○安井
参考人 私は二十年来大学において国際法及び国際政治の研究に従事して来た者であります。その
立場からこの数年来現
政府のもとに進められつつある
日本の動きに対して、深刻な不安と憂慮の念を抱いておりますが、その念は今回の
日米友好通商航海条約ともまた深いところにおいて連なるところのものなのであります。私はもちろん
友好通商航海条約というものが、
経済的な技術的な性質のものであることは十分承知しております。また旧
条約が昭和十五年消滅して以来十数年にわたる無
条約時代、またサンフランシスコ
平和条約十二条によるところの暫定的な規定の時代、そのあとを受けまして、まとま
つた条約がつくられるということの意味ももちろん肯定をいたします。しかしそのような技術的な
協定であ
つても、それが現在の世界情勢のもとにおいて、
日本の
立場と結びつくときに、それがどういう意味を持つかという実質的な点、言葉をかえれば形式的な意味においてこれを取上げるのみならず、実質的な関連においてこれを
考えるとき、また形式的批判からは違
つた一つの態度をとらなければならないかと
考える次第であります。
その点に入る前に、戦後
アメリカが
関係諸国と
締結した
通商航海条約を一瞥するのも
一つの意味を持つでありましよう。周知の通り一九四六年に中華民国との
友好通商航海条約が
締結されましたのを初めとして、イタリア、ウルグアイ、アイルランド、コロンビア、ギリシヤ、イスラエル、デンマーク等の諸国との間に
通商航海条約が
締結されているわけであります。今私が申し述べましたところによ
つても明らかなように、これらは比較的弱い
立場を持つところの国々であると言えましよう。そういう点におきましては、これらの諸国との間の
通商航海条約のみをも
つては、現在の情勢における
通商条約の典型がきめられたとは言い切れないものがあるのではないでしようか。ヨーロツパの諸国との間においても、新しい型の
条約はまだつくられていないようであります。われわれが
考えたいのは、アジアにおいてわれわれと深い
関係を持つところのインド、そこの態度について伝えられるところには、外資導入の問題をキー・ポイントとしまして、この種の
通商条約の
締結よれに対して反対の態度を堅持しているようであります。特に外国資本によるところの重要
産業の支配に対する抵抗という意味においても、この種の
通商条約について、ネール首相のもとにおけるインドが
一つの反対の態度を持つことは、われわれにも
考えられるところであると思います。この点において、国会が十分の資料に基く審議をなさるように希望したいと思うのであります。そういうふうに
考えますと、今回のこの
条約は、必ずしも戦後の全般の趨勢を表現するものとは言えないところがありましよう。しかし、戦後つくられた
一つの
条約の型に沿いまして、ここにわれわれの国についてもすでに調印がなされたという事実は厳としてあります。
この
条約の特質は、いろいろな
立場の方々から、いろいろな意味において取上げられ。批判されるでありましよう。私はここにおいてあまりこまかい技術的な問題について立ち入る必要はないと思います。また私の
立場においてはそうしない方がよろしいと思うのであります。私としては、この種の
条約――これはきわめて技術的なものでありますが、
日本が今進めつつあるところの基本的な動向との関連において、これがいかなる意味において機能を果すかという点が、むしろこれに対する批判のキー・ポイントであるというふうに
考えるのであります。と申しますのは、この
条約の前文にも掲げられてありますように、過去の
通商条約とは違いまして、「
相互に有益な投資を促進」するという言葉がはつきりとうたわれておりますが、それは、条文の
内容を見ましても、さらに多くの意味において明らかに浮び上
つているところでありまして、これはその本質において、
アメリカの
経済力が世界において指導的な地位を持つ時代の
一つの
通商条約の型を示すものであると言うことができましよう。その点におきましては、か
つて有条件主義をと
つておりました最恵国待遇について、かなり前から
無条件主義に転換したのであります。それを最大限に推し進めておるという点におきましても、
アメリカの世界
経済、さらには世界政治における指導的
立場というものが、この
条約の裏つけをなしておることは言うまでもなかろうと思うのであります。そういう
一つの本質を持
つたところの
条約であるがゆえに、私の申したいところは、これがきわめて
経済的、技術的性格を持
つているものであるにかかわらず、一定の条件のもとにおいてはそれが特殊の役割を果すところの武器となる、その可能性をわれわれは十分に見てとらなければならないと
考えるのであります。
一例を申しますと、
平和条約というものは、あるいは
日本の独立を回復させるものと言われておりますが、そのような
平和条約も、過去において決してそういう無色なものではなくして、一定の現実的機能を果すものであるということは、
日米安全
保障条約との密接不可分の
関係においても、また具体的には中国との
関係のその後における展開から見ても、明らかでありましよう。いわば一国に独立をもたらすといわれておるところの、その意味においては無色なるがごとき
平和条約も、また世界において政治的に不安定の段階においては、
一つの現実的機能を果すことはむしろ当然ではないでしようか。われわれはサンフランシスコ
平和条約も、そういう角度から検討することが必要であ
つたのであります。同じことが今回結ばれますところのこのきわめて
経済的、技術的な
条約にも言えるのではないか、私の
考えはそこにあるわけなのであります。
卑近な例を申しますと、二人の対立するものに
一つの武器を与える場合、その武器がいかなる役を果すかということについては、やはり両者の諸条件にかか
つておるのではないでしようか。両者が同じような条件において対立しておる場合、あるいは友好
関係にある場合、その刀はあるいは平和的な意味において用いられるでしよう。しかし両者が一方を従属
関係、支配
関係に置こうとするようなそういう
立場におきましては、同じ武器が両者の手に渡されましても、それが
一つの違
つた機能を果すことは
考えられるところであろうと思うのであります。そういう点について
考えて参りますと、今度の新しい
通商航海条約というものは、これを単に中立的、
経済的、技術的なものとしてのみ
考えてはならない、むしろこれは
日本を取巻くところの全
条約体系との関連において、理論的にも実践的にも取上げなければならないと思うのであります。その点から
考えますと、今回の
条約は、それがきわめて形式的、技術的なものであるにかかわらず、やはりサンフランシスコ
平和条約、
日米安全
保障条約、行政
協定、さらに今度はMSAに関する
協定、この線に連なるところの一貫した
条約体系において、その実践的機能を果すものであると認識しなければならないと思うのであります。その点について私は、過去の
条約体系との関連も重要でありますが、特に現在進行しつつあるところのMSAとの
関係において、この
通商航海条約をとくと検討してみる必要があると思います。私はこの点について、
通商条約の観点からそのような理論を展開した文献を知りません。しかしながらたまたま、一橋大学
経済研究所長の都留重人教授が、MSAの観点からこれに論及いたしました点に、非常に深い興味を覚えたのであります。都留重人教授がここで取上げましたのは、MSAが重点であります。MSAはいろいろな要請を持
つておるが、特にそれは
アメリカの世界政策の推進であることはもちろんであるが、その中において次のような特質を持
つておる、それは、「
アメリカ的な自由
企業の奨励である。これは二重の意味をも
つている。すなわち、一方においてはたとえば国有化を排するという意味において、なるべく
アメリカ的な資本主義の体制を擁護しようということであり、他方においては、
アメリカの資本そのものがその自由な
活動の舞台を外国に拡げてゆくのを助長しようということにほかならない。」ということを言
つておる。あの
相互安全
保障法の第五百十六条の自由
企業の奨励に関する規定に触れておるのであります。今私は、MSAを直接に論じておるのではありません。都留教授はそのような理論の展開から、そういう問題はすでに
日米通商航海条約において規定されておることなのだが、「抽象的には同じ規定でも、それが
通商条約や
日本の国内法のなかにあるばあいと、MSA援助の条件としてもちだされるばあいとはちがう。むしろ、MSA法にこうした条項があるために、
通商条約のなかの同種の条項が一そう
日本などには不利に運用されることになるという心配さえある。というのは、一たんMSA援加を受けることにな
つてしま
つた国では、その援助のもつテコ作用はかなり大きなものとならざるをえないからである。MSAは、必らずや
日本国内に大きな
既得権益を生みださせる。そして
日本経済はMSAにともなう需給
関係を
一つの所与の条件として編成されてい
つてしまう。そうな
つてしま
つてから、MSAをやめるぞと云われれば、
日本経済はたとえ短期的にとはいえ一種の混乱を見こさざるをえないから、圧力に屈する可能性も大きくなる。MSA援助が大きければ大きいほど、このテコ作用は大となるだろう。つまりたとえ
通商条約のなかに明文化されていても、それだけでは容易に
実施できないようなことが、MSA法適用のおかげで
実施されるということにもなりかねないのである。」このような指摘を、MSAに関する論文の中で都留重人教授はいたしておるのであります。都留教授は私の信頼する
経済学者であります。私はこの点においてきわめて同感のところがあります。私がきようこの
意見の陳述において申す論旨も根本はそこにあるのであります。繰返し申せば、われわれは
通商条約の技術的色彩、それのみで問題の本質を見誤
つてはならない。むしろそういう
一つの技術的性格を持つところの
条約が、今
日本が進行しつつある歴史の過程において、またその持つところの
条約体系の中において、いかなる現実的役割を果すか、それがむしろ根本であろうと思うのであります。この点について私は念のためにつけ加えておきます。私は今回の
通商条約が
日本のある種の人々に利益をもたらすことも決して否定はいたしません。また
アメリカに在住する
日本人に利益をもたらしましよう。そういう事実を私といえ
どももちろん無視するものではありません。私の言いたいのは、それらの得られる
個々の利益その他いろいろなもの、そうしてまたそれが持つところの将来の
一つの現実的機能、私
どもはこれを明らかに較量して、その点からこれに対する態度決定をしなければならないと思います。つけ加えれば、決して一部の利益をも
つて全体の利益なるがごときそのような論法を、政治の世界において幾多とられるとはいえ、この場合においてもなされてはならないのでありまして、われわれはこれがいかなる利益をもたらすかについて、その点について立ち入
つた検討が必要ではないか、それが私の
考えなのであります。
きようはまだあとにも参考
意見を述べられる方があると思うので、私はきわめてキイ・ポイントを申しまして、あえて希望をつけ加えさしていただけるならば、私の
考えによれば、今回のきわめて技術的な性質を持つところのこの
通商航海条約は、
わが国が進みつつある歴史の中において、またその上につくられつつあるところの
条約体系の中において、特殊の現実的機能を果すものであると思うがゆえに、特に今進行しつつあるMSA
協定との問題については深い考慮を払
つていただきたいということなのであります。具体的に申せば、MSA
協定がその具体的な全貌を明らかにするまでは、もしできれば私は
通商航海条約の
批准を延ばしていただくというような切なる希望を持
つております。これは国会においてどのようになるかは私は存じません。ただ私は一個の科学者として、現在進行しつつある
日本の進路を痛切に憂慮するものとして、
通商条約について
意見を申し述べよと言われるならば、以上の角度から
意見を申し述べて、そうしてそれについては特にMSA
協定との
関係において、今のような具体的な希望を申し添えておきたいと思
つたのであります。
簡単ではありますが、これで私の
意見を終ります。