○
証人(
大滝克己君) 私は
終戦当時シンガポールにおりました。丁度
昭和十七年まで北京にお
つたのでありましたが、ドイツとの貿易
関係がいろいろと困難にな
つて参りますと同時に、東亜輸出総連合の南方の代表としてシンガポールに出されまして、爾来
終戦まで
現地におりました。その後陸海軍の顧問その他を引受けまして、占領地区の資源
調査その他をや
つてお
つたのであります。
終戦になりますと同時に、英軍が進駐をすることになりましたが、それと共に、
日本人は一切シンガポールの島内から摩擦を避けるために立去れということで、一般邦人約一万名はジヨロンという所へ集結をいたしまして、ジヤングルを切拓いて私
どもの労力と私
どもの醵出いたしました金でそこへ集中営を造
つて結局生きのびたわけであります。その集中営の食糧その他のものがその後マレー、或いはスマトラ、或いはジヤワの
引揚者の
根拠地として長く役に立
つたのでありましたが、当時御
承知のように、南方の引揚は四年三カ月かかるという陸軍大臣の放送がございまして、非常な衝撃を私
どもは受けましたと同時に、年寄がそれによ
つて衝撃を受けて死んでしまうというふうなことがございました。私が主に英軍との渉外
関係に当
つておりました
関係で、南方に対する配船の交渉をいたすために、特に英軍の海軍部の好意によりまして、第一船を
昭和二十年の十二月に出されることになりまして、二千五百人を引連れまして、私は責任者として帰
つて参りました。爾来南方の配船のために直接GHQに交渉をいたしますと共に、先ほ
ども申述べましたが、当時進歩党、自由党、国民協同党、社会党、共産党の王党を歴訪いたしまして、この五つの党の御協力によ
つて海外引揚に関するところの
一つの組織を作
つて頂きました。いろいろな
関係で私も民間人としてその責任者の一人にな
つてまあさせられて来たわけであります。その後御
承知のように、引揚の団体ができまして、今日社団法人
引揚者団体全国
連合会の副
理事長としてや
つて来ておるのであります。そして本件につきましては、
引揚者団体全国
連合会は、全国から約三万数千名の白紙委任状を以ちまして、この公館
借入金の交渉を依頼されておりますし、私自身も約一万数千件の委任状を頂いてこの交渉の一切の責任を委託されておる
立場でございます。そういう
立場に立ちまして、この問題について
意見を申述べさせて頂きたいと思うのであります。
御
承知のように、全国の
引揚者は、先月二十二日に築地の本願寺で
引揚者大会を開かれまして、在外資産の問題並びに
在外公館借入金の問題について決議をなされ、その後国会を中心に実行
委員の
かたがたが折衝をされておるわけでありまして、今日もその代表のかたはまだ東京に残り、この中にも傍聴に来られておるように、熱心にこの問題の促進を図られておるわけであります。第一点の問題につきましては、要するにこの
米価を基準としたということが
如何かという御質問であろうかと思うのでありますが、問題の所在は、私は
米価がいいか悪いかという問題よりも、公館
借入金そのものに対する
考え方の問題が非常に大切なのではないかと思うのであります。勿論今朝来
水田証人、高
碕証人以下いろいろとこの問題等について御説明がございましたが、今日恐らく大蔵省といたしましてもこの資料を収集されるのには非常な困難を感ぜられたことと思います。私
ども自体もあらゆる方途を講じて
終戦以来この問題についての資料を収集いたしたのでありまするが、的確な又信憑性のある資料を確保するということは殆んど不可能であるのでありまして、結局引揚費に使われた。
従つて生活費が大
部分であるという観点から、
米価を一応の基準とされたことに対しましては私は大した異論を申述べるものではございません。併しながらその
米価そのものをただ純粋に取入れたという点につきましては榊谷
証人等の御
意見もございますように、又
大国証人の御
意見もありまするように、その地その地の
米価の、米穀事情というものは異るのでありまして、その調整を図らなければならないということが当然のことでございます。それと同時にその
米価をいつの時期によ
つてとるかという問題が更に大きな問題となると思うのであります。大蔵省は
米価を
借入金が一番たくさんなされた時期においての数値をとりまして、いわゆるピーク時の評価をしたということによ
つてアヴエレイジの価格を出したと言われるのでありまするが、そのこと自身に非常に大きな狂いが来ておると申しますのは、先ほど来の各
証人の御
意見にもありまするように
現地事情そのものは占領治下にあり、而も敵国の中にあ
つて日本国内の事情とは全く違うのでありまして、景気の変動或いは物価の変動というものもその政治体形或いは又その
現地の事情等によ
つて異るのであります。そういう調整が図られなければならないと同時に、これはやはり貸し借りの問題でありまするから、当然常識といたしましてはその貸し借りを設定するそのときの評価をとるのが妥当であろうと私は思うのであります。そういたしまするならば、まだ恐らく各
提供者といたしましても納得し得るものがあるのではなかろうか、こういうふうに
考えるのでありまして、結局私
どもの結論といたしましては、今日この問題を純粋に理論的に検討をいたすということについては、何人も納得し得るような信憑性のある資料のない今日におきましては不可能である。
従つて飽くまでもこの問題は政治的に解決されなければならない問題であると同時に、通常の観念、一般の観念によ
つてやはり律せられなければならないと私は
考えるのであります。従いまして基準をとるならば借入れを開始するときの条件として、当然一般通念では成立つのでありますから、そのときの
米価の
値段を以て評価価格といたしまして換算率を設定されるならば、そう無理がないのではなかろうかと思うのであります。ただこの現れました表をいじるということはなかなか困難でありましようが、この表それ自身につきましても幾多の矛盾は発見せられます。今朝ほど
水田証人が述べられましたように
日本銀行券そのものに対して差等を設けるということは、これは国民感情も許さないでありましようが、更に通貨の理念から申しましてもこういうことはあるべからざることだと私は
考えるのであります。でき得るならばこういう
措置は
法律として、
法律の別表としてお出しになるような
措置はお避けになるのが当然ではなかろうか、又一方におきましてこの表で御覧になりますればおわかりの
通り華北と華中南の
法幣並びに関金券の間に差がございます。この
法幣並びに関金券というものは御
承知のように他の主権国の法定通貨であります。そういう他の主権国の法定通貨を
日本が一方的な意思によ
つて差を附けるということが果して妥当であるかどうかということはこれ又非常に検討を要する問題であろうと思います。と同時に今後この問題は国際
関係が逼迫するとか、或いは中国とのいろいろの問題が出ましたときに必ずや問題に提起せられるであろうと私は
考えるのであります。従いましてこういう問題については成るべくこういうことは避けて、
法幣、関金券は一本にまとめて行くべきが当然のことであると私は
考えるのであります。通貨の問題について無理にそういう理論を組立てるために、この理論で参りますれば、
日本銀行券は東京の値打ちと北海道の値打ちが違うということをこの
法律できめるようなものでございまして、この点は百年の悔を残すと私は
考えざるを得ないのであります。従いましてそういう調整を図られると同時に、又関東州について榊谷
証人が申述べられましたように長い歴史、又大連がどこよりも、東亜の諸
地域において
内地よりも物価が安か
つたということは過去において厳然たる事実でありまして、誰も知
つておることであり、そういう安い物価の土地、つまり高い通貨を蓄積されたところの大連が、今日こういうふうに
昭和二十年の十二月三十一日を以て、それ以後においては一対十というふうなひどい烙印を捺されるということにも無理がある。従いまして当然これは満洲と同じような時期に直すべきであると私は
考えておるのであります。而ういたしましてこれらの問題に対して一連の調整といたしまして百分の百三十という問題を適当にこれを政治的に御勘案願いまして、率を上げて、そうして
提供者の
提供されたときのことを
考えて頂いて、皆様がたの御厚意によ
つて適当に御決定がなされるのが妥当ではなかろうかと思うのであります。時間がございませんので
レートの問題についても申述べたいことはございまするが、この第三の問題に移
つて見たいと思います。
第三の問題でございますが、要は五万円以上を打切るとな
つておる。そのこと自身については私は二つの問題があろうかと思うのであります。第一の問題は、五万円という問題は別といたしまして、
一つの段階でこの債務を打切るという問題の妥当性、更に五万円ということの妥当性と二つの問題があろうかと思うのでありますが、これは一体化いたしまして、先ほ
ども申述べましたようなものの
考え方であり、公館
借入金に対する見方であると私は
考えます。各
証人が申述べますように、この公館
借入金の使命、その果した効果というものは何人も私は忘れることのできないことであると
考えておるのでありまして、本来でありますれば、その功績は高く評価されるべき性質のものである。これが何が故に今日厄介物視され、又不法行為のような眼で見られなければならないか、そこに私は問題があるのではないかと思うのであります。
一つの事実の適正判断というものは、その事実が発生した条件を前提として初めて私は可能だと
考えるのであります。御
承知のように通常或る条件の下におきまして正当な行為でありましても、それが全く異
つた条件の下にありましては不法行為と断定せらるる場合があることは又皆さんもよく御存じの
通りであります。公館
借入金が今日冷遇、あえて冷遇と申しますが、冷遇せられますのは、又六年に近い年月が経過いたしましたことと、全く異
つた今日のノルマルな条件の下においてこれが検討せられるからにほかならないと私は強く感ずるのであります。従いまして今日必要といたしますことはいわゆる論理的真理ではありません。歴史的現実の事実的真理でありまして、現実たるところの公館
借入金の論理、認識の領域におけるところの観念ではないのでありまして、歴史的事実なのであります。即ち観念論ではなくて、事実の追究とその事実の適正なる処理こそが必要だと思うのであります。
そこでこの第三点に立ち戻りまして、第一に
政府があえて言
つておりますように憲法上の疑義という問題について
考えてみたいと思うものであります。大体今日までの国会の審議の過程を通じて私
どもが感じますことは、
政府は公館
借入金に関するところの
法律上の国の債務は、この
返済の
実施に関するところの
法律案の成立によりまして初めて創設せられるものであるから、
借入金額、即ち国の債務を五万円と限定いたしましても、すでに確定している債務を打ち切るのではないから、憲法に牴触しないという見解を持
つておられるようであります。果してこういうことを言い切ることができるでありましようか、この論拠とされておりますのは、公館
借入金に関しては今日まで国の債務として、いわゆる議決によるところの国会の承認乃至予算
措置によるところの承認を得ていないからして、
法律上国の債務とはなり得ないということであります。
従つて在外公館等借入金整理準備
審査会法第一条第二項に言
つておりまする「
法律の定めるところに従い」ということは、将来制定せられる
法律を意味し、不確定の要素を含むものであるからして、同条において「
政府が
現地通貨で表示された
借入金を、」「将来
返済すべき国の債務として承認することをいう。」と定義しておりましても、この
規定によ
つてすでに国の債務として承認せられたものというわけには行かないと言
つておられるようであります。
法律技術上或いは成立いたすといたしましても、明らかにこの論旨の組立て方には無理があります。違憲論にあわてて、私
どもから申しますれば、間に合わせにこじつけたとしか受取れないのであります。今日事実上の債務は認めながら、かかる議論によ
つて公館
借入金を
法律上の債務とは認めないという
立場を固執するのであるならば、先ず私
どもとしては
訓令を発した際の憲法上の
措置を懈怠した国の責任を追及する必要が生ずるでありましよう。又外務大臣の
訓令は、
法律上
如何なる性質のものであり、
如何なる効力を有するか、更に又
出先官憲が外務大臣の
訓令に基いて国家非常の際に行いましたところの行為は、果して国の表見代理人として正当な行為であるかどうかも明らかにする必要があるでありましよう。国家非常の際に債務発生の適法の
措置をとり得なか
つたことはあえて咎めないといたしましても、本
法律案の提案の理由には明瞭に「外務大臣が国の債務として承認した
在外公館等借入金の
返済を
実施するため」云々と明記しております。これを読んだ何人が果して
借入金はまだ国の債務とはな
つていないものであると判読をいたしますでございましようか。一般通念は到底こういう理論を受入れることはできないと私は感ずるのであります。国は事実上の債務を認めればこそ今日まで二つの特別立法をされたはずであります。又本
法律案によ
つてこれを
返済せんとされるのであると私は
考えるのであります。そうであるならば非常事態において善意無過失の
借入金の
提供者をして、国家を信頼し対等な
立場において
提供せしめました
借入金を、国家の一方的意思によ
つて提供者の理解しがたい法理解釈に基いて債務の内容を変更するがごとき行為をし得るでありましようか。民法の大原則は御
承知の
通り信義、誠実をその基本としておるのであります。
従つて民法上平等な
債権債務の
関係を、国家が
法律の強制力によ
つて上下の
関係に置かんとすることは、明らかに民法の原則に反すると言わなければなりません。更に公館
借入金が
債権債務である以上、なお幾多の問題が、疑問が残
つて参ります。例えば
政府の法理解釈が確認証書によ
つて確認された事実上の債務とは無
関係に、国の債務は五万円までであるとするのでありまするならば、打切られた債権はどうなるのでありましよう。これに対する直接の借受人、即ち
出先官憲の責任は免れ得るでありましようか。又
審査会法第五条第二項によりまして確認
請求の機会を逸した
提供者は、
審査会法に基くところの確認
請求権は失いますけれ
ども、国に対するところの債権は消滅するものではございません。これらに対しまして本
法律案は又当然に何らの拘束力を有するものではないのであります。従いましてこれらの者は訴訟によりまして債権全額を
請求し得るはずであります。この問題は裁判所の認定の問題となりまするけれ
ども、いずれにいたしましてもこれとの調整をどう
考えておられるのでありましようか、又
出先官憲におきまして借入勧奨の際に事務整理上、先ほ
ども証人が述べられましたように一括多額の金額にまとめ上げた事実を、これをどう処理されるおつもりでございましようか、若しも同一人に対しまするところの債務額を五万円に限定するというがごときことを
政府が当初から予定していたといたしますならば、何が故に
審査会法によるところの確認
請求に際しましてかかる債権内容を明らかにせしめる
措置を講じなか
つたのでありましようか、みずからかかる将来の行為を予見していたといたしますならば、これを隠蔽して今日五万円に打切るというがごとき行為は、まさに国民を欺瞞するものであると断ぜざるを得ないのであります。若しも私
ども国民がこのような行為をいたしました場合にはどうなりますか、必ずや詐欺的行為と断定せられると私は信ずるのであります。このように幾多の問題がここから出て来るのみならず、
法律によ
つて債務者である国が債務を打切るということは、国内一般の債権、債務にも重大な影響を将来に残すと
考えるのであります。いずれにいたしましても本
法律案は憲法の私有財産尊重の原則に違反し、且又憲法十三条によるところの幸福追求の原理に反するものと言わざるを得ないのでございましよう。又憲法上の疑義は容易に氷解せられないでありましようし、必ずやこれは尾を引いて参ると思うのであります。従いまして私
どもの
考え方といたしましては、こういう問題については到底純粋な法理論によ
つて解決せらるべきものではない、飽くまでも道義上の問題といたしまして、皆様の御好意によ
つて政治的に解決せられるのが妥当であろうと私は感ずるのであります。
法律によ
つてこれを冷酷無残に解明いたしましても、結局得るところのものは何もないのであります。残るものは怨恨と呪詛しか残りません。而もなおたくさんの疑問が残されておる。こういうことは是非とも避けて頂くように御配慮をお願いしたいのであります。
更に五万円の妥当性の問題でございますが、これは
法律論を離れまして、数字的に五万円に打切るの妥当性を検討いたしましても、先ほど来いろいろお話もございますように、この五万円と断定した理由は私
どもも詳かにいたしておりません。併し
審査会法第一条第二項の「
法律の定めるところに従い、且つ、予算の範囲内において、」云々という
規定並びに
返済の準備に関する
法律第二条におけるところの「
借入金の
返済の方法は、国民負担の衡平の見地から、公正且つ妥当な基準に基いて定められなければならない。」という
規定を引用して、戦時補償乃至戦時保険
打切りとの均衡論を振りかざしておいでになるようでございます。併し数字的に申しますならば、成るほど五万円は当時の五万円と同じ数字ではございまするが、その中身が果してそれでは同じでございましようか。均衡論というものがありますならば、どうかその実質的な均衡論をお述べ願いたいのであります。余りにも言われることがあちこち矛盾があり過ぎますので、結局理窟の闘争をいたさざるを得ないのでありまするが、私
どもは理窟では解決をしたくないのであります。飽くまでもこの問題はこの発生の経過から見まして、是非とも道義的に、政治的に御解決をお願いを申上げたい。これが私の全国
連合会を代表いたしまして皆様がたにお願いを申上げる次第なのであります。
なお
最後に丁度ここに
一つの例といたしまして、
大国証人が申述べられなか
つたのでありますが、漢口におきまするところの借用証の雛型がございます。この雛型を私は御参考までに読んでみたいと思うのであります。
借 用 証
一金
儲備券 元也
但右は
終戦に因る新事態発生に際し、国庫より支出さるべき在漢口
日本総領事館経費未達の為め、之に充当するものなり
右金額左記条件により借用候也
昭和二十年十一月 日
中野勝次
殿
記
一、無利息
二、
返済期
返済方法及
儲備券対
日本円との換算率は当館並に貴殿引揚後
政府の決定に一任す
以上
と書いてございます。この中でおわかりの
通り現地公館は「国庫より支出さるべき在漢口
日本総領事館経費未達の為め」と書いてございますが、これをもら
つた誰が、果して
法律上今日においてこの
借入金が国の債務となり得ないということで判断いたしますかどうかという点を特に私は御理解を願いまして、先ほど来申述べますように、是非ともこれは理窟でなくして解決をして頂くようにお願いをいたしたいと思います。