○黒田
公述人 恩給法の一部
改正法律案に対しまして公述いたしまする私は、
日本傷痍軍人会代表の黒田明であります。
今回の
改正法律案に対しまして、私は次の二つの問題を除くほかは、その立法の趣旨にかんがみまして
賛成をするものであります。反対の二つの問題につきましては、その
一つは、今回の立法の措置におきまして、七項症の過去の増加
恩給受給者と、一款症から四款症までの傷病年金受給者に対する補償の打切りでございます。むずかしい法律論やいろいろな問題はそれぞれの専門の方々からるる公述がありましたので、私たち傷痍
軍人会といたしまして、この問題について、今までに国会に対してその他代議士諸先生
各位に対して陳情いたしましたその理由と要点は——この補償打切りの
恩給特別
審議会の結論といたしましては、その
一つは
国民感情、その二つは
国家財政の
見地から、その三つは軽症のゆえをも
つて、こういうふうに三つに要約されると思います。
その第一の
国民感情におきましては、か
つて恩給特例
審議会の答申案なるものが発表されるに先だちまして、新聞、ラジオその他の雑誌におきましての
国民的投書並びに輿論の容を集約いたしますると、まず第一に傷を負うた不具者である傷痍
軍人に対しては可及的すみやかに補償や
つてもらいたい、こういうことに帰結すると私は思います。ただ問題になりますのは、今次大東亜戦争の様相が、戦前戦後を問わず、国内においても戦場の一部と化した実例に徴しまして、ひとり傷痍
軍人のみが戦争犠牲者でない、こういうような感情的な論が入るのでありますが、しかしここで私たち
考えていただきたいことは、人間の社会におきまして、最もわれわれが安心をして会社人としての活動に参画できますところの
要素は、その個人の生命が
保障されることであると私は存じます。過去の徴兵法を読んでみますと、人間個人の自由意思というものは拘束されまして、至上命令の一片の紙片よりまして、本人が欲すると欲せざるとにかかわらず、行けば必ず死ぬか負傷するかというような激戦地に私たちはおもむかせられたのであります。しかも激戦の様相下においては一片の肉塊をもとどめずして、国を守り、
日本民族を守るために飛散した幾多のわれわれの戦友があります。しかも内地に帰りました傷痍
軍人は、人間の社会におきまして最も幸福なる
存在は、五体が健全であり、しかも肉親家族が相寄りまして食事をともにし、歓談の一時を過す、こういうような状態が上と下とを問わず一番われわれ人間会社における幸福な状態であると思います。しかるにわれわれ傷痍
軍人はそういう五体健全の人間の最も幸福なる現
段階における味わいもなく、しかも激戦場におきましては、戦争責任とかむずかしいことはなく、ただ単に祖国の繁栄と
日本民族の繁栄とのみを祈念いたしまして、一発一発の必中弾を敵中にぶち込んだわれわれであります。そういう者に対しまして、ただ一片の感情論や法律のりくつ論でこの不具者に対する
恩給支給の問題を論議するがごときは——われわれ人間社会に対する政治は愛情がなければならぬが、この政治の問題においては私は最も遺憾に思うものであります。この
恩給法の
改正並びに
支給に対しましては、以上申し上げました点におきまして、もつと深き温情と、しかも社会通念上から来る言説に重きを置いて決定をしていただきたいと私は思います。
その第二の問題でありますところの
国家財政の
見地でありますが、われわれ
日本傷痍軍人会のこの問題に対する見解といたしましては、
金額に対して幾ら補償していただきたいということは一度もお願いしたものではありません。少くとも現在の
国家の
財政におきまして、われわれが陳情その他のことにつきまして国会に参りましても、国会内に高級自動車が何百台となく日に動いておる
現状を見ましても、一たび都心に目を転じますならば、鉄筋コンクリートの高層なるビルが濫立しております
現状を見ましても、ここに第七項症から第四款症までの
復活を予想されまして、私たちがお願いしている十
一億ないし十二億の
金額が、はたして
昭和二十八年度におきまして、
国家一
年間の予算として九千何百億になんなんとする
財政上の
見地から、
国家財政を危殆に瀕せしめるような問題を加味するかどうかという点について、私しろうとでむずかしいことはわかりませんが、さようなことはないように思うのであります。
最後に軽症のゆえでございまするが、これは前回の
公聴会においても、それ相当の当路者が指一本くらいの軽症の者に
恩給を
支給することはいけない、こういう結論を出しておられたのでありまするが、
現行恩給法にははつきりと傷病表をもちまして、七項から四款症までの症状等差が出ております。それをごらんにな
つていただきますればはつきりいたしますように、どの一項目を見ましても、親指一本ない者に
恩給を
支給しないような症状等差はありません。少くとも
昭和八年の
恩給法改正当時は、
日本の
国家といたしましては、医学的な
見地からそれぞれの権威者を網羅して、あらゆる角度からこれに対して検討を加え、指一本なくした者が自己体内の生理的活動をするに対しましていかなる医学的支障を来すかという、高度な医学的
見地からこれを検討いたしまして、しかも私たちの総意をも
つて選挙いたしました代議士諸公によ
つて、国会の権威ある機関において慎重
審議結論を出した結果、この傷害等差表といたしまして局給法の
改正をして
支給した。この問題をただ
恩給法特例審議会がわずか限られたる短期間におきまして、医学的
見地からも、また医学的高度の体験もなくして、ただ結論的に観念論で、指一本の軽症者として断定を下した、私はその無責任きわまる言動に対しまして抗議を申し出たいのであります。かようなる
国家の既定法律をくつがえすがごとき重要なる問題を、しかもその法律をくつがえしたがために、激戦の後負傷いたしました十一万五千人の傷痍
軍人がその補償を打切られるような重大なる問題を、ただ単なる感情論や主観論の一片によ
つて法律から打切る、しかも公式の席上で堂々と発表するごとき不見識に対して、私は実に遺憾にたえない次第であありす。少くとも
政府におかたましては、
恩給法特例審議会におきましても、かような重大なる問題に対しましては、あらゆる各界の
意見を総合いたしまして、慎重
審議して、そうして七項症以下四款症までの補償打切りの結論を出すべきが至当ではなか
つたかと思うのでございます。この軽症の問題につきましては、
恩給法改正案が国会に上程されまするや、
日本傷痍軍人会はあげてこの是正に対してお願いをしたしておるのでありまするが、決して私たちは
国家財政を危殆に陥れてもこの第七項症から四款症までに対する
恩給の
復活をお願いするのではありません。
金額の多寡にかかわらず法律
制度に基いて、義務として戦地におもむいた彼らに対して、
現行恩給法においてはつきり
権利を認めている以上は、私たちは
金額の多寡にかかわらず
恩給の
復活をしていただきたい、かような陳情をいたしておりました。その結論的な
意見を申し上げますならば、占領軍当局はいわゆる懲罰を科する
意味で、われわれ傷痍
軍人並びに
遺族その他の
軍人に対しまして、
昭和二十一年二月一日に発せられましたポツダム宣言の受諾に伴う臨時特例、いわゆる勅令第六八号の処置によ
つてそれを打切られたのでありますが、今日
日本の国が堂々と独立をいたしました
現状におきましては、この
恩給法は独立
国家の権威ある法律として、一たびこの国会を通過してこれの施行を見ましたあかつきにおきましては、われわれ傷痍
軍人は心からこれに対する遵奉の義務に従わなければなりません。しかしいやしくも法を遵奉するその精神は、その法律の
内容においてわれわれ保護対象になる
国民の納得できる条文でなければならぬと私は思います。その保護を受ける一部の人間が、たといその一部の人間でも、この保護を受ける対象の中において
疑義があれば、これはゆゆしき問題だと私は思うのであります。従いまして七項症から四款症までのこの
復活に対しまして、重症者の私たち——かく申し上げます私も左大腿部から足を切断いたしました、第三項症の重度傷痍
軍人であります。もちろん今回の
改正法によりまして三項症に対しましてはお金がいただけますので、何らもらえない
人たちの運動あるいは
意見を述べる必要はないのじやないか、かように存じますが、しかし
国民の大多数に、今もなお激戦場におきまして戦友々々というこの
言葉を思い出していただきたいと思います。これは決して兵隊のみが戦友という
言葉を
使つている、こういうような
意味ではなくて、人間というものは激戦のさなかにおいて自分の私利私欲もなく、自分の尊い生命するも保証されない、真空な状態におきましての魂と魂、心と心の触れ合いを持つ、この純粋なる友の交わりがいわる戦友の用語であります。泥棒ひざを没するような温地作戦におきましても、昼なお暗きジャングル作戦におきましても、疲労困憊の極度に達し、一本のタバコもわけて吸い、
一つの乾パンも半分にしてかじる。この気持。しかもいつ何どき生命を失うか知らない。その場合においては親もなければ兄弟もない。その戦友が進んで死水をと
つてやるという、こういう人間社会の最も悲惨な境遇における魂と魂の触れ合いが、いわゆる戦友という称呼であります。こういう
見地からいたしますならば、六項症以上のわれわれが
恩給をもら
つてそれでいいんだ、こういうような無責任な傍観的な態度は私たちはとりたくないのであります。少くともこの機会におきまして七項症から四款症までの方々の
復活こそわれわれ重度傷痍
軍人がまつ先にひつさげてやるべきである。こういう
見地からお願いいたしておりますのと、もう
一つは少くとも権威ある
国家の法律として施行されたあかつきにおきまして、私はその立法の精神においても立法の措置におきましても、堂々たる威厳のあるしかも公平である法律でなければならぬという
見地から、七項症以下四款症までの
復活の運動をお願いしているのであります。
そこでもう
一つ不可解に思いますことは、この
恩給法特例審議会におきまして、七項症以下四款症までを打切る問題の過程におきまして、少くとも
現行恩給法にありますところの
文官諸公に対するこの傷害
恩給支給の条項が私は論議の問題に
なつたと思うのでありますが、その問題はそつとしておいて、同じ性質のもとに同じ一本の法律で
恩給をもらう
武官の第七項以下四款症までを打切
つておいて、得々としているかのごときこの特例
審議会の案に対しては、まつこうから私は反対をするものであります。少くとも
現行恩給法のこの
改正の
附則第五条の一条は、われわれ傷痍
軍人第七項以下四款症までの断じて黙過できない重要な問題であります。それは
文官恩給の七項から四款症に対しまするところの傷害別表によりましても、傷痍
軍人と同じ傷病名をもちまして、現実に七項症から四款症まで
恩給が
支給されております。今回の
改正案では、この
恩給法の
改正案が可決通過いたしましたならば、六箇月の猶予期間を設けておりますけれ
ども、今までの
既得権に対しては本人が一時金を希望する場合には一時金でもよろしい、また本人が傷病年金を希望する場合においては傷病
恩給でもよろしいという寛大なる選択性を認めておきながら、同じ
条件のもとに
国家公務員として傷を負うた傷痍
軍人の七項症から四款症までを断固としてここにおいてその
保障を打切
つたということに対して、私たちはそれが
国家の法律なるがゆえに納得できないのであります。こういう
意味から申し上げまして、私は七項症から一款症—四款症までの
保障の即時
復活をぜひともお願いする次第であります。
また、先ほどから
軍隊のない今日
恩給を
階級によ
つて設けるということはいけないという
意見もありましたが、私は
階級の
復活でなく少くともこの
恩給の
基準額を算出する必要上
階級を羅列したにすぎないと思います。その結論は、われわれ傷痍
軍人の問題になる傷病
恩給の項を見ますと、何らそこに私は
階級制度というものを重要視したという点を見受けないのであります。少くとも将官、佐官、尉官、准士官、下士官、兵というように大体六つの
階級にこれをわけている点から見ましても、私は今回の
改正法案が何ら
軍人の
階級を取上げて
復活されたということはないという
意味から、この問題に対して反対をいたします。
それからもう
一つ憲法第十四条の項から行きましても、傷痍
軍人の七項症から四款症に対する
保障打切りということは私はゆゆしき問題だと思います。前会の
公聴会におきましては、
軍隊のない今日
恩給を旧
軍人の資格によ
つて給することは、
憲法違反であるということが某大学教授の方から申されましたが、私はそんなことを論議する前に、むしろ
現行憲法によ
つてこそわれわれ八千万
国民の現実の問題を
考えるべきだと思います。そういう
見地から申しますならば、
現行憲法第十四条には
国民はすべて法のもとに平等であるということが明文されております。この明文から行きますならば同じ
国家公務員としての
文官恩給の七項症から四款症に
現行恩給法で
恩給を
支給しておきながら、われわれ同じ
国民である傷痍
軍人に対して七項症から四款症までを打切
つたことに対して、私は
憲法第十四条の違反であると断言いたしたいのであります。しかしその場合問題になるのは、
憲法第二十九条に個人の財産はこれを侵してはならない、しかし公共の福祉に適合するようにその
内容は法律で定めると書いてありますが、少くとも
恩給は、先ほどの
公述人の方も申されましたが、はつきりと個人の
権利であるということを私は断言いたします。それは喋々と論ずるまでもなく、
現行恩給法、いわゆる基本法の第一条をごらんになればわかりますが、
恩給ははつきり
権利と明記されております。こういう
見地から行きますれば
恩給は
権利であります。従
つてこの
恩給は現金をも
つて支給される場合、財産権であると断言してはばからないと思います。この個人の財産権を占領下のそういう特殊事情によ
つて一応われわれは
支給されなか
つたのでありますが、今回の措置によ
つて私たちの
権利が
保障されるにあたりまして、
政府は
国家的
財政の
見地からこれに対する検討を加えたと申しますが、
国家的
財政ということで、われわれの基本権をここで
保障を打切るという場合においては、公共の福祉を著しく阻害するかどうかという問題が私は論じられると思いますが、先ほ
ども申し上げましたように、九千何百億になんなんとする
国家財政の
見地から十一億、十二億の
金額がはたして公共の福祉を著しく阻害するかどうかという点について、私は専門家ではございませんから
疑義がありますが、この点についても私は一向にさしつかえないかと存じます。
以上申し上げまして、私は七項症から第一款症ー第四款症までの補償の打切りに対する第一にこの
法案の反対を申し上げます。
その二つは、増加
恩給受給者に対して現在人員につき家族加給を
支給していただきたい、こういう問題であります。これは給与規則とかあるいはその他の問題におきましても、現在社会のいかなる事業所におきましても、会社、工場におきましても、また
国家公務員におきましても、地方
公共団体の
公務員にいたしましても、一人子供が扶養の中にふえれば家族加給が
支給されております。しかし現在の
恩給法におきましては、負傷当時の家族に対して一人月額四百円、
年間四千八百円の家族加給を認めておりますが、それはどこまでも受傷当時と限定されております。
日本の徴兵法の建前から行きまするならば、戦闘能力を持
つて危険な戦地におもむいたその骨幹をなすものは、いわゆる二十歳代の青年であります。これは徴兵法によ
つて明らかでありまして、こういう若い人が戦地に行く場合には扶養家族というものはいないのが私たちの常識であります。あるいは非常に少いのでありまして、この
恩給法の家族加給によ
つて現在補償をされておる範囲はまことに少く、しかもこの条文は古い昔につく
つたもので、今日は
軍人恩給の
復活に対しましては現在の社会情勢を主眼的に
考えて論ぜられておりますのにかかわらず、この家族加給の問題のみは依然として昔に
改正したままで、この問題が論議されないことについて私は
疑義をはさむものであります。しかしもちろん
恩給法は給与規則とかその他のものと同一視することはできませんので、私はただここで、今後の
法案の
審議上におきましては、この問題について十分に御研究を願
つて、可及的すみかやに現在時による家族の加給をしていただきたいと思うのであります。私たち傷痍
軍人に対して家族加給を
支給するということは、いろいろとむずかしい理論もございましようけれ
ども、獲得能力を喪失したる、それをさらにかみ砕いて申しますならば労働の基本
条件に欠けておる、従
つてその欠けた者に対しては
国家は法によ
つてこの足らない分をカバーしてやる、こういうような
意味のもとに
恩給は
支給されておるのであれば、そういう獲得能力のない人間が必ず扶養家族をかかえて苦しい現在の社会情勢下におきまして
生活と闘
つておることを思えば、少くとも現在社会の経済機構に合致したるこの
法案の
改正によ
つて、現在時による家族加給を
支給していただきたいと思います。