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滿尾委員 ただいま御
研究になりました御精神を伺
つたのでありますが、私考えますのに、わが国の地方行政を強化するために、従来の中央集権の国家の形態を、地方分権に
相当持
つて行かなければならぬことは、まことにごもつともなことでありますが、ただ
運輸行政に関しましては、他の行政と本質的に性格を異にしている面がありはせぬかと思うのであります。今の御
説明を伺いまして私思いますのに、私どもの考えております
運輸行政の特徴と申しますものをしつかりお考えいただいたかどうか、この点について
ちよつと懸念を感ずるのであります。私の私見でございますが、
運輸行政というものは、運輸の仕事そのものが、その本質におきましてはサービスの提供であり、国民の
利用に供する事業であります。従
つて行政どいたしますことも、そのサービスの形態、方式をきめるというところに、行政の要諦があるのではないかと思うのであります。他の一般国家事務というものと、その点において非常に違うのじやないか。運輸事業の方式、形態、やり方、あり方というものをきめるのが、大体
運輸行政の大きな一つのわくであろう。従
つて他の地方行政がその地域の
実情に即していろいろおやりになるということと、サービス業の方式を決定するということとは、大分性質が違
つておりますので、かりに一般情勢として地方分権の思想がありましても、必ずしもそれに右へならえする必要はないではないか。さらに私どもが考えてみますに、今日のわが国の
運輸行政のあり方というものは、歴史的に見てみましても、ことに自動車の面におきましては、最初非常に微々たる発達でありましたために、自然発生的に発達いたしまして、当然に警察行政の一部分になり、そして府県別に
なつていろいろと不便があり、長年のいろいろないきさつを經まして、ようやく戦後におきまして初めて、わが国の
運輸行政というものが、国家の意思によ
つて統一せられるという段階にまで来た。それをまた今日におきまして一部逆転するということにつきましては、私どもはこれは非常に残念に思う。この歴史的な推移というものにつきましては、特段の御考慮をいただきたい。
第三の点におきまして私はお願いいたしたいと考えますことは、ただいまのお言葉のうちにもございましたが、自動車というものは、科学と技術の進歩の上に乗
つておる近代科学の産物である。日進月歩というような情勢にある。従
つて今後どこまで発達するかということは、今日をも
つて将来を律することは
ちよつと困難であります。わが国は世界各国に比べて、自動車の発達が非常に遅れている。それを制約いたしております條件が多々あるのでありますけれども、わが国におきましても本質的に自動車の発達を阻むものはない。多少時間的にずれておるけれども、いずれはアメリカにおける自動車の発達の定型をふむものと考えている。かように考えてみました場合に、わが国の地方行政と、この自動車の発達史というものと結びつけて考えましたときに、私は非常に片ちんばな感じがするのであります。これがもしアメリカの州のように大きな地方制度をと
つて、たとえば九州一円だとか、あるいは四国、中国一円とか、あるいは関東地方一円というような府県制をおしきに
なつておるならば、これはまた考えなければならない。ところがわが国の現行の府県制というものは——私はあまり歴史を存じませんが、おそらく明治二十年ごろの産物であり、今日の交通機関と通信機関の発達ということを
まつたく無視して、ただ因襲的にきま
つておるというだけにすぎない。一ところがこの府県制のまことに狭い因襲のわくの中で、人間の心は非常に割拠的に
なつてし
まつた。これが今日のわが国の府県制の一大欠陷である。ところが埼玉県かたぎというものができ、千葉県の対抗意識というものができて、府県制のわくの中に住んでいる人の政治的、經済的感情は、まことに牢固として抜くことができないものがある。ところが自動車というものは、今
機械の発達につれてどこへでも飛んで参るものであり、その行動半径というものが日に月に延びて参ります。これを狭い府県のわくの中にとじ込めようとしましても、どうしてもとじ込められるものではない。こう考えてみますと、私はことに自動車に関する限りは、今日の府県制そのものを五倍か十倍ぐらいに広げて行かない限り、この明治二十年代の遺物であるところの間隔なる府県制のわくの中に、日々発達する自動車を押し込めて行こうということは、
まつたくむりな御相談ではないかと思うのであります。この点につきまして、
委員の皆様におきましては、格段の御留意をお願いいたしたい。将来州制でもしかれるようなあかつきにおきましては、
相当考えなければなりませんが、現行の府県制に日々発展する自動車を押し込めることだけは、こかんべん願いたい。
さらに内々で御用意になりました原案を拝見いたしますと、同じ自動車事業の中でも、大分御苦心の跡を拝見するのでありますが、分割しておられる。たとえばバスの方は国でやる、これは当然であると思いますが、貸切りの方はわける。また定期貨物と不定期路線、いわゆる区域営業というようなものはわけてやるというような御構想やに拝見するのでありますが、これを分割いたしますことが、事業の健全なる発達の上において、非常に困つた問題が起ると思うのであります。結局監督行政が非常に困りますことは、窓口官庁が非常にたくさんになる、また免許の権限を持つ官庁が別にわかれるということにおきまして、どうしても意思の一致ということはむずかしい。ここらにも非常に困難な点がある。分割せられること自体によ
つての不利というものが出て参りますので、御考慮いただきたいと思います。またわが国の自動車の実態を見ましたときに、実は非常に古い車が多くて、よその国の標準で申しますれば当然廃車にしなければならぬものを、むりをしているく手当して使
つておるという状態であります。またこの情勢は今後とも急激に改まるものではない。わが国の經済、民度の点より見まして、やはり
相当古い車を手当して使
つて行かねばならぬという性格にあります。従
つて車の保守の程度ということにつきましては、全体的に見まして、
相当考えなければならぬ。国としてこの面につきまして車体検査なり、あるいは登録制をやるというような点につきましても、府県の行政官庁に依存いたしますることは、ものさしが区々に流れまするし、車両の保守というような面におきましても欠陷が出て来る、かように考えておる次第でございますが、御
意見をお漏らしいただければ非常に仕合せでございます。