○羽仁五郎君 先輩に対して申上げるまでもなく、敗戰前には
治安維持法というものがありまして、当時の
政府や
警察はこれを武器として
学問の自由を蹂躪しました。ペソは剣よりも強いということは
法務総裁もよく御承知の
言葉ですが、併し実際において劍は遂にペソを打砕いて来たのです。
東大においてもその歴史を我々は忘れることはできない。そうして
警察に奉職せられるかたは大体において大胆にして勇敢を長所とせられ熟慮して繊細な人間の感情を了解するというのは必ずしも長所としてはおられない。然るに
大学の
教授或いは
学生諸君というものは、むしろその点においては優雅を長所としておられる。従
つて優雅なものと、それからややともすれば劍を振う、今日は劍を下げておられないようだが、そのうち劍を下げるのかも知れませんが、劍を振う、優雅なものと、それから力というものを用うるもの、この二つの
調和を図ることが政治家の使命でもあり又
法務総裁の最高の使命にも属せられると思うのであります、で、
只今私の
質問に対してお答え下さいましたお答えを以て、私は満足することができないことを甚だ遺憾に
考えますが、これ以上
答弁を要求しませんが、次の問題について御
意見を伺いたいのであります。福澤先生の
言葉に、
取締ということを盛んにや
つて行くというと、目を塞ぎ耳を塞ぎ口を寒ぎ、殆んど人間の生命を奪
つて、これをガラスの箱のようなものに入れてしまえば、この人間は決して悪いことをしない、この人間がまだ生きているかどうかというようなことを、管でも突込んで眺めるというような状態に、明治時代の日本はな
つていたということを福澤先生はおつしや
つた。又これらは、例を引いて英国の支配下にあ
つたインドが植民地としてそのようにな
つてしま
つた。これは例えばこの点で具体的に申上げますと、先ほど
警視総監も二、三枚の、二、三枚でないかも知れないが
ビラを持
つて来た、そうしてこの
ビラによ
つて、
大学の自由を制限することができるかのような態度をと
つて、私の誤解かも知れないが……、
ビラが如何なる害をなすものであるか、勿論無害ではないかも知れません。併し高通なる政治家は、片片たる
ビラの前に一々びくびくしているようなことでは、到底将来の社会に向
つて指導することはできません。又恐らくは
大学の
学長は、そういう
ビラに対して十分なる
大学の
教育を以て、
思想に対しては
思想を以て勝つことが唯一の、且つ又
目的に適合する途だという確信を持
つておられるのです。併しどうして今
警察が
ビラを拾い、ことによると、
大学の中で拾われたのじやないような
ビラまでも、
大学の中で拾われたというような誤解を生ずるくらいのことをされるのかというと、私はこの根本はいわゆる先ほどの共産党に対する対策というものが、福澤先生の言われているような共産党を非合法化する、共産党の機関紙の発行を停止し、それでこれを完全に殺してしまうことができるならば、それも
一つの
方法でしよう、併し死なない、蠢動する、動く、そうするとその
ビラであるとか、或いはまだうごめいているところの動きであるとか、うごめいているというと共産党に対して失礼かも知れませんが、そういう動きというものを捉えて行くということになる。
警視庁はなぜそういう
ビラを気にし、そうして
大学の中へまで押入
つて行くか、これは私は
警視庁を責めることはできない。
政府がむしろ、共産党がどういう動きをと
つているのかということを、合法的な面で十分にこれの対策を立て得るような
方法をおとりになるほうがいいのじやないか、私は勿論現在の内閣の政治上の主義主張というものに対して、異なる主義主張を持
つておりますけれ
ども、併しそれに対しは、異なる主義主張として尊敬を払
つておりますが、前にも申上げましたように英国の保守党などにおいても
共産主義というものと出合
つて、そうしてこれに打勝つ唯一の
方法は、懸命なる政治家的態度と
教育とによるほかはない、これを非合法化してしまえば出合うことができないでしよう、出合うことができなくな
つてしまえば、勝
つたのだか敗けたのだかわからないことは、撃劍においてもおわかりのことだろうと思います。相手を追込んでしま
つて竹刀をと
つても、それは勝
つたことにはならない。そういう点で私は現在の
政府のなされ方の原則というものを批評するということはいささか担えますが、余りに共産党の合法的な
活動を非合法化し過ぎますと、そうしますと共産党がどう動いているのだかわからない。或いは共産党の
細胞というものそれ自体は、今日合法的政党の
細胞であると思うのです。そういう点についての、むしろ合法的に、いわゆる敵を明らかにし、敵はどこにいるのか、どれだけの力を持
つているのか、どういうふうに動こうとするのか、それを明らかにしてこれと戰うことが私は政治上の敵、政敵、相手を遇する道じやないかと思うのです。それを余りに非合法に追いやるためにどこにいるのかわからない、そのために
警視総監が非常に苦労をなさ
つて、そうして汚しい紙にかすかすの字を刷
つて、なかなか読めもしないようなああいうものを読んで、ああいう
言葉を読んで
東大の
学生の大部分が心を動かされるほどの
教育を
東大でや
つておられるとは思われない。併し
警視総監としてはこれを非常に
心配して、それをどこかでや
つているのではないかと探索する。それがために我々が忘れてはならない
教育の自由、
学問の自由というものを
警察力によ
つて脅かすという虞れがあるのではないか、これは先日来朝日や毎日や、日本タイムスなどの社説を以て指摘しているところでありますが、私はその点についても
政府のお
考えというものに反省を望むべき理由が若干あるのではないか。私の思
つていることがすべて正しくはないでしよう、誤
つている点もごさいましよう。併しながら眼前の治安、つまり敗戰前であれば
治安維持法という法律によ
つて、ああいうものをや
つてもいいんだというようにや
つて、日本は決して幸福にはならなか
つたのです。治安ということを望むならば、
国民の耳目を塞ぎ口を塞ぎ、ガラスの箱に入れて辛うじてこれに息を通じてやるということでよろしいでしよう。併しそれでは
国民が萎縮してしまうと思う。
国民が奴隷的に服従してしまう。政治家が誤
つた指導をすればこれに奴隷のごとくに服従して、今日のような悲惨を招くという虞れが多々あるのです。そうした治安第一主義ということで私は
法務総裁としてお
考えにな
つているのだろうと思う。その点についても私はできるだけ、違う政治上の
意見というものに対して直ちに破壊的或いは暴力的というレツテルを貼るというような
方法をおとりになることが賢明か、或いはその合法的な
活動を十分に許して、そうしてその所在、その方針、その実力というものを測
つて、みずからこれに対して堂々と政策を持ち、実力を持
つて戰
つて行かれることが民主主義的政党のあり方ではないか、又民主主義的
政府のあり方ではないか。そうして敗戰後国際的な批判の下に、日本の
警察が
警察国家の道具として、そうして政治
警察を主としていた。いわゆる真実の
意味における
警察の業務というものを殆んど放擲して、
警察力を挙げて政治
警察として行使していたのじやないかという批判に、今日必ずしも完全にそうした批判から脱却し得るような状態にな
つているとは思えない。先日来
田中総監のお述べになるところを伺
つても、その点において集は私は残念に思う。この際
法務総裁がそういう点においてどういうお
考えをお持ちにな
つておるか。いや飽くまで治安第一主義で
取締つて行くのだ、従
つて大学の中に
ビラ一枚貼られても、それは
警察が追及すべきものだというふうに思うというふうにお
考えになるか。それとも必ずしも
警察力によ
つて治安を図ることはできない。立派な政策を立て、むしろ合法的に相手の力、相手の所在、相手の方針というものを明らかにして、何も
警視総監や或いは下級の
警察官の、どうしてもこれは止むを得ないような誤りを犯すような、
警察力を用いて、重大な問題である
学問、国家の将来というものを害するというようなことはすべきでないというふうにお
考えにな
つておいでになるか。これは非常にデリケートな問題でありますけれ
ども、併し恐らくこの各
新聞の社説やその他世論が
心配しているのはこの点ではないかと思う。現に昨日でしたかの朝日
新聞の投書にも、東京駅前でNHKが
大学の自由について街頭録音をや
つている。そうするとその中にやはり私服が
活動して、そうしてそこで発言をする人を尾行して、これを会社に訪ねて厚く礼を述ぶるということをや
つておられる。こういうふうにするならば、
取締は実によく行くでしよう。我我は全部沈黙いたしますよ、
国民は……。そうすることが現在の
政府の合法主義でしようか、それを伺
つておきたいと思います。