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山下義信君 私は重ねて大臣に御考慮を促しておきたいと思うことは、
国民の
保障せられます
生活の
水準の
程度、私はこれを低い
水準に置きますることは、ただ単にその当面の
対象者の不幸のみでなくいたしまして、
国民全部の私は利益であると思います。国としても不利益であると思う。それで低
水準、こういう
保護の
水準もこれは本当は高く
引上げまして、そうして
保護をいたしまする
程度というものを高く一応
基準を立ておきまして、そうして諸條件に寄りましてそれを
適用しまするのには段々引いて来る。こういう條件の場合には低く、こういう條件の場合には、これだけ高くということにいたしまして、その必要な
程度に即応するという
ような建て方をいたして、
国民の
生活の
水準をできるだけ高めるということの方がすべてあらゆる方面におきまする政治経済の復興を発達促進する所以とも相成り、延いては人口問題等の解決に資し、或いは国家百年のための国策の上にも私は裨益すると思うのでありまして、この
保護の
基準を低め、
国民の
生活の
水準を低いところに止めて置いて満足するがごとき政治の在り方といたしますることは、国運の恢復発展上これは非常に逆効果でありまして不利益であると
考えるのであります。従いまして
本法のごときも折角法文の上では先程大臣のいわれました
ように、この
生活保障の
性格持
つて行こうといたしながらも、実際の上におきましては費用の点からいたしまして段々枠をそこへ嵌め込みまして、いやが応でも
水準を低目に止めて置きますということは、これは單に
生活保護法を殺すということだけでなくいたまして、我国の国勢、国力恢復、すべての諸般のにおきまして私は不幸この上もないと
考えるのであります、従いまして決して、たとえ
保護であるからといいましてもその
保護の
基準を高めるからというて、或いは弊害があるなどということを申しますることは非常に短見者の
考え方であります。アメリカにおきまする……私はアメリカに参つたことは、ございませんが文献に徴しまても、公的
扶助を受けまする
生活の
水準は一般
生活者とちつとも
変りがない。日本におきましては何か厄介者を仕方なしにいやいや辛うじてただ命を繋がす
程度の
保護に止めておるのか、それが
政府の
保護であるといつた
ような従来の恩恵的な、救貧的な、
考え方、そういうものでなくいたして、たとえ公で
保護する
保護でありましても、その与えるところの
生活の
水準というものは、少くとも労働力再生産に必要な
程度の
生活水準というものを与えて行かなければなりません。その
生活水準を与えてこそ初めて
生活の
保障になるのでありまして、厄介者を飼い殺しのするという
ような
考え方でなくいたしまして、当然再起の
機会を与えるべきこの
生活の
保障でなくではならんのでありまして、帰するところは結局この法を実行する上において
政府の
考え方というものが、そういう
考え方でやるか、ただ單にこれは社会の落伍者を、いわゆる資本主義社会、自由競争に破れた者を、落ちた者をただ国の責任として抛
つては置けぬから或る
程度の
保護を加えるのであるという、若し
考え方でありまするならば、根本的にこの
立法の
精神と相反するものでありまして要はこの
生活の
水準、
保護する
水準というものを
国民の
生活水準も高めなければなりませんし、この
保護する
生活水準というものも当然救貧的な惨めな
生活水準より、やや人らしい、いわゆるこの
立法者の今
関係諸君が御苦労なさり、又
政府、厚生大臣も御心配下さつた人らしき人として相応しい、人として恥かしくない、恥かしい思いをしないで済む
程度の
生活水準を与えるのでなければ、この
法律は悉くこれは羊頭をかかげて狗肉を売るものである。うわべは
改正した、うわべはこういう
趣旨だと言
つておきながら、実際は依然として救貧的な域から、救貧的なものに止まるといるがごときものではこれは私はいけないのでありまして、この
法律の施行に当られまするそのときの
内閣の、
政府の決意を以ちましてできるだけ
水準を
引上げるということに御努力を願わなければならんと
考えます。
只今のこの
保護の与えられまする
扶助額の
水準は一般消費者の
生活の
水準等から見まするというと、辛うじて四〇%、三七%という
ような
程度の
扶助しか与えられておりません。即ち勤労者、労働者のあの貧乏な
生活のまたその四割、三割六、七分という
程度の
扶助額でございます。それではいけません。今日の労働者も、失業いたしましたら
生活保護によ
つて保障されるどころの
生活も、やはり労働者の勤労を致し得られる当時の
生活状態が、同じ
水準が与え得られることがこの
社会保障制度の一環としての
生活扶助でなくてはならんと
考える。私は多言を要しません。賢明なる大臣はよく御承知で、要はこの法を施行する面においていくばくの
予算が必要なりやという問題なんであります。ただ單に
法律を作つただけでは何にもなりません。その裏付は
予算でありまするから、この
法律を本当に誠実に履行いたしまするならばどのくらいの
予算が要るかということの固き決意がなくては到底この法というものは完全に行くことはできません。そこで先ずこれが
社会保障制度の先駆として出て来るものでございますから、この
法律が誠実に実行せられなければ、今後我が国の一大テーマであるべき
社会保障制度に対しまして
国民の大なる期待を裏切るものと言わなければなりません。どうかこの
法律に伴いまする
予算につきましては、私共勘でございまするが、内輪に見積りまして少くとも三百億を要すると存じます。いわゆるこの
扶助額の
基準の
引上げ、
範囲の拡大、
各種の新たなる
保護の
種類の
増加、或いは施設の強化拡充、或いは施設の
最低基準の
引上げ等の補助等を勘案をいたしまするならば、ややこの法は十分ではないけれども、この
改正法案らしい
ような運用をいたそうといたしますと、少くとも三百億は私共は内輪に見積
つても是非必要ではないかと
考えます。それで辛うじて二百万
程度の要
保護者を十分これを
保護して行ける
程度ではないかと存ずるのであります。その点につきまして、
只今から
政府におかれましては、この法の施行の上に対しまして、
予算上今年も御努力頂いたのでございますが十分に
一つ御尽力下さる御決意がありますかどうかということも、私はこの
機会に承
つて置きたいと思うのであります。