○
政府委員(内田常雄君)
平和條約の第十五條でございますが、十五條(a)項は、
日本にある連合国の財産は、この
平和條約の
効力が
発生したときから一定の期間内に一定の手続で返還する、その返還ができなか
つた場合、又は返還ができても、その財産が戰争の結果損失又は損害を受けていた場合には、
日本はその損害の分を補償するということが大意であります。その條文の中で、補償の仕方については、「
日本国内閣が一九五一年七月十三日に決定した連合国財産補償法案の定める條件よりも不利でない條件で補償される。」こういう補償の仕方、手続を、條約自身で定めないで、他の
日本における法律等に讓
つた形をと
つているのでございます。この連合国財産の返還及び補償のことは、ひとり
日本の
平和條約に規定があるばかりではなしに、
先例のイタリアとの條約、或いは
同時にできましたブルガリアとの條約、ハンガリア、フインランドの條約、皆同じ規定があり、更に遡
つてはヴエルサイユ條約の中にも同種の連合国財産の返還に関する規定があるのでありますが、それらの條約におきましては、非常に長たらしく補償の仕方が條約自体の中に規定してございます。初め
日本との
平和條約におきましても同じような方式で、條約の中に長たらしく規定することが計画されてお
つたようでありまして、後には條約の中から外して或いは附属書の形できめるというようなことも研究されてお
つたようでありまするが、併しこの條約を
関係国多数との間にできるだけ早くまとめて、
締結を促進するためには、條約自身は成るべく簡單であ
つて、手続的の事項は他の方法によるほうが適当だということに両国間の
話合いの方向が向いましたために、他の国との間の條約に見られましたような事項の一部を、国内法の形に讓りまして、別に
政府は連合国財産補償法というものをこの
国会に提出いたしまして、御
審議を願
つております。そこで、この條約の十五條には、ただ補償に関する
原則だけが謳われてありまして、
あとの手続は別に
日本国政府の定める連合国財産補償法できめるということにな
つたのでありまして、
原則といたしましては財産が開戰時、即ち一九四一年十二月七日に
日本にあ
つた財産に限ること。又その損害は戰争の結果受けた損害を補償するものである。而もその補償の仕方は
日本政府が先方に提出した閣議決定の補償法案よりも不利な條件ではきめない。こういう
原則だけがございます。
これを受けましての補償法の
内容でありますが、今回提案いたしておりまする補償法案は、割合にこれも簡單なものでございまして、全文二十五條から成
つております。そのうち大体三つのことを規定しておりまして、第一のことが條約十五條における補償の
原則を敷衍いたしまして、條約だけでは必ずしも明確でないところを定めております。それから第二の法律の規定事項は、補償をいたしますについて、損害額の算定の仕方、これを各種の財産につきまして比較的細かく規定を設けております。それから第三番目には、補償金の出し方を法律で規定いたしております。
これらの法律の規定を通じまして、條約を補いまして、
はつきりさせました点は、第一には連合国財産を補償いたします場合に、連合国人のすべてに対して補償を與えることはしない。その連合国人の中においても補償を受ける主体となり得るものは、
原則として、戰争中に、
日本政府側がそのものの身体又は財産について逮捕、監禁、抑留とか、或いは押収とか、処分とか、敵産管理、そういう
日本人一般には適用しなか
つたような、いわゆる戰時特別措置を行
なつたことのある連合国人だけが
原則としてその種の補償を受ける。又損害の原因でありますが、條約には「戰争の結果」とありまして、読み方によ
つて非常に広く読めるのでありますが、現にイタリアの
平和條約等におきましては、同じ「戰争の結果」という言葉が使
つておりますために、大変いろいろ議論があ
つたようでありまして、その結果イタリア側と連合国側との間に相互に
意見を出し合
つた結果が、非常に広い範囲に解釈され、決定されて、結果から見てイタリア側は不利益をこうむ
つておるようであります。さようなことを避けますために、我が方の法律案では「戰争の結果」という原因につきまして、これを分析しまして、でき得る限り狹くなるようにしております。尤もその主体となりますものは、結局両国軍の戰鬪行為の結果、受けた財産の損害は入るのでありますが、でき得る限り戰争に基く間接的な損害は補償しないで済むように、この法律の中で原因を限定いたしておるのであります。
更に補償の仕方につきまして、イタリア等の場合は、イタリア側が進んでその種の補償をする義務を持ちまして、挙証責任であるとか、計算の仕方であるとかということにつきまして問題があるようでありますが、我が方の場合には、この補償は、補償を受ける資格のある連合国人の一定の期間内の請求を待
つて初めて論ずる、その請求の際必要な補償その他の書類は連合国人側に提出の義務を持
つてもらう、
日本側は受身の
立場でそれらを処理いたしまして、一定の期限内に損失補償の請求がなか
つた場合は、請求権を放棄したものとみなされるというような形をと
つております。つまり、このいろいろの補償をするについての或いは原因について、或いは時期について限定を幾つかこの法律において設けたことであります。
それから補償金の支拂い方でありますが、これが例えば十四條その他の
関係、賠償
関係等では必ずしも明確にな
つておりません。十五條の
関係においても條文のままでは必ずしも明確ではありませんが、これは賠償等と違いまして、大体この戰争中に敵産管理したものがどのぐらいあるか、敵産管理以外に、
日本人には適用しなか
つた、いわゆる戰時特別措置として連合国人の財産に手をつけたものがどのぐらいあるかという計数が
政府側にわか
つております。又一般の戰争損害の大数的な調査或いは特定のものについてのサンプル調査等によりまして、大体どのくらいの損害で、それを時価に換算するとどのくらいになるかということがわか
つておるのであります。尤もこれらも先ほど申しましたように連合国人側の請求挙証を待
つて論ずるのでありますから、我々の今の見方は或いは違
つておるかも知れませんが、一応大体二百億円乃至三百億円くらいの
程度で補償を完全に済まし得る、こういう見方にな
つておるのでありますが、それにいたしましても、その支拂い方につきまして、この法律が二、三の規定を置いております。その第一は、
原則としてこれは
日本国内で円で補償をする。それらを連合国人が外国に向
つて送金をする必要がある場合には、すべて
日本における為替管理に関する法令の規定によらしめる。
日本側としては円の補償を以て最終的にするということが
一つであります。尤も例外的に連合国人自身の財産が外貨建であるもの、例えば外貨債であるとか、或いは外貨で実施契約がされた特許権であるとか、或いは外貨建の金銭債権、こういうものにつきましては補償も又外貨でなされることにな
つておりますが、この外貨による補償につきましても特別な規定を設けまして、建前は外貨で補償するが、その支拂い方は、
日本の為替
状態の許す最も速かな時期において、外国為替に関する法令の規定に
従つて、請求権者に補償金の外貨による支拂いの可能な措置を講ずるというような規定の立て方をいたしておりますし、更に又
日本の外貨債等によ
つては必ずしも外貨による補償が速かに受けられない場合には、請求権者のほうが、現在の三百六十円の換算率で、円による計算をして、円貨の補償だけすることができる。こういうような規定を設けまして、できる限り外貨の補償はなくしまして、円貨の計算を以て済ますという規定を設けてございます。
更に又補償金の総額は大体二百億、三百億
程度で、そう大きな額にはなりませんが、それでも他の、例えば賠償に関する條項であるとか、或いは外貨債の支拂いとか、その他敗戰国といたしまして他の負担も重なることでございますから、連合国側と打合せの結果、如何なる場合においても一会計年度に百億円以上の補償金は現実に支拂わない、こういうことを規定いたした條項も法律の中に織込んでございます。
大体の構成は右の
通りでございます。この法律案は、冒頭にも申上げましたように、当初は條約自身の中に規定するつもりでありましたために、そのものを法律の形に移すに際しましても、連合国側と
相談をいたしました上で、敗戰国の義務として、我が方が最小限に忍ばなければならない点は私
どもも潔く受けることになりましたが、連合国側においても、
日本の
立場を理解して、この法律技術の許す範囲において、できる限り
日本の
立場を有利にするような面も呑んでくれました。その結果、この條約に引用してある閣議決定の法律案は、双方の
意見のまとま
つたものでございます。
なお、本
国会に提出いたしました連合国財産補償法案は、この條約における閣議決定案よりも不利でもないし、有利でもない。大体二、三の言葉遣い等を改めましたほかは閣議決定案と同じものを提出してございます。お含みおき願いたいと思います。