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中原委員 いろいろな現象もあるかと思いますが、少くとも官廳の調停請求権というものは、相当愼重を期さなければならない。もちろん実際の
運営としてはそうであるという御説明でありましたが、そのためには、やはり一應の
條件がこれにつけられることが妥当なのではないか。実際の
運営はそうでないという御説明にもかかわらず、そうでないこともまた可能であるわけでありまして、そのことがまず
法律からいうと、
一つの
欠陷ではないかと
考えるのでありますが、こういう点については、少くとも
大臣が調停を請求する際には、これこれの成熟した
條件のもとに初めて
大臣の論求権は行使される、こういうことになることが適当なのではないかと
考えるのであります。ことに労資両方の場合で、ただいま特に御強調になられましたように、かえ
つて資本家側の調停に應じない場合の方が多い。これはそういう場合もあるいは必ずしもないとは私も思いません。しかしながら経営者側の方がかえ
つて調停に應じないというような実情の起
つて來るところに、わが
日本の
労働行政が、
労働者を
ほんとうに十分保護していないということを、裏書きするものがあると思うのであります。というのは、爭議が長引けば長引くだけ、経営者側が有利になるというようなことは
ほんとうはあり得ない。しかるにかかわらず、経営者側が有利になるということは、そこに有利ならしめるような
條件が
條件づけられておることを物語るものでありまして、これについては
労働行政の根本的な
一つの議論を必要とすることにな
つて参るのであります。すなわちわが
日本の労働階級が、それだけ不
利益な
立場に制約づけられておるということを意味するのであります。
從つて不利な
立場に制約づけられておる労働階級ならば、なおさらのこと、一應
憲法が
規定いたしましたように、いわゆる労働権を確認すると同時に、
團体交渉権、團体行動権等々の、より一層の保障が必要にな
つて参ると思いますし、ことに基本的な人権の問題についても、一層これを眞実に確保するための
條件が必要にな
つて参ると思うのであります。言いかえると、労働階級の攻勢力というものが、しばしば別の面から制約づけられておるところに、待
つておれば資本家側が有利になるという
條件をつくり上げて参
つておると
考えるのであります。しかしそういう
労働行政の基本的な問題についての議論は、ただいまいたしましてもいたし方ないと
考えるのでありまするが、このことが一應
前提として、この問題についてもお
考えが願いたい。
從つてこのように
労働者の
立場が非常に弱い
條件に押しやられて行くような
立法がなされた場合に、なおさらのこと、ただいま御指摘になられました、経営者側がむしろ應じないという場合が多いというような特殊性を持つわが
日本の労資
関係においては、その
立法はますますその
條件を強化しつつあるということに相なるわけであります。
從つて労資
ほんとうに自由にして対等なる
立場において、すべての事柄が決せられておらないという現実に、なおさら拍車をかけて、これにわくをはめて、労働階級の行動性の自由を緊束するというような
立法の
取扱い方というものは、これは何としても
一つの逆行でありまして、わが
日本の民主主義的な諸
條件の成熟をこいねが
つておる段階としては、きわめて遺憾千万な
法律案であるということを指摘せなければならぬのであります。
さて私はここで続いて伺いたいのは、二十五條に「この章に
規定するものの外、
調停委員会に関して必要な事項は、政令で定める。」とあります。大体政令できめれば非常に簡單であります。いつの場合でも政令で簡單にとりきめられるような構成にな
つておりますが、この政令できめようとする必要な事項についての構想といいますか、大体どういうふうな問題をこの必要な事項の中に
考えておいでになるか、一應腹案がありますれば、その腹案をこの場合伺
つておきたいと思います。