がある。これは課長もおつしやつたが、そういう意味ではないと思うけれども、私は今の課長お話、こういうふうに受取るのですが、制度が忠実に運用されていないということは、運用の責任を負つている役員なり職員が或る程度それは責任を負わなければいかん、こういうふうにもとれたのですけれども、私はそうではないと思う。この制度か忠実に運用されていないということは、運用する運用の任に当る役員諸君の問題ではなくて、制度そのものがこれは動かないようにできている。その一つの例として、今個個の農家に繋がつていない損害評価に対して、これは全然実行不可能な取りきめがしてある、そういう制度そのものが持つ欠陥であつて、運用の任に当る人の責任では私はないと思う。そういう点で、どうしてもこれからの我々が考えるのは、今課長も言われたように、個々農民との繋がりを持たなければならんことは私は同感であります。ところが六百二十万戸の個々農民にそれぞれ繋がりを持つというてとは、これは言うべくして不可能ですよ。まあ一番いい例が、米の供出は六百二万戸の個々農家に繋がりを持つておる。この運用は而も保険制度の運用より楽であります。楽でありますけれども、この供出において個々農民と繋がりを持つということについて、どれだけの一体厖大な組織が要り、どれだけの国家経費を使つておるか。課長がいろいろこれから考えられるのでありましようけれども、若しこの保険制度個々農民との繋がりにおいてやつて行くのだ、こういうことであるならば、結局その結論たるや、今の供出制度の運用より以上の厖大な組織、莫大な経費というものをそこに確保しなければ私はできないと思う。だから私は自説にとらわれるわけではありませんけれども、どうしても個々農民に繋がりを持たせなければいかん。この繋がりを持たせるためにはやはり町村単位ぐらいの自主的にやれる制度を先ず一つ作る。それは即ち被害から言えば被害の程度の小さい所、現在で言えば、あなたのほうでおつしやる通常災害程度のものは町村単位にこれを自主的に運用させるということになれば、これは私は運用は付くと思う。個個の農民と繋がりが付くと思います。それ以上のいわゆる超異常災害というようなものについては、これはどうしても個々農民と繋がりを付けると言つても、なかなか付きません。付けるためには先ほど申上げましたように、非常に厖大な組織と厖大な経費がかかる。これは即ちどういうふうな処理をするかというと、一面災害救助法の適用もあるでありましようし、又それに準拠したところの国家機関によつて政府の職員そのものがこれを処理するということに私はしなければいかんと思う。今たびたび、現制度にとらわれておるようでありますけれどもと、言訳を言つておられましたが、どうも私はとらわれておると思うのです。これはあなたが監督官庁として農業共済のほうの事務を担当しておられるので、共済の役職員にいろいろお目にかかることもある。これは人情ですけれども、移るのであります。贔屓の贔というのは貝を三つ書いてある。三回会うと贔屓になると昔から言われておる。だからそれをあなたは毎日のように会つているのだから人情が移るのは当り前です。これは現行制度にとらわれるあなたの気持はよくわかる。それを責めるわけではないのだけれども、併しこの際今の制度にとらわれていると、八幡の藪知らずという言葉があるが、だんだんわけのわからんことになりますよ。だから私はどうしても今度は全く白紙に返つて、そうしてあなたの実情をよく御検討になつた個々農民と繋がりがなければならん。繋ぐ場合にはこれは限度がある。町村単位自主的にやらせるよりしようがない。それ以上のものにおいては国家機関において今の災害救助法の一環としてやるとか、又思想的に社会保障制度の一環としてやらなければならん。こういうことをやるよりほかしようがないと思うのですが……。ちよつとついでにお尋ねいたしたいのですが、今度の九州災害、和歌山の災害、こういうものに対して、一体農業共済のほうと災害救助法、これとの間に非常に根本問題が起つていると思うのですが、これをどういうふうに処理されておりますか。これをちよつとこの機会に伺いたいのです。
  6. 久宗高

    説明員久宗高君) 只今河野委員からのお話でございまして、誠に現行制度にとらわれた考え方かも知れないのでありますが、ちよつと私の説明が不十分でございましたので、誤解があると思いますので、お聞き取り願いたいのであります。今の当初申上げました個々農民との連絡運用が付いていないという点が、運用者の責任或いはまあ団体の役員の責任というふうに或いはおとりになつたかと思うのでありますが、申上げたのはそうでないのでございまして、むしろ或る意味では役所のほうに責任があると思うのでございます。特に最初の二十二年の例を申上げたのでありますが、法律では最高最低というものをきめまして、さつき申しましたように、個々農家自分の田の危険度合なり、或いは自分の経済の負担度合から見て、個々に全村の場合もらうべき金額を得られるわけでございます。それに従つてその掛金率がかかつて掛金がきまつて来る、こういうことなのでありますが、それが遅れてスタートを切りましたので、すでに災害がもう出ておつた。そうすると、どうしても高いものを選んで、もう保険金をもらえることはわかつておるわけでありますから選んでしまう。そういう点が一つありまして、自由に選択するという一番大事なところができなかつたり、それからもう一つは、事務的にそういうような個々選択いたしました場合の処理の手立てが付いておりませんでしたので、そういう点で一律にきめてしまつたわけでございます。仮に私の村が二石以上であれば、例えば六千円なら六千円と、こういうふうにきまつてしまいまして、あと個々のかたの反別の大きさによりまして、三反やつておるかた、五反やつておるかたの違いだけが出て参ります。そういうことで選択できなかつた。こういう点は役員なり団体のかたの責任と申しますよりも、むしろこの制度を運用いたします私どものほうの責任でございまして、そういうスタートを不用意にとらざるを得ないような時間的な関係でこのスタートを切りましたので、それをあとで正常な形に戻し得なかつた。その後二十三年からは、最低最高を選ばせるということができたわけでありますが、事務的にそれをこなせる人員が整備できませんでしたのと、もう一つは非常にインフレのさ中でありまして、貨幣価値も違つて参りますし、個々農家のかたから申しますと、この制度の実体がよくおわかりになりませんから、やはり今出すのは非常に苦しいので、災害を受けたためにもらうのはもらいたいが掛金はうんと少くしてもらいたい、そういう意味でやることは非常に或る意味では親心と申しますか、或る意味ではお節介でありますが、結局そういう意味で或る一定のものがきまつてしまうという方法をとつたわけであります。そういう点が逆に申しますと、掛金の率のほうでも、せめて村の中で相当、数段階に分れておれば、或いは個々のかたの反別まで割切つた率でもきまつておれば別でありますが、これは別の意味でできません。それは調整いたしますれば、掛金がどうあろうとも、率がどうあろうとも、自分としては今出せるものはこれくらいだということの計算を個々のかたがなさつて、そうしてこれに参加するという形が一番よかろうということを申上げたわけであります。その場合の個々農家の繋がりを考えたならば、とても大変な事務になるじやないかという御心配でございますが、この点は必ずしもそうでないと思いますのは、現在のところは村単位共済金額がきまつて参りまして、率もきまつて参りますから、あとは反別だけの違いになつて参ります。若し今度のようなやり方をいたします場合には、個々に例えば自分は価額の八割までみて欲しい、その限りにおいて掛金も高くなりますが、自分の田は相当危険だから、やはりそれくらいかけておきたいというかたがあるならば、そういうものを選べるように現在では村で絞つておりますが、個々のかたがやはり自分の必要に従つて、このくらい掛けたい、このくらいもらいたいというふうに個別に選定して頂いて、そういうことを申出て頂ければできるわけでありますが、そのために特に末端組合職員の数を殖やさなければならないということはないと思うのであります。あとはそれをどの程度に上て統計的に仕分けるかというところで若干の人員の問題が出るかも知れませんが、そのために非常に末端組合員職員を厖大にしなければならないという問題でなくして、むしろ個々農家のかたの選択ということがやれるんじやないかと考えたわけであります。それからもう一つお尋ねの点でありました、やはり個々農家責任を持つと申しますか、自主性を貫くという意において、河野先生の御意見では、先ほどちよつと超異常、異常のところで申上げましたように、やはり村の中で独自の責任を以て、自分たちで処理できる程度のもので、村の中で責任を持とうということのお話だと思うのですが、ただこの点につきましては、先ほどちよつと申上げましたように、実はそういうことを前提といたしまして、村単位任意に非常に極く軽微の共済をやりまして、そうして全然別に村単位の収量を客観的に押えまして、その村について、村の中で或る共済をやつておるわけでありますが、村単位の収量が例えば二割減つた場合には、幾ら国から直接出すかという形で、この来たものと、村の中でやつております極く軽微な共済と、一つくつ付けて処理するという考え方があるのであります。ただこれをやりました場合に、先ほど申上げましたような個々農家の被害と、村単位に一割なり、二割なりというものが必ずしもくつ付きませんので、その点の結び合せに問題があろうということと、もう一つ非常な難点といたしましては、その場合の損害内容を切ります場合、その個々農家の被害程度に応じて、それに対して補助する相手方か違い、出す財源も違うということになりますと、その個々の被害の内容を非常に詳細に仕分けないと、財源と結び付かないわけでございまして、そういう点で損害評価のやり方なり、分類は、それこそ非常な手が要るのじやないかと思うのです。それを今のところは突つ込みでやりまして、個々農家のかたが、例えば九割、七割、五割といろいろあるわけでありますが、それが村単位にまとまりまして、全部県単位にまとまつて参りました場合、それが県で責任を負える、例えば三%程度のところをオーバーしますと、これは異常であるということで、国の責任になつて来るという形で、むしろ個々の被害が或る程度関連性がございますが、異常、超異常ということはむしろ県単位にまとめた総合計について、国がどれくらいの場合に見るかという行き方をとつておるわけであります。おつしやつているようなやり方に全体を立替をいたしますと、やはり財源関係を全部これは国、県、これは農家個々というふうに分けた立て方になるわけであります。確かに一つ考え方でもございますし、特にその損害評価を或る客観数字で、行政的な責任になるところをはつきり仕分けをしてしまうということになりますと、今おつしやつたよう保険のほうから見た異常、超異常ということでなくして、具体的な被害の個々農家についての度合によりまして、補償内容をいろいろ変えて行くという行き方になるわけであります。どうも結論から申しますと、相当それにつきましては却つて相当の人員がないと、その仕分けができないのではないか、これはまだ十分検討しておりませんが、そんなふうに考えられるわけでございます。それから関連して御質問がありました九州のような非常な大被害の起りました場合の補償の問題でございますが、恐らく御指摘のような問題がございます。つまり非常に災害がひどかつたので、勿論我々が見ておりますのは農作物だけでございますが、家も流れてしまう、田も流れてしまうというようなことで、又従来の蓄積も全部そこで流れてしまうというようなことから、生活資金を出しますとか、又別途田については田の補助があるとか、いろいろな方法でいろいろな金が出ているわけでございます。そのために災害補償制度の、つまり今度九州が受けましたときに流れた金の中で、災害補償制度に要つた金がどのくらいのウエートを占めるかということが問題になるわけでございます。ただこれはやはり私どものほうの制度から申しますと、農作物だけを一応対象にしておりますので、同じく家も田も、何もかも全都流れてしまつたという場合におきましても、いわゆる農作物としての全損としての金しか行かないわけであります。その点で非常にああいう災害の場合に、農業災害補償制度としては十分でないではないかというお話はわかるのでございますけれども、これはやはりもつと補償制度で更に別の、例えば耕地でございますとか、そういうものまでも含むような形にすれば別でございますが、現状におきましては、やはりそのようなことは他の行政に譲らなきやならんというふうに考えるわけでございます。ただ受ける農家のほうからみますと、一番肝心な災害補償制度のほうの金がなかなか来ないといつた不満は勿論あると思うのでありますけれども、ただこの制度といたしまして、そこまで見て頂こうとは実は考えておらないわけでございます。従いまして農家から見て、そういう災害を受けた直後の感じといたしまして、どうも災害補償制度ではこういう苦しいときに困るとか、その金が非常に遅れて来て困るというお話は出るのでございますが、一応今のところはやむを得ないのじやないかと思うわけでございます。ただ問題になりますのは、例えば営農資金というようなものとの関連が若干確かに理論的にも混同される要素が入つておりますが、この点は私どもとしても更に仕分けなきやいかんと思いますし、それから何よりも先ず早く出すという点と、損害内容を確実に、つまり過大評価にならないように掴むというところで非常に苦慮しているわけでございます。今度の九州の場合におきましては、仮渡し措置というものをいたしまして、損害評価を厳密にいたします意味で、最終的な損害評価がずつと遅れるわけでございますが、その間におきましても大体の見当はつきますので、一応仮渡しということで保険金を成るべく早く出す、そしてそれはあと損害評価によつて清算するというような行き方で処理いたしておるわけでございます。ただこれは仮渡しといたしましても、余り過大なものは勿論出せませんので、どうも本当に災害を受けられた農家感じとしては、仮渡しを受けましても、その程度のものでは間尺に合わんといつたようなお気持が相当強いのじやないかと思いますが、非常に苦慮しておるわけでございますが、現在の行き方から申しますと、どうも損害評価を直ちに、客観的な資料を抜きに、言つて来たものをそのまま取るようなことは事実上できませんので、どうしてもその辺が非常に鈍くなつてしまうわけであります。
  7. 河野謙三

    ○河野謙三君 私は最初の点は、あなたのおつしやつたことをその通りつてつたわけであります。ただ個々農家と繋ぐということになりますと、事務費その他が膨らみ、又複雑にならんとあなたはおつしやるけれども、例えば個々農家と繋ぎますと、被害調査の場合だけを捉えましても、今は村平均でやはりかけて、それで被害の保険金も村がもらつて、それを平らに分けるのでしよう、現在は……。そこで今度は個々に繋ぎしますと、今例えば町村の実情を見ますと、被害調査というので、被害調査員が自転車でずつと五人か十人で繋がつて、村を一廻りさつと流して歩いて、三、四ヵ所とまつて、そしてこうだということをきめているのですよ。実際は……。一筆ごとに切つているのじやない。今度は個々農家に繋ぎますと、本当にそういうことじや済まなくなるでしよう。そういうことじや済まないでしよう。そういうところに非常に農家が真剣になつて来る。真剣になつて来ることが又望ましいことなんですが、真剣になつて来ると、今までのようないい加減な上つ面な事務じややれないと思う。そこに私は非常な複雑なものが出て来ると思う。そこは私の考え違いかも知れんが、私はそういうふうに思つている。それから私が今申上げたのも、村町に自主的にやれというのは、これは私複雑じやないと思うが、私はなぜそういう提案をするかと言えば、そういうことにすれば大体全国の、例えばですよ、相当な町村がこの保険制度から無関係になりますよ。やいてもやらなくてもいい、やるのならば村が自主的にやれ、こういうことになれば、私はその村ではそういうことは必要ないという。今要するに脱退したいと言つているけれども、これは現行の制度が悪いから脱退したいというのもありますけれども保険そのものがおれの村には必要がない、自分たちが個々に、大体二十年、三十年の過去の村の歴史を見ても、個々に片付いて行けるんだ、結局ひどく大きいのが来た場合には国が見てくれるんだ、従つてそういうものは要らないと、そういうようにあなたたちの想像以上にこの制度から抜け出すと思う、それは抜け出していいと思う。残つた例えば五割乃至六割の町村が自主的にやるなら自主的にやらせる、やつた場合に今度はこれはどうも村とは個々では繋がつておるけれども、例えば貯金なら貯金をして災害があつたときにはこれを崩して行く、その崩す場合にはなかなか村が共同で積立てをしたんだから、崩す場合には簡単に組合長や役員には任せられません。これは村が本当に真剣になつて相談して貯金を崩す、それだから崩したものに対して崩した額がわかるんだから、その額に対して一定の額を国が補助をしてやる、こういうことで私はいいんじやないかと思うんですがね。それから私はさつきの九州の災害なんかのことについて農業共済関係を伺つたのは、私はこの両方の制度と申しますか、災害救助のほうと、それから共済のほうと、この両方から金が出て来ますね、片一方は農作物だけだと、こうおつしやるけれども、この両方の金が私はダブつておる虞れが非常にあるのではないかと思う。政府は無駄な負担をし、無駄な支出をしているんじやないか、こういうように思う。たからそういうような無駄なダブつた金を出すようなことは二つの制度があるからで、これを一本にする、一本にするということは、今のような農業共済というようなものはやめてしまつて、超異常の災害に対しては国は全責任を以てやるということにしたらいい、私はこういうふうな意味でお尋ねしたんです。ダブつていやしませんかということです。
  8. 久宗高

    説明員久宗高君) 只今の最初お話損害評価のところでございますが、御指摘のような形になつてしまつておりまする組合も勿論あり得ると思うのでございます。全般的に申しますと、相当やはり農家のかたがお忙がしい中をお願いしまして、損害評価委員というのが組合の中に二十五名程度おりまして、廻つて見て内容を固めてもらつて頂いておるわけです。個々に野帳を付けまして、それを持寄つて全体を見渡して行くというやり方を今とつております。勿論中には今御指摘のありましたような形に流れてしまつているものもなきにしもあらずだと思つております。全体的に申しますと、やはり個々の一筆の建前で、全部坪刈りというわけではありませんが、一定の坪刈りを前提にしながら当つておるわけです。今申しましたのは、個々選択をいたした場合に相当そういう点についてやかましくなるという点が勿論あると思いますが、それはむしろ非常にいい傾向でありまして、損害評価委員のかたも非常に厳密な見方をせざるを得ないと思います。ただその場合に私どもといたしましては、新らしい職員を殖すということよりは、あのお忙がしい中をとにかく出て頂いて、結局非常にあとでみんなからうらまれるような仕事をなさつて頂きますと、損害評価委員のかたがたに何がしかのお礼はしなければなりませんということもございます。現在その点が非常に身分的にも明らかでありませんし、予算的にもその点が不十分でございますので、その面のことは今申上げましたような点を貫きました場合に、これが農家のかたから、これならよろしいということが出て参りますればそういうようなかたの手当にいたしましても、もつと十分なことができるんじやないかと考えるんですが、その限りにおいて費用が殖えるということは、これはあり得ることだと思います。それから九州災害につきましてダブつておる問題がありはせんかというお話でございますが、それは実質的にはダブつているものはあり得ると思うのでございます。この前いろいろ各県の課長を集めまして詳細に実務について聞きました際に、そういう話が出ました。やはり相当の損害が出ました場合に、県としても緊急に何らかの手を打つておかないと非常に困るというようなことで、いろいろな金が出るわけでございます。それは結局府県のほうで早く的確に、災害が起りますとすぐ評価ができて、その評価が丸呑みにできて、すぐ金が出せるという体制になりますと、そのような費用はむしろ要らないのでございますが、残念ながら現状におきましては、災害内容を相当検討しなければならんといつたようなことから、どうしても出るものが遅れますので、あとから考えると、あれだけの金が出るならば、ああいう措置は要らなかつたのじやないかということになりますが、そのときどきの時期の関係から言いまして、やはり結果においてダブるといつたようなものも入つて参りまして、その結果共済自体の何と申しますか、効果なり意義というものが非常に薄れる、又別の意味では無駄な支出もあるということは考えられるわけでございます。で、この点は私どもといたしましては、できるだけ早くその損害評価を確定するような方法をとる、それから今申しましたような仮渡しというような方法を的確に行うことによりまして、大体これくらいのものは行くぞということが相当早く申上げられれば、そういつたようなダブる関係も相当排除できますし、又保険自身の効果という点も貫けるのじやないか。特に問題になりますのは、災害から非常に遅れて金が参りまして、もう全部問題が済んだあとに行きますと、ついこれを配分いたします場合にも、いろいろな他の影響力があり得るわけでございまして、災害直後に金が的確に出れば、当然災害通りに金が的確に出される。又そういうことを個々農家のかたが非常に強く要求なさると思います。やはり損害評価の時間を相当つめて、且つ的確に早く金を出すということが貫けると、大分運用が違つて参るのじやないかと思うのであります。
  9. 河野謙三

    ○河野謙三君 これはまあ認識の相違というか、私らみたいに東京には家がないので、議会の始まつたとき以外は毎日田舎にいて、牛のけつを叩いたり、豚のけつを叩いたり、田んぼを歩く、又農協にも行くし、農業共済にも行く、これはあなたたちが調査不十分というのじやなくて、立場上あなたのほうに農村の事情というものは敏感に響かない。これは午前中に経済局長にも申上げたのですが、どうも役所の人は、私から見てもアンテナの感度が悪過ぎる。今損害査定というか、これはそういう村もあるでしようと言つたが、私の知つてる村は、大体二十何人の損害査定委員が全部出て来ません。大体災害のある日は自分の農事の忙しいときです。自分の忙しいときに引張り出される、而も一年三百円、五百円で誰が出て来ますか。仮に出て来ても、そういうことで一日も二日もそういうことを、あなたのおつしやるようなことでは小さな村ではそういうことはできません。結局そういう暇つぶしはできないから、自転車で流してさつと片付ける。それからあなたのお話のように、三百円や五百円の手当を千五百円や二千円、幾ら何でも一年五千円出せない。仮に五千円出すとしても、五千円出したから、金の面において少しはまじめにやつてくれると、こういう期待をかけるならば、それはとんでもない間違いだ。大体損害査定委員に任命されるくらいの人は、この次は村会議員になるとか、部落長になるとか、生産組合長になるとか、みんな村の有力者でやはり色気のある人です。そういう人が三千円お五千円もらうために、村一人からきつい正確な調査をしてうらまれるようなことは絶対しません。そういうことに期待を持つておられたら大変な間違いだ。これは金の額の問題じやない。仮に金の額を殖したつて、あなたの御期待通りに……、それは併し百姓も何もやらないで、村会議員をやるより、一年二十万円をくれるならそれが得だ、だからこれは一つまじめにやつてやろうということになるかも知れない。とこかく半端な千円や二千円の金を出したつて、今の倍にして千円にし、四倍にして二千円にすると言つたら、さつきの私の話じやないけれども、非常に厖大な国家負担になります。そこを私は言つている。これはそういうことにいつまでも期待をかけておられたら間違いですよ。この点はそういうことでなしに、絶対に今のような村の人に組合長から任命をしてもらつて損害査定委員を作つて、そうしてその村の損害査定をして、そうしてその出て来る数字に或る程度根拠を持たせる、こういうようなことで、これはもうそこに大きな現行制度の欠陥があるのであつて、そうした期待を持つことはこれは余りにも農村の事情を知らない、農村だつて、繰返して申しますけれども、やはり農村は農村だけに、今度は生産組合長になりたいとか、部落長になりたいとか、村会議員になりたいとか、そういう人がたくさんいるのですが、そういう人をたくさんまあ名誉職のように、まあこの次はに村会議員をやつてもらうのだから、一遍損害査定員にして置こうというようなことでやつているので、だからそこで一つ課長さん、農村の事情というのはあなた御存じないはずはないのだけれども、それは併し少く実情とあなたの御認識が違うと思うのです。そんな御認識の下にいろいろと学問的なものを作り出すことは、第一ボタンがくるつているのですから、チヨツキの第一ボタンが狂つてつたらばいつまで経つても合やしない、第一ボタンを合せなければ……、第一ボタンというのは要するに農村の実情を把握することなのです。そういう意味で是非一つお願いしたいと思います。
  10. 白井勇

    ○白井勇君 今は作業中できまつてないと思いますが、評価の問題はどういうふうに運営されましても、それは非常に大きい問題だと思います。これにつきましては、今のところ何かこういう考え方、こういう考え方というようなものはありませんか。
  11. 久宗高

    説明員久宗高君) 損害評価の問題につきましては、只今河野委員から、実情はこういうことだというお話がございまして、確かにそういう問題はいろいろ今度の検討をいたします際にも一番最初に取上げた問題でございます、先ほど申上げましたように、現在までの一応の考え方を申上げましたが、それと別個に個々の質についての損害の評価という行き方制度の根底には置かずに、例えば市町村単位に客観的な資料でそこで最終的の行政の限界にする、その範囲内は、組合と申しますか、村の内部関係で別建にしてやる、こういうような方法を両建で研究しておるわけであります。そこで今御質問のありました損害評価それ自体の問題につきましては、いろいろこの前の質問でも申上げましたように、一筆の評価というものをとにかく制度の一番根底に置くか置かんかという問題でいろいろ議論が分れております。それはもう客観的な不可能じやないかといつたよう考え方もございますし、そういう場合におきまして、何か客観的な資料で査定をいたしまして、一応は一筆にやるが、それを査定する方法、それから又全然別に例えば市町村単位に別の体系を作りまして、市町村単位に見た客観資料による何割減というものについて別途に補償をいたしまして、それを損害におきます別の自主的な共済とを結び付けるというようなこともいろいろ検討はしております。ただ先ほども申しましたように、それぞれに難点がございまして、まだ踏切れていないわけでございます。ただ現行制度に即して考えて見ました一応の考え方といたしましては、現在は主として現段階数字につきまして作物報告事務所のほうの数字を考どもがいろいろ組替えまして、客観的にはこの程度の被害ではないかという、こちらの何と申しますか、見解を示しまして、それと下から積みましたものとの調整をとつておるわけでございます。調査の体系も違いますし、必ずしもまだそれが客観的にこれでいいというところまでは行つていないのでございます。そのためにいろんな不都合が生じておるわけでございます。ただ何年かやつてみますと、相当特定の県につきますと、意識的に合わないでも、結果的に見まして、そういう客観的な資料から見て極く幅の狭い中にその結果が落付いて来る、そういう県があるわけでございます。つまり県単位にみまして相当客観的な資料から推定される実収額、私どもから見て見当をつけました数字と、下から積んで参りました数字がほぼ合つている。そういうことが何年も続いて、その県が殆んど査定と申しますか、こちらが特殊な別の見解を示す必要のないような県もあるわけでございます。そういうようなことを考えますと、そういうところを順以何と申しますか、フリー・パスにして行くといつたよう考え方、これは迂遠のようでございますが、やはり損害評価を非常に適正化して参ります一つ方法だと思うのです。つまり査定その他に引つかかりますと非常に時間もかかりますし、それから又何度か組合内で直したり何かして、いろいろ面倒なことになるわけでございますが、とにかく非常にがつちり数字を組んで参りました場合に、それが一定の客観数字から見まして、過去数年に亘つてそこの県は殆んど問題ないといようなところにつきましては、県単位に、例えばフリー・パスにする、恐らくその県の中でも又或る郡は、ここにはもう問題がないというところをフリー・パスにするということで参りますと、保険金も早く参りますし、そういうことによりまして順次正常な損害評価のほうへ近付いて参るということも考えられるわけでございます。ただ現状において、すぐにそこに踏み切れるかどうかにつきましては、これは又いろいろ難点がございますので、まだ踏切りかねておるわけでございます。一つ考え方としては、今言つたようなフリー・パスという問題を入れまして、順次正常な形に導いて行くということも考えられるわけでございます。ただその場合でも、飽くまで一筆ごとの評価が完全に客観性を持ち得るかどうかにつきましては、これは先ほど河野委員から御指摘のありましたような相当の難点がございますので、このところが踏切れないで結論が出ておらないわけであります。
  12. 白井勇

    ○白井勇君 開招地につきまして、何か別な共済制度考えておられるという話をちよつと聞いておりますが、どんなようなお考えでいらつしやいますか。
  13. 久宗高

    説明員久宗高君) 開拓地の問題が前から問題になつておりまして、私ども非常に実は困つておるわけでございます。それはお入りになつたかたから見れば当然相当の被害が予想されますし、是非こういう制度をそこで運用したいわけでございますが、一番困りますのは、その基準になります収量が全然見当が付かないわけでございます。数年終りまして基準収量が大体この見当ということがわかつて参りますと、すぐこの制度に組入れられるわけでございます。入植当時におきます基準収量がきまりませんので、この制度としては適用し得ないわけでございます。そういう意味から、却つてそこを曲げまして、この制度をそこに運用しようとしますと、却つてこの制度としても崩れて参りますし、今のところでは基準収量が一応見当が付くというところを前提としまして、それが大体言えるようになりますと、県の保険審査会がございますので、そこでも検討して頂きまして、この制度の中に組入れて行くことは、知事がそういうものを外していいかどうかの承認権を持つておりまして、そこで査定をしているわけでございます。そこで現在ではたしか四年ぐらい経ちますと、基準収量も一応見当が付して参りますので、それからこちらに審査を経て組入れておるわけでございます。入植当時からその数年、固まるまでの期間の問題はこの保険制度自体で解決するよりも、やはり別途の措置にいたしませんと、保険も崩れます。又併しそういうものが必要だということも事実でございますので別途のものが必要だと考えております。これにつきましては、たしか農地局のほうでも何かこれ自体に割込むことが非常に困難だということを御承知下さいまして、何か別途のことを今研究しておられるようでございますが、まだ詳細に私のほうもその内容については聞いておらないわけでございます。
  14. 白井勇

    ○白井勇君 その開拓地につきまして何か案があるというものが出ましたら、一つどものほうへもお知らせ願いたいと思います。
  15. 松浦定義

    委員長松浦定義君) ほかに御意見ありませんですか……。速記を止めて下さい。    午後三時三十九分速記中止    —————・—————    午後四時二十分速記開始
  16. 松浦定義

    委員長松浦定義君) 速記を始めて下さい。  大体政府当局からの説明に対する質疑は本日はこの程度にとどめまして、この際ちよつとお諮りいたしたいのでありますが、今後閉会中における小委員会の開催は如何ように取計らうか、お諮りいたしたいと思います。
  17. 河野謙三

    ○河野謙三君 それは午前中の農林委員会で、次の農林委員会は十月の十九、二十日ですか、これに開くことになりましたから、その二日のうち適当な時間を選んで小委員会を開き、そして農林省から更に御検討の結果をできるだけ具体的なものを出しく頂く、こういうことにして頂きたいと思います。
  18. 松浦定義

    委員長松浦定義君) お諮りいたします。只今河野委員からの御意見は、農林委員会が来月の十九、二十日と両日開くことに決定されておりますので、その両日のうちの適当な時間を見計らつて開いたらどうか、その際政府側からも、できるだけ本日の御意見にあつたよう作業を進めて頂きました範囲を御説明願う、こういうことにしたいというに御意見でありますが、このように取計らつてもよろしうございますか、お諮りいたします。
  19. 白井勇

    ○白井勇君 何ですか、二日のうちの一日ということですと、今日のように半日しかないわけですが、それを多少伸縮自在にしたらどうですか。
  20. 松浦定義

    委員長松浦定義君) 二日のうちですから、一日にするか、一日の場合も午前か、午後か、どつちかになりますから……。二日のうちですから、場合によつてはその点は一つ片柳委員長に相談をして決定いたしますから、お任せ願いたいと思います。  それじや御意見がないようですから、十月十九、二十日の両日のうち適当な時間に開くことにして、この点は片柳委員長に相談いたしまして決定いたしたいと思います。  なおその際に参考人として、今一名だけの御意見を聞いたらどうかというような御意見もあつたようでありますが、松村眞一郎氏を参考人としてお聞きしたいと、こういうふうに考えておりますが、その点についてお諮りしたいと思います。
  21. 河野謙三

    ○河野謙三君 松村さんが農政の大先輩であるということは知つておりますけれども、特に松村さんが農業共済に対して経験がおありなんですか、どういう角度から……。
  22. 安樂城敏男

    ○専門員(安樂城敏男君) 前に共済協会の理事長ですか、会長ですか…、。
  23. 河野謙三

    ○河野謙三君 私は従来の共済関係に御関係のあつたかたは却つてとらわれた御意見が出るから、そういうかたの意見を聞くことは迷いを持つ意味合から私は賛成できません。
  24. 白井勇

    ○白井勇君 私も願わくはもつと農業政策について、これだけの金を使うなら、こういう方法があるのじやないか、もう少し大局から意見を述べられるようなかたの意見だと非常にいいと思います。ただ農業共済そのものに固まつてしまつたような考え方はちよつとまずいのじやありませんか。
  25. 河野謙三

    ○河野謙三君 私は勿論そういう点で参考人を重ねて呼んで検討しようというのでありますから、最末端の被保険者である農家を呼ぶとか、さもなければ、最末端運営に当つて非常に苦心をしておられる、こういうかたがたの中から適当に選んで、農村の実情を把握するという意味合においての参考人を選んで頂きたいと、こう思います。
  26. 松浦定義

    委員長松浦定義君) それではいろいろ河野、白井両委員からも御意見がありますので、こつちで十分検討いたしまして、そういう適当な人がありましたら、その際一つ参考人として御意見を聞くということに一ついたしたいと思いますので、御一任を願いたいと思います。
  27. 河野謙三

    ○河野謙三君 私は決して松村大先輩についての云々の問題じやない、僕はこの人の人柄というものは非常に尊敬しておるのでありますけれども、ただ共済制度というものに一遍関係を持つたということにおいて私は松村さんを参考人に呼ぶことは、これは拒否いたします。いわゆる拒否権を行使いたします。
  28. 清澤俊英

    担当委員外委員清澤俊英君) 拒否ばかりしていないで、一つ聞いて議論をしてみようじやないか。
  29. 松浦定義

    委員長松浦定義君) 速記をとめて。    〔速記中止〕
  30. 松浦定義

    委員長松浦定義君) 速記を始めて。それでは只今の参考人の問題は、改めて決定いたしましたら、それぞれ委員のかたのほうへ御通知することにいたしたいと思います。本日はこれを以て散会いたします。    午後四時二十八分散会