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榎本参考人 あるいは
日本は無条件降服をしたのでありますから、占領軍は
国際法に定める義務から解放せられまして、何でもや
つてもさしつかえないのだという俗論もあるかもしれません。しかしながら
日本の降伏文書には、「
日本帝国大本営並二何レノ位置二在ルヲ問ハズ一切ノ
日本国軍隊及
日本国ノ支配下二在ル一切ノ軍隊ノ聯合国二対スル無条件降伏ヲ布告ス」と規定してあります。一切の
日本の軍隊が敵国に無条件降伏したことはまことに明らかであります。わが国の軍隊が無条件降伏をしたことは、ただいま申し上げました
通りに明瞭でありますが、これによ
つて連合国はわが国の軍隊に対する処置は、その欲するままにしたのであります。しかしながら軍隊に対して欲するままにしたとは言いながら、これによ
つて連合国は、
国際法の規約から全部解放されて、切捨てごめんをしてもさしつかえないのだ、何をしてもさしつかえないのだということは出て来ないのであります。現にへーグの陸戦法規の第三十五条には、「締約当事者間二協定セラルル降伏規約ニハ、
軍人ノ名誉二関スル例規ヲ参酌スヘキモノトス。」と定められております。降伏の場合に参酌しなければならないということを規定してあります。すなわちこの場合においても、なお
軍人に対しても、
国際法の範囲内でやらなくてはいけないということを示しておるのであります。
従つて、いわんや
一般占領地の占領行政等におきましては、なおさら
国際法規慣例を無視してさしつかえない、任意の行動をしてさしつかえないという結論は、どこからも出て来ないのであります。一九一四年発布の一これは一九一七年に改正しておりますが、米国の陸戦訓令のうちには、かように規定してあります。二百九十四条です。敵の領土に設けられた
政府が、軍政
政府ミリタリーガヴアメントととなえられようと、民政
政府シビル・ガヴアメントととなえられようと、それは問題ではない。その性格は同一であ
つてまたその権原も同一である。それは力によ
つて設けられたものであ
つて、その行為の適法性は
戦争法規によ
つて決定される。こう書いてあります。占領軍もそこにいろいろ統治組織をつくろうが、それはすべて
戦争法規によ
つて適法性が決定せられる。こうアメリカの訓令にも書いてあるのであります。ポツダム宣言の中には、
日本の国民を欺瞞して世界征服の挙に出しめた者の権力及び勢力の永久除去、
日本国の
戦争を惹起し、遂行する能力の破砕などが重要な条件と
なつておる。それに基いて連合国軍は
日本軍隊を解体し、戦用施設物件を毀却し、政治上の
責任者及び
軍人は追放し、あるいは裁判に付して処断するなどの徹底的な処置を講じたのであります。これらの一連の処置として、
軍人軍属及びこれらの者の
遺族に対しては、
恩給、
遺族扶助料を受ける
権利をも奪
つてしま
つたのであります。なるほど
軍人中にはその実力を悪用し、本分を越えて行動した者も多少あ
つたことは否定できませんが、かような行動を助長しあるいは共謀した者が
軍人以外の者
——軍人以外の者には
一般の公務員も入
つておりますが、
軍人以外の者にも多数あ
つたことはきわめて明瞭なのであります。
軍人中にいかがわしい者が多少あ
つたからというて、
軍人及びそれに準ずる者だけを摘発して、その全般を非難することは少し早計かと存じます。一例をあげますが、当時連合艦隊
司令長官であ
つた山本五十六
海軍大将が、これは兄事して非常に尊敬しておる友達でありますが、その親友に送
つた手紙、
昭和十六年十月十一日、これはほとんど
戦争まぎわでありますが、その中に「大勢は既に最悪の場合に陥りたりと認む之が天なり命なりとはなさけなき次第なるも今更誰が善いの悪いのと言
つた処はじまらぬ話なり。独使至尊憂社稷の現状に於ては最後の聖断のみ残され居るも夫れにしても今後の国内は六かしかるべし個人としての
意見と正確に正反対の決意を固めその
方面に一途邁進の外なき現在の立場は誠に変なものなり之も命というものか」ということがあるのであります。今度の
戦争開始にあたりまして
政府の命令に
従つてやむなく任務に服した、遂行したということは明らかにわかるのであります。これは一つの例にすぎませんが、
軍人の大
部分は山本元帥と同様の立場にあ
つたものと存ぜられるのであります。
日本には抗命罪とかいうようなものがあ
つて、命に服せざる場合にはこれは罪人になるのであります。それから同時に従来の
日本の慣例からして管理
関係をじままに持するということはできないのであります。ことに軍隊においては、おれはいやだからやめるということは許されないのであります。これは外国と非常に違うところであります。市ケ谷裁判のときに、いやならなぜやめなか
つた、やめないのはそれに同意した証拠じやないかということをよく検事が言われましたけれ
ども、
日本の今までの制度と言いますか、あるいは慣例からそういうじままなことは許されないのであります。命あればこれ務め、これ従わざるを得なか
つたのであります。
従つて軍人軍属を特に摘発して、その責を問おうとすることは、ポツダム宣言の趣旨を厳格に解釈いたしましても合理的であるということは言えないのであります。無遠慮にいえば、二、三の者の行
つた非行の
責任を連坐罰として全体に及ぼしたというふうにも見えるのであります。連坐罰は御
承知の
通り古い刑事思想であ
つて、近代ではこれはだれも
考える者さえないと思うのであります。これはまた先ほどたびたび申し上げましたへーグの陸戦条規のうちにも、「人民二対シテハ、連帯ノ責アリト認ムヘカラサル個人ノ行為ノ為、金銭上其ノ他ノ連坐罰ヲ科スルコトヲ得ス。」、第五十条でありますが、これは明記してあります。連坐罰が禁止してあるのであります。かように
考えて参りますと、
軍人軍属及びこれらの
遺族に対する
恩給、
遺族扶助料を受ける
権利を奪
つた処置は、
国際法上から見ても、ポツダム宣言の趣旨からいたしましても、根拠がないとも言えるような事態なのであります。また多くの場合彼ら
軍人軍属また遺
家族にと
つては、唯一の生計の資料たるべき性質のものを奪
つた点におきまして、人道上からもすこぶる論議の余地のある行為であると存ぜられるのであります。なおこういうこともあります。占領軍のと
つた処置にして
国際法上根拠を持
つていないものは、
一般に無効と判定せられることが定説のようであります。オツペンハイムという人の「
国際法」という本の中には、「占領軍の執
つた行動が
国際法上許容された行為でなか
つた場合には、戦後原状回復権により、これらの非合法行為は無効とせられることは明らかである。……若し占領軍が合法的根拠なくして私有財産又は公有財産を収得売却した場合には後日
補償を支払うことなくして買得人から返還せしめることが出来る。」、その本の第二巻の三百七十七ページのところですが、そういうふうなところまで書いてあります。それからまた
日本と連合国との平和条約の第十九条に「この条約の効力発生の前に
日本国領域におけるいずれかの連合国の軍隊又は当局の存在、職務遂行又は行動から生じたすべての請求権を放棄する。」と書いてありますけれ
ども、しかしこれは
軍人軍属などがその
恩給権に対して
日本政府に請求するその
権利を主張する場合にじやまになる規定とは、少しも思われないのであります。要するに
日本軍人軍属及びこれらの
遺族に対する
恩給、
遺族扶助料を受ける
権利を奪
つた覚書というものは、はなはだ根拠の薄弱なもので、見ようによると、それは発令当時から効力がなか
つたものとも言えないことはないと思うのであります。重大な疑義があるのであります。いわんや、これは政策上の問題を申し上げるのは申訳ありませんが、政策上から見てもはなはだおもしろくないと思うのであります。理由なくして苛酷な取扱いを受けた者はどんな偉い人間でも相当な感情に打撃を受けることは、これは争われないと思うのであります。先ほ
どもたびたび申しましたが、スペートという人の「陸戦法規」という本の中には、一八七〇年にドイツがフランスを非常にいためつけたことを記載して、そのしまいに持
つて行
つて、「ドイツ官憲の方針は真の目的を適時に達成する眼目を忘れ、人民を絶望の勇に追い込んだ。」そういうことが書かれでおるのであります。いずれにしましても連合国軍最高司令官の
恩給に関する覚書は、
平和克復と同時にその効力を失うに至るものであることはこれは疑いのないところであります。何となれば、それは占領軍の権力に基いて発せられたもので、しかも占領軍の撤退猶予期間中といえ
ども占領軍の行動及び安全にも
関係ないからであります。ま
つたく内政上の規定と見るべきものであります。
従つてこれは講和条約発効、
平和克復と同時に、ただちにその瞬間から効力がなくなるもの、原則上なくなるものと存じます。原因やめば効果もすなわちやむというのは、これは
法律上の原則のように思われます。特にこの
恩給のごとき、直接人権といいますか、人権に関するような処置に関するものについては、これは即刻そのときから効力を失うべきものと存ずるのであります。占領軍の出した命令というものの効力は、
平和克復と同時にただちになくなるというのはこれは定則のようであります。これに対しては、もうほとんど異説はないと存じます。
それが最高司令官の命令についての愚見でありますが、引続きまして、二十年
勅令五百四十二号、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く
恩給法の特例、
昭和二十一年
勅令六十八号、これについてちよつと申さしていただきたいと思います。連合国軍最高司令官の覚書はただいま申しましたポツダム
勅令によ
つて実施に移されたのでありますが、これについては位下述べるような数点御研究の必要があるんじやないかと存ぜられるのであります。連合国軍最高司令官の指令が
国際法上適法のものであ
つたかどうかということについて重大な疑義があるのでありますから、この覚書に基いて発せられた
勅令、それに続いて閣令な
ども出ておりますが、これも同様の疑義が生ずるのであります。根本が、基礎の指令の有効性について重大な疑問があるのでありますから、その指令をただ文書に直して
日本国民に発布したというだけのものでありますから、同様の疑問がこれに残るわけなんであります。これは
勅令の形で、いかにも
日本の主権に基いた普通の意味で従来の
勅令のように
考えられますけれ
ども、実はそうではない。ただ占領軍司令官の命令をそのままただ
日本国民に伝えただけのむのであります。
日本の主権に基いたものではないのであります。これは実質からいえば連合国軍最高司令官の命令なんであります。それがただ
日本文に
なつて
日本の法令のようなかつこうをして
日本国民に布告されたにすぎない。
従つてこれについて非常な疑義があるのも、この最高司令官の指令にすでに疑義があるから当然この
勅令についても疑義が生ずるわけなんであります。
従つてもしこれが
国際法上適法ではなか
つた戦後原状回復によ
つて、原状に回復すべきものだという判定が下れば、この
勅令六十八号というものは初めから無効なものと宣言しなければならないのではないかと
考えられるのであります。少し過激かもしれませんけれ
ども理論上はそうなると存じます。
それから、なおまた占領軍のする行為というものは、大体において占領期間中において終ることを目途とすべきものであります。その効果が占領が終
つてもなお続くということは、占領軍の他国の主権がその国に及ぶことになりますし、それはおもしろくないのであります。原則としては占領が終れば、ただちにそのすべての効果が終らなければならないと思うのであります。
従つてこの六十八号がかりに適法だといたしましても、その効果はやはり占領と同時に終るべきものと
考えるのが至当と思われます。
それからなおその次には、この
勅令六十八号は占領軍最高司令官の指令そのままであるように説明されたのを私聞いたことがありますけれ
ども、両方合せてみると、必ずしもはたして同一であるかはなはだ疑問があるのであります。指令のうちには、バイ・リーズン・オブ・ミリタリ・サービス
——軍役の理由により云々と
なつて、そういう人間から
恩給をターミネート
——これもまたわからないのですが、やめろという意味でしようが、これは基本権を奪えというのか金をやるのをちよつと待てというのかわかりませんが、ターミネート・バイ・リーズン・オブ・ミリタリ・サービスと
なつておりますが、
日本ではこの指令を国民に布告する場合に
軍人軍属、こう漠然とした今まで使いなれた言葉でも
つて軍人、軍属、
遺族も含めてみんなこれのうちに入れてしま
つたのであります。指令の中には、軍役の理由によりそれによ
つて得た報酬や
恩給などをとれとあるのでおりますが、こつちの方ではそういうことはかまわず、ただ
軍人軍属及びその
遺族からは
恩給をと
つてしまえ、こういうことをや
つたのであります。これがはたして正確にして同一の範囲のものであるかはなはだ疑問があるのであります。これはアメリカの
考えなどから見ますと、ミリタリ・サービスといいますのは、大体において軍隊の構成員あるいは
戦争の場合に軍隊に従属して随伴して歩く人などのする行動をさしてミリタリ・サービスとい
つているようです。普通の官庁の、
海軍省、
陸軍省そういうようなものに
内地でも
つて服務している人間、そのすべてまでをミリタリ・サービスに服するものだとは解釈していないようであります。ことに政務次官、ああいう人をミリタリ・サービスに服したものであるという
考えはアメリカの慣例にはないように思う。アメリカの軍法
会議の統一法、これは年号は忘れましたけれ
ども最近の現在施行されているものなどを見ますと軍役に服するものと認められて、軍法
——ミリタリ・ローを適用されるものは軍隊の構成員、沿岸測地部員及びその他の機関の軍に配属され、ここに
勤務するもの、戦時出動中の軍隊に
勤務し、あるいはまたこれに随伴するもの、そういうふうな限度に限られておりまして、
軍人の予後備役のごときものも、現に
政府から俸給を受けてないようなものは、この軍法の適用を受けておらないのであります。
従つてアメリカの観念をも
つてすれば、こういう人はいわゆるミリタリ・サービスに服するものとは
考えておらないと思うのであります。そういう
関係でも
つて連合国軍最高司令官は
日本政府に対して命令をしたのではないかと思う。その範囲の人間、今度の
戦争に
関係したもの、それの構成部員と
なつて働いたものは恩恵的な何かうまいことはしやしないか、そういうことをさせてはどうもならぬから、それから
恩給とか特殊な恩典をと
つてしまえ、こうい
つたのではないかと思う。昔からの何十年か
自分たちの戦友として働いたものの
未亡人の遣族
扶助料までとれというような非常識なことを指令したのではないと思う。しかるにもかかわらずそういうことをとかく研究せずに当時の
政府が
軍人軍属というような、
日本で言いなれた言葉でありますからミリタリ・サービス、
海軍省、
陸軍省の人間は問題なくミリタリ・サービスだ、やつつけてしまえということをや
つたのではないかという気がしてならないのでありますが、これは私の誤解かもしれません。しかしながら今私が申しましたことが幾分なりと理由ありとすれば、その連合国軍最高司令官の指令からはみ出した
部分については、これはま
つたく根拠のない
日本の命令が国民に対して下されたものと思うのでありますから、初めから無効と存じます。それですからその
部分だけは少くともかりに最高司令官の指令が有効で、その指令を実行した
日本の
勅令も有効であ
つたとしても、そのはみ出した
部分だけは、これはま
つたく無効のことをしたのであるから、これは原状回復によ
つて元へもどさなければならないもの、こう
考えます。
それからもう一つ御
参考に申し上げたいことがございます。
勅令六十八号第一条によ
つて、例外として
総理大臣が指定した者は
恩給をとられる災厄から免れたのであります。それはどういう人かと申しますと、判任官を何年か勤めて非常に成績が優秀であ
つた者は、優遇の意味を幾分含めまして、特進して高等官に採用されたものであります。この人は例外に
普通恩給も
一般文官と同様に給ぜられておるのであります。これは当時非常に問題がやかましくなりまして、判任官から上
つた人人が非常に怒りまして、団体を組んで
政府に陳情したりしました結果かとも存じます。これはまことにけつこうなことでありますが、今除外例に
なつておりますのは、高等官四等どまりの事務官、
理事官、翻訳官というような
人々であります。しかるにふしぎなことには、これは事務系統の人だけでありまして、技術系統の人で同様な人が幾らもあるのであります。長年工員見習から工員になり、それから判任官となり、技手になり、それらを長年勤めあげて、やつと優遇の意味をも
つて技師に採用された人は相当にあるのであります。
海軍には
海軍技手養成所というものがございました。長年工員をいたしまして成績優秀な者をそこに入れて、技術を修習して技手になるのであります。二年かそこらで技術と普通学などを勉強しまして技手として働くのであります。そのうちでまたごく優秀な者は、長年技手を勤めあげますと技師に任用されるのであります。この点は事務系統の事務官、
理事官などと全然同一で、むしろ工員見習とか工員をしていた期間が長いのであります。しかるにもかかわらず、工員見習を長くや
つて工員になり、それから技手を長くや
つて非常に成績優秀であるがために、優遇の意味をも
つて技師に
なつた者は、
恩給は給せられないのであります。これは非常な不公平であります。何のためにかような差別を設げたか全然わからないのでありまして、この人人から非常な不平が出ております。私のところにもたびたび法制上の問題などを聞きに来られたことがございます。これはま
つたく理由のないことで、おそらく技師といえば勅任官まであるから、四等どまりの者とはたいへん違う、だからこれは
恩給をつけてやる必要はないのだというような
考えが、当時事務当局にあ
つたのかもしれません。しかしながら、工員からだんだん上
つて、やつと優遇の意味で技師に
なつた者が、勅任官などになれる道理はありません。これは奇跡的にあるかもしりませんが、普通にはありません。大体やめるときに四等くらいに得進させていただくようなものでございまして、これは全然
事情がかわらないのであります。しかるにかかわらず、一方においては
恩給を給せられ、一方は
恩給を給せられないというような不公平なこともございます。これは一つの事例で申し上げたにすぎません。いかに六十八号、それからそれに関連した閣令などにずさんな点があるかわかります。人の生命にも関するような重大な
権利を、非常にずさんな目分量でも
つてや
つて、あるいはやかましく陳情したものは通したというような形跡さえある。形跡があるとは私は申しませんが、しかしあ
つたという誤解を
一般に生じておることは、よほど
考えたければならない点と思います。
はなはだ長く
なつて申訳がありませんが、
国内法の
関係で
恩給が保障されている点だけを申し上げたいと思います。これは釈迦に説法で、私がはなはだなまいきだとおつしやるかもしれませんが、一応申し述べさせていただきたいと思います。