○
上野参考人 全
官公廳職
員労働組合協議会の
上野兼敏であります。ただいまから
昭和二十三年度の
政府職員の
俸給等に関する
法律案につきまして、
参考意見を
簡單に申し上げたいと思います。
賃金とは何ぞやという点につきまして、ただいま日鉄の永野さんからお話があ
つたのでありますが、この点については学説がいろいろあるわけであります。私は、観念的な面からの論爭は避けて、事実の面から、
賃金とはどういうものであるかという点についてお話をして行きたいと思います。まず、
賃金は、われわれが生きて行けること、われわれの
家族を養
つて行けること、われわれが働けること、これが最低限の
要求であるということは間違いのないところであります。また新憲法におきましても、健康にして文化的な最低限
生活を保障するということが、國家の責務として規定されておるわけであります。またその意味合いにおきまして、
労働基準法におきましても最低
賃金委員会という規定があるのであります。さらにマッカーサー元帥の書簡の中にも見られております通り、
政府職員の
待遇というものは、科学的に、合理的に、
生活というものを保障し得るようにしなければならない。この意味合いにおいて
國会並びに
政府というものは、
政府職員に対して保護の責任を有するということが、はつきりとしるされておるのであります。このように基本的な人権を擁護するという
立場から、最低
生活保障への努力というものが、從來の
政府及び
國会においてなされて來たかどうか、また今次の五千三百三十円の
法律案そのものの中に、そうした努力というものが織り込まれておるかどうか、こういう点についてこの法案を檢討してみますと、はなはだ期待はずれの感を禁じ得ないのであります。ことに
公務員法通過に際しましてマッカーサー元帥の聲明にな
つております通り、この國家
公務員法が通過したことによ
つて、
官公吏の
待遇改善の道は開かれたということがはつきりと申されておるのであります。しかしながらこの五千三百三十円の
法律案によりますと、この点は全然なされておらない。いわゆる
政府や
國会の手によ
つて故意に歪曲されてしま
つたのであるという感じを禁じ得ないのであります。從
つてこの五千三百三十円の
法律案というものは、憲法違反の法案であるということを私ははつきり申し上げたいと思います。またマッカーサー元帥の命令違反であるということをはつきり申し上げたいと思います。何となれば、数多くの
政府及び政党というものが、結局マッカーサー元帥の書簡というものを、命令であるというふうにか
つて解釈されたからであります。ことほどさようにこの五千三百三十円の
法律案は、
官公吏の
待遇というものを奴隷化し、
官公吏の地位というものを危殆に陷れたものであります。以下
簡單に
理由を説明いたします。
まず第一に、五千三百三十円は、從來の二千九百二十円
ベース及び三千七百九十一円
ベースと、何ら本質的に異るものではありません。しかるに二千九百二十円
ベースは、これが設定当時、臨時
給與委員会の方針といたしまして、まず第一に、新
給與水準は消費者價格の高騰を十分に
考慮すること、次に
民間企業の
給與水準を下らざること、第三に、物價改訂その他の
事情を十分に
考慮して、技術的に必要な
予算措置を講ずること、ということにな
つてお
つたのであります。これらは何一つとして盛り込まれておらないということが言えます。
次に第二に、二千九百二十円そのものが、一月から三月までの暫定措置であるということであ
つたのであります。しかるに実際は五月までこれを適用いたしたのであります。
第三に、二千九百二十円の中に織り込まれました職階制でありますが、これは五千三百三十円にもそのまま踏襲されております。これは職階制とは名ばかりである。ただいたずらに千六百円
ベースあるいは千八百円
ベース当時の最低
最高の幅、この当時は六、七倍でありましたが、これを十倍に引延ばしたにすぎません。この点については
人事院の六千三百七円の
勧告書の中にも、明らかに今回の職階制というものは、職階制の名に値しないものであるということをはつきりと申しております。
第四番目に、毎月
勤労統計を
資料としておりますが、これは全國
工業平均をと
つております。ところがなぜ全
産業平均をとらなか
つたのであるか。ことさら低
賃金の紡績女工を多数擁しておるような、全國
工業平均賃金によ
つたのであるか、さういう点は作為的であります。
第五番目に、毎月の
勤労統計そのものに脱税のための報告漏れがあ
つたり、あるいは実物
給與が勘案されていないというような欠点を全然無視しております。それで國民消費水準というものを優先的に
考慮するという着眼に欠けておるのであります。
それから第六番目に、
民間との時間差を八分の六・六として
計算したものが、五千三百三十円ではその時間差がなく
なつたのであります。しかも
ベースそのものは高くな
つておらないということが言えます。
第七番目に、
生計費の水準として一應消費者家計
調査を用いておるのでありますが、これは三千五百三十九円、八時間
労働として
計算して五十円何がしの黒字があ
つたということであります。從
つて二千九百二十円では、全然赤字であ
つたわけであります。ところが五千三百三十円
ベースで時間差が少くな
つているのに、
政府計算によ
つても、ますます赤字は増大するという結果になるのであります。
第八番目に、三千七百九十一円の算出基礎にあやまりがあ
つたわけであります。すなわち六月のC・P・Iの騰貴率というものを、少く見積
つておるのであります。それで五千三百三十円ではこの間違いを直すか、補填するかと思
つたのでありますが、この間違いを全然直しておりません。三千七百九十一円の基礎の上に立
つて、五千三百三十円
ベースのものをつく
つておるのであります。
第九番目に、C・P・Iそのものに欠陷があるのであります。たとえばC・P・Iによりますと、これは証人漏れがあり、あるいは報告漏れがあり、あるいは現物交換というようなものが入
つておらないというように、非常に大きな欠点があるのであります。
第十番目に、名目
賃金の騰貴率は、今度の五千三百三十円
ベースにおきましては、一月から八月まで八割増強しておるということにな
つておるのでありますが、
官公吏の場合には、さらに低い七割二分で
計算されております。
第十一番目に、毎月の勤労者
統計からすれば、当然八月から
実施すべきであるにもかかわらず、これを十一月から
実施するということにいたしまして、ますます
賃金の名目化をはか
つております。
第十二番目に、
民間給與の上昇率は放射線を描いておるわけであります。しかるに
官公吏の
給與というものは、放射線を
最高線として、階段線を描いておるわけであります。從
つて放射線と階段線のくぼみというものは、常に
民間賃金より低いという結果になるわけであります。
第十三番目に、C・P・Iの騰貴率というものは、十一月、十二月、ともに五%で
計算されておりますが、昨年の
計算によりますと、九月、十月、十一月の
平均と比較いたしまして、十二月は年末であるからして、結局五〇%もよけいにな
つておるのであります。これを故意に五%というような少い見積りをしておるわけであります。
それから十三番目は、昨年は二・八箇月の
生活補給金を出して、多少ながらいわゆる放射線と階段線のくぼみを埋めておるのであります。ところが今年は、
生活補給金を今度の追加
予算に載せておらないという点があります。
第十五番目に、十一月から
実施するならば当然物價改訂というものを見込まなければならない。たとえば十月には取引高税が課せられており、十一月から主食の値上りがある。また來年の四月から物價改訂があるということがありますので、当然これを織り込まなければならないのに、こうした点を故意に無視しております。
第十六番目に、五千三百三十円のうち二百二十六円
程度のものは、これは寒冷地手当、石炭手当、特殊
勤務手当、そうい
つた財源に食い込まれる可能性が非常に大きいのであります。
第十七番目に、二千九百二十円、三千七百九十一円
ベース当時、すでに支拂わるべきものを支拂わず、
給與不用額として七十七億を計上しておるのでありますが、われわれ
官公吏の
賃金がきわめて低いということは常識にな
つております。
民間の
給與関係者自身も言
つておるのであります。そういうふうな低い
賃金の
官公吏に対しまして、このような余
つた金があ
つたならば、当然支拂うべきであります。
第十八番目に、進駐軍
関係の分を三十億円ほど新
ベースの
予算の中に織り込んでおるのでありますが、この分だけは実質的に
賃金が低下するか、あるいは
首切りの対象となるわけであります。
第十九番目に、
勤務時間を四十四時間に延長するといたしますならば、超過
勤務手当の單價が、從來は百五十二分の一であ
つたわけであります。これが百七十二分の一になる。この分だけ実質
賃金は低下するわけであります。
さらに第二十番目に、
勤務時間の延長によりまして、一箇月二十時間の超過
勤務手当というものが減ることになるのであります。大体
中央官廳の
平均を一時間当り二十円というふうに
計算いたしましても、四百円というものは実質
賃金の減少となるのであります。
第二十一番目に、今回の五千三十円
ベースの
実施に伴いまして、三十万人の行政
首切りというものが予定されておるわけであります。
第二十二番目に、以上の
結論を出しますと、五千三百三十円
ベースというものは、実質的には四千円そこそこの
賃金にしかならないということが言えるのであります。いわばこれはみずからの手足をみずからが食
つておるたこ
賃金であるということが言えるのであります。
以上大体二十に上るところの欺瞞性を指摘したわけでありますが、これをしも科学的であり、合理的であると言うに至
つては、何をか言わんやということになるわけであります。この意味で五千三百三十円の
法律案というものは憲法違反であり、マッカーサー元帥の書簡を命令と解してポツダム政令を認めたものであるならば、まさにマッカーサー元帥の命令に違反した立法であると言えます。
最後にこの五千三百三十円の
法律案を修正いたしました改正私案を申し上げたいと思います。
まず第一に
乙地の
成年男子一箇月分の
生計費を、八月現在税引で四千二百円とすること。從
つて四級の一号のものを四千二百円にするわけであります。さらに一級の一号を二千六百円とすること。第三に、十四級の六号を一万五千六百円とすること。これはたまたま
人事院の十四級六号の
金額と一致します。第四に、一級から七級までを、大体三千七百九十一円
ベース本俸の税引
平均二倍
程度にすること。八級以上を
平均大体一・五倍
程度とすること。かくて上下の幅はちようど六倍になるわけであります。これで千八百円
ベース当時、いわゆる封建的な残滓の入
つてお
つた賃金のときにも六・七倍であ
つたわけであります。從
つてそうした残滓をとりますならば、ちようど六倍
程度でいいかと思うのであります。第五に
家族手当でありますが、これは
理論生計費から算出いたしますと、大体妻は三千円、
子供は第一子二千円、第二子千五百円、第三子一千円とすべきであります。これは
理論的な
生計費を勘案して出したものでありますが、一率に一千五百円
程度としても大過ないと思います。
第六に
地域給でありますが、このようなものはなくしてしまう。それで各
地域ごとに標準最低
賃金を出すということが
理想でありますが、暫定措置といたしましては、この五千三百三十円
ベースの法案の通り、最低
最高の幅を四割といたしまして、五分刻み九段階にすること。この点に賛成いたしたいと思います。第七に
実施の時期でありますが、これは当然八月から
実施すべきであります。
以上私が申し上げました点は、人間として
要求するところの最低限度の
賃金であります。それでこの点につきまして先ほど
財源の問題が取上げられたのでありますが、
財源につきましては、全財労組において
調査いたしております。その結果によりますと、今年だけで脱税が六千億あるという状態にな
つております。また復興金融金庫の貸出——これはいわゆる昭電事件を起しておるような問題の多い
財源でありますが、これにつきましては現在一千億
程度のものが貸出されておる。しかも回收されておるものは一四%にすぎないということにな
つております。また終戰処理費におきましても、これを概算拂いをしておる。これも千億を越えておりますが、そのうち
節約し得るものが五六%にな
つておるのに、何ら
節約していない。これは五六%回收していないという状態であります。
昭和十三年当時、いわゆる日支事変の勃発当時の勤労者の
平均賃金というものは五十一円でありました。この五十一円という
賃金は、皆さんの御承知の通り、有名なソーシャル・ダンピング
賃金であ
つたわけであります。それでアメリカを初め民主的な諸國家においては、きわめて非難の多い
賃金であ
つたわけであります。この五千三百三十円
ベースというものを、その当時の五十一円
ベースに換算いたしますと、わずかに十二円
程度にしかならないという状態であります。それで今度年末調整というものが月末にあるわけですが、これは大体
官公廳の
平均で五〇%ということにな
つております。そうするとまさに六円
ベースであります。これではわれわれは年末を控えて泣くにも泣けない正月を迎えなければならないことになるわけであります。
最後の
結論を申しますと、結局基本的人権の
立場からも、マッカーサー元帥の
勧告の
立場からも、あるいは
人事院の
勧告書の前文の
趣旨からいたしましても、
政府並びに
國会は、
政府職員に対する保護の責任を今こそ眞劍に考えていただきたいと思うわけであります。昭電事件であるとか、石炭國管事件、あるいは兵器処
理事件、あるいは政党献金事件というように、昨日までわれわれが團体交渉をしてお
つた相手は資本家階級に結びつきまして腐敗堕落しておる。不勉強であり、不熱心である。また非常に党利党略を行
つておる。われわれの
生活を党利党略の手段にしておる。あるいはけんか口論をする。あげくのはては小菅入りをするというような状態でありましては、われわれとしては信頼することができないわけであります。
最後にもう一度申し上げますと、ともかくわれわれは八月現在、六
條件づきの七千三百円の
法律案をつく
つてもらいたい。二番目に最低
賃金法を作成してもらいたい。三番目に
民間賃金事情及び
官公吏の
生活難から、当然
生活補給金を——一昨年は二箇月分、昨年は二、八箇月分出ておる。從
つて今年はそれ以上のものを、どうしても出してもらわなければならないということになるわけであります。第四番目に
政府職員に対する保護の責任、こうしたものを果さずして、閣僚を初めとする特別職の者が歳費の値上げを行おうとしております。これは六月に遡及するということでありますが、
官公吏の
待遇改善も当然それならば六月に遡及すべきであります。しかも値上げの率はわれわれが一・三二倍であるのに、彼らは一・六倍とな
つております。当然
政府職員の
給與というものも七千三百円を出して、少しも多過ぎるということはないわけであります。
最後に五千三百三十円の
法律案は
結論といたしまして違憲立法である。マ元帥の命令違反である。從
つてこの立法を見合せるということを私は衷心より希望いたす次第であります。はなはだ
簡單でありますが、これで終ります。