○水谷(昇)
委員 ただいま上程中の
文化財保護法案並びにその修正案に対し、私は自由党を代表して賛成の
意見を申し述べます。
本
法案提出の契機となりましたものは、申すまでもなく法隆寺金堂壁画の燒失でありますが、昨年一月二十六日のこの悲報ほど、全世界の
文化人を聳動させたものはございません。遠くはギリシャ、近くは西域、インド風の局部的エレメントを統轄して、
一つのまとま
つたあの端麗な芸術様式を生み出したものは、結局唐の初めのゆたかな
生活感情のうちに、はぐくまれた斬新な芸術的官能にほかなりませんが、聖徳太子出現ごろから民族的自覚の域に入
つたわれわれの祖先は、あたかも
国民感情が最も高揚し、国力も最も充実した時期に、世界文明の粹を集めたこの壁画を残したのであります。ラングドン・ウォーナー氏はこれをヴアチカソのシスチンチャペルやスタンブールのアヤソフィヤに比しておられまするが、薬師寺の三尊仏や三月堂の諸彫像に示された芸術的表現は、ここで一段のさえを示しているのであります。しかもこの時代の作品が現在中華民国に皆無であるのを思うとき、この世界的壁画の燒失は、惜しみても余りあるものがあります。このゆえに政府としても十分にこの点を考慮し、財政逼迫の際にもかかわらず、応急措置のために、はたまた二十四年度修理予算として
相当に多額の支出をなし、さらに二十五年度も、より以上多額の予算を確保し得たることは、われわれのひそかに喜びとするところであります。
この法隆寺金堂壁画の燒失を契機として輿論が沸き立
つたこともむりはありません。顧みれば太平洋戦争以来、わが古美術はほとんど捨てて振り返られるところがなか
つたのでありますが、ウオーナー博士を初め、アメリカ将兵の理智と良識とが、わが奈良、京都を爆撃から救
つたことが明らかとなるに及んで、われわれもにわかに反省し、ただひたすら古美術品の散逸防止に努力いたしたのであります。しかるにここにまた法隆寺壁画が燒失し、ウオーナー氏をして長大息せしめたこともあずか
つて、ここに古美術品の
保存の徹底ということが叫ばれるに至りました。太平洋戦争以来のわれわれの古美術放擲ぶりは、思うだに慄然たるものがあります。破れがさ同然の加茂の燈明寺本堂は、岡山県長幅寺の三重塔や山口の洞春寺観音堂とともに、破損
国宝の三大関と称せられておりますが、さらに京都御所の戰時中の無残なるとりこわしや、桂離宮の荒廃ぶりをまのあたりにいたしまするとき、何人といえども痛憤の念にたえないものがありましよう。
かく申しますことは、決して懐古趣味に浸
つての事ではありません。古美術品はしかばねではありません。これをわれわれがながめますのは、單に古い品物であるからでなく、珍しい品物であるからでもなく、また眼に訴える美しい品物であるからでもなくして、実にわれわれはこの古美術品を通じて、これをつくり出した民衆の魂に触れんがためにほかなりません。これはわれわれの遠い祖先への追慕、懐古の至情でありますが、同時に、われわれはでき得る限りこれを後世に伝うべき責務をにな
つておるわけであります。
今回
参議院の同僚議院によ
つて本
法案が提出せられましたが、本
法案は昨年より両院
文部委員会においてそれぞれ草案を作成し、たびたび相互に折衝して最後に
衆議院文部委員会案のおもなる点を十分取入れて、
参議院側において作成したるものであります。私はまず第一に、それが古美術
保存の急務がほうはいとして起
つた好機をとらえていることを喜ぶものであります。
次に、本
法案によりまして、従来の
国宝や
重要美術品に関し、再検討の機会が與えられたことを幸いに存ずるものであります。本年一月十五日現在の
国宝六千九百三十七点、
重要美術品八千三百六十九点、計一万五千三百六点これをことごとく完全に
保存いたしますことは、現在の国家財政よりしては、とうてい許されるところではありません。従
つて本
法案によりまして、従来の
国宝と
重要美術品の区別が廃せられ、そこにあらためて吟味と淘汰がなされまして、真に
保存の価値あるものだけを取上げ、これを国家が
責任を持
つて、
保護いたすようになりますのは、われわれの最も歓迎するところであります。その間において古美術品の環境保全の
規定が設けられましたことは、ま
つたく新しい試みであり、その他の点でもあるいは古美術品の国への委託、
管理者の
選定等を
規定し、場合によ
つては強制修理、強制
管理もできるようにいたしております。かくして本
法案はさらに進んで、国家が古美術品の
所有者の
所有権を侵さない程度で、その出陳や
公開を勧獎し、も
つて国民の
文化的教養に役立てることにいたしておりますが、
文化国家の建設を念願するわれわれといたしましては、当然首肯し得られるところであります。
本質論といたしましては、古美術品を
保存する主体は国家か
国民かという問題がありますが、われわれとしては、でき得べくんば政府にまかせきりでなしに、志ある団体や力ある
個人、つまり民衆の手でこれを
保存して行きたいと思うのでありますが、現在のわが国の国情といたしましては、一婦人の献身的運動によ
つてマウント・ヴアーノンなるワシトンの家が
保存されるというようなわけには参らぬのであります。本
法案においても、この点ずいぶん研究せられたものでありまして、
保存行政は、あげて国家の
仕事といたしまするとともに、この
行政機関を
委員会制度として、その民主的運営を企図いたしておりますが、わが国の現状におきましては、この程度をも
つて最良策といたすべきであると存ぜられます。
なお本
法案は、有形
文化財はもちろんのこと、演劇、音楽、工芸技術その他の
無形文化財までも取上げ、さらに史跡、名勝並びに天然記念物及び
埋蔵文化財をも取上げておりまして、実に理想の高く、構想の大なるものがあるのであります。自由党といたしましては大いに賛成するところであります。
ただここで遺憾なことは、この
法律の裏づけとなるべき予算が実に僅少である点と、われわれが最も主張いたしました
重要文化財と
指定されたる古美術品に対する免税措置が実現し得なか
つた点であります。これはわが自由党といたしましては、基金制度を設けるなど、今後
責任をも
つて善処いたしたいと存ずるものであります。
諸君、われわれの祖先が精魂を傾けて製作した芸術品が、しかばねではなくして生きものであることを思うとき、その散逸ないし滅失は、まことに骨肉にわかれる思いがいたします。われわれはこの
法案をぜひともここに通過せしめ、
国民同胞ことごとくがこれを忠実に遵奉して古美術の保有の完璧を期し、これを活用して、も
つて国民の
文化的向上に資するとともに、世界
文化の進歩に貢献いたしたいと存ずる次第であります。
以上をも
つて自由党を代表しての本
法案及び修正案に賛成の討論を終ります。