○
鬼丸義齊君 今
囘靜岡刑務所におきまする
暴動事件の
調査のために、岡部、齋兩君、竝に私と泉專門
調査員相携えまして、去る二十一日に
靜岡市に參りまして、翌日の二十二日から
靜岡の
檢察廳竝に同
地方裁判所の兩廳を訪問いたしまして、
白神檢事正竝に同廳の
次席檢事、
地方裁判所の方では
所長が不在でありましたがために、
野口部長判事が出席されまして、いろいろと
事件の
内容を聞かせて頂きました。そうして更に同日の午後には
靜岡の
刑務所に參りまして、
野村前
所長竝に山田、
高橋兩司法事務官を初めといたしまして、同所の幹部が數名出席されまして、詳細に亙りまして
事情を聽取いたしたのであります。
ちよつとこの間差挾みまするが、
治安及び
地方制度委員會からも丁度私共一行と同じ
コースによりまして中井、濱田、岡本三
委員が同行いたされまして、すべて
調査の
コースは同じ行動を取りまして、相共に携えましていろいろと
事情の
調査をいたしたのであります。
その翌日の二十二日は
靜岡の縣廳に參りまして、
小林知事初め
警察部長、
刑事課長と會見いたしまして、更に縣側から見ました
事件の
内容について
事情を聽取いたしたのであります。午後は再び
靜岡の
刑務所に參りまして、二三疑問の點を
責任者から質しまして、最後に
囚人三名から、いろいろとかような
事件の起りました
事情等について詳しく聞いて見たのであります。そうして翌二十四日に歸京いたしたのであります。
大體
事件の概要といたしましては、戰後の
犯罪者が非常に激増いたしましたところから、全國各
刑務所の
拘禁者が非常に過剩いたしております。
定員を超過いたしておりまして、
設備が不十分のところに、更に過
剩拘禁というような
状況であるのでありまして、
靜岡の
刑務所もやはりこのお多分に漏れず、否むしろその點におきましては、代表的に
設備が不完全で、又
拘禁の數におきましても、
定員二百九十四名に對しまして六百十九名の二倍強の過
剩拘禁をいたしておりまする
状況にあ
つたのであります。これは非常に
犯罪數が激増いたしておりまして、過
剩拘禁の危險等を考慮いたしまするところから、一般に
從來のような
假釋放の
詮議等におきましても、
從來のごとき嚴格なる審査をなしておるのでなくして、まだ
假釋放には十分でないというような者でありましても、過
剩拘禁のためには止むを得ず、不十分ながらも
假釋放するというようなことが自然と生じて參
つておるのであります。
この
事件の起りといたしましては、本年の八月二十五日に
野村所長から、
靜岡市の
用宗の九百三十八番地に居住いたしておりましたる
前科八犯、最終は
昭和二十年の三月七日に詐欺、窃盜、
戰時窃盜で懲役五年の
言渡を受けまして
拘禁、その刑の執行中の者を初めといたしまして、その外に六名、即ち計七名の
假釋放の
申請を
司法省に對していたしたのであります。それが九月六日の午前十一時五十分に、
靜岡の
刑務所に對しまして、
司法省から認可されまして、
書面が參りました。こうしたような
書面は固より
祕密事項にな
つておりまするので、
文書課長がそれを開封いたしまして、
所長の方に
報告いたしておるのであります。他の者は固より知るべき筋合のものでなか
つたのであります。ところが、この七名の中で以て
池谷八十吉という者が先程申上げました
前科八犯の者であります。それが一番兇惡な人だということになりまして、他の六名の者は即日
假釋放をしてもよろしい、併しこの
池谷八十吉だけは
前科も澤山ありますようなところから、特に何か感銘を深くするような時機を選べというような
趣旨から、十月十七日神嘗祭の日に
出所せし
むるということに指令があ
つたのであります。
他と六名の中一名は
刑務所におりましたので、
渡邊佐太郎という者は即日
釋放されたのでありますが、他の五名は、丁度そのときに清水の
造船所の方に
行つておりましたので、直ちに電話で以て
造船部隊に對しまして、五名の
釋放方を命じたそうでありますが、當日はすでに時間が遲れておりましたので、翌日この五名だけは
釋放すべきことを
刑務所の方から傳逹したということであります。ところが、この
池谷八十吉という者は、入
所以來非常に
成績がよか
つたというようなところから、丁度最近、先程も申しましたごとくに、
假釋放の
手續をいたしますについては、過
剩拘禁に加えるに
看守が非常に少いというようなところから、こうして
前科數犯であるような惡質の者は、
從來でありまするならば容易に
假釋放などはいたさなか
つたのでありますけれども、最近の情勢から止むを得ずそういうことにな
つたのでありますが、大體
看守の
定員が非常に不足をいたしておりまするところから、
囚人の中で以て
成績のいいものを
班長及び副
班長というようなふうに
所長の方から命じまして、そうしてそれらの者は
看守のする
仕事の補助をなさしめて、
所内は
自由獨歩を許されておるのであります。さようなことから八月の二十五日に
池谷八十吉外六名の者を
假釋放をすべき
申請をしたというようなことが、どこからか漏れまして、
池谷はその
申請後間もなくその
事實を感知してお
つたのであります。そこで丁度この九月の六日、即ち
暴動のありました日の午後の二時項に、
所内におりました
渡邊佐太郎という者は直ちに即日
釋放にな
つたのであります。ところが、それより先に、
自由獨歩を許されておるから
池谷としては事務所に參りまして、
増井義春という昨年の七月に任命されました
看守から聽きまして、君も今日は
假釋放の認可が來たようである、今日は出られるであろうというようなことを
増井看守が
池谷に漏した。これがこの
事件の直接の原因にな
つておるようであります。
そこで、この
池谷八十吉という者は、後に私共
調査いたしまして分
つたのでありますが、非常に
所内の人望を得てお
つて、在所の
囚人は皆擧げてこの
池谷に對して心服をいたしておると
最初私共聞いてお
つたのであります。そうしたような
立場から、すでに
渡邊佐太郎が同日午後二時に出ておりながら、
池谷に對しては一向
釋放のことを
言つて呉れない、
傳達がない、これはおかしいじやないかというようなことで、
池谷も不審に思い、そのことを他の
班長格の者に話したところから、そこで他の
班長十二三名の者が相携えまして、
戒護課長にその
事實を
確めに
行つたらしいのです。それは
池谷が
増井から今日
假釋放になるというようなことを聞かされたので、そこで
所内の
自由獨歩を許されておりますから、勝手に
所内各所を
廻つて、いろいろお世話にな
つたが、今日出ることにな
つたからということで以て
暇乞いに
廻つたというようなことがあります。にも拘わらず、すでに
渡邊は
出所を命ぜられたに拘わらず、
池谷だけが何も話がないというところから、他の
班長の十二三名の者が、先程申しましたごとくに
戒護課長の所に出掛けて
行つて、その
事實を
確めたのであります。
戒護課長の方もそれに應對をいたしておりまするけれども、何だか非常な強硬な昂奮をいたしておりまする
状況を、傍におりました
文書課長が見まして、
文書課長の方から
所長に、そういうようなことで、
班長連中が今
戒護課長の所に來て、
池谷をなぜ出さんかと
言つて責めているということを告げたのであります。そこで
野村所長は、それならば俺が
一つ話をしようということで、とにかく
班長連中を
會議室に集めよということで、
所長の居ります
部屋の隣の
部屋の
會議室に
班長十二三名の者を入れまして、
所長がそれらの者に會いまして、
池谷にはまだ來ていないことを告げたのであります。ところが、
班長連中、殊にその中で
小俣という者と宮原という二人が、
所長に對して、すでに
池谷は
増井から
假釋放になるというようなことを聞かされて、すつかり出る氣にな
つて、
各所に
暇乞いに
廻つているのである、それにも拘わらず今出られんということにな
つたらば、
池谷の
立場がない、
池谷の顏をどうして立てて呉れるかということで以て、強硬に
所長に
迫つた。それは話は違う、そんな筈はないからということで以て、その席に
増井を呼びに
行つて確かめたところが、
最初は
増井の方も曖昧のことを
言つていたけれども、大勢の
勢いが強いので到頭已むを得ず洩したことをそこで話した。だから、そこでのつぴきならん
状況にな
つた。續いて
所長に對して、すでにそういうことにな
つている以上は、何でもかんでも今日出せ、こういうようなことを
所長に強硬に
迫つたらしいのです。ところが、
所長の方では、成るほど同日の午前十一時に
假釋放のことが
本省の方から
指令は來ているけれども、併しそれは十月十七日でなければ出せない。十月十七日に出すべきことの
命令を受けておるのだからその日がこなければ出せない。のみならず、そうしたようなことを
豫め所長の
責任として、本人に
言つて聞かせるわけには
參らんということで、ともかく
所長はその十七日に出すことをも祕して、何とか宥めてそこを
收めようとして努力したけれども、どうしても納まりがつかない。そこで、それならば
池谷の顏は丸潰れになるのだから、我々同僚としては見ておれないというようなことで、もうそこで非常に
状况が惡化いたしまして、その場におりました
増井に對して
椅子を振り上げて毆りかかるというような
状況になりましたので、もう
所長としましては、
絶體絶命な實は場面にな
つた。折から丁度午後の四時になりましたのて、各
囚人がそれぞれ
仕事をしておりました工場の方から
舍房に
歸つて來ました。その
歸つて來ておりまする
囚人のうち
舍房に入
つた者もあり入らざる者がありまして、大きな聲を出して
會議室で以て非常な騷々しい
状況でありますところから、その
囚人のうち五六十名の者は、
舍房の中からてんでに木片或いはその他その場にあり合せのものを携えまして、その
會議室の前の
廊下からその邊一面を取巻きました。そこで
會議室の中では非常な
勢いで以て
所長に
迫つて參りますところから、
所長としてももうその場の
雰圍氣が只ならんことを看取いたしましたので、すでに翌日の十月十七日に出すことが決ま
つておるのでありますから、できないことではあるけれども、何とかして
本省の方に
行つて譯を
言つて繰上げて出すべきことを頼もうというふうな
氣持になりまして、翌日
はちようど日曜でありますためにどうすることもできないので、翌々日の八日の日に
本省の方に
行つて、何とか努力して
池谷を八日の日に出してや
つてしまおうというような
氣持になりまして、そこでそれならば八日まで待
つてくれということに
所長は
返事をしたらしいのです。そこでそれならば八日の日に間違いなく出すかということで以て詰め寄
つたところが、
所長としましては、先程申しました通りに、十月十七日の
指令があるのでありまするから、八日に出すとい
つたところで、
所長としては確實にそれを
責任をも
つて引受けるわけには行かない、何とか努力はするけれども、
責任をも
つてということは困るというような曖昧なことを
言つた、曖昧ではありませんけれども、
所長の肚としてはとにかく八日の日に
司法省に
行つて、事の次第を
言つて、何とか承認を得ようというふうな
氣持にな
つて、そうした
返事をしたのであります。ところが重ねてそれを
責任を負うて出すかということを詰め寄られたので、それは
責任を負えない、併し出すべく最善を盡すということを答えたところが、それではまだ曖昧だ、それはもう、そんなものは信用はできないというようなことになりまして、その場の
状況がもう刻々と
險惡にな
つてしまつた。それじや仕方がないから
増井の
身體は預かる、こういうことにな
つた。先程申しましたその場におりました
池谷に、今日
釋放になるだろうということを漏しました
増井看守の
身體を預かるこういうふうな
態度に出たのであります。それは固より
所長としてはそんなことは承認するわけには行きませんが、そのうちに、いや預かると
言つて忽ち皆立上
つてしま
つて、
増井に向
つて椅子を投げつける。
椅子でぶち掛かる、皆で毆り掛かるというようなことで、とうとう
匕首で以て何でも
増井の頭を切
つたらしい。そういうようなところから
増井はその場から、……
ちようどこのときは
戒護課長もその場にお
つた、それから
總務課長もお
つたらしいが、
戒護課長が
増井を支えて外へ助け出して
行つておりますところを、何十人かの
囚人が追つ掛けて、手に手に棒を持
つて、上から乘つ
掛つて増井を襲う、こういうことであります。
續いて今度は
所長に對して暴行をし始めた。そこで
所長ももう
身邊危い
状況に迫りましたので、
會議室から飛び出して、それから先のことは、もう
所長としては後から考えて
判斷がつかないというのですが、
廊下に飛び出し、續いて更に
事務室の側を
通つて、
刑務所の入口の所までも皆から取巻かれつつ
押迫つて來たのであります。全體を通じまして、そのときには七十名くらいが手に手に兇器を持
つてお
つて殺到しておるのでありまするから、そのうちに、どこで一體毆られたのであるか分らない。やはり
所長は頭を毆られて
しまつた。手を當ててみて血が出てお
つて驚いたということであります。そのうちに
所長の着ているワイシヤツまでもすつかり破られてしま
つて、さんざんひどい目に遭わされて、而もそこにお
つた者がどれくらいのものか數が分りませんけれども、
窓ガラスを全部で以て二百枚から割
つてしまつた。そうして机を引繰り返し、叩き割る、丸つ切り、本當に後から考えれば凄まじい
状況であ
つたということを皆言うております。
そういうような者に圍まれておりまして、とうとう終いは、
最初は
匕首を持
つて所長に
迫つたのでありますが、皆
寄つてたか
つて、その
匕首は取上げたのでありますが、續いて
炊事場の方に
行つて、これは多分
小俣らしいのですが、
炊事場に
行つて庖丁を取
つて來て、その庖丁を
所長に突きつけて出せということを
迫つたのであります。そこで若しもそれを拒絶すればこれはもう
當然所長としても
身邊危ういばかりでなく、もう場内殆ど囂々とてし
暴動化しておりますので、これは結局出す外ないということの決心をいたしまして、そこでとうとう
所長は今日出してやるというようなことを
明言するに
至つたのであります。
もうそういうことをなりますと、
池谷が出ますれば問題は解決するであろう、おさまるべきであると考えたに拘わらず、やはり依然として
險惡な
雰圍氣にあ
つた、その
雰圍氣の間に
文書課長が
出所の
辭令を書いて、そうして更に元の
會議室の隣の
所長室に引上げて參りまして、そこで
辭令を渡そうとしたのであります。その渡そうとしておりまするときに、
班長十三四名の者が立會い、やはり前におりました四五十名の
囚人が
廊下にずつと取巻いておりまする眞中において
辭令を渡そうとしてお
つた。ところが、今度は
池谷が、私はとにかく今日出して貰うことは有難いけれども、併し今日でかしたこの
事件をこれを
一つどうか
不問に付して貰いたい、若しも
あとで以てこれが問題になるということになるならば、
自分としては今日は出られない、こういう
一つの又
難題を申入れられた。そこでそれを承認するということは
所長としては實際できない
立場にありますることは言うまでもありません。すでにその日に
池谷を出すということ自身が
越權行爲でありますばかりでなく、それだけの
ガラス障子を破られる大きな
暴動が起
つたに拘わらず、それを調べることを全然しないというふうなことについて
明言を求められますることは、これは非常に無理なことでありまするけれども、それを拒絶すれば直ちに又元の形に歸りますので、そこで
絶體絶命になりまして、遂に今日の
事件は決して調べるようなことはしないというような返答をするに
至つたのであります。それから續いて、その
明言をすると同時に、今度は
池谷の方は更にそれに對して、それならば一札貰いたいというような更に大きな
難題を吹つ掛けて來たのであります。併しその場の
状況止むを得ないといたしまして、到頭涙を振
つて所長はその場の
状況、
暴動事件については
不問に付して調べないということを書いて
池谷に渡した。尤もこれを渡しまするときにも
所長は固より躊躇して容易に
返事しなか
つたのでありますけれども、おりました
文書課長、
總務課長いずれも口を揃えてもう事ここに
至つてはいたし方がないから、
五十歩百歩だから書いてやれ、それでなければおさまらんからというので到頭書いて渡した。實はこういうことにな
つたのであります。
その解決が午後の五時半頃にな
つたそうですが、更に今度は、又その上に
所長に對して、我々は
今池谷一人を出すことは困る、どうか送らしてくれ、こういう又次いでの
難題が申入になりまして、いろいろと
所長の方でも困る
趣旨を
言つたのでありますけれども、聽き入れないので、或いは
代表者にしろというようなことを
言つてもそれも聽かず、到頭しまいには十三名の
班長全部が
池谷を送るということにな
つた。ところが、だんだんともうその日は午後の七時頃な
つてしまつた。乘物等の
關係もありまするので、結局又そうした者を所外に出しますることは非常に危險であるから、旁々そこで
刑務所内のトラツクに乘せて、そうして
文書課長に
戒護課長、それから
看守が二人、四人附添いまして、午後の十時に
刑務所を出發いたしました。元來は彼が住んでおりまするのは
用宗でありまする、
靜岡市内でありまするけれども、
用宗には行かない。
袋井の方に
自分の姉がおるからそこに行きたい、というようなことを言いまして、結局
袋井まで送
つて行つたのであります。送
つて行きますると、そこで姉婿でありまするか、それから五百圓か何かの金を貰いまして、「
どぶろく」をどこかへ
行つて若干
買つて來たらしいのです。そこで「
どぶろく」を皆で飲んで、翌日の午後七時に
あとの者は皆引返して來たという
事情にな
つております。
そこで何分にも前夜來
暴動化しておりまする非常に
險惡な
所内の秩序をどうして一體おさめて行くかということについて、看手も足りませんことではあり、それから又彼らも非常に殺氣立
つておりまするので、一觸即發の
雰圍氣は依然として續いておりますので、そこで
班長の申出でによりまして、今度は
班長十三名が
あとの見廻りをする、いわゆる
警備に當るということになりました。そうしてその
班長十三名が
自由獨歩で以て
警備に
當つてお
つたのであります。
ちよつと前後いたしましたが、その以前に
看守の一名が都合よく門から一人抜け出まして、丁度
所長が脅迫されておりまする最中、
所内が非常に
暴動化しておりまするさなかに一人
看守が出まして、そうして
警察の方に
應援を頼んだ。丁度
所長が
池谷をいよいよ今日中に出すということを言明をして漸くおま
つておるときに
武装警官を三十名携えまして、
靜岡署長、
竝びに司法主任等が引率しまして
刑務所に駈けつけて來たのであります。ところが、そこで又今度は、一旦
所長はいよいよ
池谷を歸すということを言明しておさま
つてお
つたようなときに、
警察官がどうつと來たのでありまするから、又再び色めき出して元のような形になろうというような形勢が察知されましたので、
所長は今
武装警官全部を入れて強硬な
態度に出ることは、
却つて事態を惡化せしめるということを考えまして、
署長と
司法主任だけを門内に入れまして、事の
事情を話して、とにかくこの場合
警察が入
つて來ていろいろ言いますということは、結局
事態を惡化せしめるから、この際歸
つて呉れということで、
署長もやはりそういうような
雰圍氣にあることを知りまして、そこで
署長は部下を携えて
歸つたのであります。そういう
事情がありました。
ところが、丁度翌日の七日であります。
警察の方にそうした
應援を求めておりますようなところから、
警察側から
所内の
暴動事件が
新聞社の方に傳わりまして、七日の新聞に
所内の
暴動事件のことがずつと掲げられて
しまつた。一面
所長としましては、
司法省の方に參りまして……、その前に
檢事正の所に參りまして、そうして事の次第を
報告いたしました。併し
所長としては、その
事件をもう
不問に付するということを
書面にまでして誓
つておるような
關係から、餘り強硬な
態度で出て貰いたくないようなふうに、
檢事正に
報告したのでありますけれども、餘りに
事態が重大でありまするから、
檢事正としては
當然本省の
指揮を仰がなければならんというようなことにな
つて、八日の日に
署長とそれから
檢事正は、
司法省の方に參りまして、いろいろと打合せをいたしました結果、やはり他の將來にも大きな影響のあることであるから、それを
不問に付してはいかんというようなことにな
つて、まあ調べるようなことに實はな
つたのであります。
所長も
書面は出してありますけれども、併しながら上司の
命令でありまするし、致し方ないのでその晩
歸つて來て、それは九日のことですが、
所長が
歸つて來まして、午後の二時頃に皆を集めて、どうも君らには
事件を調べるというようなことはないと誓約してあ
つたけれども、どうもそういうような
工合に行かんことにな
つたという
工合に
所長の方から
班長連中の十二、三名に傳えた、そこで
所長の苦衷を諄々と説いたものですから、一應その場は皆了解したのです。止むを得ない、事ここに
至つてはいさぎよく調べを受けて、
責任があれば
責任を負う外ないということで以て、
所長の前では一應從順に承知したのであります。そこで承知して歸りましたものの、
班長連中といたしましては、事の意外なことに對しましては、なかなか容易におさまらない。そこでこのままにしておれば固より
責任を問われるのであるから、
責任を問われるということになれば、
五十歩百歩だから
一つ逃げようじやないかというようなことが議題になりまして、それからいよいよ逃げることに話が決まりまして、その逃げる手段として、
西門の鍵を巧みに盗み出して、結局翌日の十日の午前三時に、
西門から
最初六名、續いて三名ということにな
つて、九名が逃げ出したのであります。この鍵を盗み出すところに參りますと、いろいろと複雑な
事情がありまするが、とにかく
最初鍵を保管をいたしておりました
鍵箱は先日の
暴動によ
つて減茶苦茶に壞わされて
しまつた、こういうことでありますから、止むなく
西門の鍵も机の引出しの中に入れてあ
つた。これを取出して逃げたのでありまするが、その場におりました長谷川という
看守部長、それから
應援に參りました
看守が二、三名おりましたのを、巧みに
口實を設けて
部屋の外に誘い出して、その留守に鍵を盗んで使
つて出た、こういうことにな
つております。
一面
刑務所の方といたしましては、
司法省の
指揮を受けまして、ともかくそのままにして
不問にいたしますにしても、
治安の維持上、
刑務所の手ではいけない。のみならず更に進んでこれを檢擧するということになりますると、相當な準備を要するので、そこで全體で以て
横濱外數ケ所の
看守を約三十名特に派遣をされまして、みずから警戒の任に
當つてお
つたのであります。併しそれは皆が逃げまする九日の晩の十一時頃に十名近くの
看守が
應援に來たというようなことでありまして、それまでは逃げた
班長級の者が
專ら警戒に
當つてお
つたのであります。
看守はその間に時間的に方々を巡廻いたしまするけれでも、少くとも警戒は十分ではなか
つた。その隙に乘じて出た。出掛けんとしておりまする時に巡警が參りまして、一部は散
つたけれども、更に到頭目的を遂げて逃げた。こういうことにな
つております。
そこで逃げまする前に新聞に報道されておりました問題の餅でありまするが、これが實は新聞には逃走用の餅を搗いて逃げる用意したのだというふうに出ておりましたが、
行つて状況を調べて見ますると、搗いた餅を全部五つに割
つて、いろいろな薄板か何かにそれを包んで荷拵えはしてありまするけれども、それは
所内に殘
つてお
つた。それからその後逃走いたしました者の中で以て三名が捕
つて、それらの者の陳述によりまするというと、餅は持
つて行つていないということになります。檢察廳の調べによりますると、その餅は
班長級の者が
警備に當るがために間食にそれを出すのだというようなことをおどして炊事の方で搗かしたということにな
つておりましたが、私共はその後
囚人によ
つて調べて見ておりまするところによると、結局やはり逃走の準備として前夜からその餅を搗かせる用意をして、逃走する際これを携えて逃走するつもりであ
つたには相違ない。ところが、いよいよ出發するというときに、大分荷物があ
つたというようなところから、荷物が多いためにそれを持ち出すことができない
状況にな
つて、そのままに置いて
行つたというようなことに私共は聽き取
つて歸つたのであります。どうもそれが
事實のように私共は信じております。
そういうことでありまして、新聞でも御承知の通りに、その逃走者の九名の中三名は捕まり、續いて高橋という炊事係の者が掴まり、續いて昨日の新聞によりますると、この中で一番元兇であります宮原が水害地で捕ま
つた、こういうようなことが報道されております。
そういうことでありまして、檢事局の方では只今專ら
暴動事件、これは暴行等の取締規則によ
つて處分する準備として調べておるらしいのであります。暴行、逃走という廉で調べておるのであります。そこで更にこの新聞に載
つておりました
所内の涜職問題、これは新聞にはいろいろなことが出ておりまするけれども、只今までのところでは、具體的にはどういう涜職
事件があるかということは分
つておりません。檢察廳の方におきましては、これから續いてこの點について嚴重な調べをするつもりであるけれども、先ず以て暴行
事件竝びに逃走
事件の調べをした後にその方に手を伸ばすという豫定であるから、この際の逃走者竝びに當時の
暴動に當りました
責任者は、それぞれその獨房に入れてありますが、それを我々が調べることは暫く遠慮してくれというような御注文がありましたので、私共の調べました
囚人三名というのは、そうした
責任の地位にあ
つて直接問われております以外の者の中から、特に三名だけについて聞いて見たのであります。柳元明、村松太一、松井豐作、この三名の
囚人について聞いて見たのであります。これが實は私共の
調査に對しましては非常に大きな指針を與えて貰
つたような氣がいたします。
ということは、餅の問題におきましても、私共は檢察廳のお話によ
つて、餅と逃走とは
關係ないものであるというようなふうに一應は考えておりましたが、この
囚人の話によりまするというと、やはり逃走に備えんがために、炊事の者を脅し上げて搗かして、そうしてこの餅を持
つて去ろうとしていたとき、手荷物があるために持
つて行くことができなか
つたというようなことが、私共眞實だと思う結果を得たのであります。又
池谷という者が、
所内において人望があ
つて、
所内を壓しておる。
囚人全部が心から信服して、
池谷のためにこうした大きな騷動まで起したというようなことにつきましては、檢察廳の
報告によりますると、大體
池谷の人望がそうしたものに至らしめておるというふうに檢察廳の方では見ておりましたが、私共の
調査いたしたところによりまするというと、そうでなく、
池谷はすでに
前科八犯を持ち、そうして非常な粗暴牲を持
つております。もう苟くも
自分の意に添わない者に對しましては片端から毆り飛ばす。
池谷に
關係を持ちまする者の毆られない者は殆どないくらいで、殊に昨年までは非常な暴威を振
つてお
つたらしい。結局
池谷という者が全體の上に乘つか
つて所内を壓してお
つたということは、結局彼の徳望でなくして、暴力で以て壓してお
つたというのが實際らしい。彼は第一工場という製紙をいたしております工場を擔當いたしてお
つたのでありますが、その製紙の第一工場の方に收容いたしてやりますのが全體で約六十人、その第一工場の
囚人全體に對しまして彼の威令というものは
看守以上の大きな力を持
つてお
つたということは間違いないのであります。更に又ひとり第一工場のみならず、その他の工場に對しましても、獨歩を許されておる
關係上、各方面に顔を出すのでありますが、すべての
班長の上へ乘つかりまして、結局
班長中の
代表者であり、そうして苟くも意に副わない者は片端から暴力で以て壓して行くというのが結局
池谷の專横を極めました現實の
事實らしいのです。
そこで一體なぜこういうことをやらしめたのか。こういう點につきまして、非常に私共は疑いの眼を以て見ておるのであります。というのは直接
關係のありまする古林豐四郎という
戒護課長が、
池谷を中心といたしまして、副
班長をいたしております宮原、更に又その下におります
小俣という者、これはいずれも揃いも揃
つて非常な粗暴な人間であります。もう一言い
つて意に反けば直ちに暴力に訴える、大抵の者がビンタを張られておるというのが實際の
状況であります。この暴威を振うに對しまして
戒護課長がこれまで一囘だも咎めたことなく、又これに對しまして制裁を加えたことはない、こういうようなところから、却
つて所内の勢力
關係から行きましては、彼はむしろ刑務官以上の聲望というか、威力を持
つて所内を壓してお
つたということは
事實であります。
これは結局、なぜ一體
池谷に對して
戒護課長がそれ程寛大であるかというようなことについていろいろな疑惑が生じて參
つておるのであります。これはいずれは檢察廳の方で以てその
事實を
確めることと思いますが、只今までのところでは具體的には贈收賄というふうな
事實關係は私共の
調査では分らなか
つた。とにかくそうしたわけでありまして、
戒護課長といたしましても、あすこへ收容いたしておりまする
囚人全體の氣風といたしましては、どうもやはり親分子分というふうな
一つの氣風がありまして、そこで女々しい
態度を非常に嫌うというような風習がありまするので、概して粗暴に流れて力の強に者が勝つ、結局弱肉強食の氣風がありますから、そこで毒を制するに毒を以てするというふうな
戒護課長の方針ではなか
つたかと思います。これにつきましては、
所長といたしましては直接にこれらの
囚人に當りませんから分りませんが、
戒護課長のそうした
一つの方針の誤りといいましようか、職務上の取扱い振りが、やがて彼らをして増長せしめ、そうして續いては彼らがその暴威を
所内に振うというようなことに相成
つたものだと私共は思
つております。そういうふうに思
つて歸つたのであります。
そこで問題はどうして一體こういうようなことが起
つたか、こういうことになりまするが、この點が私共としては一段と關心を持たなければならん點だと思います。
第一番に、
増井看守は誤解をいたしまして、先に八月十五日に
假釋放の
申請を
司法省にや
つたのでありますが、その
假釋放の
申請書に基いて六日の午前十時に
司法省の方から
假釋放の認可が來たけれども、この仲間に當然
池谷も入
つているものだというふうに誤解をいたしまして、
増井看守はこれには
關係はないのでありますが、同じ庶務におりますから、
書面が届いてお
つて、
文書課長が開いて見てお
つたのを、遠目に見てお
つて、ああ來たな、
池谷も今日出るなと、ふうに考えまして、
池谷に今日出るからと
言つて、一刻も早く喜ばしてやりたいということで言うた失言が直接の原因であります。確かこの逃走罪の方におきましては、それに對して長谷川部長が細心の注意を拂わずして、大切な鍵を普通の雜用物を入れます机の引出しの中に課のままで入れたということが、或いは失態と言えば失態でありますが、併しすでに鍵凾は破れて
しまつたのであります。却
つてそうした氣のつかない場所に普通の扱いをした方がいいだろうというので机の引出に入れたということが、たやすく彼らに鍵を取られたという
一つの理由にもな
つております。
尚、一體
所内で餅を搗いたのがどうして分らなか
つたかという點が、新聞だけ見ておりますと、非常に私共不思議に思
つておりましたが、實地に臨んで見ますと、餅を搗いた所は丁度鐵筋コンクリートの壁があ
つて、倉庫の間に場所がありまして、其處で搗いてお
つても傍からでは音も聞えなければ固より分りません。殆ど暗がりの中で以て搗いておるような場所でありますから、場所を見まするというと、分らないのが當り前だと思えるのであります。そこで結局炊事係が脅されて、いずれ
池谷、
小俣が脅かしたのでありましようが、高橋までその仲間にな
つて搗いたということにな
つております。
そこで、私共の
調査によ
つてみまする所によるというと、職員の
責任につきましては、大體只今まで
報告いたしましたようなふうに、
戒護課長の
責任が一番重いと思
つております。そこで
所長の方の
責任はどうであるか、これを私共檢察廳の話を聞き、或いは
所長自らも聞き、その他の
關係者の言うところを聞き、更に
囚人の言うところを聞きましても、いかにも出すべからざるところを、即日
池谷を出すということにしたり、或いは
暴動事件の取調べをしないという
書面を書いて渡す、又
所内に
拘禁しております者を所外に自動車で送り出させるというようなことを、次から次へと違法な行爲をいたしておりまするが、併し、これは私共視察に參りましたその一行全部が恐らく均しく感じておることと思
つておりまするが、もうそうした處置をとるに非ざれば恐らく
事態を一段と大きなことにして
しまつたことだろうと思います。例えば
所長が頑強にそれを拒みまするならば、必ず私は
所長は殺されておると思います。そうして殺されることを避けんがためにはそうするより外なか
つた。それならばなぜそういうことをしたかということにもなりまするが、そればかりでなく、假に
所長がその場合殺されたといたしましたならば、これはもう必ず彼らが殺氣立
つて來まして、續いて
ちよい
ちよい私共が
調査いたしておりまする間に散見をいたしておりますのは、確實なところは掴み得ておりませんが、時にはいつそのこと
刑務所に火をつけて、全部一緒に逃げ出そうじやないかというふうなことすら、その場の話題に上
つたということであります。そのぐらいにこの
暴動事件は殺氣立
つておりまする
状況であり、それが而も
所長を殺して
しまつたというようなことになりましたならば、次いで起る問題としましては、當然これはもう放火、續いて全部の者が逃走するというようなふうなことにな
つておるものだと私共は感じたのであります。故に
所長の
態度が、官吏道から見るならば、甚だ緩漫のようにも思えまするし、不當のようにも思えまするけれども、少くとも私の見ましたところでは、
所長としてはむしろこれは本當に止むに止まれずや
つたものである、むしろ私共は滿腔の同情を持
つて歸
つたようなわけであります。
それから一番大事なことと思いますることは、過
剩拘禁、先般來名古屋の高等裁判所管内に私共視察に參りまして、名古屋の拘置所、
刑務所、三重の拘置所、
刑務所、又
警察署の留置場、更に岐阜の
刑務所等を視察して參
つたのでありまするが、いずれも戰災を被
つておりまして、固より不完全ではありまするが、就中この
靜岡の
刑務所に至りまするというと、これはもう本當に不完全と申しませうか、バラツクだけでありまして、
舍房、いわゆる
拘禁者を
拘禁いたしておりまする
舍房、これらなどでも本當に見て參りまするというと、
定員四名ぐらいの所に十何名も入
つております。過
剩拘禁のためにあれらの者が力を揃えて一齊に押したならば、固より家までも壞し得るようなふうな私共感じを持
つたのであります。殊にこうした秩序を紊す、規律を紊す一番大きな原因としましては、拘置所が丁度
刑務所の眞中にあります。それがために、拘置所は御案内の通りに自由に面會ができるのでありますから、そこで一々面會に參りまする者と、それから既決囚の入りまするところの
舍房との間に何らの遮蔽物を作
つてない。でありまするから自由に出入りができる。そこで
所内自由獨歩を許されておりまする
班長、副
班長などにおきましては、面會人といかなる連絡でも取り得られる。それでこそいろいろと入るべからざるものが
所内に入る。煙草が入る、何が入るというようなふうで以て、幾つもの品物が入
つておる。金が入るというようなことで以て、入るべからざるものが入
つておりまするのは、そういう方面において連絡を取ろうと思えば、自由自在、とにかく私共實地を視察して參りまして、この
設備で以て、多少隙があらば逃走しようというような既決
囚人を收容しておる場所などとは思いもよらない場所です。僅かに周圍を圍
つておりまする煉瓦造りの塀がありまするが、それ以外ない、中は本當のアツパツパーであります。建築物の柱、本材、
所内に幾らでもありまするから、本當に逃走いたそうといたしますならば、鍵を用いずして、何もせんでも、その有合せの材木を使いますならば自由に逃走ができる、こういうような實は現状でござります。
とにかく三百人足らざる
定員に對しまして六百何十名というような過
剩拘禁であり、
設備は不完全である、監視は足りない、戒護に當りまする監守は、調べてみますと七十何名かの
定員の中で、四十何名が拜命後一年以下の者ばかりである。殆ど新任の者ばかりでや
つておりますから、慣れ切
つておりまする既決囚の
前科數犯ありまする
班長に乘せられますことは當然のことである。これは少くとも
責任者を責める前に、やはり私共は
設備の不完全、待遇の足らざること、
定員の足らざること、旁々その
責任はむしろ私は國家にあるような感がして參
つたのであります。
甚だ殘念でありましたけれども、新聞で報道せられておりまする
所内の規律の問題に對しましては、私共の手によ
つて今は明らかに掴むことができません、
状況にありまするが、檢察廳の言明されますところによれば、必ずやこれに對しては嚴重なるメスを加えると申しておりまするから、いずれは明白になることと思います。今日も
靜岡の
刑務所長から、今度新らしく新任されました荻生治雄氏から
書面で
言つて參りましたが、
靜岡刑務所の今後に處するについてはいろいろと資材が足りない、それについて協力してくれということを
言つて參
つております。とにかく視察して參りました私共としましては、少くともあの
設備ではこうした結果が當然生れるものだというふうに感じて參
つたのであります。
足らない點が澤山ありまするが、大體の概略だけを御
報告申上げたわけであります。尚他の諸君からも種々御質問になられる點を又……。