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参考人(
中島健藏君)
中島でございます。
連合国及び
連合国民の
著作権の
特例に関する
法律案を拜見いたしましたが、これは私
どもにとりましても非常に難解な
法案であります。この難解な
理由は
二つありまして、
一つはこの
著作権の
特例を設けなければならないという
事情そのものが非常に複雑しておるというところから来ております
従つてどのような
法律案を作るにせよ非常に難解にならざるを得ないということは一応認めざるを得ないのであります。そこでもう
一つの
理由は、この
法律案が取扱わなければならない
範囲に、
戰時中だけでなく
戰後も入
つておるわけであります。ところが
戰後にいろいろ
国際條約、或いは
国内法によらない
政令その他による
事態が新らしく
発生しております。これが
平和條約
発効後にどうなるかという問題がからんで参りまして、そこでますますむずかしくな
つて来ておるわけでありますが、この
経過処置と申しますか
経過措置と申しますか、そういう
経過措置に対する規律が十分でない。いろいろこの
法律案の表に出ておらんことがたくさんあるわけでありますそのためにますますむずかしくな
つて来ておる。
事態がむずかしいところに持
つて参りまして、そういう
法律案の表に出て来ないものがこの中に実は盛り込まれておるというところからむずかしくなるのだろうと思いますそこで第一に私
どもが考えますのは、この
戰時中までのことについても問題がありますが、
戰後にできました新らしい
事態がどう処理されるかということを頭に置くかなければ、将来非常な
紛争が起る或いは
解釈の相違が起るというような場合が多少あると思いますので、それを幾らか申上げてみたいと思うのであります。
一條、
二條あたりは問題ないのでありますが、例えば第三條でありますが、これは申すまでもなく
平和條約の第十
五條の(C)と
関係するわけでありますが、この
内容は、
簡單に申上げますと、
日本は相手方の
法律がどうなろうと、要するに
戰争中に、つまり
昭和十六年十二月七日から「
連合国との間に
日本国との
平和條約が
効力を生ずる日の前日まで」、その間につまり若しも
戰争がなかつたら当然
発生するはずであ
つた著作権を認めるという
法律の
内容でありますが、そこで問題はどこにあるかと申しますと、第一に、
簡單に
昭和十六年十二月七日から「
平和條約が
効力を生ずる日の前日まで」とありますが、この間には実は
二つの異る
事情を含んでおる。これはこの
法案全体に通ずることでありますが、それは事実上
戰争が行われていた間、それから一応
ポツダム宣言受諾によりまして
占領という
事態が起つたこの
二つにはつきり分けて考える必要があるわけであります。そこで問題になりますのは、
戰争中のことはそれでいいのであります。結局「取得するはずであ
つた日において」という
言葉が出ております。この「取得するはずであ
つた日において」というこの日の問題がこれが非常に複雑なのであります。というのは
日本の
著作権法によるわけでありますが、
日本の
著作権法では
著作権の
発生が無
方式主義なのでありまして、別に登録しないでもよいのであります。物を書けば直ちに
著作権が
発生するわけであります。
従つてこの「取得するはずであ
つた日において」というのは事柄によ
つてはわかりますが、
翻訳のような場合ならば本が発行された時を
起算日といたしますからわかりますが、普通にはこれが確定が困難なのであります。それからそういう困難が
一つあ
つて、これについていろいろ問題が起るではないかということが次の第四條に亘
つて関係して来るわけであります。この第四條のほうをみますと、これは
簡單に申せば要するに
戰争中と申しますか、その
期間の間は事実上
著作権の行使が不可能であつたという
理由、或いはほかにも
理由があるかも知れませんが、その間を普通の
著作権の
保護の年限の上に附加える一例えば
日本の
国内法では原
著作権者の死後三十年間といううものが
保護されるのでありますが、
戰争中にかかるものは
外国人の
署作権に関してその三十年の上に更に丁度十年何カ月になるかと思いますが、その間を附加えて四十年何カ月になる、そういうふうにすることを認めるというわけなのでありますそこでこの第四條は特に
戰争中に
発生したもの、
戰争前は別として
戰争中に
発生した
連合国及び
連合国人の
著作権に関することなんであります。附加える場合にこれは非常にわかりにくいのでありますが、要するに途中で
発生したものだから、その
発生した日から
平和條約
発効までの日を加えるというわけであります。これは
ちよつと図解しないとわからないのですが、これだけの
間戰争期間があるといたします。ここで以て中途で
著作権が
発生したという場合に、これは当然普通の
著作権の
保護の
意味も受けますが、そのほかに丁度この
発生した日から
平和條約
発効までの
期間を更に附加えるというのがこの
内容と我々は理解するのであります。ところがこれが一番困るのはやはりここに「
著作権法に
規定する
当該著作権の…これはこれでいいのですが、更に第二項に入ります。二項に入ると、今申上げたのは一項があ
つて更に第二項まで入つたのでありますが、二項のほうへ参りますと「
著作権法に
規定する」これは勿論
日本の
著作権法だと思いますが、
著作権法に
規定する
当該著作権の
存続期間に、
当該連合国又は
連合国民がその
著作権を取得した日から
日本国と
当該連合国との間に
日本国との
平和條約が
効力を生ずる日の前日までの
期間に相当する
期間を加算した
期間継続する。「このやはり「
当該連合国又は
連合国民がその
著作権を取得した日」というのが非常に面倒であります。国によりましては
方式主義をと
つております。例えば
アメリカのようなところでは国会図書館に登録することによ
つて著作権が
発生する。これは日付をはつきり知ることができます。ところが
ベルヌ條約と申す
国際條約に加盟しております国の殆んど全部は無
方式主義、書けば
発生するのであります。これが公けにされようとされまいと、本になろうと、放送されようとされまいと、要するにどういう形にせよ、それが公開されようとされまいと
著作権は
発生する。そうなりますと国によ
つて、或いは場合によ
つて殊に
日本の
著作権法による場合に
一体「
著作権を取得した日から」というこの日を如何にして決定するかということが技術的に不可能じやないかと思われるのであります。これがただそれだけで
済むならよろしうございますが、要するにこれからずつと続くわけでありまして、問題はいよいよ
著作権が切れるのがいつかという問題になるわけであります。あるうちは問題ない。併し最後のいずれ四十年、
日本の
国内法によりましてもこの
法案によ
つて四十年
ちよつとくらい経ちますと
著作権が切れるわけであります。その切れる時期には非常に問題がある。と申すのは
日本の
著作権法だと著者の死んだ時から
死亡起算をと
つております。死んだ時から三十年
保護するということにな
つております。これは問題がない、いつ本が書かれようと一向問題がない。ところがこういうふうに突然「その
著作権を取得した日から」という
言葉が入
つて参りますと、これが私
どもには技術的に
ちよつと解決する途がない。これを又何らかの形で解決するにしても、こういう
主義で参りますと絶えず問題が起るだろう、
紛争が起るであろう。私の
立場は大体実際上の
立場から来ておるのでありまして、法理論的にはこれも成立つであろうという
意味は、突きつめて行けば結局
原著者がおれがこの日に書き上げたと
言つた瞬間に
発生するといえば調査も可能かも知れませんが、技術的に申しますとなかなかこれは困難である。その煩に堪えないのみならず
国際、
国内共に非常な
紛争を起すのではないかということがここで考えられます。私のこの
法案についての一番の疑問はそこにあるのであります。すでにこれは民間の
出版業者或いは
放送会社あたりでは非常に問題にしておりまして喧々囂々とこれについて
議論が起
つております。そのいずれが正しいかを判別するに苦しむような
議論がすでに起
つておる次第であります。
それからそれが問題でありますが、そのほかに私
どもが疑問といたします点は、
占領中の
既得権というものがあるわけであります。これにつきましてはこれは
ちよつと一口で申上げてもおわかりにならんと思うのであります。私自身がわからないのでありますが、非常に複雑怪奇な
状態にな
つておるわけであります。このたび多分廃止にきまりました
政令二百七十二号というのがあります。これは
翻訳権に関する問題でありますが、この
内容は別といたしましてそれがあつた。それからそれよりもつと前に
昭和二十五年二月二十五日に
文部次官通牒というものが出ておるわけであります。これは実は
占領中特別の
措置として
国内法によらずとして
外国著作権を一律に五十年として扱うということをきめた
通牒であります。この五十年という根拠はどこにあるか探してみましたが、どうもよくわからない。結局その
次官通牒によりまして
国内法が死後三十年の
保護をしておるにもかかわらず、死後五十年を
保護するものとして取扱えという
通牒が出ております。これは消えてもおりませんし、実は
平和條約
発効後にはやはり意義を失う種類のものでありますが、それに基いてすでにさまざまな取引が行われておる。そこで食い違いがあるわけです。
平和條約が
発効すれば当然
日本の
国内法が生きて来る。これは
戰時中も実は生きておるのでありますが、それが
次官通牒で一応制限された。それがどういうふうになるかがこの法令ではわからんのであります
それからもう
一つ厄介なことは、これには
関係ないようでありますが、
著作権仲介業というのがある。これは
簡單に申せば
原著作者から委託を受けまして仲立をして一種のブローカーをやる、そういう業務をしたい者は
文部大臣の
許可を得なければならないということでありますが、この
法律もこれは
廃法にな
つておりません。ところが
占領下にそういう
仲介業者がたくさん出たわけであります。これは
日本人であろうと
外国人であろうと
仲介業をやる者は
文部大臣の
許可を得なければならんというわけでありますが、
占領中にそれにかかわりなく
許可なしにたくさんの
仲介業者が出ております。これがいわば
占領中に大きな
既得権を持
つてしまつた、非常に大きな
権利を持
つております。これが
一体占領終了後どうなるのかということがいろいろ問題があるのでありまして、
契約がある者はいわゆる
既得権がありますからそのまま
既得権として生きるであろう。併しそういうものが恐らく個々別々のつまり問題であ
つて原則にはならんであろうということが当然考えられるわけです。又これにつきましても問題があるのは、これによりますと、この
法案によりますと、これは詳しく読むとわかりますが、大体
日本のために非常に
利益になるようにという苦心は十分認められます。つまりできるだけ
日本のために
利益になろうということがよくわか
つております。今の第四條二項の「
著作権を取得した日から」云々というのも黙
つておけば
講和條約の中にはこれはないのであります。
講和條約の十
五條にはないのでありまして、
講和條約の十
五條ではあつさりと
つまり戰争中の
期間、
平和條約が
発効するまでの
期間をこれを加算する。
通常期間から除いて考えるというように書いてある。ところがそれを特に
解釈によりましてその間に
発生したものは全部それを加算しなくてもいい、つまり
発生した日から加算すればいい、そうすれば短かくなるのでありまして、向うというか、
相手国の
著作者に対する
権利の延長が幾らか短かくなり、一見非常に有利なようであります。ところがそのためにいろいろな
紛争が起るということが考えられるのでありまして、この点を
一体どうしたらいいかということがこの
法案ではわからない。これは例えば
アメリカとの間にはこれは
日米間の特別な條約があつたわけでありますが、
日米間の
著作権保護に関する條約というものがございまして、これによりますと
翻訳に関する限りは
日米間は全くお互いの
許可が要らなかつたのであります。これがまさに
戰争発生まで、
発生の前日までまさに有効であつた條約であります。そうなりますとアメリとの間には
著作権の中の
翻訳権に一関しては全く自由であるということにな
つておる。ところが
戰争後に
ポツダム宣言受諾後に今の
文部次官通牒によりまして、
アメリカの
著作権もほかの国の
著作権と同様に死後五十年の、つまり何と言いますか暫定的な
保護期間の間、
保護しなければならんというので新しく
権利が
発生したことになる。これはこの
平和條約並びにこの
法案をよく分析してよく読んで見ますと、これは
日米間の
関係は将来新らしい何か協約ができない限りは全然前と同じように自由であります。そうすると
戰争中と申しますか
占領中に
発生したそういう
権利が宙に浮いてしまう。
一体消滅するのかあるのかということが非常にむずかしい問題にな
つて来る。私権上の
契約といたしましては当然これは成立
つているが、これは
一般原則から行くとおかしなことになる。私としてはこの
法案をこのまま出してもいいと思いますが、それらの
紛争に対し或いは疑問に対して、或いは
日本が非常に有利になるという点について、よほど肚をきめないとこれは
国際間に問題を起すのじやないかというふうに考えられる。現にこれは私が
フランス人側から聞いた話でありますが、
フランスの
政府は
日本の
政府に対して
著作権に関しては自分の国も
日本の
著作権を非常に重く
保護するから
日本の国も重く
保護しろというような申し入れをして来ているという話であります。或いは将来するようでありますが、そしてそれは通商協定によ
つてそれを定めたいということを申し込んでいるということを私は仄聞しているのであります。そこで又
国際條約の問題がありまして、今の
日米間の
著作権に関する條約のほかにこれはここに專門家が、学者がおられるので私が申すまでもないと思いますが、
日本が加盟しておりますのは
ベルヌ條約というものであります。これは
戰争中は発動しないでいたように見えましたが、
戰後に
スイスの
政府から突然
日本の
政府に対して毎年の
負担金を拂
つていない、
スイス政府が立替ておるのは迷惑だ、早く拂えという通知が来た。これは青天の露盤でありまして、そのときに非常にあわててさては入
つていたのかということで多分
戰時中もこめて拂つた。
従つてベルヌ條約は
戰時中、
占領中も活きていたと考えなければならん、これは非常に條約の
関係でむずかしいと思います。この
戰争によ
つてあらゆる
国際條約が失効するかどうかということになりますので、專門的には私はわかりません。ところがこれが更に我々の関知しない間に、一九四八年七月二十六日にこれはベルギーの
ブルツセルで以て新らしく今の
ベルヌ條約の
改訂が行われた。ところがその
改訂の
内容であります。非常に
ベルヌ條約とは違う。殆んど全面的な大きな
改訂が行われた。これは実は
戰争前にこういう計画があつたのが、第二次世界大戰の少し前三十五年だと思いましたが、そのときに行われるはずであつたが、
改訂会議がお流れに
なつた。それが
戰争が終りまして開かれまして、我々としてはその結果を受取つたわけであります。これによりますと大分今までと話が違うのでありますが、私の仄聞するところでは、
フランスの
政府の要求の中には、
日本も
ベルヌ條約から
ブルツセル條約のほうに従つたらどうかという、そういうよう
なつまりサゼツシヨンがあるということを私も聞いておりますこれが事実であるかどうかは別問題といたしまして、
戰後に相当に
著作権というものが経済的に大きなものとして
各国間の注意の的にな
つていることは明らかであります。これも
新聞による知識でありますが、
フランス人の国会では
平和條約の
批准の問題のときに、
日本は
フランスの文化を愛好して
フランスは
著作権による
收益を非常にたくさん得ているという説明を
政府のほうがしたということが
新聞にも出ていた、そんなことで
国際間の
関係は実に
空前の、これは世界始ま
つて以来かと思いますが、
空前の
混乱状態にある。そして
各国がいろいろ違う、その中で
日本の
著作権法、つまり現状を押切ろうという態度が大体一番
日本にと
つて有利かも知れませんが、それがこの
法案の大体
内容のように思われます。それについて別に私はいいとも惡いとも申上げませんが、そういう問題がありますから、特に疑義を生じそうな問題、つまりどう考えても明瞭にならんであろうと思うのは、今
著作権を取得した日というような
言葉、これに対して不用意にこれを考えたならば、これがもとにな
つてごたごたが起るということを私は心配するのです。
大体この
法案について私が理解いたし、且つ又考えている点は以上のようなものであります。これは実際問題としてお考え願いたいのでありまして、如何にも筋がすつと立つようでありますが、
著作権に関する
国際條約、それから
各国国内法、特に
日本の
国内法、これはどうしても、改正の必要があるということまでな
つておるわけでありますが、そんなことですつたもんだや
つておる。のみならず
著作権は
著作権者、つまりものを書いた
人間、
作つた人間、それを利用するほう、
簡單に申せば
出版者とか
放送局とかそういうものがあるわけでありますが、
利害関係で非常に対立しておる。更に引きま正しては
出版者同士の
利害関係が対立している。これは單なる対立ではなくして、やはり
著作権は
無体財産権を持
つてお
つてもこれは本にならなければ
財産権にはならないわけでありますから、やはり
相互扶助関係にもあるというような、何ともかんとも厄介な問題であります。全体を通観いたしまして、つまり実際問題から考えて、この
法案は非常にむずかしい、読みにくいために誤解を生ずる虞れがあるから、若し出すならばこれを十分解説する必要がある。或いは
法案自体の文章その他も必要以上にわかりにくいのではないかと思われる点がある。
それから第二に、これはいずれも
平和條約の第十
五條の(C)項によ
つて生じた
法律でありますが、そこにない
解釈が入
つていて、勿論
解釈が入
つてもいいのでありますが、その
解釈の中に、どうもどうして
一体きめるかわからんというような
條項があるのではないかという
疑いが濃厚にある。そういう点で、これはよほど慎重に御審議を願いたいと、こういうふうに私には考えられます。
大体以上であります。