○土屋
政府委員 高良さんの
旅券交付に関する問題を事務的に見ますと、
旅券法の第八条に、
海外を旅行しておる者が
旅券に書いてない
渡航先に旅行する場合に、その新
渡航先を申請する
手続を規定してあります。もちろんこの規定は、罰則その他はございません点で、いろいろ問題はあると
思いますが、ただ、
旅券法の精神とするところは、
旅券にうた
つた外国だけに旅行するという了解で
日本を出発しておるわけであります。もちろん、
海外に旅行しております際に、いろいろの必要から、旅行面に書いてない新しい
渡航先に行くということが必要な場合も予想いたしまして、第八条はその際とるべき
手続についての規定をしておるのであります。
帆足委員の
お話もございますように、
旅券法は簡単明瞭であります。そうしてこの
旅券法は、議会の承認を経て公布されたことはもちろんであります。また、この承認にあた
つて、時の参議院議員である
高良さんも
関係なさ
つたものと、われわれは推定いたして間違いないと思うのであります。この問題につきましては、もう一つ
考える事項がございます。それは、
高良さんが
日本をお立ちになるときに、すでに
日本政府は、鉄のカーテンの
向う側であるモスクワ並びに
中共地区については
一般旅券を出さないということを、ここにおいでになります
帆足さんの件に関連して、情報部談として当時
外務省は
発表してあります。
従つて、これももちろん議員も承知されており、また特に欧州方面へ行かれる
高良さんとしては御承知のはずであります。これらの
事情から見て、第八条の規定する新
渡航先の
手続は、
高良さんにおいて十分御承知でありながら、パリのユネスコ
会議に行かれたわけであります。
従つて、ユネスコの
会議に行かれてから、モスクワに行く、あるいは
中共に行くということをかりにお
考えに
なつたとすれば、パリには在外事務所もございますし、ストツクホルムにも在外事務所がございますから、
高良さんがソ連に招待状をもら
つて行くだけのひまがあれば、十分に
日本の大使館あるいは在外事務所に連絡がとり得たと思われるのであります。これらの点から
考えまして、
高良さんは、
日本政府が
一般旅券をモスクワ行きに出す意向がないという、この政策を御承知の上に、また議員であ
つたゆえに、今の
旅券法第八条は、
——一般の人は御承知ないということは無理もないと思うのでありますが、
帆足さんの
お話に従いますと、そんなものは大学を卒業した者は当然わかるはずだということでございますから、
高良さんも当然御承知のはずだと
思います。そういう点から
考えましても、
高良さんは
事情をよく御存じで、
旅券法を御存じの上で、なおその
手続をとらずして、モスクワ並びに
中共地区に行かれたものと承知しております。こう
考えますと、
高良さんは、議員として、議会が通した
旅券法の一項に規定してあるところに従わなくとも、なおかつ
海外旅行をしてさしつかえないという
考えで行動されたと
思います。
従つて私
どもは、今回の
中共に対する
旅券発行にあたりまして、
高良さんが
旅券法に対してそういう
見解を持
つておいでになるということを承知の上で
考慮せざるを得ませんでした。その結果、
一般旅券ですと、問題はおつしや
つた通り
一般旅券の規定に従えばよろしいということになるのでありますが、国の用務を帯び、国の経費をも
つて今回は交渉に行くという、つまり
一般旅券とは異なる公用の
旅券を持
つて出張される方であります。
従つて、
外務大臣といたしますれば、この点について、
一般旅券の規定に従わない場合に、
公用旅券を出す資格があるか、出すことについて支障がないかということを愼重
考慮しなければならなか
つたわけであります。
従つて、御存じの通り初期において
外務省も踏切りをつけるということができませんでした。
最後の
段階において、
引揚げ事務に支障を来させないということを
考慮して、
公用旅券の発給を見たといういきさつがございます。
政府は一体、こういう簡単明瞭な
旅券法を出しておきながら、それに従わなくてけしからぬという
帆足委員からの
お話は、私も全然同感であります。
政府は、
法律が出た限りにおきましては、悪法もまた
法律でありまして、これに従うこと当然であります。これに、もし支障があれば、成規の
手続をも
つて改正する以外にいたし方ありません。しかし、これは私は、
政府だけでなくて、
一般の
国民も、その中には議員の方も含めて、またこの
旅券法に従うべきだと思うのです。(「もちろんそうです」と呼ぶ者あり)すなわち、遵法精神は、
政府もそう
考え、
国民もそう
考えることによ
つて、初めて法治国としてその実をあげ得ると
思います。
旅券法の問題ですが、これは少し横道にずれて恐縮なんですが、引揚
委員の方は
旅券法について特に御興味をお持ちのようでございますから、私から補足的に、ふだん
考えているところを申し上げることが適当かと
思いますので、申し上げてみたいと
思いますが、私は、今の私
どもが持
つております
旅券法は、
憲法の二十二条第二項を受けて、
日本の
国民は
海外を旅行する場合において自由を持つというふうに
一般的に了解されております。また、これを受けて現在の
旅券法は公布されているごとき観を呈しているのであります。そこで、
旅券法は国内法でありますが、この国内法が実際上において
海外、つまり表との間に交渉を持ちます際には、この国内法の解釈については、十分われわれは国際慣習なり国際法なりというものを
考慮に入れる必要があります。それでこそ初めて
日本は国際社会の一員としての活動ができるわけであります。つまり、国内で
法律をつく
つたから、よその国で支障を起してもかまわないのだ、この
法律を強行するのだとい
つても、実際上、
海外においてこの
法律を強行すべき権限というものは、
日本にないことは申し上げるまでもないことであります。そこで私
どもは、現在
日本の持
つております
旅券法は、各国の情勢から見ておそろしく大幅に
国民の
海外旅行の自由を認めたものであります。これは、人権宣言その他の問題から、当時においてそういう必要から公布されたものだということは一応うなづけるのでありますが、相手国が受けるか受けないか知らない、あるいは相手国が受けないというものを、
日本の
国民が行きたいからというのでこれに
旅券を出すということは、常識上無理なことは皆さんも御承知をいただけると
思います。つまり、
旅券法は国内法として制定を見ましたが、国際法上の慣習なり、あるいは相手国によ
つて、場合によ
つては制限を受けるということを承知せざるを得ないわけであります。国際法上の慣習から申しまして、外交
関係のない国、また、さらにこれを強調いたしまして、
日本と
法律上戦争状態にある国に対して、
日本の
政府が生命の安全と
便宜とを供与してくれという
旅券を出すこと自体は、およそ常識に反する
手続であります。つまり、相手国が
日本を
法律上敵だと言
つている国に対して、
日本の官憲が、何の太郎兵衛が今度あなたの国に旅行します、ついては
便宜供与をしてや
つてください、その生命を保護してや
つてくださいと言うことは、
法律上言えないはずであります。すなわち、
旅券法の実際上の運営にあた
つては、そうした国際情勢あるいは国際慣習というものを
考慮に入れる必要があります。ですから、
帆足委員の言われますように、
旅券法がある限りにおいて、それを遵守するということは、だれもが心がけるべきものであります。ただ実際上、
外務省が
旅券を出す場合においては、そうした
見地から、国外において支障を起さないか、またそれだけの権利があるかということを
考えざるを得ない。かるがゆえに、
旅券法は、その十三条において、
旅券発給について一つの規定を設けております。たとえば、
日本の公安を害する、
日本の利益に直接かつ顕著に害を及ぼすと書いてあります。また十九条においても、当然上述の解釈として、その人の生命、身体、財産について旅行を中止させる必要があると
政府が認めた場合におきましては、その
旅券を返還させるという規定も設けてあります。こういう規定によ
つて、われわれは、現在の
旅券法がどこにも支障なく、また各自の自由も守れるようにという運営をなすべき性質のものだと
思いますので、今
帆足委員の言われますように、
旅券法が読んで簡単明瞭であるようで、実は、運用にあた
つてはかなり
考えて行かなければならない点もあり、また
国民の方にも御了解をいただかなければならない点があると
思います。たまたま
高良さんの問題は、こういう問題にぶつかりまして、法の盲点というよりは、実は法の解釈についていろいろ
考えができ、また国際情勢を織り込んだ微妙な
関係もありますので、
国民の方に釈然と行かないという印象を与えたことは、
政府としてはなはだ残念であります。ただ、われわれ事務当局の意図いたしましたところは、今申し上げました、
旅券法運用に当
つての実際上の効果ということを注意して
考えた結果であります。