○橋本證人 私は本年の一月からもつぱら公判立会いの方の
檢事になりました。公判課を担当することになり、捜査はいたさないことに事務分担できめられまして、一月から公判の方をもつぱら担当いたしておりました。ところが二月二十二日に、突然正午ごろ林次席
檢事が公判を中止して來い、至急用事があるからということであ
つたものですから、越川副
檢事にかわ
つてもらいまして、公判を中止して次席のところへ参りましたところ、この木船の
事件を担当するような命令を受けまして、その翌日からこの捜査にあたりました。ただし極祕を要するということでありますので、
自分一人で受件簿を全部繰
つて、みなに氣づかれないように受件簿から始めて行こうとしたのでありますが、とにかくあまりに間口が廣いのでありまして、受件簿からではとても入りにくいということがわかりましたから、まず至るところの端緒から入
つて行こうという考えのもとに、もつぱら傍証の收集に從事しようといたしましたけれども、経済部の
事件記録をいきなり持
つて参りますると、かぎつけられてしまうおそれがあるため、多少時間を要することになりましたので、一月の三十一日にな
つて、初めて得たる端緒、すなわち若林
和雄、木下三雄の二人の被害者を
証人として調べまして、間違いのない確証を握りましたので、二月の一日に逮捕状を請求いたしまして、逮捕状によ
つて、二月一日の正午ごろだ
つたと思いますが、木船君を逮捕して、その夜調書をつく
つて、逮捕状による拘留をし、その翌日から、得たる端緒、すなわち二つの犯罪事実のほかに、なほ木船君自身犯罪を自供いたしましたので、それを手記に認めてもらいました。その手記が二月の二十七、八日ごろまで続いたと思いますが、ともかく当初木船君を逮捕いたしましたときに、事務官の不正だけを洗
つて、
檢事の不正を洗わないのはけしからんという氣勢が上
つているということを聞きまして、
檢事に不正があるならばいくらでも洗おうじやないかと、私は憤慨したような次第であります。それは人を通じて氣勢が上
つているということを聞いたのでありますが、たまたま木船君を調べている際で、私も憤慨したような形にな
つたものでありますから、木船君としても、たいへん
自分自身の非行を後悔しておりまして、
自分には今
檢事に申し述べた二つのほかに、さらに続けて申し上げたい非行がある。そのほかいろいろな
うわさを聞いておるから、これらも続いて申し上げたいというような話がありました。
ちようど時刻は九時過ぎころだ
つたと記憶しておりますが、あまり遅いので、調書にはとどめられませんでしたから、第一回の供述調書に、なお引続きいろいろ申し上げたい点がありますが、それは明日にいたします、と結んでおきまして、翌日から木船君の希望するそのほかの
自分の非行、あるいは他人のことということを述べてもらうことにいたしておきました。ところが翌日になりますと、約束はしたけれども、一晩考えてみたが、言いたくないというような話だ
つたのですが、考えてみると、それまで私も顏を知りませんでしたが、たまたま同縣人であることがわかりました。男と男の約束をしておきながら、前言を飜えすことはみつともないだろうというようなことを私が話しましたところ、それでは私はこのほかにたくさんありますからということで、続々と
自分の非行を約束通りに手記に認めて、私に出したのであります。そうして、二月十一日が起訴の日であ
つたと思いますが、最終の日に至
つて、
自分以外の他の事務官のこと、他の
檢事のことの総締めくくりの手記を木船君が本間事務官に対して書いてくれたのであります。当時私が起訴、不起訴の整理に忙しくて、
最後の締めくくりは本間事務官にまかせまして、その手記はできる都度一部分ずつ上司に見せて指揮を仰ぐつもりでありましたが、とりまとめて出そうという考えがあ
つたほかに、部内におけるはなはだしい不安動搖、恫喝に近い妙な
情勢があ
つたものですから、まとめてあとで出そうというように考えまして、二月十一日に木船君の十件ぐらいの犯行を列記して公判を請求し、起訴状を提出した翌日、二月十二日にな
つて、次席及び
檢事正にこの手記を提出して、私としては今後の拡大方針についてお話し、その指示を求めた次第であります。そうして二月十三日ごろだ
つたと思いますが、
檢事正、林次席
檢事、私、それから本間事務官の四人が、
檢事正室で木船
事件の木船手記に基く拡大
会議をやりました。その席上、私は当時借家難で家が明
渡しにあ
つてお
つたのですが、そんなこんなで非常に忙しいから、高檢にも介在してもらわなければならぬ、のみならず一應私の役目も終
つたようなものだからというようなことを
言つて、形の上で一應遠慮するようなことを申しましたら、たいへんしかられました。家のことは
檢事正が心配してやる。氣の弱いことじやいかぬから、今本はどんどん拡大強化しろ、ことに橋本
檢事の捜査は一個所に停滯しすぎるという批評があるから、とにかく橋本
檢事式にな
つてはいけない。木船個人に集中することはない。木船の供述書は雜駁であ
つてよろしい。上下左右に大いに延ばせ。こういう話があ
つたものでありますから、木船手記を中心にして傍証のかき集めに從事しました。その前に、
檢事正室の四人の
会議の席上に
香取檢事も來られましたので、橋本
檢事に協力して、経済の記録、たとえば明治製糖、日本タイヤー、花園纖維などの記録を祕密に出すようにという話があ
つたのですが、なぜか
香取君は終始一貫その記録を出してくれませんでした。やむを得ず苦心惨胆して、各
警察署の犯罪摘示録を見てまわ
つたのであります。それはどこにあるかわかりませんので、加賀町、伊勢崎町、壽町その他の
警察署を順繰りに繰
つて、犯罪摘示録、俗に犯摘と申しますが、この犯摘をずつと集めるとともに、その当時それらの
事件を担当した、たとえば阿部主任とか、その他の主任の話を聞いて、この傍証を固めて
行つた。そうしてどうしても解明しなければならぬ事案があるのみならず、木船手記にはこの三つの
事件以外の日化工業とか何とか、たくさん十件ぐらい書いてありますので、これらの方もずつとやろうということになりまして、その傍証固めが大体二月一ぱいかか
つたと思います。そういう経過で捜査に從事して参
つたのであります。