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証人(太田耐造君) 承知しました。昨年の六月五日に野見山技官が逮捕されまして、その逮捕された事由は六、七万円で家を修繕してや
つたという事実だ
つたと当時聞いてお
つたのであります。それが直接
日野原社長から家の修繕をして
貰つたというので、そのこと自体が日野野原社長に結び付くようなふうに見受けられたのであります。そこで
日野原社長がそれによ
つて直ぐに取調べを受けるだろうかどうだろうかということが、私共弁護士の
一つの研究材料……私の判断はその
程度のものではあれ程の大きな
会社の社長を檢察廳も召嘱して取調べることはない。今後の発展如何によ
つて召嘱して取調べを受けることがあろうという私の想定だ
つたのですが、その後に六月中旬に同じ商工省の長田課長が逮捕された。それで私の想定は津田課長から或る
程度の
日野原との結び付く事実が出るとすると、野見山技官の問題と合せて一本で檢察廳で召喚して調べるということになるかも知れんというのが当時の私の想定だ
つたのです。合せて一本、そういう想定を人に漏らしてお
つたことがありました。ところが六月二十二日の午後三時頃だ
つたと思うのでございますけれども、この野見山担当の弁護士が私の
事務所に参りまして、野見山が
日野原からたしか五万円だと思いますが、五万円收受したという事実を自供したように見受けられるということを
言つて参
つたのであります。それは直接
警視廳から、或いは檢察廳からその事実を聞いたのじやなくて、野見山がその五万円を何か
知合いの婆さんか何かに託して銀行の銀行員にそれを預けて、月五分ですか一割ですか、何かの利息を取
つて運用してお
つた。まあそれで小遣に当ててお
つたと思いますが、その金が使われてお
つたらしいのです。その婆さんが
警視廳に呼ばれて、その金を出せと言われたということが、今の野見山担当の弁護士の耳に入
つた。そうするとそのことを野見山が自供したに相違ない。だからその情報を知らせるということでその弁護士が見えた。そこで私が一本で、これは
日野原社長が召喚取調べを受けるようなことになるかも知れない、不拘束で取調べを受けるだろう。又二十二日の晩ですから、翌日直ぐ逮捕状が出る、翌日問題になるというふうにも考えませんでお
つたのですが、情報が入
つたものですから召喚されるかも知れんということを
昭電の本社に
行つて日野原とたしか
藤井取締役がいたと思いますが、そこで話をして、一体
眞相はどうなのだということを聞いて見ました。そうすると
日野原氏の態度も何か曖昧でお
つた、はつきりしませんでしたから、これじや召喚されるかも知れないから、大きな
会社の
肥料増産の上においても社長がいなくちや困るのだから檢察廳にお願いして、この
程度のことなら不拘束で取調べて貰うように陳情しようじやないかというふうに私が考えまして、そこでそれじや
一つ弁護士の小人数の会議を開いて、その結果で檢察廳にお願いするようにしよう、そういうことにな
つたのであります。それでその晩に私六時か七時頃だ
つたと思いますが、麻布の幾羅々々という旅館、そこへ松阪先生、黒川先生にお出で願
つて、私も
日野原、
藤井と行きまして、そこで私が今言
つたような
事情を話しまして、両先生が檢察廳に
行つて、召喚されるのは止むを得んとしても、
肥料増産の建前もあるから不拘束で調べて頂くようにお願いしたい、こういうことをお願いしたわけであります。そこで翌日の朝午前中に檢察廳に
行つてその話をしようということにな
つて、その晩両先生は八時か八時半頃にはお帰りにな
つたと思うのでございます。その後私
ちよつと残りまして
藤井氏の
知合いのあの辺の麻布寮と
言つておりますが、そこに
行つて又ビールの飲み直しをして、
事件のそういう話をしながら、私はそこを十時頃だと思いますが、出て、そうして自宅に
帰つて寢てしま
つたのでございます。その晩に翌日午前中に松阪先生、黒川先生に檢察廳に
行つて貰うので、車の手配をしなければならんので、松阪先生のところには、朝九時頃には車を廻わして、黒川先生には私その朝外の
用件で黒川先生に早くお目に掛かりたい要件があ
つたので、朝早く黒川先生のところに八時半までに行くという
話合いにしてお
つた。それで私はその晩二十二日の晩は自宅に十時半頃
帰つてしま
つた。そうしますと、翌朝二十三日の朝六時頃だと思いますが、
日野原が訪ねて來た。家内が出まして
日野原さんが見えたというものですから、痩せた人だろうと
言つて、弟さんが見えたと私は思
つた。そうじやない。でつぷりした立派な人だ。それじや社長が來たのだ。
日野原君が私のところに來たのは、これが最初だと思いますが、そこに出て見ますと、
日野原君がおりまして、実は昨晩遅く情報が入
つた。今日の午前中が危險だというふうな情報が入
つた。そこで朝十時頃に松阪先生、黒川先生が弁護士会館に
行つて、檢察廳に
行つてあの話をされることにな
つてお
つたのでございますが、そういう情報が入
つたから、もう少し時間を早めて、八時半頃弁護士会館に落合
つて、檢察廳に
行つてお話願えないかという依頼に來たのです。それで車も來ておりますから、それじやよいだろうと
言つて、私も直ぐ自宅を
一緒に出た。甲州街道のところに出ましたときに
日野原さんが
自分で降りると
言つて降りまして、私はその車で黒川さんのところに行きました。黒川さんと他の
用件を話しまして、黒川さんと一諸に弁護士会館に行きました。間もなく松阪先生が見えたのです。まだ責任のある
檢事が誰も出て來ていなか
つたので、二十分くらい彼処に待
つたと思います。そこに出射
檢事が來られたのです。松阪、黒川両先生が出射
檢事の部屋に入るのを見て、私はそのまま本社に
行つたのです。本社に行きますと、巡査が張り込んでおるのでございますから、ははあこれは逮捕状が出たのだろうというふうに初めてそのときに的確に知りまして、それから私も
会社の
藤井取締役に会いまして、逮捕状が出たらしいなあ。私はそれじや
事務所に
行つて待
つておるから、黒川、松阪先生も檢察廳の結果をもたらして私の
事務所にお見えになるから、
藤井君も來て呉れと
言つて事務所に引上げた。そうしますと、十時半か十一時頃だと思いますが、松阪先生、黒川先生が私の
事務所に、その前
藤井君も來ておりまして、そこで松阪、黒川両先生が逮捕状が出た。これは一刻も早く出頭させなければならん。それで私もそれはそうだ。賛成です。
藤井君もそうしましようということにな
つて、そうして
藤井君が
日野原君の行きそうな心当りを二、三探した結果、あそこの、重政君のところですか、いるということが分
つて早速
藤井君が迎えに行
つたという状況なんであります。