○
三橋(則)
政府委員 加算に関しまする問題につきまして、まず
お答えいたします。加算の
制度につきましては、主要事項につきまして先日御説明いたしましたご
とくに、実際に
在職しなか
つたにかかわらず
在職したものとしての
取扱いをする。いわば想像上の
在職年を実際上の
在職年に加えて、そうして
在職年を計算するところの
制度でございますからして、短期のそして若年の
在職者に
恩給を給し、また
恩給金額も必然的に多額になる
ような結果となる
制度と申しても、過言ではないと思うのであります。従いまして今日のごとき脆弱なる
国家財政のもとにおきまして、こういう
ような
制度を存しつ、旧
軍人及び
遺族の
方々に
恩給を給しますということは、困難なことではないかと思うのであります。もちろん戦争前におきましては、
国家財政も許したことでありますから認められたこととは言いながら、今日においてはとうてい私は困難なことではないかと思うのであります。現にドイツにおきましても、イタリアにおきましても、こういう
ような
制度はと
つておりませんし、また戦勝国の
アメリカにおきましても、こういう
ような
制度はと
つていないのであります。そういうことを
考えますると、今日の脆弱なる
国家財政のもとにおきましては、とうていこういう
ような
制度を存続することは困難なことではないか、こういう
ように想像するところでございます、
それからその次には今度は、これは事実調査の問題でございますが、かりにこういう
ような
制度をとると、こういたしました場合において、どういう
ような障害が出て来るか、こういうことでございます。加算に関しますところの規定は、なかなか複雑な規定でございまして、この加算に関する規定はすでにお
手元に参考資料として配布してございまする資料によ
つて御
承知願えますご
とくに、かなり複雑にな
つてお
つたのでございます。従いまして従前加算をつけられてお
つたごとき加算をつけるといたしますならば、その加算をつけられろがごとき履歴簿あるいは、兵籍簿あるいは戦時名簿に——陸軍で申しますと兵籍簿、戦時名簿でありますが、あるいはまた海軍で申しますならばそれに
相当する
人事履歴簿でありますが、そういう
ようなものにはつきりと明記されていなければ、今日におきまして加算の
制度を
運営して行くということは困難なことと思うのでございます。ところで海軍におきましても、陸軍におきましても、
終戦時におきましては御
承知の
通り混乱の
状態に陥りまして、書類の散逸したものも少くございません。もちろん海軍は陸軍に比較いたしまして
人事に関する書類は整備されてはおりますということでございます。しかし陸軍関係におきましては、いろいろな
事情等からいたしまして、書類の亡失したものがかなり多いものでございます。また残
つておりまする書類にいたしましても、先ほど仰せられましたるご
とく、七〇%という数字を申されましたが、私七〇%あ
つたかどうかということについて実ははつきりしないのでございます。と申しますのは、大体全国におきまして兵籍簿の登載人員がどれくらいあ
つたか、こういうことをつかまえることさえもなかなか困難な実情書でございまして、正確な把握はできなか
つたような実情でございます。それで実際に戦時名簿あるいは兵籍簿が陸軍関係で残
つておりますもので、しかもこの加算に関する履歴のはつきりしておるものは何%かということにな
つて参りますると、私は半分以下でおそらく四分の一前後じやないかとさえも思うくらいでございます。そういう
ような実情でございますからして、かりに加算に関する
制度を昔のご
とくに
運営するといたしましても、事実困難なことと思います。
次に問題は、それならば加算に関しまして、従来の
ような
制度を改めまして、そうして違
つた角度から加算の
制度を設けて
運営することはできないか、こういう問題がまた出て来るわけでございます。その問題につきましても、いろいろと検討いたしたのでございまするが、もしも加算に関する書類が完備してお
つたといたしますならば、何分の一ということで加算を認めることが最も公平で合理的でいいと思うのでございますが、今申し上げますご
とく、書類が十分整
つておりませんためにそれもできません。
従つていろいろのことを想定して
考えましたが、加算をつけられる場合とつけられる人は、いろいろ種々雑多でございます、従いまして規定の設け方によりましては、非常な幸不幸がそこにまた出て来るわけでございます。しかもその
制度は合理的なものはとうていできかねる
ような実情でございます。次にそれからまた一面この際
考えなくてはいけないこととして私たちが論議いたしましたことは、もちろん生還されて来た方方のことも
考えるのでございますけれども、また他面におきまして
遺族や
重傷病者のことも十分
考えてあげなければいけないと思うのでございます。
遺族や
傷病者の方は、わずかの
在職年であるいは戦死された人の
遺族、あるいは傷つかれた方が多いのでございます。従いまして大体におきまして、加算をつけましても、
恩給年限に達しないであるいはなく
なつたり、あるいは
戦傷あるいは戦病にかかられた万が多いのでございます。そういうことを
考えますると、この加算の
制度を認めることによ
つて、その恩典に浴する者が
遺族、
傷病者よりも、そうでない人の方が多いという結果にな
つて来るのでございます。そういうことを
考えますると、
遺族、
傷病者の
方々に対しまして、十分なことができない今日におきまして、そういう
方々に対する
措置をそのままにしておきながら、今申し上げる
ような加算の
制度を動かして行くということは、はたして合理的な常識的な
措置であろうかということにまた思いをいたして来たのでございます。そういう
ようなことからいたしまして、情においてはまことに忍びないことではございましたけれども、加算の
制度というものは
理論的にも——
理論的といいますか、今日の
一般の感情条理から
考えまして、また事実問題から
考えまして、どうしてもこれはこの際とりやめにするほかないという
ような一応の結論に達した次第でございます。
それからもう
一つは、
通算制の問題でございますが、これも私はできることでございますならば、もちろん無
制限に
通算し得る
ようにしたいものと思
つて、実はスタートはそこから
考えて行
つたのでございます。ところでこの
通算につきましても、結局は書類のことに関係すると同時に、また他面には今申し上げますところの
遺族に対する扶助料の関係、また
傷病者に関する
恩給の問題と関連を持
つて来るのであります。この
通算によ
つて利益を得る者は一体どういう人かと申しますと、結局
遺族、
傷病者以外の
方々即ち
生存者にな
つて来るのでございます。そしてこの
通算をすることによ
つて、
恩給の
金額が瀞大を来すことにな
つて参ります。その結果は、
遺族と
傷病者に対する
処遇の、現在においても不満を表せられておるにもかかわらず、今後の改善もなかなか困難にな
つて来るのではなかろうか、こういう
ような気がするのでございます。これはその
財政上の問題であります。
それからもう
一つは、書類の点から申し上げますと、先ほど加算のことについて申し上げましたが、それと同じ
ように。この
通算をしますためには、どうしても履歴が整備していなければならない。ところが履歴が整備していないために、今から
軍人の
在職年に関する履歴を整備してかからなければたらないという実情でございます。
従つて何もかにも
通算をするということで、この
恩給を給することにいたしますれば、公平な支給はむづかしくなり、必然的に
事務の混乱を来すことは明らかであります。その
事務の混乱を来す結果といたしましては、おそらく
遺族の
方々とか、あるいは
重傷病者に関する
恩給を給する
事務も遅れて参るということも起
つて来るのであります。そういうことも
考えたりしますと、この際
事務上からいたしましても、
通算をするということは、何らかの
制限をつけなければ、公平な支給と旧
軍人及び
遺族の方に
恩給を給する
事務を円滑に
運営することは困難ではないか、こういう結論に達したわけでございます。そこでその
制限を、引続き七年ということにつけたわけでございます。その七年については、それなら
理論的な
根拠はどうかという
ような御
質問が出るだろうと思います。この七年についてでございますが、この問題を
考えまする際には、先に申しましたほかに、一時
恩給のことをどうしても
考えなければいけないと思います。一時
恩給の受給資格者は七年以上ということにいたしておるのでございます。七年以上にいたしました事由は、大体申し上げた
通りでございすが、仮にこれを三年以上ということにいたします。と、私のところに両復員局から大まかな推定として報告されている人員でも百八十万人に達するのであります。それで
恩給の
金額といたしましては、一時
恩給だけで四百六十五億円くらいになる見込みでございます。そういう
ようなことに必然的にな
つて来ることを
考えますと、無
制限に
通算し、また一時
恩給を給します
年限を下げるということも、なかなか困難にな
つて来るのでございます。そういう
ようなことを
考えまして、たいへん情においては忍びないことでございますけれども、たくさんの
方々に急速に
恩給を給する、しかも
遺族重傷病者に重点を置きつつ、円滑な
事務の
運営をして行くという見地から
考えましても、履歴を整備して、新たに
恩給を給する
措置を講ずる人々に対しましては、若干の
制限を加えることは、どうしても必要であるという結論に達した次第であります。