○木村国務大臣 ただいま議題に上りました
刑事訴訟法の一部を改正する
法律案の提案理由について御
説明申し上げます。
現行
刑事訴訟法は、旧
刑事訴訟法に対し根本的な改正を加えたものであることは周知のところでありますが、当時の情勢上比較的短時日の間に企画立案し施行するのやむない次第でありましたため、実施後三年有余を経た今日修正を要する点もかなり多く見られるのであります。
そこで、昨年一月法制
審議会に対し、
刑事訴訟法運用の実情にかんがみ早急に同法に改正を加えるべき点の有無につき諮問いたしましたところ、同
審議会におきましては、昨秋以来、総会二回、刑事法部会十回、小
委員会十三回を重ねまして、その間
裁判所、検察庁、弁護士会、学界その他各方面の有識者から選ばれました
委員及び幹事の間において愼重
審議の上、本年三月二十日に至り、とりあえずその一部、二十二項目をあげて答申を寄せられましたので、この答申に基き、
法務府におきまして鋭意立案に努め、ここに
刑事訴訟法の一部を改正する
法律案として御
審議を願うことと
なつた次第であります。なお今後も法制
審議会を継続し、その答申をま
つて逐次所要の改正を施して参る所存であります。
そこで
本案の内容について御
説明申し上げることにいたします。
本案は次の四に大別することができますので、これにつき順次おもな改正点を御
説明申し上げることにいたしたいと思います。
まず第一は、被疑者及び被告人に対する身体の拘束に関する
規定の改正であります。現行法は起訴前の勾留期間を一応十日以内とし、やむを得ない事由のある場合に限りさらに最大限十日の延長を許しているのでありますが、終戰以来現在までの犯罪の動向について考えますると、事件の
規模はいよいよ大きく、かつ複雑とな
つて参り、捜査機関がいかに努力いたしましても現行法の認める最大限二十日の期間をも
つてしてはとうてい起訴不起訴を決定するに至らない場合が少くないのであります。そこでこれに対処するため、きわめて特殊の事情のある場合に限
つて、嚴重な要件の制約のもとに最大限七日だけ延長し得ることといたしたいのであります。この期間の延長につきましては、法制
審議会における
審議の経過をしさいに検討し、かつ現下の捜査の実情を愼重に考慮した結果七日の延長を相当と考えたのであります。
起訴後の勾留期間につきましても、現行法はその更新を原則として一回に限
つておりますため、起訴から判決の確定までの勾留期間は、三箇月となり、審判及び刑の
執行に著しい支障を来しているのであります。かかる実情を考慮し、
本案においては、禁錮以上の実刑の宣告があつた後の勾留期間の更新につき、これを形式的に制限せず、
裁判所の裁量にゆだねることといたしました。
次に、いわゆる権利保釈につきましては、その除外事由が狭きに失し、事案の性質上当然拘束の継続を要する場合にも保釈が許され、訴訟の進行に著しい支障を来しておりますばかりでなく世の一部に非難の声すらあるのであります。よ
つて今回この除外事由を一部拡張することといたしたのであります。その一は、従来除外事由の一とな
つていた被告人が死刑または無期の懲役もしくは禁錮にあたる罪を犯した場合を短期一年以上の刑に当るいわゆる重罪を犯した場合にまで拡張したこと、その二は、戰後における犯罪の新しい傾向にかんがみ、被告人が多衆共同して罪を犯した場合及び保釈されるといわゆるお礼まわり等をして脅迫がましい態度をとる危險が多分にある場合を加えたことであります。しこうしてこのお礼まわりにつきましては、これを保釈の取消し事由にも加えることといたしました。
以上の諸点は、事人身の自由に直接
関係いたしますので、
政府におきましては、今後の運用に特に愼重を期する所存であります。
第二は、被告人が公判廷において有罪である旨を自認した場合には、簡易な裁判手続による審理を進めることができることとした点であります。
公判において審判を受ける被告事件の八割までが、犯罪事実について争わない場合であるという現在の刑事手続の実情にかんがみ、この簡易公判手続の採用によ
つて、審理の促進と事件の重点的処理を期することができると思うのであります。被告人が公判廷において有罪の
答弁をした場合に、英米法ではそれのみでただちに被告人を有罪とすることができることとな
つておりますが、かかる制度をそのまま採用することには憲法上疑義のある向きもありますので、
本案では従来
通り補強証拠を要することとしつつ、その証拠能力に関する制限を多少緩和し、かつ、証拠調べについても
裁判所の適当と認める方法によることができることといたしたのであります。なお漸進的に実施する意味におきまして、この簡易裁判手続はさしあたり死刑、無期または短期一年以上の懲役もしくは禁錮に当る事件以外の比較的軽い罪の事件につき、当事者の
意見を聞いて行うこととするとともに、
裁判所は一旦簡易裁判手続による旨の決定をいたしました後でも、この手続によることを相当でないものと認めるときは、いつでもその決定を取消し、通常の手続により審判することができることといたしました。
第三は、控訴審における事実の取調べの範囲を拡張いたした点であります。
御承知のごとく現行法は、旧法のような覆審の制度を廃し、控訴審をもつばら第一審の判決の当否を批判するいわゆる事後審とし、第一審判決後に生じた新たな事実は、控訴審においてはこれを考慮することができない建前をと
つているのであります。しかしながら運用の実際は必ずしもこの建前
通りでなく、
裁判所によ
つてその取扱いが区々にな
つているのみならず、少くとも刑の量定に関する事実については、この建前を緩和すべきであるという
意見が各方面に強いのであります。よ
つてこの要望にこたえるべく、第一審判決後の
被害の弁償その他の情状に関する事実については、控訴審においてもこれを考慮することができることとするとともに、第一審の当時から存在しながら、やむを得ない事由によ
つて公判審理の過程において法廷に顯出されなかつた事実も、控訴趣意書に記載して控訴申立の理由を
裏づける資料とすることを認め、
裁判所の調査義務の範囲を拡張することといたしたのであります。
第四は、その他のこまかい諸点に関する改正であります。
これには現行法の技術的な不備を補正いたすのが多いのでありますが、その中でも捜査機関のいわゆる供述拒否権告知について、運用の実情にかんがみ、その内容に修正を施したこと、訴訟促進の
要請にこたえるため、死刑以外の判決に対しては書面によ
つて上訴権の放棄をすることができるものとしたこと、起訴状謄本の送達不能の場合には、その
法律関係を明確にするため、公訴棄却の裁判によ
つて訴訟を終結すべきものとしたこと、さらに略式手続に関する
規定に改正を加えて、その適正迅速な進行をはかつたことなどは注目すべきものと存じます。
以上をもちまして簡單ながら
刑事訴訟法の一部を改正する
法律案の概略を御
説明申し上げた次第であります。何とぞ愼重御
審議の上すみやかに御可決あらんことをお願いいたします。