○平田
証人 私はそのときは家内とともに日暮里駅からその車に乗り合せました。
ちようどそのときは時間が時間だ
つたもので、楽に席にすわることができました。第一輌目の左側の最後部の窓側にすわ
つて、
横浜駅までずつと進行して来ました。
横浜駅へ来る間には、相当満員に近いほどの
乗客が乗
つておりましたが、それが大半
横浜で降りまして、
桜木町へ行く間には見通しのつくような状態で、いすはほとんどあいてないが、つり革につかま
つている客があつちこらち十四、五名くらいだ
つたと私は思います。それで
ちようど桜木町間近にかか
つて来て家内に、もうホームが近いからおりるしたくをしようと言
つているそのさ中に、どつと急ブレーキがかかりまして、私がすわ
つているその態勢がぐらぐらと前によろめいた。それが直るか直らないうちに、ものすごい音とともに、運転台の
屋根からさあつとものすごい火をはいた。その火が溶鉱炉をこぼすようなものすごい音とともに、その火はぱつと下に散
つて来て、あつと思
つたその瞬間にその火の出たまわりにいた
乗客の人は、あつ危いというものすごい声もろともに、私が一輌目の一番最後部にいるものですから、私のすわ
つた方はまだ運転台から遠く離れておりましたので、火が来ない私の方に殺到して来ます。それであつ、これはたいへんだと思
つて、私はいきなり六三型の窓の一番下の窓をさつとあけて、手と首をその窓からつき出して、どこへ出ようかと思
つたそのときには、すでにもう私のからだは身動きができないのです。からだを前に出したきりでうしろから来る怒濤のような人に上半身はくぎづけにされて絶対に動かない。もがけ
どもがけど出ようと思
つても、上半身が動かないのです。そのうちに、時間にしたら二分くらいた
つているのではないかと思いますが、火はびーびーびーという音を立てて天井から燃え移
つて来るのがわかりました。窓からはすーつすーつとなま暖かいけむが流れて来まして私は窓から首を出しながら、もうおれもここでやられるのかな、これは死んじやうのかなと思いました。だけど、ここで死んじやだめだ、よしつと、
自分で、
自分の心を励まし、ぐつとからだを向うべ伸びようとしても、窓が小さいものですから、私のからだが入
つたきりどうしても余裕がとれない。それに押されているし、どうしてもからだがきかない。もがいているうちに、私の上半身が幾らか楽になりましてぐつと伸びた。伸びたところが、ちよう一輌目と二輌目の連結の間からからだが出ておりますから、こうやりましても向うに手がかりがない。
自分の手がかりがないものですから力が出ない。だからぐつと伸びた瞬間に向うの窓を破
つて手がかりをこしらえた。今
考えますと、ここにできている傷はガラスで切
つたのではないかと思いますが、ガラスを破
つて手がかりをこしらえてぐつと伸びましたけれ
ども、それでもからだは向うへ出て行かない。そのときはもう背は熱くな
つて来ている。火はどんどん来ておりますし、もがいているうちに、
ちようど三輌目のところへ二十五、六歳くらいの男の方が
通り会わしたので、助けてくれとその人をぼくは呼びとめた。呼びとめまして、その人が私のところへ来て、そのガラスの割りかけを全部割
つてくれた。そうしてその人は片手でも
つて、ぐつとひつぱ
つて、二輌目へ移してくれた。その瞬間私はぱつと二両目へ飛び込んだ。飛び込んだときには私を救うてくれた人の姿は見えなか
つた。それではつとうちの家内はとその出た瞬間に思
つた。思
つてあとを振り返
つて、その車の中を見たときに、すでに頭を抱え、手を伸ばし、折り重な
つてぐ
つたりと死んでおる方がぼくの目に映りました。それで
ちようど左側を見て、うちの家内はと見た。
ちようどうちの家内が右側の窓より両足を出して、今出ようとしておるところ、だらんと足だけが窓からたれておりました。あつと思
つて、すぐそのそばへ行
つて、私はその足をひつぱ
つた。ひつぱ
つたけれ
どもどうしても——そのときはすでに窒息しておるものですから、ひつぱ
つても手ごたえがない。よく見ると家内が倒れておる顔の上に二人ぐらい折り重な
つておりました。二、三回ひつば
つてみましたが、そのときには、この窓があいておるところへ火焔と煙がさつさつと私の顏を沸うのです。こうや
つてみてもぱつと来る。私はこうや
つて、そのひつぱるだけの力か出なくな
つた。そのうちに火はどんどんこつちへ来るものですから。どうせもう死んでおるし、
自分に危険が迫
つて来ましたから、私は心の中でだめだ、かんべんしてくれよ。私はそれで危険が追
つたから、すぐその二輌目から下へ飛びおりました。飛びおりまして外へ出まして、どこへ行
つていいか
線路上をふらふらしておりますと、そこへ駅員がこのくらいのカンへ油を持
つて、やけどをした人はこれつけてくれと言いましたから、私はいきなり手をつつ込んでぴりぴりしておる顔面になす
つた。そうしてすぐかたわらに顏と手をやけとしてすわ
つておる方がありましたから、あなたもつけなさいよ、私はそのカンをその人に與えた。與えておるうちに、私は手に傷があるということを意識しまして、よく見ると出血がはなはだしい。これはと思
つて、いきなりポケツトに
自分が持
つていた新聞紙で包みまして、どこか、と思
つてまごまごしておるうちに、また駅員が来まして、けがをしたか。した。じや、と言
つて桜木町の救護班の方へ私は連れて行かれました。そうして自動車に乗りましてすぐ病院に行
つて治療しまして、そうして家へ行
つてこれを知らさなければと思
つて家へ帰りました。