○
証人(
山崎八郎君) 私が曙町に
競輪場ができましたことについて
反対いたしました趣旨は、第一番は
隣接住宅に及ぼす弊害であります。これは申上げるまでもなく御案内の通りだと思いますが、なお第二に
隣接地区に住む青少年に及ぼす悪
影響、なお
隣接小学校、中学校の学校
教育に及ぼす悪
影響、この三つの立場からいろいろあそこの場所が適当していないからどこかへ持
つて行
つてもらいたい。実は私としては
競輪そのものに本質的に
反対だ、併しながら
立川市の
財政の実際を聞くときに、これはどうしても我々として忍び得ない、殊に国家で
競輪法を認めておる以上、
立川市に幸い主催権が渡
つた以上は弊害を最小限度に食止めるような見地から、適当な場所に移転してもらいたいということを再三申上げたのでありますが、私はこれをもちまして主婦のかた、或いはいろいろの
反対の
かたがたと御相談をいたしまして、当局にも再三ぶつか
つたのであります。いろいろ
反対をいたしましたが、一向に
納得が行かないのであります。と申しますのは、
隣接住宅に及ぼす弊害なんというものは塀を立てれば直るとか、そんなあんたの言うようなことは心配いらん。こういうことなんですけれども、私の
調査によりますと、
昭和二十三年の十一月小倉市における
競輪の騒擾事件が
最初あ
つたのですが、或いは二十四年四月西宮以来殆んど毎月一回大きな問題が方々に起
つて、中には、武装警官が出たり或いは消防隊が立合
つた。ときに発砲したり或いは催涙弾を撒いたというような実情から行きますと、到底、こんな場所に若し置かれるとすれば、
隣接住宅の人の苦しみは勿論、毎日あの場所を通
つて通う第二中学校の生徒、或いはその
附近のいたいけない子をあずかる保育園があります、七十名ばかり。そういうことをどんなふうに考えるだろう、或いは中学、曙小学校の生徒が
場内の
拡声器にによる
影響をどんなふうに考えるだろうか、ということを考えますと、決して私は箱入娘を作
つて悪い者に触れさせるなという、そんな消極的な
教育方針ではないのでありますが、全然批判力のない模倣性に富んだ青少年の前にああいうものを見せつけるということ自体が
教育上大いに憂慮しなければならんという見地から、この三つの問題で
反対したのでありますが、併しこれはどうしてもうまく参りませんでした。ただその間に私の
納得いかないのは、先ほど
石井局長さんからいろいろ御
説明がありましたが、大分重複することであるけれども一応申さして頂きたいと思うのですが、私が二月頃から積極的に動き出しまして、先ず
通産省の車輛課に参りましたところが、地図を添付して出したからよく見ると学校と学校の真中だ、而も集団住宅の真中に持
つて来て造る、どうもおかしいと思
つたけれども、学校長はどなたかわからんが、学校長とPTAの
会長が
教育上
支障がないというふうな復旧をされておる、
従つて我々は
書類が完備して、都その他からの
書類が全部附いておるので、事務
手続から言えば
許可せざるを得なか
つた。そこで私見を問いましたところが、事務当局だけに私の考えを聞いて呉れて、ただこんな所に
競輪場を造るのかとお互いが首をかたげたけれども、私見は申上げられぬということだ
つた。それから部の
建築局に参りましたときにいろいろ
意見を伺いましたところが、とに
かく取りあえず
工事を
中止して上げるということでしたが、これは二十五年十月三十一日の
東京タイムスを調べたときに出て
参つたのであります。そのときの記事にこういうことが載
つておるのです。「わが意に従わぬとは
何事だ、
工事を
中止しろ、都の逆鱗に触れた市で大穴」ということで、同地域は
立川の都市区域内の
住居地域で商業地域ではない、而も小学校、中学校、短期大学、いろいろ近接してお
つて不適当と認められれば
申請を取下げるようにと九月の初めに勧告されたのだそうであります。ところが市側は商業地域に
変更方を申出たので更にこれを強硬に強行されたそうであります。で九月十八日
通産省から正式に認可して参りましたので、
周囲への悪
影響は十分防止する。市の
財政を賄うに足るから
市民の税の軽減ができる。
教育施設の移転も可能だとこういうふうなことで再三
陳情されたそうでありますが、
建築局でははつきりした御返事がなか
つたそうでありますが、認可見通しの下に突貫
工事を始めた、そうして違反行為として十月十三日に
中止して、而もなおその後にこういうことが書いてあるので非常に意外に考えたのです。
建築局の
調査の結果によると不
許可の方針だ
つた、それは集団住宅がある、愛光保育園がある、小学校がある、中学校がある風紀、治安、
教育上甚だ遺憾の点があるからこれは不
許可の方針だが、これは八割以上の
工事が進行しておるし、市の
財政上からも考えなければならん、現在まで取運んだ
工事に対して取壊わし
措置というものを考えるとどうしたらよいか、はつきりしない、という記事が
東京タイムスの二十五年十月三十一日の新聞に載
つてお
つたのであります。私がこれを見ましたときに、これじや我々が幾ら
反対しても我々は泣寝入りせざるを得ないか、いよいよ我々のほうの人間は金力と権力に圧倒されて黙
つて泣寝入りかというふうに考えたのでありますが、併し聞くところによりますと、
公聴会があるというお話を聞きましたので、それではその際に十分我々住民の意図を申述べて、一応考えて頂こうというので五月十八日の
公聴会に出たわけでありますが、その後
審査員のかたの御視察を
願つたのでありますが、一向はかばかしく行かん。ところが六月末頃にお見えになるときに、あの新聞は今はつきりしませんが、
反対があるために
許可がされないらしい。これではどうしても何とか
反対をぶつ潰さなければいかんということで促進期成同盟というものが結成された。これは
市長さんその他
関係のかたは
関係がないのでございますが、
只今は都西新聞というのに書いておられる都西新聞の平賀敏弘が
財政を救う途はこれ以外にないということで以て促進期成同盟というものを結成された。併し促進期成同盟ができると同時に、一方では市会のほうで期日ははつきりいたしませんが、地元班とか、官庁班とか、
会社班とかいうように分けて市
会議員のかたが手分けして何といいますか、
折衝に当るということでありましたが、たまたま促進期成同盟ができましたときの趣意書の中にこういうことが書いてありました。私はその趣旨が誠に遺憾に堪えないのでありますが、正しい道で
競輪場を
設置することに対して我々が概念遊戲や理論闘争にたわむれておるならばいざ知らず、現実の問題を目先において、そうして我々が住民の一人としてその
反対を叫んでおるにもかかわらず、この期成同盟の
陳情書の
理由の中にこういうことがあります。「その間特殊の思想団体に操られておる少数の人々が
教育環境の不良化、治安問題に籍口してこれが
反対に狂奔していますが、恐らく彼らは市税の不当を鳴らし、その不納運動連盟を策したり、善良な労働者を使嗾して救済資金貸出条例の制定を迫るのはその真意のほどが疑われるのであります。」こういうようなことであたかも私以下幹部がこういう思想団体に操られておる、或いは自分自身がそういもんだということで盛んに吹聴してお
つたようでありますが、そのうちには促進同盟ができますと、直ちに私の所に参りまして、どうも赤がや
つておる、今まで一緒にや
つてお
つた反対期成同盟の人々が
反対期成同盟が赤だと言われるから我々は就職上、仕事上困る。だから脱退さしてもらいたいというような話だ
つたのであります。ところが都西新聞を見ますと、
反対同盟は切崩しはわけない、如何にも私は切崩しということに対して甚だ遺憾の意を表する。切崩しとは
何事か。若し
納得の行くように
説明して下さるならば
我我も万止むを得ず市の
財政のためならば泣寝入りしてもよろしい。併し先ほど話がありましたが、除害
設備さえ十分して頂いてもら
つたならばいいのだ。今までの暴動が起るようなことならば困
つたものだと考えてお
つたのでありますが、
反対期成同盟を切りますのはわけはない。その切り崩しに会
つた人が初めから
反対者の立場で、先ほど
選挙と
競輪ということを小学校長が申されましたけれども、私もこの期成
反対が市会の
選挙にからんでいるのじやないか、こういうようなことで二、三新聞記者のかたに
質問を受けたのであります。あなたは市会に立つつもりじやないのか。私は絶対に政治は嫌いだから私は市会に立たない。ただ現実の問題を目先にして主婦の人がどうしても自分らの力が及ばんということでお話があ
つて、自分もそれに同じ住宅区におるために立
つただけであ
つて、絶対に混同はしていないつもりだと言
つたのですが、その際に我々と一緒に行を共にした千代田氏ほか相当数のかたが七月五日頃から促進に廻
つたのであります。今まで
反対期成同盟の幹部として活動してもら
つたかたが七月五日に促進運動に転換された。而もその際に促進署名運動をされたのでありますが、私も非常に迷惑したことは、
反対期成同盟が皆が
賛成にな
つたのだ。殊に
市営にな
つたのだから署名してくれ。いや、私は
反対期成同盟のかたに
反対として署名したのだから今更
賛成に署名することはできない。いや、みんなが変
つたのだから差支えない。それじや
山崎も
賛成したのかとい
つたら、それにははつきりした答えはなか
つたそうであります。それで後で聞いてびつくりして署名取消しに参
つたところが、いやすでにこれは出しちや
つたから取消すわけには行かないということで非常に憤慨している人もある。或いは民生
委員を通して保護を受けておる人が、どうもあなたは市の保護を受けておるのだ。
市営になるときに促進同盟の署名に判を付かんということはどういうことかということで、泣き泣き判を付いたと言
つて訴えて来た人がある。これは先ほども申しましたけれども、九分九厘まで
賛成だと申されますけれども、
競輪場の場所の
反対であるだけに、あの場所に近い人は最も
関係が深いのであります。遠くの人は殆んど我関せずで済むのじやないか。殊に税の軽減ができる、
施設が充実する、学校がよくできるということになれば恐らく双手を挙げて
賛成されるのは当然でありまして、
立川全市から見て九割九分まで
賛成なんだから、
反対者は幾らもないとおつしやることは恐らくその基本の計数にも誤りがあるのじやないかと思うのであります。私どもが廻りました際に約四千名以上の署名のあ
つたということは恐らくそういうことを裏書きして余りがあると思うのであります。
それから七月十二日の
審査会の結果が新聞に出てお
つたのでありますが、一度文部省に訪ねましたときに、文部省から若し異存があ
つたら
決定されてから二十日以内に
異議の申立をするなら
異議の申立ができる。更にそれがいけなか
つたらもう一回
異議の申立ができる。更にいけなければ訴願もできる。実際にあなたが考えて、場所がいけなか
つたならば、あなたはそこまでやるのもいいでしようが、併しそこまでやるといろいろな噂が立つ。とんだ目に会うが、併しそこまで元気でやれますかと笑
つて別れたことがある。ところが
許可にな
つたことを新聞で
ちよつと見ただけで、大体どうも止むを得ず
許可になるだろうとこういうことでしたが、八月四日の朝日新聞の記事に都
教育当局の態度という見出しで、
基準法四十九条で
住居の安寧を害する虞れがなく、公益上止むを得ないと認定した。而もその裏に
都市計画課は
住居地域維持の立場から何ら話がない。殆んど相談を受けていないと言
つて非常に不満の意を漏しておられたという記事が載
つてお
つたのであります。そうすると都自体も余り全部が全部、
都市計画課も、
建築局の
関係者も全部が御
賛成でこれができたのじやない、こういうことを私は考えさせられたのであります。
建築局関係の問題はそんなふうでありますが、先ほど
教育委員長さんからお話がありました
教育委員会の答申でありますが、私これも腑に落ちないのは、
教育上止むを得ない……。併し
競輪場設置はそういうことであれば仕方がないということですが、はつきり曙町にできておる
競輪場は差支えないということを答申されておらんのであります。
従つて立川市のどこへ競輸場を造ろうが、そういうことは差支えない。そういうふうに書かれたのじやないかと、私はこの答申を読んでおるのでありますが、私はこれはここに持
つておりますけれども、若しあの場所が止むを得ないということであれば、答申書にはつきりと曙町に
競輪場を造るも止むを得ないというふうに答申されるべきじやなか
つたろうかとそう考えるのでありますが、とに
かくそういうふうにな
つておらなか
つたわけであります。これは非常に遺憾に思います。
なおこの際訴えておくのは、先ほどの御
質問に出ましたのですが、
許可なしの
工事であります。これは私はいやしくも市当局が
関係しておられてや
つておる
工事に
許可なしの
工事を黙認しておるということは、社会がようやく秩序立
つて来ておる今日、遵法精神の欠如をどんどん補正しながら導かなければならんといわゆる社会
教育などはこういう点から取上げてもらわなければならん。而も社会政治というものを呑み込ませて行くべき時代に当
つて、これも朝日新聞の六月九日にこういうことが書いてあります。二十五年九月十八日、
通産省の
許可あり、当時の情勢で無
許可で
建築を始め、市及び市
議会は黙認したと桜井議長は語
つておるというふうに新聞に載
つておるのであります。こういう時代に
許可なしにや
つたことを市及び市
議会が黙認したというようなことは、何かあの場所を動かすに困るのじやないだろうか。私も
教育界に相当年数おりまして、学校経営もや
つて見たんでありますが、親考行する子供が泥棒して親に薬を與えた。而も親から離されて刑務所に入
つておるというようなことも私は子供に教えたこともあるのですが、そういうような見地から見まして、市及び市
議会が不正行為を黙認したと桜井議長が公言されて朝日新聞に載
つてお
つたときに、私は唖然としたわけであります。
それから場所の問題でありますが、これも同じ日附だと思います。産業課長の談として、農地
委員会は
決定が面倒だと、それでブルトーザーで砂地として処理したが、前助役が一手に引受けてや
つたことでくわしくはわからないということが載
つておるのであります。そうすると聞くところによると、農地は農調法によ
つて相当縛られておる。相当坪数以上は
許可を得なければならん。何のためにこの場所を固守して、そうしてそういうようなことをあえて行なわなければならんだろうかということが、今も私どもの頭から抜け切らん。それから場所の問題を変えるという点については、いろいろ
関係者のかたと御相談したこともあるのですが、谷保地区内に、丁度
立川と国立の間くらいの所に櫟林があります。あれが財務局の所管にな
つておるらしいのですが、あすこに持
つて行けば
立川市が東に発展して行くから非常にいいと思うのだがということを
教育委員長さんに申上げたのであります。そういうときにその場所は殆んど坪数が少くて駄目だということでありましたが、六月二十六日に市議の地元の
反対のかたと私どもが
折衝したことがございます。その際に替地があればそこに変えてもいいんだと、併しそれより先き六月五日に
参議院のかたにお見え頂きましたあとで、招致
委員長の万田さんと、それから発起人だ
つた中野さんと、市
会議員で澤木さんと私ども三人で話しましたときに、
中野さんはあえてこの場所でなければならんというわけではない。適当な候補地があればそこでや
つて、とに
かく市の
財政を作
つて行くことが大事なんだから、一緒に見付けましようと、こういう話があ
つた。たまたま二十日ばかり過ぎて、二十六日に出ましたときに、丁度私体をいためておりましたので、直接私出なか
つたために他の幹部を六、七名推薦して一緒に行
つて頂いたのであります。そしていろいろ
調査されたところ、やはり市
会議員のかたも一緒に行かれまして、こういう場所があるのかというふうに感心されたということを私はあとで聞いているのであります。ところがその際の市
会議員のかたが、あれは実は北口の繁栄策として持
つて来たので、今更動かすわけに行かん。殊にあそこは現在まで一千万以上の金を投じてあるのだから、一千万以上の金を始末せねばならん、そういう
関係でどうしても動かすことができないから
納得してくれということで、どうも我々がこうじやないか、ああじやないかと揣摩臆測していたことが現実とな
つて現れて来たのであります。なおその際に替地の問題で、
日野グランドの場合は、先ほどお話がありましたように、低地であるということと、高圧線があ
つて駄目だ、それから市の市
会議員のかたと
折衝いたしましたときに、私から助役さんに、主催権があるのだから無理にあそこに場所を選定しなくとも他の既設
競輪場を使用したらどうだろうかという案を出して見たのであります。ところがどこも貸してくれないという話でありました。ところが六月十三日の八土子商工日日新聞が、大井競馬場の中に
競輪場を作ることで二十三区が八王子、
立川に呼びかけているが、これはお話する機会がとうとうなか
つたのでありますが、その八王子商工日日新聞の記事によりますと、市の
財政で、特に滞納問題で一千五百万円からあ
つて悩んでおられる。それから
工事費が五百万円ある。二千万円でおんぶしてそうして八王子と二十三区と一緒にや
つたらいいじやないか、それがごたごたしている
立川競輪場の潮時であり鍵じやないかということが新聞に出てお
つたのでありますが、こういうことも恐らくお考えにな
つたのではないかと思うのでありますが、替地等も本当に誠意を持
つて、あれじや困る、だからもつと市の
賛成を得るということ、勿論遠ければ
競輪場に来る人が少なくなることも予想されるのでありますけれども、併し
立川市にあるということになれば五十歩百歩で、僅か十分か二十分くらいで大した
影響はないと思うのであります。先ほど申上げましたが、住宅地域だそうでありますが、
日野グランドあたりに低地、高圧線の問題を何とか
方法を講ずれば、あそこに持
つて来られるよりは却
つて市御当局も
会社も思うように使用ができていいじやないか。殊に考えられることは、儲けが多くなるならばなるほど暴動が起る可能性が多いと思います。若し来場者が少くなることになれば、利益にはならんが囲りに
被害は少ない、こういうことで、恐らく主催者としても悩みの種だと思うのであります。そういう現実で、私は三つの
反対理由と、その後辿られたいろいろなことによ
つて、どうも
納得が行かんで今日まで推移してお
つたのでありますが、
建築局の
許可がありましたのが八月の初めにわか
つた関係で、皆さんにもお話しまして、どうするかという問題になりましたけれども、どうもいろいろな噂が飛ぶために
山崎のやつ特別な思想団体で赤だ、あんなものと一緒にな
つては駄目だということで
反対が出たそうであります。市の
かたがたなどは、人の一人や二人殺すかもわからないぞとおどされ、これ以上
反対したらどうなるかわからんというようなことを心配されてお
つたのであります。私どもも自分の努力は続けて、結局泣寝入りというよりは今後のことをよく見ていて、若しそういうことがあ
つたときには
責任者に堂堂と責任を追及して行こうじやないかということでこの運動を続けて来たわけであります。ただ今後期成同盟は解散するかということは、今後の成り行きを見て、どこまでも我々の言
つたような問題で弊害の起らないようにやろうというふうにして進んで来ているのであります。