○中村正雄君
政府の
施政一般に関しまする
演説に対しましては、各会派の代表がそれぞれあらゆる面につきまして
質問されておりますので、私は
立場を変えまして、憲法上の観点から
自衛権の問題及び
労働政策並びにこれに
関係する
予算面につきまして、私の見解を逆ベながら
質問を進めて参りたいと思います。主として内閣の首長である
総理大臣より責任ある御
答弁を得たいと思いますが、
質問の内容を御判断の上、他の
国務大臣を適当とお認めになるならば、その方でも差支ないことを予め申上げて置きます。要は内閣として責任ある御
答弁を要求して置きます。
日本国憲法が他の如何なる国にも例を見ない特色を持
つております点は、前文に宣言いたしておりまする永久平和主義の採用であります。この理想の具体化といたしまして、第九條は、
戰争のみならず、武力による威嚇、又は武力の行使を永久に放棄いたしまして、更に進んではその具体的な裏付けといたしまして、軍備を廃止し、あらゆる場合において国の交戰権を否定いたしておるわけであります。即ち
日本国憲法第九條の第一項におきましては、国際法上
戰争と認められるものであると否とを問わず、広く武力を用いることは、国際紛争を
解決する
手段としては一切これを放棄いたしております。一言で申しますならば、侵略的な
戰争、即ち違法な戰いは、永久にこれを放棄すると宣言いたしておるわけであります。この第一項の内容は一九二八年の不戰條約にはつきりと明示され、
世界の殆んどすべての国がこの條約の加盟国とな
つていることは諸君御承知の
通りであります。この不戰條約の内容、即ち
日本国憲法第九條第一項と同じ趣旨のことを憲法に規定しております国は、今までに五指に余る程あります。即ち一七九一年のフランス大革命の憲法、一八四八年のフランス共和国憲法、近くは一九三一年のスペイン憲法、一九三四年のブラジル憲法、一九三五年のフイリツピン憲法等で、いずれも不戰條約の加盟国として
侵略戰争を放棄する旨を宣言いたしております。
従つて第九條第一項は
日本国憲法に特有なものではなく、憲法第九十八條によ
つて、不戰條約の加盟国としての当然な義務を
国内法規に宣言いたしておるに過ぎないわけであります。第一項によ
つて放棄されておらない
戰争、即ち侵略的でなく、違法でない
戰争は、第二項後段の交戰権の否認によ
つて初めて放棄されることになるわけであります。違法でない
戰争、これは国際法上明らかなように、自衛のための
戰争と制裁のための
戰争であります。この交戰権の否認について最も重要なことは、これが全く無條件になされておる点であります。武力による威嚇はもとより、武力の行使もすべてこの交戰権の否認と軍備の廃止の項とによりまして完全に放棄せられておるわけであります。ここに
至つて戰争の放棄は完全に徹底的に行われたものであり、永久平和主義の理念が具体的に宣言されておるわけであります。これこそが
世界の憲法に全くその比を見ない
日本国憲法の特色であります。
然るに先般の
吉田総理の
演説の中に、突如として
自衛権を放棄するものでないという
言葉が、本当に木に竹を接いだように述べられております。この
演説を聞いて、永久平和主義を採用し、如何なる理由による
戰争も完全に放棄したものだと信じていた
国民が、吉田内閣は自衛のための
戰争はこれを行い得るものだということを宣言したものと思
つて非常に驚いておることは想像に難くありません。各会派の代表が殆んど漏れなく
自衛権の問題について
質問しておることは、この
国民の驚きを端的に表明したものだと考えられます。この
自衛権の問題に関しましては、総理なく各代表に対する
答弁において、武力を伴わない
自衛権という
意味の
答弁をなされております。人間に本能があるがごとく、
国家は
一般に国際法上
自衛権を有するものであり、我が国は
戰争は完全に放棄した、軍備は完全に廃止した、併しそれだけであ
つて、
自衛権は放棄したとは言
つておらない、
従つて放棄しない限りにおいては
自衛権は存続するものであり、ただ、この
自衛権の発動について
戰争に訴えることはできないという制限があるだけだというお考えだと思います。
併しながら一国が
他国の攻撃を受けた場合、或いは圧力を受けた場合に、国際法上自国を守る
自衛権の発動として武力を伴わないものが想像できるでありましようか。或る人は、
戰争や軍備の行使でなく、例えば
警察官に許されておりまする武器とか或いは竹槍がそれに該当すると説明する人もあります。併しながら
警察官の武器や竹槍の行使も広い
意味における武力の行使であります。又これらのものを集団的に使用して、国が侵略国に対して発動する場合においては、憲法言うところの交戰権の発動であり、明らかに交戰権を無條件に否定した憲法の規定に背反するものと言わなければなりません。
従つて総理の言う
自衛権、武力を伴わない
自衛権なるものを、我が憲法は果して留保いたしておるものでありましようか。私は
日本国憲法前文の第二段、第三段及び第九條並びに憲法全体の精神より見て、
自衛権は憲法改正と同時にこれを放棄したものと見ることが、永久平和主義を理念とし、平和を愛する諸
国民の公正と信義に信頼して我らの安定と生存を保持せんとする憲法の精神に合致するものだと考えておるわけであります。憲法改正の際の記録を読んで参りましても、この
戰争放棄の章については、
自衛権をめぐ
つて相当の議論が鬪わされております。併し
政府委員並びに議員の
答弁なり或いは
意見の中にも、相当
自衛権の放棄を
意味する
言葉が出ております。恐らく
吉田総理も当時の内閣の首班としては、
自衛権も放棄しておるとお考えにな
つていたものと考えられます。然るに憲法制定以来三年有余、
国際情勢の変化に伴いまして、
自衛権の留保を言明せざるを得ない
立場に至つたことは推量するに余りあるものがありすすが、併しながら、憲法の基本理念は、解釈は、
国際情勢や
国内情勢の変化によ
つて左右すべきものでは断じてありません。(
拍手)八千万の
国民が、憲法改正以来、永久平和主義の理念に徹し、一致団結して
世界の信用を得るために努力いたしております最中において、
講和会議の開催を近き将来に控えておる現在におきまして、総理の
自衛権の留保という
演説が、
国民の信念を弛緩させ、一部
軍国主義者に乘ずる隙を與えることを私は最も恐れるものであります。(
拍手)以上の見解に立
つて総理にお尋ねしたい第一点は、如何なる場合に武力のない
自衛権を発動するかという
仮定の問題ではなくして、武力を伴わない
自衛権の内容であります。権利という以上、それが観念的なものではなく、一定の内容を持つものでなければなりません。武力なき
自衛権の内容を御説明願いたいと思います。
第二点は、国を守るに何らの実効を伴わないと私は考えておりまする武力なき
自衛権という観念を、
一般施政方針の
演説において、宣言することが、如何なる利益を我が国にもたらすものであるかということをお聞きしたいと思います。
第三点は、我が国の
安全保障の問題であります。我が国が国際法上の義務以上に、進んで軍備を廃止し、自衛のための
戰争まで放棄しておる現在、何によ
つて国の安全を保障するかは
国民の重大なる関心事であります。憲法改正の際において、
政府及び各議員の間におきましても、国際平和団体を樹立して、これに加盟することによ
つて、我が国の安全を保障せんとしていたようであります。端的に申上げますならば、この国際平和団体の加盟国の軍事的援助によ
つて我が国を侵略攻撃より守らんとするものであります。この場合、
国民の最も重大な関心を持
つている点は、この加盟国よりの軍事的援助を受ける方法であります。我が憲法が
戰争放棄の章におきまして、「陸海空軍その他の戰力は、これを保持しない。」と言
つておりますことは、軍備を全廃し、
日本が完全な平和主義をとり、
日本を完全な平和
国家にするために、
日本の領土内に全く軍備を置かず、
日本を完全な非武裝状態に置くためであつたと考えられます。
従つて日本の軍備ばかりでなく、たとえ他の国の軍備であ
つても、これを
日本に置くことは憲法の精神に反するものと言わなければなりません。(
拍手)
従つて総理にお尋ねしたい点は、
国民のこの重大関心事である
日本を完全な非武裝状態に置くことが憲法の精神であるという私の解釈を正しいとお考えになるかどうか、若し正しいとお考えになるならば、
他国より万一軍事的基地の要求があつた場合、占領下における
政府として如何なる決意によ
つてこれを排除せんとするか、又私の解釈が間違
つておるとするならば、総理の解釈を承わりたいと存じます。
次に、
政府の
労働政策並びに賃金ベースの改訂につきましてお尋ねしたいと思います。一昨年七月二十二日附のマ書簡によりまして、公務員及び公共
企業体従業員は
労働三法の適用外に置かれ、公務員に対しましては団体交渉権及び罷業権を、公共
企業体従業員に対しましては罷業権を剥奪するそれぞれの法規の改正が行われております。このことは、憲法第二十八條に規定する勤労者の基本的人権が第十二條及び第十三條に規定する公共の福祉という見地から制限を受けたものであると、
審議の際
政府は説明いたしております。これら勤労者の生存権を確保し、
経済的利益を確保するために、罷業権に代うるに、公務員に対しましては人事院の制度、公共
企業体従事員に対しましては仲裁
委員会の制度を設けて万全を期するものであるということを又説明されております。公務員や公共
企業体従事員から憲法上認められました基本的人権を剥奪するということは、他方におきましては、人事院の勧告や仲裁
委員会の裁定を尊重し実施するということによ
つて、初めて合理付けられるわけであります。(
拍手)
労働運動を健全に発達さすためには、
労働争議を平和のうちに
解決するためには、労資双方が平和的処理
機関の権威を尊重しなければなりません。人事院や仲裁
委員会の制度は單なる
労働争議の平和的処理
機関ではありません。これは罷業権に代るべきものであります。憲法上認められました基本的人権が形を変えて法の上に現われたものと考えなければなりません。
従つて人事院や仲裁
委員会の権能は憲法上の効力を持
つておるものと考えて、初めて公務員法や公共
企業体
労働関係法が罷業権を否定していることが、合理付けられるわけであります。然るに
政府は一方において罷業権を剥奪し、他方におきましては仲裁
委員会の裁定や人事院の勧告を多数の力によ
つて否定することは、
労働者にのみ法規の遵守を強要し、みずからは法を蹂躪するものでありまして、明らかに
民主主義の否定であります。
民主主義が正しいためには、多数決の
政治が正しいためには、多数の考えは理に合
つておるという裏付けがあ
つて初めてその妥当性が見出されるわけであります。数の力によ
つてのみ
解決することは、
政府の
意思に反するものに対しましては、
與党、絶対多数の威力によ
つてすべてこれを否決し去るということは、明らかに暴力主義であります。昨年暮の国鉄に対する裁定、本年の專売公社に対する裁定に関し、
政府は不承認の議決を
国会に求めております。又総理の
施政方針の
演説において公務員の賃金ベースの改訂はやらないと言明いたしております。このことは言い換えれば人事院の勧告を無視するということと同意語であります。現在
政府の
労働政策は、一言にして申しますならば、
労働者の利益になることは法を無視してもやらないということに盡きると思います。
以上の観点に立
つて総理にお尋ねしたい第一点は、昨年末の国鉄に対する裁定残額の支給であります。
政府が
国会に対して議決を求めた案件は、御承知のように
衆議院においては不承認、参議院においとは承認の議決をいたしております。
従つて国会としての
意思表示はなされなくて、これは廃案とな
つております。言い換えれば、国鉄の裁定に対しては
国会は何らの
意思表示をなすことを得なかつたわけであります。この裁定の効力に対しましては、参議院の運輸並びに
労働の合同
委員会におきまして、内閣を代表して官房長官が、裁定が提示された場合は国有鉄道及び
労働組合は公労法第三十五條により債権債務を負うものであり、この債権は
国会の不承認という議決によ
つて既往に遡
つて消滅する解除條件付のものである、ということを数回に亙
つて言明いたしております。
従つて国会の不承認という解除條件は完成しないことが確定し、ここに債権債務は完全にその効力を発生いたしておるわけであります。
従つて裁定総額より十五億五百万円を差引いた残額の支給について、
政府は如何なる
予算的な措置を講ずる考えかお聞きしたいわけであります。
第二の点は專売公社に対する裁定の問題であります。
政府はこの裁定に対しましても、
予算上、賃金上不可能なものとして全面的の不承知を求めて参
つております。然るに昨日の参議院の議院運営
委員会における秋山証人の証言によれば、裁定に示す金額は、公社の、経理状況など内部につき詳細検討した結果、支出し得る財源はある、ただ
予算の流用につき
大蔵大臣の許可が必要であるので、これを申請したが許可にならなかつた。
大蔵大臣がなぜ許可しないのか、その真意は分らないが、私の承知するところでは、金額の面ばかりでなく、前の国鉄裁定と同様、民自党の一貫した政策だと思うと述べております。これは專売公社の責任者である総裁が
国会におきまして宣誓した証人としての供述であります。当の責任者である総裁が
予算上可能なりとして裁定に服する
意思を表示しておるに拘わらず、なぜ
政府がこれを
予算上不可能なりとして
国会に不承認の議決を求めんとするものであるか。又民自党の一貫した
労働政策とは、法規をも輿論も無視した数の力による
労働賃金の釘付けを
意味するものであるか。この点につきまして、はつきりした御
答弁を得たいと思います。(
拍手)
第三は賃金ベースを改訂しないという点であります。総理は人事院の勧告に応じ難い理由として大体二つの理由を述べております。
一つは、給與の引上げは物価と賃金の悪循環を惹き起す結果になるという点であります。他の
一つは
予算上の余裕がないという点であります。第一の点につきましては、人事院の勧告書に、
数字を基礎にして、正確に給與の引上げがインフレーシヨンに
関係ないことを示しております。私は総理が法律上の権能として人事院の出しておる勧告書をお読みに
なつたかどうかを疑うものであります。若し総理の言うように悪循環を惹き起すというならば、人事院の勧告書は間違
つておるわけであります。如何なる点について悪循環を惹き起すか。又勧告書のインフレに
関係ないと主張しておるどこが間違
つておるのか。はつきりと御
答弁願いたいと思います。第二の
予算上の余裕のないという点は、これは
政府が
予算化する
意思がないからであります、ベースを改訂する
意思がないことを前提として
予算を組んでおるからであります。私は総理がみずから作つた法律に基く人事院の勧告による給與の引上げに対しまして、如何なる考えを持
つてこれを行わないとおつしや
つておるのか、その所信をはつきりとお伺いしたいのであります。
最後に、終戰後初めて民主的
労働組合の自党によ
つて労働運動が正道に乘らんとしておるときに、
政府の横暴と無自党によ
つて仲裁
委員会の裁定は踏みにじられ、人事院の勧告は無視されんとしておる現在、公共
企業体従事員は何によ
つて自己の生存権を確保するものでありましようか。
政府が如何に強力な彈圧政策をとろうとも、輿論が如何に組合の合法運動を要望しようとも、
政府がかかる
方針で進む限りにおいては、食うためには、生きるためには、合法鬪争の枠を突き破
つて、非合法鬪争に突き進むであろうことは火を見るよりも明らかであります。かかる
労働運動が危險なる方向に向わんとしておるときに、責任ある
政府は如何なる政策を以てこれに善処せんとするものであるか、総理の確乎たる
答弁を要求いたしまして私の
質問を終ります。(
拍手)
〔
国務大臣吉田茂君
登壇、
拍手〕