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政府委員(関之君) 先ずお尋ねのアメリカの場合について御説明いたします。一般にドイツやフランスの大陸法系に比較いたしまして英米法系統におきましてはこの教唆の罪につきましての
考え方が根本的に
違つているのであります。大陸法系の
考え方におきましては、
日本の
刑法と同じように人を教唆して
犯罪を実行せしめた場合のみに教唆罪を以て処罰するということが、それが
犯罪を犯させる言葉を罰する原則であるわけであります。ところが英米法系統においては、
犯罪は重罪、反逆罪、軽罪の三つに区別して分けまして、反逆罪につきましてはこれを扇動したり、或いは
宣伝したり、或いは教唆したり、まあ言葉はいろいろありましようが、要するにそれを犯させるように仕向ける言葉の一切をもそのままで処罰する大陸法系の
考え方と、そこが根本的に
違つているわけであります。そこで米国は申すまでもなく英法の流れを汲んでいるものでありまして、従
つて犯罪を反逆罪と重罪と軽罪の三つに分けておりまして、そうしてこれで反逆的な行為と重罪の行為についてはもう扇動行為それ自体としてもう
犯罪として処罰しているわけであります。ところが然らばこの扇動とかというようなこの言葉は一体どういうように使われているかと申しますと、これは御
承知のごとくにアメリカの各種の判例或いはスミス法であるとか、或いはアメリカニユーヨーク州におけるところの無
政府主義の取締法であるとかというような法令を調べて見ますると、それだけに現われている言葉でも十種類くらいあるわけであります。その言葉は例えて申しますとアベツト、アドヴオケート、インサイト、エンカレツジ、ブロヴオーク、アージ、カウンセル、ア、ドバイス、テイーチというようなふうにいろいろ言葉が、
日本の或いは教唆と訳し、或いは扇動と訳せるようないろいろな言葉を全部
法案の中に並べているわけであります。これは
日本の教唆扇動というこの
議論と比較いたして見まして誠に
注意すべき現象でありまして、なぜそういうふうに同じ言葉をこれを
日本語に訳して見ると、アベツトの中に扇動と訳し或いは教唆と訳し、教唆し或いは扇動するというような
日本語の訳があるのであります。又このアドヴオケートはここのいろいろ主唱し唱導するというのに当るわけであります。インサイトは激励する、扇動する、とにかく
犯罪を犯させるようないろいろな言葉を殆どすべてここに並べてあるということになり、これだけで処罰されるということになるわけであります。そこでなぜこういうふうなことがアメリカにおいて行われているかと申しますと、これは議会の立法
理由書までは手を経ていませんですが、いろいろあの本この本などを見まして私推定いたしますのに、恐らく被告人にお前はアドヴオケトした、いや私はインサイトしたのですというふうに遁辞を弄して自分の罪を逃れようとするから、それであらゆるいろいろの言葉を並べて全部のそういう
犯罪を犯させるような一切の言葉を取締るというところか眼目ではないかと思うのであります。そこでこれはこの
法案に関連いたしまして御
審議の御参考までに申上げたい点でありまするが、申上げたごとくに、英米法におきましてはすべて重罪の扇動というようなことはそのままでもう処罰されている。ところでこの
法案第三条に
規定するこの罪は果して英米法的な眼から見るとこれが重罪に当るかどうかという問題になるわけであります。そこで第三条一項一号の
刑法内乱罪の
規定、これは申すまでもなく重罪以上の重い反逆罪の
規定でありまして、かような行為の扇動とか教唆ということはこれだけで処罰されることになるわけであります。
次に騒擾の罪でありますが、これはアメリカの例を調べて見ますと、或る州によ
つては重罪に
規定され、或る州によ
つては軽罪に
規定されるというような実情にな
つているのであります。それからロからチまでの行為、かような行為はすべて重罪にな
つているというのが英米法の実際の取扱のようであります。そこで米国のと
日本のこの扇動との関連においてお請いたしますならば、勿論一号反逆罪の扇動であるとか、二号におきまする騒擾そしてロからチまでの行動の扇動とかいうような行為は向うにおきましてはこれは普通法上当然にもう
犯罪とされてそれ自身処罰されているというようなことに相成
つておるのであります。これが米国の実情と、そうしてこの本
法案との
関係において御
理解をお願いいたしたいと思う点であります。
次はソ連の場合でありまするが、これは最近の
刑法というのが手に入らず一九三三年版の
刑法の本がありましてそれを調べて見ますと、この教唆罪というようなことについては大体その大陸法系的な、フランス法的な
考え方をと
つております。やはり教唆は相手方が実行した場合にそれを処罰するというのがその原則にな
つておるわけであります。ところがこの原則に対しまして重大な制限があるわけでありまして、それは事いやしくも反逆罪、これはソ連の政権を倒してしまう、ソ連の
政府を根本から倒して他の政権を立てるというようなこういう反逆罪につきましてはそれに対する一切の扇動と
宣伝行為を処罪する、而もその内容を有するあらゆるパンフレツトとか、或いは檄とか、文書の頒布であるとか作成、保管、こういうものまでも全部その保管それ自体だけでも処罰しているわけであります。これが一条あるわけであります。次にソ連におきましてはこの反逆罪の次にソ連の政治方式に反する罪というものが一条載
つておりまして、これもソ連の
刑法から見ますると極めて重大な罪の一種として掲げておるわけであります。これはちよつと
日本の類型はありませんが、要するに
政府を侮辱したり
政府の力を弱めたり、
内乱までは
考えないけれ
ども、要するに
政府の各種のやることを弱める反抗、
反対するということの罪を広汎に
規定しておるわけであります。その中に注目すべき
一つの
規定といたしまして、
民族的或いは宗教的敵愾心、或いは反抗心を刺激するために
宣伝又は扇動したもの、そうしてかような一切のビラとか、或いはビラを作成し、印刷物を頒布し、保存する、かような一切の行為を
犯罪として、そのことだけで処罰しているわけであります。そうしてなおここで我々が
注意いたさなければならない点は、ソ連においてはその
刑法十六条によりまして罪
刑法定主義をとり払
つておるわけで、それは次のような条項があるわけであります。
「本
刑法の条項に示されていない社会上危険な行為をなした者は
本法のうちそれに最も近き条項により処断する。」という
規定が一本入
つておるわけであります。これも反革命の各種の
宣伝、扇動乃至は各種の
宣伝、扇動は全部今申上げたような二条で持
つて行
つて全部抑えられるということに相成りまして、これで申しますと、今日の
日本の
規定で申しますと
内乱的な行為の各種の
宣伝、扇動は申すに及ばず、いやしくも
政府に対する
反対、反抗、
政府の力を
幾らかでも弱める、或いはこの政権を侮辱するとかというような一切の行為がこの罪
刑法定主義を撤廃したこの十六条の
規定の援用によりまして一切が又ぴしやつと抑えられるというような
規定に相成
つているのではないかと
考えられるのであります。
次に中共のお尋ねがありましたが、これは中共は今日特別なああいう政治形態をと
つておりまして、又強力にその政権の維持を図らなければならない点から又他国に例の見られない強いところの
規定を設けているわけであります。それは一九五一年の二月に中華人民共和国懲治反革命条例というものが制定されまして、これは要するに一切の反革命的な文書を全部処罰するという基本的な線を
はつきりと打出したものでありまして、それで各種の実害的な行為を初めとして、この
政府に対する、今ソ連で申上げたような
政府を倒すのであるとか、或いはこれに対する反抗、
反対をするところの一切の挑発、扇動、
宣伝、こういうものにつきまして三年以上の徒刑に処するというふうにな
つておるわけであります。これはそれだけを読んで見ますと、「反革命を
目的とし、次の各項に該当する挑発、扇動等の行為ありたる者は三年以上の徒刑に処する。一、群衆を扇動し、人民
政府の徴税、徴糧、兵役、公役あるいはその他政令実施に反抗又は破壊したる者。二、各
民族、各民主階級、各民主党派、各人民
団体あるいは人民
政府対人民の団結に対して挑発、離間策を弄する者。三、反革命的
宣伝を行い、流言飛言を造出流布しある者。」こういうことが全部処断される。而もなおこの
規定において私
どもが
注意しなければならん点は、ソ連と同じように罪
刑法定主義を撤廃しておりまして、若しこの反革命的な行為であ
つて、この条文に
規定されていないものはそれに最も近いもので処罰するというのを一本入れてある点であります。この十条とこの
規定との練り合せによりまして、一切の反革命的な、又反
政府的な言動はすべて封じられる。流言飛語という言葉がありまして、何にも言えないというそこに実情が想定されるのであります。大体以上のような次第にな
つております。