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参考人(
田中二郎君) 先日この
委員会に参りまして、
意見を申述べるようにというお手紙を頂きまして、大体これまでいろいろ論議されております以上に、私特に
意見というほどのものを持
つておりませんので、
出席いたしますことを甚だ躊躇いたしました。又いろいろ仕事がありまして、十分に準備をして参ることもできませんでしたので、一層不完全な
意見より申述べられませんことを予め御了解願
つておきたいと思います。
お尋ねの問題点が主として三点あると思いますが、第一の
保安庁及び
海上公安局設置は、
憲法九条の
規定に違反するや否やという問題から
意見を申述べたいと思います。
保安庁及び
海上公安局というふうに並べて書かれておりますが、
海上公安局のほうについては、特に
違憲性という
意味で問題になる余地は先ずないのではないかと思います。問題があるといたしますと、
保安庁の
関係でありますが、この点は突き詰めて言えば、
保安庁に置かれる
保安隊及び
警備隊が、
憲法で
規定する
戦力に該当するものと言えるかどうかという点になるかと思います。ところで
戦力という
憲法の
規定の本来の趣旨とするところは、午前中に
大石教授からお話になりましたような
意見もあると思いますが、私はああいう形であの
規定を置いたこと自体が、少くとも
憲法の制定の本来の趣旨から言
つて、現在の
憲法の持
つている
意味の合理的な解釈という点から見まして、
大石教授の御
意見とは反対に、仮に
自衛の
目的を持つものであれ、それが一定の大きさと力に
なつた場合には、やはり
戦力に該当し、従
つてそれは
憲法の趣旨に違反するものがある、こういう
考え方をと
つておりますし、又そういう
考え方が正しい
憲法の解釈だと思
つております。そこで問題は
保安庁に置かれる
保安隊なり、
警備隊なるものがその
意味での
戦力に該当するものであるかどうかという問題になりますが、その
戦力なるものはもともと相対的にきめられるべきもので、それが国際的な情勢とか、国内的な
治安状況というものに照して、果してそれが対外的な
戦争に向けられた
戦力になるのか、或いは対内的な
治安確保の
目的に向けられた
警察力に過ぎないのかという問題にな
つて来るのではないかと思います。国内的な問題として向けられているものであれば、それは
戦力にはならないというふうには直接には言い切れない。私の
考えまするところでは、
治安確保の見地から取締りの対象になる要素が非常に強力になり、それを鎮圧するための力の要求が多くな
つて来るということも
考えられます。そういう
意味では現在の段階では
戦力とは言えないという種類のものも、或る段階では
戦力と見なければならないというように、世界情勢の動きによ
つて、
治安状況の変動によ
つて変
つて来るべきものではないかと思うのです。そこで現在
国内治安の状況に照して、それを鎮圧するための、或いは
治安撹乱の工作に対して対処するためのものとして、相当な程度のものであるという場合には、これは一種の
警察力であり、相当に強力なものであるとしましても、取締りの対象になる
治安状況が非常に悪いという場合には、その程度のものも
国内治安のために向けられたものとして、
憲法で制限、
禁止している
戦力には該当しないということが言えるだろうと思います。併しその程度を超えて国内の取締の見地から、或いは
治安対策の見地から必要な程度を遥かに超えて人員を持ち、装備を整えるということになりますと、それは当局者がどう説明しようと、それは単に
国内治安のための
警察の一部という
意味で
考えているとは言えない、やはり客観的に見てそれは対外的に向けられている、或いは
戦争のための
手段として設けられているという判断をせざるを得ないことになるのではないか、こう
考えます。言換えれば結局
治安の確保のために取締りの対象になる状況がどの程度に強力な力を必要とするか、その要求されているものに相当するものであるかどうかということによ
つてその判断が下され、その必要な限度を超えて強力なものを整備するということになりますれば、もはや
警察力の範囲を超えて
戦力の域に入つたものだ、こう見なければならないと思います。最近の
治安状況が非常に悪い。そこでそれに対するために従来の
警察とか、或いは
警察予備隊程度ではどうしてもいけない、その対内的な
治安確保の見地から見てももつと強力な保安
機構が必要である、
警察力が必要であるということになりますと、現在以上に強力なものを設けることも必ずしも
戦力の
規定に牴触しないということになるのではないかと思います。そういう判断の問題になるといたしますと、現在の
治安状況がどうか、そうしてそこで予想される
治安紊乱の
手段としてどういうものが
考え得られるか、又それに対する
警察のあり方としてどういうものが必要であるかという問題になりますが、私は従来の
警察予備隊というものであれば、必ずしもそれは直ちに
憲法で
禁止する
戦力ということは言えないのではないか、従
つてそのままに受継いで大体現状通りの
保安庁の
機構を設けるということであるならば、或いはその
意味での
戦力に該当しないという
意見も成立つのではないかと思われますが、併し前に七万五千の
警察予備隊が十一万に
なつたというとき、或いはこれから先更にそれを増強して人員を殖やすだけでなしに、その装備も漸次
強化して、いわば軍備に相当するようなものにまで発展させようという狙い、じりじりとその数を殖やし、装備を
強化し、又そのための予算を整えて行くというその行き方の中には、確かに
戦力を持とうとする動き、そういう気配を感知せざるを得ないのであります。そういう
意味におきまして現在ここに新らしく設けられようとしております
保安隊なり、
警備隊なりが果して必要な
治安機構という限度にとどまるものであるかどうか、相当に問題の余地があるのではないか。又殊にそれが更に増強されようとする動きがあるということを予想いたしますときに、これを予定した現在の
保安庁の
機構というものを、
憲法のいわゆる
戦力に全然該当しないものとして、
憲法上何ら支障のないものとして
考えることが果して妥当であるかどうかという点に疑問を持たざるを得ないのであります。従
つて今後の
法案自体が
政府の説明するところによりますと、
警察予備隊の発展であり、全然新らしい角度から
制度を設けたものではないということにあるといたしましても、元の
警察予備隊令が
建前の上でもはつきりと
警察の補充である、
国家地方警察と
自治体警察との足りないところを補うための正に
警察予備隊であるという
建前をはつきりし、そうして
基本的人権との
関係における
予備隊のあり方というものを明示していたその行き方と、今度の
法律に示されましたこの
保安庁機構のあり方との間には、やはり若干の相違が現れているのではないか。そこに性質の転化とも言うべきものが現れているのではないか。そして将来への発展を予測するものがそこに認められるのではないか。若しそういうことになるとしますと、これはやはり現在
戦力であると言えるかどうか、それは若干問題があるとしましても、
戦力への発展を内包したその意図をすでに現したものだという
考え方は一応されなければならないのではないか、こういうふうに
考えるのであります。その
意味では私はここに示された人員だけでは判断ができないといたしましても、更にこれにつぎ込まれる装備、或いはこれにつぎ込まれる予算というものと照合せて、それが果して
国内治安に向けられた一種の
警察の
機構と言い切れるかどうか、それは恐らく装備の問題、或いはそれにつぎ込まれる予算という見地から見て、その顕示された
戦力に該当するものを意図している、少くともその方向に向
つているということは言わなければならないのではないかと
考えるのであります。従
つてこういうものが必要であるかどうかという問題については、又別に
考えなければならない問題でありますが、どうしてもこういうものが必要だということになれば、やはり
憲法の改正という堂々たる手続によ
つて国民の声を聞いて、この問題の最終的な決定をする。それをどの段階でやるかということは
政治的にも、技術的にもいろいろむずかしい問題があると思いますが、やはりこの
保安庁法というものが通る機会、この問題を
審議する機会が
一つのチヤンスではないか、やはりそういう意図の下にそういう発展性を持つたものとして、この
法案を
考えて行くという場合には、少くとも
現行憲法の下においては無理があるということを
関係者としてはお
考え頂きたいと思うのであります。
第二の問題として、この種の行政機関
設置の必要があるかどうかという問題でありますが、これはもつぱら
政治情勢とか、
治安状態の如何にかかわります。これを
戦力と見るにしても、又
警察の一部というふうに見るにしましても、それは現実の
政治情勢なり、
治安状態の認識の問題にかか
つて参ります。そういう点では表面に現れたところだけより承知いたしません。私どもがとやかく言うべきものではないと思います。この程度のものが必要であるか、或いはもつと小さなものでいいのではないか、こういつた判断については私ども十分な材料を持
つておりませんので、公正な判断が十分にはできないと思います。ただこの問題を
考えるにつきまして、為政者として十分にお
考え願いたいと思いますのは、現在確かに
治安状況がよくない。いろいろの問題をめぐ
つて次々と問題を生じている状態は何としても抑えて行かなければならないことは、先ほど来
大石教授もおつしやり、又次田さんもおつしやつた通りだと思います。併しそこで一体誰がその
治安状況の悪い原因を与えているかということについての反省をしなければならないと思うのであります。確かに或る方面からの策動が力強く動いておるということは否定できませんし、それに対する対策を
考えて行く必要のあることも否定できないところだと思います。併しそれだけの力で
治安状況が今日のような混乱した状態にまでもたらされるとは思わないのであります。それは我々が健全な分子と
考える人々をそういう紛糾の状態に協力するような態勢に、そのバツクになるような態勢に追いや
つておる
一つの要素があるのではないか。例えば破防法の論議のごときがそうだと思います。破防法が必要であるかどうか非常に問題だと思いますが、私は諸外国の例に見ますように、その対象を明確にする、その焦点をはつきりさして
規定を設けるということにな
つて、
一般国民がその取締の対象になるものではないということを印象付けさえすれば、アメリカで共産党断圧法ができましても、
一般の
国民がそれによ
つて何らの不安を感じない。それは別の世界における問題のように一応
考える。立法的にはいろいろ問題がありましても、
一般の大衆には何らの不安を与えない。
民主主義の基礎を危くするような不安を与えない。それと同じように
日本でも若しその対象を明確にし、重点をクローズ・アツプしてその
規定を設けるといたしまするならば、健全な分子まで、健全な学生までそれに対する反対の運動を展開し、それが
治安に不安をもたらす
一つの背景を作
つておるというような事情は、これを事前に防ぐことができるのではないか。
治安を混乱に陥れるようないろいろの問題をそこに続出せしめながら、その状況に対処するために又大きな
警察力を作
つて行くということにな
つては、これは曾
つて日本が辿り、世界の独裁
国家が辿つた道と同じような道を迫る不安を感ぜしめます。そういう
意味で健全な分子が
治安維持に協力はしても、
治安を混乱に陥れる方向に対して常に批判的であり得るように立法に当
つても十分の御配慮を願いたい、こう
考える次第であります。現在の
治安状況は決して安心すべきものではないことは認めます。併しそれも原因がそういうところにもよ
つているということをお
考え頂いて、
国会としてはこの問題に限らず、あらゆる
法律全体を通じて、そういう不安を起させないように、その不安が
治安を乱す原因になることのないように御配慮を願いたい、こう
考えます。
次に第三の問題としまして、若しこういうものが必要であるとした場合において、この
法律案による
機構は適当であるかどうかという問題でありますが、先ほど申上げました
憲法上の疑問は一応別問題としまして、こういうものが必要だとして、この
機構がどうであるか、この点につきましては私は大体においては異論がありません。この
長官を
国務大臣とし、その下にいわゆる文官制の部局を設け、
部隊の面で第一、第二幕僚監部を設け、幕僚長を置くという構想には私は賛成いたします。むしろこういうふうに第一、第二に分れ、それが
部隊の指揮に当る。併し最高の部局が文官制によ
つて全体を
内閣の
責任において民主的に運営して行くという行き方には全面的に賛成をいたしたいと思います。そこで先ほど
衆議院の修正として加えられたという十六条第六項の
規定の問題でありますが、これは多少問題の余地がないではないと思いますが、私は実質的に
考えまして、この武官を排除するという
考え方はこの
保安庁機構を
考える場合の最も重要なポイントであり、根幹の
一つとも言うべきものではないかと、こう
考えております。これが完全な
意味で旧軍隊のような形において
訓練され、又統率されるということになることを私は
保安庁機構のために最も惜しむのであります。ところで
憲法の解釈論として、こういう不平等待遇的な
規定を設けることが許されるかという問題でありまするが、これは多少問題の余地がないではないとは思いますが、
憲法を貫く
民主主義的な基本原理を基礎として、その
制度の合理的なあり方、民主的なあり方というものを
考える場合に、過去のこういうものを排除することは必ずしも
憲法の
禁止するところではない。平等の原則に反するという議論を以て退けるべきものではない。平等の原則というものの本来の意図は
民主主義の精神に反しないということが
根本の狙いで、その
一つの現われだと思います。
憲法の趣旨から申しまして、例えば選挙の場合に選挙違反を犯したものの選挙資格、被選挙資格を特に重く制限を加えるとか、或いは一定の犯罪者について公権剥奪的な取扱をするということが何ら問題にならないと同じように、
民主主義の基本原則を貫く、そうしてその見地から見て合理的と認められるそういう制約は必ずしも
憲法の平等原則には反しないと言えるのではないか。やはりこの見地から旧正規陸海軍将校が、
部隊の面では別問題として、この
長官、官房長並びに各部局ことに
長官とか次長とかいう、この面における
責任者の
地位につくことを排除することがこの
保安庁機構を
考える場合の最も重要な問題として、この
衆議院の修正に対して更に参議院において十分御考慮を願いたい点だと思います。少し末節に亙りますが、この
保安庁法案によりまして拝見いたしますところは、その部局
関係では一応はつきりといたしますが、実際の
部隊の
関係は全部政令の定めるところに譲られております。これは今までの軍隊の
組織等について
考えられたと同じ
考え方によるものであり、実際上にはそういう考慮も必要であつたのではないかと思いますが、これも基本的な原則はやはり
法律の中に明示して政令に委ねるということについて成る限度を認めるのが妥当なのではないか、二十四条の第二項に「
前項の
部隊の
組織及び編成は、政令で定める。」とか、そり他総理府令に譲るとかいうような形にな
つているところが多々あると思いますが、少くともこの基本的なあり方というものについては
法律自体の中に定め、
国会がその
意味での監督をする
根拠を定めておくことが必要ではないか、こう
考えます。
それから又非常に細かな問題でありますが、現在
警察予備隊の実情を聞き、又拝見いたしまして、そこで隊員の
訓練ということが言われております。そしてその趣旨が、保安大学校というものが設けられました場合にも
訓練という言葉で現わされております。その
訓練に当る者は、教官とは申しますが、そして又教育に従事することと思いますが、教育という
考え方が従来の
予備隊の
訓練の中には全然欠けているように想像いたします。これは或いは
関係方面のそういう示唆に基くものであるかも知れません。併し私は広く隊員を募集し、広く
訓練をして行くという場合に、それから教育的な要素、人間としての教育という点を無視しては健全な
保安隊というものは構成されないのではないか。これまでの
警察予備隊は曾
つての軍隊とは違
つて、実際に拝見しましても非常に明朗であり、又全体として受ける感じが民主的であるということは否定いたしません。併しそこでいわゆるこの
訓練に終始して、人間としての教育或いは
文化的、社会的な諸問題についての教育の面が完全に無視されているのではないか、そうなりますと、その人たちの中から本当に社会人として、又人間として
日本の
治安を託するに足る健全な人材を求めることができるかという点に懸念を抱かざるを得ないのであります。やはり
訓練によ
つて強くなるということが必要ではありましようが、併しそれは人間としての教養によ
つて裏付けられたものであ
つて初めて人間がそれに親しみ得る、そして対
個人の
関係において問題を生ずる場合にその摩擦を防ぐことができる。そういう
意味においてこの
訓練という点を重視し、又
警察大学校の場合と同じように保安大学校を設けるということは結構でありますが、そこではやはり人間としての成長を目指した教育でなければならない。殊に幹部を養成するものにおいては、
訓練という言葉には現わせない、むしろ本当の
意味での教育が重視されなければならないのではないか、こういうことをまあ痛切に感ずる次第であります。更にこれも本来とは直接
関係いたしませんが、
法律案の中には何ら現われていない点でありますが、全体で言えば私はこの保安という見地から見まして、これは対
個人の問題がしばしば問題としてクローズ・アツプされて参ります。そして
治安の
維持と
基本的人権の確保という問題を
保安隊の内部においても、又対人民との
関係において問題を生ずる場合においても、常に
治安の
維持と
基本的人権の保障という点をどちらに重点を置いて
考えるかという形で問題が提出されると思います。そういう点を考慮いたしますと、
警察予備隊令の中に、はつきりと
基本的人権の
尊重の趣旨、そして
警察権の限界という点をはつきりと謳
つていたその線を、やはりこの
保安庁法の中でこの
保安隊が
出動する場合の
一つの原則として、こればただ訓示的な
意味を持つに過ぎないことになるかも知れませんが、やはり
一つの基本的な原則として謳われるべきではないかということと、それからとかくいきり立ち過ぎるところに問題が生ずるという点を
考えますと、私はこの
保安庁機構の中に、
法案自体には何ら現われておりませんし、
関係のないことかも知れませんが、広く女子を採用して女子隊員を設けることによ
つて機構内部の空気を明るくし、又対人民の
関係においても摩擦を生ずべきことを避けることができる場合が幾多あり得るのではないか、そういう点についても現在の
警察予備隊について
考えるところでありますが、新らしく生れ変りますこの
保安庁機構の問題としても御一考願いたい、こう
考えます。
それから次に
海上公安局の
関係でありますが、
海上公安局に関する
規定を
保安庁法の中に設け、
保安庁機構の一環として
考えられておりますことは、いざという場合に、この
海上公安局の職員が
警備隊の職員と一体とな
つてその
治安確保に当るという狙いから出発したものと思います。併しもともとこの
海上公安局は先ほど来お話もありましたように、
海上警察を構成する機関であ
つて、
国家地方警察及び
自治体警察だけでは保つことのできない
海上の保安の任に当るべきものだと思います。これは
保安庁機構の一環として
考えるべきものではなく、むしろ
警察的なものとして、その所管
関係はともかく、本来の狙いはそういうものとして
考えなければならないのではないか、そしてこういう
意味での
海上公安局の
機構は現在の
機構で果して十分であるかどうか。例えば密入国を取締る、或いは密出国を抑えるというような具体的な事例を
考えてみましても、これは現在の
機構で十分にその
目的を果し得るかどうか、こういう面でこそ
治安確保の面からまだ相当に拡充しても
戦力となるというような疑いの全くない領域ではないか。場合によ
つては、非常に船足の速い船によ
つてどんどん出入するというようなことが
考えられるとすれば、航空機を備えて
海上公安局なりが任に当るということも
考えられる、そういう
意味で
海上警察としての
海上公安局という
制度は、或る程度に拡充することも必要ではないかとさえ思われます。併しそれは飽くまで
海上警察として
考えるべきものであ
つて、そうなりますと、一体となる場合に備えるような
意味で、その
海上保安官というものの階級を大体この
警備隊のそれに準ずるような形で、非常に多くの等級を設けるというようなことが果して適当であるかどうか。
一般の
警察に準じてこの
機構は
考えるほうが、本来の筋じやないか。そうしていざという場合にはこれを補う
意味において、
警備隊が
活動する。それは全然別個の見地から
活動するという行き方になるのが本来の筋ではないか。こういうことを感ずる次第であります。いろいろ申上げたい点もございますが、私はこれが現在の段階において必要であるかどうかという問題になりますと、事実の認識の問題として十分の材料を持
つておりませんので何とも判断いたしかねます。又これだけの
機構が対外的なものを予想しているのではなくて、専ら
治安の確保の見地から必要であるかどうかという問題、
憲法のいう
戦力に該当するものであるとはつきりと言えるのかどうかという点についても私はまだ断定することは躊躇いたします。併しこれが専ら対内的
関係に向けられているもの、
治安の確保という面だけに向けられているとすれば、それは
治安の見地からの必要と対
個人の
関係において人権の
尊重というものとの兼い合いを十分に
考え、
基本的人権の保障という面がもつとはつきりとこの中に謳われるということが必要ではないか。
警察予備隊令の中にさえそれがはつきりと謳われている。その線さえ今度の
法案の中には謳われていないということには若干の疑念を持つ次第であります。
非常にまとまりのない話しでありますが、一応これを以て私の
意見を終ります。