○吉田国務大臣 私から一般的に今日まで体験したというか、
承知していることだけ、まず第一に申し述べて、御参考に供します。
第一次吉田内閣総辞職の前後においては、その年の秋には
講和会議もしくは條約という問題が引起し得るだろう、こういう予測をしてわれわれはやめたのでありますが、その後御
承知のような国際環境といいますか、米ソの
関係等も悪化したがためでしよう。
日本の講和問題などは取上げられもせずに参
つて来たことは御
承知の
通りであります。ところがだんだんその後、
アメリカの内部の
状態、あるいは欧米等の
日本に対する気持、感情について私の
承知するところでは、ヨーロツパの一部では今なお
日本に対して決していい感情ではないそうであります。たとえばオランダのごとき
——と申すと、これはあまり新聞に書いていただきたくないが、オランダなどにおいては、
日本人に対して、あるいは国際
会議等においては手も握りたくないというような顔色をしておる委員もある。現にヘーグにおいて体験した人もあるそうであります。これはインドネシアなどの問題もあるでありましようが、とにかく
日本に対して決していい気持、好意ばかりを持
つておる国はそうたくさんないと
承知してはなはだ悲観しておるのであります。
イタリアであるとか、フランスであるとか、イギリスにおいてもなお昔のような気持で
日本に対してはおらない。ことに通商
関係等においては、今なお
相当な反感がある。ことにマンチエスターとか、あの
方面においては、昔の商売
関係などの記憶も思い起して、あまり
日本人を歓迎しない。これがマンチエスター・ガーデイアンがときどき変なことを書く
一つの理由であるかとも私には思われますが、イギリスにおいてさえも、
日本に対してことごとく好意のある者ばかりではない。もつともイギリスにおけるか
つての
日本の友人は、今なお
日本に対して
相当好意を持
つておるそうであります。例をあげますと、イギリスの大使であ
つたリンドレーであるとか、あるいは
日本に長く来てお
つたピゴツト君にしても、それからセールスとか、そういう人は
日本に対して今なお友情を持ち、そうして
日本のためにいろいろな宣伝等をしてくれるそうです。私の体験について考えてみましても、私がロンドンにお
つた間に、
ちようど日華事変が起
つて、そうして
日本に対してデモンストレーシヨン等が起
つたことがありましたが、そのときでもリンドレー大使にしても、セールスにしても、ピゴツトにしても、力をきわめて
日本のために弁護してくれたのであります。ことに日英協会会長のセールスのごとき自分が会長のときにこういう問題が起
つて、日英の間の
関係が悪く
なつたということは、実に嘆かわしいことであると言
つて、私に涙をこぼして衷情を訴えてくれたというような、まことに涙ぐましき人たちもあるのでありますが、そういう人たちは、今なお
日本の友人として、演説であるとか、宣伝であるとか、講演であるとかいうので盡力してお
つてくれるそうであります。しかし一般の人、ことに商売
関係などの
方面においては、か
つて日本の商業取引上における強敵であ
つたという昔の記憶が残
つてお
つて、
日本が再び貿易市場に入
つて来るということになると、ことに紡績のごときは
相当圧迫を受けるという危惧の念もあるのでありましよう。そういうところから、イギリスにおいては必ずしも
日本に対して好意のある人ばかりではない。
またアジアについて考えてみますと、中国は御
承知の
通り、マニラであるとか、あるいはマレーとかいうようなところにおいては、ことに
日本軍がいろいろ不愉快な事跡といいますか、アトロシテイの問題を残しておる地方においては、
日本に対して非常な反感を残しておるということは事実であるようであります。反感ばかりではなく、負けた
日本が非常な勢いで再興しつつあるということは、実に意外千万な話で、いわんやこれを
連合国が助けるのは一というような気持を露骨に言い表わしておる向きもあるそうであります。ただインドのごときは、これは非常に違います。
日本の戰犯の裁判においても、
日本の被告に有利な意見を持
つてくれた人はインド側の人だと聞いております。しかしとにかくインドを除いたアジアのほとんどすべてと言
つてもいいでありましようが、
日本に対して決していい感じを持
つておらないそうであります。ことにオーストラリア、ニユージーランド等は、
日本の再興といいますか、再び軍備を備えて、そうして
日本が立ち上りはしないかというので、
相当恐怖の念を持
つておる。その恐怖の念は漸次薄らいで行くようでありますが、とにかく恐怖の念があるということは確かであると思います。この前オーストラリアの代表として
日本にお
つたマツクマホーン・ボールが、最近「
日本は敵か味方か」というごく露骨な表題で本を書いておるような始末で、これらの国の
日本に対する反感をぬぐ
つて、そうして
日本に対する好意にまで転じさせるのには、やはり
相当な時が要するのであろうと思います。
ただひとり
アメリカに至
つては、これは最近
日本に対する感情が非常によく
なつた。これは
日本人で
アメリカに往復した人の常に言うところであります。その原因はどこにあるか、特に調べたわけではありませんが、
日本から帰る、
アメリカの軍人というような人が、
日本人は実に親切な
国民である。いい
国民であるとい
つて、非常にいい感じを持
つて帰
つて、
日本の
状態を親戚、知己、友人に話をするのであろうと思います。現にキーナン氏から私のところに二、三日前に手紙をもら
つたのでありますが、自分は
日本において非常に愉快に暮した、
日本人の実に正直な親切な気持をよく自分は了解して帰
つたとい
つて、非常に好意のある手紙を寄せて参
つたのであります。そういうふうに
アメリカの
日本に対する感情は非常によい。しかし
アメリカを除いた一というとはなはだ心細いことでありますが、
日本に対する戰争中の感情がすべてなく
なつたとは言われないのであります。この空気において講和條約、講和問題が取上げられるのでありますから、
日本の立場は決して自由ではなく、
日本に対する好意に満ち満ちての講和條約、
講和会議ということは考えられないのでありますから、ここにおいてわれわれが
講和会議を
促進し、講和條約の
内容をよくするためには、
日本の国家、
国民の性質、気持をよく徹底するように努めなければならないと思うのであります。すなわち
日本において民主主義が徹底しておるのである、
日本は防禦をなくすことにおいて徹底するのである、平和に終始するのである、しかも進んで世界の平和、文化に貢献するかたい決意を持
つておるということを内外に示して、そうして
連合国においても、この国を友邦とせずして世界の復興なり平常化ということは待ちもうけられない、こういうような感じを與えるようにしなければならぬと思います。これが私の
講和会議はわれわれの日々にあるものであると申すゆえんであるので、
講和会議の
内容をよくするためには、列国の
日本に対する信頼の念を高めるということが第一であると思うのであります。また逆に申すと、
日本は
相当な国で、民主主義に徹底しておる国であり、世界の民主主義を助ける国であり、将来有力な国となり得る国である。しかもその文化は高い、
国民の性質は正直であり、勤勉であり、世界の経済復興を助けるのに足るということを世界に印象づけることが、すなわち講和條約の
内容をよくするゆえんだと私は確信するので、そこで私は
講和会議はわれわれの日々にあると申すゆえんであるのであります。そこで私として希望を述べれば、
日本の復興再建は非常に堅実に歩を進めつつあるのである、また
日本は再び軍備を通じて世界の平和を脅かすというような気持は毛頭ないのである、のみならず進んで平和を助け、世界の平和に貢献しようというかたい決意を
国民は持
つておる、こう印象づけないと、
日本はなお平和を害する危険な国であるということであれば、講和條約の
内容は自然
日本に対して苛酷になると思います。また逆にこういう
国民であると考えられて、しかも
国民の希望を講和條約の
内容に取入れなか
つたということになれば、
日本の
国民の希望意思に反する講和條約を押しつけるということになれば、自然その條約は行われないことになる、やがて将来に禍根を残すものであると列国で考えるようにな
つてこそ、対
日講和は
日本に有利にできるものと私は確信するのでありますから、どうかこの点においては、
国民をあげて世界の好感情を招くとともに、誤解を去るように努めたいと思います。
また
講和会議において、いかにも堂々と
日本の主張を通すことができるように考えておられる人もあるようでありますが、第一次戰争のあとのベルサイユ
会議の
状況を申し延べれば、講和條約草案ができて、列国の間に合意ができて、そこで
ドイツの全権をパリーに招集したのでありますが、そのとき私の記憶では、クレマンソーが
ドイツの全権に対して、二十四時間内にこの草案に対してイエスかノーかをはつきり言
つてもらいたいという宣言であ
つた。
ドイツ人のことでありますから、何でも二十四時間内とかに対策をつくり上げて印刷し、クレマンソーのところに出したといううわさもあります。しかしいずれにしても
ドイツが対策を出してもその対案は顧みられなくて、たしか第一回に来た全権は引揚げて、第二回目において調印したと思います。
先例はかくのごときものであ
つて、
講和会議で論難をすることは事実できないことであり、またそれだからとい
つてこの條約の調印を拒むなどということは事実できないことと思います。でありますから平生においてわれわれとしては世界の
日本に対する好意なり、了解なり一誤解を與えないように、
日本は列国に対して危惧の念を抱かしめざるように、真に
日本が平和
国民であり、民主主義に徹底する
国民であり、世界の平和を増進さしても妨げる
国民でないということを十分了解せしむることが、われわれ今日において努むべき道と考えるのであります。
その他講和條約についてわれわれはいまだ
連合国から何らの指示を受けておりません。新聞以外に何も公然の通知なり
報告は受けておらないのであります。従
つて講和問題についてどうこうと仰せられても、こうであるとか、ああであるとかいう
一つの公式の回答あるいは説明は、私においてできないのであります。するだけの材料が現実にないのであります。でありますから自然仮想の問題について論議することになりましようが、これに対して外務大臣として一々意見を述べることになれば、これは結局誤解の種であり、うわさの種であり、国家のためにならぬと考えますから、常に申すことでありますが、仮設の問題について、あるいは将来講和條約の草案後に起るべき問題に対して、とやかく私がここにおいて諸君に説明なり、何なりをする材料もなければ、しない方がいいと考えますから、こういう問題についての説明なり回答なりは私において差控えたいと思います。