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金澤参考人 私は
東京大学におきまして、
経済法を専攻しておる者でございます。なかんづく
経済行政法につきましていささか
研究を続けておるわけでございます。特に終戦後は、例の住宅問題その他につきまして、
收用の
必要性いかんという問題についていささか
研究をいたしましたほか、
経済安定本部の
資源委員会の
専門委員といたしまして、
総合開発に伴う
損失補償問題を
研究することとなりまして、ここに数年間その問題に携わ
つて参つた次第であります。従いまして
土地収用法の
改正につきましては、少からざる関心を持
つてお
つたわけであります。
そこで私は大体三つのことにつきまして申し上げたい。第一は総括的な
感想であります。第二は具体的な
改正の
検討であります。第三は
施行、実施その他に関連した一般的、補足的な見解であります。
まず第一に総括的な
感想を申し上げたいと思います。
收用制度の
存在の意義は、申すまでもなく、
私有財産制度の
確立ということと、
公共の
福祉のための
利用ということをどう調整するかという点にあると思うのであります。つまり一方におきましては、
公共の
福祉のためには、
私有財産権をも強制的に取上げなければならない、しかし他方においては、同時にそれに対しては、正当な
完全補償が行われなければならないという点にあると思うのであります。このことは
憲法第二十九条の
趣旨に従うところであります。
つまり強制はするが損はかけないというのが、
收用の
根本義と考えられます。従いまして、もし
收用が適正に行われるならば、
公共の
福祉の
確立ということと、
私権の
確保ということとは相反するのではなくて、むしろそれが調和されるのである、また調和されることとなるはずであります。ところが従来の例を見ますと、それがうまく行かない。
土地収用法はいわゆる
伝家の
宝力、抜かざる
太力の功名というわけで、あまり頻繁に発動されたということを聞きません。そうして実際はどのようなことが行われてお
つたかと申しますと、不当に安い
価格で泣寝入りさせたり、また
買収価格の間に非常にアンバランスがあ
つたり、むだな
運動費が費やされたり、またしばしば
当事者間に
ボス的存在が介在いたしまして、
不当ら上前をはねるというようなことが行われておるようであります。こういうことでは、
ひとり私権の適正な
確保ができないのみならず、
公共事業の適正な発展を望むこともできないのであります。そこで
收用法という
伝家の
宝刀は、むしろ大いにこれを抜き、被
收用者側においても、むしろそれを恐れることなく、これによ
つて真に適正な
私権の
確保をはかるべきでありまして、また
企業者側におきましても、これによ
つて公共的事業の適正円滑な進捗をはかるべきであると思うのであります。かくてこそ初めて法による正義の発現と
確保が行われなければならない。先ほど
森参考人さんから、もし適正な
補償があるならば、被
收用者は喜んで
收用に応ずる
気持だということを申されましたが、事さにその
気持にこたえるべき
收用法ができなければならないのであります。かくてこそ法治国的な
意味における
私権の
確保が完成ざれるのであります。ところが従来の
土地収用法は、
伝家の
宝刀といたしますのにはあまり
切れ味がよくなか
つた。
従つてまた抜きにくくもあ
つたということは事実であろうと思うのであります。そこでもしこの
法律を
改正するならば、現在の諸事情に照しまして、その
切れ味をもつとよくするということと、また抜きやすくするということでなければならないと思うのであります。つまり
私権の
確保と
公共の
福祉の
確保はより適正に行われ両者が調和されるようなものでなければならない、こういうふうに思うのであります。このような観点から、実は今回の
改正案を拝見いたしましたわけでありますが、少くとも
法制面におきましては、公平に見まして、
現行法と比べ、はるかにこの
方向に向
つての改善の
努力が行われておるように思われます。こまかい点は後に譲りまして、大ざつぱに見ましても、従来
疑義のあ
つた点を明確にしたとか、あるいは
権利に関する
收用の
補償についての
規定を明確にしたとか、
損失補償における
補償の限界を拡張したとか、その他
当事者の
意見の尊重を十分にはかるとか、さらにまた官僚的な
收用審査会を、客観的にして、公正中立的な
収用委員会に改めるとか、あらゆる点においてこうした
方向への
努力が見られるのであります。これらの
改正点は、要するに
私権の
確保をはかるべき
方法を十分に取入れまして、
伝家の
宝刀の
切れ味あるいは切
つたあと味をよくする。そうしてそれだけ抜きやすいものにしたと申すことができるのであります。今回の
改正案は、概して
私権の
保護の点に重点が置かれ、これが全面的に現われておるようであります。このことは一見しますと、
起業者の側から言えば非常に困るというような
考え方もあろうかと思うのでありまするが、
私権の
確保、
保護を十分に期することは、とりもなおさず
收用法を発動しやすいということでもありまして、
従つてそれはまた
起業者側にも有利であるということも考えてみなければならないと思うのであります。このように見ますと、今回の
改正案は、概して
私権の
保護と
公共的事業の推進による
公共の
福祉の
確保との調和をはかろうとする、またはかるべき
收用法本来の使命により近づいたものだと考えられます。以上が総括的な
感想であります。
第二に、
改正点についての
具体的検討でございますが、この点はすでに十分今まで御審議あるいは御
研究が行われておることと思いますので、詳細な
検討は省略いたしまして、注目すべき点であるとか、多少問題になるというような点について、重点的に申し上げたいと思うのであります。
その一点は、
收用権を与えられる、つまり
事業の範囲、
本案第三条でありますが、これは今までの
現行法の
規定が非常に抽象的であるという点を非常に具体化いたしまして、これを明確に示し、
收用権の発動の前提的な
条件を縛るという
趣旨と解せられます。
従つてそれは
私権の
保護を
確保するという
意味に合致するわけであります。ただここで多少問題になるということは、たとえばこれが非常に固定的である、つまり
融通性がないというような点が、あるいは問題にされるかもしれない。しかし
私権の保障ということからいえば、やはり
法律で明記すべきでありまして、
政令への
委任というようなことは避けなければならない。たとえば
都市計画法十六条によりましては、
政令をも
つて指定する
施設に関する
都市計画事業について、
收用を認めるというような場合がありまするが、新
憲法のもとにおきましては、できるだけ
政令への
委任というようなことは避けて、やはり
法律で、
本案三条のように具体的に明記ざれることが望ましいと考えられます。
次には
権利の
收用に関する
本案五条の
規定であります。
権利の
收用に関する
規定は、
現行法にもございますが、
改正案におきましては、それが非常に具体的に示されて来たという点において注目せられます。この
権利の
收用に関する
規定が具体的に
規定されて来たということは、従来の
争いを立法的に解決しつつ、
私権のより確実なる
確保をはかるという線に、まさに沿うものと考えられます。特に水に関する
権利につきまして、
電源開発、
総合開発等に関連して、今後大いに起るだろうと考えられますが、従来
争いのありました
漁業権、
入漁権というようなものを、具体的に明示せられました点、及びその他の水の
利用に関する
権利というものをあげられました点、つまり従来は、水の
使用というような
規定であ
つたのでありますが、これを
水そのものの
使用でなしに、水の
利用に関する
権利というふうに、非常に注意深く
改正せられておると思うのであります。
次には
事業の
認定の問題であります。
本案十六条以下であります。この
事業の
認定につきましては、
認定機関が問題になります。
本案におきましては、
建設大臣が
認定機関、それから一地方のものは、
都道府県知事が
認定機関、しかしそれに対しては、
建設大臣のチエツクが行われるように
規定せられておるわけであります。この
事業の
認定ということは、ある
一つの見方からいえば、つまり
收用法を発動すべきその母体となる各種の
事業計画というものに対する
行政官庁の監督は、各庁に実はおかれておるわけでありまして、従いましてそういうことから考えれば、むしろ総理府あるいは
総理大臣に
認定権を持
つて行くべきであるという
考え方が出て来るのでありますが、しかし
本案におきましては、
関係各
行政機関との
連絡調整ということについて、非常に注意が払われておるようであります。たとえば
改正案の十八条、二十一条というような
規定であります。十八条二項四号、五号、二十一条一項、二項、こういうようなことがうまく運営せられますならば、本来本件について、つまり
事業の
認定收
用ということにつきまして、最も専門的な
行政官庁とい
つていいと考えられる
建設大臣において、
事業の
認定を行われるということは、うなずけると思うのであります。また次には
認定方法及び手続が非常に慎重化せられている。この点も注目すべき
規定であります。
こまかいことは省略いたしまして、次は
収用委員会の組織であります。従来の官僚的な
收用審査会というものを、客観的な、公正中立的な
収用委員会に改められたということは、これはこの
改正の最も大きな
一つの眼目であろうと思われるのでありますが、ここに選ばれて来る
收用委員というものは、具体的には実際問題としてどういう人がなるかということについて、いささか問題が出て来るだろうと思うのであります。
従つて不適当な人が出て来た場合に、その人を何とかしてやめざすということが、可能かどうかということが考えられるのでありますが、その点は身分保障の
規定、つまり五十五条の一項二号によりまして、「
收用委員会の議決により職務上の義務違反その他
委員たるに適しない非行があると認められたとき。」、この運営によ
つて救われると思うのであります。ただしかしその
委員の任命権は知事にありますので、いわゆるリコール
制度というようなものは認められなくてもしかたがないと思われます。
次に
収用委員会の運営機能に関しまして申し上げたいと思いまするが、その一は、
収用発動以前に各種の解決
方法をはか
つておることであります。たとえば調停
制度、百八条以下、あるいは和解
制度、五十条というようなものでありまして、またさらにその他、協議の確認の
制度を百十六条以下で認めております。これらの機能によりまして、
收用という強権発動がむやみやたらに、いわゆる
伝家の
宝刀を抜かず、
認定の後においてもいろいろの手段
方法によ
つて、
当事者の利益あるいは
意見を尊重しようとする
立場がはつきり現われておるのでありまして、これらの運営いかんによりましては、先ほど最初に申しましたように、
收用法はより抜きやすいということが裏づけられておると思うのであります。
その二は、裁決及び審理手続に関してでありまするが、この点につきましては、特にたとえば四十五条二項の準
関係人の
意見書の提出を認めるとか、
当事者の
意見を述べる
権利等を認めるという六十三条の点は、
現行法によりますと、
審査会の方から必要があ
つた場合に聴取するという程度にすぎないのであります。積極的に
当事者が
意見を申し立てる、つまり司法的、裁判的、手続的なものが十分に取入れられ、
私権の
保護が
収用の審理の段階においても行われるということは、注目すべき
改正だと思われます。またその審理は公開の原則をと
つたという六十二条も、これまた
現行法に比べて注目すべき
改正であります。ただここで裁決の期間につきまして、
現行法によりますと、開会してから原則として一週間にこれをしなければならないという二十七条の
規定があるのでありますが、
改正案によりますと、それがないように思われるのであります。この点はつまり先ほど
立花さんが申されましたように、そのほかの点でいろいろございますが、要するに
改正案においては審理や手続が非常に遅れるのではないかということであります。しかしこの点はもう一度裏返して考えてみなければならない。つまり現行の
收用法によりましては、
收用に一旦かか
つてしまえば、そこから先はできるだけ手取り早くや
つてしまう。だから開会してから一週間のうちに原則として裁決してしまえというようなことになる。早く進捗するという点においてはけつこうでありますが、それによ
つて私権の
確保、
保護が完全に行われない危険が非常に多いのでありまして、私の考えといたしましては、つまり
事業の
認定などをできるだけ手取り早くやりまして、つまり
收用法にできるだけ早く載つけてしまう、そして
收用法という
一つの法によ
つて整備、発展、
確保をはかるという
立場をとりますならば、むしろこの
収用委員会における審理なり裁決が相当慎重に行われなければならないのであります。
従つて現行法による裁決による裁決の期間の
規定が
改正案において削除されたという点は、大いに意義のあることだと考えております。
次には
損失補償でありますが、
損失補償につきましては、まず第一に
損失補償が拡張せられた。先ほどのお話にも出ましたように、
替地その他の
金銭補償以外の
方法が考えられて来たことでありますが、これはまことにけつこうなことであります。つまり
私権の
確保、
保護という点にできるだけ万全を期する、つまり
補償の
方法として、従来は
金銭賠償しかなか
つたが、しかし被
收用者に
補償の
方法についての選択の自由を与えるということは、大いにけつこうなことだと思います。また
補償の範囲、対象についても、これを拡張しあるいは明確化したいということであります。たとえば九十三条による
收用地以外の
土地に関する損失の
補償、これは非常に注目せられる点であります。従来の
補償が、大体におきまして、いわゆる買収に伴う直接
補償的な
補償に限られて来ておるようでありますが、これによりまして、従来の
事業損失、あるいは企業損失といわれておるところのものにも一歩を進めて
補償しようとするという態度が、ここに現われておるのであります。この九十三条の
規定は、必ずしもそういう企業損失についての十分な
補償ではないと考えられますが、しかしまず今回の
改正におきましては、従来に比して注目すべき改善だと思われます。また通常受ける損失の
補償につきまして、これを具体的に明確に
規定した八十八条であります。たとえば雑作料、営業権の
補償というようなことが、従来はただ抽象的な
規定で、その解釈上で、取扱われてお
つたのでありますが、それを明記されたということであります。
以上で具体的な
改正点の
検討を終りまして、次に第三に、補足的な
意見を申し上げたいと思います。
以上申しましたように、今回の
改正案は確かに
現行法に比べまして、
收用法本来の使命に向
つて一歩あるいはむしろ数歩を進めたということは争えない事実だと思われます。しかし
公共的事業の実施とこれに伴う
損失補償の問題は、ただ
土地収用法あるいはそれに盛られた法文上の機能だけでは解決しないものがありまして、さらに総括的な見地から適正妥当な解決
方法がとられることが望ましいのであります。この点につきまして若干申し上げたいと思います。
その一は、
收用委員会の運営に関する点であります。
収用委員会は、なるほど客観的な
立場にある学識経験者等によ
つて構成せられるということはまことにけつこうでありまするが、その運営にあたりましては、十分な調査あるいは
研究を行われることが必要なのでありまして、そのためには
損失補償に関する各般の問題の
研究なり基礎的、一般的な資料の
利用なりが必要となると思われます。
改正案によりますと、
收用委員会の庶務につきましては、都道府県の局部において処理するという
規定があるのみでありまして、これは
改正案五十八条にありまするが、この都道府県の局部においては、おそらくこうい
つた点にまで機能を果すということは不十分だろうと考えられます。従いまして私の
意見といたしましては、こういうつまり
收用及び
補償に関するあらゆる問題のインフオーメーシヨンをやるような、そういうビューローがどこかにありまして、これは中央にあるか、各府県あるいは地区別にあるか知りませんが、そういうようなものがありまして、こうい
つた機関をバツクとして初めて
収用委員会の機能が十分に発揮せられ、適正な運営が行われるということが望ましいと考えられるのであります。
その二は、
收用による財産権の
完全補償ということと被
收用者の生活あるいは生存の保障――この保障はギヤランテイーでありますが、保障ということとの問題であります。今回の
改正によりまして、各般の点において
私権の
保護が上り確実にはかられることになるのでありますが、
收用法における
補償の建前は、何といたしましても原則として過去あるいは近き将来における経済的損失、
補償する、つまり
憲法第二十九条に基く財産権の
補償を中心としていることにはかわりがないのであります。しかしこの
憲法第二十九条による財産権の
補償という
考え方は、職業の自由、つまり職業選択の自由と就職機会の自由でありますが、これを前提として、その上に初めて認められるべき財産権の
補償を
意味するというふうに解したいのであります。つまり職業の自由が現実の問題として客観的に十分与えられていないような、そういうようなもし社会的地盤があるとすれば、そういう場合においてもなおかつ
收用による財産権の
補償でおつぱなしてしまう。つまり損はかけないという程度で済むかどうかという問題であります。ただこの問題は、もとより
収用なりそれに伴う
補償なりのおくの外の問題として考えられなければならない。たとえば失業保険
制度の再
検討などの社会政策の問題として考えられなければならないと思うのでありますが、
收用法の整備とともに、この点についての再
検討をあわせて考うべきことをこの際一言申し上げておきたいと思うのであります。
その三は、これまた多少
收用法プロパーの問題からそれるのかもしれませんが、
公共的事業の実施に伴う損失の
補償ということは、
現行法にむきましても、また
改正收用法におきましても、それによ
つて解決せられるものと解決せられないものとがあるのであります。つまり直接の買収による損失の
補償と、いわゆる
事業損失の
補償その他があるのであります。
損失補償の
当事者から申しますならば、そのいずれによ
つてウエイトが違うというようなものではなくて。いずれもひとしく損失の
補償なのであります。それを前者についてのみ
收用法に持込んで、これで解決する、
あとは最終的には司法的解決に待つのみだということでいいかどうかという問題があると思うのであります。
改正点におきましては、先ほど申しましたように、この点につきましてある程度の
事業損失あるいは企業損失といわれるところのものにも食い込んで来たということは注目せられるべき点なのでありまするが、さらに何らかの
方法によ
つてこれらの全般的な損失の
補償についての
考え方が、つまり
適用を受けるものの側としての
考え方、
法律を裏返したような
考え方が必要になると思われるのであります。以上の諸点は特に最近やかましくな
つて参りました
総合開発に関連いたしまして一層痛感せられる点なのであります。しかし今日は
総合開発に伴う
損失補償一般の問題につきましては立ち入ることを差控えたいと思いますが、要するに今回の
土地収用法の
改正の意義、また
收用法には
收用法の限られた役割があるということを認めるといたしましても、今後はなお
総合開発、その他
事業関係法の
改正なり、さらに社会政策的な適正な施策の実施なりと相まちまして、初めて今回の
改正案の実質的な
意味もまた画竜点睛を得ることになるであろうと思われるのであります。以上私の
意見を終わります。