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国務大臣(
吉田茂君) 私の答えは甚だ明快と確信いたすのでありますが、明快でないとお
考えになるお方に対して、明快なりや否やということを
議論をしても果てしのないことであります。併し私は私の
議論は明快であると
考えるのは、過日も申した
通り、軍備を持
つておつた、然らばその国が安全であるか。曾て我々は強大な軍備があつたにも拘わらず
日本の
外交或いは
日本の国策に対する列国の疑念が盛んであり、遂に
戰争まで立入つた。これは外国に行かれた、往来された方は、特に徳川さんのごときは御
承知だろうと思いますが、私は戰前の外国に始終お
つて、そうして言われることは、
日本という国は怪しからん国だ。これは現に私が出食わした例でありますが、一九三四年であります。ボストンに参つたところが、ハーバード大学のローウエル……ちよつと名前は忘れましたが、総長が私に、
日本国政府は実に怪しからん国だ。
政府の声明が当てにならない。嘘八百であるということを言
つて、対面した最初からして食
つてかかられて、私も少々怒声を発して
議論をしたようなわけで、
日本に対する当時の惡感というものは非常なものでありました。ニューヨークで確か或る新聞……とにかくミセス・リードという人で、その人はヘラルドトリビューンの社長で惡
感情を持
つておる人でありますが、この人にコロネル・ハウスが私に会え、大変
日本に対する誤解もあるからして会うがいいというので、私はコロネル・ハウスの紹介でわざわざ会いに行つたのでありますが、この人もハーバード大学総長と同じような
考えで、
日本は怪しからん国だ。現に
自分はデパートを持
つておるけれども、
日本の商品は一品も取扱わないと言
つて、その然る
ゆえんを言われたのでありますが、これには誤解もあります。ありますが、とにかく
日本政府は当時
戰争するということは一度も言
つていやしないのであります。満州問題と雖もこれは止むを得ずここに至つたのであり、満州を取るために取つたのだというようなことは一度も国際連盟その他において弁明いたしておりませんが、事実満州国は
日本がこれを取り、そしてここに傀儡政権を作つたという確信を殊に
アメリカ国民が持
つておつたものでありますから、私が参
つてもハーバード大学の総長のごときは誠に立派な人でありますが、その人も我々に対して非常な激越な言葉を以て論じかけられたという程、
日本の
政府は平和主義を標榜してお
つて決して
領土獲得主義を標榜しておつたわけではありませんけれども、外国から見るというと、
日本の
政府は嘘ばかりつく、
日本の
政府の声明は当てにならん、平和主義のごときは当てにならんと言
つて攻撃を受ける程、
日本政府に対して
アメリカ国民は殆ど上下を通じてであろうと思いますけれども、不信用で、
日本の軍備というものは
領土獲得のため、東洋の平和を撹乱するために持
つておるんだという
考え方からして、痛烈な攻撃を受けたのであります。当時
日本の軍備は相当な軍備であつたと思います。
海軍力においてもその他においても以て国を守るに足るだけの軍備を持
つており、又守るに足るだけの軍備を持つという当時の
政府の方針で作つたんで、海陸軍の拡張をいたし、又国を守る、敢て他国を攻撃するという目的ではないということをしばしば当時軍当局も声明をいたしたのでありますけれども、
相手方から見ると、
日本の軍備は單に国を守るためではないのだ、自衛のためのみではないのだ、東洋の平和を侵すためであると確信せられてお
つて、そして
政府が平和
外交を主張しておるにも拘わらず、これに対して甚だ信用せられなかつたというような
状態にあつた。私共の経験から
考えて見て、国を守るのが單に軍備だけであるか。それは軍備だけでは決して国を守れないものであります。列国が
世界を通じて
日本は平和を乱さんとする平和の敵であり、危険な国であると
考えられれば、むしろ
戰争にまで至
つて今日のような
状態になるのであ
つて、いわゆる国信なくんば立たずで、信なかつたのであります。
日本の国は平和の敵なりと
考えられておつたような軍備を持
つておれば、たとえ軍備が強大であ
つても国を守るに足りない。私は武力なくして国を守り得ると確信するのでありますが、その確信はどうかというと、
世界の
日本の政策に対する信用ということであ
つて、
日本の
国民が軍備を放棄して飽くまでも平和主義に終始するという確信を
世界に與えるのでなければ、たとえ強大な軍備を持
つてお
つても、
世界を
相手にしてからに戰うというようなことはできないことであるのみならず、内からも崩壊すると思います。故に私は軍備を放棄したということは
日本のために非常に結構なことであり、又これによ
つて従来政治においていろいろな不安がありましたが、この不安も除かれた。それであとは外国の信用でありますが、これはどうも今申したように
相手のあることであ
つて、
相手がどうも打
つてかかるのに、何もこれに対して対抗ができないからとい
つても、武力だけ、腕ずくだけでは……頭の働きでも国は守れるのでありますから、これは
世界の
日本に対する信頼を以て
日本の楯にするという覚悟を
決めて、そうして
世界を友達にする、これに対して不当な進撃を、防備のない国を侵すというごときはこれは
世界の輿論が許さんと思います。又この防備のないということは、その点から申すと強味であるとも
考えられるのでありますから、私は軍備を放棄することに徹して、
世界の輿論を背景として
日本の将来は開拓して行く、これが
日本を守る最もいい賢明な政策と確信して疑わないのであります。