○井伊誠一君 ただいま議題となりました
刑事訴訟法を
改正する
法律案について、司法
委員会におきまする
審議の経過並び結果の概略を御報告いたします。
まず、提案の
趣旨を申し上げます。本案は、日本國
憲法の
実施の伴いましてその根本理想である基本的人権の尊重の線に即應するように、刑事手続を全面的に
改正する必要から提案されをのでありまして、七編五百六箇條から成り立つ、すこぶる厖大な
法案であります。以下、本案の
内容を概略的に申し上げますが、本案は、
憲法に現われておる英米法的刑事手続の長所と、大陸法的刑事義の長所とを調整統合したものでありまして、
改正の要点は、第一に、公訴の提起が提訴状一本と
なつた点であります。従来のように、捜査記録や証拠を裁判所に公訴と同時に
提出することは全然禁止し、も
つて裁判官に予断を抱かしめないように、裁判官をして公判廷及び被告人には全然白紙をも
つて臨ましめるようにしたことであります。
第二に、徹底的公判中心主義をとり、なかんずく、第一審の公判が名実ともに全手続の中核的構造とな
つておる点であります。事実及び証拠の取調べは、第一審において全力をあげて丁重になされ、検察官及び被告側は、原則として、この一戦という態度をもつだ真剣に攻防を盡すのであります。
第三に、被告人が原告官なる檢察官と対立する当事者として、その地位を高められた点であります。被告人はこ有罪判決があるまでは無罪の推定を受け、当事者としての地位が十分に認められることに
なつたのであります。すなわち、從來のような証拠をとるための被告人尋問劇度は廃止せられ、これに代
つて黙秘権が認められまして、終始黙
つておることもできようになりましたので、従来のように自白を偏重し、自白を強要するあまり、人権蹂躙に陥りやすかつた弊は、断ち切られのであります。また権利保釈の制度が認められ、あるいはクロツス・エサザミネーシヨンを運用し得るように
なつたことな
ども、その現われであります。
第四に、控訴審が
現行法と異なり、いわゆる事後審、すなわち第一審判決の当否を判断するものと
なつた点であります。
第五、いわゆる人権蹂躙事件、刑法の百九十三條から百九十六條まで、すなわち職権濫用、暴行、凌虐の罪に関する檢察官の不起訴処分に対しては、管轄
地方裁判所は告訴告発者の請求により、その事件を裁判所の審判に付することができるように
なつた点であります。
以上がが
改正の要点でありますが、本案は、五月二十六日当
委員会に付託されましたので、同月二十八日以後二回にわた
つて、
政府に対し提案理由及びその細部に関する説明を求めた後、若干の研究準備期間をおき、いよいよ六月四日から、当
委員会は全委員をあげてこの厖大な
法案と取組み、日曜日にも出勤するまでにいたしまして、ほとんど連日熱心な質議を重ねてまいつたのでありますが、その詳細は会議録に譲ることにいたしまして、今質疑應答の重要なもの若干を御披露いたします。
第一点、まず施行期についてでありますが、これだけの大政草が行われているのに、わずか半年の準備期間をおりいて來年一月一日から
実施することができるかとの
質問に対し、
政府から、新
憲法施行とともに重大な改革をした應急
措置法の貴重な経験に徴し、十全は言いがたいが、來年一月一日から
実施し得ると思う、なお、施行法等関係法規の
整備及び人件費、
物件費等の
予算は、来るべき議会の劈頭に
提出する予定である旨の
答弁がありました。
第二点、人権擁護の立場から新たに設けられた主任弁護人制度及び弁護人の数の
制限につき、重要な
質問が行われました。その詳細は省きますが、結論的に申しますと、この点につきまして、後に申し上げますやうな各党共同の修正案が
提出せらるることに
なつだのであります。
第三点、身柄を拘束する勾留の條件として、犯罪の嫌疑のほか、留置しなければならない必要條件を規定しないことは、人権蹂躙の弊を生ずることになりはしないか、また、一旦拘束してから解放するということでなく、初めから不当拘束が起らないようにするためにも、留置條件を付する要があるではないかとの
質問に対し、
政府から、本案においては、身柄の不拘束と自白強要禁止を建前とするから、勾留の必要がないものを勾留することはあるまいが、かりにあつたとしても、権利保釈、勾留の取消、勾留の執行停止等により十分救済し得ると思う旨の答案ありましたが、これに対し委員から、権利保釈が有名無実にならぬように法文の上に明確にする必要があるとの希望的
意見の開陳がありました。
第四点、科学捜査の用意についてでありますが、被告人の当事者としての地位が高められ、被告人に黙秘権が認められた結果、科学的捜査の裏づけが必要であると思うが、その用意いかんとの
質問に対し
政府から、犯罪捜査は無電からといわれるほど無電装置の必要性を痛感するのであるが、全國の檢察庁に無電装置をするには二百五十億円の
経費を要する、現下の
國家財政では、残念ながら実現困難である、國力の回復に従い、必ず実現してみたいものである、また、科学捜査を担当する犯罪科学研究所は国家会安
委員会の所管するところと
なつたから、これらの
施設を引用して第一線検察職員の訓練に十分注意していく旨の
答弁がありました。
第五点も裁判のスピード化のため速記制度を認めよとの希望的
質問に対し、
政府がら、將來は職員に速記術を習得せしめて、公判調書は速記によることにしたい、しかしつ、それが実現せられるまでの間、被告人側からつけられた速記をいかように取扱うかということは問題であるが、それは最高裁判所のルールに譲
つて、なるべくこれを援用し得る方向にも
つていきたい旨の
答弁がありました。
第六点、国民主権の立場から、一般行政や警察教育には、いずれも
國民の参加が認められているのに、裁判に
國民参加の制を認めなかつたのは何ゆえかとの
質問に対し、
政府から、立案の際陪審制度も十分考慮したのであるが本案
実施のためだけにすら裁判官、檢察官合わせて数百名を要し、さらにその他の職員を合わせると数千人を要し、廳舎等の設備も現在の倍を要するような次第である、この大改革をやる際であるから、陪審も
実施したいのであるが、国家
財政の現状からしては、梅も櫻も一時に咲かせることのできないのはまことに残念である、國力回復の日を期して実現したい旨の
答弁がありました。
最後に第七点として、控訴審をいわゆる事後審と改めた点について、人権擁護の観点から最も活発心論議が行われたのであります。委員側から、統計によれば、
昭和九年から十六年まで八箇年間の控訴事件は年平均七千八百八十四件で、うち第二審判決の結果軽く
なつたものが年平均二千百七十五件で、すなわち三一%は刑の量定不当ということにな
つている、また、
昭和十一年には死刑二十五名のうち四名の生命が、同十五年には死刑十二名のうち二名の生命が控訴審で救われている、現行の覆審制度は、十分にその偉力を発揮している、ところが本案によれば、控訴に審おいては被告側から第一審で
提出できなかつた新しい証拠が
提出できないことにな
つており、控訴審がおろそかになりはせぬかとの
質問に対し、
政府から、從來のような複審制度をとると、どうしても第二審の公判に重点がおかれ、第一審はおろそかになりがちで、指摘せられるような結果も現われると思うが、本案の第一審においては、当事者は全力をあげて攻防をこの一戰に集中することになり、二回戰、三回戰と、同じことをだらだら繰返えすことがないので、事実や証拠は第一審に出盡すことになる、ただ神のわざでないから、誤りなしとしない、それで、控訴審は複審ではないが、第一審判決の当否を判断するために、職権で刑の量定不当及び事実誤認の事由を取調べることができるようにな
つている、つつまた第一審で調べなかつたことが記録上明らかとな
つている証拠は、控訴審においても取調べを請求することができるから、
現行法と異なり、控訴審がまるで逆になり、おろそかになるという
心配はない旨の
答弁がありました。
かようにいたしましてほとんど全委員から熱心な研究と論議が展開されまして、昨三十日、各委員の本案に対する
意見も確定的段階に達し、各党から共同して修正案が
提出せらるるに至つたのであります。その
内容の概略を御披露いたしますと、実態的真実発見と人権擁護の観点から、第三百九十三條第一項に但書として、第一審弁論が終る前に取調べを請求することができなかつたことが疏明されますと、新しい証拠も控訴審で取調べの請求ができ、控訴審はこれを取調べなければならぬ旨の規定を加えたのであります。その他は、主任弁護人の制度及び弁護人の数の
制限は裁判所の規則に譲る旨、公判調書は遅くも判決宣告までにこれを整理する旨、権利保釈の消極條件として罪証隠滅をすると疑うに足りる相当の理由がある旨の修正及び第三百四十三條後段の誤解を除くためにする修正等でありまして、これら修正に対する理由は、すでに質疑のところで述べられた点に盡るのであります。
次いで討論の際、各党委員から前述の共同提案のように修正することに賛成
意見が述べられた後、採決の結果、全会一致をも
つて修正議決せられた次第であります。なお岡井委員から修正案が提議せられましたが、賛成者少数のため否決せられたのであります。
次に、
人身保護法案の
審議の経過並びに結果を簡單に御報告申し上げます。
日本國
憲法が基本的人権の尊重をその根本理想といたいることは申すまでもないことでありますが、この基本的入構のうち最も素朴的であり、しかも最も卑近切実な身体の自由につきまして、
憲法は全文百三箇條のうち、第十三條、第三十一條、第三十三條及び第三十四條等四箇條を割いて、これが規定に充てているのであります。從來の大陸的明治
憲法と異なりまして、国家の最高法規、根本法の中に、身体自由を保障する、詳しい、厳格な、手続規定的な條文を、数箇にわた
つて設けられましたことは、一見不可思議、奇異に感ぜられるかもしれないのでありますが、日本國
憲法のこの態度こそ深く反省せられ、また十分に理解されなければならぬのであります。すなわち、日本圃
憲法は明治
憲法と異なり、身体の自由の保障をば単純なゼスチュアや看板とすることなく、これに対する政治の実践意図を闡明したものにほかならぬものと考えられるのであります。
ところで現在、身体の自由を奪うところの不当拘束を断乎排除して、迅速かつ容易に自由身体を回復する手段方法は設けられていないのでありましてただわずかに事後的賠償等、きわめて、消極的制度が設けられているにすぎないのであります。過去の民権圧迫、人権蹂躙の苦い経験を再び繰返されないように、すなわち日本国
憲法の前述の意図を実践に移すために、人身保護の黄金律ともいうべき英米のヘービアス・コーパスの制度を範として、本
法案が
提出せらるるに至つたのであります。
本
法案の
内容の概略を申し上げます前に、まずこの法制が、従来の理論的大陸法から経験的英米法へ移行する典型的なものであることを御注意願いたいのであります。
内容を御紹介いたしますと、第一に、この人身保護の請求に対する救済は、すごぶる強力なものであります。なすわち、いやしくも現に不当に自由を奪われている場合には、それが官憲の公権力によるものであろうと、私人、殊に團体の実力によるものであろうと、自由剥奪の急場を救い出してもらうために裁判所に申し出て、速やかに身柄の解放を要求するこにができるのであります。いかなる強権力、いかなる暴力的実力による不当拘束に対しても、敢然として救いの手が差し向けられるのであります。
第二に、人身保護の請求は、ひとり被拘束者のみならず、何人からもできるのであります。たとえば、監獄部屋に連れこまれ、あるいはボス的存在によ
つて拘留せられ、あるいは精神病者として監禁せられている場合には、多くは被拘束者みずからこの請求をなすことができないであろうと思われるので、被拘束者の親族、知人その他の伺入からもこの請求ができることにな
つているのであります。
第三に、この請求は簡單にかつ容易にできるのであります。まず請求は、書面または口頭で、拘束者の氏名、拘束の事実及び拘束の場所、これだけのことを明瞭にし、その疏明費斜を附け加えて申し出ればよいのであります。申出受ける裁判所も、この請求を容易ならしめるために、廣く管轄が認められております。また、この手続は疏明という簡單な方法によ
つて進められ、裁判も迅速にしなければならぬことにな
つているのであります。但し、不当拘束に名をかりまして濫訴の起りますことを防止する手段も講ぜられているのであります。
第四に、裁判所は一應取調ベがつくと、現に抑留拘禁している拘束者に対し被拘束者を裁判所に連れてきて拘束の事由を説明すべき旨の命令が発せられます。人身保護令状とは、この命令のことをいうのであります。この人身保護令状に違反しますと、拘束者は逆に勾引勾留され、制裁を受けるのであります。しかして人身保護の請求が理由ありと認められますと、被拘束者の、判決の確定を待たないで、即時解放されるのであります。
さて、原案が当
委員会の予備審査に付せられて以来、懇談会を継続して慎重な
審議檢討を重ねましたところ、さいわい当
委員会の論議が参議院における本案
審議に反映し、原案はこの線に副
つて全面的に修正せられ、面目を一新して送付せられたものであります。
質疑のおもなものは、いわゆる不当拘束、すなわち
法律上正当の手続によらない拘束の意義及びその適用問題、この人身保護請求事件の性格問題、最高裁判所のルールの限界問題等でありました。いずれも重要な問題でありますが、いささか専門的にわたりますので、これらを省略いたります。
かくて、
委員会においては質疑を省略し、討論採決の結果も全会一致をも
つて本案を可決したのであります。
以上をも
つて報告を終ります。(
拍手)