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参考人(
鈴木竹雄君) 成るべくお忙しいことでございますから簡単にいたします。ただどういうふうなしきたりがあるのか私全然存じませんので、若し悪いところがございましたらどうか遠慮なく是正して頂きとうございます。
この
法案の第四条を見まして私ちよつと変だというふうな感じを受けたのでございますが、例えば「資本若しくは出資の半額以上若しくは議決権の過半数が外国人若しくは外国法人に属さない」、これはわかると思うのでございますが、どうも社員とか株主が属するとか属しないというのは私もちよつと変な書き方をしたものだと、外国人でないということはわかるが属するというのは何か所属しておる、或いはその所有に帰するといつたようなことだろうと思うのですが、文字としてもちよつと変じやないか私が立案をすればもつとほかの言葉を使うだろうと思いますけれ
ども、これは小さなことでございますが、それから第四条の二項でございますが、「新株を発行しよう」ということが書いてございますが、
一体この「新株を発行しよう」ということを立案者はどういうふうなお
考えでなさつたのか。
会社法によりますると、例えば今までの増資に当ります新株の発行のほかに、或いは株式の配当というふうな形で以て出るとき、或いは準備金を資本金に組入れましてそうして株が出る場合、或いは株式分割と称する場合もございますが、そういうのを商法の
規定の上では直接新株の発行というふうにあからさまに謳
つておらないのでありますが、理論に
従つてそういうものも新株の発行というおつもりなのかどうか。そこに私としてはそういうおつもりならばつもりでも
考えられるのでございますが、そういうつまり商法に直接書いてない言葉をこういうふうな形で書いておりますのは、狭い
意味での新株の発行ということなのか、広い
意味で新株の発行ということをつかまえようとしておるのか、いささか疑問が起るわけでございます。
第六条に参りますると、ここで書いておりますのは、商法の二百九十七条の制限の特例が書いてございまして、
会社に現存する純財産額又は資本及び準備金の総額のどちらか少い額の三倍とな
つております。商法の二百九十条の第三項というのに参りますと、これは旧債を返すために募集をいたします場合は、社債の総額の中に入
つておらないのでありますが、入れなくてもよろしいという
考え方があるのでございますが、
一体それはこの但書の場合には適用があるつもりなのか、ないつもりなのか。今までもこういつたような第六条のような書き方をたしました立法もございますけれ
ども、正確に申しますれば、その点までの配慮が要るのじやないか。例えば銀行等の債券発行等に関する
法律というものはその点までの配慮がされておるのでありますが、この点
一体どういうふうなお
考え方でなすつたものかといつたようなことをちよつと疑問にいたします。
次に十一条に参りますると、ここではやはり何と申しますか、上にずつと並んでおりまして、「解散」というものの次に「の決議は」とありますので、その「の決議」というのはずつと上にかかる趣旨なんだろうと存じます。その
意味で議がいろいろここ挙
つておるのでありますが、例えば「
定款の変更」というのがここに書いてございます。改正商法が施行になりました結果、先ほど申上げました四条の二項の新株の発行というのはこれは
定款変更の問題ではなくなりましたので、そこで恐らく四条の二項というものがこのほかにできたのだろうと存じますが、もう
一つ資本の減少ということ、これも
定款の変更ではなく
なつたのでございます。
定款の変更ということだけで押えておりますると、資本の減少ということはこれは押えようという気が全然なかつたのか、或いは忘れられたのであろうかという疑問が起るのでございます。
次に十四条に参りますると、ここで「第十条、第十一条及び前二条の認可をしようとするときは、大蔵
大臣に協議しなければならない。」、その中で社債の募集というのが十条になります。これは大蔵
大臣に協議をする。そうすると先ほど申しました四条の二項の新株発行というのはやはり
会社の資本調達の問題になるわけなんで、それはここに何も書いてないので、大蔵
大臣に協議しなくてもいいという積極的
なつもりであつたのか、それともそれは或いは何と申しますか、不注意にお入れにならなかつたのか、どうも私にはただこれだけを拝見いたしましてどういうおつもりであつたかというようなことについての疑問が起
つて来るのであります。それともう
一つの点は、十一条を見ますと、これは「効力を生じない。」と書いてございまして、ほかに新株の発行の四条二項とか、或いは十条、或いは十三条のようなものは「受けなければならない。」、そういうふうな表現をされておるのであります。これは
一体正確に効力要件でないというおつもりでお書きに
なつたものなんだろうか、この「受けなければならない。」というときも、或いは十一条の場合でも、その認可を受けなければやはり十六条一号の
罰則の問題に入
つて来るのじやないかと思われます。十一条だけはそれは無効である、ほかのは違法であり、
従つて罰則の適用があるが、無効ではないというお
考えであつたものかどうか。それもそうでないとするならば、どうして表現を変えたのであろうか、若干疑問が起るのであります。
次に附則のほうへ入りますると、いわゆる設立
委員というものがございまして、これはずつと設立をや
つて行くわけでございます。商法の普通の
会社ならば発起人がやるところをやるわけでありまして、併しこの設立
委員というものも、
法律上の地位と申しますか、性質、それが問題になりますが、これはこの
規定の
建前から申しますると、商法上のいわゆる発起人ではない。つまり発起人の
規定が当然には適用されないという頭ですべての
規定が書かれておるのではないかと思うのであります。そういう頭で見て参りますると、つまり八項の所では、設立
委員は
定款を作成するというふうに書いてございますが、そのほかに商法では百六十八条の二という所で、ただ
定款を作成しただけでなくいよいよ設立にかか
つて株を発行しようと思いますと、若干の
事項を更に発起人がきめろということを
言つております。この場合にはそこに掲げておりますることを余りきめなくてもいいと思うのですが、例えば百六十八条の二に「株式ノ発行価額」ということが書いてございますが、この
法律の予想しておるところでは、
公社の現物出資に対して割当てた株式の残りのものについての株主の募集を十一項でやるわけでございます。その募集をするという場合には発行価額をきめなければならないわけでその発行価額をきめろという問題は商法の百六十八条の二がこれは発起人について書かれておるけれ
ども、併し条理上設立
委員にも適用があるという
考え方なのか。併しそうと仮に
考えましても、それは
郵政大臣の認可は要らないという
考え方なのか、そこに私には立法をお
考えになりましたかたの御意図についての若干の疑問が起るのであります。
そのほかにも幾らかの疵と申しますか、私の疑問がなくはございませんが、こういつたことは或いは挙足取りになるかも知れませんけれ
ども、併し我々がふだん立法を見ておりまして、立法の中に商法の
規定というふうなものを十分に咀嚼をした上でできていないものがあるのじやないかということを常々感じておるのであります。その
一つの例がこれでなければ幸いだと存じます。つまり昔の商法の基礎の上にできておりました特殊
会社法のごときものをそのまま踏襲をいたしまして、昨年大改正になりました商法の改正というものについての十分な理解と、それに対応する準備がなくして立法がなされたものであるとするならば、それはお
考え頂いたほうがいいのじやないかということを、私としては専門の
立場、殊に私自身が始終や
つておりまする問題として申上げておきたいと存ずるのであります。そのような、いわば
法律的なテクニツクの問題から、私にお呼び出し頂きました時も、まあお使いに来られた方の御注文といつたようなものは、
一体こういう特殊
会社的なもので
事業がや
つて行かれると
考えるかというふうな御
質問があつたのでありまして、それを簡単に申上げたいと思います。
一体こういつた
事業は民営がいいのか、それから或いはいわば国営と申しますか、公営と申しますか、そういう形のものがいいかという問題でございますが、これは一概に勿論どちらがいいと言い切れる問題ではございませんので、いろいろなフアクターを考慮して
決定しなければならないということは申すまでもございません。ただエフイシエンシイという点から言えば、普通の常識から言えば、民営という
考え方が出て来ると思います。併し民営だからと
言つてそれは何でも自由にしていいという
意味ではない。つまり普通の株式
会社のように自由に任せることはできないので、やはりこのような公益性と申しますか、
公共性のあるものについての監督が必要であるということは誰が
考えても一応出て来る
結論ではないかと思います。然らば、そのような監督をするのならそこまで行かないで
公社のような形でもいいじやないかというふうにも
考えられまするが、併し
公社よりは確かにこのほうが自由と申しますか、自由の範囲が広いということは言うまでもないことでありまして、それは
予算を
国会によ
つて制約をされないとか、或いは
役員の選任の問題にしても或いは又
経営委員会のようなものがあるかどうかというふうな問題にしても、これは申すまでもないことでございます。そこで問題なのは、この
法案にありますような監督というものは、これだけ縛つたら手かせ足かせにな
つてどうにも動けないかというふうな問題でございますが、ここに書いてありまするような監督の方法は、これは今までと申しますか、今現在活きておりまする
法律の中でも決して例がないわけではありません。少くとも若干の程度の違いと申すことができましよう。例えば公共
事業令などを見ましても、社債の募集にしても、借入金にしても、或いは利益金の処分にしても、合併、解散というようなものをみんな縛
つておるのでございます。或いは銀行法、或いは保険業法等を見ましても、まあ勿論全部とは申しませんけれ
ども、或る一部のものができるわけであります。公共
事業令などでは
定款全部とは決して
言つておりませんので、
定款の中の或るものでございますが、保険業法あたりでは
定款についても全部認可
事項にな
つております。そのほか
事業計画のようなものも、例えば海上運送法であるとか、或いは道路運送法であるとかいうふうなところで縛
つておる点があるのでありまして、必ずしもここに書いてあることが今まで民営で行われておつた
会社にないような特別なものであるとは私も思わないのでございます。
従つてこれがあるから
会社はどうにも動けなくなるようになるのではないかというふうなことは、そう言い切ることはできないような感じがするのであります。殊に今まで国が国家の
事業としてや
つておりましたものが民営にそれが開放される形になりまするときに、このような
事業についての相当の監督というようなものはやはりなければならない、あ
つて然るべきものではないかというふうな感じがするのであります。この
会社については他方において特典というふうなものは余りないのであります。それだのに監督が非常に強いというふうなことも
考えられまするが、併し特典というものが書かれたものは、成るほど社債の発行限度であるとか、或いは外貨債務の保証であるとかいうふうなことでございましようが、併しこの
会社自体がや
つております営業というものは、それがいわば
一つの事実上独占をなすわけでございまして、その点に非常に大きな特典があるということを
考え、そして又それが故に一層
公共性を持つのだということが
考えられますので、必ずしもここにありまするようなことを、非常な縛り方であると直ちに断定をすることはできないように思うのであります。併しながら例えば
定款の変更と申しましても、その
定款の変更を一切合切認可を受けなければならないというふうにする必要があるのか。
定款の中にはいろいろな
事項があるわけでございますから、その
事項を或いはもう少し具体的に
考えてもいいじやないか。或いは又
役員の選任解任というふうにありまするが、例えば選任をした、併し認可しなければ、両方の意思が合わなければ選任ができない。つまり選任のときも
会社のほうが選ばなければ
郵政大臣はどうにもしようがないのだ、解任のときも向うがやめようと言つたらやめさせてもいいじやないか、別にそれが認可をしなければいかんという必要があるのか。むしろそれよりは監督をするというのなら非常にけしからん。取締役、監査役のようなときに、それの解
任命令を出すというふうなことが、他の
法律にありますようなことがむしろ
考えられるほうが筋ではないかというふうにも思うのであります。或いは又
事業計画のことを毎営業年度書けというようなことが書いてありますが、こういつた
事業計画というようなものも、そんな細かしいものまでも
一体書かせるのか、書かせないつもりなのか、これは或いは施行令のほうできまることかとも思いまするが、余りそのような詳しい
事業計画というようなものでなく、道路運送法や海上運送法にありまするような、初めに或る
事業計画をきめて、そうしてそれを変更するというふうなときだけ問題にするというふうなことでもいいので、毎営業年度というようなことでや
つて行く必要があるのかどうかというようなことも
考えられていいことではないかというふうにも思うのであります。そのような個々的な問題のほかに、一般的に申しましても、結局民営にしたということの狙いがやはり活かされなければならないのだ。そうであるのなら、
政府の監督というふうなものは、一方できるだけ大綱を押えるという態度で行くことが望ましいのでありましよう。それと共に、下必要な監督をする必要もないわけでございまして、その点は近頃の
法律の中には、例えば公共
事業令などにもございますように、申請があつたときにその申請が目的たる
事業の達成に妨げがないというふうなときには認可しなければならんのだというふうな
規定を置いて監督が無
意味……、何と申しますか濫用されることを防ごうというふうなやり方、それをもう少し簡単にすれば、或いは独占禁止法が合併について縛
つておりますように、届出をさせまして、そうして一定の期間のうちにいわば処分をする、禁止をするなら禁止をする、しないならそのままできるのだというふうなやり方をすることも
考えられるのじやないかと思います。要するに私自身としては、こういつた問題につきましては、何と申しましても
運営が一番大事なところでありまして、その
運営というものは一方においては
政府のほうが監督をする……
郵政大臣或いは大蔵
大臣のほうがむやみな監督をしないということ、そうしてそのために保障が要るというのなら、今申しましたような
一つの
規定を置くというふうなことも
考えられるべきではないのか。他方におきまして又
会社のほうも、このような場合に監督を受けるというふうなことから、ビユーロークラテイツクにな
つては、民営の実が挙らんということは申すまでもないわけであります。
最初にこの
会社ができまして、そこで
役員を選ぶわけでございますが、その創立総会で選ぶ場合に、何と申しましても一番大きな議決権を持
つておりますのは現物の出資をした
公社であろうと思います。併し
公社は
会社ができますとすぐにその株を
政府に渡して、
政府は更にそれを一般に散らすという
考え方のようであります。そうであるとするならば、
公社はいわば一時の、将来のつまり株主のために、株式を一時持
つているものと
考えることができるわけでありまして、
従つてその
立場を離れ、
自分の
立場において、
公社としての
立場において
考えるというふうな人選ではならないのではないかというふうに思うのであります。この
会社が昔の特殊
会社のように、
総裁とか副
総裁とか、或いは
理事というふうな名前を使わないで、普通の商法上の取締役、監査役であるということが、やはりその実態を示して、民営的な長所を活かすようなものになるものである。勿論それは公正な人でなければならんことは申すまでもありませんけれ
ども、他方において有能な
経営者であるということが望ましいことであると
考えるのであります。甚だ雑駁なことを申上げましたが、一応そのようなことを、
法案を読みました読後感として感じましたことを申上げます。