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有田(喜)
委員 私は民主党を代表いたしまして、ただいま上程の臨時
石炭鉱業国家管理法の
廃止に関する
法律案に反対するものであります。その
理由はいろいろございまするが、まず第一にあげたいのは、
石炭国管法は御
承知の
通り、その第一條にも明記せるごとく、
産業の復興と経済の安定に至るまでの緊急措置として、
政府、
経営者、及び従
業者がその全力をあげて、
石炭の
増産を達成することを
目的として、
制定されたものでございまするが、遺憾ながらわが国の現状は、いまだ
産業の復興も経済の安定も見るに至らず、
石炭国管法の
制定の
理由が、まだ解消されておらないのであります。
日本経済は
ドツジ・ラインの強行により、いわゆるインフレは終息いたしましたが、しかしインフレの終息は、すまわち経済の安定そのものではないのであります。急激なるインフレの阻止は、あたかも満員電車が急停車するときの現象に似て、車内を混乱に陥れているのであります。すなわち
日本経済は今や深刻なるデフレ、金詰まりによりまして、まさに危機の寸前に追い込まれていることは、皆様御
承知の
通りであります。しかるに
吉田内閣とその
與党たる
自由党は、財政経済
政策にま
つたくその自主性を欠き、深刻なるわが
産業経済の実相に、ことさらに目をおおい、さらにこの二十五年度においても深刻なるデフレ予算、超均衡予算を多数の力をも
つて押し通し、ますます不景気に拍車をかけようとしているのであります。そうして
本法の
提案者たる
自由党の諸君は、
石炭の
需給状況はきわめて好転して来た。
従つてすでに
石炭の
増産を必要としなくな
つたから、
石炭国管法はこれを
廃止するのだ、こう
言つておられますが、しかしながらわれわれはこの点に関し、
提案者とは根本的に見解を異にするのであります。昨年九月、
配炭公団廃止当時における貯炭の山積は、はなはだしくむりな
増産と、
吉田財政の失敗による不自然なる
需要減退とによる、一時的変態にすぎなか
つたのであります。すなわち当時
政府は実際の
需要とは沒交渉に、しかも
本法制定当時の出炭五箇年
計画の年次出炭
目標三千六百万トンを著しく上まわる、四千二百万トン
というむりな
増産を強要したのであ
つて、これがために昨年上半期、ことに第二・四半期においては、はなはだしい
増産実績を収めたのであります。しかるに一方におきまして
政府のいわゆる超均衡予算により、はなはだしき不景気を招来し、
産業の行詰まりを生じたために、
石炭の
需要はその予定に比して、はなはだしく減退したのであります。これらの原因が両々相ま
つて五百万トン
という厖大な貯炭を生ずるに至
つたのでありまするが、わが国の
産業経済が真に復興し、真に安定せる基礎のもとに、
石炭の
需給が緩和されている
というのであれば、われわれは欣然として
臨時立法である
国管法廃止に賛成するものでありますが、
政府が財政経済
政策を誤
つて、金詰まりのために
石炭が買えないような
状態にしておいて、
石炭が余
つたから
増産の要がないと言われるのは、
一体いかなる経済観に基いておられるのであるか。ここにはなはだしき疑問を抱くのであります。有効
需要の減退
ということ、
産業の萎縮から生じている
ところの一時的の変態現象に基いて、
石炭増産の要なしとの結論は、早計もはなはだしいと言わなければならない。わが国の
産業経済を今日のごとき状況で推移せしめるならば、
産業を萎縮せしめるばかりでなく、とうてい八千万国民を養うことはできないのである。有効
需要を喚起して、
産業規模の増大と、生産の増強はかることことこそ、われわれに課せられたる焦眉の急務である。はたしてしかりとせば、
各種産業の燃料資源、原料資源であるこの重要なる
石炭企業の現状をも
つて、はたして満足し得るか。わえわわれは一日も早く今日のデフレ経済を打破して、有効
需要を喚起し、わが国経済を活況あらしめ、
産業の規模を拡大強化して、
産業と経済の安定をはからなければならないのであるが、このためにはもつともつと
石炭の
増産を必要とするときが、必ずや近く来ることを確信するものであります。かく
考えるとき、われわれは
石炭の
需給が正常
状態に復するまで、少くとも
国管法の有効期間である来年三月まで、当分その推移を静観し、しかる後これが
廃止の是非を
考えることが最も至当であると
考えるのであります。
反対
理由の第二として、指摘したいことは、
国管法を
廃止のしつ放しにして、
石炭企業を基礎
産業としての使命を全うせしめるための、何らの法的措置を講じていないことであります。言うまでもなく、
石炭は電力とともにわが国経済再建のために、これが豊富低廉なる供給をはかることこそは、最も緊切を要する
ところであります。しかるに現在の
石炭価格はあまりにも割高であ
つて、他の国内物資との比較はもちろんのこと、国際価格水準から見ても、はなはだしく割高である。これがためにわが国鉄鋼業はもとより、セメント、肥料等の化学工業、その他の
産業ひとしく炭価の引下げを要望しているのであります。わが国鉄鋼価格の高騰は、船舶価格の割高をもたらし、これがため外国船の建造注文はその跡を絶ち、また国内船舶は船価の割高のため、公正なる国際
競争に伍して行くことも至難となり、ひいては海運貿易を萎靡せしめ、国際収支の上にはなはだしき欠陥を生ずるの結果を招来するのである。
石炭価格の引下げこそは、
日本産業復興の緊喫の要務である。しかして炭価の引下げのためには、
炭鉱の
経営合理化が絶対的要件である。もちろん
石炭国管法があるため、
経営の
合理化に必要な
設備資金融通に、直接
効果があるとは言わないが、これが
廃止のため、資材あるいは
設備、装置等の融通に関する
協力命令が
廃止されるのほか、
提案者自身も憂慮しているごとく、基
本法たる
石炭国管法が
廃止のため、
石炭鉱業の重要性が軽視され、
経営合理化の実施上にも、多大の悪影響を及ぼすことは必至であります。特に私が一言したいのは、鉱区の整理統合についてであります。相隣接する鉱区の境界が、入り組んでいるため、開発、運搬等の集中生産はもとより、通気排水等に至る一切の
計画合理化がいかに妨げられ、
設備装置の利用がいかに不合理を余儀なくされるかは、言うまでもない
ところであります。
国管法廃止のため、
石炭鉱業権等臨時措置法が当然失効せられるについては、使用権の設定、その他鉱区の整理統合に関する
法律を、当然準備せらるべきにかかわらず、これらの
法律の
提案さえない現状であります。大よそ
法律は時代の進展に伴
つて、これに即応する適切な運用をなすべきは当然である。
国管法はその有効期間中これを存続せしめておいても、運用よろしきを得れば何らさしつかえないはずであります。かりに一歩譲
つて、これを
廃止する
というなら、少くとも基礎
産業としての
石炭産業の使命を果し得べき、これにかわる
立法を
制定してからにすべきである。しかるに
政府も、
與党たる
自由党も、
石炭需給に対する見通しも、
石炭鉱業合理化に対する具体的
施策も、何ら持合せなく、これを野放しにすることのみを
考えて、この主要なる基礎
産業を指導育成する方途も講ぜず、公益的見地よりする監督の方途も、これが
増産対策も何
一つ講ずることなく、急遽これを
廃止しようとするがごときは、実に無謀もはなはだしい
といわなければならない。
そもそも
吉田内閣及び
自由党は、わが国
産業経済に対する見通しも、
目標も、
計画もなく、すべてドツジさんや
シヤウプさんにおんぶして、何ら自主性を持たず、しかも一世紀遅れた時代遅れの野放し自由経済を、唯一の一枚看板としているが、かかるのほうずな自由経済は、いわゆる弱肉強食の弊を露呈するのみである。弱き者のおぼれるのを見殺しにする
というのが、
池田財政の本音であり、
自由党の性格であるが、これでは真の政治ではない。われわれはもとより自由経済に賛成であり、資本主義を否定するものではなく、またこれが長所たる
競争の原理はこれを尊重するものである。しかしこれに伴う弱肉強食の弊は保障の原理で補正しなければならない。ことに基礎
産業たる
石炭鉱業を、野放しの自由放任にまかすがごときは、世界の経済の趨勢にも逆行するものであり、またわが国経済の実状にも沿わざること、はなはだしきものである。しかも一時変態的なる
ところの現在の
石炭需給の
状態のみを見る近視眼的な見地に立ち、かつまた、これが
廃止にかわるべき何らの新しき
法律準備を持たずして、急遽この
石炭国管法を
廃止するがごときは、私の断じて賛成し得ない
ところであります。以上をも
つて私の反対討論を終ります。