○伊藤修君
只今議題になりましたところの両案につきまして、委員会の経過並びに結果について御
報告申上げます。
先ず
政府の提案
理由につきまして少しく詳細……
政府の提案
理由を簡單に申上げて置きたいと存じます。
裁判官の報酬につきましては、
憲法及び裁判所法の規定に基き、
昭和二十二年四月十七日、第九十二帝国議会におきまして、裁判官の
報酬等の應急的措置に関する法律が定められ、同年五月三日から施行せられたのでありますが、この法律はその名の
示しておりますように、裁判官の
報酬等につきまして、終戰後におきまする国内の不安定な経済情勢に鑑み、應急的措置として一應の定めをなしたものでありまして、本年一月一日からその効力を失うことにな
つておりましたのであります。併しながら経済情勢は、その後も依然として安定するに至らなかつたので、第一
国会及び今
国会におきまして、二回に亘りまして、この法律の有効期間が延長せられて参りましたが、去る五月二日を以て、この法律も満了することになりましたので、これに対し、何らかの立法的措置を講じなければならなく
なつたのであります。然るに最近におきまして、外資の導入、賠償の
見通し、その他等によりまして、我が国の産業、経済も漸く再建の曙光を見るに至り、
一般の
政府職員の給與は、この程公布せられました
政府職員の
俸給等に関する法律によりまして、平均月收二千九百二十円の新
基準で体系付けられることになりましたので、この際裁判官の報酬その他の給與につきましても、これに対応して、その職務の特殊性と重要性とに鑑み、職階制を加味した新
基準による給與を定めることにいたした次第であります。
民主
主義国家における司法の職責の重要なことにつきましては、今更申上げるところではありませんが、新
憲法下におきましては、裁判所は旧
憲法下の裁判所と異なりね広く一切の法律上の訴訟に関する裁判権を有するのみならず、法律、命令、規則又は
処分が
憲法に適合するかしないかを決定し、又訴訟手続等に関する規則を制定する等の広汎且つ重要な権限を與えられておりますことは御
承知の
通りでありまして、而も終戰後の社会的、経済的、混乱、動揺の中に処して、
国家再建のために、法的秩序の確立を維持する司法の任務の至高にして且つ緊要なることについては、今更申上げるまでもないことでありまして、このことは、その任に当る裁判官に、人格識見共に高邁であ
つて、而も法律的素養豊な適材を得て、而もその人が何ら後顧の憂なく、その職務に精励することによ
つて、初めてこれを望み得るのであります。然るに飜
つて我が國の
現状を見ますると、現在裁判官は
一般の日常生活は極めて困窮し、道義頽廃せる現下の社会環境の下において、窮乏に堪えつつ清廉よく身を持し、激増の一途を迫る諸案件を処理して、よくその任務を果しておるのでありますが、その職務の重大且つ高貴なるに反し、その報酬は
余りにも乏しく、日々高騰する物價の波に押流されて、経済的最低生活を維持することすら困難な状態にありまして、或いは職に斃れ、或いは病床に臥して回復せず、或いは生活難のため心ならずも職を他に転ずる者等が相次ぎまして、昨年中のみにても
退職者は百十三名を数え、現在における裁判官の欠員数は実に三百十名の多きに達しておるのであります。これは誠に憂慮いたすべきことでありまして、これは裁判官が高き職務を担いながら、而も
余りに報酬が乏しく、絶えず経済的窮乏に煩されると共に、これを
現状のまま放置するがごときことは、民主
主義国家の国民として誠に恥ずべきことと存ずるのであります。新
憲法が裁判官の報酬について特に規定を設けておりますことは、誠に意義深いことでありまして裁判官の担う重責と使命とを
考えますならばその報酬が少くとも裁判官の威信を保持するにふさわしい生活を保証するに足るものであるように定めることは、国民の義務であると信ずるものであります。よ
つて裁判官が、
一般官吏に比し高い報酬を受くべきは当然でありまして、最高裁判所の裁判官は国務大臣と同等の報酬を、又その他の裁判官はこれに準ずる報酬を受けるのが
相当であると信ずるのであります。米国及び英国の裁判官が、他の官吏に比して特に高い待遇を受けておることは御
承知の
通りであります。併しながら
国家財政窮乏の
現状におきましては、今日直ちに米国又は英国に比肩し得るような高い裁判官の報酬を定めることは不可能でありまして、又
政府職員全般の給與体系との調和をも顧慮しなければなりませんので、この法案におきましては、これらの
事情をも考慮して裁判官の報酬の額を一応別表の
通り定めたのであります。この金額と雖も、物價指数及び生計費指数及び所得税率の
変動等を勘考して、これを戰前の俸給と比較するときは、決して十分のものではなく、むしろ尚乏しいものであることは御了解を願えることと存ずるのであります。この法案は裁判官の報酬の額を定めた外、その支給方法や報酬意外の給與の規定などを定め、尚その施行に必要な経過規定を定めたものであります。
以上が裁判官の
報酬等に関する
法律案の提案の
理由でありますが、検察官の
俸給等に関する
法律案の提案
理由も略々右申上げました裁判官の
報酬等に関する提案
理由と大同小異でありまして、即ち、検察官は準司法官的性格を持
つておりまして、その職務の重要性は裁判官の職務と劣らんものがある。かような見地からいたしまして、その他生活上の
事情、いろいろな点は、
只今申上げました裁判官の提案
理由と大体において似ておるのでありまして、これは速記録に譲りまして、省略いたさせて頂きたいと存じます。かような
政府の提案せられましたところの本法案の
理由は、すでに当司法委員会におきましては、第一
国会の半ばにおきまして、この提案
理由と同様な趣旨の決議をなしておるのであります。即ち裁判官、検察官、裁判所職員、刑務官、これらの人が身を挺しまして
国家再建のため、戰後におけるところの治安維持のために、日本の法治
国家維持のために、民主
主義国家再建のために
努力しておられることは、他の
一般行政官も同様でありましようけれども、取分けこの面におきますところの
相当職員の
努力というものは、日常現れるところの犯罪事実、係争
関係、
從つて全刑務所におけるところの過剰拘禁等から察しましても、如何にこの仕事の増大しておるかということは、思い半ばに過ぎるものがあるのであります。かような見地からいたしまして、
只今政府提案
理由に申しておられるがごとき趣旨の決議をいたしまして、速かにこれらの司法官に対する、或いは検察官に対し待遇改善を図るべきことを決議いたしまして、以來当司法委員会におきましては、事あるごとにこれを強調いたしまして、
政府を鞭撻して参つたのであります。然るに恰もこの委員会の決議に対しましての回答とも称すべき大
法律案が提案されましたことに対しましては、当委員会におきまして、又参議院全体の空気からいたしまして、私は非常に満足するものであると存ずる次第であります。かような趣旨におきまして、司法官の待遇に対しましては、全幅的にこれに賛成の意を表しておる次第であります。
然るにたまたまこの多年希望して参りましたところの司法官の待遇が、一応解決したと安心する途端におきまして、全司法官、全検察官の二陣に分れまして、いわゆる司法官と検察官の待遇平等論というものが起
つて参つたのでありまして、これに対しましては誠に司法委員会におきましても、非常に苦痛を感じまして、慎重
審議を重ねた次第であります。即ち司法官は
憲法上におきまして、その報酬は特別にこれを定められておる、
相当なる報酬を受くべきところの趣旨を
憲法の上に明文を以て定めておる。
憲法は、司法官に対しましては、特別の地位を、高き地位を望んでおるということを
主張し、故に司法官に対しましては格段の地位を與えなくてはならん。又職責上からいたしましても、從來は民事裁判、刑事裁判、さような司法事件にのみ限られておりました。ところが新
憲法下におきましては、行政裁判は勿論、その他の事項に対しまして、非常なるところの廣汎な権限を與えられまして、凡そ法律上の争いというものは、すべて裁判所においてなされなくてはならんということになりました。殊に
憲法及び
憲法の解釈及び法律命令、その他
処分に対しますところの最終的の
憲法の解釈権というものが裁判所に與えられた。かような点に鑑みましても、その職責上の権限というものは、過去におけるところの裁判官に比べて著しく拡大されておるのでありますから、この点におきましても、検察官とは異な
つて、裁判官は高き地位にこれを待遇しなくてはならんというのが第二点でありまして、第三点といたしましては、任用資格が、いわゆる裁判官は二年の修習を経まして、十年の職務の経験を経、然る後改めて判事として任官せられて参
つて行くのであります。いわゆる判事となるのには、十二年間の職務の経験を要するということになる。この点におきまして二年の修習を経て、直ちに検事となるところの検察官との地位はおのずから異らなくてはならん、というのが、第三点であります。さような趣旨からいたしまして、その他の細かい
理由もありますが、大体におきまして、さような趣旨から行きまして、いわゆる検察官と裁判官というものは、その待遇を異にしなくてはならんと、かような議論が非常に強く検察方面、裁判所方面、両方から出まして、検察官におきましては、いわゆる待遇は平等にしなければならんという強い
主張が繰り返されて参つたのであります。裁判所の方におきましては、これは不平等にしなくてはならんと、こういう
主張が強く
主張せられて参つたのであります。我々といたしましては新
憲法下におけるところの、この司法の運用の上におきまして、
憲法が少くとも裁判所というものを高く引上げたいと、高くこれを待遇したいということの理念に立
つておるということは、十分了承できると思うのです。又その他の
理由から
考えましても、今後におけるところの我が司法権の在り方といたしましては、検察官より一段高くこれを待遇しなくてはならん、さような機構に持
つて行くことを理想としなくてはならん。かような見地からいたしまして、原則といたしましては、検察官と、いわゆる司法官との差を何がしかここに認めまして、そうしてその機構の今後の在り方の理想を
現実に
はつきりとここに確定する必要を認めておつたのであります。たまたま衆議院司法委員会におきましては、さような見解の下におきまして、
政府原案は平等に提案せられて参つたのでありますが、それを千円の差を付けまして、即ち東京及び大阪の裁判所長官は一万九千円というふうに差を付けまして、その他の長官については一万八千円というふうに千円の差をつけまして、その間におけるところの、いわゆる検察官とは異なるものだということを
はつきりと、この別表の上において確立せしめたのであります。さような
修正案を受取つたところの当参議院の司法委員会におきましては、
只今申上げましたような見地からいたしまして、この衆議院の
修正に対しましては賛成の意を表した次第であります。
併しながらここに一つ問題として残されるものは、然らば現在の司法官としての在り方はどうか、これは御
承知の
通り、学校を出まして、そうして司法修習を経、齊しく検察官といい、裁判官といい同じ道を辿
つて参りまして、今日までの司法の運営に、表裏相俟
つて日本の法律を維持して参
つて來たところの重大なる職務を果して参つたのであります。これらの人が、從來は裁判官、検察官の人事の交流もせられておつたのです。或いは弁護士もこの交流の中に含まれまして、いわゆる司法一元化ということが、今日までは
一般原則的に常識的に申されておつたのでありますが、くだいて申しますれば、從來は判事という言葉によりまして、常識的に同様にこれを
考えておつた、これは
國民の常識であつたのでありますが、かような次第でありますから、今日まで共に同様にその職務に当
つて参つたところの判事及び検事が、ここに格段に差を設けられるということは、その情において忍び難いと共に、日本の全検察官の著しく士気を阻害するということは、これは想像できるのでありますが、殊に有能な人でありまして、
相当な待遇をしなくてはならん、長官よりより以上の待遇をしなくてはならんというような人々が沢山あり得ると思うし、これらに対しまして、この人々を少くとも來月から格段の差を設けて、下に待遇するということは、これ亦検察陣営運営の上におきまして、大きな支障をもたらすことは、申すまでもないことでありますが、又先程申上しましたところの任用資格はアメリカ、英國のごとく弁護士を十年やり、検事を十年やつたその者から裁判官を任用するというならばいざ知らず、今日におきましては共に歩いて参つた者が、ここにおいてその人物に差を付けるということは、これ亦任用の
現実論には合わないということになるのであります。如何にしてこの
現実と我々の
考えておるところの理想をマツチせしめるか、この点に対しましては委員会におきましては、皆様と共に十分に研究いたしました結果、我々は飽くまで今後におけるところの司法官の在り方というものは、前言申上げましたごとく、理想的にこれを確立せしめ、而してこの
現実をよくこれにマツチせしむるために、本件案の、いわゆる検察官の
俸給等に関する
法律案の附則第九條におきまして、「当分の間」という枠を設けまして、而して「特別のものに限り」と、この二つの枠を置きまして、そうしてこれらの人々に対しましては、一万四千円まで支給し得ることを附則として定めた次第でありますが、この附則で定めましたところの気持は、そのときにおきまして
修正の提案
理由として申述べられたところの趣旨といたしましては、八高等検察廰管内、元の
八つの控訴院所在地及び横浜、京都、神戸、この十一ケ所の所在地の検察官で、特に優秀な人を職務上どうしても待遇しなくちやならん、而して勤続年限その他の点を十分勘案いたしまして、どうしても一万四千円を以て待遇しなくてはならんという人々を、この特別規定で以て
救済し得るという條項をここに挿入いたした次第であります。かようにいたしまして、理想と
現実とを調和いたしましても今日の過渡期におけるところの司法運営の全きを期しようとした次第であります。
尚検察官の
俸給等に関する
法律案の第一條ですが、第一條に「
國務大臣の例により」、という字があります。又裁判官の
報酬等に関する
法律案中に、第九條中「
國務大臣の例に準じ」、とこうあるのでありますが、これはいわゆる高等裁判所長官及び高等検察廰の検事長、これ等を「
國務大臣の例により」、と、こういうふうな表現の仕方でありまして、これは
政府におきましても、当時いわゆる認証官の
俸給等に関する
法律案というものが提案される運びにな
つておりましたけれども、未だそれが具体的に議会に提案するに至らなかつたのでありますから、表現方法としては非常にまずいのでありまするけれども、「
國務大臣の例により」、という文字で以
つてその法律を表
示しようとしておつたのであります。併しながら今日におきましてはいわゆる認証官の
俸給等に関する
法律案が、
内閣総理大臣等の俸給に関する
法律案として当院に回付されて参つた次第でありますから、今日におきましては、このまずい表現を改めまして「
内閣総理大臣等の
俸給等に関する法律の例により」、とかように改めた次第であります。かようなことは法文の文句上、恰も
國務大臣と同等に待遇するというような誤解をも防ぐ意味におきまして、かようにその指定する法文を明確にいたした次第であります。
又裁判官の
報酬等に関する
法律案中第十條の
修正でありますが、これは法文自体によりますと、最高裁判所は
将來経済上の
変動によりまして、それがスライドして、最高裁判所が勝手に、任意に、自由に、司法官の俸給を上げることができるという規定であるのであります。かような規定ができたゆえんのものは、当時大蔵省におきまして、
一般官吏に対しましていわゆるスライド制を採るというような腹案があつたのでありまして、その腹案が成立するものということを基礎にいたしまして、この十條というものが設けられたのです。若しかような
政府の方針が、いわゆる今後におけるところの俸給に対しましては、すべてスライド制を採るというならばいざ知らず、然らざる場合におきまして、ひとり最高裁判所のみに対しましてこのスライド制を許すということは、日本の
予算すべての点に対しまして一大変革を來すゆえんのものでありますから、事小なりと雖もこの法案中この原則をここに表現することは、我々今日の情勢下におきましては拒否しなくてはならん。かような観点からいたしまして、この十條中の「裁判所は」ということを改めまして、別に法律で定めると、いわゆる俸給を上げんとする場合におきましては
國会の同意を取れ、而して支給する。こういうふうに改めた次第であります。
以上四点の
修正案は、当委員会におきましては各派協同提案によりまして、満場一致以て
修正案
通り可決いたした次第であります。
修正案を除くところの原案に対しましては、勿論原案
通り可決すべきものと決定いたした次第であります。以上簡單ながら委員会の経過を御
報告申上げます。(
拍手)