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参考人(川原和雄君) 私は全
戦傷病者要求貫徹
委員会を代表する者であります。このたび
参考人として御招へい下さいましたこと感謝いたします。
現在ちまたには杖とも柱とも頼むべき夫をば戦場に失い、行きゆく道すらも阻まれ、いとしい我が子を他人にゆだね夜の女となることすらも余儀なくされた一部の
遺族、又
生活の荒波に押し流されんとしている傷い者が生ける屍をさらし、白衣の募金によりまして辛うじてその日の
生活を護らんとする者、又未だに病床から立上ることすらもでき得ず闘病
生活を続けているこれらの入院患者などの生きるための苦しみを御推察頂きまして、以下私の申上げる
意見を幾分なりとも参考に役立たせて下さいますれば、幸甚と思うものでございます。私は
法律を論ずる専門家でもなく、又その経験すらもありませんことを一言申添えておきます。
今次大戦は今までにないし烈なものでありました。日清、日露、又近くは支那事変等と異なり本土まで戦線が延び、ために
軍人だけではなく
国民すべてが
戦争の被害者であり
犠牲者であることは忘れてはならないことでありまして、これを無視したこの
法案は決して
国民の利益を図る趣旨とは言い得ない措置と言わざるを得ないのであります。まして
日本の軍隊は
憲法第九条にも明らかなごとく、軍の存在はもちろんのことその片りんだに止めることも許されないのでありまして、これは私が改めて申上げるまでもないことであります。然るに提案
理由中には既得権の回復を叫ばれている、当然与えるべきもののごとく言われておりますが、これは大なる誤りであるというべきではないでしようか。先ほど申上げましたごとく街にはその日の
生活すらでき得ず路頭に迷える幾万の
戦争最大の
犠牲者が何らかの救いの手を待ちわびている
現状であるのであります。これらの者をさしおいてこのたびのような
法案は果して平等且つ健全な措置であるということができ得ましようか。もちろん
軍人は一番危険な場所に身を延し命を捧げたことは事実であります。併しそれはこのたびの
法案によ
つて恩恵を受ける者のみならず、すべての
軍人が同じような状態にあ
つたのであります。特に
職業軍人でありますが、これらの者は統帥権を媒介といたしまして
国家との間に雇用契約を結び、それから起る
ところの
給与権が生じたのでありまして、この統帥権の媒介を失
つた今日では、その権利も失われたものであると思われるのであります。その上この
法案には消滅したはずの
大将以下階級
制度が温存されているのであります。そういう者は依然として高額な支給がなされ、受給の対象には加算、通算を
認めない実役十二年以上の者で、一時金すらも実役七年という制限を加えていることは、
職業軍人を優遇する意図と思われるのであります。その
理由は
一般兵士においてはこの制限内に入る者は殆んどあり得ない、支邦事変ぼつ発より起算いたしましても八年、かろうじて一時金の対象になりますが、これも殆んどあり得ないのであります。又仮に対象となる者があると仮定いたしましても、
恩給の本質が
国家と雇用契約中の経済力の喪失に対する補てんということでありますが、
職業軍人と
一般兵士の当時の
俸給を引くらべてみるときに、
職業軍人は当時にあ
つて家族を養う
生活の費用が与えられたにもかかわらず
一般兵士はどうであ
つたでありましようか。当時の家族
生活費は言うに及ばず、将来の経済能力の喪失に対しても本
法案が果してそれを補てんするということができるでありましようか。私は
職業軍人云々としばしば申上げましたが、別に
職業軍人に対して悪意を持つものではありませんが、同じ戦場で人生のすべてを
犠牲にし
国家のために尽して来た
一般応召兵士を思うとき、この間の差別的取扱を易々として受取ることができ得ましようか。衆議院の公聴会におきまして或る人の言に、軽傷者の年金のことに触れたときに、重傷者に与えるべきが謙譲の美徳云々と言われております。謙譲の美徳は軽傷者にばかり押売することでなく、この場合において
職業軍人こそその字句は適切ではないでしようか。
職業軍人が一応の
生活の
保障をなされているときに、
一般の兵士の場合はおのれの職業も投げ捨て、又家族の
生活の
保障すらもなされずお国に御奉公して来たものでありまして、これまでの受けた物質的
精神的
犠牲を思うとき、かかる差別的取扱に対しましては私は絶対に
反対するものであります。先日衆議院の
内閣委員会におきまして自由党を代表して高橋議員は、この
予算の八五%は
遺族並びに傷い者のためであり、この
法案は
遺族並びに傷い者のために作られたものであると言われましたが、その点に対して理解に苦しむものであります。配分の率をも
つて遺族は救われるということは言い得ないのであります。
遺族のこの配分における対象者は私は二百万と聞いております。さすればこのたびの
国家予算を全部これに振り当てても未だ私は十分であるとは言い得ないのであります。而も
遺族がこの
法案において受ける
扶助料は、兵隊で二万六千七百六十五円に対しまして、生存者で而も健康な
大将四十年におきまして二十五万三千七百七十九円からの
恩給を支給されることになるのであり、又傷い者の場合においても最下位にある七項症の兵は三万二千二百円であり、
大将はやはり四十年といたしまして二十六万八千百九十二円でありまして、兵隊の両足切断すらも十三万六千二百円しか支給されていないということは、忠実に働いて死んだ者、次に傷を受けた者が一番ばかを見る結果になるのではないでしようか。私は老齢
軍人に対しまして援護の手を差延べることにやぶさかではありません。併し先ほ
ども申上げますごとく明日の
生活も失
つて路頭に迷えるこれら
犠牲者を無視することに対しましては、
国民の一人としても断じて許すことはでき得ないのであります。
以上述べましたことくこの
法案はいかに
職業軍人を優遇しているかはおわかりのことと思います。これを既得権で云々されるならば過去に残されたあらゆる既得権は回復されなくてはならず、さすれば曾
つての貴族も又これになら
つて復活されることになるのではないでしようか。まして昨今におきましてMSA並びに防衛計画書等問題にな
つているときにこのような措置がなされるとするならば、なお一層
国民に
戦争を予想させ、再
軍備による徴兵
制度を連想させ、
国民をして不安定なる境地に追込む原因ともなるものであります。私は過去八年間幾たびとなく国会又
政府当局に対しまして傷い者の援護に対し陳情請願をいたして来ましたが、そのたびごとに言われましたことは、
戦争に参加した
軍人である君たちに援護の手を差延べることは連合軍に対して思わしくないことで、気の毒ながら我慢してもらいたいということで今日まで来たのであります。傷ついた病人のことについてまで気をつか
つて我々を今日まで見殺しにして来た
政府は、いかに独立した今日とはいえ健康なる
軍人にまで一足とびにこのような措置をなされることは、対外的に与える影響はどうでありましようか。微妙な国際情勢下に立つ我が国の
政府のとるべき措置とはどうしても考えられないのであります。私は以上申述べましたる
通り、かかる
恩給に対しましては絶対に
反対するものであります。
次に増加
恩給について申述べたいと思います。私は基本的にはこうした
恩給法によるものではなく、
社会保障の見地から単独法によ
つて戦争による
犠牲者の援護をなすべきものであると確信し、同法に対しまして
反対の意思を持つものであります。併しながらこの
法案を一応やむを得ないものとして考えましても、次に申述べるごとく不審な点が多々あるのでありまして、以下それについて申上げます。
増加
恩給は、その人が受けた傷病の程度に応じて支給されるべきが根本的条件であると解釈いたしております。前段でも申述べましたがこれに階級制を設けることは
余りにも不合理すぎることであります。
大将の片腕も兵隊の片腕も人間の腕には変りはないのであります。又それから起る肉体的苦痛も又何ら変るものではありません。むしろ齢も若い兵隊が青年の夢すら見ることもでき得ず、あの殺伐とした戦場で歳月を送り生れ
もつかぬ不具の身とな
つた者を思うときに、これから先の長い人生を不具者というかせを背負
つて行く姿を思えば、
大将が背負う
負担に比べて数倍するものでありまして、私は
大将よりもこれら若年兵士にこそ高額の支給がなされることこそ妥当だと思うのであります。このたびの
法案には増加
恩給の階級を六階級にしている、これをも
つて圧縮したかのごとく申されておりますが、これこそ一応のき弁にしか過ぎないのでありまして、その
理由は、
恩給を受ける権利又は資格の条項中附則第九条第一項ハの
規定に「本号イ及びロに掲げる者以外の者でこの
法律施行の際現に増加
恩給を受けるもの」とあり普通の
恩給の併給が
認められておるのでありますが、これは
普通恩給十四階級が当然消滅することでありまして、これをも
つて果して階級の圧縮と言い得ることができましようか。私は、むしろ
普通恩給の階級と増加
恩給の階級とが二重になり、これから起る階級の差は増加
恩給から来る
恩給の差とは問題にならないほどの差でありまして、前段にも申上げました
通り大将は四十年で六項症二十七万四千百九十二円、これを兵隊の場合には三万七千二百円で、兵隊の両眼失明者最高の支給額十九万四千二百円に比較しましても
大将の六項症が八万円も多く支給されるのであります。これらを見ましても階級の圧縮が果してなされているかと言いえましようか。ここにおきして私は階級を
認めないことを主張するものであります。
次は傷病等差額について申しますが、このたびの
法案では一項症より三項症まで大体二五乃至二三%の差が設けられておりますが、三項症と四項症の差は八三%、五項症は七八%、六項帰三五%とな
つている、三、四項症並びに四、五項症の差が非常に大きく開いていることに対しては甚だ不審に思うのであります。衆議院の
内閣委員会で
恩給局長は、三項症は重傷者で五、六項症は軽傷者で、四項症は中傷者だと申されましたが、片足大腿部から切断した者と下腿部から切断した者との
精神的肉体的苦痛が八三%もの差異があるのでありましよか。以前であ
つた小澤医博は、身体傷害者の労働衛生に関する研究と題する論文中におきまして、傷い者の労働時における心身の疲労度は、健康者に比して一・二倍乃至一・四倍の疲労の増大を証明しておりますが、この実験の対象となりました傷い者の分類は頭部傷害者、目の傷害者を含みましてこれが三名、上肢切断者中に上膊が五名、前膊が四名、下肢切断者は大腿切断が四名で下腿切断が二名、下腰神経損傷者が三名、上肢神経損傷者君名計二十四名で、この資料から判断いたしましても、三、四項症の差八三%、四、五項症の差七八%の開きはとても判断でき得ないのであります。又従来の
恩給法では大正十二年
恩給制定当時の六項症は一項症に対しまして約三〇%を支給され、以下数度にわたる改正においても一項症に対し三〇%程度を支給しておりましたものを、このたびの
法案によりますると六項症は一項症に対し一五%にすぎない額を支給されているのであります。又これを現行の援護法と比較するときには、六項症は二万四千円支給されており、この改正案では一万七千円の支給となるのであります。物価は上りつつある今日、人事院においてすら
公務員の
給与のベースアップを勧告している今日において、従来支給されていた額よりも少い
金額を支給することに対して甚だ不満に思うものであります。この際
普通恩給の併給を論じられるのでありましようが、増加
恩給と
普通恩給とはその本質はおのずから異なるものでありましてこれを同一視することはでき得ないのであります。若しこれをあえてするならば、増加
恩給にかかる階級差の圧縮はなされていないことになるのでありまして、増加
恩給の階級はなくすべきであります。七項症以下四款症までの者に対しまする年金支給については衆議院において修正されておりまするので説明を省きます。
次に査定基準に対しまして申上げますが、この査定の基準となる
恩給法施行令第二十四条は大正十二年に作られたものでありまして、これから大きな矛盾が起るのであります。当時は戦闘形態も肉弾戦を主とするものでありまして、その傷害も現在に比較して小範囲であ
つて切断が重点的に取扱われていたかのようであります。故に七項症の傷いの程度を五指一本失
つたものと説明されおられることをしばしば聞いておりますが、これから見ましてもこの
恩給法が切断を主に扱われていることが肯けるのであります。
ところがこのたびの
戦争はし烈であります。而も長期に亘る戦いであり、戦線も広範囲に及び、ために
余り見受けられなか
つた内科的疾患者が多数あらわれたことは事実であり、その上使用された兵器も科学兵器で、当時夢にすらも想像され得なか
つた原子兵器の出現を見るに及びました。こうした中から起る傷害の程度も多種多様であります。而も支那事変当初は体力の優れた甲種合格者であり現役並びに予備役でありましたが、支那事変末期より太平洋
戦争に至りましては、補充兵以下兵役すらもない
国民兵までも動員したことや、長期にわたる疲労の蓄積並びに酷使、加えて
給与の粗悪がら当然内科的諸病の累増を見る結果とな
つたのであります。こうした結果から起る傷病を現行法におきましては非常に軽傷に取扱われているのであります。又神経並びに機能障害等においても同様なことが言えるのであります。その一例として胸郭成形により肋骨九本を切除した者ですら六項症の査定を受けております。会社等に就職する場合におきましても、このような障害を持つ者は健康診断により拒否されるのは当然であります。もちろん労働力におきましても
一般人の半分にも及ばないことは明らかであります。又各項症の査定内容において非常に巾があることであります。その例は両下腿切断者が二項症、同じく下腿及び大腿より切断された者はやはり二項症であり、後者は前者に比して大腿部切断分よりはサービスとな
つているのであります。いやしくも肉体の一部を
恩給とは言え
金額に換算するときに、このような巾を持たせることは不合理と言わざるを得ないのであります。これは或る程度区分することは事務処理上繁雑であることではありましようが、一応肉体を金に換算する事務を扱う上は当然このような考慮はなさるべきであります。以上の
理由から生業能力喪失の程度に基く百分率によりまして、症特査定基準を行うべきと考えるのであります。
次に家族加給でありますが、この点につきましてこの
法案は衆議院において修正なされ、
認められなか
つた査定後の家族のうち、妻にのみ加給が
認められております。併しこの点不審に思うことは、人間である以上妻帯すれば当然家族の増加することは常識でありまして、この
法案から解釈いたしますと妻帯はしても子孫の出生を
認めないことになるのですが、このようなことはこれこそ一大
社会問題でありまして、妻を
認めておりながらその夫婦
生活を
認めないということになるのであります。この点について
恩給局での解説には、家族加給は査定当時をも
つて基準とすることを原則として行うと申しておられますが、この
恩給法は
戦争という一大変事を予測して作
つたものでありましようか、私は決して
戦争を予測して作
つたものでないと考えるものであります。さればこのたびのような男という男はすべて動員されて行われた戦いであれば、当然この
法律においても
一つの特例を設けることこそ適切な措置と言い得るのではないでしようか。私はここにおきまして、査定後に妻帯した者に対し、当然起るべき家族の増加に対する加給は支給されるべきが妥当であると考えるのであります。
今まで申述べて来ました
通り、数多くの不満不審を含み而も不
均衡なる
恩給法によるものよりも、援護法の
精神を生かした、すべての差別を除き傷害の程度に応じ、生業能力を考慮した人間的な配慮による医療の
保障、職業の安定、住宅のあつせんを含む単独法による
保障が与えられることを強く訴えるものであります。特に医療の
保障につきましてはその一例として、現在胸部疾患者で相模原病院に入院中の約二十名のうち、その半数は障害からくる疲労によ
つて内科的疾患に移行していることは重視するに値するものであります。前段にも申上げましたごとく、障害者は健康者に比して疲労度が大であることは医学的に証明されております。而もこのために疲労の回復も健康人に比しまして遅いということであります。これが医学的証明からしましても傷い者は体力的にも健康者に比して弱ま
つているために余病の併発は当然考えられ、又再発も当然考えられることでありまして、この場合の医療の
保障は現在何らなされておらず、再発のための入院すらでき得ず、困
つておる者も数多くいる。この場合当然
国家において
保障がなされるべきであると思うのであります。又住宅に対しては
生活の基盤となるものであり、その家すらもない者には公営住宅の優先入居を
認められることの措置を講ぜられることが必要であると思うのであります。
以上るる申述べて来ましたが、この改正
法案は
遺族並びに傷い者を対象とすべきはずのものが、
職業軍人の優遇に終
つている感があり、路頭に迷える
遺族並びに白衣による募金者等の救済はでき得ないことと思われます。これらの者の最低の
生活保障を願うもので、決して裕福な
生活をすることを目的として願
つているものではないのであります。この点十分御
審議下さいますことを切望して私の公述を終りたいと思います。