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大橋(武)
委員 しかしある事項を
陳述することが、自己の有利か不利かということは、これは、一面的には言えないのであ
つて、御
承知のように
犯罪事実、またそれに対する刑の量定ということになりますと、多方面から
関係して来る。だから
一つの事柄を述べることが、
犯罪事実を承認するという
意味においては、非常に不利益なことになるかもしれない。同時にしかし他の証拠によ
つて犯罪事実が認定された場合に、刑の量定を受けるということになりますと、不利益なことをすらすらと言
つた。はなはだこれは正直でよろしいという
意味で、利益になる場合もあるかもしれない。だから利益か不利益かということは、客観的にきまるのじやないのです。これはまた当事者の主観においてきま
つたことが客観的に適用するものでもない。だから利益か不利益かということで、事実を
陳述すべき内容を二
通りにはつきりわけるということは、
現実にはどちらともつかない。あるいは利益にもなるが、多面不利益にもなるという事柄も多いので、そういう点によ
つてこの
陳述拒否の内容に境をつけるということは、非常にあいまいになると思う。むしろ私は御
趣旨のように、自己の不利益になる事柄を
陳述を強要されない、こういうことは、利益であろうが不利益であろうが
陳述を強要されないのだ、こういうこととおそらく法的には
意味は同じじやないか、こう思うのです。それでむしろ利益か不利益かなんというようなことを言うものですから、やれ年齢は利益か不利益かどいうことになる。年齢でも利益になる場合もあれば不利益になる場合もある。未成年者の場合においては、自分の正しい年齢を言うことが、少年法によ
つて軽い刑を受けるとか、あるいは刑事
責任能力を否認されるということで利益の場合もある。しかし同時に年齢をはつきり言うことによ
つて、自己が具体的に何の何がしで、あるいは前科がどうしてというようなことで、不利益に言る場合もある。これをあまりはつきりすることは
意味がないので、むしろ
現行法のもとにおける、言いたくなければ言わなくてもよろしい。お前は
言つてはまずいと思い、自分の損だと思えば言わなくてもいいのだということと、
現実には同じになるのではないですか。なるほど文字の上においては違
つた表現でありますが、そう
考えて行くと、法的内容としては同じじやないか。
現行法のもとにおいても、
捜査官は、憲法の条章にこうあるのだ。
従つてこの点を
考えて、不利益だと思うことは答えなくてもいいのだ、こう
言つて聞かせたところで、一向違法ではないというふうにも
考えられるのです。あらためてもう一度その点をはつきり伺いたい。