○佐藤尚武君 本八月十五日を以て我が國の民間貿易再開が許可されたのであります。この機会におきまして、我々
参議院といたしまして
連合國側の並々ならぬ
好意の表現に対して
感謝の
決議をしたい。こういう考から我々発案者において
決議案を提出した次第でございます。その案は先程参事から朗読を以て御
報告をいたしたのでありまするが、何分取急いでおりましたために印刷も間に合わず、
諸君の手許には廻
つていないのであります。そこで重複の嫌いはございますが、私から今一應この
決議案の
趣旨を御
説明申上げる前に朗読いたしまして、
諸君の御考慮を願いたいと考えるわけであります。どうぞお許しを願います。
民間貿易開始並に貿易基金設定に対する
感謝決議
予て
日本國民生活の実相を正確に把握せられ且つ公平に判断せられているマツクアーサー元帥は、連合軍の最高指揮官として、連合各國の政策をして、
日本國を平和主義の理想の下に復活、再生せしめる為めに、人道的なる指導並に政策の実現に
努力せられつつあるのである。既に第二回南氷洋捕鯨の許可並に食糧の大量放出等
國民生活にと
つて極めて有効適切なる処置を講ぜられている。しかも、連合軍
当局の指示により、この日八月十五日を期し、民間貿易への途が開かれ、且又貿易基金設定の措置をも講ぜられ、我が國が國際経済の一環に加えられたことは、洵に新生
日本の前途に希望の光明を点ぜられたものというべきである。勿論、この施策が急速に大衆
生活の安易を齎らすものでないことについては深き内省を要し、今後全
國民の自主的な
努力に、まつもの頗る多大なりというべきである。しかしながら講和條約の締結に先だ
つて、將來平和
世界に伍し、漸次恥ずしからぬ平和愛好
國家たるに絶対に必要な國際経済への参加を、かような早い段階において許容せられることは、
日本再建に対する並々ならぬ
好意の表現と申すべく、我が
國民等しく心からなる歓喜と感銘を禁じ得ないのである。
ここに連合諸國に対し衷心より
感謝の微意を表明すると共に、我等は
終戰滿二年の日を迎えたるこの機会において、
ポツダム宣言の良心的履行に引続き
努力する決意を有するものであることを宣明する。
右
決議する。
只今片山総理大臣より重要な
報告をこの壇上からせられたのでありまして、それは
諸君においてお聞きの通りに、この日五億にも上る貿易上のクレジツトを設定する許可を連合軍最高指揮官
マツカーサー元帥から與えられたということでありました。このクレジツトの意味がどれだけ大きな役割をなすものであるかということにつきましては、私から喋々申すまでもなく、すでに総理大臣の御
説明の中に詳しく出ている次第であります。誠に我が國の將來に対しまして慶賀おく能わざるところのものでござります。先般來貿易再開の問題に関しましては、六月十日附の
マツカーサー元帥の声明によりまして、その大要を知ることができたのであります。八月十五日を期して民間貿易の再開を許可する。勿論それにはいろいろな條件が附いておりまするが、とにかく
日本が現在までの管理貿易から一歩を進めまして、そうして民間当業者間の自由な商談を成立させるというところまで参
つたのであります。このことは
日本再建の將來にとりまして、大きな意味を持ち得るものであろうと考えられます。勿論これはその
マツカーサー元帥の声明の中に元帥みずから
言つておられるごとく、
部分的な解決であ
つて、全面的な貿易上の問題の解決ではない。全面的な、つまり完全な解決は、講和條約の締結後に持つべきものである。併し條約締結前な能う最大限の措置が即ちこれである。こういう意味のことを
言つておられますが、私は正にその通りであ
つて、占領下の
日本といたしましては、これ以上のことを望むわけには参らんと考えておるのであります。すべては講和條約締結後に待つべし。而してまだ講和條約が成立していないに拘わらず民間貿易を再開せしめるという、そういう手段をとられたことに対しましては、
連合國としても最大の
努力をされたに相違ないと見受けるのでありまして、よしんばそれが
部分的の解決でありましても將來性を持つものであ
つて、つまり
日本の貿易の將來がこれを基礎として発表し得るということだけは、何人が見ても明らかなところであり、これ即ち我が
日本にとりまして大きな意味を持ち、且つ又
國民全般が非常な喜びを以てこの
マツカーサー元帥の声明を受けたのであります。(
拍手)ただその声明を見たときに、
國民はどちらかと言えば單純な考えを以
つて、これで貿易が再開されるのであるという喜びを無條件に発表したかのように見受けられました。その後漸次落著きができて考えて参りまするというと、或いは
日本國内には今生産が極めて縮小してしま
つておる。輸出しようにもするだけの物資がない。商品がない。これでは折角貿易の再開、民間貿易の再開が許可されるにしても、それだけの実果を挙げることはないだろうかという心配がそろそろ出て参りまして、そうして一部にはむしろ悲観的な論さえ行われるように
なつたのであります。輸入が伴わなければ
日本國内において輸出に向けるべき商品を作ることはできない。これは無理からんことであります。然るに民間貿易の再開と申して、この八月十五日以後、四百名に上る当業者が外國から來られることに
なつたのでありますが、その
人々は
日本國内における商品、つまり輸出向けの商品を見付けるためにや
つて來るのではなからうか。却
つてこの人
たちに
日本の貧弱な実情を見せて、そうして失望を招くのではなかろうかということも考えられるのでありまして、輸入の伴わない、つまり資材の、原料の輸入の伴わない輸出というものは、極めて貧弱なものしかあり得ないわけであります。そこで原料の輸入ということが重要視されて参
つたかのように私には考えられるのでありまするが、これをいかにすべきか。
日本には原料を買うだけの資力もなし、管理貿易の結果も余り現在までのところ思わしくないように聞いておりまするし、いかにして原料を輸入し得るかということが実際大きな問題であ
つたに相違ないのであります。然るに果然
只今片山総理から発表せられました通りに、
連合國側においては非常な無理をされても、尚且つ
日本にある金その他の宝石類を合せまして、それを基礎として輸入に当てるべき資金を蓄積することを許可されたということになりました。これで初めて我々は輸出にも目鼻がついて來る。
日本の産業もこれによ
つて與り、これによ
つて輸出に充つべき品物を作ることができるというように考えられて参
つたのでありまして、即ち六月十日においてなされました
マツカーサー元帥の声明が、ここに立派に生きて來ることに
なつたのであります。これは
日本國民にとりましては正に大きな喜びであらねばならんのであります。併し我々といたしましては、この際是非反省しなければならんことが多々あろうと
思います。輸出の途が開けたといたしまして、それで全部が解決するというわけのものでは決してないのであります。成る程輸出の途が開けたとは申せ、依然として管理貿易であるには相違ございません。本当の意味の自由貿易までに進むにはまだまだ先のことであろうと思われます。併しながら管理貿易の時期が過ぎて、或る日が参りましたならば、それはやはり当業者間の自由意思で以て成立ついわゆる自由貿易が再開されるであろうと考えられまするし、又是非そこまで
日本は
努力しなければならんと考えるのであります。その時のことを私は今から申上げるのでありますが、自由貿易とい
つて、何でも彼でも安くて良い物さえ作ればどこにでも出て行く。又し得るものであるというように考えるのは、これ又私は非常に行き過ぎておると思うのであります。それは輸出貿易をなすに当りましても、第一の心構えは、
日本人といたしまして、平和的な、國際協調的な、漸進的な、そういう考えを以て外國との通商を開かなければならん、こう考えます。実はこの問題につきまして、私は
日本にとりまして誠に不幸な実例を目のあたり見ておりましたから、改めて
諸君の前にこれを申上げて、そして
諸君の御一考をお願いしたいと思うのであります。それはまだ日華事変などの起きない前、
昭和九年頃から十年、十一年頃にかけての話でありましたが、
日本の商品が非常な勢を以て、海外に進出してお
つた時代のことを申上げるのであります。当時は
日本の國力も充実しておりましたし、又海外市場の開拓という問題に関しましても、当業者は非常な勢を以て、又熱意を以てこの開拓に当
つたのであります。
日本の商品はとにかく安い。到る処にその販路を見付けることができ、殊に綿布類、雜貨類のごときがそうでありました。遠くはアフリカの内地、南阿方面、今まで
日本の商品が入
つたこともないような所まで非常な勢を以て進出して
行つたのであります。綿布のごときは正にその尖端を参りました。而して市場の開拓に身を以て当
つておる若い商人の人
たちに当
つて見まするというと、正に当時で申しますると爆彈三勇士のような意氣込を以て、そして南阿、アフリカの瘴癘の地まで飛び込んで行
つて、そして市場を開拓してお
つたのであります。その人
たちの決意たるや正に涙ぐましいものがあ
つたのは事実であります。併しながらその人
たち若しくは
日本の当業者
たちは、
自分たちがそれだけ突進して行けばどこまでも開拓し得るということは知
つてお
つたけれども、相手方が又これに対應するだけの防禦手段を講じ得るということを知らなか
つたのであります。
昭和の確か九年であ
つたかと
思いまするが、或いは十年でありましたか、ロンドンで紡績業者の会合がございました。マンチエスターが
日本商品の進出によ
つて非常に損害を受けた当時でありまして、日英両國の当業者が集ま
つて世界の市場に対して協調をしようということに
なつたのであります。
日本からも著名な当業者が出て参りましたが、併し交渉は成立せず、そのまま未解決に終
つて散会をしたのであります。私は丁度その時分パリーの大使をしておりまして、その当業者が帰路パリーを通りました時に会
つて話を聽いたのでありまするが、いかにも突進的でありました。相手方の利益、相手方の事情等には一切目もくれず、考慮に入れることを肯んぜず、そして
日本の品物を安くさえやればどこにでも進出し得る。
日本の品物の販路にのみ力を注いだかのように見えたのでありまして、私はそういう政策は極めて危險である。世の中はすでに自由貿易の時代から離れて保護貿易の時代に移
つておるということを知らなければならん。保護貿易が善いか惡いか、自由貿易でなければならんかどうかということは別問題として、実際の世相はそうな
つておるということをあなた方は考えなければならん。從
つてこの交渉が纏まらなか
つたとすれば、相手方は必ずや自家防衞の手段を講ずるに相違ない。而もその打撃を受けるものは先ず
日本の商品であるということを私は申したことがございました。果然その後一年か一年半を過ぎまして有名なオツタワの帝
國会議となり、イギリス本國並びにドミニオン間の互惠優先的協定が成立
つて、
日本品は殆んど完全に駆逐されてしまうということに
なつたのであります。これが又今回の戰爭の遠因をもなしたということに
なつたと私は感じております。今後來るべき自由貿易の時期に入りまして、我々は再び前轍を踏むようなことがあ
つてはならない。こう私は感じまするが故に、長々しく
只今の御
説明を申上げた次第であります。
我々はどこまでも
ポツダム宣言の
趣旨に則り、
世界の平和、國際親善、國際協調、そういう精神で行かなければならんのでありまして、これは單に國際政治上の問題ばかりでなく、國際経済上の問題におきましても同じことでありまして、國際協調主義で行かなければならず、即ち相手方の事情をよく理解して、そうしてその間に我の主張との間に協調点を求める。それが即ち経済事情における國際協調主義であると私は信じます。それならば各國共安心をして
日本と取引を継続するわけであります。これでなければ私は
日本の將來というものはあり得ないと感ずるのであります。この点即ちこの
決議にもあります通りに、この民間貿易の再開が全部を解決するのでなくて、そうしてその間には深い内省を要する問題であるということを書き加えましたのは、その意味でござります。とにかく併し今回の措置が我が國をして平和的な國際
生活の中に一員として加えられる素地を作
つたということだけは爭うべからざることでありまして、これは又平和條約締結前にそれがなされたということにおいて、我が全
國民は大きなる喜びを感じ、その点において
連合國軍総司令官である
マツカーサー元帥に対して心からなる
感謝を表示するものであります。元帥はすでに先程も述べました通りに、我が國の國情をよく洞察せられまして、そうして
國民生活そのものを健全な方向に向けて行くことに対して、完全なる理解を持
つてお
つて下さると私は了解するわけであります。連合軍の最高指揮官としまして、そうして
連合國の國策を、我が國に対する政策を、
日本の平和主義の理想を復活し、
日本をその意味において再生せめるという方向に多大の
努力を続けて下す
つたのであります。すでに南氷洋捕鯨の問題におきましても、去年に引続き又今年も第二回目の出漁の許可も與えられております。これは我が國にとりまして、蛋白質並びに脂肪分の獲得において非常に大きな意味を持
つておるということは、
諸君疾くに御存じの通りであります。又我が國は食糧の問題において極めて窮迫した事情の下にあります。すでに米の産地であ
つたところの昔の台湾、朝鮮からの主食の輸入の途が絶えました今日におきまして、國内においていかに
努力をいたしましても食糧の絶対量において不足しておるということは、これ又爭うべからざる事実であります。而して自由な貿易が許されていない今日におきましては、又こういうような占領軍の占領下にある
日本といたしましては、どうしても不足分に対しては占領軍の考慮を請わざるを得ないような情ない、実は情ない状態にあるのであります。食糧を外國に乞う。憐れみを乞うというようなことは、一國としてはむしろ恥ずべきことであるに相違はございません。平常の状態におきまして言うならば、
日本は断じてそういうことはなさなか
つたでありましよう。併し占領下の
日本におきましては自由に輸入するということもならず、又資金の点においても、
敗戰の結果外國から十分の食糧を持
つて來るという力もなし、ここにおいてやはり占領軍の特別な考慮をお願いせざるを得ない状態にあるのは、誠に我が國といたしまして遺憾なことであります。こういう事情をよく洞察されまして、すでに度々食糧の放出を連合軍側としてはしておられたのでありますが、最近におきましては殊に大量の放出を許可せられまして、これによ
つてこの八月、九月等の危機をどうやら凌ぎ越すことができる目鼻が附きまして、
國民一同心から一息ついた、ほつとしたというような氣持でおります。これは
諸君疾くに御存じの通りでありまして、又この点において我々は連合軍総指揮官のとられた措置に對して深甚なる
感謝の意を表する次第であります。本日は八月十五日、あたかも
終戰後滿二年を経た記念日に遭遇いたしました。誠に意義ある日であります。
ポツダム宣言の履行を受諾したその日であります。我々はこの機会において再び心を新たにして、そうして
ポツダム宣言の良心的履行、完全な履行、これを是非共やらなければならんということをここに誓う次第であります。我が國が再び
世界場裡に乗り出しまして、そうして
世界の一員として受け入れられるということのためには、どうしても一旦與えた約束、即ち
ポツダム宣言の受諾というそのことは、完全に履行しなければならんのであります。これが先決の前提であります。申すまでもないことではありまするが、併しややもするというとこの宣言の内容を忘れてしま
つたり、忘れることもありますまいが、これを重要視することを忘れてしま
つて、ややもすればその履行が完全でないことを恐れるのであります。私はこれだけは是非共やらなければならん。そうでなければ、列國が我々を
平和國家として又信義の國として受け入れることができないのでありまして、いつまで経ちましても、我々は依然占領下に置かれ、いつまで経ちましても我々は講和條約の締結、そうして講和條約の締結なるものは國際信義に基ずくものでありますが、講和條約の締結まで漕ぎつけ得ないという悲惨な状況に置かれるものと私は恐れるのであります。でありまするからして、是非共この
ポツダム宣言履行という約束だけは、できるだけ早く、又できるだけ完全にこれをなし遂げなければならんのでありまして、ここにこの日を迎うるに当りまして、私はこの
参議院が再びその良心的履行を誓う。確認するということが是非必要であると心得る次第であります。これが即ち今回貿易再開の又根本をなすものであることは、先程一言申した通りでありまして、ここに心を新たにし、誓いを又新たにするということは、決して徒ら事ではないということを確信しておる次第であります。
以上が私共
提案者といたしましてこの
決議案を提出した
趣旨でございます。どうぞ
諸君の御賛同をお願いする次第であります。(
拍手)