○齋藤
参考人 ただいま御紹介いただきました全専売の齋藤であります。私のあとで遠藤留藏君から、業績賞与の専門的なことにつきましては説明されますので、私は業績賞与に対する全般的な
組合側の考えについて申し述べたいと思うのであります。
昨年の十一月二十七日に、
日本専売公社と全
専売労働組合の賃金紛争に関しまして裁定第九号が提示されました。この裁定第九号の第六
項目に、ま
つたく新しい制度として業績賞与の支給という
措置が示されておるわけであります。これにつきまして、
組合といたしましても、新しい制度であり、かつ新しい
労働条件であるというふうに考えましたので、ただちに公社との間に
団体交渉を行いまして、この取扱いについて
交渉を
行つて参
つたのであります。今日まで十数回にわたり
団体交渉を継続して参りましたが、現在の
ところ、いまだにこの紛争が
解決をしておらないという現状でございます。
組合は、本年六月の中旬に至りまして、昭和二十七年度における決算の結果が明らかになりました。その結果三十二億円の予定以上の利益金が見込まれることになりましたので、五月二十九日に公社側に対しまして、三十二億円の三分の一に相当する金額、すなわち全職員の二箇月分に相当する金額の業績賞与の要求を
行つたわけであります。その後六月二十四日の
団体交渉に至りまして、公社側は、この
組合側の要求に対しまして、一箇月程度の支給について回答を
行つて参りました。これは正式というよりも、
団体交渉の席上においてさような発言をしたわけでありますが、公社は一箇月以上の業績賞与に相当する金額を、予備費の中に組み込んでおるという発言を
行つたわけであります。そうして公社側は、昭和二十八年度の予算が国会を通過すれば、この業績賞与の支給は可能であるから、ただちに
組合との間に配分に対する
交渉を行いたい。なおこの配分に関する
交渉の結束によ
つて、大蔵大臣の承認が一箇月か、あるいはそれ以上か、それ以下かということにもなるので、この配分の問題を先議して、その後において総額の決定を行いたい、こういうふうに
言つて参
つたわけでございます。そこで
組合側は、七月中旬より配分の問題についての
団体交渉を
行つて参りました。そうして七月二十四日に一部の対立点を残しまして双方の意見がほぼ一致しました。総額の決定を見さえすれば、この業績賞与の実施が可能になるという段階に参
つたわけでございますが、大蔵省は、公社と
組合の
団体交渉の結果、ほぼ支給できるという
事態に立ち至りましても、大臣の承認をすることなく今日に至りまして、業績賞与の問題はいまだ全然目安がつかない。すなわち昨年の十一月に提示された裁定の完全実施がいまだに実施されておらないような現状でございます。
このように本問題が長引いて参りましたのは、公社側の自主性のない
態度が、最も大きな
原因をなしております。このように業績賞与が未
解決のまま紛糾を続けておるのは、公社に公労法の第一条の目的にうた
つておる
ところの、
労働慣行を確立しようとする
ところの
意思が全然認められない、そのためにこの業績賞与の問題につきましても、大蔵当局との折衝を理由といたしまして紛糾が続いておるわけであります。
昨日、公社の小川総務
部長が本
委員会に参りまして、その際にこういうことを申しておりました。公社としては一箇月分以上を職員に支給したいというふうに考えておるが、現在の
ところ大蔵当局と折衝中でありまして、その折衝結果によらなければ、職員に幾ら支給できるかがわからない、こういうことを申されてお
つたわけでございますが、もしも大蔵当局と専売公社の両者が
交渉することにより、あるいは折衝することによりまして業績賞与というものはきまる、こういうことになりますと、昨年の仲裁裁定に示されております
ところの業績賞与の精神とは、ずいぶんかわ
つた精神になる。またそういうことであるならば、一体公労法ないしは
労働法というものは、存在価値があるのかどうかということすら考えられるのでありまして、私
どもとしては公社の自主性のない
態度に対しまして、はなはだ遺憾に感じておる次第であります。
また今日までの大蔵当局の考え方はどうかと申し上げますと、昭和二十七年度に専売の職員が上げた
ところの三十二億の予定以上の益金は、これは必ずしも職員の
努力だけではない、その他の理由もある。いわゆる機械設備あるいはその他のいろいろな
事情があ
つて、三十二億円の益金が上
つたのであるから、これを全部職員にわける、あるいはその半分をわける、こういうようなことは覆い得ない。大蔵当局としては、職員の能力の向上によ
つて得た
ところの益金分だけを職員に支給すればいい、こういうようなことを申しておるわけであります。
しかしながら、御承知のように、昨年の専売の仲裁裁定におきましては、裁定理由の末尾の方に書いてあるわけでございますが、この決算賞与は、企業の経理能力とは関係ないから支給ができるんだ、こういうふうなことを書いてございます。また本年度の予算総則を見ましても、専売公社の章の第八条の第二項には、昭和二十七年度の業績賞与につきましては、その予定以上の益金の一部を職員に支給することができるというふうに書いてあるわけであります。でありますから、職員の能力の向上という部分を判断して、あるいは計量して職員に業績賞与を支給するということはあり得ないことでありまして、予算総則に従いましても、三十二億円の一部を職員に対し支給すればいい、こういうことにな
つておるわけであります。
ところが、大蔵当局においては、そういうことを理由にいたしまして仲裁裁定を拒否し、この実施をはばもうというふうに考えておるとしか、私
どもは考えられないわけであります。
この三十二億円の益金を上げるためには、専売職員は非常な苦労をして参りました。特に第四・四半期におきましては、職員は月三十時間ないし三十六時間以上の超過勤務を行いまして、その結果三十二億円の益金を生んだわけでございます。専売職員が益金を予定以上に生むとか生まないとかいうことは、職員の
努力――要するに
労働条件の変更とかあるいは能力の向上、そういうことによりまして生れるのでありまして、また職員がそういう益金を生むまいというふうに反対的に考えたならば、おそらく専売職員は、予定以上の収入どころか、予定の収入すらも上げないようなことができる。これは専売職員が事実そういうふうに考え、あるいはそういう行動をしたならば、合法的にできるのでありまして、予定以上の益金を生んだということは、これはやはり専売職員が
努力した結果であるわけであります。
特にそういう点について一例を申し上げますと、昭和二十六年並びに二十五年においては、光が異常な売れ行まを示しました。これは二十五年のたしか四月だ
つたと思いますが、光が値下げをいたしまして、その結果非常な売れ行きを示したわけでありますが、当初専売公社は、当然そういう売れ行まが上向をするということは予想をしてお
つたわけでありますが、その予想以上に売れ行きが上りまして、機械設備を
改善しなければ、とうてい需要に間に合わないというような
事態に立ち至りました。そのときに、製造部のある職員はこう
言つておりました。昔の専売局時代であるならば、われわれとしてはこういうふうに光がいくら売れても、まだほかにパットもあり、新生もあるのであるから、そういう方面を買
つてもらえばよいので、機械設備を変更する必要はない。今まではそういうことはしなか
つた。しかしながら
日本専売公社にな
つて、秋山総裁は前だれ主義のいわゆる商法を説いておる。そのために、非常な無理をして機械設備をかえて、光の増勢に応じなければならない。こういうことは、実際給料はいつもきま
つてもら
つておるのであるから、ばからしいけれ
ども、総裁もそういう方針であるから、われわれもそういうことをや
つておるのだというようなことを
言つております。事案私
どもの賃金というものを考えていただけば、よくわかるのでありますが、予算制度によりまして、歳出予算の中から賃金というものが支出されております。私
どもがいくらもうけても、そのもうけた金は全部国庫へ納付されてしまう、そういうような予算制度の中にありますから、私
どもがいくら
努力をしようが
努力しまいが、専売益金が多くなろうと少なかろうと、国家のためにどういう大きな影響があろうとなかろうと、私
どもは普通の定められた
労働条件で、定められた
仕事をしておれば、実際には国家に非常に大きな影響を与えることが可能なわけでございます。そういう専売公社の予算制度というものに非常に欠陥がある。ここにやはり仲裁
委員会が目をつけて、こういう制度で職員の能力の向上はできないというふうに考えられて、おそらく仲裁裁定第九号において、仲裁
委員会は業績賞与を支給するような
措置をと
つたのではないかというふうに私
どもは考えておるわけであります。そういう今の予算制度の中において、でき得る限り職員の
努力に報ゆる
ところの給与制度、そういうものを打立てようというふうに仲裁
委員会が考え、またそういうことが私
どもとしても当然なものであるというふうに考えておるわけであります。大蔵当局においては、公務員あるいはその他の公企体との均衡上において、そういうものは支給が非常にむずかしいというようなことを言いまして、今日までこの業績賞与の問題が未
解決にな
つておるというのが実情であります。
私
どもは、むろんこのような裁定にいう
ところのそのままの業績賞与を、必ずしも欲しておるものではありません。なぜならば、昭和二十六年以降の専売益金の傾向から見ますと、昭和二十六年の当初予算においては千百六十九億の専売益金が見込まれておりますが、しかしながら、これが補正を受けまして、決算の際におきましては千二百五十七億の専売益金の納付ということにな
つておりまして、年間八十八億の益金が増加されておる。まだ二十七年度においては、今度は当初予算においては千二百六十八億に組まれておりまして、それが補正によ
つて千四百十九億に修正を受けておるのであります。なお昭和二十七年度におきましては、予定以上に三十二億の益金を出したわけでございますから、実際国庫に納付した金額というものは、千四百五十一億にな
つておるというのが、現状でありまして、その結果昭和二十八年度、本年度の予算におきましては千四百六十六億の専売益金が見込まれておる。こういうように私
ども努力して専売益金を上げれば上げるほど、この専売益金の翌年度の査定が高くな
つて行くというような現状でありまして、こういうようなことが続いて行くならば、私
どもはみずから
労働条件を強化して、自分で自分の首を絞めるというような結果になりますので、必ずしもこの業績賞与に賛成するものではありませんが、しかしながら、仲裁裁定というものは、私
どもの罷業権を奪
つたその代償としてそういう機関が設けらられた。でありますから、その仲裁裁定の中に盛られたことは、確実に実施されなければならないというふうに私
どもは考えておりまして、この業績賞与が一日も早く
解決することを望んでおる次第であります。
なお、
最後に一言申し上げたいのでございますが、それは業績賞与と生産報償金の関係でございます。昨日の小川総務
部長の発言によりましても、
組合は生産報償金の要求を
行つておらないから、おそらくあきらめたものと公社としては考えておる、こういうことを言われており申したが、私
どもは決して生産報償金の要求を放棄したものではございません。なぜならば生産報償金には、歴史的な問題がございます。この報償金は昭和二十三年の二月四日に、当時の全国専売局
労働組合が三日間にわたる
ところの
ストライキを打ちました。その結果、生産報償金制度というものが設けられたわけであります。しかしながら、この生産報償金の支給対象は、一部の職員、すなわち製造関係の職員のみに限られておりました。そういう関係から、公社にな
つてからの第一回目の裁定すなわち昭和二十五年の判定第二号において、仲裁
委員会は、二部の職員に生産報償金を支給することは、これは不公平であるから、全職員を対象とする
ところの賞与制度というものに切りかえたらどうか。そのために、生産報償金をそういうふうにかえたらどうかということを、仲裁裁定で述べておるわけでございます。私
どもはそういうような歴史的な事実に基いて、この生産報償金を獲得しておるわけでございますが、この精神とな
つておる
ところは何かと申しますと、この生産報償金は、製造数量、いわゆる予定製造数量の一〇〇%を完遂すれば、生産報償金はすべて出される、そういう制度でございます。しかしながら、今回の業績賞与においては、生産報償金との関係が全然裁定にもうたわれてならないわけでございます。それはなぜかと申しますと、これは推測でございますが、業績賞与は、予定以上の益金を生んだ場合において支給されるものである。
ところが生産報償金は、予定の益金を生めば、これは支給されるものであるわけであります。ですから、今回の業績賞与は、生産報償金とは全然趣旨を別個にいたしておるものでありまして、予定以上の収入の場合には業績賞与、予定通りの利益を上げた場合においては生産報償金の支給、こういうように私
どもは考えておるわけであります。でありますから、昨日小川総務
部長が発言されましたが、生産報償金が今年度の予算の中において削られておるのは、これは奨励手当と期末手当に肩がわりにな
つておるのであ
つて、奨励手当と期末手当の方が額が多いから、だから生産報償金を削
つて、奨励手当、期末手当を設けた、こういうふうに
言つておりましたが、そういうようなことは、私
どもはどうしても納得のできない問題でありまして、またこれは
一つのごまかしであるというふうに考えております。すなわち
労働慣行としてこの生産報償金は支給されて来たのでありますから、私
どもは、
労働協約を締結してはおりませんが、少くとも紳士
協定は締結されておるということを言い得るのではないかというふうに考えております。そういうようなわけで、
組合といたしましては決して生産報償金の要求を放棄したわけではなく、今後においてこの生産報償金の要求を行いたいというふうに考えておるわけであります。
最後に申し上げたいことは、今日まで仲裁裁定が出されるたびに、その仲裁裁定をめぐ
つて紛争が継続して参りました。裁定が出されることによ
つて、なおかつ紛争が激化するというのが、今までの私
どもの専売公社と全
専売労働組合との関係でございます。これはやはり公社が自主性がないと同時に、公労法そのものにも大きな欠陥があるからであります。公労法の第一条においては、
団体交渉の慣行と手続を確立することが大きな前提とな
つております。しかしながら、公社はそういう前提を無視いたしまして、ことさらにそういう慣行をつくりたがらない。これもやはり一面から考えれば、
日本専売公社法によ
つて大蔵大臣の監督を受けておる、こういうような公社の立場もございますが、しかしながら、公労法をこういうように実際専売公社法によ
つて無視するような取扱いをするならば、私
どもはこの公労法というものはもう必要ないから、
労働法によ
つて規律してもらいたいというふうに考えております。そういう点について根本的に改められなければ、今日の業績賞与がかように長引いておりますが、今後発生する
ところの
労働問題すべては、このように一年以上の紛争を惹起するというような
事態にな
つて参りますので、その点について十分御考慮を願いたいというように考えております。
はなはだ簡単でございますが、私の公述といたします。