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1952-12-06 第15回国会 衆議院 予算委員会 第9号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十七年十二月六日(土曜日)     午前十時三十六分開議  出席委員    委員長 太田 正孝君    理事 尾崎 末吉君 理事 小坂善太郎君    理事 塚田十一郎君 理事 井出一太郎君    理事 川島 金次君 理事 勝間田清一君       相川 勝六君    淺利 三朗君       石田 博英君    植木庚子郎君       植原悦二郎君    岡本  茂君       加藤常太郎君    北 れい吉君       重政 誠之君    島村 一郎君       田子 一民君    塚原 俊郎君       永野  護君    灘尾 弘吉君       西川 貞一君    貫井 清憲君       原 健三郎君    南  好雄君       森 幸太郎君    山崎  巖君       小島 徹三君    櫻内 義雄君       鈴木 正吾君    中曽根康弘君       早川  崇君    古井 喜實君       松浦周太郎君    宮澤 胤勇君       石井 繁丸君    河野  密君       西尾 末廣君    西村 榮一君       平野 力三君    水谷長三郎君       伊藤 好道君    稻村 順三君       上林與市郎君    成田 知巳君       八百板 正君    福田 赳夫君  出席国務大臣         運 輸 大 臣 石井光次郎君         建 設 大 臣 佐藤 榮作君         国 務 大 臣 本多 市郎君  出席政府委員         大蔵政務次官  愛知 揆一君         大蔵事務官         (大臣官房長) 森永貞一郎君         大蔵事務官         (主計局長)  河野 一之君         大蔵事務官         (主計局次長) 石原 周夫君         大蔵事務官         (銀行局長)  河野 通一君         通商産業政務次         官       小平 久雄君  委員外出席者         参  考  人         (早稲田大学教         授社会保障制度         審議会委員)  末高  信君         参  考  人         (東京大学名誉         教授)     神川 彦松君         参  考  人         (農林中央金庫         理事長)    湯河 元威君         参  考  人         (東京商工会議         所理事中小企業         委員会委員長) 五藤 齊三君         参  考  人         (日本鉄鋼産業         労働組合連合会         副委員長)   清水 愼三君         参  考  人         (早稲田大学教         授)      河部 賢一君         専  門  員 小林幾次郎君         専  門  員 園山 芳造君         専  門  員 小竹 豊治君     ————————————— 十二月六日  委員青野武一君辞任につき、その補欠として伊  藤好道君が議長の指名で委員に選任された。     ————————————— 本日の会議に付した事件  昭和二十七年度一般会計予算補正(第1号)  昭和二十七年度特別会計予算補正(特第1号)  昭和二十七年度政府関係機関予算補正(機第1  号)     —————————————
  2. 太田正孝

    太田委員長 会議を開きます。  これから、昭和二十七年度一般会計予算補正案外二件に関しまして、参考人のお方々より御意見をお聞きすることにいたします。  開会にあたりまして、出席参考人皆様方に対し一応ごあいさつ申し上げます。本日は何かと御多忙中のところお繰合せの上、貴重な時間をさかれまして御出席を願いましたことは、厚くお礼を申し上げる次第でございます。申すまでもなく、目下本委員会におきまして審査中の補正予算は、今国会における重要なる案件でございますので、当委員会におきましては、広く各界の学識経験者の御意見をお聞きして、その審査を一層権威あらしめ、遺憾なからしめようという考えであります。この際皆様方より貴重なる御意見を承ることができれば、本委員会の今後の審査に多大の参考となることを期待いたすものでございます。参考人の各位におかれましては、そのお立場立場から腹蔵なき御意見を御開陳願いたいと存じます。  なお議事の順序を申上げますと、参考人の御意見を述べられる時間は大体三十分以内にお願いいたしまして、御一名ずつ順次御意見の開陳及びその質疑を済まして行くことにいたしたいと思います。それではまず早稲田大学教授社会保障制度審議会委員末高信先生から御意見をお聞きすることにいたします。末高信君。
  3. 末高信

    末高参考人 補正予算案につきましての私の見解を申し述べたいと存じます。  立場社会保障ということに置きまして、意見を述べたいと思います。個個の問題に入るに先立ちまして、総括的な見解をまず述べてみたいと思います。それは講和後の経済財政に関しまする国の政策の基調は、まさに社会保障制度実現になければならないと私は深く信ずるものであります。それは社会保障という一つの機構を通じまして、国民所得の再分配を行うことによりまして、第一に憲法において保障せられておる国民最低生活保障するということと、第二に購買力国民に追加することによりまして、資本家的生産方法によつて生産せられるところの商品の販売を確保し、かく経済の運営を円滑にすることになると考えるからであります。生活の安定と保障とがあらゆる政策、あらゆる政治中心であり、そうして生活保障こそ社会保障実施によつてのみ確立することができると考えるのであります。民主主義政治政党による政治でございますが、わが国政党で、社会保障に対しましてまつ正面から反対するものは、もちろんございません。いずれも何らかの程度におきましてこれを実現する熱意を持つておられるようであります。しかしながらその熱意——賛成と申しましても、種々の段階があり、ニユアンスがあるように思うのであります。先般行われましたところの総選挙における各党の公約を見ましても、ある政党はこれに対して部分的な実現約束いたしておりますが、総括的に社会保障制度実現を必ずしも約束しておらない。ところがある政党になりますと、ソ連のように国家経済行動をとらない限りは、実施し得ないような社会保障制度を主張しているものでございます。またその中間におきましては、イギリス式社会保障制度全面実施をうたつているところのものもありますし、また一昨年社会保障制度審議会から勧告せられた勧告の線で行こうと主張せられる政党もあるのであります。私はこれらのどの程度社会保障制度実現日本に望ましいかということについて、いろいろ御論議もありましよう、私自身の見解もあるのでありますが、しかし議論を省略いたしまして、一応日本におきましては、社会保障制度審議会勧告実現こそ、なし得る最大限度のものではなかろうか、またそれを実現することが、刻下の急務であるという観点に立ちまして、私の議論を申し上げたいと思います。  社会保障制度につきまして、先ほど申し上げましたように、どの政党でも一応の賛意は表している、一応の実現約束しているのでございますが、まだ人によりますと、こういう誤解があるのであります。それは社会保障制度は惰民を養成するところ制度ではないか、こういうような御心配をしている向きがあるのではなかろうかと思うのでありますが、これは私はとりません。それは、第一に生活に対して一応の基礎が与えられることが、むしろ勤労意欲の根源であると考えるものであります。第二に、窮乏に陥る前に生活の立ち直りの機会を与えるということが、政治の要諦ではないか。第三に、純然たる無料の生活保護部門をできるだけ圧縮する。第四番目に保険料を徴収するところ社会保険部分を強化することによりまして、自分自分生活責任を持つのだという責任感を高めるということになると考えます。従いまして審議会勧告も、そのような配慮と、そのような線に沿うてなされているものであると私は信じております。私どもの前に出されております補正予算案は、社会保障という見地から見ますと、はなはだ物足りない、遺憾の点が多いのであります。これから私の主張する補正を加えるためには、約八百億円の財源を必要とするのでありますが、多くの方々はその財源が見つからないから、社会保障制度のその実現は繰延べなければならないというのが、ごく普通の考え方であると思うのであります。そういう観点に立ちまして、国では一昨年社会保障制度審議会からの勧告を受けたにかかわらず、まだその実現方途が講ぜられていないのではないか、こういうふうに考えるのでございますが、しからばかくのごとき社会保障制度実現ため財源というものがあるかと申しますと、私の立場に立ちまして、その財源の一端をここで申し述べてみたいと思うのであります。  今般の補正予算案におきましては、最低所得者ため税率の引下げが行われるようになつております。この点たいへんけつこうでありますが、しかし高額所得者に対しましては、税率はそのまま据置きであります。百分の五十五ということになつておりますが、これは諸外国の例を見ますと、イギリスにおきましては、御承知通り九七・五%、ドイツは、西独も東独も同じように私は覚えておりますが、九五%であります。アメリカにおいてさえも八三%という高額所得者に対する課税率が決定しておるのであります。高額所得者に対するところ課税を五五%という線に押えることによりまして、わが国においては、重大な課題である資本蓄積の役に立てようというのが、基礎的な考え方であろうと思うのでありますが、この両三年経済審議庁の調査によりますと、わが国資本蓄積国民所得の二五%になつている。アメリカその他の諸外国におきましては、大体一〇%という線がごく普通の常識になつております。こういうような意味におきまして、私はそこに多少社会保障に向けられる財源があるのではなかろうかと考えております。  第二に、徴税率を見ますと、私どもに示されておる補正予算概算書によりますと、昨年度におきまして、源泉課税におきましては一一三%の徴税率を示しておるにかかわりませず、申告所得におきましては七三%の徴税率である。これは私ども勤労階級に対しましては正確に徴税をいたしておりますが、そうでない階級に対しましては、比較的徴税率において遺憾の点があるのではなかろうか。これらの点も追究して参りますと、社会保障実現ため経費財源をそこから見出すことができるのではなかろうかと考えております。  第三といたしましては、このたびの補正予算におきまして、財源約一千億円というものを、大体において自然増収に依存しておるように考えます。この自然増収は当初においてあるいは考えられていたのかもしれませんが、これは補正予算によつて年度内における支出をまかなうために、隠し予算としてお持ちになつていたかとも考えられるのでありますが、これらのものを当初において見込むならば、約八百億円の財源社会保障実現ため財源というものが、そこにある程度見出し得るのではなかろうか。  第四番目の財源として、私が御指摘申し上げたいのは、これは軍人恩給復活ため財源、これはまだ予算案にも出ておりませんし、あるいは明年度予算におきまして、ある程度これが実現せられるのではなかろうかと思うのでありますが、伝えられるところによりますと、六百五十一億という平年度予算、これはしかし公務員の二割ベース・アツプを見込みますれば、平年度において約八百億円、さらに初年度におきましては百七十五億円の一時年金と申しますか、一時金のため予算を必要とする、かれこれやがて一千億にもなんなんとする予算が、職業軍人ため恩給復活に必要である。おそらくこういうようなものは、優先的に認められようとするのではなかろうかと考えておりますが、これらのものを社会保障の方に振り向けるならば、私ども社会保障制度審議会から勧告を申し上げました案が、ただちにそのまま実現できる、こういうように考えておるのでございます。なぜ私は八百億の予算があれば社会保障制度がほとんど私どもの考える線におきまして実現できると申すかといいますと、一昨年の社会保障制度審議会からの勧告案は、国家負担が八百八十億とせられております。これは朝鮮事変直前見積りでございますから、その後の物価値上り等見積りまして、かりに五割増しといたましすと、千三百二十億円でございます。ところ昭和二十七年度のすでに実行中の当初予算におきまして、社会保障関係の費目を私が拾つてみますと、七百四十八億円に上つております。従いまして千三百二十億円との差額、五百七十二億円というものがありますならば、社会保障制度審議会勧告の線におきまして、りつぱに社会保障制度実現できると思うのでございます。  さて次に制度の個々の問題につきまして、いささか私の意見を開陳したいと思います。社会保障実現ためには、もちろん国の生産力発展して行かなければならない。富の生産が行われなければならないことは当然でございますが、しかし一方におきまして現に八千五百万の人口を擁し、この四大島のうちに押し込められている日本といたしまして、今後の産業発展経済発展等によりまして、はたして今後増加して行くところ人口を吸収して、なおかつ生活水準を準次高めて行くという方途を、私どもは見出し得るかどうかということになりますと、非常に疑問であると思うのであります。人口問題を処置するところの方策につきまして、補正予算におきまして何ら考慮が払われておらないということは、私社会保障観点から申しまして残念に思うのであります。  それから第二、社会保険あるいは社会保障は、保険的部分とそれから経済的扶助部分の、二つからなつておるのでありますが、その保険的部分のうち、被用者——人に雇われている階層に対するところ社会保険というものが、最も中心をなすものであることは論をまたないところでございます。この被用者に対するところ保険は、現在健康保険厚生年金保険失業保険並びに労災保険等の形において行われております。ところがこれらの保険はいずれも五人未満事業所に雇用せられている勤労者に対しては、その恩恵を及ぼさないのでございます。申すまでもなく、かくのごとき零細企業に雇用せられている従業員生活の安定こそ、私どもは最も力を入れなければならないと考えるのでございます。現在のそれからの被保険者は、いずれも大体七百万人ということになつておりますが、五人未満事業所に雇用せられている従業員を入れますと、約九百五十万人で、二百五十万人というものが追加せられると思うのでございますが、それらのものに対して社会保障あるいは社会保険実施しなければならないということは、私どもの深く信ずるところであります。こういうことにつきまして、今度の補正予算におきまして何らの措置が講ぜられておらない。伝えられるところによりますと、五人未満事業所を捕捉することは、わが国行政能力の限界を越えるところのものである、こういうことを言う諸君があるのでありますが、私はそうは思いません。たとえば税務署の役人の方々は使用人などは一人もおらないというようなお店に対しましても、工場に対しましても、これを追求し、捕捉しているのでございます。社会保障あるいは社会保険観点に立ちまして五人未満事業所を押えることができないということは、私ははなはだ遺憾に思うのでございます。そういうことは万あり得ないことであると考えております。  それから第三に、厚生年金の改正につきまして、今現に社会保険審議会において研究せられているのでございますが、これにつきましては給付費国庫二割負担ということが強く要請せられております。一般勤労階級の老後並びに遺族生活の安定に対しまして、国家はまさに給付費の二割負担実現すべきであろうと考えております。  さらに第四番目といたしまして、社会保険によつて行われる医療に対しまして、医療費国庫二割負担ということが強く要望せられております。社会保険による医療費総額というものは、今日私ども見解見積りにおきましては、年間約六百億円と考えられております。それに対しまして二割負担ということになりますと、百二十億円の国庫負担ということになるのでございます。これは生活保護、いわゆるカード階級と申しますか、生活保護を受けられる人々の実態を調査してみますと、今年度生活保護経費は、御承知通り、二百五十億円、都道府県の負担額を入れまして三百億円でございますが、その半額は医療扶助に対して使われているのでございます。従いまして健康保険を枢軸とする国民健康保険等医療費国庫二割負担実現せられるならば、この生活保護によつて与えられておる百五十億の医療費というものが、合理的に解決できるということを私は確信いたしております。  なお医療保険に関連いたしましても、国民健康保険の再検討ということを申し上げなければならないのでございますが、今日の国民窮乏最大の原因は疾病、それからそれに伴う医療費負担というところにあることは、先ほど御指摘申し上げましたように、生活保護費の約半額が医療扶助によつて占められていることによつてもわかるのでございます。従いましてこの国民窮乏を救うということのために、まず国民健康保険徹底普及が行われなければならないのでございますが、それがためには国は法律を改正いたしまして、国民健康保険の町村に対する強制実施ということが行われなければならない、そういうような措置に関しまして、補正予算は何らの考慮が払われておりませんことに対しまして、私は非常に残念に思うものでございます。  それからさらに、社会保障制度審議会勧告によりますと、七十歳以上の老齢者並びに遺族等に対しまして、無醵出年金を行わなければならないということが勧告せられているのでございますが、これに要する費用は、大体において百五十億円と見積られております。こういうことにつきましても、補正予算は何らの考慮を払つておらない、こういう点につきまして私疑問に思うものでございます。  次は、今日社会保障観点に立ちまして非常に不便を感じますることは、各社会保障のそれぞれの部門が各官庁、役所によりまして分割実施せられている、従いましてその行政一元化ということが叫ばれているのでございますが、それがためには社会保障省というような省の設立が望ましい。そうでありませんと、一般被用者並びに事業主は、社会保障ために、たとえば失業保険あるいは厚生年金保険あるいは健康保険あるいは労災保険等、それぞれ別の役所に連絡し、別の役所保険料を納付し、別の役所から保険給付を受けなければならないという、非常な不便があるのでございますが、それらの事務的、労力的な国民のロス、浪費というものは、莫大なものに上つていると思うのであります。これの一元化方途が、今度の補正予算におきまして何ら考慮せられておらないということにつきまして、私は非常に残念に思うものでございます。  それから最後に申し上げたいことは、社会保障制度審議会の現在の実情でございます。これはまさに皆様が御承知通り、へびのなま殺し的存在であると私は極言しなければならない。従いましてこの社会保障制度審議会、これは審議会設置法という法律によつて設置せられている審議会でございますが、あれに活を入れて、ほんとうの仕事をやらせるためには、もつと予算的措置が行われなければならない。補正予算におきまして、その措置が何ら講ぜられておらない。もしも社会保障制度審議会の状態を今日のままでよしとされるならば、私はむしろその廃止を主張したいと思うのでございます。しかしもちろん私の意のあるところは、廃止でなくて、その拡張充実をこそ望むものでございます。  以上のような点がございますが、しかし今度の補正予算におきまして、社会保障制度観点から、非常に妥当であると感謝を申し上げたい点も二、三あるのでございます。それは私どもが多年要望しておりました社会保険料に対する租税の免除でございます。所得税免除ということが、今度の補正予算において取上げられていることは、私のたいへん喜びにたえないところでございます。  私の申し上げたい意見は大体以上をもつて尽きております。(拍手)
  4. 太田正孝

    太田委員長 末高先生の御意見を拝聴いたしまして、まことにありがとうございました。何か御質疑はございませんか。石井君。
  5. 石井繁丸

    石井(繁)委員 ただいま末高先生が、社会保障制度の面におきまして、補正予算が非常に物足りないところがある、こういうふうな意見を述べられたのであります。ここで実際問題となりまして、今度少し頭を出したのが、老齢軍人に対して年末に少し手当をやろう、こういうふうな問題が出て来ておるのであります。おそらく軍人恩給に対しまして、いろいろと各方面から、あるいは国会に対する請願、陳情、こういうふうな線が出て参りまして、相当にこれが予算に盛られるようになるのではないか、こういうふうにいわれておるのであります。ところが御承知通り世間一般の非難は、軍人敗戦責任があるから、こういう者に対して軍人恩給ということは不当ではないか、こういうふうな意見があつた。あるいは財政上の問題におきまして困難ではないか、こういうふうないろいろな意見があるのでありますが、軍人にしましても、あるいはまた文官にしましても、一応現在の恩給戦争終了前の恩給法等に基いて支給せられるということになると、軍人にだけ恩給をやらないで、文官にだけやる、こういうことは不公平である。やはり文官もずいぶん戦争には協力したし、特に当時の警察の官僚等は、軍人以上にいばつて戦争に協力もしておるのじやないか、こういうふうな意見が出る。そこで軍人恩給並びに文官恩給という問題を、軍人恩給復活を目ざしまして根本的に考え直さなくてはならぬのじやないか、こう思われるのです。そこで一言お尋ねしたいのは、文官恩給をくれるのならば、やはり軍人にも戦前の法律に従つて支給すべきである。特に戦争中においての戦地加算、こういうのは、一年が四年にもなるというふうな問題があるが、特に傷病軍人等は、ああいうふうな法律があると、われわれが戦争にとられたときにおいては、これによつて保護される、こういうふうなことで、勇躍国務にもついたという点も考えられる。そういうことを考えてみると、額がふえるから軍人関係のは、これを何とかしなければいかん、文官のはそのままでいいのじやないか、こういうふうな議論は成り立たないと思うのであります。やるのならば全部やれ、もし経費関係上なかなかそれができないならば、軍人恩給文官恩給というふうな面については、一つ社会保障制度の上から根本的に考え直さなければならないのじやないか、こういうふうに思われるのでありますが、これに対する御意見をひとつ承つておきたいと思うのであります。
  6. 末高信

    末高参考人 お答えを申し上げます。私は軍人恩給復活に対しましては賛成できないのであります。その理由は、終戦の当時、あの敗戦直後のわれわれ国民といたしましては、茫然自失いたしまして、どういう立場において国の再建をするかということについて苦慮したのでございます。その当時私どもはあるがままの姿で、す裸でもつてこれからやろう、戦争中あるいは戦争前のすべての約束は一応ほごにしようというようなことであつたと思うのであります。従いまして戦時補償であるとか、あるいはその他のすべての戦争中の約束は一応御破算にせられたのであります。私は軍人諸君にのみ敗戦の責を負わせるというようなつまらない考えを持つていません。もしも敗戦による責があるならば、全国民が負わなければならないと考えています。従いまして軍人諸君とわれわれ国民はみなす裸になつて出直したということが実情であつたと思います。私どもは、たとえば勤労動員に参加いたしまして、からだをこわしてなくなつた者もございますし、あるいは学徒動員でなくなつた者もおりますし、あるいはそのほか廃疾になつて病床に呻吟しておる者もあります。もちろん数百年来祖先から伝わつた家の家業を失い、あるいは財産を全部失つて、今路頭に迷つている人は幾らでもあるのでございます。それらの者に対しましては、国家は何らかの補償を今日においてもやつておらないのでございます。従つて私は全国民の犠牲においてあの戦争が行われたのであり、軍人諸君もまた同様にわれわれ国民とともにその犠牲を負うべきである。しかしながら文化国家として、あるいは福祉国家といたしまして、国民生活を最低の線において保障するということはぜひやらなければならないことでありまして、それは軍人諸君とわれわれ国民とをこめて、まつたく無差別平等の原理において実施せられるべきである、こういうことを私は考えております。従いまして、先ほども申し上げましたように、軍人恩給復活ため審議会におきまして出ました結論を、そのまま実施するといたしますと、平年度におきまして六百五十一億、二割のベース・アツプをいたしますと約八百億というお金が必要であるということになるのでございますが、これを社会保障の方に持つて参りますと、私どもは今日の立場におきましては、国民が納得し得る水準におきまして、国民全体の生活保障せられるということを信じておりますから、そういう観点におきましてあの軍人恩給復活に対しましては賛成しがたいのでございます。
  7. 石井繁丸

    石井(繁)委員 ただいまの末高先生の言われた通り軍人恩給復活については、国民ともに犠牲を払つたのだから——そこで先ほど私が言つたのは、それではなかなか軍人の方が納得しない。というのは、戦前のことは一応御破算にするならば、全部文官もやつたらいいじやないか。内地にいていろいろといばつておつた人間より、戦地に行つて犠牲を払つた、特に応召の軍人などは非常に大きな犠牲を払つておる。そこでそういうことになると、やはり文官恩給軍人恩給というものを両方取上げて考えないと、議論が一貫して来ない。ただいま先生がおつしやつた通り、やはり内地におけるものも、戦地におけるものも、軍人だけが戦争責任があるとはいえない。特に応召軍人等に責任があるとは申せないわけであります。そこで戦前における文官恩給との関係はどういうふうにお考えになつておるか、これをひとつ承つておきたい。
  8. 末高信

    末高参考人 お答えいたします。文官恩給は公務員の給与体系とにらみ合せて、今後重要な課題になります。従いまして今文官恩給制度の改正ということが、これまた問題になつているのでございますが、社会保障制度審議会におきましては、これはやはり民間の勤労者とあまり不公平のないような方法において、これを改善して行きたい。しかしそれは公務員の給与体系というものの根本的な検討の上に、徐々に恩給を包含しながら考えて行くという線でもつて私は今考えておりまして、この点につきましては今後のいろいろの研究と、従いまして調整にまちたい、こう考えております。
  9. 石井繁丸

    石井(繁)委員 どうも触れたがらないのですが、ひとつ戦前のことについては、お互いに軍人文官日本敗戦に導くように協力したものじやないかというふうに、軍人方面からは意見が出て来るわけです。そこで軍人恩給は全然いかぬというならば、文官恩給も戦前の問題については、やはり軍人同様一旦御破算にすべきじやないか、こういう意見が非常に行われておるのでありますが、その点についての御意見を戦後のことについては、また戦後のことであるが、やはり軍人恩給も戦前のことである。やはり今の文官恩給も大体戦前のものでありますから、その問題についてひとつ御所見を承つておきたい。     〔委員長退席、小坂委員長代理着席〕
  10. 末高信

    末高参考人 その問題は私の考え方といたしましては、今後の公務員の給与体系のあり方と非常に関係を持つておりますから、それと関連して考慮すべきものであると思います。その際戦前ないし戦時中の年限についての計算というようなものは、打切ることが妥当であるという線が出て来れば、むろんそうなりましようし、また国民の一員といたしまして、公務員もまた一介の勤労者でありますから、従つて老後の生活の安定ということを、一般の公的扶助にたよらない方法においてこれを考慮するということになりますと、今日の恩給制度をどうするかということが、またあらため考慮せられなければならない、かように考えておりますので、いまそれを即座に廃するかいなかということにつきましては、私は問題を残していると思うのであります。
  11. 塚田十一郎

    ○塚田委員 末高先生にお尋ねいたしたいのでありますが、国民所得のうち蓄積に向けられる部分が、わが国では二五%、アメリカでは一〇%というお話を伺つたのでありますが、しかし日本経済の実情を考えてみますと、蓄積の絶対量は、二五%の現在でも十分であるとは、おそらく先生もお考えになつておらないと考えます。また一方消費に向けられている部分が非常に総体的に少いために、社会保障が十分でない。従つて憲法の保障しておる最低生活保障も、十分でないということも私ども同感に思つている。しかしどちらも十分ではないのでありますが、結局どういうぐあいに配分して行くかというと、経済全般のにらみ合いから行くのが、一番日本経済財政の上に必要だと思う。それで先般社会保障制度審議会から御勧告なつたものがあるのでありますが、私まことに不勉強で中をよく検討しておらぬのであります。あのときに御勧告なつたものの基礎に、国民所得のどれくらいの部分を蓄積に向けたらいいか、どのくらいの部分を消費に向けたらいいのだというような御検討が、もしあつたならば——もしあのときのその基礎においてするならば、先生が何が現在の日本経済全体について、そういう面の御検討になつているものがあればお聞かせ願いたい。
  12. 末高信

    末高参考人 一昨年社会保障制度審議会から提出せられました勧告書の内容につきまして、もちろん数次にわたつての検討が行われたのでありますが、そのとき国民所得のうち、どのくらいが蓄積に向けられ、どのくらいが消費に向けられることが適当かということについての結論は、私の記憶する限りには出ておりません。私は世界的に見ましても、どれだけの蓄積が必要で、妥当で、どれだけの蓄積が分を越えるものであるという線が出て来ないと思うのであります。結局国の経済の運営につきまして漸進的な発展が遂げられるような方式がとられなければならない。それがためにもちろん日本におきまして、二五%の蓄積はややパーセンテージから申しまして、過大ではなかろうかと私は考えております。しからば資本の高進と申しますか、資本設備を新たにして行く、あるいは充実して行く、拡張して行くという資金をどこに求めるかというと、私はしばらく外資の導入にまたなければならないと思う。この点につきましての感想を申し上げますれば、かように考えております。
  13. 淺利三朗

    ○淺利委員 私はおそく参りましたので、末高先生の全体の御意見についてお伺いすることができませんでしたが、先刻のお話の中に、人口問題の解決が重要であるが、この問題について何ら補正予算に計上がないのは遺憾である、こういうお話であります。この問題はまことに重要な問題でありますが、この予算的措置をする上には、人口問題の解決はどういう方法でやるかという結論が示されなければならぬと思うのであります。何か人口問題について先生の高説なり、お考えなり、そうしてこれを予算化するにはどういう方法で、どの辺に盛ればいいかというような、具体的な御意見があるならば、それをまず第一に伺つておきたいと思います。  もう一つ、先刻石井君からの御質問がありましたが、御答弁は軍人恩給文官恩給との間に差等をつけて、軍人恩給に限つてこの際御破算にするということは穏当でないじやないか、やるなら文官恩給も同様じやないかという問題に対しては、給与体系との関係においてこれは再検討すべきであるということで、この二つの問題について同等に取扱うという結論は出ておらぬようであります。もちろん日本恩給制度というものの性格を考えてみますと、公務員にいたしましても、すべてこれが現実の給与があまりに低く、その目の生活を保持するに足らぬところの最小限度をもつてつておる。であるから、一旦職を失えば、老後の安泰を期することはできないという意味において、恩給によつてこれを補うというのが、今日までの恩給制度の体系であると思います。この問題は前から異論がありまして、むしろ一時賜金にしてやつたらいいじやないか、そうすればその金を活用して、新たなる生計の道を開くこともできるという議論もあるのであります。ことに従来の恩給制度等の弊害は、ややもすると——今日はいろいろ労働組合その他公務員法という制限がありますけれども、その当時は官庁の一方的行為によつて、どしどし首を切る。それは予算の制約がないからであります。最近においては、人員整理という場合には、ある程度の一時賜金をやるというような予算措置を講じなければならぬ。ところが当時はそれがない。将来の恩給にまつというやり方でありますから、どんどん首を切り、人を入れかえた。それによつて日本恩給というものは増加して行つた。もしこれが退職金で多くの金を与えるということになれば、そういうことは軽々しくできない。ここに恩給制度の検討の必要があるのであります。この問題は将来はどうしても考慮しなければならぬ問題でありますが、現在といたしましては、軍人でありましても、戦争には参加したが、戦争責任者は軍人じやない、指導者である。過去の規則において、文官軍人も警察官も、同じような給与体系のもとに恩給が行われておつた。この戦争によつて敗戦したから、軍人だけは全部その責任を負つて御破算にするというような考えは、はたして適当であるかどうか。こういうのが石井委員の質問の要旨であつたと思う。この点について、文官は将来の給与体系によつて考えればいい、これは残す。軍人に対しては、この際やめてしまう方がいいという論拠がはつきりいたしておりませんので、この点についてもう少し私どもの蒙を開いていただく意味において、御意見を承りたいと思います。
  14. 末高信

    末高参考人 お答え申し上げます。第一の人口問題の解決につきまして、末高はいかなる方途を持つているかという御質問でございますが、人口問題につきましては、私は必ずしも専門家でありませんので、従いまして、どういう方途があるかということになりますと、はなはだお答えに迷うわけでございますが、少くとも全国民に対しまして、人口問題の重要性と、あまりに無計画的な増殖というものが、日本国家の将来を、場合によつては破綻に導くものであるということの警告を発すると同時に、いろいろな講習会あるいは器具、資材の配付等、いろいろ考えられるのじやなかろうか。もちろん私ども人口問題研究所等の方々の御意見なり、あるいは運動なりを存じておりまして、モデル・ケースとしては、ある村落なり、あるいはある町をとりまして、そういうことが行われておることを知つておるのでございますが、今日におきましては、もはやそれはモデル・ケースのらちを越えまして、全国民にその運動を展開すべきであるというふうに考えております。従いまして、そのためには、相当の予算が盛らるべきではないかというふうに考えておりますのが、第一点であります。  それから第二の、文官恩給についての再びの御質問でございますが、私は実ははつきりした答えをここでは保留したいと思つていたのでありますが。たびたびの御質問でありますので、私の意見と申しますか、私見を一応申し上げてみたいと思うのであります。それは一般勤労者生活保障するという意味におきまして、それが文官にいたしましても、あるいは民間の勤労者にいたしましても、老後の生活の最低の保障をするということは、絶対に必要である。そのためには、勤続年数二十年にならなければ恩給がつかないとか、あるいは厚生年金が与えられないという制度は、そもそも間違つていると思うのでありまして、アメリカのごときは十年、よその国におきましては五年というような、資格期間を設けておる所もございますし、さらに制度の創設せられました当時におきましては、資格期間は一年半に短縮しておる。従いまして、たとえば六十歳であるとか、六十五歳という年齢に達しますれば、最低の生活費を年金なり恩給の形におきまして、年々あるいは月々差上げるということは、文化国家としてはなすべきことである。そういたしますと、過去の勤務年数あるいは俸給の多寡に考慮を与えませんと、結局国民の納得し得る最低の生活を守るという点におきまして、国家責任を持つということになりますから、今日の物価水準におきましては、一家族たとえば——これはたとえばでございますが、四千円あるいは三千円というような程度におきまして、一般文官を含めましての勤労階級恩給制度の設置、年金制度の設置が望ましい、その意味におきまして、従来の文官恩給制度を御破算にするべきであるというのが、ほんとうの腹でございます。これは先ほど申しましたように、いろいろ含みがありまして、公務員の給与体系とのにらみ合せということもまた考えてみなければなりません。その点だけを先ほど来強調して申し上げていたのでありますが、さてそれはどういうふうににらみ合わされるべきかということになりますと、一般公務員の給与体系というものを、できるだけ一般国民の給与体系、民間の給与体系に合せて行くということによりまして、彼らの日常生活をその意味において保障する、同時に、それとともに最低の生活恩給なり、年金なり、名前は何でもよろしゆうございますが、最低の線は国家において保障せられるという制度の確立が望ましい、私の考えはそこにございます。
  15. 小坂善太郎

    ○小坂委員長代理 ほかに御質問がなければ、次に移ります。末高さん、どうもありがとうございました。  次は東京大学名誉教授神川彦松君にお願いいたします。
  16. 神川彦松

    ○神川参考人 私の御要請に従いまして、私が多年研究しております国際政治及び国際法の専門の見地からいたしまして、目下の日本の外交問題について私の見解を申し上げて、御参考に供したいと思うのであります。  私の考えによりますと、第二次大戦、そうして日本がそれに関係しております太平洋戦争、その結末を告げましたものは、対日講和条約、日米安全保障条約及び行政協定、この三者でございまして、決していうところの対日講和条約だけではございません。     〔小坂委員長代理退席、委員長着席〕 主たる連合国でありますアメリカの見地から申しまして、この三つのものが、三者一体となつておるということは、これはもう何人が見ても間違いないところであります。この三者を一体として考えますと、この条約ほど歴史あつて以来苛酷な条約というものはございません。当局者はしばしば、対日講和条約というものは史上類例のない寛大な条約だということを言われておりますが、私は世界外交史の専門家といたしまして、これほど欺瞞的な言葉はないと思います。およそ近代史上におきまして、第二次世界大戦を終結せしめまする講和条約ほど、厳格にして非合理的なものはございません。なぜかといえば、それはルーズヴエルト大統領において採用されました、かの無条件降伏政策というものが、基本になつておるからであります。無条件降伏政策というものは、近代史上類例のないものでありまして、およそ近代における一切の国際法の原則、国際慣例を蹂躪しなくては実行できないところ政策であるのであります。そういう政策が基本となつて、対日講和条約、また最近におきましては西ドイツに対するところの平和条約というようなものができましたから、これが世界史上、ことに近代史上類例のない条約であるということは、言うをまたぬところでありまして、専門家から見れば、説明をまたぬ点なのであります。でありますから、日本に課せられましたところのこの対日講和条約、安全保障条約、行政協定というものは、要するに軍事的には日本の全土をあげてアメリカの基地に提供せしめる、すなわち日本をいわゆる、ミリタリ・ーコロニーと化したということは、だれが見たつて間違いない事実であります。従いまして、また政治的に日本アメリカの反永久的な属邦にしたということも、間違いない事実であるのであります。この対日講和条項というものを一言にして申しますならば、要するに日本というものを無期限にアメリカのミリタリー・コロニーとし、またアメリカのポリテイカル・デイペンデンシーにしたということは、これはもう議論の余地がないことであると思います。日本政策といたしましては、何といたしましても、この講和条約、保障条約並びに行政協定に含まれております条項を、時とともに改善することは当然のことである。これはまた外国も予期しておることなのであります。しかるに内閣総理大臣や外務大臣の演説には、露ほどもそれに関する抱負経輪が現われていない。私はこれが独立国の内閣総理大臣及び外務大臣の演説とは思えません。専門家として何としてもそう考えられないのであります。  講和条約のうちに多々修正しなければならぬ点がありますが、何としても第一は領土条項であります。領土条項におきましては、ポツダム宣言に述べてあるのと寸分違わない、ある意味においてはそれ以上であります。ポツダム宣言におきましては、沖繩や硫黄島をとるということは書いてない。むろん、四つの大島以外小さい島を除けば日本の手に残らぬというようなことは、うたつてありますけれども、しかしながら沖繩島や硫黄島ということは明瞭に書いてない。もしも日本から大西洋憲章に違反して何らか領土をとらなくちやならぬというのならば、近代の民主主義の原則に準拠して、当然プレビシツトを行つてやるべきである。またどうしても日本の領土を日本からとらなくちやならぬという理由を、公公然と世界に宣言すべきだということは言うをまたないのであります。しかるに特別の理由も述べず、またいわんやプレビシツトも行わずに、講和条約において、日本から多くの領土、日本の全領土の四割に及ぶような領土を分離せしめたということは言うをまたないのであります。この点においてこの講和条約というものは、近代民主主義の原則をぶち破つておるものでありまして、従来の講和条約に比べて決して寛大なものではないのであります。ことに日本の民族領土ともいつてよろしいところの千島、また事実上、南樺太、琉球、奄美大島及び小笠原島というものは、何としても民族領土でありますから、これは日本に帰属すべきことは当然である。近代民主主義の原則から申しても、また民族主義の原則から申しても、大西洋憲章から申しましても、これは当然日本領土に帰属すべきものであるということは、言うをまたないのであります。  講和条約のこまかいことは省きますが、日米安全保障条約及び行政協定でありますが、日米安全保障条約は申し上げるまでもなく、これは一方的な保障条約、すなわちアメリカから見たのみの保障条約でありまして、相互保障条約にはなつておりません。およそ今日締結されますところ保障条約というものは、原則として双務的保障条約でなければならない。相互的保障条約でなければならない。ところが日米安全保障条約というものは、まつたく一方的なものである。一方的なものであるということは当然なのです。日本には一兵もないのである。国家の体裁をなしていない。国家の体裁をなしていないようなものと、双務的な保障条約などを結ぶ必要は毛頭ないのである。結ぼうと思つても結べないのである。であるから一方的な保障条約ということになつたのである。すなわちこの点だけから申しましても、まだ日本は独立国になつていない。ほんとうに日本が独立国になつたならば、当然双務的な保障条約というものを結ばなくてはならない。ところがそういうものになつていない。であるからこれはどうしてもなるべく早くこれを改めなくてはならぬ。改めて相互的な保障条約にしなければならぬ。アメリカ一方的な保障条約では困る。対等的な、双務的な保障条約というような形にしなければ、独立国の保障条約ということにはならない。従つてまた行政協定も、まつたくこれは占領中においてアメリカの持つておりましたところの権限を、最大限度保留したという以外に、説明の仕方がないものである。あれに含まれている多くの点には触れませんが、刑事裁判管轄権についてだけ申し上げましても、およそ平等において——戦時ではありません。およそ平時において、ああいうような広大な刑事裁判管轄権を認めたなどという例は、史上一つもありません。これは私は断言してはばからない。ただこれを説明する唯一の理由というものは、占領中にアメリカが持つておつたところの権限を、できるだけ留保しようという理由以外には、何らの説明もつけ得ないのであります。むろん他にもそれに似た例はあるが、イギリスの場合はどうか、ベルギー、デンマーク、西ドイツの場合はどうか。これらはやはり第二次世界大戦中における戦争中の約束あるいは慣習というものが、戦後まだ平和か戦争かわけがわからぬような時代が続いておりますから、ずるずるべつたりにそのままになつておるわけです。しかしながらいわゆる北大西洋同盟諸国につきましては、こういう戦争中の慣習では困るからというので、昨年六月十九日ロンドンでNATO諸国間の軍の地位に関する協定というものができたことは、御承知通りである。でありますからヨーロツパにおいても、第二次大戦中の慣例だけでは困る、そんな慣習では困る、それは単なる戦争中の一時のことにすぎないのであるから、戦後はどうしても別の条約でなければ困るというので、NATOの軍の地位に関する協定というものができたわけなのでありますから、決して戦争中の慣行というものが、国際法上の慣行になつておるわけではありません。西ドイツに至りましては、確かに遺憾ながら、西ドイツ人もそれを非常に遺憾にいたしておるのであります。日本行政協定にきめてあるのと同じようなふうにきめてある。これはまだドイツとの間には講和条約ができておりません。ことしの五月二十六日にできた条約というものは、講和条約ではないのでありまして、講和条約に至る段階にしかすぎない。従つて占領中におけるいわゆるオキユペーシヨン・スタチユートとあまりかわつたものではない。この五月二十六日の条約は、オキユペーシヨン・スタチユートにおいて持つておりましたところの権限を最大限度保留したから、日本と同じようなものになつたのであります。西ドイツ人は決してこれに満足していないことは言うをまたないのであります。およそ平時における軍の地位及び待遇に関する条約といたしまして、行政協定のような、ああいう広大な治外法権を認めたものは、史上どこにもございません。でありますから、こういうものは、やはり行政協定の中にも予想してあるように、NATOの協定が発効し次第、あるいはまたNATOの協定が発効しなくても、行政協定が発効しましてから一年後、すなわち来年の四月二十八日に、必ずこれを改訂すべきものと私は考える。しかしながらその協定に予想してありますように、はたして改訂されるかどうかは私も断言できません。遺憾ながら行政協定の文面を読んでみますと、一応そういうことは予想してありますが、しかしながらアメリカ側は、それを実行しなくても済むようなふうにも、また慎重なる用意がその中に含まれておることも、見ることができるのでありまして、決してNATOの協定が発効しても、あるいはまた来年の四月二十八日になりましても、行政協定は改訂されないかもわからないのであります。いわんやこのNATOの協定は、今申しましたように、従来の国際法の規則及び慣例から見ますと、やはり相当広く治外法権の範囲を認めたものであります。決してNATOの協定というものは、従来の規則及び慣行をそのままとつたものではございません。この点につきまして、外務省が本院の外務委員会かに出されました説明書というものは、多くは誤解をしろうとの人に対して与えるようになつておると思います。このNATOの協定というものは、従来の国際法及び国際慣習よりは、なお広い治外法権の範囲を認めております。十二箇国が昨年六月十九日に調印いたしましたけれども、フランスだけが今日までのところ批准しておりますが、他は一国も批准しておりません。そしてそれには当然ギリシヤもトルコも入ることになつておりますから、その当事国は十四箇国でありますが、そのうちわずかに一国しかまだ批准していない。なぜ批准しないか、それはむろん国々によりまして、いろいろ理由がございますが、要するにこの協定というものは、平時の協定といたしましては、なおかつ治外法権の範囲が広過ぎるからであります。NATOの協定の刑事的裁判管轄権、すなわち治外法権の範囲が、狭いと思つているのはアメリカだけです。よその国はみな広過ぎると思つている。アメリカだけは狭過ぎると思つている。そういうようなNATOの国々とアメリカとの間には見解の相違がある。そういうところから、とにかくNATOの協定だに、それが調印されましてから一年半たつた今日、なお一国のみが批准しましたが、その他の国は批准しておりません。NATOの協定はいつ発効しますか、何人もまだ断言することはできない。でありますから、日本は何といたしましても、行政協定をこのNATOの線に沿うように修正しなくちやならぬということは、日本にとりましては絶対至上命令でありますが、はたしてそれができるかどうかということは、今日から予測はできません。しかしながらアメリカも、そういうふうに改訂するということを一応協定で認めておるわけでありますから、日本の国論が要求しますならば、アメリカはそれを修正するだろうと思います。国論が要求しなければ、アメリカは修正しないだろうと私は想像いたすのであります。  ところ行政協定は行政協定だけでは済まなくなつた。すなわち今日、御承知のごとく東京において談判が行われております、かの国連軍の地位及び待遇に関するところの問題でありますが、これが行政協定と密接の関連を持つて来たという点におきまして、ますます日本にとりましては重大な問題となつておるのであります。日本の国論は、まだこの国連軍の地位及び待遇に関する問題について、十分の認識を持つていないように私は観察いたしますが、この問題は、目下わが国が直面している最大の外交問題であります。この問題がどういうふうになるかということによりまして、日本が独立国扱いされるか、あるいはまた半永久的な万国の属国扱いされるかということであります。今度アメリカだけの属国じやありません。世界万国の属国扱いされるかがきまるのであります。でありますから、これほど重大な問題はない。  この国連軍の協定に関連いたしまして、外務省が外務委員会に出したとして新聞に伝えられておりますところの説明というものは、私は非常に人を誤解に導くものとして遺憾に考えておるのであります。国連軍協定において何としても指摘しなければならぬ一番大きな点を、外務省が全然オミツトしております。また日本の言論機関もオミツトいたしておる。国連軍側がそれをオミツトしておるということは、言うをまちません。もしそれが指摘されれば困るからである。なぜ日本の外務省や日本の言論機関がそれをオミツトするか、私はそれを理解することができない。どういう点がオミツトされておるかと申しますと、およそこの国連軍協定というものは、行政協定のような、一国対一国の協定ではなくして、これは万国を相手とするところの協定である。また従来のように、一国の国軍を目的とするものではなくして、万国の連合軍を目的とするものでありまして、まつたく別個のカテゴリーに属するものであるということであります。従来のアメリカの国軍とか、イギリスの国軍とかいうものと、国連軍というものとは、まるでその性質が一面においては違つたものなのであります。国連軍というものは、御承知のように、あの朝鮮戦争を機会といたしまして、いわば偶然にできましたところの国際軍でありまして、まことに世界歴史あつて以来最初の事例なのであります。でありますから、国連軍というものは、従来そんなものは世界史にあつたことはありません。また本来でき得べきはずではなかつたのでありますが、偶然のことで朝鮮戦争のときに出現いたした世界最初の事例なのであります。でありますから、国連軍というものは、本来それに関することは国連憲章の規定に従いまして、何でもみな国連のわく内において決定少るということになつておるのであります。国連軍というものが、そもそも国連の安全保障理事会によつて編成され、またそれによつて統制されることになつております。でありますから、およそ国連軍に関することというものは、安全保障理事会が、その下にあります軍事参謀委員会が、これを取扱うということにちやんときまつておるのであります。また現にそういうようにやつておるのであります。でありますから、国連軍の各国の領域内における地位及び待遇に関する問題というものは、当然安全保障理事会または軍事参謀委員会できめるべきはずのものであります。そしてそれは国連国の、いわゆる主権平等の原則に従いまして、ソヴエリン・イコーリテイの原則に従いまして、万国にとつて相互的であり、かつ一律平等でなくちやならぬということは、これは当然のことであります。国連軍の地位というものについて、世界各国が相互的にかつ平等一律を認め合うということは当然のことで、国連軍に関して広大なる治外法権を一国のみに認めさせようということは、あろう道理がないのであります。でありますから、本来国連軍の地位に関する協定というものは、東京において取扱うべきものじやなくて、それは国連の本部において取扱うべき問題であります。何を血迷つて東京のまん中でそんな談判を行つておるのであるか。これは確かに国連憲章の違反であります。国連憲章の趣旨に沿つていないのであります。もちろんアチソン・吉田書簡によりまして、日本も国連軍の行動に協力するということは書いてある。しかしながら、日本のみ世界万国のまだ認めておらず、また決して認められそうもないような、広大な治外法権を認めなくちやならぬということは書いてない。吉田・アチソン書簡にそんなことは一つも書いてない。でありますから、国連軍の地位及び待遇に関する談判というようなものは、これは国連のわく内において、すべての国連国が総合的にかつ平等に認め得るものでなければ、日本は承認しなくていいということは当然なことなのであります。これは国連加盟国であつても当然なことです。日本はむろん国連加盟国でありませんが、国連にいまだ加盟していないのに、国連加盟国としての義務及び負担のみが課せられておる。これまたはなはだ不平等の待遇です。国連にまだ参加もしていないのに、国連加盟国と同じような義務と負担とのみ課せられるということは、これは確かに不平等条約です。こんな不平等条約というものはあろうはずがない。しかしながらとにかくこれを日本は対日講和条約第五条によつて認めておるのです。またアチソン・吉田書簡によつて認めておるのですからやむを得ません。それにしても国連軍の地位に関しましては、国本は世界万国が承認するような条件さえ承認すればよろしいので、日本のみこんなものを承認する、特に大きな治外法権を承認する必要はないわけであります。ところイギリスその他十六箇国の国連軍諸国は、アメリカ日本で得ておるのと同じだけの治外法権を要求いたしておるわけであります。自分たちの軍隊に対しても要求しておるわけです。ここがすなわち重大なのであります。ここがすなわち日本としまして断じて承認できないことであります。アメリカに対しては日本敗戦の結果やむを得ずそれを認めたのでありますが、しかしながらこれはただアメリカだけとの関係において認めたことであり、他に及ぼすことはできないのである。イギリス以下十六箇国の軍隊に至りましては、これは国連軍なのでありますから、国連のわく内で定めらるべき国連軍の地位に関する協定に従えばよろしいわけなのです。もしそれができないならば、従来の国際法及び慣習に従えばよろしいわけです。何も特別の協定なんというものを結ぶ必要はないわけです。でありますからして、この国連軍協定の談判というものは、日本は実に大きな冒険をいたしておるわけであります。また日本に対して実に不平等的な、また屈辱的な待遇をこれらの国々はあえてしておるわけであります。今申しましたように、国連軍の地位に関する、すなわち世界各国の領域内における地位に関する協定というものは、一国のみが引受けるべきものではないのであります。世界万国が平等に認め合い、また一律平等に認め合つてこそ初めて意味があるものなのです。どうして日本のみがそんなものをまつ先に引受けなくてはならぬか、まつたく理由は考えられないのであります。その一番重大な点は、日本の外務省の主張、また日本の輿論の中にあるのである。この点さえわかれば何も今度の談判というものにおいて、日本はそんなに苦しむはずはないわけなのです。むろん行政協定でああいう広大な治外法権を認めさせられたということは悪いにきまつておる。悪いにきまつておるが、これはいたし方ない。日本がまだ占領当時中の無力な間に押しつけられたのだから、どうもしかたがない。しかしながら国連軍については事が違つておる。まつたく別な問題でありますから、それをアメリカとの問題と同一視するという理由は絶対にないわけであります。でありますから、この点において日本のみをまつたく特殊扱いしておるわけです。もしも日本がこの十六箇国の国連軍諸国の要求に服従して、そうしてアメリカ軍に与えたと同じような治外法権を与えるといたしましたならば、日本は今アメリカのミリタリー・コロニーでありますが、今度は世界万国のミリタリー・コロニーになることは当然であります。むろん世界各国がそうなつておるというならよろしいが、日本のみがそうなるということは、日本人としては承認することができないわけであります。でありますから、国連軍の問題というものは実に重大な問題でありますから、私は本委員会方々また日本国会方々が、大いにこの点について正々堂々の主張をせられんことを期待するものであります。日本の政府は弱いのです。日本の政府は無力無能である。であるからそれを鞭撻するには国会の支持を要する。一般輿論の支持を要する。国会の言うこと、一般輿論の言うことは、英米といえども、彼らは民主主義国であるから、耳をかすのであります。国会が正正堂々の議論をせず、また日本の輿論が正々堂々の議論をしなかつたら、政府が押されてしまうことは当然であります。その政府ですら従来の型を破つて、国連軍の協定の問題については民主的の手段に出た。大体日本はそういう主張をしておるのだ、連合国はこういう主張をしておるのだということを公表いたしたわけであります。むろん政府の説明には十分でないものがあります。今申しましたように、一番根本をオミツトしておりますから、はなはだ不完全しごくなものでありますが、とにかく民論に訴えたということは、今の外務省のやり方としてはとるべきところでありましよう。それならば、国会及び日本の輿論はこれにこたえて、どこまでも正々堂々の議論をするのに何のはばかるところがありましようか。またわれわれがどうしてもわからない点は、実際日本はかの朝鮮事変が起りました直後、マツカーサーの指令によりまして、警察予備隊をつくりましてから今日まで、事実上再軍備を進めつつあるということは、世界周知の事実ではありませんか。だれがその事実を否認するでありましようか。であるにかかわらず、再軍備はしない、あるいは日本の警察予備隊、保安隊は軍隊でない、それこそ堅白異同論、白馬馬にあらずというようなことになるのでありまして、かようなことで国民を欺瞞し、世間を欺瞞したつて、だれもだまされる者はないのであります。そういう堅白異同の書だとか、あるいはまた白馬馬にあらずというような言を百万べん繰返しても、だれも納得しないのであります。その一つの現われは、今回の艦船貸借協定、チヤーター・パーテイ・アグリーメントという名前がついておりますが、その艦船貸借協定、これは船舶ではありません。艦船、軍艦です。でありますからこれはまた今までの警察予備隊と、そうして保安隊の場合とまつたく同じであります。警察予備隊、保安隊は憲法第九条の違反であるなどということは百パーセント明確なことであります。これは私が本年三月二十七日、参議院の予算委員会でも申しましたように、憲法第九条が禁止しておりますのは、単なる正式の陸海空軍だけではないのです。及び他の戦力と書いてある。他の戦力というのはウオー・ポテンシヤルでありまして、これは潜在戦力のことであります。もしもウオー・ポテンシヤルが陸海空軍をさすものならば、そんなことはいらぬはずであります。それが陸海空軍及びその他の戦力と書いてある。ウオー・ポテンシヤルというのは、これは国際上の用語においては潜在戦力を意味するのです。それが日本の憲法に入つて来ておるのであります。ウオー・ポテンシヤルというのは正式の陸海空軍でなくして、潜在戦力であるということは当然です。それをマツカーサー憲法といたしましては禁止してあるのは当然であります。でありますから、たといこの警察予備隊や、保安隊が陸海空軍でないといたしましても、ウオー・ポテンシヤルだということにつきましては、百パーセント間違いないわけであります。この点を政府はごまかしております。それと同じようなことを艦船貸借協定においてごまかそうとしておるわけです。しかしながらこういうようなことはいくら当局が言いましたところで、だれもほんとうにしませんから、問題はないようなものの、一国の総理大臣、一国の外務大臣が公々然とそういうような欺瞞をしなければならぬような政策は、決して健全な政策とは思えません。今度の艦船協定というものは、パトロール・フリゲート十八隻、パトロール・フリゲートはどこの国だつてネーヴイの一部分をなしておる。それはむろん警察の作用もありますけれども、フリゲートというものは御承知通り、昔の巡洋艦です。昔の巡洋艦ではありますが、軍艦には相違ない。実質的に軍艦であります。それが実質的に軍艦であるとか形式的に軍艦でないとかいつても、実質的に軍艦の要件を備えておるということは言をまたないのであります。かりにそれが軍艦でないといたしましても、ウオー・ポテンシヤルであることは確かである。それがウオー・ポテンシヤルでなくて何でありますか。でありますから、ウオー・ポテンシヤルのうちに入らぬという人はどなたもありますまい。これはだれが見たつて艦船であるということは当然のことで、国際上の常識においては艦船であります。日本の政府当局とか自由党の方などのお考えは知りません。白馬は馬にあらず式のことを言わなくちやならぬということは、事実上再軍備を進めておきながら、再軍備をしていないということです。マツカーサー憲法の規定がありますからそう言いますが、もしそういう必要があるならば、公々然と憲法を改正する処置をすることが当然と私は考える。でありますから、今度の艦船貸借協定というものは、日本の国策からいえば、これは批准しなければならぬと私は思うのです。もしこれを批准しなかつたならば、おそらく日本は艦船を返却せなければならぬでありましよう。実際日本が再軍備を進めて行かなければならぬような現状において、こういう協定を結ぶということはやむを得ないことと思うのでありますが、再軍備というものをごまかしておりますために、政府はこれを軍艦ということが言えない。なるほど外国では、ヴエツセルズのうちに入る。しかしながらヴエツセルズということは艦船両方を含むわけでありまして、従つてこれが現行憲法第九条に違反することは論をまたないところであります。深く論ずるを要しないと私は考えておるわけであります。  まだそのほかいろいろの点について申し上げたいことはありますが、私が全般的に申し上げることは一応これだけにいたしておきまして、皆様方の御質問に応じまして私の考えておることを申し上げたいと思います。(拍手)
  17. 太田正孝

    太田委員長 この際私から政府に申し上げたいことがございます。公聴会制度は新国会制度における重要なる問題であろうと思います。従来の経過等を勉強してみましたが、アメリカがこつちに移したもののうちよほどいいものの部分じやないかと思います。しかるに従来の例を聞くと、政府の御出席が非常に少い、むしろなかつた。これは別に野党のお方々意見に賛成するという意味ではございません。立法府が参考的に学者なり経験者の意見を聞くということは、ただ立法府だけが聞いていいことでなく、議会の審議を権威あらしむるという大きな意味におきまして、政府のお方々におきましても、国務大臣がもしよんどころなき場合には、政府委員等をして必ず出席せしめるようにしていただきたいと思うのであります。事予算に関しましては、先ほど末高君が社会保障の問題について八百億円の説をなし、その財源まで出したのでございます。これは単に民間の学者の声とのみお聞きにならずに、こういう点につきまして、国会制度をほんとうによくする意味において、お互い議員はもちろんのこと、政府においても、今世の中において国会制度の是非ということさえ論ぜられておるところでございますから、どうかつとめて出席されるようにお願いいたしたいのであります。この委員会においての公聴会につきましては、野党のお方々も熱心に御主張なさつたのでございます。従つて出席の点についても十分御注意を願いたいと思います。  これから質疑に移ります。
  18. 西川貞一

    ○西川委員 神川先生の御説は非常に理論上ごもつともに拝聴したのでありますが、私は特に先生が国際政治の専門家であられますので、特にこういう点についてお教えを願いたいのであります。三点ありますので、一緒にお教えを願いたいと思います。  第一に、われわれが無条件降伏をいたしまして、ポツダム宣言を受諾する際に、私どもも若干その衝に当るような位置におりましたので、これが史上空前の苛酷なものであることをしみじみと痛感いたしますと同時に、それに続いて今回の講和条約、またそれに付随する条約、これがまた史上空前の苛酷なものであることも、先生の御説のようにわれわれ感じおるのであります。しかしかくのごとき講和条約を結ばなくてはならないという現実は、原子爆弾という史上空前の恐るべき兵器が出現をいたしまして、またこの原子爆弾の威力を十二分に発揮することができるように航空兵器が発達をいたしまして、前代において予想することもできなかつたごとき苛酷なる兵器が出現しましたために、戦争の性格がかわつてしまつた。その戦争の性格がかわつてしまつたことが、また講和の性格もかわらしてしまつた。そうしてそれは国際政治の基盤をかえてしまいまして、過去のいわゆる単独国家主義の時代から、国家連合の時代に今進みつつある。やがてはそれは世界国家の時代に進むかと思うのでございますが、そうした大きな国際的な根本関係の変化する途上において現われておる事実として、われわれはこれを理解しなければならぬのではないか。こういう意味におきまして、そういう時代以前の国際政治の概念をもつてのみすべてのことを理解することは、適当なことでないのではないかということが考えられるのでございますが、先生の御意見はいかがでございましようか。  それから次に、かかる苛酷な講和条約といえども、これを一応受諾することによつて、不満な講和ではあるけれどもこれを結び、不完全な独立ではあるけれども一応これを獲得いたしまして、可能なる限りの自由を日本国家が獲得いたしまして、そうして徐々にわれわれは国民を指導し、輿論の喚起をいたしまして、完全なる独立に至ることが適当ではなかつたか、つまり不満なる講和であることもちろんであり、従つて不完全なる独立ではありますけれども、あの際それを選ぶことが適当であつたか不適当であつたかということについての先生の御意見を伺つてみたいのであります。  最後に、軍備の問題につきまして、大きなごまかしがあるとの御説であります。これはいろいろの方面で論ぜられるところでありますが、しかしこのようなごまかし、このような虚偽は、根本的な虚偽があるために、そういう派生的な虚偽が次から次に生れざるを得ない世界的な一つの事実であると、私は解せざるを得ないのであります。しからば根本的な虚偽とは何であるかと申しますれば、昨日も本委員会において北委員から明らかにされました、日本の憲法の制定の当時の事情でございます。民主主義政治は、人民による人民のための人民の政治であると言われておる。その民主主義の根本を規定する憲法が、日本国民の自由意思に基かず、占領軍の手によつて押しつけられた。かかる憲法が民主主義の憲法といえるかどうか、その根本の虚偽があるために、次から次へと虚偽が生れ、ごまかしが生れざるを得ないのが、冷厳なる今日の国際的な情勢ではありませんか。しかしながらかかる憲法はけしからぬから、ただちにこれを否認するといたしましたならば、何によつて国家の秩序を維持することができるか、ここにおいてわれわれは、そういうものがあるけれども、しかしこれを冷厳なる事実として大乗的な気持で国家の秩序を維持し、国民の安寧幸福を保持するために最善の努力をすることが、われわれ政治家に課せられた任務であると考えているのでありまして、決して一片のりくつのみをもつて解決し得るものではないと考えているのでございますが、いかがでございましようか。先生のお教えを願いたいのであります。
  19. 神川彦松

    ○神川参考人 お答えいたします。まことに一々ごもつともな御質問でございます。実際われわれが真剣に考えなければならぬ問題を御提示になられたと思います。  その第一の点は、今日原子爆弾ができ、戦争の性格が一変いたしている場合に、従来の伝統的な国際的観念というものは、もはや修正されなければならないのじやないかという御質問と考えます。これは確かに今日の専門家も、またもとより私なども真剣に考えている点でありまして、今日戦術、戦争の方法というものが画時代的にかわりまして、戦争が従来の戦争からいわゆる全体戦、トータル・ウオーあるいは超トータル・ウオーというようなものにかわつたということは、何人も御承知ところであります。そのために第二次大戦の講和条約というものも、従来のものとは違わざるを得なかつたのじやないか、こういう御疑問なのでありますが、その点につきましては、私はこういうふうに考えるものであります。なるほど戦争方法というものは第二次大戦におきまして画時代的にかわつたのであります。むろんそれは第一次大戦からかわりかけたのでありますが、第二次大戦においてまた特にかわつたのであります。そのために戦敗国が従来にないような負け方をしたということ、これまた確かであるのであります。しかしながら国際政治及び国際法を規律します原則というものは、それがためにただちに一変するものではない。国際政治及び国際法を規律しますところの原則は、過去五百年の伝統を持つており、また今日もそれが有用であるということを、特に連合国が唱道いたしました。われわれの方ではありません。連合国が唱道いたしました。しかるにもかかわらず、その連合国はそれと矛盾するところの無条件降伏主義なるものを掲げている。この間には絶対的な矛盾衝突があるのであります。でありますから、彼らの戦敗国に課しましたことは、むろんその暴力の結果によるのでありますけれども、彼らの主張したところとは全然正反対のことなのであります。また彼らがそのいわば万能力に乗じまして世界を支配しよう、いわゆる普遍的な帝国主義というものをとるようになりました。これが確かに第一次大戦、ことに第二次大戦後のアメリカ並びにソ連の政策の特色であります。普遍的な世界帝国主義、従来そのような帝国主義はありませんでした。でありますから、彼らはそれを推進しようといたすのでありますが、しかしながらその主体はアメリカ及びソ連でありまして、その他の六十二箇国ではありません。その他の六十二箇国は普遍的世界帝国の目標になる国なのであります。しからばその普遍的世界帝国とはどういうものであるかと申しますと、要するにそれは第二の世界ローマ帝国であります。今より二千年前に世界に現われましたところのローマ帝国と同じような第二のローマ帝国であるのであります。むろんその組織とか機構というものはかわります。二千年の懸隔を置いておりますから、組織や機構は同じものとは言えませんが、その本質は依然として第二の世界ローマ帝国であることには間違いないのであります。この世界ローマ帝国がかりに実現いたしたとしても、それがために決して世界帝国というものが実現するわけではありません。世界帝国がかりに実現いたしたとしましても、やはり各民族の自主自立というものはある程度までこれを認めなければならないのであります。それがすなわちとにもかくにも二千年の進歩と言えば言える進歩であります。各民族の自主独立を認めて、その上に国際連合的なものをだんだん発達せしめて行く以外に道がないということは、これまた言うをまたないのでありまして、もし赤裸々なる世界ローマ帝国を建設しましたところで、それに世界の人類がついて行くはずはありません。国際連合というような組織をだんだん盛り立てて行く以外には、世界の人類をひつぱつて行く道はないわけなのであります。国際連合という機構を利用して行きます場合に、それが世界的な連邦になるということは当然のことであり、また現にある意味においては世界的連邦です。しかしながらそれがほんとうに世界的な連邦国ブンデス・シユタート、あるいはさらにそれが進んでほんとうの世界国ウエルト・シユタートになるかと申しますと、われわれ専門家より申しますと、事は容易なことではないのでありますが、いわゆるほんとうの意味の世界国家というものができるとはわれわれの理念に過ぎない、極限概念にすぎないのでありまして、これはできません。およそ世界の国々が世界のすべての人類がある同一の言葉を話し、同一の思想を持ち、同一の文化を持たない限り、ほんとうの意味の世界国家はできません。そんなものが世界史上に忽然と現われるということは、単なる人間の理念にしかすぎないのであります。われわれが現実に考え得ることは、ただ今日の各民族、国家というものがだんだん進化いたしまして、世界連邦ないし世界連邦国の一部分として、できるだけの自主自立を維持しながら、また世界の平和に貢献するというその態勢以外には考えられないのであります。世界七、八十の民族というものが全然なくなる。そういうことはあり得ません。それは各国の国語がなくなり、また各国人の民族的思想がなくなり、また各国人の民族文化がなくならない限り、ほんとうの世界国家なんというものはできようはずがありませんし、またそういうものは決して願わしいものではありません。いわんやアングロサクソンとソ連をのけました世界のありとあらゆるすべての民族というものが、このアングロサクソン及びスラヴ民族の超大威力に対して、できるだけその自由と独立、自主自立を主張しようとするのが今日の主張なのであります。また今後の主張なのであります。その点から申しますならばすべての民族というものが自主自立であります。決して無制限の自主独立ではありません。自主自立であります。われわれ個人が自主自立でなければ人格者でないように、国家もまた自主自立を維持しなければ人格者ではありません。それは奴隷であります。でありますからその点において私は、なるほど世界はかわりつつありますが、そうかわらないのみならず、およそアングロサクソン及びスラヴ民族以外の民族というものは、どこまでもその自由と独立、自主自立ということに一層力を入れなくちやならぬというふうに考えております。それが第一のお答えであります。
  20. 太田正孝

    太田委員長 神川先生に申し上げます。はなはだ恐縮でございますが、問題を簡潔にお答え願うように希望いたします。
  21. 神川彦松

    ○神川参考人 承知いたしました。  第二は、サンフランシスコで日本がああいう条約及び保障条約を承認しなければならなかつたのはやむを得ないじやないか、それはまことにその通りであります。なぜならば、今度の戦争におきましては、戦勝国は戦敗国を滅亡に陥れまして全然発言を許さなかつた。全然発言を許さない。でありますからほんとうの意味において講和条約とか何とか条約というものなんてできるはずがないのであります。条約というものは当事国が二つあつて、そうして申込みと受諾あるいはその妥協というもの、合意というものの上に初めて成り立つのであります。ところが講和条約及び安全保障条約というものは、向うからデイクテートされたものである。またこつちは全然無力無能の存在でありますから押しつけられたことはやむを得ない。でありますから押しつけられたことはまことにやむを得ませんが、それがために私は政府を非難しているのではありません。政府が、有史以来と言うてもいいほどの残酷な条約を、歴史に前例のない寛大な条約だと言うたところが間違つておると私は思つております。(拍手)  第三の点はマツカーサー憲法であります。マツカーサー憲法を否認する点において、おそらく私は日本人のうちにおいて人後に落ちないと思つております。これほど近代民主主義、近代民族主義を否定したものはございません。これほど暴力万能なものはありません。なぜなれば、占領統治という軍事独裁政治の折に制定されたものであります。日本民族の自主独立、日本民族の尊厳、日本民族の人格をまつたく無視したものであります。絶対的な軍事独裁政治のもとにおいて、どうして永久的な民主憲法ができますか。三才の童子といえどもそんなことはわかることであります。でありますから、私は遺憾ながら——マツカーサー憲法の内容は別であります——マツカーサー憲法が占領統治のうちに日本民族にデイクテートされたことが、マツカーサーの最大のプランダーであり、またアメリカ日本に対する政策最大の失態であると考えており、またアメリカの多くの識者はそう考えておるのであります。でありますから、私はマツカーサー憲法が一日も早く改正されることを望んでおります。のみならず今日の国際法の原則、すなわち戦後復権の法理、ポストリミニイの法理によりますと、およそ戦時、占領中において施行されましたところのすべての法令、すべての制度が一応御破算になるということが、近代の国際法の原則である。いな、さかのぼつてローマ法以来の原則であります。でありますから、日本はいつでも西ドイツと同じように、占領さえ終れば、憲法その他のものを再検討し得べき地位に置かれておるわけであります。ただ問題は軽率にマツカーサー憲法を改正しまして、そうしてそれよりもなお内容の劣つたようなものができれば、はなはだ困るではないか。それは逆転ではないか、それは退却ではないか、ということはその通りでありまして、その点は最も注意すべき点であるのであります。しかしながら、とにもかくにもその内容をできるだけ進歩的なものならしめ、また日本人がこれをどこまでも検討し、また日本人の総意を表現したような理想的な憲法をつくる方向に、マツカーサー憲法を一日も早く向けて行くことが、ほんとうの民主主義日本の使命である。またそういうことができなければ、私は日本民族は民主主義なつたものとは考えないのであります。(「同感」と呼ぶ者あり)これをもつてお答えといたします。(拍手)
  22. 太田正孝

    太田委員長 実は湯河元威先生も先ほどからお待ちでございますが、なお神川先生に対する西尾末廣君の御質問がございますので、質問の方も簡単に、それから政治家に対するお答えでございますから、学者としては不十分でありましても、その心組みで御返答願いたいと思います。(笑声)
  23. 西尾末廣

    ○西尾委員 私は神川先生の説明はけつこうであります。それで、政治的な見解でなくて、学問的な見解において、軍とは何ぞや、戦力とは何ぞやという定義をひとつ聞かしてもらいたいのです。
  24. 神川彦松

    ○神川参考人 お答えいたします。軍事力と警察力、これは政治学的に申しますと、厳格なる限界はございません。およそ国内的並びに国際的の平和及び秩序を維持するに必要なる武力、あるいは必要なる実力、それがすなわち警察力であります。その警察力のうち、特に国内的方面に用いることを目的とするものが国軍であり、また国内的な秩序にのみ用うるものが警察である。いわば程度の差にすぎないと私は考えております。また政治学上でも大体そう考えております。本質的には相違ございません。軍と警察の間には差別ございません。(「戦争は……。」と呼ぶ者あり)戦力は今申しました国内的並びに国際的、ことに国際的な平和及び秩序を維持するために必要なところの一切の実力です。武力その他物理的な力であります。でありますから戦力は非常に広汎であります。単に正式の陸海軍だけではございません。正式の陸海軍のほかに、転化すればただちに陸海軍となり得べきもの、ウオー・ポテンシヤルもあるのであります。
  25. 太田正孝

    太田委員長 たいへんありがとう、ございました。  次に農林中央金庫理事長、湯河元威君の御意見を承りたいと思います。湯河君。
  26. 湯河元威

    ○湯河参考人 大分時間も過ぎていらつしやるようでございますから、申し上げることは簡潔に努めたいと思います。  私が申し上げたいと思いますことは、主として農業関係の問題でございますが、その中でも最近差迫つております問題について、金融機関としての農林中央金庫から見ておりましての問題でございます。最近の国会においての御議論、また政府の御施策を拝見いたしましても、今後食糧の国内自給促進のため等に、いろいろ大きな計画が進められるということも承つております。また世の中の様子を見ておりますと、食糧管理というものが漸次後退して参りまして、農民が新しい局面に逢着するであろうというようなことも想像されるのでございます。これは今日の事態におきまして、わが国の農村あるいは農家にとりまして相当大きな問題でございますが、このいずれの観点からいたしましても、農業の経済組織と申しますもの、すなわち今日ではそれは農業協同組合でございますが、これの活動がよほどしつかりして来ないことには、この点に心配がありはしないかと思われるのであります。もとより食糧の自給促進のために、政府は相当厖大なる予算を用意されまして、公共事業等が相当行われるだろうと思います。また農林漁業金融公庫等をおつくりになります等の動きもありますが、他面におきまして民間における金融的な活動の必要が、相当大きくなつて来ることが予想されるのであります。また食糧管理が漸次緩和されて参りまして、米麦の取引等が自由になりますときにおきまして、農民が公正なる農産物の販売ができますよういたしますためにも、協同組合組織がよほどしつかりしていなければならないということは申すまでもないのでございます。そこで組合を通じますところの金融、いわゆる組合金融が今後非常に大きな任務をになわなければならないというふうに思われますので、農林中央金庫はその組合金融のために、将来をいろいろと考えておる次第でございますが、御承知もいただいておりますように、今日の農村の事情から申しまして、この点においてはたして十分であるかどうかということにつきましては、われわれにおきましてもいろいろと懸念の点がございます。中央金庫におきましては、今後地方の農業金融は、それぞれの地方におきます信用農業協同組合連合会をして、しつかりやらせてみたいというふうに考えておるのでございまして、あえて農林中央金庫が地方のすみずみまでも出張りまして、いろいろな措置をするということよりも、より一層信用連合会というものをしつかりさせることの方がよろしい、適切であるというふうにも考えておるのでございます。このことは一面におきまして、今後の金融というものは、単に従来のような預金を扱うことではなくして、必要なる資金需要を満たして参りますために、信用連合会をして十分適切なる貸付を行わしめるという点に重点が移るのでございますし、またそれとともに、地方の事情は最もよく地方の人が知つているはずであつて、中央の者が出張つてやりますよりも、地方のそれぞれの適任者が、これを担当するがよろしいという観点に立つものでございます。  ところでこの組合金融の、地方の適任者たるべき信連の今日のありさまを見てみますと、先ほども申し上げましたように、いろいろ不十分な点がある。そのうち最大のがんとなつておりますもの、それは信連の信用を傷つけ、また信連が十分な働きをしていないと思われますものは、今日信連の取引先であるところの、各種の経済連合会とか、あるいは村々の組合等の不振な状態があるのでございまして、そういうことのしわ寄せが信連に来ていて、今後重大なる役割を果すべき信連の働きを不十分にしておる点なきやという点に、非常な心配があるのでございます。これにつきましては、実は農業協同組合の過去のいろいろ行き悩みの点を打開するために、過般来再建整備ということが行われておるのでございますが、この再建整備ということにつきましては、法律もあり、予算もつけてもらいまして、いろいろと指導面からも御施策があつたわけでありますが、それが今日のところ、もとより十分の成績を出した面もございますが、なお不足の面がございまして、そうしてそれが協同組合の悩みになつておる。また農家の経済に対して大きな重荷になつておる。また一面におきまして、農業の信用事業の面においての重荷になつておるというふうに思われるのでございます。再建整備の問題につきましては、過般の国会において、いろいろと御審議の結果できた一つ制度でございまして、この制度はそれ自身において相当意味のあることだと存じます。そうしてまたその制度を運用されまして、政府の当局も、地方庁の当局も、また組合の諸君も一生懸命にやつたということは認めるのでございます。それによりまして相当効果の出ている面もございますが、何せたくさんある組合の中には、また連合会の中には、いろいろと故障が大きくして、この間の再建整備ではまだどうにもならぬというものが残つておりますことも事実でございます。このピンからキリまでありますいろいろの行き詰まりというものを、一律一体の再建整備をしたというところに、再建整備のし残しと申しますか、せつかくあれだけの大がかりな措置をしてもらいましたにもかかわりませず、なお不十分な点があるような気がするのでございます。これにつきましては、今後先ほど申しましたような、大きな問題が課題になつておる際でございますので、この再建整備の不十分なる点につきましての、今後の措置が必要であるということを切実に考えるものでございます。再建整備をいかにしてこれから補強するかということにつきましては、民間の、ことに組合の関係者が、いろいろと意見をもちまして、あるいは政府当局に対し、あるいは国会皆様方に対して、いろいろとお願いしている点があろうと思います。私金融機関におりまして、そばについてこの問題をながめておりますときに、皆様がこのいろいろの要求をお聞き取りいただきますときに、どうか気をつけておいていただきたいと思う点が二、三ございますので、申し上げておきたいと思います。  第一は、この前の再建整備が、何と申しましても、予算を伴います補助金の制度でございましたために、補助金をもらうために必要なる再建計画という、一つの数字上の計画ができている。その計画はもとより監督官庁等の十分なる御検討を経たものだろうとは存じますが、いかんせん全部で二千数百という組合が、一度に再建整備の計画書を出しております。それがどうも補助金でつられたと言つては気の毒かもしれませんが、実はピンからキリまである組合の実情の中には、容易に何ともならぬようなきびしい現実がひそんでいたということも思われるのでございまして、その点につきましてもつともつと掘り下げて、もつともつと深刻に扱わなければならなかつた問題が、補助金をもらうのだということでゆるんだ点なきやということを思うのであります。  第二には、補助金をもらうにつきまして増資をしなければならぬということは、りくつの上から申し上げても当然でございますが、補助対象の大きな問題になつております。ところがこの増資と申しますことが、この行き詰まりました組合に、配当もできない組合に融資をする、出資をするというのでございます。容易なことではないのであります。この点におきまして、事が予定通りに運ばなかつたという事実もあろうかと思うのであります。これらの点につきましては、よく農家の経済の実情もおくみとりいただきまして、今後のことを御検討していただくことが望ましいと思うのでございます。  それから第三には、再建整備の問題を、私たち金融機関におります者から見まして、どうもいささかふに落ちません点は、およそ事業体の再建整備をいたしますときに、その事業体と緊密なる取引を持つております金融機関、すなわち組合または経済連合会に対しましては、信用連合会でありますが、この信用連合会というものが、もつともつと打ち込んで再建整備に協力するということ、これが過般の再建整備法においてはできていなかつたのじやないかと思うのでございます。いなむしろ信用連合会が組合または経済連合会の再建整備のしわ寄せをせられたというような感じをあるいは持つておるのではないか、事実信連が相当打ち込んで協力して、経済負担をして、再建整備に協力しておるものもございますが、それ以上に、実は銀行が会社を救済するごとくに、過去のいろいろとまずい点は切り捨てるなり、たな上げするなりして、新しい今後の事業に対しては、銀行はともどもに打ち込んで、貸し込んででもその会社の活動を大きくして、古傷を直す、こういう熱心と申しますか、密着した活動が必要であつたと思うのでございますが、実は過般の再建整備方式が、補助金による救済でありましたために、かような点におきまする金融機関の協力が不十分であつたのではないかというふうな気がいたさないでもないのでございます。農林中央金庫は、全国を規模にする事業連合会に対しましては、ただいま申し上げましたようなことをいささか試みたこともございますし、また現にある地方の問題につきまして、さような態度で臨んでいる点もございますが、いかんせん二千何百もの組合を一挙に再建整備の線に乗せられるということは、一々の努力を尽すには、あまりにも問題が大き過ぎるのでございます。さような意味をもちまして、過般の再建整備は一律一体の再建整備をしていただきまして、そうしてまさにその努力の結果として、相当よくなつた組合連合会もございますが、なお不十分なものも残つておりまして、先ほど当初申し上げましたような今後の事態に備えるのに足りない点がある。これを何とかしないことには、日本の農村としてはどうなるかという懸念もございます。それで民間からもまたは国会に対していろいろ要求しておりますものがあるようでございますが、それらの点につきましては、十分の御同情を持つてひとつ御審議を願いたいのでございます。  私先ほど申し上げましたように、将来の農業経済からいたしまして、信連の立場はその地方の経済または金融の責任者として立たせたいというふうに、農林中央金庫の者として考えております。この信連がただいま申し上げました再建整備に協力するにつきましては、信連の関係者の申しておりますいろいろの御措置もお考えいただくことが、必要ではないかというふうに思うのでございます。さればと申しまして、ただそれだけのことをお満たし願えれば、それでいいというふうにも思えませんのでございまして、従来の再建整備の行き届かなかつたところ、あるいは掘り下げ足りなかつたところ等につきまして徹底的なメスを入れ、また信連がただ政府の御援助をいただいて自分のみが軽くなるようなことのなきように、それこそ組合または事業連とともどもに行くという気持を持ちまして、銀行が株式会社を再建するときのような熱意と親切とを持つてつて行くようにして行きたいと考えております。さような方向におきまして、民間からいろいろとお願いをしておりますところを、おくみとりいただければまことに仕合せだと思います。この問題は非常に急いでおりますので、実はこの国会におきましても、いろいろと御研究を賜わりたいという熱望を私も持つておるのでございます。政府の方の御提案の予算等には、この点についてのお触れの点はございませんけれども皆様方、また政府にもお頼みしておるのでございまして、すみやかに今後こういうふうな線につきまして、農業経済ために、また組合のために御配慮をいただきたいということを申し上げて、私の申し上げることを終ります。(拍手)
  27. 太田正孝

    太田委員長 ありがとうございました。御質問ありますか。——平野君。
  28. 平野力三

    ○平野(力)委員 きわめて簡単ですが、全国の単位農業協同組合の中で、赤字財政のものと黒字財政のもの、そのまん中、およそこの三種類にわけてどういうような比率になつているか、ちよつとお示しを願いたい。
  29. 湯河元威

    ○湯河参考人 お答えいたしますが、私今的確に覚えておりません。相当経営の苦しいものが多いということは存じておりますが、比率でどの程度ということにつきましては、むしろ政府の方にひとつお聞きいただきたいと存じます。
  30. 平野力三

    ○平野(力)委員 その数字はおわかりにならないですか。相当量ある、相当量あるということは、現在の農村恐慌を招来している、こういうことを判断するに足る。これに対して農林中金の理事長である湯河さんとしては、どういち対策を現在希望せられるか、これをちよつと伺いたい。
  31. 湯河元威

    ○湯河参考人 一般的な農村恐慌がきざしているのではないかというふうには思つておりませんので、先ほど申し上げましたように、今後事態の推移に対しまして、こわいことが起るであろうと思いますので、それは協同組合が今日のままでは困る、それでまず農民の組織をしつかりさせておくことが必要であるというふうに思います。そのほか目先にかかつております食糧管理の方式をおかえになりますこと、ないしは農業土木その他を含めますところ生産力を増強するという意味におきまする食糧自給化の措置、あるいは畜産でございますとか、いろいろございましようと思います。それらの諸施策は、ひとつこの際まだあまり事態が悪くなつていないうちから手をつけていただきまして、それらをてことして農家の経済が悪くなつたときにも耐えられるようにしていただきたい。抽象的にはさように思つております。
  32. 稻村順三

    ○稻村委員 農業金融の関係者として、この再建整備の方に乗り出して行くということ、これはそれを促進して行きたいという願望を持つておるのは当然でございますが、もつと根本的に考えて、どうも今日の状態のままに置いておくと、いくら農業協同組合に、ちよつとやそつと再建整備をさしてみたりなんかしても、ほとんどまたさいの河原の石積みのように、元にもどつてしまうというような危険があるのではないか、この点農業金融に従事しておる湯河さんとしては、どういうお考えであるか。私から申しますと、今日の農業経営の実態から申しますと、元来がこういう農業を相手にして、非常に貧弱な自己資金を中心として運営する、そういうような立場に立つておつたのでは、結局農業協同組合は赤字が生れるのがあたりまえなので、赤字が生まれないということが、むしろブローカーみたいな仕事をやつて、どこかにもうけ口を見つけたところだけだというふうに感ぜられるのですが、その点湯河さんの御意見を伺いたい。
  33. 湯河元威

    ○湯河参考人 ただいまの稻村さんのお考えは、実は私もいささかそのように思います。思いますが、私の現在当面しておりますことを申し上げたのでございまして、もとより政治的にお考えいただくことは、ただいまのような与につきまして、深くお掘り下げいただきたいと思います。いかんせん、今日の日本経済の中に置かれます農業の地位というもの、特にこれを貨幣経済の面からながめておりますと、あらゆる面からいたしまして、農民の経済からは資金はその外に流れ出るという強い傾向を持つておるのでございまして、それこそ何をいたしましても、さいの河原の石積みのように思われる点は確かでございます。それらの点につきまして、たとえば資金の面から申しましても、農林漁業資金融通特別会計をおつくりいただいたというふうなこと、ないしは将来資金運用部の資金等、当然農村に還元していただきたいもの等の御措置も必要でございます。また一面から申しますと、大きな公共事業等を農業のために施行していただきまして、その農業の基盤というものを培養していただきますことは、われわれとしては当然前提として願わなければならぬと思つておるのでございます。われわれはさようなことを政治家の皆様方がお考えいただきますならば、われわれ今の状態ではむだだと思われる努力もあえていたしておりますわれわれとしては、一層励みがつきまして、また農家の方々も一層いそいそとしてお進みになるのではないかと思うのでございます。われわれはさようなことを前提とし期待していることは当然でございますが、われわれは考えられた中におきましても、ただいまの努力はしてみたいと思つておりますので、先ほどのことを申し上げたのでございます。
  34. 稻村順三

    ○稻村委員 そうしますと、湯河さんの御意見としては、農業協同組合を育成して行くためにも、どうしてもある程度その基礎である農業経営を育成するような措置をとらなければならないという点、なおまた御意見を拝聴しておりますと、非常に公共的な施設については国の補助金で、また農業協同組合のような共同施設に対しては財政資金を投資する、こういうことを、万全というところまで行かなくても、今よりも規模がもつと大きくならないと農業協同組合が維持できない、こういうふうに私は受取つたのでございますが、そうすると、この補正予算あるいは二十八年度予算などについては、当面の問題としても、現在の額よりも財政投資の上おいて、またいろいろな政府事業の計画の上におい、もう少し規模を拡大して行かなければ、農業協同組合を維持するのに困難だということはないかどうか、その点をお伺いいたします。
  35. 湯河元威

    ○湯河参考人 ただいまお話のようにのみは考えないのであります。農業協同組合というのは昔からやつております組合運動でございまして、政府の施策——補助金等をいたずらにお願いするという気持だけを植えつけて行くことは適当でないと私は思います。ただ基盤的に農業が悩んでおります点等をお直しいただいた上で、協同組合はできるだけの自主的の努力をする、またそのために必要なる組合教育をする努力は民間の者、農村の人たちにおいて当然すべきことだと思います。先ほど申し上げました民間の者のお願いをしております再建整備の問題のごときはきわめて臨時的なものでありまして、これはほかの企業体、中小企業者等の悩んでおるときに、なぜ農業の関係者だけがかようなことを申すかと申せば、何と申しましても、農業改革あり、食糧管理という無理なことを国民経済全体のために忍んでおりますので、ほかのものよりも負担は大きい。さらに日本の将来を考えてみると、農業の負担する食糧増産などの役割が大きいがゆえに臨時的にお願いをしておるのでありまして、基本的な基礎を培養していただいて行く上におきまして、何でもかんでも政府におすがりするというふうな行き方は、組合関係におりますわれわれとしてあえていさぎよしとしない点でございます。できるか、できないかの問題はございましても、一方的にさような方向に行くことは好ましくない、こんな気持を持つております。
  36. 松浦周太郎

    ○松浦(周)委員 ごく簡単にお聞きします。単位組合が再建整備をしなければならぬというところに追い込まれておる。いわゆる銀行が株式会社を育てて行くようにしなければならぬというのはごもつともなことですが、それが県連が幾つにも分散されて、指導が一つなつていないというところに大きな支障がありはしないか。銀行が株式会社の行き詰まつたのを育てて行くときにはほんとうに全力をあげてやつた。ところが私の北海道のごときは、県連合会というものが三つにわかれておりまして、それがほんとうの一致態勢が整えられるかどうか。それがわかれておることよつて、おのおのセクシヨナリズム的なことが単位組合に行つて、単位組合がほんとうの力にならい、害になる部分もあるというようなことがありはしないか。それから単位組合の、今平野さんがお聞きになりましたが、赤字の総額は一体幾らありますか。
  37. 湯河元威

    ○湯河参考人 連合会の指導がまちまちになつていて、単位組合が苦しんでおる、そういうお話は過去においてございましたが、漸次整理されて来ております。それが再建整備と申しますのは、決してただ赤字を消すということではないと思うのでございまして、ただいまの点につきまして、それぞれ機構上の問題にも触れましてしつかりやることが、今後残された問題だというふうに私は思います。  それから単位組合の赤字総額を私の口から申し上げるのもいかがかと存じますが、信連の重荷になつておる固定的な債権の総量が百三十億円ということを申しております。事実はまたよく調べて申し上げます。
  38. 太田正孝

    太田委員長 他に御質問はありませんか。——午前の参考人意見を聞くことはこの程度にいたしまして、午後は五藤、清水、河部三君のおいでを願つておる次第でございまして、お忙しいところをお願いする次第でもございますから、どうか皆様方多数御出席をお願いいたします。午後二時まで休みまして、二時から再開をすることにいたします。  暫時休憩いたします。     午後零時五十七分休憩      ————◇—————     午後二時二十五分開議
  39. 太田正孝

    太田委員長 休憩前に引続き、会議を開きます。  参考人より御意見をお聞きすることにいたします。  何かと御多用中のところお繰合せておいでくださいまして、まことにありがとう存じます。ただいま本委員会では補正予算について審議しているのでございますが、広く各界の学識経験者の御意見をお聞きいたしまして、この審議を一層権威あらしめたいと思つているのであります。どうか各位におかれましては、そのお立場立場から腹蔵のない御意見を御開陳願いたいと思います。議事の順序を申し上げますと、午前と同様、大体参考人方々に二十分程度のお話をお願いいたしまして、順次御意見の開陳をお願い、いたすことにいたします。  それではまず東京商工会議理事、中小企業委員会委員長五藤齊三君からお話を承りたいと思います。
  40. 五藤齊三

    ○五藤参考人 ただいま御紹介をいただきました商工会議所の中小企業委員長を勤めております五藤齊三と申します。本日は各界の指導者の方々からそれぞれのお立場からの御意見の御開陳があるようでありますけれども、私は中小企業の立場に限定をいたしまして、先ごろちようだいをいたしました補正予算の説明書を拝見して感じましたところを一言申し上げまして、御参考に供したいと思う次第でございます。  今度の補正予算を拝見いたしますと、その中の中小企業に関する施策の中で、歳出の中におきましては国民金融公庫の出資三十億円、商工中金にも貸付金二十億円が見られるのであります。その他住宅金融公庫に二十億円の金が出ることになつておりますが、これは中小企業に限定をいたしませんのでしばらくおくことにいたしたいと存じます。この中小企業向けの国家資金の補正予算による放出は合計五十億になると思うのでありますが、御承知のように現下の中小企業の窮状は、まことに切実なものがありますことは、過日来池田前通産相の国会放言が大きく波瀾を呼びました実情からいたしましても、議員諸公におかれましてももう十分御承知のことと思うのであります。朝鮮戦争の好況を受けましたわが国企業がようやくその反動期に入りまして、各方面の景気が沈帯を続けておりますことは御承知通りであります。ただその間に投機的資金のみが証券市場に流れまして、証券界が異常の好況を呈しておりますということも、ひつきよういたしますのに、ほかの方面の正常な経済活動が非常にはばまれている、こういうことの結果でなければならぬと論じられているのでございます。ことに中小企業は平常におきましてその経済力の弱さと、そうして近来は、ゼスチユア的には各界において寵児のようになつておりますけれども、いわゆる名実伴いません状態でありまして、政府の施策もあるいは経済界の配慮も、中小企業に恩恵をもたらすことはなはだ薄いのでありまして、御承知通り、繊維の暴落、その他いろいろの経済沈滞の現象がこの暮れに差迫りまして、大企業の方にはしかく死活の問題のようには襲いかかつておりませんにもかかわりませず、中小企業はほとんど浮沈のせとぎわに追い詰められておる、こういうことはもう先刻御承知のことであろうかと存ずるのでございます。終戦以来七年間の占領の苦しい期間を経過いたしまして、ようやく独立経済に入りました本年、本年こそは多少の明るさを持つて年を越すことができるだろうと思つておりました中小企業は、浮沈の関頭に追いやられてしまつたというような感が深いのであります。この重大な場合に、わずかに五十億の年末金融対策としての緊急資金を政府が出してくださる、これはあまりにも現状に対してすずめの涙のような少額に過ぎる金額ではなかろうかと思うのであります。地方財政資金によります中小企業の援助も、各都道府県でそれぞれ配慮が行われておるのでありますが、東京都におきましてすらこの年末に際しまして、二十一億円の中小企業に対する緊急融資をあつせんしようというので、都の財政余裕金を五つの銀行にそれぞれ預託をしまして、それを呼び水といたしまして、その銀行から合計二十一億円の融資をあつせんしようといたしておるのであります。今朝前後いたしましてその申込み状況を聞いてみますと、現在までにすでに三十五億円余の申込が殺到しておるのであります。なおこれに継ぎ足しまして四億円の融資あつせんを東京都がやつておるのでありますが、これは昨年以来続けておる小口融資と申しまして、一口十万円を限度といたしまして都下の組織中小企業者、すなわち協同組合の組合員に対して、協同組合を経て転貸をいたします方途であろうと思うのでありますが、これがこの十五日から受付を開始いたしまして、年内に四億円の貸出しをしようとせられておるのであります。これまたその数倍の申込みがあるのは、火を見るより明らかであるのでありますが、東京都においてすら地方財政資金の範囲において二十五億円の金を、この年末におきまして零細企業及び中小企業のために融資あつせんをしてくださつているのであります。これに比較いたしまして、国といたしまして日本全国の中小企業に対してわずかに公庫出資三十億、中金貸付増額二十億と申しますのは、あまりに中小企業に対する国の配慮の薄さを感ぜざるを得ないと思うのであります。ことに中金の貸付二十億はいわゆる貸付でありますので、常日ごろ商工中金におきましてはその資金コストが高いと申します実情から、業者に貸します金利が、他の金融関機に比較いたしまして、とかく高率であるのであります。普通の銀行ならば二銭八厘あるいはそれ以下でも融資のできますものが、中金の融資を仰ぎまして、最低三銭あるいは三銭五厘というような、比較的高率の金利負担を中小企業にしいておる現状であります。そういうことから考えましても、この商工中金への貸付二十億は、よろしく国の出資に振替えていただきたいと私は熱望を申し上げる次第であります。なおそのほかに何とか差繰つていただきまして、五十億程度の資金運用部資金あるいは見返り資金の余裕金の預託をぜひともやつていただきたい、こう考えます。しかもこの預託を従来の例のように、二箇月または三箇月といつたようなきわめて短期間の預託でありませんように、少くも期間四箇月以上、願わくは六箇月程度の預託は必ずやつていただきたいと存じます。新聞情報によりますと、自由党の党議として、この年末に百億円程度の預託を実現すべしという決議をせらるるかのようにも、きよう先ほど聞いたのでありますが、私どもは年末を目睫に控えてゼスチユア的なことを決して望みませんのでありまして、あえて百億とは申しませんが、五十億程度でがまんをしなければならぬと思うのでありますが、ぜひこれは実現をするようにお願い申し上げたいと存じます。東京都の人口は全国人口の御承知通り約一割でありますが、ここへ出入りをいたしております金の面から経済力をはかつてみますと、全国の経済力の約二割と申しますのが大体定説であるようであります。そういうことから考えましても、東京都の地方財政によつて二十五億の融資あつせんをいたしておりますことから考え合せても、国においては少くも全国的に百億以上の年末緊急融資程度の配慮はあつてしかるべきではなかろうかと思うのであります。なおこの新しい預託をもし願いますならば、期間三箇月では足らぬのでありますから、ぜひとも四箇月以上にしていただきたい。三日分日にも参議院の通産委員会で申し上げたことでありますが、その際に、中小企業庁側の御答弁によりますと、中小企業の金融機関のうちで信用金庫等では金が余つて、相当巨額のコール資金を流している実情があるということでありますけれども、そのことそれ自体は事実でありますけれども、実情は政府の預託があまり短かいからそうせざるを得ない実情であるということを、御注目願いたいと私はここで重ねて申し上げたいと思うのであります。すなわち信用金庫等におきまして組合員に金を貸します場合に、政府預託金が二箇月あるいは三箇月であります場合に、これの引揚げを受けましても、それを償還することができないかもわからぬという危惧のために、そういう短期の預託金は往々にして組合員に貸付けすることを差控えて、これをコールに流しておる。これは隠れなき事実であるのであります。商工会議所におきましてもこういつたような問題が取上げられまして、何らかの機会にそれぞれの方面へお願いをしようと申しておるような次第であるのでありまして、せつかくの中小企業向けの国庫預託といつたようなことを、議員諸公の方から御心配いただきましても、その期間があまりに短かいために、それがほんとうに中小企業に流れずして、大銀行等にコール・ローンとして流れて行く。こういうような実情のありますことをぜひともひとつ御記憶を願つておきまして、今後政府資金の預託等のためには、こういうことがありませんような、比較的長期の預託をぜひともお願いを申し上げたいと存ずるのでございます。  なお今度の補正予算には現われておりませんようでありますが、通産当局あるいは中小企業庁等におかれまして、来年度予算においては、相当思い切つた中小企業の抜本的金融対策を、よりより考えておるというようなことを承るのであります。聞くところによりますと、百億あるいは二百億の資金を国家資金として出して、これを中小企業全般のためにプールする。一つの構想としては、商工中金法を改正して、これを資金プールとして、ここから一般中小企業に広く貸出しをする。従来の組合金融のらちを越えて、一般中小企業にも個々の取引が行われるような中金法の改正を考えておる、こういつたような構想をぼつぼつ耳にいたすのであります。何にいたしましても、こういうふうに中小企業のために、巨額の金が用意せられますということは、私どもとしてははなはだうれしいことでありますけれども、この中金を一般市中銀行化するという性格の変更に対しましては、私は多少異論なきを得ないと思うのであります。商工中金は御承知通り組合金融機関でありますが、昨年の国会であつたかと存じますけれども、一部中金法の改正によりまして、組合員たる個人に対しては金を貸すこともでき、またその個人から預金の受入れもできる、こういうふうな改正が行われまして、組合金融一本化の一つの前進の窓が開かれましたことは、当時私どもはたいへん喜ばしく感じたのであります。ところでその後、これの実際運用がはなはだ十分でないことを私は痛感をいたしまして、年来私も商工中金の評議員を仰せつかつておりますので、評議員会等の際にはたびたび申し述べることでありますが、その一例をとつてみますと、本年十月末におきまして、中金の貸出残高の総額は、大体二百八十億程度であるのでありますが、この中におきまして組合員たる個人に貸付をいたしました金額が、わずかに十一億余しかないのであります。全体の貸付の四%しか個人貸しをいたしていないのであります。大体中金の性格は、組合金融がその本旨でありますけれども、組合の構成員の中には、組合員でありながら中金の金融を受け得ないという面が相当にあるのであります。と申しますことは、大体中金の貸付は、運転資金においては手形割引が主点をなしておりますが、企業者のうち、ことに中小企業の中には手形取引をやつていない中小企業というものが相当にあるのであります。たまたまそれらの業者の中で有力な人々が、組合の理事者に就任をいたしておりますような場合には、組合全体の融資力をカバーいたしますために、これらの理事者はいつもただ個人の保証をするだけで、自分ために中金の資金の運用は一向できない。こういう状態が非常に続いておるのであります。また組織中小企業の中に入つていないいわゆる中堅中小企業の人々の中には、中金を利用しようとしても、中金は組合金融機関であるから、個々の金融の利用には使えない、こういう声を非常に聞くのであります。これらの声にかんがみまして、昨年中金法の改正によつてこの門戸が開かれましたけれども、中金はこれにはなはだ消極的な態度しかとつていないのであります。わずかに全貸出高の中の四%にすぎない個人貸出ししかやつていないのであります。私はもしも中金に巨額の国家資金を今後投入をせられまして、これによつて組織中小企業者以外の中堅中小企業者の金融もまた担任させようというお考えがおありになりますならば、何もこれを市中銀行化する必要は少しもないということを申し上げておきたいと存じます。昨年改正せられましたこの中金法の新しい行き方によりまして、組合員たる個人に自由に貸す、この貸すというやり方を大いに伸張いたしますならば、五十億でも百億でも、新しい資金がいわゆる中堅中小企業のためにどんどんとここから流れ出ることができると思うのであります。中小企業の金融機関といたしましては、御承知通り零細な面には信用金庫あり、相互銀行があるのでありますけれども、これはまず一口平均五万円から本数万円にすぎませんような、いわゆる零細企業の金融機関でしかないのであります。中金は中小企業者の金融機関をもつて任じておりますけれども、ただいま申し上げました通り、これが中堅中小企業のためには、はなはだ役割を演じてないような実情であるのであります。そこで各都道府県におきまして、中堅中小企業を専門の対象とする金融機関が必要だということが、累年唱えられて参りましたが、東京都におきましても、昨年都がたいへんなあつせんをいたしまして、純民間の資本を集めまして東京都民銀行ができたのでありますが、これは一年にまだ足りません。昨年十二月十八日に開業をいたしたのでありますから、一年に足らぬのでありますが、先月末をもつてすでに預金が二十五億を突破いたしておるようなふうでありまして、非常な好評を中小企業者の中に与え、また普通銀行よりも三時間の長時間営業をするというふうに、中小企業のために大いなる便益を与えております。こういつたような金融機関が、各府県におきましても今後できようという機運を非常にはらんでおるのであります。こういつたようなことを、いわゆる国の政策におかれまして、往年各都道府県に農工銀行がありまして、農業金融のために、ことに長期不動産金融のために大きな使命を果しましたように、今後各都道府県に中小企業専門の商工銀行的な性格のものができまして、これに国家資金が大きく流れて参りまして、組織しない中小企業のために大きな金融的役割が果されますことを、私は切に念願いたしたいと存じます。今度の補正予算にはもちろん盛り込まれるわけには参らないでございましようけれども、来年度以降におきまして、そういう施策をお考えになります場合に、この点はぜひとも御考慮おきをいただいておきたいと存じます。  次に歳入の面におきましては、今度の低額所得層に対する減税的歳入予算の組まれておる点を一言申し上げておきたいと存じます。予算説明を拝見をいたしてみますと、二百三十億ほどの減税がこの補正予算で行われておる。来年度はさらに八百億円以上の予算が気構えられておるということを承るのであります。これは小所得階層に対する一大福音であるのでありまして、双手をあげて賛成を申し上げる次第でありますが、これを中小企業という立場から見ますと、これは中小企業に対する減税には全然なつていない、こういうことを断言してはばからないと思うのであります。補正予算の説明書を一覧申し上げましても、これは申告所得税の減税に対しましては、二百三十億の減税の中でわずかに一億二千万余円しか申告所得税の減税にはなつていないのであります。これは要するに社会政策的な観点から、主として勤労者負担軽減のため考慮をせられたことであろうと思うのでありまして、勤労者の家計改善に関しましても、多々ますます弁じなければならぬことは申すまでもないことでありますから、これは当然のことでありますけれども、これに継ぎ足して中小企業の減税もまたひとつ御考慮を願わなければならない。こういうことを強く私どもはお願い申し上げておきたいと思うのであります。  中小企業の生活状態は、その所得が五十万円以下の階層におきましては、まず勤労者生活と選ぶところがないということは、つとに論ぜられているところでありまして、皆さんも御承知ところでありますが、企業者でありますために、勤労控除の恩恵に浴することができません。また今度の改正案に盛られておりますような、社会保険料の控除というものも大部分はこれを受けることができないのであります。でありますから、これを分解してつぶさに研究をいたしてみますと、五十万円以下の中小企業者の生活状態は、勤労者生活を下まわつているという現状がはつきりと出て参るのであります。私先ごろいささかその点を研究いたしてみたのであります。それは総理府の統計によりまして、本年五月の都市における勤労者の実態から税を差引きまして、——中小企業者でありますので、税は別途に考えなければなりませんので、勤労者の家計支出から税を引きましたものを、かりに中小企業者の家計支出と見ますならば、すなわち勤労者と同じ生活をいたしましたならば、所得から税を引いてそれが支弁し得るやいなやということを計算いたしてみますと、現行税法では五十万円以下の年段階層では、ことごとく赤字になるのであります。年収二十万円の階層におきましては、年額一万九千余円の赤字になりますし、四十万円の階層におきましては三万二千余円の赤字になるのであります。これが今度の所得税の軽減改正の適用を受けました結果といたしましても、若干これが減るだけでありまして、依然として五十万円以下におきましては、赤字が出るということはいずれも同じでございます。と申しますことは、総理府の統計に現われております勤労者の家計は、エンゲル係数が本年の五月におきましてようやく四六になつておりますことから考えましても、決して戦前の健康にして文化的な生活に返つておるわけでないことは、容易に考えられるのでありまして、そのおのおのの収入階層に応じまして、その階層における体面を保つため最低生活を、自然欲求的に行つているものと考えなければならぬのであります。この点はあるいは公務員の待遇改善あるいは一般勤労者の待遇改善の上につきましても、大いに考慮せなければならぬことでありますとともに、その生活の実相を中小企業に当てはめてみますと、中小企業者はさらにそれ以下の生活に切り下げざるを得ないような税をとられている、こういうことの実態がはつきりと把握せられるのであります。  そればかりでありませんで、ようやく多少の蓄積が行われ得ると考えられます年収五十万円以上二、三百万円のいわゆる中堅中小企業の階層におきまして、最近の日本再建の上の至上命題でありますところ資本蓄積が、はたしてできるような税をとられておるかどうか、こういつたようなことをまた分析研究をいたしてみたのでございます。四十万円以下の生活状態は、勤労者の家計調査というものが、総理府統計にもありますし、東京都の統計にもありますし、あるいは主要なる各府県の都市及び村落において、それぞれ統計ができておりますので、これはもう隠すことのできない実態がはつきりとわかつておるのでありますが、収入四十万円までの勤労者家計におきましては、大体収入が二・五倍になりますごとに家計支出が二倍にふえておるということが、この統計の示すところによつて、はつきりと看取することができるのであります。しからばそれ以上の収入階層においてはどうだろうかということになりますと、これは統計が全然ありませんので、私は商工会議所等におきまして藤山会頭初めいろいろ高額の所得層の方々の家計の状態をそれぞれ伺いまして、それから想定をいたしまして、四十万円以上の収入の階層においての家計支出がどれだけであろうかということを算定いたしたのでありますが、大体中額とか、高額所得層におきましては、所得が四倍にふえるごとに家計支出が二倍になるということが、最も実情に近いものであるということを知り得たのであります。これは御列席の議員諸公におかれましても、御自分の御生活と比較してお考えになりますれば、ほぼおわかりになることと思うのでありますが、この私の分析研究をグラフにいたしまして、そのグラフから抽出いたしました各階層別の想定生活費というものを、税引きの所得の中から引いてみますと、八十万円から二百万円の階層におきましては、現行の税法においては七%ないし一四%の資本蓄積しかできないことがわかるのであります。それに反しまして、三百万円以上二千万円程度の階層におきましては、一八%以上二五%余程度資本蓄積ができるのであります。すなわち上の方へ行くほどパーセンテージも多くなる、絶対金額はもちろん多いのでありますが、絶対金額ばかりじやありませんで、所得が多くなるほど蓄積がよけいできる、こんなふうになつているのであります。  ところでこれを所得税の総額から見てみますと、昭和十年におきましての国税、所得税の担税階層別調査によりますと、当時の高額所得層と考えられておりました年収三万円以上の階層におきまして、全所得税額の五三%余を担税いたしておつたのであります。すなわち半分以上が高額所得層において所得税負担いたしておつた。これを今日の物価水準から換算いたしますと、少くも年収千万円以上になるわけであります。この千万円以上の昭和二十五年の所得税がどれだけ負担せられたかを調べてみますと、わずかに全額の〇・三五%にすぎぬのであります。して当時の年額八百円から三千円くらいの年収にしかすぎなかつた今日の二十五万円以上百万円の階層におきまして、昭和二十五年においては五八%余の所得税申告所得税の上においては負担をいたしているのであります。すなわちいわゆる中堅中小企業において税の半分以上を負担している。要するに中小企業者が国税の太宗をなしますところ所得税の半分をささえている、こういう現状であるのであります。こういうことから考えますならば、いかに中小企業に税のしわ寄せがせられているかということが、一言にして尽されるのではないかと私は思うのであります。これはどうしてもこの中堅層における負担の軽減を今後はかつていただきませんならば、日本の社会機構はいわゆる中産階級の没落を来す何ものでもない、こういうことになると思うのであります。累次にわたる税法上の減税が行われました。また来年度もそれが行われようとしているようでありますが、いわゆる勤労階級及び零細業者の階層におきましては、順次税の軽減がはかられておるのであります。まだ足れりとはいたしませんが、だんだんよくなりつつあるのでありまして、おそらく来年度あたりには年収二十万円程度までの勤労者及び企業者に対しては、税がかからぬといつたようなことが、期待できるようになるだろうと思うのでありますが、さて実際資本蓄積のできる階層に対しましてはどうかと申しますと、九月十六日の各新聞に載つておりました池田前蔵相の名古屋における御発表によりますと、来年度においては八十万円以上に対しては増税をして、そうしてずつと小さい所得階層に対しては、減税をはかるつもりであるというようなことが伝えられておられておりましたように、ややもいたしますれば、この中堅層がおいてきぼりになるという傾向が、非常に政治の上では強いのではないか、この点をぜひとも御考慮願わなけらればならぬ点であると私は思うのであります。国家のほんとうに安泰になる今後の再建のためには、どうしても中堅層の生活が安定をいたしますことが、至上命題でなければならぬと思うのであります。日本国家が大所得層と貧困階級とにわかれてしまいまして、いわゆる階級闘争がいやが上にも巻き起るというようなこととなりますならば、わが国の安泰というものは期待ができないのではないか。そのためにはこの担税力の上において、最も重圧をこうむつております中堅中小企業のために、今後抜本的な資本蓄積の可能でありますような税制の改正を、ぜひともお願いを申し上げておきたいと存じます。これは要するにこういう現在、大部分の税を負担しておるところで、大いに税の軽減をはかると、国家財政の収入が激減するのでどうにもならぬ、こういうことでいつも片づけられるように思うのでありますけれども、これはやらなければ、日本国家のほんとうに安泰な再建は不可能ではなかろうかと思うのであります。これはなかなか困難でありますが、なお行政簡素化の徹底を何回にもわたつておはかりを願いまして、そうして簡素化した機構によつて、個人の収入は大いに増加するようにお考えを願つて、国費全般としては歳出の減少をはかつていただきたいと存じます。  そのほかには、ぜひともこの財政投資の中で、一般会計から出しておられます財政投資は、できるだけ資金運用部資金または見返り資金に切りかえていただきたい。そうして一般会計の歳出を減していただきたい。これが財政簡素化の一つの方向でなければならぬと私は思うのであります。二十七年度予算によりますと、一般会計の財政投資が七百九十億円に及んでおるのでありますが、いわゆる超均衡予算から要するに均衡予算を続けておられます現状から、インフレーシヨンを克服するという観点から、これが必要だということは一面においてわかりまするけれども、これは何とか差繰りいたしましてこれを可及的に減額をして、そうしてこれを資金運用部資金または見返り資金に置きかえる。幸い資金運用部資金におきましても、補正予算のあとにおきましても、二百四十八億円の今年度繰越しが見られますし、見返り資金におきましては百億円が見られるようでありますが、この合計三百五十億になんなんとする国家資金を、要するに税によらない国家資金を、何とか財政投資に多少でも振り向けていただきまして、それらの面からひとつ中小企業に対する減税、この補正予算の上において二百三十億を予定せられておりますけれども、その中で申告所得税ではわずかに一億二千万円しかその恩恵を浴することになつておらない、この中小企業のために、ぜひともこれらの方面から何とか御配慮が願いたい、これが私の痛切なお願いであるのであります。  なおこれらの措置をとりましても歳計の足りないような場合には、これは非常な反対はございますけれども、私は間接税の一部増徴を考えていただきたい。これも現在の奢侈的物品税やあるいは酒税、タバコ税のように非常な高率課税でなく、低率公課の原則によりまして、広く国民全体から確実な間接税がとれるようにいたしまして、これによつて行政簡素化の結果、なお足らないところは経過的に日本経済の再建ができるまでそれでまかなつていただきたい、こういうふうに私は考えます。フリゲート艦は船であつて艦ではないというようなおもしろい議論を伺うのでありますが、議論は何といたしましても、とにかく日本は自衛的な再軍備は、行く行くはどうしてもやらなければならぬと思うのでありますけれども、数日前の国会における新蔵相の演説にもありましたように、現在のわが国の国力はこれに耐えない、耐えないというのは私はほんとうだろうと思うのであります。これは要するに国民それぞれがいわゆる国利民福と申しますか、自己蓄積を持つようになつて、初めてそこに担税力が生れる、国もまたそれからたくさんの税をとれる、まず自己蓄積をはからなければならぬというのが、今日の合言葉になつておりますけれども、実際は長良川の鵜飼いではありませんが、のみ込んでは吐き出し、のみ込んでは吐き出し、一向腹の中へは入らぬような今日の政治であるのは、もう隠れもなき事実であると思うのでありますから、これは何とか是正せられまして、まず国民の自己蓄積がふえまして、これによつて国力の増強ができまして、次第に自衛が行われて、わが国が独立の形態を名実ともに完成をするということを一日も早く願いたい、私どもはそう考えるのであります。  私はそういう観点からまず蓄積のできるような減税をはかつていただきたい。国費に足らぬのでありましようけれども、そういうことを言わずに、まず蓄積のできるような税制にしていただきたい。そうして足らぬところは何とか繰りまわすようなことを考えていただきたい。これは国の経済でも個人の経済でも同じだと思います。入るをはかることばかり考えておつたのでは個人の貯蓄でもできません。やはり出ずるをはからなければいかぬのであります。とにかく個人でも貯蓄をいたしますためには、天引貯蓄ということがよくいわれますように、国家におきましても天引的な減税をしていただきまして、そうして現在最も必要だと思います中堅階級の育成になりますような中小企業のために減税が行われるならば、やがてその点から資本蓄積が行われて、日本経済が再建せられ、やがて日本が弾力性のある徴税国家になりますように、ぜひともお願いを申上げたい。  はなはだ時間が超過いたしましたけれども、金融の緊急対策は、先ほど申しましたように、ぜひともここで資金運用部資金または見返り資金等によつて五十億以上の四箇月以上六箇月程度の預託を緊急にこの年末金融対策としておやりを願いたい。来年度になりましたならば、できるならば百億、二百億の中小企業融資を、中金法の改正によらずして、中堅中小企業の階層にこれが流れますように御配慮をいただきたいと存じます。  はなはだつまらぬことを申し上げましたが、これで終ります。(拍手)
  41. 太田正孝

    太田委員長 ありがとうございました。  御質問がございますか——御質問がなければ、次に日本鉄鋼産業労働組合連合会委員長清水慎三君に御意見を承りたいと思います。清水君。
  42. 清水愼三

    ○清水参考人 御指名をいただきました清水でございます。御紹介になつた私の仕事のほかに、公労法に基きまする中央調停委員の一員でございますし、また米価審議会の一員でございますので、そういつた角度も合せて若干の意見を述べさせていただきたいと思います。  まず第一に、最近の二、三年の間、補正予算はいつも十五箇月予算といつたような形で、やや長期の財政見通しの一環として国民の前に提示されておりました。私はいわゆるドツジ・ラインなるものはきらいでございますが、ドツジさんが指導いたしました国家予算の出させ方は、踏襲していただきたいと考えておるものでございます。たとえば、今度の補正予算に載つております給与ベースの改訂にいたしましても、米の消費者価格の問題にいたしましても、やはり国民経済を総合的に見た上できめるべき問題でございますので、何か人事院の勧告があつたから腰だめ的に出しておるような印象を受けるような取扱い方ではなくて、たとい補正予算といたしましては、今年度中のものでございますから、数字の上では経過的なものに見えましても、いわゆる十五箇月予算的な取扱いで出来ますならば、やはりこういつた給与問題、米価の問題等の総合的な扱い方の一環としてこうやつているのだという批判が、一般国民大衆にもできるわけであります。  次に、この補正予算が上程されるに至るまでの政府部内における取扱いにつきましては、私は、さきに申しました中央調停委員の一員といたしましても、米価審議会の一員といたしましても、多大の不満を感ずるものでございます。御承知のように、九月に米の生産者価格を諮問する米価審議会が開かれました。その際に、私ども消費者側といたしましては、当然のことといたしまして、消費者価格の同時審議を強く要望いたしたのでございます。これに対しまして、当時廣川農林大臣は、消費者側委員各位が了承できないことはよくわかりますが、御了承願います、と非常に廣川大臣らしい答弁で、はぐらされてしまつたわけでございますが、こういつた扱い方をなさることに対して、私どもとしては非常な不満を感ぜざるを得ないのでございます。消費者価格につきましては、ほぼ補正予算に、その扱いが出ておるわけでございますが、米価審議会はいまだに開かれておりません。またいわゆる仲裁裁定の問題につきましても、また公労法による調停裁定の問題につきましても、たとえば今度の補正予算に関しまして、電通公社の職員の給与について、公労法に基く成規の調停委員会が開かれ、結論が出るという前日に閣議で決定してしまつて、公社職員の前に押しつけておる次第でございますが、このようなことは、せつかく公労法という法律ができておりながら、法を守るという点において、政府みずからが無視しておるという感じをどうしても強く抱かざるを得ないのでございます。本委員会における公述といたしましては、いささか前置きが長過ぎたかと思いますが、私どもとしましての不満を委員諸君においてもおくみとりを願いたいと思うからでございます。  次に、この補正予算案の内容について若干の意見を申し上げたいと思います。総括的に見まして、いわゆる防衛力漸増に関する経費とか、あるいは安保条約に関する諸経費とか、こういつたものについては、政府は牢固たる考え方で首尾一貫しておるように感ぜられます。たとい剰余金が出ておりましても、これは他に絶対に転用しないのだ、あるいは減税の財源に充てないのだ、こういう信念を出しておりますが、国民生活に関する部門、あるいは国民経済的な面につきましては、いわゆる出たとこ勝負の感を免れないと思います。たとえば運賃を上げ、米の消費者価格を上げておいて、一方において給与ベースを若干改訂する、若干の減税をする、見かけは一応整つておる感がございますけれども、すでに多くの人に指摘されております通りに、給与ベースの若干の改訂や減税で救われない多くの貧しい大衆があるということは御承知通りであります。失業者、半失業者あるいは零細な家内工業に働いておる方々、これらの人には均霑しないわけでございます。こういつた面に対して、いかに諸物価の値上げの停止をはかるか。この点がやはり出ていなければ、実質的にはつじつまが合つていない、こういわざるを得ないのでございます。ただ年をとられた軍人さんのことだけが項目に出ておりますが、困つておるのは年とつた軍人さんだけでないということは、私から申し上げるまでもないところであります。  次に個々の問題につきまして若干申し上げたいと思います。まず第一に給与ベースの問題について申し上げます。冒頭に申し上げましたように、一般公務員の給与ベースの国民経済全般に及ぼす影響等を考えますと、私はやはり本格的には年度予算において、十分の討議をしていただくのが原則ではなかろうか、このように考えております。ここ二、三年来、常に人事院勧告が出た後、補正予算の形で給与ベース問題が扱われておる。この事態は、やはり原則的な扱い方ではない、このように考えておるものでございます。と申しましても、本補正予算で給与ベースの問題を扱う必要がないと申しておるのでは絶対にございません。もしも年度予算におきまして、全体の財政規模、財政収支の全般の考え方の御討議の中から給与ベースの問題につきまして、もつと本式に取組んでやるのだ、こういう条件がございますならば、私は補正予算におきましての給与ベースの取扱い方につきましては、最低限人事院勧告の完全実施、こういつた線で取扱われても、私自身としては、財政収支の計数を見た上からは、やむを得ないのではないかと感ぜられますが、あくまでも給与ベースとしましては、年度予算を立てるときにもう一度本格的に審議していただく、これが前提条件としての考え方でございます。そのほか国鉄、専売等の仲裁裁定につきましては、当然完全実施していただきたいと考えます。電通の問題につきましては、過般十一月八日に公労法に基く手続で出ております電通の調停案をそのまま尊重していただきたい、このように考える次第でございます。  次に米価の問題でございますが、私どもが多年にわたりましていわゆる二重価格制を強く主張しておることは、すでに御承知ところと思いますので、くどくどしくは申し上げません。輸入食糧につきまして相当の国費を使つておる現状から申し上げますならば、米の生産者価格につきましては、いわゆる限界農家の生産費を償う米価を考えることも、当然であろうと考えておる次第であります。また財政からの農業投資、土地改良、こういつた諸条件の調整によりまして、いわゆる限界農家の範囲を拡充して参ることも必要であり、こういう措置によつて輸入食糧を減らすことも必要であると考えておりますので、米の生産者価格をいびろうという考えは毛頭ございません。従いまして、一般勤労大衆の生活水準の維持、この面と両方を両立させるためには、やはり二重価格制を採用するしかないと確信いたしておるところであります。  次に鉄道運賃につきましては、運賃値上げが多く反映する諸物資につきましては、値上げを極力押えて、コストの中で吸収できるような物資については、若干の値上げはやむを得ないのではないか。それは運賃は戦後におきまして、諸物価の上昇率と比べて低いという事実は、われわれもまた認めざるを得ないからであります。なお旅客運賃、ことに通勤の定期とか一般の三等汽車賃とかいつたものについての値上げには反対でございます。  次に減税の問題でありますが、たとい税法上の減税でありましようとも、減ることは非常にありがたいわけでございまして、経過的に少しずつ減税されて行つても、そのことについて私ども多く異議を申し上げるわけではございません。ただ私どもが、一般の労働者の生活水準につきまして、戦前水準の回復を第一義的に呼号しておる現在、やはり勤労所得税につきましても、戦前どれだけ免税されておつたか、そのことをやはり思い起さざるを得ないものがあるのであります。しかし率直に申しまして、当時の千二百円、すなわち今の物価に直しまして、どのような物価指数を使いましても、少くとも月三万円くらいまではかからないということに計算上はなろうかと思いますけれども、私も現在の国の財政を考えてみまして、即時その水準まで免税しろというようなことは申し上げません。しかしながら、戦前払わなくてもよかつた多くの勤労階級が、相当の生活の圧迫に耐えながら税金を払つている以上は、この国費はやはり少くとも非生産的な消費に充てないでいただきたいという気持は、切実なものがあるわけでございます。いわゆる再生産外の消費にすぎない再軍備的な経費に、こういつた血の出るような金を充てていただくことには、絶対反対せざるを得ないのであります。また先ほど減税していただくことは若干でもけつこうだと申しましたが、もつと何か切実に感じられる点は、初めから税金をとり過ぎておいて、あとで恩恵的に返してくれるといつたような感じを免れないのでありまして、自然増収がふえたふえたと言われましても、たとえば経済審議庁のいろいろの経済報告を見たり、経済白書を読んだり、あるいは下期の見通しなるものを読んだりいたしてみましても、そう好景気になつたとは書いてありません。せいぜい横ばいと書いてあるわけであります。そうした中において、自然増収というのがそんなにわけなくころげ出るというのは、どうもわれわれには理解しかねるものがあるのでありまして、当初十分網を打つて取上げ過ぎるということに対しましては、納得できないものがあるわけであります。  そのほか財政投資の面、あるいは公共事業のことなど感ずる点はございますけれども、これらは他の参考人からいろいろ専門的に論議されておると意いますので、私から申し上げるのは省略いたしまして、最後に総括的に希望を申し上げておきたいと思います。  それは、アメリカのいわゆる軍拡景気が中だるみとかなんとか言われて参りまして以来、ことに最近にあつては、アメリカ経済に依存しておるいわゆる資本主義経済圏におきましては、何かデフレ的な傾向が起るのではないかといつた感じがいたすのであります。こういつた状態に直面して、日本の政府におきましては、十分長期的な見通しも立てながら経済政策を立て、その一環として予算を組んで行くといつた態度が、まだわれわれにくみとれないように感ずるわけであります。私どもは、日本といたしまして、国際的にデフレ的な傾向が起つたときに、最近ではたとえば昭和二十四、五年のドツジ・ラインのときにおきまして、さらに古くは世界恐慌のさ中における浜口内閣の経済政策におきまして、デフレ合理化競争をやつてみても、日本経済はそれに耐え得たことはなかつたのではないか、少くとも最近の事例はそれを証明しておるのではなかろうか、このように感ずるのであります。せいぜい労働者階級にあるいは首切りあるいは賃下げ等の結果をもたらしたにすぎなかつたのではないか、こう思うわけであります。では最近声高く叫ばれておりますいわゆる防衛生産の強化によつて対応できるのか、こう問題を提起いたしますと、やはり私どもの感じておる点では、こういつた方向はインフレ化を免れないし、また兵器生産ため自体の高度の資本蓄積が振りかかつて来るでありましようし、反面におきまして今日の国際条件下におきまして、このような生産がいわゆる安定した需要のもとに行われるとも考えられないのであります。従つて今日の国際経済に処しまして、当予算委員会のように各党の大物がそろつておられます委員会におきまして、こういつた事態においていかに基本的な経済政策を打立てるべきか、堂々たる討論をされまして、国民の前に基本的な日本経済のあり方をどうか示していただきたい。そういう中において二十八年度予算が組まれることを特に希望いたしまして、簡単でございますが、公述にかえたいと思います。(拍手)
  43. 太田正孝

    太田委員長 ありがとうございました。  御質疑がありますか。——河野君。
  44. 河野密

    河野(密)委員 ちよつとひとつお願いしますが、先ほど鉄道運賃の値上げはあなた方のお考えでは、旅客運賃の値上げはいけないが、貨物運賃の値上げは認めるというような趣旨にちよつと聞き取れたのですが、そういうふうに解してよろしいですか。
  45. 清水愼三

    ○清水参考人 貨物運賃全部を上げてよろしいということではなくて、コストの中に吸収されるような、つまり運賃値上げの結果が諸物価に転嫁されないようなものにつきましては、運賃値上げが行われても、それについて直接異議は申さない、このように言つたわけです。
  46. 河野密

    河野(密)委員 具体的にはどういうことになるのでしようか、あなたのおつしやることを具体化すると、今旅客運賃と貨物運賃、そういうようなものがある、貨物運賃は値上げをしても、直接コストの中には繰込めないだろうというお考えなのですか。
  47. 清水愼三

    ○清水参考人 そうではありません。物資の中に転嫁する度合いが物資ごとに相当違うと思います。その中でたとえば鋼材などについては、その陸送についてそう他の物価に転嫁させなくて済むのじやないか、そういうふうに物資ごとに当つてみてやつていただきたい、そういうことでございます。
  48. 河野密

    河野(密)委員 物資別に運賃を引上げるか引上げないかをきめろ、こういうことですか。
  49. 清水愼三

    ○清水参考人 実際の扱いとしましては非常に技術的にむずかしい点がありますから、完全にその趣旨が生かされるとは思いませんが、そういう趣旨において実行していただきたい、こういうことでございます。
  50. 河野密

    河野(密)委員 ついでにもう一つお尋ねしますが、今度は同じ値上げの問題で、全電通の方の調停案を実施しますと、大体四十六億ぐらいになるのです。そうするとそれについても今お話のような問題が起つて来るのですが、これはあなた方労働団体の方としてはどういうふうにお考えになりますか。電信電話の料金の値上げについて、どうお考えになつておるかを伺いたいのです。
  51. 清水愼三

    ○清水参考人 電通の調停を実施するにつきましては、やはりただいま御指摘の四十六億の捻出の仕方は一般会計から出していただきたい、このように考えております。値上げをしてくれとは申しません。
  52. 河野密

    河野(密)委員 してくれというのでなく、値上げもまたやむを得ないというお考えなのでしようか、値上げ絶対反対という考えなのでしようか。
  53. 清水愼三

    ○清水参考人 値上げに反対であります。
  54. 太田正孝

    太田委員長 ありがとうございました。  次に早稲田大学教授河部賢一君にお願いいたします。
  55. 河部賢一

    河部参考人 補正予算についてどう考えておるかということをお尋ねになりましたので、私の考えておるところを率直に申し上げてみたいと思います。政治問題には触れませんでして、主として経済問題としてこれを考えてみたいと思います。もう時間もありませんから、なるたけ圧搾いたしまして、要点を次から次とお話を申し上げてみたいと思います。  今度の補正予算の内容はもう説明するまでもありませんが、補正予算全体につきましてどう考えておるかと申しますと、私は今度の補正予算日本の現在の財政の不健全性と経済政策一般の無計画性がここに現われたものであると考えておるのであります。言葉がはなはだ率直でありますけれども、なるたけ婉曲に遠まわしに言わずに、はつきりと申し上げてみたいと思いますから、その点を御了承をお願い申し上げます。なぜそういうことを申すかといいますと、今度の補正予算はどこから発生したかといいますと、千二十八億円の自然増収が出たので、この問題が発生いたしました。してみると自然増収というものをどう見るかということにまず目を向けなければならないと思います。全体のこういう話をする前に、私の頭を去来いたしますことは、国の財政と民間の経済がよく調和がとれたものでなければ経済にもよろしくなく、また財政のほんとうの確実性を得ることもできない、かように考えております。財政経済の一致が何よりも必要である、こういう点から申しまして、たとえばアメリカ財政経済は、これは厖大なる国でありますかり、財政も大きく経済も規模が大きいので、多少苦しい不健全なところがありましても、ボロを出さずに参ります、国が富み民が富んでおるのです。ところがフランスはどうかと申しますと、民が富んで国が貧しいのであります。これは政治情勢によることでありましよう。民間の富は相当ありますけれども財政の方の要素はどうかというと、貧乏であります。イギリスはどうかといいますと、まずこれは財政経済が一致いたしております。経済乏しいときは財政また節約して行く。財政豊富なときは、これは経済の富めることを示しておるのでありまして、両者表裏一体となつておるところイギリス財政経済の強みがあるのではないかと思います。ところ日本におきましてはどうかと申しますと、戦後は国も貧しく、会社も貧しくわれわれの家計も貧しく、みなそろうて赤字の時代がありました。ところがドツジ政策財政上に施行せられましてこの方、様子がかわりまして、一昨年、昨年、今年とずうつとどうなつたかと申しますと、国富んで民貧し、国民が非常に苦しんでおる。会社も非常に不景気で、金詰まりで不渡り手形が横行しておる。ただ国の財政だけは非常に富んでおる。手持ち外貨が十二億ドルあるとか、財政上余裕金が幾らあるとか、あるいは自然増収が千億を越えておるとか、こういうように国が非常に富んでおりますにかかわらず、国民経済もわれわれの家計も決して富んではいないのでありまして、財政経済の不調和が端的に現われておるように私には見える。この端的に現われておりますことが、すなわち補正予算として現われておるように思うのであります。  世間では生活水準がもう戦前に復帰したとか、そういうことをよく申しますけれども、これはただ国民所得と何とかかとかいう数字を並べましただけのことでありまして、実際からいうと生活水準は戦前にはるかに及ばないと私は思う。と申しますのは、戦前の生活は過去何年、何十年の生活の基礎の上に築かれた所得であり、生活でありました。ところが戦後は何もかもなくなつて、そうしてその上に立てられた所得であり国民所得であるのでありますから、深さが違います。以前でありますと、寒ければたんすを引つ張り出しますと古いシヤツでもある。それを着てみれば寒さもしのげるというような余裕が多少ありました。生活に余裕があつた。ところが今日は寒ければどうしてもシヤツを買わなければならない、何も買わなければならないというようなわけで、生活の基礎が非常に浅いのでありますから、所得はすべてをあげてこれを生活に向けなければならないということである。でありますから、ただ表面の数字だけを見まして、戦前の生活の八〇%とか九〇%になつたとかならぬとかいうことが議会で相当御論議になつたようでありますが、これらのことは数字だけのことを取上げて言つておることでありまして、生活の実態はもう少し深いところにあると私は思うのであります。そういう点から言いますると、一般国民生活はまだ戦前にはるかに遠いと私は考えます。こういうようなぐあいでありまして、生活も苦しい、会社の業態もよくない、ただ国家だけが富んでおるような形を示しておる。その富んでおるという一つの力は何であるかというと、現に現われております自然増収というものであろうと思うのです。これは国民からとり過ぎた収入であります。  ところでこの自然増収につきましてもう少し内容を考えてみたいと思います。なるたけ要点だけを申し上げたいと思います。今年の自然増収は千二十八億円、去年は千七百六十何億円、五〇年は、これは税制の改革のゆえでありましよう、非常に少いのでありますが、補正予算は三十一億円にすぎなかつたのであります。ところが去年は非常に多くて、そうして今年も非常に多い。ところが去年と今年はよほどその内容が違います。去年は朝鮮景気によつて興された産業活動のために起つた民間収入がふえたので、それを徴収したのが自然増収なつております。いわば外から輸血せられた。もう少し言葉を進めて申しますと、生産的な意味の自然増収があつたといつてさしつかえないのではなかろうかと思います。ところが今年の自然増収といいますのは、まるきり性質が違いまして、いただきましたこの説明書を見ますと、給与を引上げたために公務員及び民間の所得がふえたので、従来の税法をもつてすればそれだけ収入がふえて来たのだということであります。してみますと、同じ自然増収でも、前年と今年はまるきり性質が違うのです。ことしの自然増収は、いわばたこ配であります。国内において給与を引上げて、その引上げたために天引きで国庫がそれだけ富んでおるというようなことは、これは会社でいえばたこ配をやつておるようなわけでありまして、決して健全なものということはできないのであります。そういう性質でありますから、いろいろな現象が行われて来るのであります。これをまず第一にどういう点から見ますかというと、その原因はどうであれ、自然増収が、去年もことしもこういうぐあいにして起つておるということは、いいか悪いか。自然増収が連続するということは、だれが考えてもいいとは申せません。こういうものはない方がいいのです。当初予算でもつて一箇年を貫くことができればそれが一番いいのであります。ところが途中において朝鮮のブームあるいは給与の引上げのようなもののために、また当初においては思わざるところのそういう事態が生じましたがために起つた自然増収であれば、ある意味からいえばやむを得えかつたものであるとも言えましようけれども財政全体から見ると、それだけ変調を来しているといわなければならないと私は思うのです。そうするとどこからそうした自然増収が来たかといいますと、今申しましたような点もありますが、そのうちのどれほどかは当初予算をこしらえるときの予算の編成の仕方に、歳入の見積りが少な過ぎたこともあるのではないかと思います。これは予算編成のときには、なるたけ歳出はそのままに、歳入は内輪に見積つた方がそれだけ健全ではありますけれども、度が過ぎますると自然増収が必ずふえて来るわけでありまして、予算編成の当初におきまする技術と申しますか、見込みというか、そういうものに何か不確実性があつたのではなかろうかと思います。数字をあげて申し上げることはむろんできませんけれども、そういうことも思い起させるのであります。  それから次に、給与引上げによつて出たところ自然増収を、もう少し詳しく検討しますると、これは源泉課税から多くとつたと説明しております。申告課税の方は補正予算で二百何十万円かかえつて減収を見込んでおります。源泉課税において莫大なものを見込んでおるのであります。してみれば、源泉課税というものが問題になるのです。税率とかそういうような問題でありませんでして、源泉課税はどこから来たか、これは先に申しました給与の引上げということなのであります。給与の引上げはいずこから来たかと申しますと、これは生活苦から来ておりましよう。先に申しましたように、生活は戦前に回復することはるかに遠いのでありますから、どうしても給与の引上げを要求するようになりましよう。そうした場合に、生活が苦しくなるということはどういうことであるかというと、物価が高くなるということであります。物価の騰貴がどうしても生活を苦しめて給与の引上げを起すことになる。物価の趨勢から申しますと、繊維品とかそういうものはそれは下つております。しかしながら、一般生活物資はそう下つておるわけではありませんでして、非常に高いのであります。こういう点もひとつ考えなければならない。それから源泉課税のうちには、言うまでもなく預金利子の課税どもあります。この二割の利子税のごときも、今日の時勢からいつて非常に私は重いと思う。この利子税を下げるということに対しましては、予算の公平化から申しまして反対論があると思いますけれども経済政策として、日本の今日の利子が世界の水準をはるかに飛び越えて高いということは事実であります。しかも利子の高いことが各企業のコストの、多いところは二割、三割を占めておるということになりますならば、この点もひとつ考えなければならない。どういうふうに考えますと、逆に言えば、給与引上げでコストを上げる。コストを上げますと、それが必ず社会全体に波及いたします。地方の公務員の給与も上ります。民間事業の給与も上ります。すべての給与を引上げてコストを高くします。利子の税が高いということは、やはり資本の負担を重くいたしましてコストを引上げます。両々相まつて物価の騰貴の原因をなす。物価の高いことが国内の大きな苦痛であり、国際物価と比較しますと、まだまだ特殊のものを、除きましては高いのでありますからしで、こういうように租税の方から物価を高めるというようなことでありましては、とても世界の経済競争には耐え得るはずがないのでありまして、こういう点にも考慮を煩わしたいものであると考えるのであります。ところで、この点につきまして今度の説明書あるいは大蔵大臣の説明を新聞で見ますと、なるほど今度は米も高くなり、運賃も高くなり、ガスも高くなり、地代、家賃も高くなる。しかしながらこれらのものは減税によつて吸収することができる、こう説明しております。しかしこれはそういう気がするだけでありまして、詳しい表が説明書にありますが、ある限界におきましては免税点を引上げられますがために、源泉課税の方におきましては百七十何方の人が今度は免税の利益に浴するそうであります。しかしそれに浴さない非常に多くの人はただ物価の騰貴だけを背負い込むことでありまして、これはまたやがて給与の引上げ運動となつて、そしてこれが来年に持ち越されて、それに基く自然増収が起りまして、そして同じことをぐるぐるぐるぐるいつまでもやるというようなことに終るのではないかと思います。自然増収というものが国家の黒字であつて喜ぶべきことであるというような声もありますけれども、これは決してそうではないのでありまして、今日のような自然増収というものは、これは国民を非常な赤字に追い込んで、かろうじて国家が黒字を多少出したというだけのことであります。こういう点も自然増収及び補正予算の見方としては一応成り立つのではないかと思います。もう一つの点は、なにとり過ぎたんだから今度は減税するのだ、減税すればとことんになるではないかという説明もあるようであります。しかしこれはけしからぬ話で——けしからぬというのはかつてにいろいろなことを申しますが、なぜかと申しますと、むりやりにとられたのは去年なんです。これから減税を多少せられましても去年の償いには決してならない。去年それだけの源泉課税負担生活を苦しめて、そうして物価を騰貴せしめておる筋になつているのでありますから、その償いにわずかな減税をいたしましたところが償えるものではない。時間のずれというものがあります。時間のずれている間前にやつた失政をあとでしりぬぐいをするというだけのことでありまして、決して財政の本道であると言いうことはできないように私には見えます。これが第一点であります。  次に、なるたけ簡略して申し上げますが、そういうような性質を持つた自然増収をどういうことに使うかという問題であります。千二十八億であり申すが、私はもう少し出るだろうと思う。よほど内輪に御計算になつていることだろうと思う。ほんとうを言えばまだ相当出るではないか、こう考えます。しかしそういう臆測は別にいたしまして、かりに千二十八億円といたしまして、そのうち約二割二分くらいの二百三十億円を減税に充てる。あとの七百九十八億円、八割に近いものを、これを歳出の膨脹に充てるというのが補正予算の立て方であります。この問題であります。これも論ずればいくらでもこまかくなると思いますが、ごく大まかに申しまするならば、第一にこの割合がいけない。なぜいけないかということをまず歳出の膨脹の方から申し上げます。  今度の補正予算に出た歳出の膨脹を見ますると、なるほどこれも出したい、あれも出したい、とやることがたくさんあります。あるけれども、ずつと見ますと、どうもあちらから頼まれ、こちらから頼まれ、こちらから運動せられ、こちらからつつ込まれて、そうしてきわめて運動力の強い方面に多く出されたように私には見える。裏面で運動した連中とよく会いますが、彼らの言うことを聞きましてもやはり運動力らしいのです。財政方針じやなく運動力らしい。最近私が非常に憂うべき現象として見ておりますのは、何でもかでも国家に頼るという悪弊が風をなしておるということであります。ごくいなかで何か災害がある。昔でありますと、すぐに農夫がみのを着、すきを持ちしまして、皆出かけて行つて道普請をする。川が流れるのを防ぎとめるというような共同精神がおのずからあつたのであります。ところが今日はどうかというと、ああ流れたか、そうすると五万円使えば五十万円くれるぞというような気持になりまして、それが全国にわたつております結果、自然に国の山河を荒廃に帰せしめる原因になつているように思う。国は富んでおる。しかしその富んでおるということは、前に申しましたように、経済と不調和な基礎の上に富んでおるので、ほんとうに富んでおるわけではない。ほんとうに富んでおるわけではありませんけれども国庫に余裕ありと見るならば、これにあれもこれも全部寄り集まりまして、そのわけ前にあずかろうという気持だけが熾烈になりまして、それが運動となつて、それが政治的にいろいろな問題を起して、それが歳出を膨脹さしておるというような風潮がどうもあるように私には感ぜられるのであります。この風潮は一掃いたしたいと思う。ということは、求められるものを聞くことはよいのですけれども、しかしいずれ乏しい国の資金でありますからして、どこに国全体として金を投ずるかという一つの大きな方針がなければならないと存じます。方針に基いて全国の声を聞くことはよろしい。方針を持たずに声を聞いておりますと、それがために流されてしまうのであります。その流されている姿が今日の歳出の膨脹を来しておる原因じやないかと思います。むろんこれは大まかなことでありまして、すべて妥当であるかどうかはこれは何とも申せません。妥当な点もあり、妥当でない部分もあるように私は思う。こういうものがかりに整理いたされますと、減税の割合というものはもう少しふえて来るわけであります。ところ国民を貧しきに追い込んで、取上げた自然増収のわずか二割くらいをもどしまして、これで義理が済んだということじや、これはいかんと私は思う。むろん今日の財政思想から申しまして、租税でとつたところの資金は、いわば一種の強制貯蓄でありますから、これを国家の必要とする方面に向けることはこれはいいと思います。しかしそれをするなれば、まず政府として何が重要であるか、事の軽重を判断して、重要な方面に思い切つて金を出し、そうでない方面にはしばらくしんぼうしてもらうというようにやるべきではないかと思うのでありまして、新しい財政思想から申しましても、何でもかんでも引受けるというやり方は、これは財政を乱すものであるといわなければなりますまい。  次に減税でありますが、減税わずかに二百三十億、二割二、三分にしか当りません。これでもつて、全部自然増収を生んだ財政の不健全性を矯正するものとはだれも考えることができない。しかし補正予算の説明を見ますと、主として源泉課税の軽減に充てると書いてある。むろん源泉課税でうんととつたのでありますから、これに返すのは当然のことであると思う。まあ、それからこまかい話になりますが、たとえばその源泉課税中心なつております勤労控除の引上げ、三万円が四万五千円になりますが、一割五分の率がありますので、それに基いてそういうことをやられたのでありましようが、これは先ほどもお話になつたようでありますが、戦前の生活に比べますと、少くとも四十万円あるいは五十万円、これを控除率にしますと六万円あるいは七万五千円くらいに引上げる必要があると私は思う。そんな財源はありませんよともし言われるなれば、前年度剰余金四百三十何億円をなぜ使わないかと言いたいのです。これは、二十八年度予算で八百億円の減税をするので、そのうち六百億円を源泉課税に充てる、二百億円は申告課税の減税に充てる、こう主税局長の平田さんが説明しておられましたから、なるほど来年で八百億円の減税をするのか、これもいいけれども、おそらくその半分は前年度予算を持つて行くのじやないか。それなれば来年を待たずして、なぜことし補正予算においてこれを減税に充てないのかと、私はお尋ねしたいような気持がしたのであります。さつき申しましたように、財政の施行及び租税の影響、そういう点から考えまして、時間のずれがある。一月遅れますと、その影響はさきになつて倍加し、三倍になつて行くのです。減税のごとき、やるべきよいことであるならば、一日早ければそれだけ害を除くことができるのです。減税は思い切つて早くした方がいい。来年の八百億よりも、今の二百三十億を五百億、六百億にした方が、どれほど来年度全部の経済の建前からいつていい影響を与えるかわからない、かように考えるのであります。こういうわけで、今日の自然増収の本質から申しまして、そうして他面物価を引上げる運動がまだあるという点から察しまして、給与の引上げ、物価の騰貴、今日の不況時においての貿易の不振、そういう点からいいまして、どうしても物価に対する一貫した安定政策がなければ、そしてそれに基礎を置いたものでなければ、来年度予算、再来年度予算というものの健全を確保することはできない。今日のように毎年々々同じことをやつて、来年度予算でそのしりぬぐいをして行くというようなやり方ではいけないという気持がいたすのであります。かようなわけで、補正予算のこまかい点から申しますと、いろいろな点がありましようが、大体から言いますと、今申し上げました通り、ことしの補正予算の基礎が自然増収、しかもそれは源泉課税、つまり給与引上げによる源泉課税であつて、これを今日のような状態でぐずぐずして、来年も同じことを繰返しては、とても必要な方面に資金を投ずることはできなくなるのではないかと思います。本来ならば、わずかの歳出でありましても増税しなければできるものでない。増税といいますと、天下ごうごうとして声が起りまして、簡単には運びません。わずかな減税を今度いたしますのにつきましても、これは行財政の整理をまたずしてはできないことなのであります。これもなかなかむずかしい問題なのです。経費の増加も、減税も、ともに重要な政治的な問題を持つておりますので、なかなかむずかしいに相違ない。ところがたまたま自然増収というものがぽつと出て来ましたので、非常に安易な考えを持つて簡単に減税をする、簡単に歳出膨脹に充てるというようなやり方は、これは財政の堅実性から見まして、はなはだ憂うべきことだと思います。  最後に、財政の健実性ということを申しましたけれども、これは私は決して超均衡財政とか、均衡財政とかいうものに賛成するわけではありません。あれはもう行き詰まりました。近ごろまた健全財政という、二十年前にはやつた言葉が用いられかけておりますが、しかしまだこの方がましなのです。しかし今日の補正予算から見ますと、どうも健全な方に向いておるとは思えない。問題は小さいようでありますけれども考え方が健全だとは私には思われない。さらに補正予算を加えますと、一般会計が九千三百何十億、特別会計が一兆三千何百億、さらに地方予算が七千何百億、全部の数字だけを集めますと、ほとんど三兆億円に達します。それを昔よくやりました統計にすれば、どれほどになるかこれはわかりませんけれども、それにせよ、これだけの大きな規模の財政——もつとも、これを以前の円に換算いたしまして、かりに三百六十円を一ドルとして計算しますと、三十億円にすぎますまい。三十億円では一般会計だけでも足りますまい。しかし国が小さくなり、経済の規模が小さくなり、国民が貧乏しているときに、財政規模だけが大きくなるということは、これまたはなはだ不調和でないかと思います。以前の予算は、半分は陸海軍の国防費であつた。ところが今後は防衛費は二割何分に見えます。国防費は割合に少い。しかるにほかの行政費において、かく膨脹しておる。これは行政費が非常に膨脹しております。公務員の数なども二倍か三倍になつておる。こういうようなところに、財政を膨脹せしめた大きな原因があり、数が多くなりますから、給与引上げによる自然増収が多くなるというようなわけなのです。これはまるつきり追いかけつこをやつているような財政で、つまづけばはなはだ危険な状態になるだろうと思います。今日の財政を均衡財政と見るかどうかは、これは多くの見方があると思います。私は百歩譲つて、均衡財政の姿をしておると仮定いたしましても、もうぼろが出かけておる。大蔵当局のお方の説明によりますると、この年度末には八百八十億ですか、八百五、六十億でありますかの資金の散布超過があるというお話なのですが、それはそうなるだろうと思うのでする地方債は今度は百二十億にふやされました。それから日銀の借入れが今後いろいろなことで行われるそうであります。米価の代金の追加の問題とか、いろいろなことで今度は日銀から借入れるというようなことになりますと、結局のところまたインフレというようなものが起る、悪性インフレにはなりますまいけれども、そういうことになつて来る。物価が騰貴する、貿易がおそらくはさらに不振に陥りましよう、特殊のものを除いて物が出ない、そうしてあるものは上ると、今度は給与の引上げにまたなつて来る。こういうことになりますと、堂々めぐりでいつまでたつて財政のほんとうの健全性というものを確立することができないように思う。こういう点からいつて、どうかしてこの不均衡を打破らなければならぬ、とどめを刺さなければならぬ。まず第一は物価の安定を標準にしていただきまして、そうして源泉課税負担を思い切つて軽くして、給与の引上げの必要をなからしめるくらいに、生活を少しでも安定さすということ、利子の課税のごときを軽減しまして、企業の利子負担を少しでも軽くして行くということ、こういうことが物価の安定策として確立するならば、それが租税の方にも及びまして、多少の効果は生じ得るのではないかと思います。しかし全部の効果にはなりません。第二は、歳出方面においてもう少し一貫した政策をお立てになつて、そうして必要な方面には資金を投ずる。たとえば文教の刷新のごとき、あるいは生活のほんとうの安定のごとき、あるいは国民生活の必要な部門に出して、そうして自然増収などが出ないことを期してやつていただくというようにしてもらえば、財政の健全性は多少維持せられるのではないかというような気がいたしております。今日のごときままで行くならば、結局同じことを繰返して行くおそれがある。同じことを繰返すということは、時間的その他の影響から申しまして、次々と影響を悪化するわけでありますから、早い機会において物価の安定政策及び経費における国策の樹立、重点の確立というようなものを立てて、それを補正予算に思い切つて採用して行くということになりますと、従つて二十八年度予算も安心して組むことができるのじやないか、国民生活も安定に一歩でも近づくことができる、かくして財政経済の今月の不調和が多少でも回復することができるのじやないか。こういうような気持をもつて補正予算を読んだわけであります。  はなはだ言葉が乱暴でもあり、尽しませんでしたけれども、思うところを述べまして御参考に供した次第であります。(拍手)
  56. 太田正孝

    太田委員長 ありがとうございました。御質疑はございませんか。——これにて参考人の御意見を聞き終りました。  参考人方々に御礼を申し上げます。長期間にわたりまして御意見をお述べくださり、われわれの補正予算の審議に多大の参考なつたことを、心から御礼を申し上げます。  明後八日月曜日は午前十時から質疑を継続することにいたします。本日はこれにて散会いたします。     午後四時十六分散会