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参考人(林逸郎君) 私は軍事
裁判の
判決はおおむね事実の認定が正確とは言えないと
考えておりまする点を二、三申上げまして、これを是正する
意味においても速かに全部を
釈放しなければならないものであるという御了解を頂きたいと思うのであります。私
どもが
極東国際軍事裁判の
弁護人に選任されましたときに、私
どもは先ず如何なる立場においてこれを弁護するやということについて、十数回に亘りまして協議を開いたのであります。そうしてその
主張はおおむね二つに分れました。その
一つは、
戦争は
日本国家全体がしたのである、併しながらそれは自衛のための
戦争であるという
主張をしようとするものであります。これに反対する者は、
戦争は
軍人と一部少数のものがした、その他のものは全然関知せざるところである、こういう
主張をしようとしたのであります。本日
出席いたしました
鵜沢、
清瀬両先輩、私
どもは、もとよりその前者の
意見に立
つたのであります。併しながら極めて少数ではありましたけれ
ども、
日本の
軍人と少数のこれを取巻く者とが
侵略戦争をしたものであるという
主張を最後まで捨てず、表面は私
どもと同調したるごとく装うて米人
弁護人と相謀
つて売国奴的態度をと
つた者があ
つたのであります。それが大いに
判決に影響を及ぼしておるということは争うべからざる事実であります。かくのごときことを本日申上げることが妥当なりや否やを私は
考えるのでありますが、この点は特に後世のために私
どもも書き残しておきたいと思うておるところであるのであります。それから第二に申上げたいと存じますることは、
戦争犯罪人に指定せられました者が必ずしも全部
戦争をいたした者ではないということであります。申し換えますならば、或る位置におりました者が、たまたまその位置におりましたということによ
つて全体の責任を負わされておる者が多いのであります。恐らくは皆さんも
A級裁判所に付せられました者の氏名が発表せられましたときに、どうしてあの人が入
つておるのであろうかと奇異の感に打たれました人がなか
つたとは言えないのではないかと思います。B、
C級裁判におきましても又同様のことが言えると思います。それから又
A級裁判の
判決が知らされました際にその罪科の軽重について奇異の感にお打たれにな
つたかたが絶無とは言えないと思うのであります。どうしてあの人が死刑になり、どうしてあの人が極く軽くな
つたのであろうかということについて、恐らくは今日に至りましてもなお疑いを存しておいでになるかたがあるのではないかと思うのであります。私
どもが三年半の法廷を通じまして感じましたことは、
処罰をされましたものが、当然受くべき
処罰を受けているものと言い切れないものもあり、更にその人よりも免かれて恥なき徒輩がより多く世の中にはいるのではないかと
考えられる点が多か
つたのであります。
木戸日記或いは原田
日記が記載しておりまするところによりますれば、
戦争が始まれば
戦争に便乗し、
戦争が終れば敗戦に便乗しておる者のほうが、
処罰を受けました者よりも遙かに咎むべきものではないかと思われる者が多いのであります。そこで私
どもは、
処罰を受けております者は、
日本人全体のいたしました
戦争の或る部面或る部面の責任者として、或る
意味における代表者
処罰ではないかと思われるのであります。或る方面或る方面の代表者を
処罰するということによ
つて、
戦争の
犯罪というものがその完全なる目的を達するということに相成りまするならば、私は今日までに死刑の執行を受けられました人たちの犠牲だけを以てこれは完全に償われておるのではないかと、かように
考えるのであります。必ずしも
戦争に十二分に参加せず、わずかに終戦の当時その位置についたというがごときことによ
つて、死刑又は無期というがごとき重罰に処せられておりまする人たちのありますことは誠に遺憾に堪えないのであります。それから第三には、この
判決はいわゆる———事実の誤認をいたしておるということであります。事実の誤認をいたしておりますることは、私
ども担当いたしました
A級裁判、即ち東京
裁判その他B、
C級の幾多の
裁判によ
つてみずからこれを体得いたしておるのでありますが、その他のB、
C級の
裁判も又おおむねそうではないかと想察できるのであります。何故に事実の誤認をいたしたかと申しますると、第一に敗戦という事実のためにこちらが
主張いたしまする事実に対する証拠が十分に集まらなか
つたのであります。証拠書類が紛失してお
つたのであります。それから第二に、証人の多数が、みずからの生命を惜しんで、人を売り
国家を売るの言辞を弄したのであります。それが証拠とな
つておるのであります。満州国の廃帝の傳儀の証言のごときものは恐らく御記憶に新たなものがあろうと思うのであります。
日本人の中でも或いは田中隆吉君のごとき、事実に関する結び付きができない場合が常に検事側の証拠とな
つて———の役をいたしておるのであります。第三には、当時の
日本の
国家がこの
裁判に対しまする理解がなか
つた。
日本の政府が理解がなか
つたそのために、事実を明らかにするに必要なる費用の支出を惜しまれたのであります。従いまして証拠を収集するだけの私
どもに財力がなか
つたのであります。そのために、収集し得べき証拠も、又召喚し得べき証人もこれを出すことができなか
つたのであります。第四には、判事がおおむね
日本の国情に通じない者がや
つて参りましたので、
日本の風俗習慣と全然かけ離れた物の見方をいたしておるのであります。第五には、語学の通じないということであります。これは東京において行われた
裁判、横浜において行われました
裁判においてもなお然りでありまするから、或いは濠州或いはインドネシア等において行われました
裁判においては思い半ばに過ぐるものがあ
つたのではないかと思われるのであります。従いまして事実の認定はおおむね——られておるのであります。この
裁判の摘示事実のごときが歴史となりましたならば、これは恐るべき歴史の——と相成るのであります。若しも覆審制度が布かれましてこの
裁判をやり直すということに相成りましたならば、全部とは申せませんけれ
ども、殆んど大部分が——さるべきものではないかと
考えるのであります。かような状態の下に審判された人たちでありまするから、
国家が
戦争いたしました犠牲者であるとみずからを諦めておられるであろうとは思うのでありまするけれ
ども、事実の誤認に対しましては——やるかたなき人たちが大部分ではないかと
考えられるのであります。これを救いまするのはやはり
日本の
国家の
一つの義務ではないかと私は
考えます。そこで私
どもが今回の
釈放の運動を開始するに至
つたのであります。然らばどういうふうにしてこれの
処置をと
つたらいいかということを申上げなければならんのでありまするが、少くとも
講和条約の発効以前に全部の
戦争犯罪人を
釈放すべき旨の要求を、
裁判をいたした
国家に対して
通告して頂きたいということであります。それが
日本国そのものの当然の義務ではないかと思うのであります。審判されたるものは負けた
日本なのです。少数の人々じやないのであります。
被告人も国民の一員であるということに思いをいたして頂きたいと思うのであります。併しながら
裁判をいたした
国家は数は多いわけでありますから、こちらの要求に対しましても直ちにこれが回答が来るかどうかということが疑問となるのであります。そこで
講和条約の発効と同時に、その回答が来なか
つた場合、或いは回答がすぐに得られなか
つた場合に
戦争犯罪人をどうするかということが、私は最も御考慮を煩わさなければならんことじやないかと思うのであります。少くとも外地におりまする者は発効以前に全部
日本に召還するような手続をと
つて頂きたいのであります。
戦争犯罪人を外国に留めおいて
講和条約の発効ということはあり得ない。これはどうしても全部帰して頂きたいのであります。それから国内に残
つておりまする者を、或る者は
日本の刑務所に収容すべしと言い、或る者は新らしく
法律を設けて特別なる措置をとるべしと言うているようであります。私はこれは
日本の刑務所に入れることは絶対にできないと存じます。これは申上げるまでもないのであります。
日本の刑務所は国内における
犯罪を犯した者を収容する所でありますから、外国が
裁判した者を預かる場所ではないのであります。これは不可能と存じます。そこで特別なる
処置をとるという
法律をお作りになると相成りますると、それが、平等の人権をお認めにな
つて、それを一枚看板となす
つておいでになるところの新
憲法に抵触はしないかという問題が起
つて参るのであります。国民は全部、
犯罪を犯した者以外の者はみだりに監禁ができないはずなんです。少くとも
裁判をいたしました
国家の委嘱がある限り、
国家の委託に基くお客様扱いにする以外に
方法はないのじやないか。例えて申しまするならば、
只今巣鴨において非常に厚遇を受けていると聞いておりまするが、それと同じ態度を外国の委嘱に基いて続ける以外には
方法はないのじやないか。併しながらこれとても決して
法律的に
考えまして正しいやり方ではないのであります。これを処遇するの
方法が完全なものは何もない。然らばどうしたらいいかと申しますると、即ち最初私が申上げましたように、
条約発効と同時に全員を
釈放するということに対して
裁判国の同意を得る。更に申し進めまするならば、
条約発効と同時に全員を
釈放しても
裁判国の異議のないように、一刻も早くこれが
釈放を要求をする、これを
国家の意思として一刻も早く
裁判国に伝えるということが一番大切なことではないかと思う。私が申上げたいと存じまするところを要約いたしますと以上であります。
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