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参考人(牧鋭夫君) 建染染料の
一般的の説明を申上げます。大体すでに御
承知のことばかりかと思いますが、暫く御溝聽をお願いいたします。
先ず初めに、建染染料、殊にその中のスレン属の染料、それが非常に優秀であるというその優秀性について一言申上げます。染料には種類が甚だ多いのでありますが、最も主要な繊維である綿製品の染織、或いは捺染ということにづいて見ますというと、従来我が国でよく使いました塩基性染料という
のがございます。これは色が非常に鮮やかで美麗でありますが、洗濯に非常に弱い、日光にも極めて弱い。先ず夏の太陽ならば数時間で、或いは弱いものは二三時間ですでに色がさめて来る。又直接染料、ダイレクト・カラー、面接染料というのがございます。これも染め方が簡単で値段が安いために
相当大量に使われますが、この直接染料というのも日光に余り強くない。殊に洗濯に弱いのであります。綿製品が洗濯に弱いということは大きな欠点であります。又硫化染料というの
がございます。硫化染料の中には、日光とか或いは洗濯にかなり強いものがあるのでありますが、遺憾ながらこれはいずれも漂白粉に非常に弱い。漂白粉につけると色がなく
なつてしまうようなもの、又硫化染料というのは色合いが主として黒或いは青というようなものが主でありまして、余りきれいな華やかな色がないのであります。殊にグリーンとかブラウンというような色物にはかなり日光にも弱いものがあります。又今
一つ綿製品の方面でナフトール染料というのがございます。このナフトール染料は日光に対しまして中等
程度から非常に丈夫な堅牢なものまでありまして、値段も余り高くなく頗る便利な有望な染料ではありますが、遺憾ながら色の種類が片寄
つておりまして、いろいろの色合せ或いは色を出すに不都合を感じます。殊に弱いグリーンとか黄色というような方面に非常に不都合を感じます。又ナフトール染料は大体摩擦に対して余り強くない、こういうようなわけでありまして、色の非常にきれいな、種類の豊富な、又日光とか洗濯に対して安心のできる、保証のできる
最高の堅牢性を有するこれらのいろいろの性質を総合いたしましたものがこの建染染料でありまして、殊にこの建染染料には御
承知の
通り従来からあります人造藍、インデイゴー系統、スレン系統がございますが、このスレン系統の建染染料が最も優秀な高級染料と言われるゆえんでございます。スレンの染色は夏の太陽に百時間、八月の真夏に百時間暴露しても殆んど色の変らんものがたくさんあるのであります。又ほかの染料では到底間に合わんような非常に薄い淡色染めと申しますと、〇・一%から〇・二%というような淡い染色で十分堅牢染めができる。〇・二%と申しますと、国警の、或いは予備隊と申しますか、予備隊の綿服でカーキ色があります。あのカーキ色がスレンの〇・二%染めに
相当する。大体我々の常識といたしまして綿一ヤール、一ヤールの綿というのは、極く大ざつぱに百グラムでございます。〇・二%というと、綿一ヤールに対して染料〇・二グラム、綿一ヤールに対して〇・二グラムの染料が〇・二%染めというので、これは余談でございますが、更に仮にキロ七千円のスレンを〇・二%に使います場合には一ヤールについて一円四十銭ということになるわけであります、これは余談であります。ただスレンの欠点は製造が非常にむずかしい、
最高の技術が要る。従
つて世界的にこれはどこでも、世界中ドイツでも
アメリカでも値段が一番高いわけであります。合成染料の中で一番値段が高いこれがスレンの大きな欠点であります。
その次の世界の情勢をちよつと申上げます。世界では文化の進みました先進の工業国におきましても、又製品を輸入しておりまする後進国におきましても、この今申しました美麗にして堅牢な、美しくて丈夫なスレンを主とする、建染染料を主とするところの堅牢染めを尊ぶ
傾向が著しくなりました。従来
日本から輸出しておりましたような、見た目には非常に華やかだが、非常に弱い繊維製品ではや
つて行けなく
なつて参つたのであります。最近の雑誌を見ますというと、米国におきましては、今や建染染料の黄金時代、ゴールド・エイジであるということが書かれております。
アメリカは終戰後世界第一の染料
生産国になりまして、元のドイツを凌駕して一九五〇年におきましては実に九万一千七百五十トンの合成染料を
生産いたしております。その中で驚くべきことにはスレン系統の建染染料が二一%の一万九千二百九十トン、これが
アメリカのスレンでございます。
日本の全合成染料を合わしたものよりもこれは一倍半くらいもつと多い。そのほかになお建染染料の他の分野としてインデイゴー系統が一万四千二百十トン、即ち一五・五%でございますので、両方合せますというと三六・五%に建染染料がなる、これが米国の
状況でございます。而もこれが全部使用されておる。これらの情勢に対しまして、我が国のスレン工業はどうであるか、これは今まで
生産に現われました面においては微々として甚だ振わないのであります。昨二十六
年度におきましても、いわゆる製造能力と称しておりますものは年間八十五トン、約八十五トンの
生産能力があるにかかわらず、実際に
生産をいたしましたのはその約三分の一に過ぎない。
アメリカの一万九千トンに対しまして殆んどこれは太陽の前の星とでも言うほど甚だしいのであります。その理由を
考えて見ますというと、そこにはいろいろのフアクターが
考えられるのでございますが、その主なる原因の
一つは、今まで我が国におきまして染色方面、即ちコンシユーマーにおいて、これは輸入のスレンでも
日本のスレンでも、両方合せておよそこのスレンというものに対する、建染染料というものに対する使用量が非常に少なかつたのであります。どうしてこの高級の建染染料が我が国でさように少く使われておつたか、これは我が
日本が繊維製品をできるだけ安く輸出しよう、つまり値段を非常に重視いたしまして、成るべく安い繊維製品を出そうという態度にありまして、従
つて染色加工賃を安く値切るために、染色業者は限られた非常に低い加工賃の範囲で少くとも採算をよくしようといたしますというと、僅かなことなんでありますけれ
ども、結局安い染料を使う。スレンがよいことはわか
つてお
つても、それよりは少しでも安い直接染料或いは塩基性のものを使いまして、見たところは非常にきれいに見えます、ちよつとわかりません。そういうものを盛んに海外に出しておつたわけであります。併しこれは使
つて見るというとすぐはげる、或いははげるばかりでなく、白地を汚してしまう。最近こういうような
日本の製品の欠点が競合国であるところの英国、その他から手嚴しく指摘されまして、到底このままではや
つて行けなく
なつておる。それで本年から我が国におきましても、染色、堅牢度の検査制が実施されまして、弱いものは不合格になるというように聞いておりますが、これは甚だ遅れたりとはいえ誠に結構であります。我が国の染色加工の水準を高めるために是非や
つて頂きたいと我々が双手を挙げて賛成するところであります。これは延いては高級スレン建染染料の奨励となりまして、我が国の染料メーカーもそれに呼応して必ず品質においても種類においても、又数量におきましても、今まで以上の進歩を見せるものと期待しているのであります。
次にスレン建染染料の工業の重要性ということについてちよつと申上げます。世界を見渡しますというと、戰争前には染料などは
生産しておりませんが、割合に技術的に後進国と思われるような諸国が最近はぼつぼつと染料の製造を始めまして、技術的に比較的やさしい簡單ないわゆる中級、低級というような染料は漸次自分の国で作るように
なつて参りました。我が国のごときは戰争前には量的には少くとも世界の第三番目くらいまで上つたこともあるのでありまして、戰争後も質において、そのクオリテイにおいてはできれば東洋のスイスたらんと目指しまして、世界一流の染料国の水準に達しようと、ひそかに自負しているこの
日本としては、自国で必要なスレンは是非とも国産するように努力しなければならんと思いますし、又
一般にこれを援助してやるべきものと
考えます。スレンの殊に建染染料の工業はあらゆる合成染料の中の
最高技術でございまして、これを作りますというと、この間にいろいろの中間品ができます。例えばかの醋酸人絹、アセテート、この頃大分問題に
なつております。又合成繊維のビニロンというようなこれらのアセナート、或いは合成繊維を染める優良なセリトン染料というのがございます。又羊毛を染める
最高級の酸性染料、こういうふうなものがスレンの中間物を以て有利に製造できる。従
つてスレンの技術が発達いたしますというと、それは
一般の他の合成染料の発達の上に大きないい
影響をもたらすのでございます。又原料的に申しましても、現在我が国においてはコークス・ガスの副産物であるところのタール工業がかなり発達しておりますが、そのタール工業でアンスラセンと称するものが殆んど遊休している。この大量に遊んでいるところのアンスラセンはスレンの原料として真に活用できるという点がございます。又各種の無機薬品工業、酸とか、アルカリというような無機工業におきましても、スレン工業が発達すればいい
影響が及ぶのであります。
更に染料を使いますところの染色業者、即ちコンシユーマーといたしましても、スレンが国産されれば、国産である限り外国スレンの不当な値上を押えることができます。又発注したり、或いは
支払いをいたしますときに、発注
支払に便利なスレンの国産があるときと、全然ないときとは比較にならんほど有利であるということも明らかでございます。更に我が
日本のスレン工業の能力について一瞥して見たいと思いますが、これは我田引水ではございませんが、由来
日本人は染料とか医薬品とかいうような非常に手のこんだこまごまとした複雑な階程の製造工業に比較的優れた技能を持
つているのでございます。
一般の染料等も各国より著しく遅れてスタートいたしました割合には、
日本のスレンは、
日本の染料は割合に早く発達しております。殊に
日本の建染染料の工業は、これは
昭和に
なつてから初めてその研究なり工業が始まりましたのでございますが、その割合には
基礎が
相当しつかりできつつあるのでございます。戦争の初期頃三十五品目くらい製造可能のものがございましたが、敗戦によ
つて非常に遅れたことは遺憾であります。従来我が国のスレン系建染染料が、染料
自体の製品はいいが、製品の仕上げ、即ち製品を非常に細かいフアイン・パウダー、微粉にまで仕上げる製品の仕上が拙いということが定評に
なつております。併しながら最近PBレポートと申しまして、これは英米連合軍の調査によりますところの、ドイツ染料の今まで非常に秘密にしておつた詳細な製造技術報告であります。ドイツ染料の門外不出の秘密の染料製造方法が連合軍の調査によりまして明るみに出されまして、それが我が国にも入
つて参りまして、それによ
つていろいろ教えられるところがあり、スレン建染染料の工業の上にも非常に役立ちつつあると思うのでありますが、同時にこれを見るというと、
日本の従来のスレンに関する研究なり技術なりも世界に対して恥しくない、
相当なものであつたという点で意を強うするところもあるのであります。で従来染色界に非常に要望されましたフアイン・パウダーというようなものも今後格段によくなることと思います。本
年度には約四十二品種、二百二十トンの製造能力があるというふうに言われておりますが、仮に四十二品種、二百二十トンの能力ができれば、大体これでも現在染色方面で必要な建染染料の大部分が間に合うのではないかと思います。併しこのほかにコンシユーマー側のほうで一カ年百キロ、或いは二百キロちいうような極く少しずつ希望される品種がある。そうしてそれがまだ
日本で全然工業化しておらないものが数種類あると思います。これらの少量で全然今までに
日本で工業化しておらないというふうなものも研究的には殆んど全部解決されております。殊に先ほど申上げましたドイツのPBレポートによ
つて今までの秘密も全部明るみに出されまして、
日本でもこれは製造可能でございます。併しながら工場の規模としては、百キロのものを一々作るというわけに参りません。それはもう少し少くとも月五百キロくらいの単位でまとめて製造してストックして置いて、小口の需要に応ずるということになるかと思います。これはメーカーとしては面白くないことかも知れませんが、併し小口の製造もメーカー側としては技術の進歩のため、又大切なコンシユーマーに対するところのサービスとして是非これはなすべきものであるというふうにお奨め申上げます。一体この染料などというものは、コンシユーマーに買
つてもらえるようなものを作るということが何よりも大切でありまして、幾ら作
つても買
つてもらえなければ現在のような状態になるよりほか仕方がないと思います。併しながら何分にも敗戦後の再出発でありまして、原料、資材、動力に至るまで外国に比べて極めて不利な條件で、而もこの複雑で広範囲な建染染料を製造し、且つそれを適正な
価格で売り出して行くことは、すでに大体
基礎の固まりました他の
一般染料以上の
経済的困難があることは明らかであります。国としてこの高級建染染料に対して何らかの形式において
経済的保護育成のゼスチユアをとられるということは、これは当然な立派な行為であります。世界に対しましても我が
日本の染料工業技術の水準の高いことを誇ることにもなり、又為政者の見識の卓越せることを示す立派な国家的な方針であると
考えるのであります。一応この辺で説明を打切りまして、若し何か御質問がございましたら……。