○
我妻参考人 私は
日本学術会議会長龜山直人氏の推薦によ
つて、出頭した同会の副
会長我妻榮でありますが、本日、
学術会議の
代表者として本
法案に関する
学術会議の
意見を申し述べるのではなく、私の
個人的意見を述べるのでありますから、そのように御承知願いたいと存じます。しかしその前に、
学術会議の本
法案に対する
態度を一言説明いたすべきかと思います。
学術会議は御承知のように、
日本学術会議法によ
つて、
全国の
科学者から
選挙された
会員によ
つて構成される
合議体でありまして、
科学ないし
学術の
発達向上に関して
政府に
勧告することをも、その任務の
一つとしているものであります。そして昨年いわゆる国立
大学管理
法案なるものが、
文部省試案として発表されましたときには、
学術会議は非常な
関心を示し、総会の
決議を経て、
政府に対して強力な
勧告をいたしましたが、この私
学校案に対しては、
学術会議全体としては、何らの
意思表示をいたしておりません。ただ、過日京都において、
学術会議を
構成する七部のうちの数部が
部会を開きましたときに、第二部(
法律学、
政治学)と第三部(
経済学、
商業学)が
部会の
決議をも
つて意思を表明いたしました。その
両部の
決議はこうであります。
第二部
決議
私立学校法案として現在発表されているものは、
私立大学を過度に
文部省の
監督下におき、
学問の
独立を危くするものであると認める。よ
つて、
大学の
特殊性を考慮して適当に改めらるべきである。
右
決議する。
第三部
決議
政府起案の
私立学校法案は、
私立大学を全面的に
文部省の
監督下におくことになるが、これは
大学の
特殊性を認識しないものであり、
学問の
独立を危くするものである。
私立大学については、別途に
私立大学校を設けることを至当と認める。
本部は、
政府が今回の
法案を
撤回し、改めて
民間識者を加えた
審議会を設け、
民主的方法により起案することを要望する。
このほか、第六部(農学)もこの問題を審議しましたが、これは
決議に至らず、問題の
重要性にかんがみ、愼重に審議さるべきであるという
趣旨に
意見の一致を見たというだけであります。
その後、七部中の他の部も
部会を開催しましたが、どの部からも
決議のあ
つた旨の
報告を受けておりません。
第二部及び第三部の
決議と第六部の
報告を受領した
会長、副
会長としては、
運営審議会を臨時に招集して、
学術会議としての
意見をまとめるか、あるいは第二部と第三部の
連合部会を招集して、この
両部の
違つた決議に連絡をつける
方法を講ずることも
考えたわけであります。しかし両
部会の
事情を聞いたところによりますと、容易に一致した
決議を得ることができない
考えられました。のみならず、時日が切迫しておりますので、
会長としては、両
決議をそのまま取次ぐこととし、それに次のような添書をいたしました。これは、
日本学術会議の第二部及び第三部の
決議の
内容は多少相違しているが、
政府案として伝えられているものを修正しなければならないという点では、
意見が一致しているから、
政府においてしかるべく善処されることを希望するという
趣旨であります。以上のようなことをくどく申し述べましたのは、これによ
つて次の
事情を推測していただけると存じたからであります。
第一に、
学術会議の
会員の多数の者は、本
法案に対して、
私立大学の
学問研究の自由、逆に言いますと、いわゆる
官僚的統制の排斥を必要とするという
立場から、非常な
関心を有している。
第二に、
政府の
原案として発表されたものでは、
私立大学に関する右の理想にもとる点が少くないから、その点は必ず改めらるべきだとする点においては、大多数の者の
意見が一致している。
第三に、しかしこの点を改めれば、必ずしも
法案自体に反対はしない。すなわちその
法律となることに対して
異議は述べないという者も
相当多く、
法案自体の
撤回を要望する者が多数だとも言いかねる。
これ以上申し上げますことは、私の私見を入れることになるおそれがありますから、
学術会議に関することは以上にとどめまして、私の
意見を申し上げることにいたします。
私の
結論を申しますと、ただいま問題とされている
原案なら、
格別異論はない、むしろ
国会が
法律とされることを希望するというのであります。この
原案は、以前に
新聞紙上で承知したものとは、大分変更されておりまして、
私立学校全体として見ても、特に
私立大学として見ても、格別非難すべき点はないように思います。
学術会議の第二
部会及び第三
部会が、前に申し上げたような
決議をいたしましたときば、この
原案よりも、もつと
政府の
監督権の、強いものを、
政府案として
考えていたのでありました。私は副
会長であると同時に、第二
部会の
会員でありますから、当時
部会に出席しておりましたが、ここに示された案についてなら、前に述べましたように、修正を必要とするという
趣旨の
決議が成立したどうか、はなはだ疑問である。むしろこう修正して
原案とするなら、今日の
情勢では
異議を唱えない方がよかろうという
空気が
支配したのではないかと想像いたします。もちろんこれは私一個の推測でありますから、そのことは十分お留意の上お聞きを願います。
さて右のような私の
結論、
格別異論はない、むしろ
国会が
法律とされることを希望するという
結論に到達するまでの経緯についての所見を申し述べます。それは第一、
学校法人、第二、
教育行政、第三、
助成についての三点であります。
第一に、この
法案は
私立学校の
教育行政と
学校法人の
二つの
内容を含んでおりますが、
学校法人に関しては、
民法の
法人の
規定の
特例をなすものと見るべきであります。ところでこの
法案の
学校法人に関する
規定を、
民法の
公益法人に関する
規定の
特例として見ますときに、これはきわめて妥当なものであると
考えます。もつとも、その
助成に関する
規定すなわち
法案第五十九條は、最も問題となる点と思われますので、これは後にあらためて申し上げることにしてまず一言にして申しますと、この
法案の
学校法人に関する
規定は、
民法の
規定の根本原則に即してその不備不完全を補い、
学校法人としての
特殊性を明らかにしたものということができると
考えます。
まずその設立に所轄庁の
認可を要するものとする点(
法案三十條)は、
民法がおよそ
公益法人の設立には主務官庁の許可を要するものとしている(
民法三十四條)ことから見ても、
学校法人というものの性質から見ても当然でありましよう。ことに本
法案は
学校法人の
認可に必要な資金や設備の基準を
法律で定めることにして(
法案二十五條)、
認可が所轄庁の手加減となることを防ぐだけでなく、さらに
私立学校審議会、または
私立大学審議会の
意見をあらかじめ聞くべきものとして(
法案三十二條二項)、所轄庁の一方的
意見に偏することを防ごうとしている点は、
学校法人の
特殊性にかんがみて
民法の
規定を修正したものでありまして、きわめて妥当な措置であると思います。
次に、
学校法人の管理
機関としての
理事の選任に関する基準を明らかにしたこと(
法案三十八條)、
監事及び評議
委員会を必須
機関としたこと(三十五條、四十一條)及びそれらの選任の基準の
内容(三十八條、三十九條、四十四條)を定めるにあた
つて、
学校法、人をして設立者ないしは少数の者の独断専行とせず、
教職員、卒業生、
関係者等の
意見がしかるべく参画するように考慮したことなどは、おおむね妥当なものとい
つてよいと存じます。
次に、
一般的
監督規定として、收益事業の停止(六十一條)と解散命令(六十二條)とがありますが、前者はもとより当然のことでありましよう。後者とてもその命令の発動に愼重な要件が加えられておりますから、所轄庁の不当な干渉となるおそれはまずないと安心してよかろうと思います。
本
法案中、
学校法人に関する私の所見を以上で終り、第二に、本
法案の
教育行政に関する部分についての所見に移ります。
この点については、この
法案を
学校法人法として、
教育行政に関する
規定は別の
法律とすべきだという説があるやに聞いておりますが、私はその必要はないものと思います。まずこの
法案の
教育行政に関する部分を見ますと、所轄庁の権限が三つあります。一は
私立学校の設置、廃止及び設置者の変更についての
認可権を有すること、二は
私立学校に対し閉鎖命令を出し得ること(以上
法案第五條)、三は
教育の調査、統計その他に関し必要な
報告書の提出を求めることができること(
法案六條)であります。このうち最後のものは問題とするほどのことはなく、問題は一と二でありましよう。しかしこの一と二もすでに
学校教育法の四條と十三條に
規定していることでありまして、この
法案としては、その所轄庁の権限の行使に対して、
私立学校審議会及び
私立大学審議会の
意見を聞かなければならないとしたこと(
法案八條)に重点があると見なければなりません。しかるにこの両
審議会の
構成については、私の見るところではまずまず穏当なものと思います。もつとも学識経験者の中から、都道府県知事または文部大臣が任命する場合(
法案十條二項二号、十九條二項二号)については、その選考の基準について、もう少し具体的な基準が示されている方がよいのではないかとも
考えられます。しかし運用のいかんによ
つては弊害なきを期し得るものと思いますので、しいて不当というほどでもないでありましよう。
私立学校の
教育行政に関する事項を本
法案から除いて、別に
法律をつくるべしという論者の
意見の
内容の詳細のことは存じませんが、もしこの論者が
私立学校の
教育行政について、もつと詳しいこと、たとえば校長ないし学長、教授会、
評議会などの権限、
学校の
教職員の人事、予算などについても
規定すべきだ。言いかえれば、
教育委員会法の
規定すること、または、目下審議中のいわゆる国立
大学管理法に
規定することを予想されるようなことまでも
規定すべきだというのでありますれば、私としては反対せざるを得ません。なぜなら、この
法案は、さようなことは、当該
私立学校の自治的運営にまかせようとするものでありまして、これこそ
私立学校の
特殊性を尊重するゆえんだと信ずるからであります。言いかえますと、この
法案は、
私立学校の
教育行政については、その
私立学校を運営する
学校法人について、前に述べたような
監督を加えただけで、その他は
教育基本法と
学校教育法、
教育職員身分法などの官公
私立学校に共通した大きなわくの中で自由にやらせ、ただ最小限度の
監督権として、設立の
認可と最悪の場合の閉鎖命令権だけを留保するのでありまして、まことに当を得たものと
考えるのであります。
また一部の人達は、この
法案の中から
私立大学の
教育行政に関する部分を除いて、これを国立
大学及び
公立大学と一緒にして、
大学管理法ないし
大学行政法一本によ
つて規律すべきだと主張しておられるようであります。これは一見きわめて妙な
議論のようでありますが、実はこれは特別の
理由があるのであります。と申しますのは、それらの人々は
大学の管理法について、一種特別の構想を持
つておられます。それはまず各
大学の管理は当該
大学の教授、職員、学生の三者それぞれの
代表者からなる
合議体によ
つて、自治的に管理すべきものとし、次いで中央に
全国を一区とする公選によ
つて選挙された
大学委員会ともいうべき
合議体を設け、これに各
大学の自治を調整する権限を與え、
学校行政をしてま
つたく文部大臣の権限から切り離そうというのであります。なるほどかような――各
大学における教授、職員、学生三位一体の自治、中央における公選議員による
委員会という構想をとれば、もはや国立、
公立、
私立の区別なく、すべての
大学を一本の管理法で規律するという主張もうなずけるでありましよう。しかしかような構想に対しては、私はとうてい賛成いたしかねます。かような主張は
教育行政の本質にもとるものであり、国立と
私立それぞれの
大学の特色を失わしめるものであると存じます。しかしこれについてこれ以上申し上げることは本日の私の任務外に出ると
考えられますから、差控えますが、私は右に述べましたいわゆる
大学管理法についての
文部省に提出されている起草協議会の
委員長をいたしております
関係上、一言いたしたいことがあります。この
委員会は目下審議の途中でありまして、各
大学の管理
機関として教授、職員、学生三位一体のものを設けるかどうかということも、中央に
全国一区の公選による
大学委員会を設けるかどうかということも、ま
つたく未知数でありますのみならず、この
委員会の作成する案が、たといさようなものでありましても、
私立大学においては、各
私立大学の
事情によ
つてしかるべく定めることにするのが、至当であると信じます。またこの
委員会の案による中央の
委員会が、万一本
法案の
私立大学審議会と一本とした方がよいようなものになりましたら、このときにこの
法律を、改正してそう改めても決しておそくはないと思います。要するに、この
法案中の
私立大学に関する部分を国立
大学管理法が未だ制定されていないということを
理由として、この
法案から削除するという必要は全然ないと、私は
考えるものであります。
以上で本
法案の
教育行政に関する部分についての所見を終り最後に第三としてこの
法案中の
助成に関する部分、すなわち本
法案第五十九條についての所見を申し上げます。
この点に関する本
法案の
規定については、私は率直に言
つてはなはだ遺憾に存じます。と申しまし七も、
助成の場合の條件が厳格過ぎるとか、所轄庁の
監督権が強過ぎるとかいうのではありません。
補助金を交付するためには、この
法案の定める條件ないし
監督は必ずしも、強過ぎるとは言い得ないでありましよう。私はこの
法案の
考え方自体ないしは、行き方自体について、遺憾の念を禁じ得ないのであります。
この
法案の第五十九條は、あらため出て申すまでもなく、
憲法第八十九條との
関係において定められたものでありましよう。御承知の通り
憲法第八十九條は、「公金その他の、公の財産は、――公の
支配に属しない慈善、
教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」と言
つています。まことに冷厳な
規定であります。本
法案はこの
規定を解釈して、
教育事業を担当する
私立学校についても、公の
支配に属しないものに対しては、何らの
助成――すなわち
補助金の交付はもちろん、有利な條件による貸付さえしてはならないとなし、反対に
補助金の交付ないし低利貸付をするには、これを公の
支配に属さしめなければならないとするものであります。その結果、いやしくも国家の低利資金の貸與を受ける
私立学校は、公の
支配に属するものとなります。「公の
支配に属する
私立学校――まことに奇妙な観念でありましよう。
私立学校とは、公の
支配に属さないことを生命とするものではないでしようか。公の
支配に属する
私立学校とは、これ自身矛盾を含む観念ではないでしようか。私は何とかして、かような概念を避けることはできなか
つたものかと
考えざるを得ないのであります。もちろん私といえ
ども、今日のわが国の
私立学校が、窮乏の底におることを承知しております。私自身、
私立の中
学校と高等
学校と各種
学校を経由する
財団法人に緊密な
関係を持
つておりますので、身をも
つてその窮乏を感じておるものであります。昨年交付された低利資金を
基礎として焼失した校舎を新築しましたら、今年は低利資金の交付がないというので、私自身金策に奔走せざるを得ない実情であります。
従つて私一個の私情から申しますと、公の
支配に属そうが属しまいが、
助成がほしいのであります。しかし飜
つて考えますと、一時の窮乏のために、公の
支配に属したという刻印を押されることは、
私立学校の矜持を捨てることであります。私の
関係する微々たる
学校はしばらくおきます。早稻田、慶応を、初めとして、わが国の伝統を誇る
私立大学が、多くもない
助成金か低利資金のために、公の
支配に属するものとされることを、わが国の文化のために悲しむものであります。のみならず、
私立学校に対する
助成は、戰災の復興に限るべきだと私は思います。
経営費をみずからまかな
つて行けない
私立学校までも、国家の
助成で存続させることは、決してなすべきではないと信じます。
従つて單に戰災復旧のために、
補助金ではなく、單に低利資金の貸與をすることにして、これを公の
支配に属させないで、すなわち
憲法第八十九條の制限にかからないものとして実行する
方法を講ずることができなか
つただろうかと
考えるのであります。たとえば、か
つて伝えられた
私立学校金庫などの道をもつと推し進めることができなか
つたものかと思わざるを得ないのであります。しかし私としても事態の緊迫していることを理解しないではありません。また
私立学校金庫案などという構想についても、内外の
情勢の必ずしも容易でないことを十分に理解しております。なおまた
憲法第八十九條の不当であることを今日論じましても、今日の窮乏の救済になり得ないことをさとらないではありません。
かようにして私は、いろいろ悲しみ、いろいろ迷いながら、本
法案のこの点に関する
規定をも
つて、今日の
情勢上やむを得ないであろうという
結論に達するのであります。
最初に私は、この
法案に対する所見の
結論として、
格別異論はない、むしろ
国会が
法律とされることを希望するという煮えきらない責任のがれのようなことを申しましたのは、決して断言することによ
つて生ずる責任を回避しようがためではありません。この
法案の骨子ともいうべき第五十九條の
助成についての
規定に関して、かような、何と申しましようか、暗い気持になることを禁じ得ないためなのであります。
以上をも
つて私の所感を終ります。