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公述人(栗原修君) 暫く御清聽を頂きたいと思います。申上げる迄もなくこの
昭和二十二
年度の
一般会計の
補正予算は九百二十一億でありまして、当初
予算の千百四十五億と合せると二千六十六億円ということになるのであります。それで單に
補正予算のみならず当初
予算と
補正予算を通じまして、全体の
豫算について收支の
均衡を保持しておる、こういう状態にな
つております。のみならず普通
歳入予算におきましては、
歳出予算よりも四十八億円超過しておるわけでありまして、これは当初
予算において
金融再建補償金の
財源の一部として予定した
公債收入四十八億円を埋め合せる。そうして両方通じて
赤字がない、こういうわけになります。その
財源としては普通
歳入については増税をやる。又新税を起す。
煙草の値上をやる。こういうことをや
つて増收を図りますと共に、人件費と
物件費について約一割を節約した。これが大体の筋道でございます。この大きな
赤字なしの、又本
予算の
赤字までも埋合せをしたというこの
予算は、その量の厖大なる点におきまして
國民経済に及ぼす影響は頗る重大であります。
インフレの防止の基礎として
予算通りの執行が成功するかどうかということは、これは更に重大なる結果を斎らすものであると思うのであります。今後いろいろの関係で
歳出の面は節約することはできない。困難である。却
つて追加予算でも出るのじやないかということが予想されておる際におきまして、
歳入の面というものがどういうふうに行くかということがこの
予算の成功するか否やの鍵であると存じます。私はこの際としては問題を極めて限局いたしまして、普通
歳入、就中普通
歳入の大宗であるところの
租税收入について暫く考察してみたいと思うのであります。そこで結局
租税收入が果して予定
通りにいけるかどうか、又
仮りにそれが
收入を挙げることができたとしましても
國庫の
歳入歳出の瞬間的の調整がうまくいくかどうか、こういう問題があるのであります。
租税收入が得られますならば
予算の執行の基礎が築かれますが、
予算の予定の
收入が得られなければ
歳入に欠陷が生ずる。これは申す迄もないのでありますが、ここで收支の
均衡を失いまして、健全
財政というものは崩壞する。又
租税收入を得られましても、この
歳入歳出の時期的の調整というものが十分に得られませんと、この大きな
財政支出の影響というものは必らず
インフレーシヨシの進行に重大なる影響を生ずるのであります。先ず
歳入の点といたしまして第一に所得税のことを申します。この所得税は
補正予算におきまして二百五十六億円の増收を見込んでおります。所得税法の改正案はすでに國会に提出されておるのでありますが、この大体の要点は給與所得に対する控除額の引上、扶養親族の税額控除の引上であります。これで相当の減税になるわけであります。又七万円以上の者に対しまして税率の引上を行ないまして、これで増收をするということが、所得税改正の骨子でありますが、併し内容をよく見ますと、
補正予算に出ておりまする所得税は、私の推算によりまするというと、増税より減税の方が多いのであります。大体所得税の改正によりましては、税が減るのであります。
從つて補正予算外の上において二百六十五億円の増收を見込んでおるというのは、これは自然増收であると私は思う。でこれは誠に大難把な話になるのでありまするが、
國民所得から一應見て見ますと、当初
予算の編成の当時におきましては、
國民所得を三千無乃至四千億まあ四千億ぐらいに見ておつたのじやなかろうかと思うのであります。
補正予算の編成当時におきましては九千億と、こういうことを言
つておるのであります。これは私が調べたわけではありません。大体
政府その他の調べに基いて申上げるのでありまするが、そう言
つておるのであります。
仮りに当初
予算の編成当時
國民所得は四千億であるといたしますというと、その当時見積つた所得税は四百十三億であります。一割三厘に当るわけであります。
補正予算の編成当時九千億と抑えておるのでありまするが、この所得税は御
承知のように
予算課税でありますけれ
ども、結局來年の一月には実績課税になるのであります。
從つてこれを年を通じて、本
予算と
補正予算との
合計額である六百六十九億円、これが所得税でありますが、これがつまり本年の実績課税になるわけであります。そうするとこの割合を取
つて見まするというと七分四厘強に過ぎません。勿論この
國民所得という計算がどういうものであるか。或いは信用が置けないものであるかどうか知りませんが、とにかくこういうような状態にな
つておるのでありまして、通じますというと、その所得税の割合というものは減
つておるのであります。勿論この所得の分布状態であるとか、或いは所得階級の変動によりまして
國民所得が所得税において、そのまま同率で現われるとは言えませんけれ
ども、こういう推算が正しいといたしまするならば、この
補正予算で見たところの所得税の増收というものは、そう見込が過大であるとは申されんと思います。然るに現在におきまして、この
收入が確保し得るや否や、これに疑念が生じておるのであります。これは一体なぜであるか、私はいろいろその理由があると思いますけれ
ども、先ず二つ理由があると思います。一つは、所得税が実質上甚だしく負担の過重を來たしておる。こういう点であります。それからその次は、所得税の申告納税
制度、これはこの春に税制の改革が行われまして、申告納税
制度というものが採用されたのでありますが、この成績がよくない、現によくないという点であります。この二つの点は、現下の
経済諸
情勢と生活の窮乏と相俟ちまして、脱税競争の現象を現出せんとしておるからであると私は考えます。実質上の負担の過重というのは、要するに
インフレ下におきましては、所得の増加というものが
貨幣價値の下落に
原因しておるのであります。又多くの場合におきましては、今日の所得の増加率よりは
物價の
騰貴率の方がむしろ上廻
つておる、こういうような状態でありまして、実質所得というものは減退の一遂にあるとい
つても差支ないのでありますが、それにも拘わらず所得税におきましては改正税法案におきましても、基礎控除は四千八百円の据置きである。又税率も据置きであります。又据置きばかりでなく七万円からは税率を
引上げておる。こういうことでありますから実際上におきましては基礎控除は据置きであるというけれ
ども、それは基礎控除を引下げたことに等しくなる。又税率は据置きであるとい
つてもこれは税率を
引上げたことになる。
引上げました分については無論過大なる
引上げになる。こういうわけでありますから実質上この
インフレ下におきましては、こういう改正でありますと負担は意想外に増加しておる。もう一つは、所得税の課税の仕方に累進率適用の所得区分というものがある。これが今度の改正案によりましても從來
通り残されておる。或いはこれを細分して、そうして從來
通りの税率を適用する、或いは
引上げた税率を適用する。こういうふうにな
つております。
從つて貨幣價値の下落した今日におきまして、名目的の数量というものが著しく増大しておるに拘わりませず、この累進率の適用所得区分というものが旧態依然たるものでありますから、適用の区分を維持するというそれ自体が税率の
引上げにな
つておる。これが大きな税に圧迫を加えておるのであります。又この実際の社会活動から見まして、産業活動から見まして、
事業所得の
方面を考えて見まするというと、この
インフレによ
つて得たところの益金というものが、その後の
インフレの昂進によりまして、その後に起
つて來る
インフレの昂進による分の方が値段が高くなる。或いは元賣つた設備なり、商品なりというものは買入れなり、或いは仕入れたりするには余計の金を出さなければならんということになりまして
インフレの昂進下におきまして、
事業というものは却
つて縮小する。或いは元の
事業を維持するようなことであれば、借入金を増大しなければ維持ができないといような結果になるのであります。然るにも拘わらずこういう場合におきましても益金に対しましては高率な所得税が課せられる。これで
事業をや
つておりまするものにもなかなか苦痛が甚だしいのであります。先申しました一つの場合は、これは生活基準に食い込む結果になります。又二の場合は、実際上の負担の重圧になる。三の場合は、
事業が縮小するか、結局は亡びてしまう。衰亡するということを
意味するのでありまして、これらにつきましては税制改革に当
つては私は考慮すべき問題であると思うのであります。ところでいずれも終戦後の
経済の混乱の中におきまして、自己の生存権を擁護するために、或いは
事業の経営上必要であるというために、いわゆる道義が低下すると言いますか、道義に顔をそむけて、民主主義ということに対しましては頬冠りしておる。そうして脱税競爭が現れるということにな
つております。それから次に、
歳入の確実性ということに対して懸念を持たれまする点は、今年行われました税制改革によ
つて採用した申告納税
制度が甚だ不成績であつたという事実であります。この所得税の自主納税というのは、今までの税法を全く変改したものでありまして、今までの税務のやり方というものは、申上げるまでもなく
政府が決定いたしまして無論納税者の申告というものはありますけれ
ども、
政府が決定いたしまして、
政府が納税令書というものを出して、その令書によ
つて國民が納めて行くのであります。ところがそれを全然廃めまして、自分で所得を計算して、そうして自分で納税令書というものを書いて、郵便局なり、
銀行なりに持
つて行
つて納めるのであります。税務署とは一切関係ないのであります。こういう非常に高い理想に基いた民主的な税法がこの春行われたのであります。ところがそれが、六月初めに、第一回の申告の時期があつたのでありますが、その申告の成績によりますというと、全國におきまして、予定税の二割にも満たなかつた、これが実情であります。その後予定申告は八月にあり、十月にあつたわけであります。この時期におきまして、予定の申告、或いは前の申告の修正をしたところの修正申告、こういうものがあつたのでありますが、これは数字的に詳しいことは私まだ存じませんけれ
ども、大してよくな
つていないということは事実であります。
從つて当初
予算の四百十億円の約八割程度の額というものが持ち越されて、段々に來ておるわけでありますから、それへ持
つて來て、今度の
補正予算の二百五十六億というものが加わるわけであります。この五百億円以上の所得税というものは、今後において踏襲されなければならんということになるのであります。そこに問題があるのであります。この多額の所得税見込額は、今まで持ち越されて來ております。十月は納税の時期でありまして、もう年内には納税の時期はないのであります。來年の一月に一回しか残
つていない。そこでこの大きな所得税をどうや
つて取るのか。これはもう納期は來年の一月一回しかないのでありますから、納税者の修正申告を求めるといたしましても、もう
余りその時期は何回もないわけであります。併しこの納税者の修正申告を求めるか、或いは
政府が更正決定をするか、これより外に道がないのであります。併し申告については、
只今申上げたように、來年の一月一日しかない、残
つておりません。又
政府が更正決定をする、或いは
政府決定をするということにいたしましても、その時期であるとか、或いは徴税の技術の上からいたしまして、どうしても時間的なずれが出て参ります。今年はもう納期がありませんから、假りに
政府が更正決定をいたしましても、その
收入というものは、來年の一月からぼつぼつ現われる。又一月の確定申告によ
つて出て來るものは、來年の一月から二月頃までに納ま
つて來るというわけであります。それは改善されないで見込の二割くらいしか入らないということになると、又そこに
政府決定をしなければならん。そうするとその
政府決定による
收入というものは三月になるか、四月になるか、段々にずれて参るのであります。のみならず
政府が
一般的の
政府決定なり、更正決定なりをするということも相当の摩擦を生ずるということを覚悟せんければならんと思うのであります。望ましいことではないのであります。又かかる
一般的の権力の発動、徴税権の発動というものは、先程申しました民主的な所得税の精神に反するのであります。この自主納税の精神に破綻を來たす結果になるのであります。こういう手段に出ることもできるだけ避けなければならんのであります。又必らずしもこのやり方というものは
簡單に行われない事情があると私は思います。併しながら何しろ
年度末までには非常に時間も短かいのであります。そういう手段に出ずる外はないと存ずるので、あります。無理であることも明瞭でありますが、そこに
歳入確保の上に非常な赤信号が出ておると私は思います。私はこの税法の建前から見ますというと、どうしても
國民が
國家財政を十分認識して、そうして税法を理解して、この高い理想を持つたところの自主納税というものをみずから完遂して、そうして健全
財政に協力するという用意を持つような政策を採らなければならんと思うのであります。先程申しましたように六月の申告納税の成績は非常に惡かつた。併し卒直に言いますというと、この春の税制改革に対しまして私
どもは
政府の用意が十全だつたとはいえないと思うのであります。勿論
國民の用意も欠けておつたと思います。今日におきましても税務署から納税令書が來ないからまだ納めておらんというようなことを申す方が少くないのであります。つまり税法の精神というものは
國民はちつとも分
つていない。徹底していない。況んや自分で納税令書を書いて、郵便局に持
つて行くのだというようなことにつきましても、どういう手続をするのだ、どういうふうに書いたら宜いのだというようなことも、そういう卑近なことも少しも分
つていないということを、どうも私
どもは卒直に申しまして感ぜざるを得ないのでありまして、こういう状態でありますから、私はこの
インフレ防止をなすための組織となるべき健全
財政を
國民が守るということでありますならば、この際
國民的の納税運動を起すべきではないかと思うのであります。
次に間接税の徴收のことを考えて見まするに、これは
煙草の値上と相俟ちまして
大衆課税であるという問題を起しております。私は最近の
國民所得が特別の例外は別といたしまして、比較的に、
一般的に平準化しておるこの現状、又
経済界の混乱によりまして
経済界の秩序が十分に整
つていない現状におきまして、或いは所得税の納税階級と目せらるる階級が脱落しておる。こういう事情は可なりあると思うのでありまして、一概に
大衆と申しましても、直ちに抽象的に一括した
大衆とい言葉で以て決めらるべきような、
簡單な
経済情勢ではないと存じます。
從つて大衆の生活基準に食い込むどころか、
大衆の購買力を吸收するという
意味におきましても、この間接税の税制改正は是認せらるべきものであると私は思
つております。実情に即したところの方針をとることが、却
つて課税の適正を得る所以であると私は思います。その間接税の高率なるがために、関係
事業の経営に影響があるとい
つてもそれは今日の
情勢から見まするならば止むを得ないと思います。併しやはり問題はここにあるのであります。即ち御
承知のように間接税の税率というものは、相当高くなりましたから、これに誘惑されまして、ここにも脱税競爭いうものが起らんとしておるということが、
歳入徴收上一抹の懸念を與えておると思います。私は
租税收入の確保につきましては、前に申しましたように時間的に且技術的に非常な窮境に追い込まれておると思いますから、
租税が十分に取れるかどうか、一体健全生
財政ですけれ
ども、
租税が取れるかというようなことは、これは確かに問題でありまするけれ
ども、取れるということは、今日の民主的な税制におきましては
國民、納税者が自分で出すということでありますからしでいこれは他人事としていうべきことでは、私はないように思うのであります。この点は徴税
機関の拡充ということは非常に問題にな
つてくるのです。私は必ずせんければならぬ問題だと思いますけれ
ども、
國民もこれを理解するような
國民的な運動を起すことも、これは必要なことであろうと思うのでありまして、その必要を申しますのはそこにあるわけであります。併し
國民運動と申しましても、
只今申しましたように税法の民主主義ということは、非常に高いところの理想からきておるのでありまして、これは
國民文化が相当高度化しなくては行われないものである。殊に今日のように
経済の混乱した時代においてこれを行うということは非常に困難なことであると思うのでありまして、この
國民運動も一時的の運動では到底成功は覚束ない一つの力を持つた強力な、且恒久的な運動を行
つて行く必要があると思います。ただ併し差当り本
年度の健全
財政が成功するかどうかという、この差当りの問題としては、そういう高い理想を実現するということでなくして、
財政に対して
國民が関心を持ち、
租税法の理解に努める。こういう方策を講じますとともに、手続等につきましても十分周知せしむるところの手段を講ずる必要があると思うのであります。次に
租税收入がかくのごとき状態でありますから、
國庫の收支の
均衡ということは、私は相当破れておるのではないかと思います。丁度幸いに
只今川北日銀副総裁が数字的に申されたのでありまして、私もここにそれを伺
つておつたのでありますが、正にかくのごとく相当
均衡は破れておるのではないかと、感じたのであります。で、先程も数字を挙げて申されましたように、本年の所得税その他の
租税收入というものは、予定から甚だ少いのでありますからして、
國庫の撒布超過というものが相当大きくなる。これが年末にさしかか
つて現われてくるのでありまして、而もこの
政府の撒布超過というものは、年末におきましては、吸收率が惡いために非常に残存するという傾きになる。ここに
日本銀行劵の増発が行われまして、
インフレに拍手をかける、こういうことは見え透いているのであります。で、今度の所得税の改正にいたしましても恐らくこの
收入が來年の一月から三月頃、或いは四月にな
つて漸く入るのじやないかと思う節もあるのであります。非戰災者特別税は税法に決めてありますように、來年の一月これが納期にな
つておるのでありますが、この申告納税なり、或いはその他の税が成績が惡くて、これに対して
政府が
政府決定をする。更正決定をするということになると、三月には間に合わなくて四月になる。私は四月には相当の大きな
歳入を見込んでおると思います。こういうふうな関係でありまして、成る程理窟から申しますというと、來年の一月から三月までの間においては、相当所得税も非戰災者特別税も取れるから、
政府資金の撒布超過というものは取り返せる。こう一應はなるはずでありますけれ
ども、併し今から年末に掛けて、又春に掛けての兌換劵の増発、
財政資金の壓迫というものが、そこに大きい現われまして、
インフレーシヨンの大きく影響を及ぼすのではないかと思うのであります。この
危險が非常に大きいのでありまして、私は先ほど申しましたように、所得税にしても取れるのではないか、
歳入の方におきましても、そう缺陷を生じないでもできるのではないかと思うのでありますけれ
ども、現実の問題として、かような状態にな
つておる。私は
歳入歳出の調整ということにつきましても、大いに警戒を要するかと思うのでございます。いずれにしましても、本年はなかなか間に合いませんけれ
ども、この民主主義の税制というものは、もう少し
國民に徹底をして、
國民が
租税というものに対して、
國家財政というものに対して、もう少し関心を持つという強い運動を起して、そうして
財政危機を救うということでなければいけないのではないかと、かように存ずるのであります。これを以て終ります。