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説明員(我妻榮君) 最初にこの
法案の
内容について申上げますが、
内容の細かな点は差措きまして、一番問用になる点は、第九條を中心とした
規定の立法、そうしてそれに対する
修正案との対比であろうと思います。この両方の
内容を十分御承知のことと思いますので繰返して申上げませんが、この原案と
修正案とを比較して私の
感じた点を順次に申上げたいと思います。
原案ですと、
農業資産以外の
財産についてもその特定の
相続人が分配に預かる、それに反して
修正案だと
農業資産の價格が大きい場合には、
農業資産以外の
財産からは一切分配に預らない、この点が非常な違いだろうと思うのであります、ところで
農業資産以外の
財産と申しますのは、多くの場合日常
生活に必要な
財産、或いは
農業経営のための資金などであると思うのでありまして、そういたしますと、原案ですと
農業資産以外の、即ち日常
生活に必要な
財産や、
農業経営の資金になるものも分けて貰える、ところが
修正案だとそれは全然貰えない、もつと具体的に申上げますと、この
修正案についての例を、ここに例をお書きにな
つたのを頂きましたのですが、この例について見ますと、四十万円の遺産があ
つて、丁度
共同相続人は
子供四人であるところの例を挙げておりますのだ、それによりますと、一人が十万円ずつということになります。そこで
修正案によりますと、その十万円というものは全部
農業資産によ
つて充当されるわれでありますから、二十八万円の
農業資産の外に、多少預金があるとか、その他日常
生活に必要な
財産があ
つてもそれは全然分けて貰えない、ところが原案によると、その金なんかも分けて貰える、ここが一番違う点だろうと思うのでありますが、日常
生活、或いは
農業経営の
資産となるものを、全然分けて貰えなくてもいいものだろうか、私はそれじや困るのではないか、
農業資産以外に、それ以外の分の
財産からも分けて貰えるというところが原案の狙いであ
つて、その点は原案の方がいいのではないか、成る程
修正案のようにしますと、計算が非常に簡單になりますし、それから
修正案の理由書で詳細明解に御説明にな
つておりますように、
農業資産價格が比較的少いときは、厄介なことはしなくてもいいということは、第二例に示しておる
通りであります。併し原案がわざわざ厄介なことをした要点は、
農業資産以外の
財産の分配にも預らせようとしたところに、そこに相当
意味があるのじやないかというふうに
考えられるのであります。それから原案でも、
農業資産についても價格を評價してそうしてその評價価格に應じた
相続分を再檢討して分けるのでありますから、結局各
相続人は
民法所定の割合を所得することになりますので、結果は同じことになる、十万円ずつ、十万円という値打のある
相続しかしない、又すべき者がそれだけの
相続をしたということと全く同じことになりますので、ただ
財産の
内容が違
つて來るだけで、結局原案と
修正案とは全く同じでありますが、原案に対して
修正案理由の中で、各人平等の思想に反するという
規定をしておられますけれども、これはちよつと私には頷きがたいのでありまして、原案でも平等の思想には反しない、若し
修正案が各人平等の思想に反しないというならば原案でも反しない、そこに私同じだろうというふうに
考えるのであります。
その他一、二文字の使用
方法、或いは表現の仕方に多少問題と思われるところがないではありませんが、それは細かな問題でありますので……、
法案そのものについては以上であります。
第二に、これと
憲法との
関係について私の
考えを申上げたいと思います。
憲法に違反する点がないかどうかということになりますと、只今申しましたように、第九條の定め方が
憲法の精神に反するのではなくて、むしろ問題は第十
二條と第十五條にある、第十五條では、
農業資産の評價
方法を收益價格によ
つておりますので、田や畑、或いは牛や馬を若し賣
つたら非常に高く賣れる、その賣る値段にしないで、それから
農業を
経営して行けば一年の收益がどのくらいあるかということから逆算して、値段が幾らということになるのでありますから、收益價格は一般的に
言つて交換價格よりも低いと見なければならん、そういう低い値段で評價して、それを基礎として分けるということでは、果して平等の理想に合うかどうかということ……、十五條でありますが、これが第一の問題であります。それから十
二條関係で申しますのは、十
二條の二項ではその弁済
方法を「二十年以内でなければならない。」とな
つておりますので、暗にこれは年賦償還でもいい、二十年以内なら年賦償還でもいいということを予定しておるのでありましよう、或いは期間の延期をしてもいいということを予定しておるのでありましようが、少くとも
相続の時に
次男、
三男にフルに金をやらなくてもいいのだとな
つておるが、これは平等の理想に合わないのじやないか、十
二條の一項のところで自己のため
相続の開始があ
つたときから三年を経過をすると駄目になるということを
言つておるのは妥当を欠いておると思う、この十五條、十
二條の一項及び二項というのが問題であろうと思うのであります。併しこの点に関しては、私はむしろ問題を
解決する鍵は、我が國の
農業の維持に果して必要であろうか、どうしてもこういう措置をとらなければ我が國の
農業を維持して行くことができないかどうかという点にあるのであ
つて、その点はしつかり
考えて、そうだ、どうしてもそうしなくちやならんということにな
つた場合には、以上指摘いたしました三つの点ぐらいならば、
憲法違反でないという議論を構成すること必ずしも困難ではないというふうに思うのであります。その根拠はどうかと言いますと、又議論が非常に長くなりますが、簡單に申しますれば、
憲法二十九條の
関係と
所有権ということについても公共の福祉は相当の制限を加えることが許されるというところに帰着いたします。勿論公共の福祉という漠然たる言葉で新
憲法が折角與えた自由平等の
権利を制限することは甚だ怪しからん、最近そうした傾向の立法が見えるということを一部の学者が指摘されることは御承知の
通りであります。これらの学者が言われておることを私共は根本においては同感でありますが、
從つて又この
法案についてもただ公共の福祉ということを持ち出して來てどうな
つてもいいという議論をすることは嚴に愼まなければならんと
考えております。併しこれは我が國の
農業というものに最も重要な
関係がありますのみならず、先程申上げた三点は後に申しますように、平等の
原則に強く食い込んでおるものではないという、この両方を睨み合せて
憲法違反ではないということになろうと
考えるわけであります。併し申すまでもなく公共の福祉という理想でそこまで制限していいかどうかということは、これは單なる形式論では片附かないのでありまして、國民の輿論、正しい國民感情というようなことが決定の標準になるのでありますから、その点は各人におかれましても愼重に御
考慮なさるべきであろうと思うのであります。
そこで最後にこの
法案全体に対する私の総括的な考察を申上げます。この
法案は恐らくはすべての方々から指摘されたでありましようように、これは
農業経営を維持しようとする、即ち
農地の
細分化を防ごうという理想と、それから
農村の民主化、
農村における
次男、或いは娘さんたちというものの
個人の尊嚴を確保し、男女の本質的平等を確立して行くという、一言にして言えば
農村の民主化、即ち新
憲法二十九條の
趣旨を生かそうという二つの理想の調節であろうと思います。重ねて申しますと、本
法案の眼目は
農業経営の維持と
農村の民主化の理想の容易に合流しないのを如何に調節しようかということがこの
法案の狙いだと
考えるのであります。そういたしますと先ず第一
農業経営の維持という理想からい
つて、この
法案は果して妥当であろうか、私にして言わしめますと、これは甚だ中途半端で、この
法律では恐らくは
農業経営の維持は不可能とまでは申しませんけれども、甚だ困難になるのではないか、若し
農業経営の維持ということを飽くまでも嚴正にやろうとするなら、この
法案のような多額な債務を
長男なり、
次男なり、つまり
農業を承継する者が負担するようでは、到底成り立
つて行かんのじやなかろうか、この
修正案で松村議員が例として挙げておられますのは、遺産が四十万円で
子供が四人という、比較的簡單な家族でありますから、
從つて二十八万円の
農業資産の中、
長男が十万円の取分をも
つておるわけでありますから、十八万円の借金を背負うということになるのだろうと思います。二十八万円の
資産を持
つて十八万円の借金を背負
つて行くことが妥当であるかどうか、ところが
農村の実際には、もつと複雑な
家庭が多いのじやなかろうか、妻がある、そして
子供が五人ある、これは少し
子供が多すぎるかも知れませんが、妻があ
つて子供が五人あるという例を
一つ採
つてみますというと、御承知の
通りその場合の
子供一人の
相続分は三分の二の五分の一になりますから、十五分の二になります。即ち四十万円の中の五万三千円余の取分しか持たないことになります。そうしますと例えば
長男が
農業を承継いたしますと、二十八万円の
農業資産なら二十二万七千円の借金を背負わなければならないということになります。妻と五人の
子供があるということは、
余り多くはありませんけれども、
子供五人あるという例は
農村では必ずしも珍らしくはないと思います。そのときに
長男が四十万円の
財産を有する
農家でありますと、
農業資産二十八万円と仮定しておるわけでありますが、その二十八万円の
農業資産を承継して二十二万七千円の借金を背負
つて來るということでは、果して
農業経営を維持することができるであろうか、そうしてそういうようなやり方で、この
法案では
農業経営を維持するということがいい得るであろうか、成る程この
法律によ
つて農地そのものは
細分化しないでありましよう。又
農業経営に必要な道具や何かはかたまつでおるでありましよう、併しながら物だけがかたま
つていたところで、そういう多額の借金を背負わされたのでは、やはり
農業経営は維持して行けないということになるのではなかろうか、若し本当に
農業経営を維持して行こうとするならば、
次男、
三男に十分な保障を與えると同時に、その保障を
長男の負担とはしないで、國家が低利資金を貸して、そうして
長男はその國家の低利資金をゆつくり出して行くという
方法でも採るより外
方法がないのじやないか、尤も原案には私が今申しましたような露骨な計算になることを、
農業資産の評價の問題で片附けておるのだと思うのでありますが、
農業資産の評價の
方法が收益價格によるということになりますならば、露骨に申しまして、これは安く値踏みするということになるのでありまして、だから私が今述べたような
子供五人とおつ母さんがある場合なら、二十二万七千円の借金を背負うということになりますけれども、さような二十二万七千円ということは文字
通り二十二万七千円だと思います。二十八万円の
農業資産は收益價格なのだから、実際は相当大きな額になります。だから
長男は何とかや
つて行けるのじやなかろうか、ということが原案の眼目であるかも知れません、併しそうだとすると、おはり問題をここでひどい言葉を使いますと多少ごまかしておるということも言えないことはない、そこで若しその問題を正当に
考えて、そうして
次男以下にも全く平等のものを與える、そうして
長男の
農業経営もできるというようにするためには、どうしても國家が中に入
つて低利資金を貸付けるというような
方法でもとるより外ないのじやないか、併しこうした
方法をとりますことは又
日本の今日の財政その他から
考えて非常に困難な問題であるということは勿論私も承知しておるのでありますが、ただ私の申上げようとしておることはそこまでの決心を以て踏み込んで行くならば、
農業の
経営の維持、或いは
細分化を防ぐということも可能であろう、併しこの
法律を以てしては到底
法律の掲げてある
目的を達することができないのじやないかということを申上げる次第であります。
さて今度はもう
一つの
農村の民主化という方から申しますと、これはこの
法律には無論直接には触れていないわけであります。我が國の
農村ではここで
農村関係、そちらの方の專門家であられるお方々が先程からいろいろおつしやいましたようにいわゆる封建的な氣持というものが非常に強く残
つておる、そうして親或いは
長男という者の権力が非常に強いという
実情であります。
從つて民法がそのまま施行にな
つてお
つて、今日まででも果してどれだけ
民法が要求しておるように平等に分配したところがあるだろうか、恐らくはそれは非常に少いのではなかろうか、親や
長男の威力によ
つて次男、
三男の申出を受付けない、そうして実際は
長男子一人
相続のような実を挙げてきたのが非常に多いのじやないか、この
法律は
民法通りに行われた場合にそれを是正しようとしているのでありますけれども、併し
農村は実際はこの
法律よりもつと從來の
長男子一人
相続のようなことをや
つておるので、この線までさえ來やしないじやないか、若し親が單に封建的な、いわゆる封建的な態度で
次男、
三男の取り分を退けて、或いは
長男が
次男、
三男の取り合を退けるということをしないで、もつと合理的にやろうとするならば、親が遺言をするなり、生前処分をするなり、勿論生前処分をしますと、この
法案よりも遥かに
長男を有利にすることができる、その半分までは、
次男、
三男に分けるとか、債権で返すというようなことをしないで、半分だけはまるまる
長男の取り分にすることもできることは御承知の
通りでありますから、
從つてこの
法案はそういう遺産をするとか、生前に分けるという
農民は比較的少いだろうということをおもんばか
つた法律だろうと思いますけれども併し私は案外そうではないと思うのである、何らか
法律的な遺言或いは生前処分なり、
法律的形式的
通りには行われないかも知れないが、併し
財産は
長男子一人
相続ということが
農村には実は行われておるのではなかろうか、そうするし
次男、
三男或いは娘さん達の立場はどこまで行
つても独立の人格が尊重されない、本質的な平等の理想の本質に近ずくことができないのじやないかと思うのであります。
民法をそのまま露骨に施行されてお
つたところでそうでありますから、そこにそういう
法律を持
つて行きますと、そうした傾向に非常に大きな拍車を掛けることに力を與えることになりはしないか、この
法律がいきなり行きますと、多くの
農村では今度の
法律で
農業資産全部
長男が取ることにな
つておるのだということだけを強く主張してあとから評價した割合で返すのだということは全く行われないことになりはしないか、それを先程二十年の年賦というふうにしてお
つても今日の経済情勢では殆んどゼロのようにな
つてしまう、或いは
農業経営の不振その他で結局拂わないことにな
つてしまうということを言われましたが、私も無論そうだと思いますが、併しもう一歩進んでそういう金を返すのだということさえはつきり認識しないで、うやむやにな
つてしまうようにな
つてこの
法律が実施されることになりはしないか、というようなことを虞れるのであります。
そこでこの二つの理想を
考えて來ますと、この
法案のような中途半端な
法律で
農業経営の維持を図ろうとすることはその法の
目的には決して十分なものではない、そうして却
つて農村の民主化という方を妨げる反作用がむしろ多いのじやないか、それらがこの
法案を施行することを見合せて、そうしてもう少し
日本の
農村の
実情を観察することが賢明なのじやないか、
農村で果してどのような
相続が実際、行われておるか、
民法の
規定がどこまで実際に行われるか、親なり或いは
長男というものの威力がどこまで働くかということをもう少し見たらどうか、それから又
次男以下に対して独立に職業を営んで行ける、自立して行けるような指導をするというような途をもう少し講じてみたらどうか、先程言われましたように、
共同相続人、必ずしも
農業資産を分けないで、
共同経営というものがやれないものか、その方の指導をするというような実質的な指導をもう少しや
つてみて、そうして
農村の
相続がどう行われるかということをもう少し研究してみた上で対策を講ずることが賢明なことではないかというのが私の
結論であります。
最後に私
個人のことを附加えさして頂きます。私はこの
民法の制定いたされます際の起草委員でありますと同時にその当時貴族院に籍を置きました、その当時私はどうしても
民法の
相続については、
農村については
特例を設けなければならんということを非常に強く
考えておりました、そうして
民法を施行すると同時に、
農業資産についての
相続特例を
考えねばならんということを強く主張しております。起草委員会の席でも主張いたしましたし、確か貴族院議員としてもそのことを主張して、当時貴族院の決議案とな
つたことを記憶しております。その決議案に私も全面的に
賛成した一人であります。併しその当時とは私の
考えが多少変
つて参りました。あの当時いわば観念的にそう
考えましたことをその後
農村事情を見てみますと、私が心配したような方は必ずしも心配するに及ばない、そうしてむしろ私が
民法ができれば
農村がもつともつと民主化するだろうと
考えていた方が、却て間違であ
つたというようなことを只今
考えております。その後の計画によりまして、私の
考えがあの当時とは多少変りまして、そうして只今申上げたような
結論を申上げたわけであります。御了解願いたいと思います。