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大森委員 関連して同じような問題でありまするが、大体
証人が言
つておられることは、同じ
日本人同士であ
つて、そして先ほどのどなたかの
質問に対して答えられたのは、あるいは
反動分子などの
調査をして、それを報告いたしたということを申しておられる。でありまするから、その報告によ
つてあるいは
反動と言われる
人たちは、いかなる残酷な扱いを受けたか、それが同じ
日本人の中から
自分がよくなりたい——あるいは
思想の問題からも来ておるでありましようが、私
どもはその点あなたに
日本人として、ここに遠慮なく話をしてもらいたい。あなたの言
つておられることは、
ソビエトの人のような
考え方でありまするから、今のようなことを隠しておられる。私
どもの見ておる範囲内においては、どういうことを言
つておるかと申しますると、私の近所の人がこの間もど
つて来た。その人はどういうことを言
つておるかというと、まず連れて行かれて五箇年になるが、その間黒パンをかじ
つて、今倒れるのか、今死するのかということを考えて、どうやらこうやら生き延びて来ました、しかしながら帰
つて日本の御飯を食べると、その奥さんいわく、いつまで食べても、おけというまで箸がとまらぬという。腹一ぱい食べたことがないし、
自分で今申し上げたような黒パンをかじてお
つたから、腹一ぱい食べたことがないのですから、家へもど
つて來たらその奥さんがあなたそれじやいけません、もうおきなさい、ああそうか、大分食べたかというようなぐあいです。その
人たちはどう言
つておるかというと、その
人たちが乗
つて来た船の中ではどうであ
つたかというと、いわゆる
反動の
人たちの間で、そこにおるあなた方のような
人たちを、この海の中にはうり込んでしまおうということが大体燃え上
つたそうです。それがちようど半分お
つた。そのとき艦長はどう言
つたかというと、どうかそれだけはやめてもらいたい、今まだ残
つておる人もおるのだから、それだけはひとつ私に免じてこらえてくれと言
つたので、私
どもは船に乗
つて一朝錨を上げた瞬間に、もはや今までわれわれを苦しめて報告したやつらをただちに全部海の中にはうり込もうじやないかという団結ができたそうであります。私は
共産党であるとか、あるいは保守党であるとか、
反動であるとかいうことによ
つて区別はないと思う。わが家においてはどうかというと、雨の日も雪の日も風の日も、親、兄弟、子供が待
つておる、またそこにおる
人たちもそうであ
つたろうと思う。しかるにその
人たちを
自分の栄達のために報告していじめて、寒中どうであるかというと、そのいじめられた人の話ですが、つるし上げを食
つた人たちの話によると、コンクリートの上に着物をまくらして、そうしてズボンを腕がしてそのまますわらし、立つとピリピリと皮がむけて行く、これまで残酷なことをやらしたのである。それがいい、これが民主主義だというのだから、どうも私はあなたの口からもう一度こうしたやり方が民主主義であるかどうかということをお尋ねいたしたい。
食糧に対しましても、今の
お話を聞きますると、何かすき燒を食わして待遇してお
つたということについて、私は非常に遺憾に思うと同時に、あなたのような、要するにわが国民を売
つてすき燒を食
つてお
つた人と、このためにつるし上げを食
つて、
自分の皮を生きながらはがれてお
つた人たちを比較するときに、あなた方に対して私は、ははあこの人が
人間かなあと思う。
思想問題はどうでもいい。
反動はどうでもいい。お互いが
自分の身を捨てて、国家のためというのであなたも行
つたのである。しかるにそれが
ソビエトにたまたま抑留されて——今関連
質問だから私は簡單にしておきますが、これを根本からもう
一つ聞きたい。
あなたはさつきから
ソビエトの代弁者のような
お話だから、私はなおお尋ねいたしておきたいのですが、一体
日本の国民が
ソビエトに
捕虜にな
つたという点が私にはわからない。
ソビエトは戰争直前まで
日本と不戰條約をして友国であ
つた。しからば
日本がいよいよどうもならぬから、どうか仲裁してくれと言
つたということは
新聞で御
承知でありましよう。あなたは
行つておられたから御存じないだろうが、われわれはよく知
つておる。ところがいよいよ手をあげた、ときにばたばた入
つて来て、
日本人を全部連れて
行つて、これを
捕虜と称して、五箇年間というものは、あるいはあそこのすみでもこき使われ、ここのすみでも一千名のうち三百五十名も殺された。死んだと言えば体裁がいいが、飢えと寒さに殺された。これに対して
日本の国民は、ただ抑留者のみの家族ではなく、われわれ
日本人として、この話を聞くだけで、私はあの
新聞を見ただけで、事実はどうであるかわからないが、徳田君のいわゆる
反動を帰すなというあの
新聞を見たときに、私は、
日本の全国民は血が沸き肉がおど
つただろうと思う。
共産党のあり方ということに対して、私は
思想とか何とか言わない。
日本人を、同志を売
つてまでもかくのごときことを言
つたとするならば、全国民は血が沸き血がおど
つたであろうということを言
つて、私はそのとき考えたのである。であるから私があなたに結論として聞きたいのは、まず
ソビエトに
捕虜として五箇年間置かなければならなか
つたこと、あなたは教育をしてもら
つたから恩があるというようなことを言われたが、しからば一体
日本人は
ソビエトへ
行つて教育をしてもらわなければならなか
つたかどうか、こういう点をひとつ聞かしていただきたい。なおさらに、関連
質問だから、これだけ言
つてまたあとで聞かしてもらいたいと思うが、私の考えからすると、何のために
日本人を
捕虜として火事どろ式に持
つて行つたか。戰争はアメリカに負けた。アメリカにいよいよ負けたとすれば、いわゆる友国であり友だちであ
つた以上は、ああ
日本人は気の毒だ、お前たちはまことに気の毒だ、わしとは友人であ
つた、友だちであ
つたからというので、保護をして帰してくれる。これが私はあなたの言われる民主主義だと思う。いわゆる民主主義下にある国民であるならば、ここまで私
ども日本人のために便宜を與え、そうして
日本人を扱
つてくれたということであるならば、
スターリン様々である。しかしながら何ら罪科もない、何の鉄砲も撃たない
日本国民を
捕虜にして五箇年も置いたということに対して、これ自体が私はふしぎでならない。これらの点に対してあなた方はどういう感想か。これがあたりまえだと思うておられるかどうか。私は凡人にして、現在の
日本人を五箇年も
ソビエトに連れて
行つて置いたこと自体、連れて行くこと自体私はどうしてもさとることができないので、この点をお聞きいたしたいと思います。