○松岡委員 私は東北の国有林についてお尋ねいたしたいと思います。
先年私が、どうしてこう東北が貧乏だか警視庁に行
つて調べてみると、ほとんど今日ありませんけれ
ども、吉原、洲崎の遊廓に来る者はほとんど東北の者である。また青森県に行
つてみると、乳幼児の死亡率がすこぶる高くて、かつトラホームがほとんど全県に瀰漫しているというありさまであ
つたのであります。そういうところを私が痛感しまして調べた結果、かようなぐあいに東北が悲惨な目にあ
つておるのは、
一つは雪というものを何ら考慮に置かない日本の画一政治である、第二番目には国有林の分布の
状態がはなはだ当を得ておらない、この二つの問題が東北を窮乏に陥れたものであるという結論に到達したのであります。これによ
つて雪害問題を九年間かか
つて、遂に日本の
法律に初めて雪害の二字が入れられるように
なつたのであります。往年この雪害問題が問題と
なつたときに、最も
関係の深い農林省が一顧、半顧の値なしとしてお
つたのであります。言葉をかえて言いますれば、鼻にもひつかけなか
つたのであります。それが二、三年前には
積雪寒冷単作地帯として、
官房長みずから陣頭に立
つて大蔵省に交渉して、百億円をとらなければならぬというところまで来たのでございます。今月は単に東北六県ばかりじやない、新潟県ばかりじやない、呼べど叫べどちつとも来なか
つたところの北陸三県及び
鳥取、
島根方面などにまで
積雪寒冷単作地帯の問題が遷延するように
なつたのであります。こういうぐあいに日本の画一政治がいかに間違
つてお
つたかということを、私は少しく数字によ
つて――自分の私見ではありません、すべてが農林省の示しておる統計によ
つて申し上げます。委員諸君にたいへん申訳ありませんけれ
ども、証拠をあげるのですから御容赦を願いたい。
全国の国土の面積は三千七百万
町歩あります。そのうち民有林が千四百九十万
町歩あり、国有林が七百六十万
町歩あります。この内訳を見ますると、青森県が九十七万
町歩の面積で、そのうち国有林が四十二万一千
町歩、民有林が十七万
町歩しかありません。岩手県は百五十四万
町歩のうち国有林が四十二万五千
町歩で、民有林が五十八万一千
町歩あります。宮城県は七十三万
町歩のうち国有林が十三万二千
町歩、民有林が二十五万一千
町歩。秋田県は百十七万
町歩で、そのうち国有林が三十九万五千
町歩、民有林が三十万九千
町歩。山形県は九十四万
町歩のうち三十五万
町歩が国有林で、二十六万
町歩が民有林であります。福島県は百三十九万
町歩、そのうち国有林が四十三万五千
町歩、民有林が四十八万八千
町歩。茨城県は六十一万
町歩で国有林が五万一千
町歩、民有林が十七万七千
町歩。栃木県が六十五万
町歩で民有林が二十三万七千
町歩、国有林が十二万八千
町歩。群馬県は六十四万
町歩のうち民有林が二十万一千
町歩、国有林が二十万
町歩。埼玉県は三十八万
町歩のうち民有林が十一万二千
町歩、国有林が一万二千
町歩。千葉県は五十一万
町歩のうち民有林が十六万六千
町歩、国有林がわずかに八千
町歩。
東京は二十万
町歩のうち七万六千
町歩が民有林で、国有林が二千
町歩。神奈川県は二十四万
町歩のうち民有林が八万六千
町歩、国有林が七千
町歩。新潟県は百二十六万七千
町歩で、そのうち民有林が五十万一千
町歩、国有林が二十五万六千
町歩。富山県は四十三万
町歩のうち民有林が十七万三千
町歩、国有林が七万八千
町歩。石川県は四十二万
町歩で、そのう二十五万七千
町歩が民有林で、一万九千
町歩が国有林。
福井県は四十三万
町歩のうち二十六万二千
町歩が民有林、国有林はわずかに四千
町歩。山梨県は四十五万
町歩のうち三十二万五千
町歩が民有林で、国有林がわずか三千
町歩。長野県は百三十七万
町歩のうち六十一万九千
町歩が民有林で、三十五万七千
町歩が国有林。岐阜県は百六万
町歩で、そのうち民有林が六十二万四千
町歩、国有林が十五万八千
町歩。静岡県は七十八万
町歩で四十万一千
町歩が民有林、八万六千
町歩が国有林。愛知県は五十一万
町歩で二十一万二千
町歩が民有林、国有林が一万三千
町歩。三重県は五十八万
町歩で三十一万五千
町歩が民有林、国有林が一万四千
町歩。滋賀県が四十一万
町歩で民有林が十九万九千
町歩、国有林が六千五百
町歩。
京都が四十七万
町歩で三十二万一千
町歩が民有林、国有林がわずかに三千
町歩。大阪が十八万
町歩あ
つて、そのうち六万一千
町歩が民有林、八百
町歩が国有林。
兵庫県が八十四万
町歩で四十九万八千
町歩が民有林、二万三千
町歩が国有林。奈良県は三十七万
町歩で二十七万
町歩が民有林、二千五百
町歩が国有林。和歌山県は四十八万
町歩で三十三万四千
町歩が民有林、一万
町歩が国有林。
鳥取県は三十五万
町歩で、十八万一千
町歩が民有林、二万五千
町歩が国有林。
島根県は六十七万
町歩で四十四万九千
町歩が民有林、一万六千
町歩が国有林。岡山県は七十一万
町歩で、二十七万
町歩が民有林、国有林が二万五千
町歩。
広島県が八十五万
町歩で、五十五万五千
町歩が民有林、三万六千
町歩が国有林。
山口県が六十一万
町歩で、三十三万六千
町歩が民有林、四千五百
町歩が国有林。四国全土は百ハ十九万
町歩ありまして、民有林が百十一万
町歩、国有林が十七万五千
町歩あります。福岡県は四十九万
町歩で、十六万七千
町歩が民有林、二万五千
町歩が国有林。佐賀県が二十四万
町歩で、八万七千
町歩が民有林、一万七千
町歩が国有林。長崎県が四十一万
町歩で、二十一万三千
町歩が民有林、二万四千
町歩が国有林。熊本県が七十四万
町歩で、三十万六千
町歩が民有林、六万二千
町歩が国有林。大分県が六十四万
町歩で、三十万八千
町歩が民有林、四万二千
町歩が国有林。宮崎県が七十八
町歩で三十三万三千
町歩が民有林、十七万
町歩が国有林。鹿児島県が七十九万
町歩で、二十五万七千
町歩が民有林、十五万六千
町歩が国有林であります。
このようなぐあいに表をあげますと、いかに東北が国有林が多くて民有林が少いかということがわかります。私は農林
大臣にお尋ねしたいのは、このようなぐあいに国有林が東北にのみ偏在しておる。これです。そうして営林署がどのくらいあるかと申しますと、北海道が六十八、東北には百十八、そうして
全国には三百二十六の営林署があります。こういうようなぐあいに、林野庁というものはほんとうにどこのための林野庁だかわからない。ほとんど東北のための林野庁であるかのごとき数字にな
つております。北海道を除いて
全国の数字をあげますと、
全国の四割九分六厘を東北六県で占めておる。どうしてそういうぐあいに
なつたかということを申し上げますと、農林
大臣はか
つて新聞記者をや
つていらつしや
つてよくおわかりだと思うが、私はたまたま伊藤博文の建白書なるものを、徳富蘇峰先生の著わした本で見ました。その第一ページに何と書いてあるかと申しますと、当時東北の賊軍を征伐し、まさに凱旋せんとする官軍の将兵は云々と書いております。内において治安を治め、そうして地方の動乱を未然に防ぐところの一挙三得のために近衛師団をつくるようになったことは、伊藤博文公の右の建白書の冒頭にあります。かようなわけで、どのようなぐあいで国有林ができたかと申しますと、その後において
九州の宮崎県には林野局の訓令
一つでも
つて三千
町歩のうち九百
町歩が返
つております。また鹿児島県にも訓令
一つで四百
町歩ばかりのものが返
つております。なぜこのようなぐあいに
なつたかというと、明治御一新後にいろいろ地租
関係その他を調べたところが、どうしても宮崎県、鹿児島県においては調べることができない。暴動が起
つて反抗されて調査ができなか
つた。維新当時暴動のために調査することができなくて中止して、ごたごたしていた宮崎県と鹿児島県の大部分のものは、明治三十三年と明治四十二年に、
法律ではなく、訓令
一つでできた。いかにその当時の政治を権力者が左右したかということをわれわれは思うのである。これに反して東北は、ただいま申し上げたようなぐあいに、維新早々の際に、伊藤博文が建白書に言うているようなぐあいに
なつたのであります。文句
一つ言うことはできない。ついこの間アメリカに占領されてお
つた当時、何をされても文句を言うことができなか
つたと同じような
種類であります。その証拠にはこういうことを書いてある。これは農林省で出しているのですから、よくわかるわけです。かように林野の官民有区分の仕事は本来困難な仕事であ
つた上に、その衝に当
つたものの
考え方の違いや、村の証拠をあげる方法の巧拙などで不公平の
処置があ
つたことは想像されるところである。これがため不当に民有地と定められたところは不問に付され、不当に官林に編入されたところについては処分の是正方を
政府に迫るものが続出し、年月の経過とともにその申請はますます輻湊した云々、こう書いてあります。明治維新当時の歴史がこのように間違
つていたということは、東北の国有林の、前申し上げた数字が物語
つておる。農林省が昭和二十六年に国有林野整備法を出したときにどうしてこれが問題にならなか
つたかと私は思うのである。雪害運動をや
つた私がいなか
つたからだとは申しませんけれ
ども、こんな間違
つたことをや
つた。幸い整備法は明年で期限が来るのです。この期限が来るときに東北の国有林の不公平な間違いをどのようになさるお
考えかということを、私はお聞きしたいのであります。私のこの発言は、東北民衆が自覚しまして、どんなことをしてでも明治維新当時の誤
つた政治――日本の
法律に今までなか
つた雪害が入
つたごとく、国有林の問題も、何としてでも東北の手に返さなければならないと言
つて、東北民衆こぞ
つて立
つて、松岡のうしろについている次第でありまして、期成同盟会ができている次第でございます。私は二十数年間議会に席を置いていますけれ
ども、自分が発言して真剣に
なつたのは、雪害問題ととの問題と二つだけでございます。この問題がほんとうに解決されなければ、日本の政治は正しいとは言えない。私はここに林野庁が必要であるとか必要でないとかいう問題ではありません。林野庁が治めれば、日本の国有林がりつぱに治められる。だから明治御一新以来、八十年東北を守
つて来てくれて、このようにりつばに
なつたのだというようにお
考えにな
つていらつしやるかもしれない。川俣君も秋田県ですから、私と
同感だろうと思う。お前らもばか者だろうが、しかたがなか
つた。しかし賊軍という名前のために、
政府が領有して守
つてくれたから、今日のような美林がある、こう言うかもしれぬけれ
ども、一二つの赤子も年がたつとりつぱになります。もはや今日、明治以来八十年た
つておる。東北の人間も少しわか
つて来た。だから雪害問題も出た。その雪害問題もようやくほんものになろうとすると、
鳥取、
島根に及んで、日本海のかなたの沿岸にまで延長されるようなことにな
つております。私は廣川君が来たとき、君は福島県の出身だ、あの福島県の国有林をどうした、これを君やらなければ
大臣に
なつた資格ないぞと言
つたら、必ず松岡さんやる、先輩の松岡さんの言うことだから、必ずやると言う。やるのかしらんと思
つてお
つたら、何ぞはからん、国有林野整備
臨時措置法をや
つて、実力のない東北人に売
つて、どうして金がとれますか。ひ
とつ大臣お調べになるといい。あまり言いませんけれ
ども、東北の者は、
せつかく売
つてくれたところで、買えないじやありませんか。買
つたのはほんど
関東以西の人々です。みんな金を出して国有林をこの整備
臨時措置法ですつかり買
つておる。川俣君、よく調べてみればよくわかろ。東北は買えないです。そうでしよう。その前に帝室林野が開放されるときに、東北の方に何とかやろうと思
つたととろが、東北でも
つてこれを買うととができないものですから――ちやんとこれに書いてある。明治二十三年御料地に編入した策北地方所在御料地については、その縁故者資力乏しくして払下げ処分不可能なるものがあ
つたから、昭和四年特別処理案を定めて一部を直営地に回収し、一部一万二百三十
町歩を民間に無償払い下げた。ただでくれた、こう書いてある。いかに東北が貧弱であるかということがわかる。これは農林省が出しておる本で、松岡の私見じやありません。林野庁で出しておる本です。この林野庁の本を初めから見たならば、私は農林省のほんとうの役人であ
つたならば、涙なくしてこれを見るととはできなか
つたと思う。こんな間違
つた政治をどうして捨ておけるか。廣川農林
大臣は何をしていたかと思う。三年間で売
つてたいへん回収したかというと、回収はほとんどされない。延納の処分もあ
つて、日歩十銭、それを町村だというと六分五厘、その他のものだというと八分に延納されるようなぐあいにな
つておりますけれ
ども、町村に売
つてどうなる。これすなわち河合彌八君や農林省の林業についての大先輩である村上龍太郎君から、ちやんとわれわれに要請して来ておる。とういうような
臨時措置法をや
つたということは東北人にけんかさせようという
気持じやないかと臆測せざるを得ない。縁故のあるところの村に、みんな払い下げる。ない方にはどうするか。国有林のないところは、みなそつぽ向いています。こういうようなぐあいに、ただ明治維新当時の歴史にさかのぼ
つて処分しようとしても、縁故者はわからない。町村にあるからして町村に払下げをするという
臨時措置法でありますけれ
ども、この町村が払えない。金がない。貧乏である。そればかりでなく、さらに国有林のないものがこれをうらやんで、ばからしい、こんなもの聞くもんかというぐあいに、反間苦肉の策が農林省にあ
つたであろうかとさえも私は臆測せざるを得ない。ここのところはちよつとわからないかもしれません。けれ
ども国有林の所在地の村にこれをやれば、そこは喜ぶですよ。ところがその国有林のま
つたくないところのものは、一向平気です。けれ
どもどうしてこんなふうに東北に国有林があ
つたかというと明治維新当時の賊軍であるがゆえに、一言半句文句が言えなくて来たために
残つておる。これに反して、政治力の強いところの
九州の方では――
大臣はやはり
九州ですけれ
ども、
九州の場合には、た
つた訓令
一つで三千
町歩のうち九百
町歩が帰
つて行
つておる。宮崎県及び鹿児島県もそうである。こういうぐあいに、力のあるととろのものは、文句が言える。ちようど内灘のように何とか文句がつけられる。けれ
ども占領された当時に賊軍とせられたるがために、一言半句も言うことができず、唯々諾々として来たところの東北の国有林というものは、だれがこれを解決してくれるか。どんなごとしても、こんな間違いは許されない。雪害問題もそれである。しかしながら、幸いにも雪害は十年かか
つて法律にこれが入
つたからして、今日いろいろな問題が解決されておる。これと同じです。この国有林こそはほんとうに
考えなければならない。いわんや特別会計にな
つてからの、ずつと予算の
状態を調べてみますというと、二十五年から急増して行
つております。初めにはわずか五、六十億のものが、今日三百億にもな
つておる。とういうぐあいに上
つておる。そうしてその国有林の中には、むろん
一般会計から若干の金は来てるにせよ、
全国で三百二十六の営林局と営林署の中に、どこからこの金が行
つてるかといえば、大部分は東北の国有林から上
つたところの
収入でや
つておる。昭和二十六年の決算を見るというと、東北地方の収支、いわゆる総ての経費を払
つて十九億だけは、ほかの方にお手伝いしてる。貧弱なる東北の国有林の中から、昭和二十六年は十九億だけそれが行
つておる。これは事実です。特別会計の上にちやんと現われておる。
一般会計から若干は来てるけれ
ども。そうすると、結局、林野庁によるところの国有林特別会計というものは、ほとんど東北の大部分の森林からあがるところの
収入でまかな
つて、その前にはどうしたこうしたはありましょうけれ
ども、二十六年の決算を見るというと、十九億だけはちやんとほかの方にお手伝いしてる……。