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細井證人
兵器処理の問題で
最初に話を受けましたのは、
はつきりと日附を
記憶いたしませんが、九月の末か十月初旬であ
つたと思うのでございます。そのときに鉄鋼統制会の会長をしておられました日鉄の社長の渡邊義介さんと、
日本鋼管の重役をしておられました渡邊政人さんとが
鉱山局長のところにお見えになりまして、実は第八軍の
バラード大佐から、
兵器処理について
政府の直営でやるのはおもしろくない、
民間の手で迅速活発に
処理する必要があると言われておるんだが、これの進め方についてどうしたらいいだろうかという話をも
つてこられたと
記憶いたしております。そのときに私どもは直接第八軍から
日本政府に対してお呼び出しを受けて、そういうような御
指示なり御
相談があ
つてしかるべきだと思
つたのでありますが、何分終戰当時のことでありまして、
政府が司令部なり第八軍
方面にどの
程度の信用があるかわからぬときでありまして、おそらく
バラード大佐は
日本政府にそういうことをやらせるよりも、
民間のものに早く
処理をさせるのが必要ではないかというようなことで、そういうサゼツシヨンがあ
つたものと思
つたのでありまして、その点は多少遺憾なことであるというふうに表明したのでありますが、しかしさりとてこの
仕事を
政府の手によ
つて責任をも
つてやれと言われても、手足をもたないことでもあるし、なかなか困難な
仕事でございますので、あるいは
バラード大佐のサゼツシヨンのようなやり方がその当時のやり方としては一番早くうまくやる方法になるのではないかということで、結局そういう次第であればわれわれといたしましては
官廳側としてもそのやり方に協力しなければなるまいということで、早速その線に沿
つて準備の打合せをしようではないかということで、十月初旬にその話がありました後早速、場所が当時ございませんでしたので、三越の上にありました鉄鋼統制会の
会議室を使いまして、その進め方の準備の会合をいたしたと
記憶いたしております。そのときに
バラード大佐とこちら側との話合は
日本鋼管の
小松さんが当
つておられるということでありましたので、
小松さんの御出席をお願いいたしましていきさつを伺
つたのであります。その結果、これは実力をも
つた業者に実務を
担当してもらうたのが、一番実行の上においていいのではないかということで、鉄鋼
関係といたしましては、日鉄と
日本鋼管に大体や
つてもらえば、全國的にそういう破碎、解体、輸送等の実力もあることでございますから、迅速にいくのじやないか。その
処理をいたしましたものの処分問題は別といたしまして、作業自体は日鉄とか
日本鋼管にや
つてもらうのがよいじやないかということで話がまとま
つたのでございます。同時にこの問題は航空機
関係の軽金属の
関係も、
バラード大佐の話によりますと、あるようでございましたので、これは
非鉄金属部門の方でひとつ適当な
担当者を
選定してもらおうじやないかということで、その後
非鉄金属課で
関係方面と打合わせられた結果、後にな
つてきまりましたように、古河電氣と住友金属、それから神戸製鋼の三社が選ばれたのであります。この選び方につきましては私どもは直接タツチいたしておりませんが、そのとき準備の打合せをいたしましたときにはいろいろ心配がございまして、私どももいろいろ心配したのでございますが、一つ問題になりましたのは、こういう
仕事が、一位迅速活発にやるということはよいといたしまして、非常に経費のかかることでございますので、これを解体処分いたしまして、これによ
つてどういうコストでも
つてその
仕事ができるか、また出たものの処分あるいはスクラツプの処分等を考え合わせまして、どの
程度これが赤字を出さないでやれるかということについては非常に疑問があるというので、場合によりましてはこれは國家的な
仕事であるから國家の補償ということも考えなければならぬじやないかということを心配したのであります。そのときいろいろ
意見も出たのでございますが、飛行機とか、高射砲等についております附属品も一括して
日本側に渡されるということでございますので、そういうようなことでただちに有利に処分できるものもあるんじやないか、そういうものと、非常に解体等の困難な作業を伴うものにつきまして、それをスクラツプとして活用する場合につきましても非常に不利な状況になるものもございますので、この有利な條件で
処理できるものと、不利な條件で
処理するものとを合わせてや
つてみて、どの
程度に赤字を出さないでやれるかどうかということが大きな疑問であ
つた。その点がいろいろ
関係者から
意見が出たのでございますが、一應私どもといたしましては、それを明らかにするために何か特別会計のようなやり片でこれを経理したらどうか。はたしてこれが黒字になるか赤字になるかということは、や
つてみなければわからないことで、ほかの
関係と混同してはいけないから、特別会計のようなやり方で明らかにしてやることが必要じやないかということを指摘しまして、大体そういうような線で行
つたらどうかということ、もう一つは軽金属部門と鉄鋼部門と比較いたしますると、鉄鋼部門の方は明らかにマイナスが多いのでございまして、從いまして軽金属と鉄鋼とを別々の
委員会なり、あるいは別々の経理でやりますと、鉄鋼部門が損するのではないか、
從つてこれは両方一本にしてプール計算でやるのが望ましいのではないかというようなことも私どもは申したのでございます。それから
委員会といたしましては、第八軍との
関係から一本の
委員会にいたしまして、
あとは軽金属と鉄鋼とは内部的に部門別にこれを実行していくというのが望ましいのではないか、そうして八軍との交渉の
関係等も一本で的を一つにした方がよいじやないかというので、とりあえず
從來から第八軍といろいろ交渉の世話をや
つていただいておりました
小松さんに——これは
日本鋼管の方でございますが、同時にこの方は
経済團体の役員もしておられましたので、そういうような資格において、ひとつ一本でや
つてもら
つたら
向うとの
関係はぐあいがよいのではないかというので、準備を進めてもら
つたのであります。その結果大体の
方針をとりまとめてまい
つたのでありますが、同時に別途司令部の方から特殊物件の
処理に関するメモランダムが出ているということがわかりましたので、それとこの廃
兵器の
処理と、どういうふうに結びつけるかということが問題になりまして、その点を檢討いたしました結果、解体
兵器の
処理に関する件というような一つの
要綱にまとま
つたのでございますが、その
要綱をまとめまして、たしか十一月の一日だ
つたか、初めに第一回の
委員会を開いたというような経過にな
つております。そういうような次第で、私どもといたしましては、その
委員会をつくり上げることまで私どもの
仕事といたしまして、タツチしてまい
つたのでございます。その後この
仕事は実際の面において相当
監督を要する
仕事がありますので、
商工省といたしましても、單に需要
官廳である鉄鋼課とか
非鉄金属課でそれをや
つてお
つたのでは十分な
監督ができないというわけで、特に総務局に整備課というものを置かれまして、これに
兵器処理班という班を置かれまして、
大堀という
事務官がその主任として任命されたのでございますが、その方の手によ
つてこれの実務の
監督を一元的にや
つていく、そうして
内務省等と十分な連繋をとりまして、
商工省側のやるべき
責任をと
つていこう、こういうようないきさつにな
つたのでございます。その後その第一回の
委員会を開きました以後は、そういう
仕事は総務局の手に移りましたので、私どもといたしましては、一應その方に
仕事が移
つたというような
関係で深くタツチせずに進んでまいりまして、私は一月の始めに他に轉勤いたしましたような次第であります。