○
加藤(充)
委員 先ほど言
つたように、言葉のとり方だというのですけれ
ども、これはどうも威喝的な言辞であるということは、
一般のストライキあるいは争議に関心を持
つている人々がひとしく受取
つた共通の受取り方じやないかと思うのですが、それにつけて、私は増田長官の責任は実に重大だと思う。昔だ
つたら万死に値すると言うべきところだろうと思う。というのはほかでもありませんが、極東
委員会の
労働組合十六原則の第十三原則には「正当な
労働組合の
活動を妨害し又は妨害する為の
措置をと
つた日本
政府その諸
機関は廃止さるべきである」という
規定があるのであります。もちろんこれは
措置をと
つたという戰争中の問題に対する遡及的な責任の追究の仕方だと思うのですが、増田君の談話なるものを聞くと、まさしく私は増田官房長官は廃止さるべきものであり、
個人としてみれば万死に値すべきものだということを、ポツダム宣言に関連する極東
委員会の日本
労働組合に関する十六原則の第十三原則は言
つていると思う。そこでもう一つお聞かせ願いたいのですが、大体
政府はどのくらい
労働者が悲痛な声をあげ、どのくらい大きな騒ぎをや
つたら参
つたという声をあげるつもりか。これを一つお聞かせ願いたい。そうすれば、合法的な範囲においてそういう
措置があるならば、私
どももそれをとるにやぶさかでないのですが、攻め手きめ手がどうもなかなかづうづうしいといいますか、公労委の仲裁がどうだこうだとか、予算がどうだこうだとかあるいはまた結局東京地方裁判所の裁判があ
つても、それについては文句があるから控訴する。これはま
つたく不死身なほどふてぶてしいのでございまして、きめ手がないのであります。私がここでお尋ねしたいのは、地方税の増徴が、減税の声明の直後にどんどん出て来る。また最近は電気料金の値上げが出て来る。主食、家賃、交通費はどんどん値上げにな
つている。べースはそのまま、安定した安定したという御宣託が耳を打つだけである。人事院の勧告も無視され、あるいは国鉄公社、專売公社、いわゆる公労の裁定も無視されて、裁判所の一応の判決も無視されてしま
つたとすれば、マツカーサー元帥の四七年一月三十一日の書簡の中にこういうことが言われている。「これ以外には、今日まで正当な
目的完遂のため、
労働階級に與えられた
行動の自由を
制限する意図はない、」と言
つているのでありまして、この点から言
つても、前のゼネスト中止命令が今ごろまで生きているということ
自体、指令三一一号が今ごろまで生きているということ
自体が私はおかしいと思うのですが、それはさておきましても、合法的な
目的を達成するために、
労働者に與えられた
行動の自由を今後
制限する意思はないと言
つておるのであります。しかもここに「日本占領の
使命と成果」という連合軍総司令部編になる本がありますが、その百五十六ページの五、
労働関係と
労働紛争の(b)の中に「罷業権は、公務員を除いて、あらゆる
労働者に認められており、また
公共企業体の従業員に対しては、日本專売公社法及び
公共企業体
労働関係法に基き、強制調停の方法が
規定されている。」これから先が重要だと思うのですが「しかし日本の
労働組合はしばしば紛争にあた
つて罷業権を実際に行使しないで紛争を処理して来た。一九四六年から四八年までの各一年間における罷業と工場閉鎖によ
つて失われた時間の損失は全
労働時間の〇・二%であ
つたが、四九年の最初の八箇月間においては〇・一六%にすぎなか
つた。」というのであります。私はマツカーサー元帥のゼネスト禁止命令のその当時における権威というものは認めるにやぶさかではありません。絶対に服従のものでありましようが、こういうようなまことに穏便な
労働者の動き方に対して、ま
つたく不死身のごときふてぶてしさで、あらゆる搾取と收奪を積み重ねて行
つて、どこから注意されてもかまわない。また増田官房長官の言明すらがエーミス
労働課長からお断りされて、一応
釈明するというような声明をその都度出さなければならないほどあつかましいやり方で、一体
労働者はどうして生きる。人間としては
憲法から言
つても生きる権利はあり得る。しかもこの〇・一六%にすぎないとか、〇・二%にすぎないとかいうふうに
労働争議権の実行をや
つたことはない。まことにおとなしいと言われておるが、事ここにせつぱ詰まりましたときに、彼らがストライキをや
つて行く。あるいはストライキだけではなくて、
政治運動、社会運動をや
つて行く以外に、私はきめ手はだれが何と言
つてもないと思う。しかもそういうきめ手を使
つて不死身なふてぶてしさを発散せしめておるところの現在の自由党の
政府、まことに遺憾でありますが、吉田内閣に対してあらゆる一切の
行動をや
つて行くということは、これは基本的に人間の生きる自由であり、権利であり、
基本的人権の最も深刻にして最も真剣な、神聖なものだと思うのです。ですから
質問が長くなりましたが、私はこの單産のストライキをゼネストと見なすという威喝的なことをやる前に、ジークフリートのリンデンバウムの葉によごれなか
つた一つの皮膚のように、どこに弱みがあるのか。どこを突いたらフエア・プレイにや
つて行ける道があるのかということを殖田さんにお聞きいたしたい。そうしなければゼネストと見なすとか、あるいは死んでも平気だというようなことを言
つたつて、みんなは満足しないし、そういう
政府はまさしく人民の
政治的な運動なり
労働者を中心にした大きな反抗運動の中に、私は致命的な
打撃をも
つて抹消されて行くべきところの運命を、その言動や
行動の中に持たざるを得ぬのだ、こう思うのです。たいへん長くなりましたけれ
ども、血でよごれなか
つたジークフリートの一片の葉の弱みはどこにあるのか。そこを教えてもらいたい。