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滿尾委員
大蔵大臣の御説明をいただいたのでございまするが、私
どもはまだ何となく納得せざる面がある。それは
大臣の御説明の言葉から察しますと、国鉄の新
線建設というものが、今日のわが国の客観情勢において持
つておりまするその公共的性格に対する認識が大分至らない、至らないと言
つては失礼でありまするが、大分認識に相違があるように
考えるのであります。私
どもは実はかように
考えておるのでありまするが、国鉄はたまたま独立採算をと
つておりまする企業体であるがゆえに、またその建設せられました新線が、国鉄の運営に帰属せしめられまするがゆえに、
大臣はこの新線の建設を、新線それ自体の経済的性格に帰してお
考えにな
つているようにうかがえたのでありまするが、私
どもはむしろ今日の状態において国鉄が新線を建設いたしますることは、単に新線それ自体の持つ経済的性格、あるいは国鉄との関連というよりも、もつと視野を広げて、大きな見地から、この国鉄新
線建設に公共的な性格を付与して実は
考えておるのであります。なるほど新線の建設が非常に厖大なものであ
つて、さしあたりはそれ自体の経済的採算におきまして赤字であることは、これはいなめない事実でありまするが、それが非常に厖大なものであ
つて、
全国鉄の運営採算上に非常な圧迫を加えるということでございまするならば、これも程度問題でございまして、当然
考えなければなりませんけれ
ども、わずかに五十億や百億の新
線建設の程度では、国鉄全体の経済を圧迫する程度は、非常に私は低いと
考えますし、われわれがむしろ
考えているのは、かような経済的性格よりも、国鉄の新線を建設いたしますることは、いわば最も改良せられた能率のいい
道路だと
考えておるのです。
大蔵大臣は、公共
事業費を
道路の方に相当に多額に出しておられる、橋梁のかけかえに出すんだ
予算書に書いてあります。ところが
道路、橋梁をかけかえること、新線を建設いたしますことと、国の財政資金を使いますことにおきまして、形式的な分類は別として、それ自体実体的にお
考えをいただいて、はたしてどれだけの差があるかということをわれわれは
考えるのであります。ことに
大臣の御認識をいただきたいことは、あるいは北海道等におきまして、冬季非常な降雪を見ます。そのときには一切の
道路交通もトラツクも通わぬという状態が発生するのであります。かようなところにおきましては、ただ
一つ鉄道だけが隔離せられましたところの村落なり町なりの生命をつなぐ唯一の交通機関になる、かように
考えてみますると、新線の建設、残されたわが国の新
線建設は、多分に
道路の建設と同じ性格を持
つている。たまたまそれは公共企業体の範疇に属せしめられておるがゆえに、その形式的理由をも
つて、何となく鉄道のそろばんでや
つたらいいじやないか、国の財政資金を使うのは例外だというような御認識があるように察したのでありますが、その点についての御見解をもう一ぺん御披瀝を願いたい。
さらに私は
考えますることは、鉄道の建設自体に投ぜられる金は、
大臣が力説しておられますところの資本の蓄積という見地から見まして、最もかつこうのものでないか、建設せられましたところの鉄道は、ただ単なる建設に終るのではない。日々国民経済に寄与する。これは百年の後に、千年の後に、ほとんど永久的性格を持
つて国民経済に寄与するものでございまするから、私はかような意味におきましても、この新
線建設に財政資金をこの際もう少し御投入になることが
ほんとうではないか、たまたま鉄道の公共企業体の傘下にあるがゆえに、その範疇でのみお
考えをお練りにな
つていはせぬかということにつきまして、絶対的に実質的な御考慮を払
つていただけば、またお
考えが違うのではないかということを
考える。ことに
大臣に
お尋ねいたしたいことは、民間の資金をも
つてしても、われわれは鉄道の建設を続行いたしたい、幸いにして日本国有鉄道法には、
鉄道債券の発行を認めておるのであります。ところがこの
法律ができましてから、ここに数年を見て、かように新
線建設の希望熾烈なるものがあるにかかわらず、いまだか
つてこの
鉄道債券の発行というものがない。なぜこれをおとめにな
つておるのであるか。私はかように最もかつこうな資本蓄積の形態の
事業に対して、
鉄道債券の発行をおとめになるその理由が、よく理解できないのであります。ことに民間の方の声といたしましては、もし
自分の
地方に鉄道の公債を出されるようなことがあれば、
自分の方の建設のためには、相当の犠牲を負担してもよろしいという
意向が、相当に強く出ておるのでありまするが、私は国の財政資金を大局から見て、いろいろな方面に御配当になりますにあた
つて、鉄道建設が十分敬意を払われてしかるべき部門であることを確信しておるのでありますが、
大臣の御見解を伺いたい。