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政府委員(大野勝巳君) 佐多
委員の御質問にお答え申上げまして、極く概略日比間の賠償交渉の最近までの状況を御報告申上げます。
フイリピンはサンフランシスコ
平和條約に調印をした国でありまするが、まだこれを
批准いたしておりません。従いまして
日本とフイリピンとの間には法律上の正式な平和
関係が回復していない次第でございます。
政府といたしましては、成るべく早く日比間のノーマルな国交
関係を樹立いたしたいと念願いたしまして、いろいろな点につきまして
考慮して来たのでありまするが、先方におきましては、
平和條約十四條のつまり賠償に関する條項が気に入らないという点も、又サンフランシスコ
平和條約を
批准することを渋
つている
一つの原因であるかのようであります。中には賠償がなければ
平和條約の
批准をしないということをスローガンにしている政治家もかなりあるというふうな状況でございまして、サンフランシスコ
平和條約の成立した過程に対する若干の不満もありまするが、同時にあの中に含まれている十四條の賠償條項というものに不満を持
つているという点が重大な
一つのトラブルの種とな
つておつたわけであります。
政府は昨年の一月に津島壽一さんを団長とする賠償使節団をマニラに送りまして、日比間の賠償に関する
話合を始めたのであります。その際先方は損害額の積算をいたしまして、
日本に対して百六十億ペソ、ドルにいたしますとほぼ八十億ドルであります、そういう額に達する賠償請求額を提出いたしまして、
日本側の
考慮を求めたのであります。これに対しまして津島さんの代表団は仔細に
日本側の立場を述べまして、ともかくこの数字が出されたところ又これに関連した幾つかの提案がフイリピン側から出されたということをテーク・ノートいたしまして、本国へ持
つて帰つたということでその使命を終つたのであります。
自来さしたる進捗もなかつたのでありまするが、昨年の十月に
日本政府の在外事務所がマニラに設けられましたのをきつかけといたしまして在外事務所長とフィリピンの
政府との間に次第に賠償の問題の
話合が開始されたのであります。特に先ほど申しましたように、サンフランシスコ
平和條約の
批准を見ておりまするといたしますならば直ちにサンフランシスコ
平和條約の第十四條の賠償
規定をそのまま
適用いたしましてその基礎の上に賠償問題が交渉され得たのでありますが、事実はそうではなかつたためにその辺に非常に
両国にとりまして複雑な
事態を生じておろわけであります。即ち
日本といたしましては、
平和條約に基く賠償の法律上の義務はフイリピンに対してはまだ発生していないというわけでありますが、併し政治問題といたしましてはその辺を相当解きほごして行かないと
平和條約の
批准そのものも遅れる。そういうふうな困難な状況でありましたために、極力
平和條約の
批准を急いでもらうという
措置は従来何度かと
つておるのでありますが、それと並行いたしまして、
平和條約の十四條に明記してある賠償に関する大要と申しますか、賠償の仕方に関しましては、できるものから
一つ着手して行くという方法も
考慮の価値があるのではないかという点におきまして、双方
意見の一致を見たのであります。その結果
平和條約十四條に掲げてありますように、
日本人の役務を以て賠償を支払
つて行くというものの中に、沈没した船の引揚という役務で賠償を支払うという
一つの
項目がございまするので、取あえずこの問題から入ろうじやないかということにおいて双方
異議がなかつたわけでありまして、その結果、昨年の晩秋の頃から今年の初めにかけまして、フイリピンの領海に沈んでおります船舶の引揚をするためのサービスを先方に提供するということを中心とした中間的な、つまり賠償の交渉が行われまして、その結果、三月の初めに至りまして妥結をみましたのがここに御審議を願
つておりまする沈没船引揚に関する日比間の
中間賠償協定であります。
この間フイリピン
政府といたしましては沈船引揚以外の問題、即ち
平和條約の十四條に
規定してあります原料、材料を先方から提供してもら
つて、それを製造加工いたしまして、完成品にして返すという形における役務の提供の問題につきましても、
日本政府との間に交渉があつたのであります。これは沈船の引揚の交渉と並行いたしまして、
政府といたしましては、鋭意この方面で話をまとめるために努力をいたして参つたのであります。昨年暮から今年の初めにかけまして、外務省のアジア
局長が東南アジアを旅行した際にマニラに立寄りまして、或る種のサゼツシヨンを行
なつたのでありますが、そのサゼツシヨンは要するに、
日本側として先方の希望に応じてどういうものを製造加工役務として提供することができるかということに関する極く簡単を提案でありましたが、そういう提案をいたして先方の
考慮を促したのでありますが、その
日本側の
意思表示を受取りまして、フイリツピンの
政府は十九人
委員会と俗に称しております賠償諮問
委員会を設定したのであります。この
委員会は大統領の諮問機関でありまして、対日賠償に関する最高の諮問機関であるとみなされております。その構成は上院、下院の有力議員と
関係閣僚並びに学界或いは経験者等から成
つておりまして、朝野両党を網羅しております。
従つて政治的には超党派的に対日賠償問題を扱い得ることを目途とした
委員会でありまして、対日賠償問題というものが超党派的な形で扱われ得る
一つの端緒を開いたものといたしまして注目の要があつた次第であります。
この十九人
委員会に対しまして
日本側が沈船引揚以外になし得る、即ち製造加工、役務の対象になるものはどういうものかという
日本側の提案を国会に付議いたしまして暫らくこれを研究したのであります。その研究ができ上るのを待ちまして、
日本側といたしましてはできれば東京で
両国の
専門家から成る製造加工に関する予備
会議、賠償の予備
会議を実は開催いたしたいと考えまして、その旨を先方に申入れたのであります。先方又大体これに同意いたしまして、今年の二月末くらいまでには或いは東京で
専門家の予備
会議が開かれる運びとなるのじやないかと、かように予想されて、我が
政府といたしましてはそれに対する万般の
準備を整えましてその開催を待つたのであります。併しながら、十九人
委員会のその後の成行きは必ずしも我々の期待していたような方向をたどらなかつたのでありまして、それにはいろいろな
理由があると思いますが、やはりフイリピンの内政事情がからま
つているかに聞いております。その結果、今年の三月の末から四月にかけまして、賠償に関する
専門家の予備
会議を開催するためには、その前に
一体日本が総額幾らフィリピンに支払えるのか。それを何年以内に完済できるか。そうしてその賠償の支払を役務(サービス)以外に
如何なる
項目で支払うつもりがあるか、又サービスで支払う場合においては日比双方の経費の負担区分を
如何に考えておるか、この四つの点に関して明確なる回答をもらうのでないと、予定されているこの賠償に関する予備会談というものを開きにくいという
意思表示を先方からいたして参りました。それが四月の六日のことであります。
政府は五月に入りましてからこれに対して或る種の回答をいたしました。その回答は、実はフイリピン側の考え方もわからないことはないのだけれども、総額というふうなことを初めから取りかかるということになりますと、先ほど申しましたように津島ミツシヨンが昨年の一月に先方に参りまして八十億ドルという巨額な額を提示されましたために非常な困難をいたしました経験もございまして、総額ということで初めからもむということは話を円滑にまとめるのに果して資するかどうかという点に疑点ありというふうな考えに基きまして、できればそういうことは予備会談を開いて
一つ一つ生産加工役務その他の役務の
内容を具体的に
項目別に
両国の
専門家の間で予備会談の席上で
協議をして行く、討議をして行く過程において自然大体の輪廓ができて来るものではないか。総額は幾らというふうにはつきり冒頭からきめてかからなくても、その
内容をなすところの役務の各
項目別に討議を進めて行くその過程において或る程度まで輪廓が明らかになり得るのではないか。
従つて、この際は
日本側の誠意も
一つ汲んでもら
つて、いつでも最も早い機会において
両国間の予備会談を開催いたしたい。その用意はいつでも我が方において存するものであるという
趣旨の回答をいたしたのであります。
で、その後フイリピンからは二、三の議会方面の要人が
日本を訪れております。このかたがたはいずれもフイリピンの政界では非常に影響力の多い、かたでありまするが、併しながら
政府を代表して
日本政府と懸案の賠償問題を交渉する正式の権限をも
つて来られたのではないようであります。従いまして、半公式と申しますか、私的と申しますか、政治的には相当のかなりの意義あることは認めるのでありますが、正式に両
政府間の交渉というものがこれらの方々と
日本当局或いはその他の方面と行われたのではないのでありまして、大体各方面の
意見の打診、或いはその他の
意見を徴するというふうな点に主眼がおかれているようであります。
従つて、今日までのところは沈船引揚協定が三月にできまして以来目立つた進捗はしておりません。併しながら
政府といたしましては、フィリピンの政治情勢その他をにらみ合せまして日々目に見えない実は工作だけはいたしておるわけであります。
で、
只今議題にな
つておりまする沈船引揚に関する
中間賠償協定というものが幸いにして御
承認を得て
実施に移されるといたしまするならば、これは
平和條約と法律上直接の
関係はございませんけれども、
平和條約の十四條と何ら矛盾、扞格を来す
趣旨のものではないのでありまして、その意味におきましては少しも心配のないものでありますると同時に、この協定が
実施されて
日本側のフイリピンに対する誠意というものが如実に先方に反映いたしまするならば、先方の
平和條約
批准の
促進に役立つことは莫大なものがあろうというふうに
政府は観測いたしておる次第であります。