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証人(
田中文男君) 私は
証言をいたします前にちよつと私の
立場を申上げて置かなければならんと
考えます。
私は
明治四十三年から
昭和十五年まで
岡山医学専門学校、
岡山医科大学になりましたのちにおいても満三十年間
教授として職を勤めており、その間八カ年間
医科大学長をしてお
つた者であります。その後
昭和十五年から
自分の
診療所を開いて
一般患者の
診療をしておる者でありまして、恐らくそういう
立場から私をお呼びに
なつたことと
考えます。
従つて直接今
医学に携
つておりませんから、何とぞその点お含みをお願い申上げます。
先ず第一の
医科大学におきまして
調剤ができるような
教育が行われておるかどうかということにつきましては、
只今前
証人のかたが詳しくお述べになりまして、私は全くその通りであるという感銘を受けました。で
岡山医科大学におきましても、私が辞職いたしまする
昭和十五年の際におきましては、
薬理学並びにその中に
処方学を含めて、やはり時間は一カ年間を通じてほぼ同様でありましたし、なお又そのほかに
薬理学の
実習というものも施しております。その後私は
現状についてよく知りませんので、先般この
証人の出頭を求められましたのちに、
岡山医科大学の
薬理学の
教授の
山崎教授にいろいろ
質問をしました。なお又
学生にも聞いて見ました。ところが、やはりその当時とほぼ同じようであります。なお
調剤のほうにつきましては、
薬局長によ
つて講義が行われておるそうであります。こういう点から
考えてみまして、私の過去三十カ年
間医職に携
つておりました当時と参照いたしまして、
岡山医科大学、これはどこの
大学でも全く同様と
考えますが、
岡山医科大学の卒業生が
十分調剤はできるのみならず、この薬理的の作用というものにつきましては、却
つて或いは失礼かも知れませんけれ
ども、
薬学だけをお修めに
なつたかたよりも、より深き
知識を以て薬を扱うことができるのではないかと私は信じております。これだけが私が
調剤のほんとうについて申上げることであります。
次にこの
医薬分業の是非についてということにつきましては、
兒玉証人からもお申しになりましたが、
医師は
患者の診断
治療に対して全
責任を持たなくてはならん。そういう理想を以て
患者を診断
治療しなければならん上私は
学生にも教え、又
自分でもそういうつもりでその理想に近付かんとして努力しておるものであります。で診断、
治療は單に単純なる診察室での診察、
治療のほかに、なお他の理学的或いは化学的、或いは細菌学的、いろいろの補助診断
治療法があります。御承知の通りレントゲン線であるとか、或いは又化学的の精密な
検査であるとか、或いは細菌学の
検査であるとか、こういうものもできれば一人の
医者がすべてや
つて、そうして
患者を
治療することが理想だと
考えます。勿論この中には
調剤、
投薬は勿論のことでありますし、これも二、三十年前まではかなり一人の
医者がや
つた程度にや
つて来てお
つたのでありますが、併しながらいろいろ学問が
進歩するにつれ、
技術等もいろいろ複雑になりまして、
只今のところは簡單なる化学的
検査、或いは黴菌学的
検査、或いはX光線の
検査等は、簡單なものは、それは行い得ますが、少し複雑になりますと、これはそれぞれ
専門家、やはり先ほど
兒玉証人が言われたごとく、
自分が信頼するそれぞれの
専門家に依頼してその
検査を乞い、そうしてこれを診断の
参考にし、或いは又場合によ
つては進んでその
治療をしなければならないということになりまして、これはもうすべてやはり
医師の
責任において施行しなければならないことと
考えます。勿論これらのほかに
調剤投薬ということは
医療上においても最も重要な一面でありまして、この点は他の
技術のごとくさほど困難なるものではありません。
医科大学の卒業生によ
つて十分行い得るものでありまするから、而もその
医師が
自分の
投薬に
責任を持ち得る、
自分の
調剤投薬に
責任を持ち得るという点において、
患者のためにみずから
投薬することが私は最も理想的、最も理想に近いものであると
考えます。現在の任意
医薬分業と申しまするか、それが理想に近いものではないかとさえ私は
考えているのであります。
私は
専門は耳鼻咽喉科でありまして、少しく外科的方面に属しております。
従つて投薬、
調剤投薬という方面は、ほかのほうより非常に少いのでありまするけれ
ども、いろいろな
医薬、殊にこの頃新らしくできました
医薬は、個人に対する反応が非常に差異がある。これらは
投薬、
調剤投薬をいたしますことの少い私においても非常によくわか
つていることでありまして、
従つてその
調剤を、ただ
処方箋によ
つて薬剤師のかたにお頼みするということについては、
医師として少し
責任を持てないような気持がするのであります。又病人のほうからいたしましても、
自分の信頼する
医師から薬をもら
つたほうがよほど精神上にも安心を與えることになり、病人も又幸福ではないかと私は
考えております。耳鼻咽喉科の私でもそういう感じを持
つているのでありまするから、私は、内科小兒科のかたには一層その観念が強いであろうと
考えるのであります。現に私はこのたびこの参議院に
証人として喚ばれた。それは
医薬分業のことがある。こういうことにつきまして一昨日私の曾
つての同僚でありました小見科の好本という
教授が私を訪問されました。この好本
教授は、少し余談になりまするが、ただもう私と同年ぐらいの六十八、九歳、夫婦二人だけです。それで別に金銭上の欲望の全くないかたです。これが看護婦も使わず、女中も使わず、二人だけで小兒科の
診療を老後の計のためにや
つておられるのでありますが、そのかたが私を一昨日訪問されまして、君は東京へ行くそうだが小兒科医の私としての
立場をよく君呑み込んで置いてくれ給え、それは
自分は、というのは好本……やはり岡山
大学の名誉
教授ですが、今……。
自分は薬を長くやる、殊に慢性の疾患のときには
患者に薬の名前を教える。そして或いは
薬剤師に頼み薬店から買わせる。そうして飲ましているけれ
ども、急性疾患の場合には、私は
自分自身でやらなければ安心できない。小兒においてどういう急変があるかも知れないので、ただ
処方箋だけ出してそして薬剤の
治療に
責任が持てない気持がする。現に母親の前で
自分は子供に薬を飲まして、
自分で薬を飲ましてや
つて見ておることもある。そういう場合があるから私は……、好本
教授ですが、私は強制的の
医薬分業ということには全く反対である。こういううことを私に皆さんにお伝えして欲しいと言
つて来られたのであります。
証人以外の言葉でありまするけれ
ども、そういう適切な例、注意がありましたし、又成るほど
調剤、
投薬の少い私が感じておるくらいのことでありまするから、成るほど小見科及び内科医のかたにおいては一層その
医薬強制分業の弊を嘆いておられることであろうと、これは却
つて医師の
責任感を少くするのみならず
国民の不幸になりはしないかと私は
考えておるものでありまして、この
医薬の強制分業というものについては私は賛成し兼ねるのであります。先ほど
委員のかたから仰せられたごとく、これは重大なる問題であります。この点についてまあ私も喚び出しを蒙りましたから岡山からはるばる出かけて来たわけであります。で私はアメリカに三度参りました。まあ
あとの二度は一カ月間くらいずつでしたが、初めは二年半くらいおりました。二年半もおりません。二年余おりました。二年三カ月。で多少アメリカの事情に、通じておるわけではありませんが、まあ少しは知
つておるのであります。その間に私は不幸にして、今から
考えれば後悔しておるのでありまするか、アメリカにおける
医薬分業ということについて余り注意をしておりませんでした。併しその当時私が見聞いたしましたことは、私ボストンにおりましたが、ハーバード
大学にちよつと学んでおりましたが、私の友達が、やはり
日本人で下宿で病気に
なつた際に、下宿屋の小母さんが心配して
医者を呼んで来た。ところが
医者が来て診て、そして病気の容態を察して、これは連れて来てはいかんというので薬を
調剤して
自分にくれた。すると工合が非常によく
なつたと言
つて非常に感謝しておりました。そういうところから、これはアメリカにおいては強制的の
医薬分業ではないんだろうとこう
考えてお
つたのでありますが、その後、まあこれは州によ
つて、アメリカは州によ
つて法律が非常に違いますから、アメリカ全体一定しておるとは
考えませんが、まあ大体そういうふうにな
つておるのではあるまいか。これは何か雑誌で読んだこともあります。
法律で以て
医者の
投薬を禁止していないというのが事実らしく
考えられます。で成るほど一見このアメリカの大都市の
医師の開業
状態を見まするというと、全く
処方箋で以て、薬は
処方箋で以て
薬局から取るようにな
つておるらしく見えます。併し私
考えまするのに、アメリカの少し大きな都会におきましては、開業するのに
日本のごとく一軒の家を構えておる人は殆んどありません。ビルデイングの中の一室か二室を
自分のオフイスとして、そして開業しておるのであります。看護婦兼事務員として女が一人、いいところで二人くらいおります。そうしてそこに病人が来まするならば若し重い病人ならば、内科的病人でありましたならば
自分の連絡しておる病院に連れて行
つて、そうしてそこに入院させる。そうして
自分が毎日往診して診ておる。なお外科的疾患でありましたならば、
自分の連絡しておる病院にやはり持
つて行
つてそこで
自分が手術する。そうして
患者を入院さして置く。そうして
自分は又毎日縄帯の交換或いはその後の経過を観察に行
つておるような
状態でありまして、人もなければ室もない。そういう設備を一々多数の
医者が拵えてお
つては到底改良ができないのでありますから、そういう設備にな
つておりまするというと、勢いこれは薬はくれと言
つても
医薬設備を、実は
投薬をする設備、
調剤をする設備をこれに附けることができないのです。
日本におきましても二十三年ですか、薬療法というものが新しく制定されまして、その規定によりまするというと、二カ年間、本年の七月までは
診療所においては二十四時間以上病人をとめて置いてはいかんという規定にな
つております。なお場合によ
つては、もう二カ年間これを延期してもいいということであります。これは恐らく今申しました米国のほうの
診療所の形式に従わんとしたところであろうと
考えますが、これも余談ではありまするが、実際殆んど
日本の各都市に焼けてしま
つて、今は
患者を收容してくれと言
つても全体あの
診療所の
患者を収容し得る病院がない。或いは又交通の不便その他から到底アメリカ流にや
つて行けない。今年の七月にな
つてもや
つて行けない。もう二年た
つて果してそういう
状態に回復されるでしようか。これは私非常に疑問に思
つております。これも私は
国民の不幸だと思
つておりますが、併しながら
日本におきましても漸次これが或る一定の時期にはアメリカ流にな
つて来るだろうと思います。と申しますのはこの際今開業しようと思う
医師が
大学を卒業して、そうして一定の修練を積んで開業しようと思いましたならば莫大な費用が要ります。手術する手術室を持ち、いろいろの器械、レントゲンの装置をする。随分莫大なる費用が要りますから、そうして而も四十八時間以上
患者を停滞さしておいてはいけないということが、まあ十年先になりますか、五年先に近づいておりまするか、漸次なりましよう。そういう場合には私はおのずからこの形はやはり
医薬分業の形になりまして、任意ではありまするけれ
ども、見たところは
強制医薬分業のような形にな
つて来るのではないかと私は想像しております。まあそういう
状態でありまするから私は今まだ戦災を蒙
つて、そうしてその蒙
つた損害はまだ回復しておらん場合に急激なる変化を、而も
法律で以て
医者の
調剤権を取
つてしまおうとするようなことはちよつと私は、少くとも
薬剤師のかたにもこういう点を御考慮下さ
つて、そうしてその表立
つて私は喧しく言わずに、先ほどやはり
兒玉証人も申されたごとく、道徳的に
お互いに手を握り
合つて、そうして自然の推移、そうしてその間に我々も又
薬剤師のかたも
協力一致して自然の進路に任して行
つてはどんなものであろうかと私は
考えております。
大学の現職におりませんからそのほかのことはちよつと答弁はお許しを願います。これだけ申上げます。